IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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21.どこまでやれば準備できたと言えるのだろうか。

 

 

 

 どこまでやれば準備できたと言えるのだろうか。

 

 

 

 時間さえあれば、というのはこういう場合の常套句だ。確かにかけられる時間が多ければ多いほど、できることは増えていく。ここまでやっておきたいと思えるところまでいけたのなら、それはきっと準備できたと言えるのかもしれない。

 だがもちろんのこと、たいていは締め切りとか期限とかいう非情な剣で容赦なくぶった切られるのが常だ。それは誰に対しても平等にやってくるものだ。

 完璧に準備できたなどというのはそもそもありえないことなのかもしれない。

 

「やれることは全部やったよ。だから大丈夫」

 

 だけれども俺はそう声に出す。何の迷いもなく、笑顔で。

 

「そうか? 結局計画通りいってないだろ? もちろん俺が不甲斐なかったせいだけど」

「そういう意味なら計画通りいくはずがないってのが計画通りかな」

「なんだそれ」

 

 俺の返答に対して一夏が笑顔を見せる。ただ珍しく緊張しているせいもあり、その笑顔はぎこちなかった。

 

「確かにそこまでいけたら理想だったけど、別に必須のことでもないって話。僕らの目的は模擬戦で勝つことであって、極論勝てれば計画通りとかどうでもいいんだよね」

「おいおい、それじゃなんのためにやったんだよ」

「それはもちろん勝つ確率を上げるため。計画通りなら百パーセントだったけど、それが九十五パーセントになったところでまあたいして変わんないよね」

「あ、その程度のもんか」

 

 確率など何も保証するものではないことを十分承知していながら、俺はあえて口に出す。

 一夏に安心を与えるためだ。曖昧な言葉よりも数字を出す方が断然効くのは俺自身がよく知っている。

 先輩達が俺の不安を払拭するためにしてくれたように、俺も一夏の漠然とした不安を取り除く。

 

「計画通りにいかなかったことの埋め合わせはみんながしてくれてるから。一夏一人でやるならそこまでしないと無理だったかもしれないけど、クラスのみんながいて、知恵を出して協力してくれたじゃない。少なくとも一夏程度が不安に思うようなことは全部クリアされてるよ」

「いや、そうかもしれないけど今から試合に向かう人間にそういう言い方はないだろ」

 

 一夏がむっとした顔になり、同時に不安な表情が吹き飛んだ。

 

「甲斐田なりの励ましだ。それにいちいち甲斐田の発言に目くじらを立てていては時間の無駄だぞ」

「そうですわ一夏さん、決して甲斐田さんに惑わされずご自分を信じてください」

「大丈夫大丈夫! 甲斐田君の言うことが信じられなくてもあたし達が保証するから!」

 

 フォローしているつもりなのかもしれないが、どうしてこの連中は俺を貶めずに発言ができないのか。

 

「ありがとうみんな。そうだった。これは俺だけのものじゃなかったな。うん、みんなのためにも必ず勝ってみせる」

 

 一夏に綺麗な笑顔を返されて、篠ノ之オルコット相川の表情が一瞬で陶酔へと変わる。わざわざ待機室まで激励にやってきた甲斐があったと言えるだろう。

 

「織斑君、そろそろ時間だけど準備はいい?」

「お、もうそんな時間か。オッケー、いつでも行ける」

「対戦相手のことも問題ないわね?」

「もちろん。全部頭に入ってる」

「それならいいわ。甲斐田君、何かある?」

 

 一夏に確認した鷹月さんが俺に振ってくる。一夏の不安を断ち切れたのでもう俺にやることはない。

 

「大丈夫。それじゃ一夏、がんばらなくてもいいから勝ってきてね」

「なんだよそれ。そこはがんばれって言うところだろ」

「楽して勝てればそれに越したことはないよ」

「そういう意味じゃなくてだな……」

 

 一夏が頭に手を当てて呆れた表情になるが、これは俺の本心だ。次の試合もあるし省エネで勝ってもらえるのが一番いい。

 

「一夏、お前の全力を見せてやれ」

「一夏さん、出し惜しみする必要などありませんわ」

「もったいぶらずにどーんとね!」

 

 いや、今後の試合もあるしむしろ全力出さずに出し惜しみして、もったいぶった上で勝って欲しいのだが。

 

「ありがとう。それじゃ行ってくる」

 

 だが一夏は俺に口を挟ませる隙もなく俺達に背を向け、颯爽と待機室から出て行った。

 俺の意図は伝わったのかそうでないのか、きっと伝わってないだろうなと思いながら、リーグマッチは始まった。

 

 

 

 

 

 待機室のモニター越しに見ながら、アリーナは満員だった。

 数千人は収容できるというIS学園で一番大きな建物だったが、その客席は全て人で埋め尽くされていた。

 例年満員なのかどうかは知らないが、少なくとも今年に一番多くの観客が押し寄せたのは間違いないだろう。もちろん一夏、発見されたばかりの男性IS操縦者の存在があるからだ。

 男なのにISを動かせることはもう間違いない。ではどの程度使えるのかという興味である。

 俺に関するデータについては元締めのIS委員会が管理していて、関係組織や企業にある程度は開示されている。なので俺がISを動かせるだけの存在ということは知られている。

 だが一夏についてはそうではない。全てを把握しているのは日本と倉持技研だけで、元締めのIS委員会すら全ては知らされていないそうなのだ。企業機密と男なら俺を管理してるからいいだろうと俺をダシにして情報開示を拒否しているとのことである。

 これについては同様に男性操縦者を抱えるフランスドイツも同じで、この二国は名前さえ公表しない徹底ぶりである。まあそのせいで世間では存在から疑問視されてしまっているそうだが。

 一方、一夏は名前どころかその血縁者の存在が非情に大きい。もちろん世界最強にしてIS適正Sランク、ブリュンヒルデと呼ばれている実姉の織斑千冬だ。

 一応、研究上の話ではIS適正に遺伝的要素は関係ないということになっている。親子どころか一卵性双生児ですら適正に差があるそうだ。しかしあの織斑千冬の実弟である。期待するなという方が無理な話だろう。

 そして今クラスの代表として人前に出てくるとあれば、関係者として是が非でもこの目で確かめたいと思うのは間違いない。

 数千人という満員の観客の内実は、ミーハーな理由で目を光らせている人々ばかりというわけではなかった。

 

「いっぱい人がいるねえ~」

「いつか私もあんな大勢の人たちから拍手喝采を浴びたい……!」

 

 いつの間にか俺の隣に座っていた布仏さん谷本さんがモニターを見ながら感想を述べている。見れば声を発していないが岸原さんもいた。膝の上にノートパソコンを乗せている。

 このへんは整備班衛生班を理由にここ待機室に居座っていた。衛生班としての仕事がある谷本さんはともかく、倉持の人がいるのだから整備班はいらないと思うが、妙な責任感からかこの場にいたいらしい。指摘したら岸原さんに泣きそうな顔をされて周囲から俺が悪いことにされてしまった。

 

「剣道の全国大会などとは別次元の規模だな」

「多くの方々に注目されているのはとてもすばらしいことだと思いますわ」

「えー、これきっとプレッシャーが半端ないと思うよー」

 

 オルコットは一応所属が指揮班なのでまだこの場にいてもおかしくない。だが篠ノ之さん相川さんはなぜここにいるのだろうか。激励した後客席に戻るのかと思ったらそのまま居着いてしまっていた。激励だけでは飽きたらずねぎらいの言葉までかけたいのか。

 

「私達は本当にやるべきことをやれたのだろうか? もっとやっておくべきことがあったのでは……」

「どうであろうと結果は一つですよ」

 

 鷹月さんは今になって不安が襲ってきたらしい。頭を抱えて悩んでしまっている。対して四十院さんはさっぱりしていた。

 

「しっかしここ人多いわね。客席で見た方が楽しいと思うんだけどなあ」

「いやー先輩、あの織斑君を見ちゃったら側にいたいって思うのはごく自然な感情っすよ」

「そうですよ。ていうか先輩はいつもこんないい思いをしてたんですね。自分だけずるいです」

 

 後ろで倉持技研の整備士達がブツブツ言っている。話の内容はともかくとして、この待機室の人口密度に関しては大いに賛同したい。試合後のケアがある谷本さんと倉持の整備士以外は極論この場にいる必要性はないのだ。

 手狭どころか窮屈だし、それならもういっそ自分が出ていくかと俺は立ち上がる。

 

「甲斐田、ここからのお前の役目は最後まで見届けることだ。いくら不安で押しつぶされそうであろうと決して逃げるな。目をそらすな」

「いや、別にそういうつもりは……」

「谷本さん、甲斐田さんを座らせてくださいませ」

「オルコットさん了解でーす!」

 

 隣の谷本さんに肩を掴まれてパイプ椅子に座らされてしまった。というか不安なのは自分の話ではないのか。さっきまでの陶酔の表情はどこへやら、篠ノ之さんもオルコットもまるで自分が模擬戦をやるかのような真剣な顔つきになっている。

 

「大丈夫。おりむーは必ず勝つからね」

 

 布仏さんによしよしと頭を撫でられる。

 そういう意味じゃないんだがと反論するのも面倒になり、仕方なく俺は再びモニターへと顔を上げた。

 

 

 

 

 

「よっ。よろしくな」

「軽いわねえ。この観衆に囲まれて何とも思わないの?」

「ああ、すげえ人だな。でもこれから模擬戦やるのはこの人達じゃないし、別に何人いようと一緒だろ」

「強がり言ってんじゃないよ。本当は怖くて仕方ないくせに」

 

 一夏がアリーナに登場した時、それはすさまじい歓声と拍手が鳴り響いた。オルコットとの模擬戦の比ではなかった。

 だが一夏は全くひるむことなく、むしろ手を上げて歓声に応えながら堂々とアリーナの中央へと歩いて行った。

 さすがというべきか、このあたりの度胸は本人の持つ資質だろう。

 

「怖い? 俺別に今怖がるようなことは何もないけど」

「はっ。じゃあこの場であたし相手に強がれる程度の気力はあったってことにしておこうかね。どうせすぐメッキが剥がれる程度のものだろうけど」

「お前何言ってんの? 今目の前にいるのが千冬姉ならともかく、同じ一年生相手に怖がるとかありえないんだけど」

「はあ? あんた本当に調子に乗っちゃってるわけ? コネで専用機もらえたのがそんなに嬉しかった? 猫に小判ってことわざ知ってる?」

「俺としちゃ俺が怖がると考えてるお前の方が調子に乗ってると思うけどな」

 

 開始の鐘が鳴らないせいか罵り合いが始まってしまった。鳴らないのは間違いなく織斑先生の仕業だ。

 さてはオルコットとの時にやったので味をしめたな。

 

「よし、相手はラファールか。今持ってる武装や装甲を見ても予想の範疇だわ」

「近距離寄りの銃にブレードですね。甲斐田君の言った通り相手は強気に正面からやってくれそうです」

 

 鷹月さんが両手を握りしめて食い入るようにモニターを見ている。そんなに力を入れなくてもと思うが、まあここで外したら指揮班の失敗だ。もちろんみんな納得した上での話だが、それでも読みを外してしまうというのは一番恐れていたことだっただろう。

 

「四十院さん、それはまず最悪は避けられたってことでいいよね?」

「はい、遠距離仕様のヒットアンドアウェイ戦法で来られるのが織斑くんにとって一番厳しかったです。二戦目以降ならともかく、初戦から主導権を相手に取られてしまうのは織斑君の精神的に」

「まあ五組代表の性格的に消極的な戦い方はしないと思ってたけど、それでも勝ちにだけこだわったらあり得なくもなかったしね」

「五組は連戦が続くというのもありますし、省エネを考えれば打ち合うような精神的に消耗するような行動を避けることも十分に考えられました」

 

 四十院さんと始まる前の状況を確認する。

 五組代表という相手を考える時、一番の問題はどういう戦い方をしてくるかということだった。

 俺が直接話した上での感覚なら、相手は正面から来てくれる。なぜなら五組代表にはクラスの頂点に立っているというプライドがあるからだ。

 五組代表は王者としての戦い方をしなければならない。本人が力強さを全面に出しているため、ヒットアンドアウェイのような戦い方はあまりそぐわない。むしろ正面から敵をねじ伏せるような力強さが求められる。

 そしてそれは俺達にとって好都合なことだった。何しろ一夏にはブレード一本しかない。距離をとって逃げ回られてはやりにくいのだ。

 また一夏には必殺技とも言えるエネルギー無効化攻撃があるので、打ち合ってくれるというのはこちらの土俵なので大歓迎でもある。

 

「まだ安心するのは早いわ。短期決戦で済まなかった時は確実に長期戦のやり方に変えてくる。連戦になるのは向こうも分かってるんだから」

「まあね」

 

 鷹月さんの言う通り、事が単純に済まないのは五組の置かれた状況だった。

 五組代表は休みなしで二日間連戦を続ける。つまり省エネが五組にとって一番の課題だ。

 それなら剣一本しか持っていない一組代表ごとき遠くから安全に射撃していれば楽に勝てる、と考えたとしてもなんら不思議ではない。

 雑魚相手に本気など出すまでもないという話で、それは一夏が消耗するという点で俺達にとって嬉しい話ではなかった。

 

「少なくとも両手足の装甲を削ってる。その分機動力を上げてるか、別の武装を隠してるのは間違いないわ」

「そうなんだ。よく見てるね」

 

 モニターから少しも目を離さず、鷹月さんは俺達に注意を促す。

 俺からすれば言われてみればそうなのかなという程度にしか見えないが。

 

「どっちだろう? 機動力を上げて織斑君を圧倒するつもりか、それとも長期戦に備えて遠距離仕様の武器を用意しているか……」

「相手から見ても分かる装甲を削ったというのが気になりますね。普通に考えれば機動力ですが、長期戦を考慮すると装甲を削るのは得策とも思えませんし……」

「とするとやっぱり短期決戦を狙ってるだろうから、まずスピード重視ね。織斑君の武装が剣一本であることを考えれば、武装を増やさなくても今持っているブレードで十分相手はできる。専用機の方がスペック上なのはさすがに想像つくだろうし、その差を埋めることを優先した」

「そうですね。当たらなければいいと考えて装甲を削るのは誰もが最初に考えることだと思います」

 

 鷹月さんと四十院さんの分析が続き、周囲も視線をモニターに向けたままうんうんと頷いている。

 そんなのは始まればすぐに分かることだし、合っていても一夏に伝えることができない以上どうであろうと一緒だと思うのだが。

 

「おりむーがんばれ~!」

 

 まだ始まってもいないのに、横から布仏さんの応援の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「は? みんなのため? 何言ってんの? まさかあんたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」

「何言ってんのって言いたいのは俺の方だよ。初対面なのにお前俺のことなんだと思ってんの?」

 

 開始の鐘が一向に鳴らず、罵り合いが今も続いている。

 二人ともヒートアップするのはいいが、いい加減その会話が会場に流れていることに気づいて欲しい。五組代表はともかく一夏は先月同じ場所で模擬戦をやったのだから知っていて当然だと思うのだが。

 しかしそれにしても、醜い罵り合いを数千人に聞かれてしまうなど大変な羞恥プレイだ。というか外部の人間に聞かれてIS学園的にいいのか。他人を気にしない一夏はともかく、五組代表は終わった後恥ずかしくて出てこれないんじゃないかというどうでもいい心配までしてしまう。

 

「話したことなくても人の悪評ってすぐ噂になるの。まして自分の立場を考えれば一挙一動見られてて当然だって理解してないわけ?」

「悪評ってなんだよ? 俺が何したって言うんだよ?」

「そうねえ。例えば、友達だと思ってるのは自分だけとかね」

「はあ?」

 

 瞬間、待機室の人間の視線が俺を向いた気がした。

 

「これやっぱり理解してないわ。友達だからって理由でいいように振り回して、あの子も本当に気の毒ね」

「ちょっと待て。もしかしてそれ智希の話か? 振り回されてんのはむしろ俺の方なんだが」

 

 向いた気がするではなかった。間違いなくこの場の人間の視線が俺へと向いている。俺自身は目をモニターから外していないが、俺に対して無数の何かが飛んできているのを感じる。やはり人間には五感を超えた何かがあるのだろう。

 

「あーあー。そうやって相手に責任をなすりつけて安心してるわけね。こいつほんとバカだわ」

「あっ、そういうことか。完全に騙されてちょっとかわいそうだなって気がしないでもないけど、でもお前がバカってことに変わりはなさそうだな」

「なんだと!」

 

 一気に五組代表のボルテージが上がる。これは始まりが近そうだ。

 だから今見るべきはモニターの向こうであって、俺ではないと強く思う。

 

「もう鐘鳴ってないけど始めるか。いい加減お前と話すの疲れたわ」

「ほんとバカと会話して無駄にエネルギー使っちゃったわ。さっさと終わらせよう」

 

 そしてその瞬間にようやく鐘が鳴る。もしかしてお互いに始める意思を見せる必要があったのだろうか。今さらとはいえ後で改めてきちんとルールを確認する必要がありそうだ。

 一夏も五組代表も武器を構えて対峙し、すぐに相手へと向かって動き出す。

 そして会場は一瞬で静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 何が起こったか分からない、というのが試合を見ている観客の素直な感情だっただろう。

 激しい轟音と衝撃の後、アリーナの中央に立っているのはブレードを振り下ろした一夏の姿だけだった。

 自分でもびっくりしたのか一夏本人も呆然としていて、振り下ろした姿勢のまま固まってしまっている。

 そしてその一夏の視線のはるか先には、対戦相手がアリーナの壁に叩きつけられていた。

 

「えっ?」

 

 俺の隣の谷本さんから声が漏れる。そしてまるでその声に反応したかのように、壁に叩きつけられていた五組代表の体が、ゆっくり地面へと倒れ伏した。

 

「そこまで!」

 

 静寂の中、試合の終わりを告げる鐘の音と織斑先生の声がアリーナに鳴り響く。

 そしてそれをきっかけとして会場が地響きのように揺れた。歓声と拍手とどよめきによるものだ。数千人が一斉に音を出すとここまでのエネルギーが発生するらしい。

 

「おわっ……たの?」

 

 鷹月さんが呆然とした声を発する。

 きっと俺と同じで何が起きたか理解できていない。

 

「ああ、完璧なカウンターだ!」

「お見事ですわ!」

「すごいすごい!」

 

 どうやらパイロット組は中身を分かっているようだ。一瞬の出来事だったし一撃で仕留めたであろうというのは俺でも想像つくが。

 

「篠ノ之さん、カウンター?」

「ああ、一夏の動きは見事だった。自分の力に加えて相手の勢いまで丸ごと跳ね返してみせた……!」

「それは相手が打ち合ってくれたからですか?」

「もちろんですわ。一夏さんに対して銃を使わず打ち合うなど愚策の極みですが、その上自らの力まで一夏さんに渡してしまうとは」

「それってエネルギー無効化攻撃のおかげ?」

「もちろんそれもあるけど、カウンターはむしろ全速イグニッション・ブーストのおかげだね。向かってくる相手に対して綺麗に入ったよ」

 

 鷹月さんと四十院さんがパイロット組に質問して試合内容の理解に努めている。

 どうやら五組代表は一夏と正面から剣で打ち合うという一番やってはならないことをしてしまったようだ。

 その上全速力のイグニッション・ブーストの勢いまでまともに受けてしまったらしい。

 それはきっと一夏にとって持ちうる最大規模の攻撃だろう。

 いや待て、最大規模だと?

 

「ちょっといい? さっきのエネルギー無効化攻撃の強さは?」

「おそらくそれも全開だな。あれだけの力を開放させたのは私も初めて見たぞ」

「自身のエネルギー消費を考えますとなかなかあそこまでは出せませんものね」

「全力のエネルギー無効化攻撃に全速のイグニッション・ブースト。これが織斑君の最大火力だよ!」

 

 パイロット組は自分のことのように大喜びしているが、俺にはあることが思い当たった。

 そして鷹月さん四十院さんも同じ考えに至ったようで、微妙な顔をしている。

 

「甲斐田君」

「うん、それは後で」

 

 とりあえず今話すことではない。

 

「どうした甲斐田、申し分のない勝利だぞ。一撃で決めたおかげで精神面はともかく肉体的な疲労を最小限に抑えることができた。これなら午後も万全な状態で戦える」

「そうですわ。次の試合まで休む時間も十分にありますし、精神面も問題ありませんわ」

「もしかしてあっさりし過ぎて拍子抜けしちゃったー? 勝負なんて意外とこんなもんだよ」

 

 オルコットは指揮班なのだから気づけと思うが、よく考えたら最近はもう完全にパイロット班状態だった。こうやって見るとやはり立場によって思考経路は違うのだろう。俺で気づくことをオルコットに分からないはずがないのだから。

 

「そうだね。あ、一夏も我に返ったみたいだ。あれが勝利のポーズ?」

「なるほど、結局織斑君は初心に帰ったか。昨日の夜まで迷ってたけどやっぱりシンプルイズベストだよね」

 

 画面の向こうで一夏は手に持ったブレードを高く掲げて決めポーズを取っていた。

 谷本さんが腕を組んで得意気にうんうんと頷いている。

 昨日の夜一夏が何事かを悩んでいたがそれだったか。本当にどうでもいいことをと思ったが、リーグマッチに対して余計なことを考えないで済んだという点ではよかったのかもしれない。

 

「そうそう。やっぱり英雄っていうのは大歓声を浴びても堂々としてなくちゃね」

「そうだ、あれこそが織斑一夏なのだ……」

「ああ、すばらしい姿ですわ……」

「くぅー! やっぱかっこいいー!」

 

 ひと通り手を振って、一夏はゆっくりとこの待機室へと歩みを進めている。

 パイロット連中はうっとりしているが、俺はなぜか得意げな谷本さんの発言になるほどと思った。

 一夏は人前だろうが自然体でいられる人間なので、俺は大観衆の中にいるという部分を特に気にしていなかった。

 だが一夏に人前での振る舞いというものを身につけさせれば、それは相当な存在感を発揮できそうだ。何しろただでさえ絵になる男なのだから。

 

「みんな、やったぞ!」

 

 待機室に帰ってくるなり一夏は吠えた。叫ぶというより吠えた。

 ここまで一夏のテンションが上がっているのはかなり珍しい。

 数千人の歓声がここまで一夏を盛り上げたのだろうか。

 

「一夏、よくやったぞ!」

「一夏さん、お見事でしたわ!」

「織斑君、すごくよかったよ!」

 

 真っ先にパイロット組が駆け寄る。この連中も一夏の熱を浴びて完全に興奮状態だ。

 

「ありがとう! どうだ智希、これなら文句ねえだろ!」

 

 俺に向かってものすごいエネルギーが飛んできた。同じく興奮状態の一夏の体には相当な熱気が纏われている。それはもはや存在感などという次元ではなく、全ての熱源は一夏であり全ての中心は一夏であると錯覚させられそうになる熱量を持っていた。

 今ここにいるのは織斑一夏とそれ以外の二種類だ、と何となく思った。

 

「別に勝てばどうだろうと文句なんて言わないよ」

「なんだそれ! 自分で言うのもなんだけど完璧だろ! 完璧過ぎて俺がびっくりだよ!」

 

 平静に返したようで、俺は飲み込まれそうになっていた。

 そうだった、これが織斑一夏だ。何もかもを飲み込んでしまう圧倒的な力。正確には相手に自分の全てが飲み込まれてもはや自分は一夏の一部だという意識にさせてしまう強大な圧力。

 一夏と一緒に暮らしていた施設の人間は全員がそうだった。

 

「甲斐田君?」

「今水を指すようなことは言わなくていいよ」

「そういうことじゃなくて……まあいいけど」

 

 鷹月さんが訝しげに俺を見る。

 鷹月さんは一瞬俺の意識が飛んでいたのに気づいたようだが俺は誤魔化した。

 

「あーもう早く次の試合がしたい! 鷹月さん次っていつ!?」

「十三時開始だから三時間以上あるわね」

「そんなにあるのか! じゃあ体動かしてきていいか! ちょっと外行ってくる!」

「え?」

 

 答えも聞かず、興奮したままの一夏は待機室を飛び出して行った。

 間があって、慌ててパイロット組が一夏の後を追いかけていく。

 

「谷本さん!」

「はいはーい。すぐ行きまーす」

「一夏を捕まえて次の試合まで縛っといて」

「そんなことしません。持て余したエネルギーは溜めると爆発してしまうのです」

「いやいや、次の試合までに使い果たしちゃったら意味ないでしょ」

「それは私にお任せあれ。次の試合の時間にはいい状態にしておきましょう」

 

 不安だ、ものすごく不安だ。

 谷本さんは俺に答えながらてきぱきとバスケットに飲み物やタオルを詰め込んでいく。

 そして準備が終わるとバスケット片手に笑顔で手を振って待機室を出て行った。

 

「あれ大丈夫なの?」

 

 鷹月さんが不安げに俺を見る。

 確かに普段の言動を考えれば不安しかないが。

 

「谷本さんも衛生班の仕事はきちんとやってるよ。ここ一週間一夏の訓練に張り付いて疲労回復のためにいろいろしてた。レポートも見たけど分析はしっかりしてる。一夏の信頼も得てるし、一夏の体については今一番よく分かってるから大丈夫」

「そう。甲斐田君が大丈夫だって言い切るなら信じるか」

 

 本当は不安で仕方ないのだが、俺は言い切る。

 一夏に余計なことを吹き込んでたりもするが、衛生班としてはちゃんとやっているはずだ。

 それに変な信頼があるのか一夏も谷本さんの言うことはわりと聞く。俺が言うよりも反発は少ないかもしれない。

 俺としても体が空いていれば追いかけるのだが、俺にはまた別にやることがある。

 

「だから僕らは僕らのやるべきことをやろう。初戦を踏まえた上での二戦目を考えて、あと偵察」

「そうだった。こんなところでボーっとしてる場合じゃなかった。二組三組の試合は十一時からだから、それまでにこの試合の反省と次の対策を考えないと」

「はい。完勝のようで問題点も出てきました。あの試合を見ては今後の相手も私達の想定からかなりずれてくるはずです」

 

 鷹月さんと四十院さんの顔が引き締まる。

 試合をするのは一夏だが、俺達はそれまでに準備を整えなければならない。考えるという部分について一夏は俺達に全てを委ねている。だから俺達は一夏が安心して試合を迎えられるようにしておかなければならないのだ。

 

「ああっ! というか私達が自分の仕事をしてないじゃない!」

「どうしたんですか先輩?」

「織斑君なら無傷だったじゃないですか。あたし達別にすることないっすよ」

「バカ! そんなこと言ってもし万が一故障でもあって試合で発覚した日には私達クビじゃ済まないわよ!」

「あ、そりゃまずいってもんじゃない」

「急いで大丈夫だってことを確認しに行きましょう!」

 

 倉持の人達が大騒ぎして待機室から飛び出して行った。

 まあ大丈夫だとは思うが、確かに万が一はあって欲しくない。

 

「甲斐田君、私たちも行きます!」

「またね~」

 

 やけに気合の入った岸原さんといつも通りの布仏さんが出て行く。

 あの二人はいったいどこへ行くのだろうか。本番中整備班としての仕事は特にないというか、それならむしろ俺達の作戦会議の場でデータベース的にいてくれた方が俺としてはありがたかったのだが。

 

「甲斐田君、私達も」

「あ、うん。場所どこにする?」

「そうね、話の内容的にもあまり人に聞かれない場所がいいわね」

「それなら一度寮に戻るのがいいではないでしょうか。ここからなら教室へ行くよりは近いですし」

「そうしよう。会議室なら人に聞かれることもないし」

 

 そうして俺達も待機室を後にする。

 確かに一夏は初戦に完勝したが、それで終わりというわけではない。後三試合もある。

 そして完勝し過ぎたことによって、かえってこの後の試合が難しくなってしまった。

 専用機があるとはいえ、一夏の実力が突出しているわけではない。

 一夏の特性を理解しているクラスメイト達は戦い方次第で一夏に勝てるし、剣を使った近接格闘戦でも篠ノ之さんなどは一夏をはるかに凌ぐ腕前を持っている。

 この一ヶ月でだいぶ様になってきたとはいえ、まだまだクラス代表と互角に戦えるだけの力を持っているとは言い難いだろう。剣一本だけという同条件なら篠ノ之さん以外には勝てるようになってきたそうだが。

 しかし複雑な戦術を遂行するなど遠い未来の話だし、そもそも剣一本しかないので戦術に深みを出すことすら厳しいのだ。

 だからこそエネルギー無効化攻撃とイグニッション・ブーストが命綱で、この二つの柱を効果的に使わなければ勝ちを得ることは難しいと言える。

 最終戦の鈴はともかく、もうまともに向かってこないであろう三組四組を相手にどう戦うか。

 きっと今後は一夏にとって我慢の展開が続くんだろうなと思った。

 

 足早に寮へと急ぎながら、誰も声を発さない。

 俺も含めて頭の中で自分の考えをまとめているのだろう。

 おそらく起死回生のアイデアなど出てこないし、試合中に一夏が突然覚醒するなんていう甘い期待などしてはならない。

 今の一夏にできることの中で、相手にどう対応していくか。

 相手が誰であろうと関係ないなどと言えるのは、自分のやり方を確立できた者だけだ。

 一夏はまだまだ未知数で成長中なのだから、あれこれと試行錯誤を行っていくべきだろう。それを勝ちながらというのは本当に大変だが。

 

 もっとも、そんな凡人の思惑など軽く飛び越えてしまうのもまた織斑一夏という人間であるのだけれど。

 

 


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