IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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17.このご時世に女が男へ求めるものは優しさと癒やしだ。

 

 このご時世に女が男へ求めるものは優しさと癒やしだ。

 

 

 

 笑顔で話を聞いてくれて、いたわってくれて、そのままの自分を受け入れてくれる。

 テレビや雑誌のよるとそういう姿が女にとっての男の理想像だそうだ。

 それならペットでも飼えばいいのではないかと思ったが、連中は世話をしたいのではなく自分の世話をしてもらいたいらしい。

 結婚相手には家で家事をしてもらって仕事で疲れた自分の体を癒してもらうのが一番だ、とその手の本には書いてあった。

 そこまでくるともはや男である必要すらないのではないかと思うし、実際に国によっては同性婚で同じような形態を作っている女もいる。何しろ男の数は女の三分の一しかいないのだから、相手が男であることにこだわらないのであれば、勝手知ったる女の方がむしろやりやすいのだろう。

 子供についても今や人工授精が半分以上の割合を占めているので、金があればどうにかできる。このあたりは男性不要論の論拠に出てくるところでもある。

 だがやはり男と結婚をする方が女にとってはステータスになるようだ。自分が幸せになるのはもちろんだが、他人から認められ羨ましがられるような結婚生活でありたいとも思うらしい。

 かくしてテレビや雑誌やネットでは結婚とはどうあるべきかがいつも熱く語られている。

 

 とはいえ、その対象となる肝心の男が女にとってそんな都合のいい存在であるかと言えば当然違う。そんな一方的に尽くせなどと言われてはさすがにちょっと待てと男の側も言うだろう。

 そして数の関係からすれば一見男の意見の方が通りそうにも見える。なぜなら結婚が一対一の関係になる以上、選択肢は数の少ない男の側にあるはずだからだ。

 だがそうはならなかった。いつだって数の多い方に主導権はある。

 女達が出した結論は、それなら男全体を根っこから教育してしまえばいい、だった。

 

 

 

「なんだ、話してみたら意外と普通だね」

 

 しばらく当たり障りのない雑談をして、やがて一年三組の代表はそう感想をこぼした。

 今俺は食堂で買った弁当を持って校舎の屋上にいる。俺の周囲には三組の女子が四人。

 さすがに大勢で取り囲むと俺が萎縮するとでも思ったのだろう。少数精鋭、つまり男子に偏見を持っていないであろうクラスメイト達を引き連れて、三組の代表は俺の部屋にやってきた。

 

「そんなに普通じゃないように見えてた?」

「そういう意味じゃないよ。もっと精神的によくない状態かもしれないと思ってたから、普通の状態でよかったって安心したってこと」

「だから普通も何も特に問題があるわけでもないんだけど」

「でも問題がなければ一人で出歩いたりしないでしょ?」

「こら、そういう言い方はないわよ。ごめんね、別に深い意味があるわけじゃないから。私達を警戒しちゃうのは当然だけど、みんな甲斐田君を心配して言ってるだけの話だからね」

 

 腫れ物に触るようにとまではいかないが、相当な気の遣われようだ。

 俺を油断させるためにそういう設定にしているのかもしれないとも思っていたが、どうも噂は噂として存在するらしい。

 その元凶は間違いなく三年の先輩達だが、そこから憶測が憶測を呼んでおかしな方向に行ってしまったのだろう。

 きっと先輩達は噂について聞かれても言葉を濁してどうとでも取れるような発言をしたのに違いない。かき回して外から眺めて楽しむなど指揮科とは本当に性格の悪い集団だ。

 協力をしないではなく一切指一本も介入をしないとでも約束しておけばよかった。

 

「それはもちろん分かってるよ。そうじゃなかったらここまでしてくれる人なんていないから。改めて言うけど僕なんかのためにわざわざありがとう」

「だめ、そういうのはよくないわよ。僕なんかとか言ったりして自分を価値のない人間みたいに言うのは」

「そうそう。マイナスな言葉は気分までそうさせちゃうからね。プラス思考プラス思考!」

「きちんと私達の気持ちを分かった上で感謝の言葉が口に出せるんだから、全然性格は悪くないというか、むしろかなりいいと思うな」

 

 当然気を遣われての話ではあるが、性格がいいなどと言われたのはいつ以来だろうか。もしかしたら猫を被っていた中一の頃にまで遡る必要があるかもしれない。

 もちろんのこと俺は別に自分の性格がいいとは少しも思っていない。だがここのところひどい扱いばかり受けていた俺としては、人間鞭ばかりでは気が滅入るものだなと一人しみじみとしてしまった。

 

「うん、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいです」

「それそれ! その笑顔! 辛気くさい顔をしてたらやっぱり話しかけづらかったりするの。いつも笑顔とまではいかないけど、もうちょっと表情は柔らかくしてた方がいいと思う」

「廊下を男子一人で歩くのは辛かったでしょ。顔が緊張してたし、何かあったんだろうなとは思ってもみんな踏み込むまではいけなかったんだ。ごめんね」

「そんなに変だった?」

「変ていうわけじゃないけど、ちょっと話しかけづらいのはあったかな。だからアニータも校内新聞を読んで間違いないと思うまでは声をかけられなかったわけだし」

 

 もしかして誰にも話しかけられなかったのは俺の方にも問題があったのだろうかと思ったが、最後の発言を聞くに三組代表がいきなり声をかけてきた理由付けにも見える。

 俺が怪しまないようにと気を配っているのかもしれないが、まだ打算と気遣いの差が見えてこない。もう少し結論は出さず様子を見たほうがよさそうだ。

 

「だから教室の中にいるよりも外にいた方がまだマシなのかなって思ったんだけど、やっぱり教室は居づらい?」

「別に居づらいってほどでもないけど」

「でも外から見てると織斑君と甲斐田君の扱いに違いがあり過ぎると思うのよ。甲斐田君のクラスってみんな織斑君しか見てなくない?」

「アイドルみたいだよね」

「にしてはいくらなんでもあからさまっていうか、あれはちょっとないなって思う」

 

 なるほど、一夏のことを知らなければ不自然な光景に見えてしまうのかもしれない。

 確かに不自然だと言われればその通りなのだが、それは織斑一夏が特別な人間だという確たる事実でもある。

 

「ああ、あれは僕がどうこうって話じゃないよ。一夏の周りは昔からいつもあんな感じだし、要するに女子にすごくモテるってこと」

「いや、それにしてはおかしくない? だってあれクラスのほとんどの女子がそういう態度っていうか、そこまで? って思うんだけど」

「織斑先生の弟だからっていうのとはまた違うよね?」

「確かにかっこいいとは思うけど、テレビとか見ればもっとかっこいい人はいっぱいいるし」

 

 他のクラスの女子が一夏の元へやってこないのはどうしてだろうと不思議だったが、外から見ただけではまだ無理してアタックしに行くところにまでいかないらしい。

 てっきりクラスの女子が常に一夏を囲んでいるせいだと思っていたが、それ以前の話だったようだ。

 中学時代は男同士でつるんでいたのと番犬鈴がいたせいで、一夏に近づくことからそれなりの勇気を必要としていた。だがそれでも一夏に寄ってこようとする女子は後を絶たなかった。

 だからIS学園に入学してからはそれらが取っ払われ、きっとすごいことになるだろうと俺は予想していたのだが、実際はクラスの中でだけだった。

 高校ともなれば分別が出てくるのか、IS学園の生徒ともなればそこまで勢い任せにはならないのか。

 ただその代わりというわけではないのだろうが、その分クラスの中がかなりディープな状況になってしまっている。まさかライバル同士で共同戦線を組むとは思わなかった。

 もちろん自分自身に抜け駆けする気はあるし、他人に抜け駆けされても一気に一夏を持っていかれることはないと踏んでいるのだろう。だが一人の男を巡って争うはずの女達が揃って真剣に一夏対策会議をしているのを見ると、どこをどうしたらそういう結果になったんだろうかと首をひねって考えてもよく分からなかった。

 

「そうだね。もし一夏が三組にいたとしたら、少なくとも三組の半分は一夏に心奪われるんじゃないかな。きっとみんな話したことないから分からないんだろうけど、一緒にいたらそれは理解できると思う」

「そんなにすごいの!?」

「じゃあ校内新聞に書かれてたこともあながち嘘じゃなかった?」

「まさかそんなのありえないよねってみんな話してたんだけど……」

 

 そういうことだったか。

 どうして俺達の嘘がバレたのかと疑問だったが、そもそも一夏の置かれている状況が信じられなかったからだったのか。

 俺の存在から気づかれたのであれば、目の前の連中は今のような態度はまず取れない。もはや上級生には黒幕的存在の俺を弱者扱いするなど、無防備で火の中に突っ込むような自殺行為だ。

 きっと三組は俺個人の仕業ではなくクラス全体での行為だと怪しんで考えた結果、リーグマッチのことに辿り着いたのだろう。

 そして自分達よりも先に気づいた一組を警戒し、ぼっち疑惑が出ていた俺に目をつけた、というところだろうか。

 とはいえ、全てにおいて俺を上回っていて俺の思考さえも読み切って全員が演技しているという可能性もなくはないので、まだ安心はできない。

 

「見てたのなら分かると思うけど、今やもう一組の三分の二は一夏の虜だよ。確かに信じられないことかもしれないけど、目の前に事実はあるから」

「それはまた凄まじい……」

「でも自分もそうなるかって言うと、あんまりそうは思えないのよね。直接話したことはないし校内新聞を読んだ限りだけど、そこまで頭良さそうでもないから」

「素直そうだし育てがいはあるっていうか、世間一般的な理想の男性になれる素質はあるんだろうけど、私自身はそういうのは求めてないしねえ」

 

 疑ったくせに、この連中は意外と記事をそのまま鵜呑みにしている。

 もちろん、取材のときは意図してそういう風に印象操作したつもりだ。何しろ普段の一夏の言動を本人から切り離して文字だけにしてしまうと、女子の支持はとても得られないからだ。

 かっこよくて優しくて素直、最後の素直という部分が重要である。俺のようなひねくれ者は基本好かれない。

 惚れているのを抜きにしても、クラスのみんなが助けたいと思えるような人間として一夏を見せたかった。

 

「一夏は性格も悪くないよ。一度話してみればそれは分かると思う」

「いや、そういうことじゃなくて、ただ単に私の好みじゃないってだけ。甲斐田君の言う通りなら大抵の女子は好きになれるんだと思うよ。実際そうみたいだし」

「だよね。そういう人が好まれるのは分かるけど、私が求めるのはもうちょっと知的な人というか、ただ頷いてるだけじゃなくてしっかり会話についてこられる人かな?」

「そうそう。優しさだけじゃやっぱ物足りないよね」

 

 それを聞いて、今この場にいる三組のクラス代表以外の三人がどういう人間か理解した。おそらく一組において指揮班にあたる立場の人間だ。

 理由は明確だ。とても一夏には惚れそうもない連中だからだ。

 入学して一ヶ月経って、一組は一夏に落とされる人間はだいたい落とされていた。パイロット科志望の連中は一緒に放課後の訓練を行った結果、見事に例外なく落ちた。

 そして一方落ちなかった人間は明確だった。指揮班の二人と整備班の半分だ。

 勝つ望みがなさそうだから最初から諦めているのかと思ったが、それとなく聞いてみると完全に自分の好みの守備範囲外のようだった。

 そもそも男自体に興味がないのかとも思ったが、そういうわけではないらしい。将来男と結婚をしたいかと聞いたらできるものならしたいと全員が答えた。

 中学時代男に興味のない女子は普通にいたので、このあたりはクラス編成自体に作為を感じる。まあ男子に反感を持つ人間がクラスにいない時点でまず確定だろう。ちなみに入学初日のオルコットは祖国を離れ気合が入り過ぎた結果虚勢を張っていただけだった。

 そして一夏に興味ない連中の返答には頭の良さとか回転の速さとか知性などという単語が飛び交い、確かにそれは一夏には弱い要素ではあった。

 知性を求めるから惚れないと言ってしまうと一夏が馬鹿なように聞こえてしまうが、要するに相手に対する要求水準が非常に高いという話だ。まだサンプルは少ないが、目の前の連中も含めて体を動かすよりも頭を動かす方が好きな人間にはそういう傾向があるように見受けられた。

 なお、布仏さんや谷本さんといった特殊な人間達は回答が理解不能で全く参考にならなかったので、サンプルからは除外している。

 

「まあまあ、私達の好みなんてどうでもよくて、今は甲斐田君の話。つまり今出回っている噂は真実とは違うわけなんだね? 別に織斑君が悪いわけではない?」

「それはもちろん。むしろ一夏は曲がったことが嫌いな人間だから」

「別に無理しなくてもいいよ?」

「僕のことをどこまで知ってるのか分からないけど、一夏とは中学のときから一緒だよ? そういう人間ならとっくの昔に離れてる」

「ごめん、とても失礼なことを言っちゃったね」

 

 これだけははっきりと言っておかなければならない。

 俺はリーグマッチを一夏のIS学園デビュー戦として捉えている。

 だから始まる前から一夏に悪評が立って最初からアウェー状態などそのままにしておけるものか。

 一夏ならそれくらい簡単にひっくり返してくれるのかもしれないが、まだ確証もない状態でわざわざ博打を打つような場面ではない。

 

「つまり甲斐田君にも織斑君にも互いに悪い感情はない?」

「もちろん。中学時代はいつも一緒に行動してたし。それに今だって部屋が一緒なんだから毎日話はしてる」

「ということは……これはきっと一組の女子の仕業だね」

「は?」

「その人達は甲斐田君を織斑君から引き離そうとしている」

「それはどうして?」

「だって甲斐田君がいつも織斑君と一緒にいると邪魔だから。あ、気を悪くしないでね。大勢のライバルを出し抜く以前に織斑君の側には常に甲斐田君がいる。男子が二人しかいないんだからつるむのは当然と言えば当然なんだけど、それじゃ困ると思った一組の女子はまず共同して甲斐田君を遠ざけることから始めた」

 

 俺としてはライバル達を出し抜けるものなら出し抜いてみろで、一組の女子達は共同戦線まで張っているのだが、さすがに実情を知らなければそこまで読むのは無理だろう。

 むしろよくこの場で苦しくともその論理を組み上げたなと思う。

 実のところ相手が悩むようなら俺は似たような話をするつもりだった。何しろ俺寄りの立場を取る以上三組の連中は俺を悪者にできない。そして俺は一夏を悪者にするつもりはない。ならば誰を悪役にするかと言えばもう一組の女子連中しかいないのだ。

 リーグマッチの価値を知る者同士としてライバル関係にあるので、クラス同士は仲良くできない。

 だから一組の女子を悪者にして俺に同情する立場を取り、気を許した俺から情報を吸い上げようとするのが手っ取り早いと考えるだろう、と俺は結論づけていた。

 昨日の話からして、三組が一夏ごと一組を悪者にして俺を取り込もうとしているのは感じている。

 だが俺としては一夏を悪者にしたくないし、かといって真実を話すつもりもないので、落とし所として一夏だけ切り離すことにしたのだ。

 そして一夏は悪くないという俺の意思を察して向こうからそういう方向にしてくれたのは好都合だった。

 なぜなら俺がこのまま馬鹿でいいからだ。

 

「そうかな? クラスの人達は僕に嫌な感情を出してきてるようには見えないし、一夏もみんなのことを悪く言ってたりしないし、考え過ぎじゃないかな?」

「ううん、人を疑いたくない気持ちは分かるけど、きちんと自分の立場を考えてみようよ。最近教室の中にいないのはどうして?」

「それは、なんかみんな最近忙しそうだし、邪魔だからいない方がいいかなって」

「忙しそう、ね。じゃあ放課後職員室に行ってるのは?」

「それは一夏の代わり。クラス代表の仕事みたいなんだけど、今一夏はリーグマッチに向けての訓練で忙しいから代わりにお願いってクラスの人に頼まれて」

 

 きっと気になるであろうキーワードを出してみたら案の定、目の前の四人の目が光った。

 突っ込んで聞きたくて仕方ないだろうが、この程度でお前らは俺の信頼を得たとは思っていないだろう?

 果たしてまだ俺からの情報収集を始められる段階ではないと自重できるか。

 

「それって」

「まあまあ、甲斐田君、頼まれたからって素直にはいはいって聞くことはないのよ? 甲斐田君にだって都合はあるでしょう?」

「でも僕は別に部活とかやるつもりもないし、放課後は時間あるから。今みんなリーグマッチに向けていろいろやってるみたいだし、クラスのために協力してって言われたら当然協力はすべきだよね?」

「そうだね。でも無理してまでやることではないからね」

 

 一人危ないのがいたがすぐ代表が間に入ってかろうじてセーフというところだろうか。

 それにしても三組の代表は俺の機嫌を損ねまいと徹底している。

 俺から一組の情報を聞き出したくて仕方ないだろうに、物事の順番を間違えるような愚かな真似はしないようだ。

 餌が見えたら何も考えず全力で飛びつく一組の指揮班連中とは大違いだ。

 

「うん。嫌なときは嫌だってはっきり言うことにするよ。ありがとう」

「どういたしまして。今のところ甲斐田君自身は大丈夫みたいだね。外から見たらちょっとひどいなって思う環境だけれど」

「そんなことないよ。みんないい人だよ。だって自分には何の得もないのに、一夏のために一生懸命がんばってくれてるんだ。きっと恋の力だろうけど、そういうのはとても悪く言えないよ」

「えっ!?」

 

 そんな優しい代表さんにプレゼント。

 

「どうかした?」

「甲斐田君……何も聞かされてないの?」

「聞かされてないって何が?」

「その……リーグマッチについて」

「クラス代表同士が模擬戦をやるんだよね? 一夏を代表にしてくれて、その上一夏が活躍できるように協力までしてくれるだなんて、一夏もクラスのみんなには頭が上がらないって言ってたよ」

 

 俺も一夏も何も聞かされておらず、ただ言われるがままになっている。

 一組の女子は悪役として十分魅力的ではないだろうか。

 そうすることを話したところ、クラスメイト連中はものすごく嫌な顔をした。

 だが俺を納得させられる代案を出せなかったし、終わった後情報解禁となって俺の存在が知らしめられると聞いて、全部俺のせいにできるということでかろうじて受け入れた。

 もちろんそれは俺がぞんざいな扱いをされていたことへの意趣返しなどという小さな個人的な理由によるものではない。噂をうまく利用し相手の目をそらすための最善の手段だからである。決して他人に理不尽な扱いをしたことへの因果応報だなどとは少しも思っていない。他人から嫌な目で見られるのがどういうことか身を持って思い知れなどとはみじんも考えてはいないのだ。

 

「そういうことだったんだ……」

「か、甲斐田君……もしかして三年生とのいざこざを起こしたのって、一組の女子?」

「ああ、なんかあったみたいだね。詳しいことは僕も一夏も知らないけど、一夏をクラスの代表にするにあたっていろいろ協力してもらったらしいよ。そのときに何かあったらしいことは聞いたけど、まさか噂にまでなってるなんてね」

「だから真実を知ってる三年生や生徒会長は甲斐田君達のことを気にかけていたんだ……」

 

 三年生は聞いたら大爆笑だろうしデマを流して遊んでいるくらいだから文句は言わせない。協定のせいで最近見ていない生徒会長は不本意だろうが、それは終わった後謝ることにしよう。

 

「そんな、真実だなんて言い方はよくないよ。ちょっとした行き違い程度でそこまで大げさにするような話でもないから。別に僕も一夏も嫌な思いはしてないし、それどころか一夏はみんなに感謝してるくらいだ。だいたいもう二週間も一夏の訓練に付き合ってくれてるんだよ。いい加減な気持ちじゃとてもそんなことはできない」

「二週間!?」

「そんなにやってるの!?」

「織斑君を中心にいろんな部活を見て回って遊んでたって聞いてたけど……」

 

 部活見学ツアーまで知っているとはやっぱり詳しいな。

 情報収集の技術については俺達より上なのかもしれない。もちろん一夏のいる一組は目立つというのはあるが、こちらは三組の情報を何も得られていないのだから。

 ともあれ、目的の一つである一組が二週間先を行っていることは伝えられた。これで焦ってもらえれば言うことはない。

 

 果たしてその後は三組の四人に落ち着きがなくなり、昼食を食べた後は挨拶もそこそこに帰っていった。

 その後姿を見ながら俺は緒戦の勝利に満足していたが、しばらくして重大な事実に気づいてしまった。

 一組のことばかり話していて、俺自身は三組の情報をほとんど得られていない。

 

 とりあえず今何より俺が考えなければならないのは、指揮班やクラスメイト達に対する釈明の言葉のようだった。

 

 

 

 

 

 IS学園はその性質上、外からは隔離された施設だ。

 敷地内の寮に住んでいる生徒や教師達は学園内のほとんどの場所を行き来できる。だがそれ以外の敷地内で働いている大人達はその立場によって入ることのできるエリアが決まっているそうだ。事務室などにいる人達は校舎内は行き来できても整備室のような技術的エリアには入れないし、逆にIS整備の人達は校舎内には基本入れない。

 まあ実際のところはそこまで厳しいことは言われないようだが、決まりとしては細かい規定があるとのことである。

 一ヶ月もの間織斑千冬第二秘書として働くうち、俺はお使いまで務めるようになっていた。

 事務室に書類を届けたり、整備室に荷物持ちとして連れて行かれたり、施設管理の人にカードキーを借りに行ったりしている。そうしてIS学園ではいろんな人が働いていることを知った。

 傍目にはいいようにこき使われているし、実際そういう部分もある。だがそうやっているうちに、ただそれだけではないのが俺にも分かるようになってきた。

 千冬さん、織斑先生は俺を様々な場所へ行かせることで、IS学園にいる大人達に俺という存在を見せている。

 一夏は世界で最初にISを動かした男ということで世界の誰もが知っている。そして世界一有名とも言える織斑先生の弟という事実がその立場を揺るぎないものとしている。

 だが俺には何もない。血を分けた家族もなく、織斑一夏の友人で、織斑姉弟と同じ施設で暮らしていた。これが俺に関する世間の知る全てだ。

 はっきり言っていつモルモットとしてどこかの誰かに拉致されてもおかしくない存在である。今俺が何事もなく生きていられるのはこの厳重に隔離されたIS学園にいるからに他ならない。

 だからこそ、このIS学園にいる間は平穏無事でいられるようにと、織斑先生は気を配ってくれているようだ。

 遠くから見るだけの他人なら何とも思わないが、よく知っている相手なら情も湧く。

 IS学園にいる多種多様な人々に会わせることで、見世物としての価値もない珍獣ではなく血の通った人間であると自分の力で示してみせろ、と織斑先生は俺に伝えてくれているのだろう。

 もっとも、機会だけ与えて後は自分でどうにかしろと丸投げなのは教師としてどうなんだ、と思わなくもないが。

 

「あら甲斐田君、君も来たの?」

「はい、僕も用があって」

「へー、また何か企んでるみたいねー。噂聞いたよー。おもしろいことになってるみたいじゃない」

「それ大部分は僕じゃないんですけど、まあお楽しみにってことで」

「リーグマッチで活躍、期待してるからね!」

「模擬戦やるのは僕じゃなくて一夏ですよ。で、どこですか?」

「あ、ごめんね。面会室の一番。もう来てるよ」

「ありがとうございます。ではまた」

 

 警備の人に挨拶して、一夏と一緒に相手の待っている部屋へと向かう。

 IS学園外部の人間が敷地内に入るには当然許可が必要で、その手続きは非常に面倒なそうなのだ。内部の人間でさえ事細かに決まっているのだから外部ともなればそれは本当に厳しいのだろう。

 ただ面会室で会話する程度なら相手にもよるがそこまではないそうなので、電話ではなくて直接話をしたいという希望に応えて相手にはここまで来てもらっていた。

 

「おい智希、今の知り合い?」

「知り合いも何も、ここの警備の人だけど」

「なんでお前普通に会話してんの? あ、もしかして迷子になって助けてもらったとか? 最近お前一人でフラフラ出歩いてるみたいだし」

「子供じゃあるまいし。前に織斑先生のお使いでここに来て、お茶をごちそうになったくらいだよ」

「それだけ? にしてはけっこう親しげだったぞ?」

「それはあの人の性格が大部分だろうけど、警護対象最重要ランクの人間のことは知っておきたいんだって。そのときいろいろ聞かれて話をしたからかな」

「ああ、そういや俺達ってそうだったな。ここにいると忘れそうになるけど」

 

 今世界でISを動かした男は四人、その内の半分がこのIS学園にいる。一か八かで俺達を狙って襲ってくる輩がいないとも限らない話だ。

 もっとも、ここには世界最強と言われる織斑千冬がいる時点で一か八かにもならないとまで言われているけれど。

 

「さっきの人、モンド・グロッソ第一回大会の二回戦で織斑先生と戦ったことがあるんだって」

「マジか!? じゃあ俺絶対見てるな」

「瞬殺だったから絶対覚えてないだろうって言ってた」

「あー……。うん、そうだな」

 

 俺達の間では笑い話だが、裏を返せば世界レベルの人間がIS学園の警備をしているという事実だ。

 俺達がISを学園に入学することが決まった時、俺達の安全性を問われて織斑先生は平然と言い放った。

 

「そこらの軍隊程度では私の出る幕はないだろう。それ以前にIS学園を襲撃したければまず日本とIS委員会を落とすことから始めるのをお勧めしておく」

 

 実際に、IS学園ではさっきの人クラスがゴロゴロしているらしく、君達の安全に関しては一切心配しないでいいよと笑顔で言われてしまった。

 

「でもそれならまあ三年間は安心だな。なんでそんな人がいるのかは知らないけど」

「織斑千冬信者なんだって。一緒の空気を吸えるだけで嬉しいって言ってた」

「そっちか! すごく納得した。あの手の人は千冬姉のためなら死ねると本気で言い切るからなあ……。きっと千冬姉に俺達のこと頼まれて今幸せ絶頂なんだろうな」

 

 さすがに姉のことだけあって一夏もよく分かっている。まさにその通りで、織斑先生に頭を下げて頼まれて感動の余り泣いたそうだ。

 つまり俺に好意的なのは例の写真をお近づきにプレゼントしたからである。この程度でやる気になってくれるのであれば俺は定期的に織斑千冬成分を補給しようと思う。写真が尽きても知られざるエピソードはいろいろあるし、そういうのを織斑千冬信者が大喜びするのは既に分かっている。そしてあわよくばそれを一夏にスライドさせると。

 

「来た来た。やあ、久しぶり!」

「この前電話で話したばかりじゃないですか」

「直接面と向かって話すのはってことよ。うん、織斑君も元気そうで何より!」

 

 相手は立ち上がって笑顔をで手を振ってきた。普通に化粧もしていて今日は徹夜明けとかではなさそうだ。

 俺が一夏に頼んでわざわざ来てもらったのは、対オルコットの模擬戦の日の朝に専用機を持ってきた、倉持技研の技術者だった。

 

 

 

 

 

「いやいや、話題になってるよ」

「何がって一応聞いておきます」

「一応ってことは自分でも分かってるんだね。大活躍だそうじゃない」

「智希、お前今度は何したんだ? お前少しは自分のこと考えた方がいいと思うぞ」

「さすがに自分からぼっちの噂なんて出さないし出したくもないんだけど」

「ぷっ。知ってますか? こいつ今クラスからハブられてるなんて噂が流れてるんですよ。本当はそれどころかクラスを仕切ってる立場なのに」

 

 確かに自分が大人しくハブられるような存在でないのは認めるが、そこは笑うところなのかと思う。

 

「もちろんもちろん。今をときめく男性IS操縦者の話だからね。誰もが知る織斑君はともかくその隣にいるのはどういう子だろうってみんな気にしてるから」

「よかったな智希。これでみんな同情して優しくしてくれるかもしれないぞ」

 

 当然その程度で傷つくような玉ではないのを理解して、一夏は清々しい笑顔を俺に向けてきた。

 基本的に口ではやり込められるのが多いこともあって、こういう時一夏はここぞとばかりに攻めてくる。

 

「でも同情の方向じゃないんですよね?」

「それどころか織斑君やクラスを裏で操る腹黒い黒幕って話だね」

「ははっ! そりゃ残念だったな智希!」

 

 鈴と一緒に食べた夕食の時に堪えて反省したと思っていたが、どうやら喉元を過ぎてしまったようだ。あえて触れずにいた俺の優しさに気がつかないとは、すべてを明白にして断罪の階段を登ってもらうしかなさそうだ。

 だいたいこのパターンはいつも自分が痛い目に遭う結末だと思い至らないのか。調子に乗っては痛い目に遭うのを繰り返すのもまた織斑一夏という人間だった。

 

「まあ僕のことはどうでもいいです。それでリーグマッチの話をさせてもらいたいんですが」

「電話で聞いたことなら全然問題ないわよ。期間中はうちの人間を張り付かせるから」

「一試合目と二試合目の間が二時間しかないのも含めてですよね?」

「当然。というか毎年やってることだからみんな理解してるわよ」

「あ、俺が専用機だからみんな心配してるって話で」

「もちろん考慮してるわよ。専属で三人織斑君には付かせるから、たとえ全壊しても次の試合までには間に合わせてみせるわ」

 

 倉持の人は事もなげに言った。正直俺もその部分は心配していない。

 

「全壊してもって、そんな簡単に直るものなんですか?」

「あれ、自分の機体のことなのに聞いてないの? コアのついたISには自己修復機能があるんだけど、特に織斑君の機体はその部分がとても優秀なの。これは倉持技研として世界に誇れるレベルなんだから。この技術を今ある打鉄に応用して継戦能力を更に上げようってみんな日々頑張ってるのよ」

「へー。初めて聞いてないかもしれないけど初めて聞いた」

 

 自分の技術のことになると饒舌になるのはどこも同じなようだ。

 

「だからうちの部分で足を引っ張るっていうのはまずないわ。そこは責任もってやらせてもらうから一切心配はしなくて大丈夫」

「ありがとうございます。よし。まあ最初から心配はしてなかったけどお墨付きもしっかりもらえたな」

「うん」

「でも甲斐田君が聞きたいのはそういうことじゃないんだよね?」

 

 当然。それならわざわざ来てもらったりしない。

 

「はい。もうちょっとリーグマッチに突っ込んで」

「ストップ! 聞かれる前に言っちゃうんだけど、これ以上は手助けができないの」

 

 言いながら困り顔で両手を合わせる。

 何となくそんな気はしていた。

 

「やりたいのは山々だし、織斑君には是非とも優勝してもらいたいとは思ってるんだけど、倉持技研の立場上一方に肩入れができないの」

「どういうことですか?」

 

 てっきり織斑先生に大目玉を食らった結果だと思っていたのだが。

 

「実はね、一年四組の代表の子もうちが見てるの。だから織斑君と対戦する以上はどちらか一方にだけとはいかないわけ」

「それなら平等に手助けすれば……」

「織斑君、そうすると四組の簪ちゃんにリーグマッチのことから全部話さないといけなくなるんだけど、それでいいの?」

「げっ! そりゃマズい……よな?」

「まずいね」

「甲斐田君が情報の部分でもいろいろやってるみたいだし、もう外野はちょっと手も口も出せない状態になってるわ。毎年余計な干渉をするなってお達しは来るんだけど、今年は裏でこっそりっていうのも無理そう。特にうちは今完全に見張られてるから」

 

 渋い顔になる倉持の人。対オルコット戦の際に織斑先生の機嫌を損ねてしまったのが大いに響いているようだ。

 

「それってじゃあ今のこれとか大丈夫なんですか?」

「今日は協力できないことを伝えるためにって申請してあるからそれは大丈夫なんだけど、織斑先生にいい顔されてないのもまた事実ね」

「千冬姉も心狭いなあ」

「もちろん立場上そうしなければならないっていうのは私達も分かってるから」

 

 こういうのも因果応報と言うのだろうか。

 先を見る余裕がなかったとはいえ、あの時無理したことが今跳ね返ってきている。

 今さえ良ければというのは将来を含めると決算マイナスになってしまうこともある、と考慮しておく必要はありそうだ。

 

「じゃあ生徒会長の妹さんはどういう人ですかって聞くのも駄目なんですね」

「やっぱり聞きたいよねそういうことは。織斑先生も分かってて、甲斐田君が間接的に聞き出そうとしてくるからさっさと終わらせて帰れって言われてるのよ」

「千冬姉すげえな」

 

 俺の考えなどあっさり読まれていた。

 協力の仕方などいくらでもあると思っていたのだが、想像以上に倉持の側がビビってしまっている。織斑千冬の機嫌を損ねるというのはかなりの大事なようだ。

 提供する側にその意思がないのであれば、ロンダリング的に情報をもらうことは難しい。無理強いするような行為がいつか自分の首を締めてしまうのは今身を持って体験している。

 イグニッション・ブーストなど聞きたいことが山ほどあったのだが、これはもう諦めるしかなさそうだ。

 

「前の時に大口叩いておきながら本当に申し訳ないと思うんだけど、今回だけは許して。もちろん今回については足を引っ張るような真似は死んでもしないし、来月の個人戦とか二学期のタッグマッチでは織斑君と簪ちゃんに思いっきり肩入れするから! あっちは今回みたいなこともないし」

「いや、俺は別にいいですけど、智希?」

「はい、了解しました。こちらこそ無理を言ってすみませんでした」

「ほんっとうにごめんなさい!」

 

 これは相当に釘を差されたな。

 最初に見せた笑顔はどうやら空元気だったようだ。

 そして倉持の人は俺達の了解を取り付けるとそそくさと帰っていった。

 気が変わらないうちにと思ったのか、それとも織斑先生の目が怖かったのか。

 

「あーあ、イグニッション・ブーストのこと聞けると思ってたのになあ」

「残念だったね」

「千冬姉は俺達に嫌がらせしてそんなに楽しいのか?」

「嫌がらせっていうか、ズルはするなってことじゃない?」

「ズルってやり方聞くぐらいはいいだろうに」

「今回は全部自分達だけでやれってことなんだろうね。問題の答えを見て解いた気になるなって感じかな」

 

 倉持の人の態度を見るに過去はそうでもなかったようだが、今年はかなり徹底されてきている。この分では三年生も大目玉を食らっているのかもしれない。

 織斑先生の意図は分かる。俺達に楽をさせないためだ。

 谷底に落とすから這い上がって来いという言葉はまだ生きているのだろう。IS学園の合格水準に遠く及んでいないというのもあり、俺と一夏がまっとうな努力もせず楽して前に出ようとするのは認めないというわけだ。

 大人しくしていればこうはならなかっただろうが、それは俺の望むところでもない。

 

「なあ、まだ練習してていいよな?」

 

 一夏は相変わらずイグニッション・ブーストを使いこなせていない。

 最初に設定したリミットを越えるのは既に確定していた。鈴の邪魔があったし、一夏や一夏と一緒に訓練したいパイロット連中の嘆願もあってその期限を伸ばしている。

 だがいつまでもというわけにはいかないし、そろそろ本番を視野に入れる必要がある。もう指揮班やパイロット班には今の状態で戦うことを想定して考えてもらってはいるが、シミュレーション的にあまり芳しくないのが現状だ。

 クラスメイトや三組の連中に言ったほど、こちらに余裕があるわけではない。

 

「前にも言った通り休みの間はいいよ」

「よし! 急いで戻って練習の続きだ!」

 

 なんだかんだで一夏は完全にやる気になってくれている。

 かつては全てそれに賭けていたが、今はもうそんな不確定な部分に頼りたくない。

 勝つべくして勝てるよう十分な準備をして本番を迎えたいのだ。でもなかなかそううまくことが進んでくれないのは、果たして俺の問題なのだろうか。

 最善を尽くすの最善とはいったい誰にとっての最善か。

 俺にとっては最善でも、きっと外から見れば無駄の山なのだろう。

 

 一夏はあっという間に俺を置いて消えてしまっている。

 愚痴を言っても始まらない。俺は俺のできることをひとつひとつやっていくしかない。

 それはどこまでも地味で、良くも悪くも結果がすぐ見えてくれない地道な作業だった。

 

 


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