IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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15.秘密というものは墓まで持って行くのが非常に難しい。

 秘密というものは墓まで持って行くのが非常に難しい。

 

 

 

 いつか発覚するからこそ秘密は秘密なのだ、とどこかの誰かが言ったとか。

 俺にしたって断罪の時は来るのだろう。何しろ三年生の全員と一部の二年生にまで広がっている秘密だ。その上身を潜めるどころか俺は罪の拡大行為を繰り返していた。何かの拍子であっさりバレてしまうんだろうな、と既に覚悟は決めている。

 だがこれはどこまでも俺個人の問題だ。今この瞬間バレて織斑先生にたとえ監禁されたところで、俺以外に困る人はいない。

 今渦中のリーグマッチだって鷹月さんあたりが俺の役目を引き継げば問題なく進めることができるだろう。俺しかできないようなことは少しずつ減っていっているし、一夏のメンタルケアさえもこのまま行けば谷本さんが対応できるようになるはずだ。いや、これはちょっと願望込みかもしれないが。

 ともあれ、元々織斑千冬第二秘書という多忙な立場もあって、俺はリーグマッチにおいて具体的なミッションを持っていない。

 それはつまり比較的自由に動けるということを意味していた。

 

「というわけで、新聞部の取材を受けようと思う」

「何がというわけよ。脈絡なくいきなり言われても困るからさっさと詳細を言いなさい」

 

 どうも日に日に鷹月さんの俺に対する扱いが雑になっていっていると思う。

 きっかけは篠ノ之箒発火事件の際俺が鷹月消防士の上前を撥ねたことだが、それ以来俺に対する優しさがみじんも感じられない。一夏がクラス代表に決まる時はわざわざ一夏に助け舟を出してくれて、俺はこの人を優しい人だと思っていた。だがどうやら今の姿が本性なようだ。

 

「情報戦を仕掛けるのですね」

「情報戦ですか?」

 

 やはり四十院さんが一番に気づいた。

 指揮班会議をしていて思ったが、四十院さんはすごく察しがいい。一を聞いて十を知るではないが、一を聞いたら三ぐらいは先のことを返してきていた。地頭がいいというのはきっとこういう人を言うんだろうなと思う。ただし布仏さんほどではないが多少の天然が入っており、時折斜め上の返答を出してくることもあったが。

 

「やっぱりいつまでも隠し続けるのは無理があると思うんだ。このIS学園じゃどうしたって男子の一夏は目立つ。そしてその一夏が必死に訓練している理由を考えればきっとどこかで正解にはたどり着いてしまう」

「確かに五組は訓練のことを知っていたものね」

「今のところは大丈夫なようですが」

「だからと言って安心はできないということです」

 

 結局のところ、相手が気づかないでいますようにと、いうのはどこまでも運任せだ。そしてそのような不確定要素をそのままにしておいていいはずがない。

 ならばいっそこちらから仕掛けて、相手を誤解の海に沈めてしまうというのもありだろう。

 

「藪をつつくという結果にならなければよいのですが」

「もちろんリスクは承知だ。だけど僕らは既に十日というアドバンテージを得られて、ようやく方向性も固まりつつある。たとえ失敗して相手に知られたとしても、このまま優位に進められると思う」

「ちょっと待って。でも織斑君にはまだイグニッション・ブーストを使いこなせる目処が立ってないのよ? そういうのはまだ早いんじゃないの?」

「難しいところですね……」

 

 俺に期限を切られて一夏も毎日一生懸命練習をしている。が、たった数日では使いこなせるはずもない。

 だが目処が立つかどうかも分からないものをただ座して待っているわけにはいかないのだ。

 

「甲斐田君、そういうのは休み明けの方がいいんじゃないの? 残り一週間しかなければたとえ相手に知られたとしてもかえって相手に焦りが出てくると思うし、こちらに優位に働くかもしれないわよ?」

「わたくしもせめて一夏さんがイグニッション・ブーストをある程度は使えるようになってからの方がよいのではないかと……」

「うん、もちろんそういう考えもあると思う。だからまずは僕の話を聞いてから判断して欲しい。僕としてはむしろ休み前の今やった方が時期的にいいと考えてる」

「今の方がですか?」

 

 平日なら皆教室で顔を合わせるが、休み中はそうではない。つまり、一同に介して真偽を確認することができないということだ。そしてたとえ誰か一人が気づいたとしても、全員がすぐさま集まれるかというと、きっと無理だ。連休ともなれば各々部活をしていたり外出していたりで普通は予定があるだろう。

 

「休み中ならクラスで団結するのを遅らせられるということですね」

「うーん……クラス代表本人はともかく、他の人達はいきなり協力してとか言われても困るか」

「協力を求められたとしても、すぐには何をしていいか分からないでしょうね。実際わたくしたちがそうでした」

 

 クラスの全員にメリットがあると言っても、実際やるのは代表による個人戦だ。協力すること自体に異議はなくとも、じゃあ代表以外のクラスメイト達は何をすればいいのかということから考えなければならない。

 

「最初に思いつくのはクラス代表の訓練相手になることかな?」

「そうするとすぐに壁にぶつかりますね。訓練機がすぐ手に入らないという」

「そう。予約は一週間先で、しかも抽選の当選確率が一割以下。きっとこの時点で頭を抱えると思う」

 

 一組は人海戦術により毎日の訓練機を確保している。上級生の先輩達はそれに気づいてここのところは予約を入れる人が少なくなっているそうだ。あるいは俺達が求める機種とは違う方に予約を入れてくれるなどの配慮を見せてくれているらしい。

 感謝を伝えたクラスメイトによると、リーグマッチの価値に早く気づいたことへの先輩からのご褒美だそうだ。三年指揮科の先輩も言っていたが、一年次のリーグマッチは後で振り返って相当にインパクトのあった行事のようだ。

 とはいえ上級生は手助けをしないという話になっていたはずなのだが、たまたま予約を入れなかったり一年とは違う機体に入れただけという詭弁が成立するのでそこのところは構わないそうだ。

 それでいいのかと思うが、こちらにとって不都合もないので深くは突っ込まないことにした。

 

「つまり、今この時点で他のクラスが動けるのは実質休み明けになっているということね」

「正確には休みに入るまでの今日明日あさってを乗り切れればいいと思う。だから一年の間に誤解を招く情報を流してそっちに気を取られてもらう」

「それで新聞部という話ですか」

「入学した時から取材させてくれって結構しつこいんだ。模擬戦だなんだで忙しかったから断ってたけど、受けると言えば即飛んでくるはずだ」

 

 女しか使えないはずのISを動かす男子、それも二人。さらに一人はあの織斑千冬の弟。

 こうやって世間から隔離されていなければ俺達はプライベートなどあったものではなかっただろう。

 

「内容は理解したわ。でも私としてはそこまでしなくてもいいんじゃないかと思う」

「あら、わたくしはいいと思いますわ」

「私も賛成です。おもしろそうなので」

 

 余計なことをするなと反対する鷹月さんに対し、オルコットと四十院さんが賛成に回った。四十院さんは傍観者的な賛同だろうが、どうやらオルコットは違う。

 この女、目が輝いている。きっと一夏と並んで取材を受ける自分の姿を妄想しているのだろう。

 なんだかんだでオルコットも目立ちたがりなようだ。

 

「三対一。決まりだね」

「そうきたか……悔しいわね」

「あら、でも詳細をこれから決めれば大丈夫だと思いますよ」

「その通りですわね。それなら取材時に一夏さんのフォローはこのセシリア・オルコットが努めますわ」

 

 即自分を売り込もうとするのは見上げた根性だとでも言うべきか。

 それならこちらとしてもうまく使わせてもらおう。

 

「それじゃあ詳細を決めていこうか。まずコンセプトは、一年一組は織斑一夏に媚を売る女の集団」

「何よそれ!?」

 

 反射的とも言える速度で鷹月さんが大声を出す。オルコットと四十院さんは揃って目を丸くし、手で隠すのも忘れて口を大きく開けた。

 

 

 

 

 

「ありがとう! 本当にありがとう! 取材を受けてもらえて本当に嬉しい!」

「そんな大げさな。いや、今まで忙しくて受けられなかったのは申し訳なかったですけど」

 

 夜、新聞部の先輩はそれこそ飛んでくるとでも言うべき速さをもってやって来た。

 学園中が気になっている男子の情報だ。情報を司る人間としては何をおいても駆けつけるだろう。

 無理しなくていいがせめて愛想だけはよくしろと言い聞かせた一夏も、今は落ち着いていて上々の始まりだ。

 

「でもいいの? こんな人の目に付く場所で? 寮の会議室とかで全然構わないわよ?」

「別に隠すようなことなんて何もないですから。なあみんな?」

「もっちろんでーす!」

 

 場所は一番人目につく食堂。もちろん多くの一年生に見せるためだ。実際にたくさんのギャラリー達が遠目から眺めている。

 配置は一夏を中央に、横をオルコットと相川さんで挟む。一夏の後ろにはもはや一夏派と言えるパイロット科志望の女子達を揃え、賑やかしとして布仏さんや谷本さんも置いて万全の体勢だ。目立ってはならない俺は華やかなオルコットの隣で大人しくしている。

 ちなみに篠ノ之さんはプライドが邪魔して大根の域を抜けられなかったこともあり、俺が外した。

 実に悔しそうな顔をしているが人には向き不向きがある。それに篠ノ之という苗字自体にインパクトもある。なので、今回は一夏を主役にするためにも大人しくしておいてくれと下手に出てお願いをし、今度必ず一夏と二人きりにしてあげるからと埋め合わせの約束までして下がってもらっている。

 

「このクラスは仲がいいみたいね。いいことだわ」

「そりゃあもちろんですよ。何から何までみんなにしてもらって、もうまるで頭が上がらないというか」

「いやいや、織斑君あればこその一組ですから! それはもうみんながんばりますよ!」

「それに一夏さんは望んでこのIS学園に来たのではなく、運命の悪戯によって今ここにいるのですわ。どうして無碍に扱うことなどできましょうか」

 

 よしよし。一夏には変に気取らず思ったままを喋ればいいと言ってある。その方がかえって女子の心を掴めるからだ。

 そして一夏は困ったらすぐ周りに振るように、振られたら周りは即座にフォローをするように、との取り決めをしている。

 これには二重の効果があって、一夏は無理しなくていい、そして周囲に頼ることでいつも一組はこういう光景なのだということを新聞部の先輩や野次馬連中に印象付けられる。

 

「それじゃさっそく取材を始めさせてもらうわね。やっぱり最初に聞きたいのは初めてISを動かした時の気持ちなんだけれど、実際どうだった?」

「ああ、あの時は何が起こってるか分かんなかったですね。触ったとたんいきなり目の前のISが光り出して……」

 

 和やかな雰囲気の中取材が進んでいく。

 周囲はへーとかおおとかうまいこと合いの手を入れていてくれている。多少わざとらしい気もするが、テレビなんかでもよくある光景だ。そこまで違和感もないだろう。

 一夏の隣りに座るオルコットはこういう場に慣れているのか、笑顔を絶やさず一夏の話を頷きながら聞いている。

 さわやかな笑顔で語る一夏、隣で上品に微笑むオルコット、反対側で盛り上がる相川さん達。今のところ順調にこの茶番劇は進行している。

 途中テンションの上がった谷本さんが前に出て目立とうとするハプニングはあったが、すぐ鷹月さんに捕まって連れ去られて行き事なきを得た。その後隅の方で鷹月さんが説教していたが、谷本さんは頭を垂れるだけで土下座しないのは何か納得いかない気がした。

 

「そうそう。織斑君は専用機をもらえたのよね。とっても羨ましいわ」

「いやー、それが宝の持ち腐れというか、ほんと全然うまく扱えなくて。はっきり言ってクラスの誰にも勝てないくらいなんですよ」

「ああ、そういえば毎日訓練してるそうね。まだ入学したばかりだし、そんなにがんばらなくてもいいと思うわよ?」

「でも仮にもクラスの代表ですからね。せめてみっともなく負けるようなことにはしたくないんです」

 

 さあここからが本番だ。どれだけ誤解を与えられる印象を出せるか。

 周囲も笑顔の奥で気合を入れなおしているようだ。ちょっと固くなっているかもしれない。

 

「それならわざわざクラスの代表にならなくてもよかったと思うんだけれど? 例えばオルコットさんはイギリスの代表候補生なんでしょ。専用機まで持っていてISの操縦経験もあるだろうし、無理しなくてもオルコットさんに任せればよかったんじゃ?」

「何をおっしゃいますか。勝ち負けが全てではありませんわ。この一年一組の顔は一夏さんなのですから、クラスの代表になることは当然の話なのです」

「そうそう。それにあたし達はみんなまだ初心者なんだし、誰がなっても一緒ですよ。だったら織斑君に決まってますって!」

 

 俺としてはこういうところでギャラリーの反応を見たいのだが、変に怪しまれたくないので動きを最小限にしている。視界に入る限りだが一年生で怪しんでいるのはいなさそうだ。鷹月さんや四十院さんが周囲の様子を見てくれているので何かあれば後で分かると思うが、実際どうなのかすごく気になる。

 

「だからみんなして織斑君を鍛えようとしているのね」

「それが全然みんなの期待に応えられなくて。最近はもうISを動き方を一からやり直そうって感じで、むしろ退化してる気がするくらいです」

「そんなことないわよ。そうやって一歩一歩やっていくのが最終的には一番早いと思うわ。確かに動き方とか地味で楽しくないかもしれないけれど、初心者の織斑君にはとても大事なこと。焦らずにしっかりやっていけばそれは確実に織斑君の血肉となるから」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 正直、一年生ではイグニッション・ブーストの存在など知るまい。だからその練習を基礎訓練として誤魔化してしまえという作戦である。幸いにして一夏の機体は専用機、ただ一夏が自分の機体を扱いきれていないだけだと思わせられれば勝ちなのだ。

 実際イグニッション・ブーストの訓練を始めてから一夏の動きはひどいものになっている。制御できていないので当然なのだが、知らなければ見に来られてもこれはひどいと思うだけだろう。

 

「あたし達もこの際だからって一緒にやってるんですけど、ISって本当に動かすの難しいですねー」

「普通に動かしている分には全く意識しないものですが、いざ細かな部分を考えてみますとこれはどうなのだろうあれはどうなのだろうと疑問が尽きませんわ」

「うーん、みんなちょっと難しく考え過ぎかなって感じがするかな? 今のうちはもう少しシンプルでいいと思うわよ?」

 

 少しオルコットは言い過ぎかもしれない。それでは俺達が深いところまで考えてやっているように思われてしまう。

 まあ一夏の口から出た言葉ではないので、そこまで気にすることでもないか。

 

「でもせっかくの機会なので、みんなに追いつくところまでは行きたいと思うんです。人前に出るんだし、クラスのみんなにみっともないところは見せたくないなって」

「いい心がけだと思うわ。そういうモチベーションは大事よね」

 

 その後も取材は和やかに進んでいき、特に問題が生じることもなく終えることができた。

 もっと意地悪な質問をされるかもしれないと思っていたので、相手が協力的だったのも幸いだった。まあ、初っ端から一夏の機嫌を損ねるような真似はしないか。

 鷹月さんと四十院さんを見ると、鷹月さんが胸の前で丸を作って返してくれた。外の様子は大丈夫で問題もなかったようだ。あえて言うなら篠ノ之さんが不機嫌になって谷本さんが凹んでいるくらいか。

 

「甲斐田君、ちょっとだけいい?」

 

 と思ったら新聞部の人から声をかけられた。

 俺は終始大人しくしていたので特に問題もないはずだが。

 

「さっきは全然話が聞けなかったから少しだけいい? あ、人目に付くの嫌だろうし隅っこでいいから」

「別に構いませんよ」

 

 確かに相手からすればそうだ。時折話を振られても人前出るの苦手です的態度で適当な返事しかしなかった。

 それならこの際俺も一夏を持ち上げるか。

 

「ありがとう。それで今日の出来はどうだった? 一年一組の黒幕として」

「黒幕って何の話ですか?」

 

 最後の最後で何ということだろう。まさかのバレバレだった。

 

「あっ、別に口で勝負しようとかそういうことじゃないから。三年指揮科の先輩達を口説くような人に口で勝とうとか全然思ってないし」

「ああ、そういうことですか」

 

 そうだった。今の今まで俺は俺という存在がいることを忘れていた。

 三年全員と一部の二年を巻き込んでいれば、俺のことを知っている人は知っている。まして目の前の人は他人に興味がすごくある部類の人間だ。当然知らないはずがなかった。

 

「甲斐田君が何も喋らない時点でもう怪しくて怪しくて。途中から意図が掴めたのでよかったけど」

「それは本当にありがとうございました。わざわざ合わせてくれて」

 

 俺達は完全に取材する人のことを失念していた。

 周囲にどう見せるかばかり考えていて、取材する人がどういう人なのかを全く意識していなかった。

 俺はただ大人しくしていればよいということでは全然なかったのだ。

 この先輩が俺に反感を持っているような人だったらいったいどうなってしまっていたことか。

 

「人目のある場所でやったのが幸いしたわね。あの場で全部暴いたら私達完全にあなた達の敵になっちゃう。そうなったら今後取材どころじゃなくてもう最悪だから」

「つまり会議室とかだったら……」

「甲斐田君に根掘り葉掘り聞いたでしょうね」

 

 密室でやらなくてよかった。そういう意見もあって、いっそこちらからバラしてうまいこと記事にしてもらおうという案もあった。だが上級生は協力できないことになっているので、おそらく断られるだろうという結論で却下されていた。

 記事がどうなろうと最悪周囲に印象付けられればいいだろうと考えていたのだ。

 

「それじゃ、今日のことは……?」

「もちろんそのまま出すわよ。今の時期は変に擁護も否定もできないし」

「そのまま出したら擁護になりませんか?」

「正直なところ大丈夫かな。だって見る人が見ればすぐ分かるから」

 

 確かに、三年の先輩達が見たらきっと笑うだろうが。

 

「上級生ならみんな分かるわよ。でも協力しないということになってるから、わざわざ一年生に伝えることまではしない。だけど一年生にしても、おかしいと思う人はきっと出てくるでしょうね」

「そんなにダメでしたか?」

「ダメと言う程ではないわよ。ただね、一つ嘘に気づかれたら全部がひっくり返るから、怪しまれて理由を探られたらアウトね」

「ああ」

 

 昼に決めて夜の突貫工事では準備不足が過ぎた。

 俺なりに考えて出したものではあるが、所詮俺の視界の範囲などその程度だったか。

 

「あ、別にこれは私の感想であって忠告とかじゃないからね。記事のせいでバレたとか後で苦情言われても困るから言っただけよ」

「別にそんなこと言いませんよ」

「いやいや、こういうのって私達にとって重要なの。つい飛びついちゃったけどこの時期に取材とか他の人から文句言われるの確定だし、むしろ完璧な作戦持って来られなくて助かったと言うか、逆に上級生の娯楽になりそうだからよかったと言うか」

 

 ちょっと釈然としないが、暴露されず変にねじ曲げられることもなくてこちらこそ助かったと言うべきなのだろう。

 

「先輩が困らないのならいいです。僕らとしては休みまでもてばいいかな程度なので」

「あら、そんなのでよかったの?」

「二週間、休みまで入れれば三週間稼げたので。もう他のクラスには僕らと同じことはできないし、こちらの目処もつきつつありますから」

「イグニッション・ブーストね。確かに織斑君には必須の技能だと思うわ」

 

 やはり見る人が見れば分かるか。それに一年生と言えどじっくり観察されたら加速する練習だときっと気づくのだろう。たとえイグニッション・ブーストのことは知らずとも。

 どちらにしてもバレるのはもう時間の問題なようだ。

 

「それじゃもういいですか? 気を遣っていただいたことに感謝します」

「今度は甲斐田君の取材もさせてね。代わりにってわけではないけれど」

「別に僕にはおもしろいこと何もないですよ」

「何言ってるの。上級生の間じゃ甲斐田君の方が知られてるんだから。入学三日目にして三年指揮科の先輩のところへ一人で乗り込んで口説き落とすとか、男子でなくとも注目の的よ」

 

 それは俺にとってあまりいい話ではない。

 注目されるべきは一夏であって、俺が目立っては何の意味もないのだ。

 あの時は何もかも余裕がなかったが、今後は俺の振る舞い方についても考えていかなければならないだろう。

 

「あ、もしかして気になる? 自分が先輩達にどう思われてるか」

「いや、別に」

「またまた。そんな難しい顔して気にしてないとかないわ」

 

 俺としては相手が敵対しなければそれで十分なのだが、今の思考を別な方に取られてしまったようだ。

 

「三年生はその度胸を認めて概ね好意的ね。甲斐田君にはかなり期待してるみたい。それに対して、二年生の間では評価が真っ二つ。認めてる人と生意気に思ってる人で大分温度差があるわ。うちのたっちゃんをいじめてるでしょ? そういうのもあるみたい」

「たっちゃん?」

「もしかして本当に名前覚えてないの? 我らがIS学園の生徒会長更識楯無ちゃんよ」

「ああ、楯無でたっちゃんですか」

 

 あの熱き闘いを理解できる人間は少ないのか。いじめなど全く意味が分からない。そもそもいじめられる側が呼ばれてもいないのにわざわざ自分からいじめられに突っ込んで来るものか。もしいたとしたらそれはMな人間で、そうであればもはやいじめではなくSMプレイだ。

 

「ま、そういうわけだから、甲斐田君が喋ってない時点で一発で仕込みだって分かるでしょうね」

「一夏への取材だったということでお願いします」

「ギャラリーもたくさんいたしそのまま書くわよ。その結果どうなるかは私個人としても楽しみね。ではまた次の機会に」

 

 そう軽く笑って新聞部の先輩は帰っていった。

 人とは他人の善意によって生かされているのだろうか、と何となく思う。

 鷹月さんと四十院さんが俺に近づいてくる。話を聞いていたのだろう、二人とも苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

 最近、俺はあえて一人で行動をするようにしている。

 理由は明確だ。ちょっかいをかけられるためである。

 五組の代表に声をかけられた後考えたことだが、他クラスの情報を得られないなら俺自身をエサにして向こうからやって来るのを待てばよいのではないか、という話だ。つまりは二匹目のドジョウ狙い。

 一夏には遠く及ばないが、男であるという一点においてこのIS学園では俺も目立つ。一夏には常に篠ノ之さんやオルコットといったクラスの女子が側についており、他のクラスの人間がちょっかいを出すにはなかなか勇気がいる。さらにあの織斑先生の弟という立場もあって好意以外では近づきづらいことこの上ない。

 だが俺には一夏の友人であること以外は何もない。その上IS適正はDランク、優秀でもないので怖さが全くない。とりあえず何か言いたい連中にはもってこいの相手のはずだ。

 

 そう思っていたのだが、実際は意外と声をかけられることが少なかった。

 見られてはいる。俺が通ると会話を切ってまで俺を見ている。その視線は様々なもので、好奇心から観察する目、女性上位主義者特有の苦々しい目、得体のしれない何かを見る目、怯えている目、十人十色だ。

 三年生は俺を見るとよく挨拶してくる。時には織斑先生の写真を売ってくれという強者もいた。だが欲しいのは金じゃない情報だと俺が言うと、協定によりそれができない先輩は悲しそうに去って行った。

 

「むしろかえって怪しく見えるんじゃないの」

「相手は人間ですので飛んで火に入るわけはないかと」

「たとえ甲斐田さんを言い負かしたとしても何か得るものがあるかと言いますと……」

 

 指揮班の連中は俺のことを散々な言いようだった。

 無駄なことしても仕方ないからやめろと言わんばかりだ。やめさせたいなら俺の体や安全に気を遣ってとかそういう方向でやれと言いたい。

 俺が体を張っているというのに、せめて言い方くらいは気にしろと思った。

 

 結局のところ、五組の代表も徒党を組まなければ俺に話しかけられなかったんだろうな、と思う。

 取るに足らない存在だと頭では思っていても、実物を見ると自分達より大きい相手だ。一夏は身長が百八十近くあるので頭一つ抜き出ているし、俺でさえそのへんの女子よりは大きい。身長の高い女子もいるが、並べば明らかに体つきが違う。

 ISに乗ってしまえば関係ない差でも、普段の生身の体においてはっきりと見えてしまう。理性を働かせれば、目的もないのにわざわざ話しかけるようなメリットは何もない。罵ったとして、俺が切れて暴れたりしたらどうするという話だ。男という存在を野蛮な生き物と見ているなら、なおさら安全圏にいなければちょっかいはかけられないのだろう。

 実際、聞こえるか聞こえないかぐらいの陰口はたまに聞こえた。

 

 そうして俺は今日も成果のないまま釣り糸を垂らして歩き回っていたのだが、ちょうど事務室の前に来たところで、それを見つけてしまった。

 すぐに向こうも俺に気づく。

 

「どうしてあんたがこんなところにいるのよ?」

「そっちこそどうしてここに?」

「ここの生徒だからに決まってるじゃない」

 

 俺の目の前で、結局身長が百五十センチにも届かず止まってしまったらしきツインテールの女子が訝しげに俺を見ていた。

 一夏にとっては唯一の女友達、俺にとっては一夏の番犬、その名を凰鈴音と言う。

 つまり、中学時代の知り合いだった。

 

 

 

 

 

「あんた、また背が伸びた?」

 

 並んで歩きながら、鈴は憎々しげに俺を見上げる。

 

「三年前はあたしよりも小さかったくせに、絶対サギだわ」

 

 中一の終わりにはもう鈴の身長など抜いていたので、実に今さらな話だ。

 

「毎日牛乳飲んでるのに不条理にも程がある。神様は絶対に間違ってる」

 

 牛乳を飲み続けていれば少なくとも骨は強くなるだろう。健康的でいい話だ。

 

「言っておくけどまだ終わったわけじゃないからね。まだ少しだけど伸びてはいるんだから」

 

 別に鈴の身長など心の底からどうでもいいが、あえて言うならその伸びはもはや微々たるものだろう。

 

「いい加減何か言いなさいよ」

「鈴って僕らと同い年じゃなかったっけ?」

「はあ? やっと口開いたかと思えば何トチ狂ったこと言い出すの?」

 

 相も変わらずこいつは口が悪い。俺などものの比ですらない。

 鈴の中ではこの世には敵か味方かしかいないのではなかろうか。

 

「新入生なら他のクラスだったとしても今の今まで僕らが知らないわけがない。あ、もしかして実は飛び級とかでIS学園に入学してたとか?」

「ああ、そういうこと。その答えは簡単、あたしがこのIS学園に来たのは今日が初めてだから」

「今日?」

 

 一ヶ月遅れの新入生などあるのだろうか。転校生にしては時期が中途半端過ぎる。

 

「あっ、智希あんた今あたしのことバカにしたでしょ。今まで入学させてもらえなかったとか補欠入学だとか不登校だとか」

「全く何も言ってないんだけど」

「目が言ってる目が。いい、あたしは入試じゃトップクラスの結果を出してるのよ。今までここに来られなかったのは深~い事情があったの」

「じゃあその事情って何?」

「また大して興味もなさそうな言い方を……。まあそれは国家機密だから言えないけどね」

 

 それなら最初から話を出さなくていいだろうに。一人相撲にも程がある。

 

「でもまさか智希までねえ……。一夏だけならまだ分かるんだけど」

「それは一夏が織斑先生の弟だから?」

「うわっ、あんた千冬さんのこと織斑先生とか呼んでるの? 何かそれ変じゃない?」

 

 そして会話が飛びに飛ぶ。

 鈴と会話をしていると話の終着点がどこにあるのか分からなくなってしまう。

 

「一夏だってここじゃ織斑先生って呼んでるよ。鈴も千冬さん呼びはやめた方がいいと思う」

「あはは、何それ? 千冬さんは千冬さんよ。織斑先生とかかえって変だって」

 

 ならば後で聖剣シュッセキボの乱れ打ちでも存分に喰らうがよい。

 のたうち回るその姿を全力で一夏と共に笑ってやろう。

 

「で、本当にIS動かせるの?」

「誠に残念なことながら」

「ふーん。一夏もそうだけど、智希の人生も狂っちゃったわねえ……。弾あたりなら全力で喜んだだろうけど」

「弾と数馬はこの世の終わりみたいな顔してたね。俺達が動かせないはずはないのにとか涙流して叫んでた」

「あははっ! 分かる分かる! すっごくその光景想像できる!」

 

 旧知の仲というのはやはり思い出話に花が咲く。

 俺と鈴は二年近く同じ場所で過ごした間柄だ。

 一夏を輪の中心とした関係ではあるが、それでも同じものを見てきたというのは他とは違う何かがあるのだろう。

 

「あ、ここか」

「もしかして鈴は一組なの?」

「血の涙を流して言うけど違うわよ。その隣。一夏と一緒のクラスにしてくれってあれほど言ったんだけどねえ……」

 

 鈴は二組か。それは実にいい話だ。

 ならば鈴を通じて二組の情報を筒抜けにできそうだ。一夏を引き合いにして鈴を一組のスパイとして仕立てあげてしまおう。

 鈴も当然のごとく一夏に心奪われた一人だ。ただ鈴はその執念によって一夏にとって唯一の女友達の座にまで上りつめた。そこが他の女子とは大きく違う。

 なので恋愛には程遠いとしても、家族以外の他人としては一夏に一番距離が近い女子になるのだろう。

 篠ノ之さんは家族カテゴリ、オルコットや相川さん達は未だクラスメイトの枠でしかない。

 であるから一夏の心に一番近い女子は誰だと問われれば、現状その答えは鳳鈴音であるということになる。

 まあ、俺は鈴を一夏の嫁とする気など毛頭ないのだけれど。

 

「一年ぶりだし一夏も喜ぶと思うよ。それじゃ……」

「ちょっと待った! 深呼吸するから待って!」

 

 そう言うと鈴は本当に大きく深呼吸をし、身だしなみを確かめて、決意を込めた目に変わってそれから教室の扉を勢いよく開けた。

 

「一夏!!」

「えっ……鈴?」

 

 鈴と向かい合う一夏の表情はたまに見せる間抜け面だ。注意しているのに相変わらず出してしまうのは実によくない。今度写真を撮ってどれほどみっともないか分からせる必要がありそうだ。

 と、何となくそんなことを思っていたら、満面の笑顔になった鈴は一夏に向かって突進し、なんとそのまま一夏の胸へと飛び込んだ。

 

「会いたかった!」

「鈴!?」

 

 教室がざわめく。誰だこの女はと皆驚いているだろう。

 そして俺も一夏もびっくりだ。鈴はそんな直接的な行動をできるような女子ではなかった。いや、そういうことをしないからこそ鈴は一夏の信頼を勝ち得ていったのだ。

 それなのにこれはどうしたことか。一年会わずにいたせいで思い詰めてしまったのだろうか。だとしたら鈴も所詮はその程度だったということでしかない。

 

 とりあえず教室の入り口で突っ立ったままというのも何なので、二人のところへ向かって歩く。そして近づいて気がついた。

 鈴の耳が尋常じゃないほど赤い。

 つまり、今この瞬間鈴は相当に無理をしている。つまり、これは鈴一世一代の演技だ。

 きっと感動の再会のシチュエーションを妄想して、今の光景がその産物なのだろう。

 ヘタレの鈴にしてはまあ思い切ったなと言える行為ではある。一夏にそういう方面はまるで期待できない。だから鈴側がアクションしなければ何も生まれないので、理に適っていると言えばそうなのかもしれないが。

 

「どうした鈴? 久しぶりと思ったら子供みたいだぞ。もう高校生なんだからそういうのは卒業しようぜ」

 

 笑顔の一夏に軽く背中を叩かれて、失敗を悟った鈴の体から力が抜ける。

 残念でした。一夏にはまるっきり通じませんでした。

 施設でチビ共の相手をしていた一夏はしょっちゅう突撃を受けていた。

 だからそういう行為は一夏の中では子供のやることでしかない。

 たまに遊びに来ていた鈴も見ていただろうに、もしかしてチビ共が羨ましかったのだろうか。

 そもそも世間一般と一夏の頭の中は乖離が激しいということを鈴は十分承知していたはずなのに、一夏と離れているうちに妄想に目が眩んでしまったか。

 

「甲斐田! これはどういうことだ!」

「せ、説明を要求しますわ!」

「ちょっとちょっと! 何なの!? あれ何なの!?」

 

 失意の余り固まってしまった鈴を哀れんでいると、なぜか俺が囲まれた。

 そういうのは普通一夏本人に問い正すものではないだろうか。

 

「貴様という奴はいつもいつも!」

「いくらなんでもこれはあんまりですわ! 人の心を弄んで!」

「鬼! 悪魔! サド! ドS!」

 

 いつの間にか俺が極悪人にされている。

 たまたま出くわした鈴を連れてきただけなのに、風評被害も甚だしい。

 

「智希、あんたここで何やってるの?」

 

 騒ぎに気づいた鈴が不思議そうに俺を見ている。

 まず自分が原因だとは思わないのか。

 

「ああ、ありゃあいつものことだ。あいつほんとひどいんだぜー」

 

 一夏まで便乗してきた。

 別に一夏に事態を収拾する期待などしていないが、まさかかき回す方に行くとは。

 何が起こっているのか理解すらしていないだろうに。

 

「かいだーはあいかわらずモテモテだなあ」

「くっ、これが私の目指す先か! だが全然羨ましくないのはなぜだ!?」

 

 もうこのへんはどうでもいい。

 

「いい加減反省をしろ反省を!」

「わたくしは甲斐田さんを信じておりましたのに……」

「楽しい!? そういうことして楽しい!?」

 

 悲痛に満ち溢れた顔で俺は責め立てられる。

 実は一夏には最初から彼女がいて、でも俺はそれを知りながらクラスメイト達を一夏にけしかけていた、ということになっているようだ。連中の脳内では。

 さてどうしたものか、と考える。

 目の前の早とちり軍団は興奮していて人の話など聞きそうにない。

 そうだ、こういう時こそ聖剣シュッセキボの出番だろう。英雄織斑千冬はきっとこの場に平和をもたらしてくれはずだ。

 

 そう結論づけたちょうどその時、織斑先生が山田先生と共にベストとも言えるタイミングで教室に入ってきた。

 やはり英雄はそのへんの有象無象とは違う。

 ここぞの場面で登場して見事な活躍を見せるからこそ英雄は英雄なのだ。

 さあやってやれ。妄想に取り憑かれた連中に現実を見せてやれ。その手に持った聖剣で、世界に平和を届けるのだ。

 そして俺は魔剣出席簿による最初の犠牲者となった。

 

 次々と上がる悲鳴を耳にし、自身の痛みに耐えながら、絶対いつか織斑千冬に土下座させてやると俺は心に誓った。

 

 


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