IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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14.平穏に暮らしていると忘れがちになるが、世界は簡単に変わったりしない。

 

 

 

 平穏に暮らしていると忘れがちになるが、世界は簡単に変わったりしない。

 

 

 

 いつものごとく、俺は職員室を出て一夏達の訓練するアリーナへと向かっていた。

 そしてその途中、廊下の中央に女子がたむろしているのを見かける。

 もちろん、そこをどけ道を開けろなどという馬鹿な真似をすることもなく、俺は脇にそれて通り抜けようとしたのだが、その前に待てと声をかけられた。

 声をかけた女子の目を見る。ああ、久しぶりだ。

 IS学園に来てからしばらく気にしていなかったが、それは男を見下す女の目だった。

 

 

 

「何でしょう?」

 

 俺は特に感情を出すこともなく声を出した。

 別にこの手の人間に今さら思うこともないし、こちらが感情を出してはロクなことにならない。

 

「あんたってどっちの方? 弟?」

「弟じゃない方です」

「ああ、ISを動かせること以外は何の取り柄もない方ね」

 

 びっくりするぐらい好戦的だった。

 最初から分かっててその質問をしているというか、取り柄がないを強調するためにその質問を出しているというか。

 

「そうですね」

「はっ、口答えする度胸もないような腰抜けか」

「間違ってISを動かしただけだから身の程くらいはわきまえてるのよ」

「IS適正Dランクだって。本来IS学園にいちゃいけないレベルの人間よね」

 

 個人のIS適正など本来公開されるような情報ではないのだが、俺と一夏は例外だ。

 自国に男子適性者が二人も見つかって調子に乗った日本が喜び勇んだ結果、名前などと共にIS適正などの情報も全世界に公表されてしまっていた。

 これからも男子のIS適正者は見つかっていくだろうから、今のうちに自国の優位性をアピールしようと算段していたらしい。

 だがその後世界で見つかった男子のIS適正者はたった二人で、名前も年齢も一切公表されることはなかった。速攻でバラされた俺と一夏って何なの? とお互いに愚痴をこぼし合ったものだ。

 幸いにして日本にはIS学園があったので、そこに放り込まれた俺達はかえって世間から隔離され助かってはいるのだが。

 

「なんか言ったらどう?」

「特に言うこともないですが」

「何、あんたは本気で腰抜けなの? 男って負けん気とか根性すらないんだ」

「そういうのは人によると思いますよ」

「情けない。自分の力でどうにかしようとさえ思わないのね」

 

 たとえ何かを言ったところで、どうせこの手の連中は否定しかしない。

 結局は男をけなしたいだけである。

 

「終わりですか? では失礼します」

「ああ待ちなさい。あんまりにもかわいそうだから忠告しに来てあげたのよ。ありがたく思いなさいね」

「忠告ですか?」

「まあ身の程わきまえてるなら話は早いわ。あんたのお友達にも同じことを自覚させなさいってこと」

「どういうことでしょう?」

「男なら男らしく身の程わきまえて大人しくしてればいいって話よ」

 

 どうやら本題は俺ではなく一夏のことだったらしい。

 だったら最初からそう言えばいいし、わざわざ俺を罵倒する意味がないのだが。

 

「もうちょっと具体的に言ってもらえますか?」

「やっぱ男って頭悪い生き物ねえ。そんなの一つしかないでしょ。リーグマッチのことに決まってるじゃない」

「ああ、そのことですか」

「生まれつき頭が悪いのはしょうがないけど、話してて疲れるからせめてあたしの話についていく努力くらいはしてよね」

 

 まさかこの連中、リーグマッチの価値に気づいたのか?

 胸元のリボンを見ると、俺と同じ一年生を示す青色だ。IS学園の生徒はつけたリボンの色で学年が分かる。

 つまりこの一連の動きは、同じくリーグマッチの価値を知っている俺達に対する牽制行為だろうか。

 

「そんなに勝ちたいんですか?」

「は? 誰があんな見世物行事に力入れないといけないのよ。あんなのに時間取られるとか何もかもがムダ」

「でも外の偉い人とか来るらしいですよ。意味がないこともないんじゃないですか?」

「バッカじゃないの。あれって要は学園が外にアピールをしたいだけ。寄付金狙いとかその程度の話よ。学びに来てるあたしらにはほんといい迷惑」

 

 違った。それ以前だった。

 これは間違いなく理解していない。

 

「無駄なことに労力を費やすなということですね。分かりました。一夏には一応言っておきます」

「そういうこと。必死に訓練してるみたいであんまりにもかわいそうになっちゃったからね」

「毎日ボッコボコにされてるらしいね」

「なんで一組はよりによってあんなのをクラス代表にしちゃったの?」

「卑怯な罠を張って一組の代表候補生を陥れたって本当?」

「知ってる? それ聞いて三年生が怒ったらしいよ。上級生は一年のリーグマッチに一切の協力を行わないとか通達出てるのよ?」

 

 何やってるんだあの先輩方は。

 微妙に真実を織り交ぜつつデマを流して遊んでいるじゃないか。

 もしかして全力で傍観とはそういうことなのだろうか。

 

「どんな手使ってクラス代表を奪ったのか知らないけど、おかげであんたらの立場ってクラスでも微妙なんでしょ? 相手が織斑先生の弟だから誰も何も言えなくて、だから意趣返しとばかりに自主訓練でいじめられる日々とかお先真っ暗ね」

「専用機もらえたからって調子に乗るとか笑えるよね」

「やっぱ俺は織斑千冬の弟だから何をしてもいいとか考えてるんだよ」

「クラスの誰にも勝てないのにどうしてクラスの代表に勝てるとか思っちゃったのかなあ?」

 

 また一夏もひどい言われようだ。

 これを聞いたら一夏は怒るだろうか、笑うだろうか。

 予想。最初にふざけんなと怒って、そのうちそれおかしくねと首を傾げて、最後にそいつらバカだろと呆れる。

 

「まああたしらも鬼じゃないからさ、身の程わきまえておとなしくしてれば何も言わないから」

「お話はよく分かりました。わざわざありがとうございます」

「あんたはともかく弟くんの方はきっと言っても聞かないんだろうけどね。ま、それは自業自得だから、危なくなったら近づかないこと」

 

 この手の輩はわりと、相手が下手に出て自分の方が上だと確信すれば態度を変えるのが多い。

 八つ当たり的にとにかくけなしたいだけのもいるが、上位者としての風格的なものをなぜか見せたがる。

 群れのボスは従順な下僕に対しては保護をしてやるというところだろうか。

 

「ああ、そういえばお名前聞いてなかったです。一年一組の甲斐田智希です」

「お、自分から名乗るとは意外と礼儀もわきまえてるじゃない」

 

 日本人のクラス代表は四組か五組。どっちだ。

 

「一年五組クラス代表、佐藤香織。困ったら相談くらいは乗ってあげるわ」

 

 そう言い残し、五組代表は取り巻きを連れて去っていった。

 よし、初戦の相手五組代表には勝てる。

 

 

 

 

 

「笑えない話ね」

 

 鷹月さんは俺の話を聞いてそう感想をこぼした。

 あまり気を遣われても何なので俺は軽く話したつもりだったのだが、外から聞けばやはり気持ちのいいものではなかったか。

 

「本当ですわね」

「少し前の私達も似たような認識でしたから」

 

 どうやら俺のことではなかったらしい。

 指揮班の三人が言っているのはリーグマッチに対する認識の話か。

 

「普通は意味があるのならやる気にさせるためにも生徒へ説明すると思うもの」

「大して説明もないのでは上からやらされている行事だと考えてしまいますね」

「わたくしは国や企業の駆け引きの場だと思っておりましたわ」

 

 言われてみれば俺もオルコットと同じだった。

 倉持技研の人は明らかにそういう雰囲気だったし、きっとIS学園の外側からすればその側面もあるのだろう。

 もっとも俺が最初に思ったのは、これは目立てる、くらいだったが。

 

「甲斐田君が先輩達から聞いた話でもそうだけど、本当にこのIS学園は恐ろしい場所ね」

「意義すら自分で見つけていかなければならないのですからね」

「何も考えず安穏としていてはあっという間に置いて行かれてしまうのですわ」

 

 三人が深刻そうに会話をしているが、枠の外にいる俺としてはまあどうでもいい話である。

 もっともそれは、俺の人生には自由がないという裏返しでもあるけれど。

 

「えーと、リーグマッチの話に戻っていい?」

「あっ、ごめんなさい」

「このような話は雑談ですべきでしたね」

 

 我に返った三人が姿勢を正す。

 偶然とはいえまさか手に入ると思わなかった五組代表の情報だ。ぜひとも役立ててもらわなければならない。

 

「とりあえず、甲斐田君の情報はすごくありがたいわ。今私達のやろうとしていることにもピッタリだし」

「どういうこと?」

「情報が手に入らないのは仕方ないとして、私達はまず相手の立場に立って考えることから始めてるの」

「なるほど」

「本気でやろうとする場合他のクラスはどのような戦略を立ててくるだろうかというシミュレーションですね」

 

 確かに分からない以上は常識の範囲で考えるしかないか。

 専用機もなく初心者ではそうそう無茶苦茶なこともできないだろうし。

 いや、代表候補生に関してはそうでもないかもしれない。実際どうなのか後で聞いてみよう。

 

「例えば今話に出た五組、実はスケジュール的にかなり厳しいの」

「厳しい?」

「リーグマッチは一日目午前午後、二日目午前午後、三日目午前と五回分の試合時間があって、でも実際やるのは五クラス総当りでそれぞれ四試合だから、どこかで一回は休みの場がある」

「うん」

 

 試合の組み分けは最初から決まっていて、これは怪しいと思ったので俺は鷹月さん達に意味がありそうか考えてみてくれとお願いをしていた。

 やはり大きな意味があったようだ。

 

「それでどこに休みが来るかっていうのは戦略上相当に重要な話なんだけど、五組は一番の貧乏くじを引いてしまっている」

「休みがどこに来ちゃったの?」

「最後、つまり三日目。だから五組の代表は実質二日間午前午後休みなしで模擬戦を続けなければならない」

「それはそんなにきついこと?」

 

 一時間程度の試合だけでそこまで消耗するものなのだろうか。

 

「かなりきついと思う。訓練程度しかやってない私達が言えることではないけど、それでも大勢、きっと千人以上の人に見られているプレッシャーの中で模擬戦を続けていたら精神的に消耗していくのは十分に想像できる」

「わたくしも先の模擬戦では後々振り返れば地に足がついておりませんでしたわ。作戦に乗せられていたとはいえ、最初から気づくべき事柄に何も感じていなかったのですから」

「代表候補生でも?」

「恥ずかしながら、教官の方々や仲間に見られるのと一般の方に見られるのは全く別ですわ。あの時観戦に来た三年生の姿を見て、わたくしは明らかにいつもとは違う感覚を覚えました」

 

 もしかしてこういうところでも先輩方は援護射撃をしていてくれたのだろうか、とふと思った。

 自らが野次馬になることで、身内だけではない人前での模擬戦の雰囲気を出してくれたとか。

 考え過ぎだろうか。だがどうも模擬戦が終わってからこうやって新たな発見をしてしまうことが多い。

 先輩達は模擬戦に直接関わること以外は基本説明をしなかった。もちろん聞けば教えてくれたが、こちらが気づいて聞かない限りは永遠に知ることができない。

 織斑先生といいIS学園は実に面倒な場所だ。

 

「そういうわけで五組の戦略としてはいかに消耗しないかが一番の焦点になってくると思う。具体的には短期決戦を狙ってくるでしょうね」

「なるほど、そういうシミュレーションなわけか」

「もちろん今の甲斐田君の話を聞く限りじゃ五組代表は間違いなくそこまでは考えてないわ」

「ですがどこかのタイミングで気づく可能性は十分にあります」

「その場合初戦の相手になる一夏さんには確実に勝ちを計算してくるでしょうね」

 

 今のところはナメていてくれているが、是が非でも勝つと考えを改めた時にはどう出てくるだろか。

 五組の連中は俺達が既に訓練を始めていることを知っている。

 そして俺達の行動を洗い直したらその計画性に驚き、慢心を捨ててしまうかもしれない。

 リーグマッチそのものに価値がある以上、安穏と構えていてはいけなさそうだ。

 

「分かった。それじゃ今の僕の話も合わせて改めてシミュレートしてもらえるかな」

「それはもちろんね。対策の一環としてやっておくわ」

「よろしく。ちなみにうちのクラスについてはどうなの?」

「恵まれたとは言えない方ですね。会場の空気も分からないまま初日から連戦ですので」

 

 織斑先生ならうちの条件を一番悪くしそうだと思っていたので、ちょっと意外だった。

 いや、そもそも一夏がクラス代表になることは織斑先生も想定していなかったのだろう。代表候補生のオルコットか、あるいは入試で実力があると思われた誰かを考えていただろうから。

 つまりこの部分には十分考慮の余地がある。

 

「どういう風に戦うかは考えてる?」

「それはもちろん基本戦略として考えているわ。考えてはいるんだけど……」

「何か問題でも?」

「まだ織斑君自身が何も固まってないから、これだとは決めようがないわね」

「確かに」

 

 相変わらず一夏は負け続けている。

 もちろん一夏なりに進歩はしているが、近づけない攻撃を当てられないという根本がどうしようもないので、長引いても結局は同じ結末を迎えてしまうのだ。

 

「これは整備班、もう整備班とパイロット班に分離しちゃってるけど、そちら次第ね」

「みんないろいろ考えていてくれてはいるんだけどね」

 

 整備班二十六人はさすがに多過ぎで、余る人間がかなり出て来てしまった。なので最近は機体について考えるチームと戦術について考えるチームに分かれている。

 

「後他にある?」

「鷹月さん、四組の方の情報がありますわ」

「ああ、そうだった。朗報、うちのクラスに四組代表の友達がいた」

「ほんとに?」

 

 これは朗報どころではない。

 やはり四十院さんの言った通りクラスメイトに確認をしておいてよかった。

 

「ええ、それで四組代表本人の口から直接聞いた話なんだけど、どうやら四組の代表は押し付けられたみたい」

「誰もやりたがらなかった?」

「そうらしいですね。日本の代表候補生だからということで推薦されて決まってしまったということです」

「不思議な話ですわね。みなさん自信がなかったのでしょうか。そのような状況であればわたくしなら間違いなく手を上げていましたわ」

 

 こういうのは日本人的精神なのだろうか。

 

「もちろん四組の代表が優秀なのは間違いないけど、この押し付けられたっていうのが私達にとっては有利な話ね」

「四組はやる気がない?」

「むしろ引っ張る人間がいないということね。たいてい一人は前に立たがりがいるものだけど、四組にはおそらくそういうタイプがいない」

「四組の代表は?」

「かなり内向的な性格みたい。人前で自己主張をするようなタイプでは全くないそうよ」

「つまり四組の代表はクラスの協力が少ないってことか……」

 

 もちろんリーグマッチの価値に気づいたらどうなるか分からないが、そこに一番近いのはクラス代表本人だ。

 特典という餌で釣るにしても、まず本人が周囲を巻き込もうとしなければならない。

 押し付けられたと自分の口から文句を言うような人間にそれができるか。もしできたとして、クラスをまとめることができるか。

 俺もここのところ実感しているが、一人でやれることには限度がある。

 まだ入学したてで実力がそう変わらない以上、どうしたって人数の多い方が有利なのだ。

 

「うん、今のところ情報において有利なのは分かった。でも今後どうなるかは分からないから、気にするようにはしておいてね」

「了解。四組は情報を手に入れやすいし、五組も気づいたら代表の性格からして派手に動きそうだからきっと分かると思う」

「よろしく。あと二組三組は?」

「ちらほらと集めてはいますが、情報とまではいかないレベルですね」

「外国籍の方はやはり知り合いがおりませんので……」

「それは仕方ないよ。ただ気になるのはクラスの雰囲気かな。気づいたら動くのは間違いない。そして僕らのことにもきっと感づく。そうするとそこからは同じ土俵の上だ」

「一応クラスの前を通る時はちらちらと見てるけど、今のところそういう雰囲気はないわね。それにうちのクラスのことも気づかれてはいないみたい。うちのクラスは織斑君甲斐田君がいるから一番目立つんだけど、逆にそれが目くらましになっているのかもしれない」

 

 確かに五組の連中は一夏のことを意識していた。

 だが色眼鏡で見ている分真実には少しもかすっていない。

 もしかしたら一夏や俺がカモフラージュ的な行動をするのはありかもしれない。

 

「甲斐田君?」

「ごめん、ちょっと考えごとしてた。まとまったら言うよ」

「何かを思いついたのですね。甲斐田さんのその顔はまたよからぬ事件を起こしそうな予感がしますわ」

 

 どうも最近はオルコットまで失礼な発言をするようになってきた。

 この女は一夏の側にいられるようになり調子に乗ってきているのかもしれない。

 模擬戦前は不倶戴天の敵だったくせに、今では当たり前のように一夏の隣に座ろうとしている。

 相川さん達もその変わり身の早さに唖然としていた。

 

「せめて行動に移す前に少なくとも私達には言ってよね」

「楽しみですね」

 

 胡散臭そうに俺を見る鷹月さん、傍観者のごとく上品に笑う四十院さん。

 そこに最高責任者である俺への敬意はみじんも感じられなかった。いや、別に崇めろと言いたいわけではないが。

 

「とりあえず、僕らは確実に前へ進んでる。まだ焦る時間でもないし、一つ一つ進めていこう」

 

 微妙な空気になってきたので、俺は強引に会議を打ち切った。

 

 

 

 

 

「見つけました! 必殺技です!!」

 

 興奮した岸原さんが俺にまくしたててきた。

 実に怪しさ満点だ。

 

「おかしいと思ったんです! 当たらないような武器がなぜ存在するのか。まして打鉄は他のISと比べても動きが遅い。これは変だろうと!」

 

 どうやら岸原さんの中では世紀の大発見をしたらしい。言っていることはもっともではあるけれど。今のところ。

 

「そしたらやっぱりありました! 打鉄のブレード・葵だってそうすれば当たるようになるんです!」

「なるほど、よく分かったよ。で、それは何?」

「甲斐田くん、いつもながらせっかち過ぎ」

 

 岸原さんは物事を筋道立てて説明しようとするのだが、俺が欲しいのはまず結論だ。

 そのため俺はしばしば岸原さんの説明を途中で遮ることとなり、その度に岸原さんを涙目にさせてしまっていた。

 そして周囲からの非難が俺に飛ばされるのが整備班会議のいつもの光景だ。

 

「ふふん、今日はその程度じゃ堪えません! ならばお答えして見せましょう! その名も、イグニッション・ブースト!!」

「はいみんな拍手!」

 

 今日の岸原さんはやけに強気だ。相当嬉しかったのだろう。

 鏡さんの音頭に合わせて拍手と歓声が湧き上がり、会議室は大盛り上がりになる。

 中身を知らない俺はもちろん拍手などしない。

 

「それは打鉄に限らずISには基本ついている機能です。イグニッション・ブースト、日本語に意訳して瞬時加速。つまり、この機能を使えばスピードが大幅に上がってあっという間に相手に近づけるんです!」

「なるほど」

 

 今までで一番の得意げな顔で解説を始める岸原さん。

 だがこれは確かに強気に出るだけはありそうだ。

 何しろ一瞬で距離を詰めることができれば、近づけないという最大の課題をクリアできる。

 

「これがあれば織斑君はもう距離を気にする必要などありません! たとえどんなに離れていても一瞬で詰められるんです! そして接近戦になってしまえばそこからは織斑君の独壇場になるのです!」

「ふむ」

 

 何か引っかかる。

 便利なのは間違いないし、むしろ一夏にとっては必須とも言える機能だが。

 

「どうしましたか甲斐田君? 何でも言ってください! 今日は負けませんよ!」

「別に勝負とかしてないから。じゃあ……実際具体的にはどういう風に使うの?」

「えっ?」

 

 何でも聞いてくれと言っておきながら、実践的な話を振ると急に目が弱気になった。

 岸原さんは目を泳がせて、それから不安げに隣を見る。

 

「ここからはあたしが説明しよう」

 

 そう言って出て来たのは相川さんだ。

 整備班は結局機体の性能を考える整備チームと、戦術を考えるパイロットチームに分かれていた。

 やはり自分の興味のある分野の方がやっていても楽しいらしく、半分以上が戦術側へと移動していた。

 

「イグニッション・ブーストは加速する技だね。使う度に多少のエネルギーを消費するんだけど、一瞬で加速できる。相手からすればいきなり目の前に織斑君が迫ってくる感じだろうね」

「加速するってことは真っ直ぐ突っ込む感じ?」

「そ」

 

 そこまで便利じゃなさそうな気がしてきた。

 

「甲斐田君の言いたそうなことは分かるよ。真っ直ぐ進むだけじゃ躱されるじゃないかってことだよね?」

「うん。それに真っ直ぐ突っ込むということは相手からも射線を合わせられるわけで、加速してたら実際狙われたときよけきれないんじゃないの?」

「当然の疑問だね。その通りだよ。加速を止めないと方向は変えられない」

 

 駄目じゃないか。

 

「馬鹿正直に突っ込んだら加速があろうとなかろうとよけられるのは当たり前だよ。要は使いようだって話。今までは織斑君がどんなに相手の隙を作っても、距離を詰める前に体勢を建て直されて逃げられていたんだ。でもイグニッション・ブーストがあればその隙を逃さずに済む。これで織斑君は対等とまではいかなくても十分戦えるようになると思うよ」

「うーん……」

 

 理屈は分かる。間違いなく有用なのも分かる。

 だがどうにも引っかかる。

 

「甲斐田君?」

「甲斐田、思っていることがあるのなら口に出せ。別にお前が解決できなくともここにいる人間が解答を出せるかもしれないのだぞ」

 

 篠ノ之さんに促されて、確かに俺よりもクラスメイト達の方が頭のいいことを思い出す。

 それに別に隠すようなことでもない。

 

「うん、そんなに便利ならどうしてこの前の模擬戦では使わなかったんだろうと思って。あればだいぶ違っただろうに」

「……確かに」

 

 俺は先輩達に勝つためにできることは何でもしたいと言った。

 だが俺はイグニッション・ブーストの存在すら知らないままだった。

 つまりイグニッション・ブーストがその時の模擬戦では有効でなかったということになる。

 存在を知っていればそのときに聞けていただろうが、今となってはもう無理だろう。

 つまり何らかの理由、おそらくは欠点のようなものがあるはずだ。

 

「もちろんイグニッション・ブーストは万能ってわけじゃない。使い方間違えたら相手のカウンターになって自分の方が大ダメージってこともありえるよ。そういうことじゃない?」

「リスクの方が大きいという話か。甲斐田、だから先輩方は採用しなかったのではないのか?」

「そうすると今度は今の一夏にも有用なのかって話になる」

「それは……」

 

 何かあるのは間違いない。こんなことならきちんと資料の全てに目を通しておけばよかった。俺は先輩達から話に出された部分にしか目が行っていなかった。もしかしたら先輩達は俺の理解度すら試していたのかもしれない。

 

「まあ、やってみれば分かるんじゃない?」

「待った。ということはまだ誰も実際試していない?」

「うん、だって岸原さんが発見したの今日だし」

 

 見えてきた。イグニッション・ブーストが有用なのに先輩達が採用しなかった理由はそこだ。

 

「明日やってみたら分かると思うけど、多分それ相当に難しい」

「難しい?」

「おそらく加速するために制御か何かが必要なんだろうけど、それは簡単にいかないと思う」

「なるほど、あの時の一夏では使いこなせるようにするだけの時間がなかったということか」

 

 篠ノ之さんも納得した。

 急にスピードを上げると口にするのは簡単だが、そんなことして本人は平気なのかという話だ。

 おそらく初心者がすぐ使えるようなものではきっとない。

 

「それなら特訓だ。大丈夫、時間はまだある」

「うん、でも特訓するのはいいけど、コツとか正解のやり方とか誰か知ってるの?」

「へっ?」

 

 少なくともそれを知っている先輩でも数日では会得できないと判断するような代物だ。

 何も知らない一夏が無闇矢鱈にやって果たしてできるようになるものだろうか。

 

「それは誰も知らないだろうけど試行錯誤してみれば……」

「まだ時間はあるけど、かといって無駄に使っていいわけじゃない。岸原さん、見つけた資料にはそのへん書いてあった?」

「えっ!? あ、ない……と思います……」

 

 不意打ちで声をかけられて、岸原さんは驚きで飛び上がらんばかりだった。

 場にどうしたものかという空気が流れる。

 

「そんなのはやってから考えることだと思うよ~」

 

 沈黙を破ったのは意外にも布仏さんだった。

 

「だーれも知らないんだから、何がたいへんなのかも分かんないし。ほんとに難しいならどこがそうなんだろうって知るところからじゃないかな~」

 

 呑気な声で、だが実にもっともな意見だった。

 確かに何も知らない人間が頭で考えたって結論を出せるはずもない。

 

「そうだね。まずはやってみよう」

「案外織斑君ならあっさりやってのけるかもしれないし」

「無理なら無理で次を考えればいいもんね」

 

 それに固執する必要もないのだ。

 駄目なら駄目でまた別の策を考えればいい。まだ考える時間はある。

 

「よし、全ては明日だ。じゃあまずはその機能をオンにして使ってみるところから。それはさすがに分かるよね?」

「当然です! 知ったはいいけどそれがどこにあるか分からないでは意味がありません!」

 

 岸原さんも復活し、再び場はやる気全開の空気となった。

 きっとみんな部屋に戻ったら全力で予習をするだろう。特にパイロット科志望の人達は自分も普通に使えるようになりたいだろうし。

 

「じゃあ特になければこれで」

「あっ! 待ってください! 大事なことが!」

「岸原さん何かある?」

 

 もう完全に終了ムードだったのだが、流れに逆らって岸原さんが手を挙げた。

 

「はい、織斑君の機体の整備についてです」

「整備がどうかしたの?」

「試合で壊れたりしたら私達では修理ができません。本番中機体の整備ってどうなっているんでしょうか?」

「それはIS学園にいるプロの整備士さん達がやってくれるんじゃないの?」

 

 IS学園には教師機訓練機など多数のISがあるが、それを整備するIS整備士も勤務しているそうだ。

 IS学園の卒業生が多く、給料も相当にいいらしい。

 

「織斑君の機体は専用機です。一般の整備士さんでは触る資格がありません。だからきっと専門の人がいると思うんですけど、その人は本番中もきちんと待機していてくれるんでしょうか」

「そうだと思うけど、倉持技研に確認しろって話だね」

「はい。それと初日は一戦目の後次の試合まで二時間くらいしかないんです。もし故障がひどかった場合に一人で大丈夫なのかも確認して欲しいです」

「ごもっとも。明日一夏に確認してもらう」

「お願いします。整備班と言いながら私達は織斑君の機体に触ることもできないんです」

 

 倉持技研なら放っておいても全力出してきそうだが、だからと言って確認もしない何も言わないというのは違うだろう。

 今回は共に一夏をバックアップする仲間だし、一夏は今後も付き合いが続く。良好な関係を築いておくにこしたことはない。

 ああ、そうだ。そういえば倉持技研がいた。

 

「か、甲斐田君?」

「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」

「また何か企んでる……」

「まさか私達のことじゃないよね……?」

「甲斐田! それを今すぐ吐け! 手遅れにならないうちに!」

 

 ここでも俺に対して失礼な連中だ。

 敬意が足りないどころではない。俺をなんだと思っているのか。

 

「よし、逃げよう」

「もうこの場にいていいことないよね」

「もはや触らぬ神になんとやらだな……」

「じゃあ甲斐田君お休み!」

 

 なぜだろう、俺はクラスメイト達にそこまでひどい仕打ちをした覚えはないのだが。

 せいぜいこの前の謝罪メールに対して返信が朝の四時に着信音付きで届くようにしたり、面と向かっての土下座を一度目はスルーしようとしたくらいで、でもそれは因果応報的な要素が大部分だ。

 何もしない相手に対して俺はどうこうするつもりなどない。

 

「か、甲斐田君……私達は仲間だって信じてるから……」

「かいだーはいつも愉快だなあ。おやすみ~」

 

 岸原さんと布仏さんまでいなくなり、会議室はまたも俺一人となる。

 世の中とは実に理不尽で不条理なものであるということを俺は強く噛み締めた。

 

 

 

 

 

「二人っきりだね……」

「あ、嫌だった? それなら職員室行こうか。後ろの方なら話してても誰も文句言わないだろうし」

「すいませんでした!」

 

 日に日に谷本さんの土下座までの動きが速くなっている。

 もはやためらいなど欠片もない。本来土下座とはそんなに安いものではないと思うのだが、この女はファーストチョイスとして土下座から始める。

 まず土下座して、それから顔を上げ俺の顔色を窺う。そして俺が大して気にしていないのを確認してから、何事もなかったかのごとく会話に戻ろうとするようになった。

 俺が一度突っ込んでしまったことによりどうやら自信をつけてしまったらしい。

 涙目になるようなことも少なくなり、かと言って卑屈な態度を取るわけでもないのだが、未だ満足はしていないようだ。

 今回はダメだったじゃあ次! くらいの勢いで、実に前向きに成長している。

 実にはた迷惑な話だ。

 

「で、お話があるとか?」

「うん、ずっと谷本さんにはお願いすることが見つからなくて申し訳なかったんだけど」

「あっ! それは全然問題なし! 私の頭の中には考えることがたくさんあってむしろ溢れるくらいだったから! 例えば今日私が考えてたのはやっぱり織斑君には勝利の決めポーズが必要かなと思って……」

「オーケー。それよりも優先順位を一番にして考えて欲しいことができたんだ」

「おっと、それは何でしょ?」

「本番中の一夏の疲労回復のことについて考えて欲しい」

「はあ……」

 

 整備班に指摘されて気づいたのだが、初日の一戦目二戦目の間はたった二時間程度しかない。

 だがその間に肉体的精神的疲労を回復させなければ二戦目のパフォーマンスに大きな影響を及ぼしてしまう。

 もちろんここぞでの一夏の集中力は信じているが、一日に二度も山場を迎えるという事態はさすがに記憶がない。

 せいぜいが中学時代の運動会程度で、それもはっきり言えばお遊びの延長でしかなかった。

 一戦目を終えて気持ちの高ぶっている一夏を一度落ち着かせ、リラックスさせてから再び次の試合へと集中させる必要があるのだが、そのための時間が少ないという話なのだ。

 

「あー、確かに。気持ち切り替えるのって意外と大変だよね。テンション上がってたらこの気持ちもっと続けって思うし、下がってたらもう他のこととかどうでもいいし」

「時間をかけられれば僕だってどうにかできると思う。でも初日は本当に時間がないんだ。体の方は無理にでも休ませるとして、問題は心」

「ふむふむ、甲斐田君の言いたいことは分かったよ」

「それをお願いしたいんだけど、思いつきそうかな?」

「一番最初に思いつくのはおいしいもの食べることだよね。あと定番としては音楽。体が疲れてるならいっそ寝て頭と一緒にスッキリさせるのもいいかも」

「うん、そんな感じで。それで今のうちからいろいろ試してみて、どうするのが一番効果が高いのかを調べて欲しい。もちろん一夏とも相談しながら」

「了解了解。それくらいならラクショーでございます。だったらむしろ織斑君にとっての黄金パターンみたいなのを作っていけばいいと思うかな」

 

 普段の会話からは信じられないほどスムーズに話が進む。

 やはり谷本さんはまともにしようとすればできるのだ。余計なことを考えるからややこしい事態になるのであって、普通にしてくれればいいのにと強く思う。

 

「なるほど。そういう安定感があると一夏も思い切りやれるかもしれない。そうやって一夏と相談していい方法を編み出してくれると助かる」

「お任せください! じゃあ今日の訓練後にも織斑君と話してみるね。あとついでに他にも今私の思ってることを織斑君に相談してみようと思うんだけどいい?」

「別にいいよ。ただ一夏の意思を尊重して、無理はさせない方向で。今回は時間もあるし変なストレスは溜めたくないんだ」

「そりゃあそうですよ。織斑君に気持よく戦ってもらうのが我がたった一人の衛生班の真の役割ですから!」

「その調子だ。じゃあそのへんよろしく」

「いよっしゃあああ!」

「はい?」

 

 谷本さんがガッツポーズまでして妙なはしゃぎようだ。お願いをしたのは俺の方で、それを谷本さんが喜ぶというのはちょっと違う気がするのだが。

 それともようやく仕事にありつけて嬉しかったのだろうか。

 

「そうと決まればこうしちゃいられない。あれをしてこれをして……よし! じゃあ甲斐田君、私はこれで!」

「あ、はい」

 

 そう言って谷本さんは疾走し去っていった。

 俺は谷本さんのスイッチをどこかで押してしまっていたようだ。

 まあなんであれ、やる気になってくれるのならとやかくは言うまい。

 

 ふと空を見上げると、昼間だが月が見えていた。

 そういえば昼を陽の下一人で食べるのは久しぶりだなと思った。

 

 

 

 

 

「なあ智希、こういうポーズはどうかな?」

 

 指揮班会議が終わって部屋に帰るなり、一夏が俺に聞いてきた。

 見ると一夏は歌舞伎役者なんかがやりそうな不思議な姿勢になっている。

 全く意味が分からなかった。

 

「やっぱりもうちょっとシンプルな方がいいかな? あんまりひねり過ぎても伝わらなさそうか」

 

 一夏は何をやっているのだろうか。

 

「さっきからいろいろやって考えてはいるんだけどさあ。いまいちどれもしっくりこなくて。智希はどういうのがいいと思う?」

「何の話?」

 

 一夏は姉に倣って柔軟を欠かさないこともあり、体が非常に柔らかい。その上笑顔の練習の結果表情まで豊かになってきた。だから今では俳優でも目指せそうな体になっているのだが、何かに目覚めてしまったのだろうか。

 

「へっ? だから、練習」

「何の?」

「さっきからいろいろやってるけど、今は勝利の決めポーズかな」

 

 その瞬間俺は全てを理解した。あの女だ。谷本癒子だ。

 確かに一夏と話をするとは言っていたが、何を一夏に植え付けている。

 俺が頼んだのはそういうことでは全然ない。

 

「もしかして谷本さんとそういう話ばっかりしてたの?」

「ん? ああ、俺の疲労回復がどうのって話か?」

「そっちの方が僕にとっては重要なんだけど」

「それもいろいろ聞かれたぞ。好きな食べ物とか、普段どんな音楽聞いてるのかとか、あと中学時代試験が終わった後何してたかなんて変な質問もあったな。今後訓練の合間に試してみるらしいけど」

 

 一応は俺が頼んだ仕事もしていたようだ。ということは余った時間でここぞとばかりに一夏を洗脳したか。

 まさに油断も隙もあったもんじゃない。

 

「俺全然気にしてなかったけど、本番の時って全然時間に余裕がないんだな。二時間で次の試合とか、確かにうぇーって思う」

「やっぱりきつそう?」

「だって要はセシリアとの模擬戦を一日に二回やるようなもんだろ? あれを連続で二回やれってちょっときつい、気持ち的に」

「オルコットさんの時一夏は無傷だったけど、精神的にくるものがあった?」

「あん時は気力がガリガリ削られたぞ。一方的に逃げ回るだけだったし、訓練とは違う雰囲気っていうか、あの緊張感がな」

 

 鷹月さんの言う通りだったようだ。

 一夏は他人の目をあまり気にしないので、外からのプレッシャーにはそこまで弱くない。

 だがそれでいてこの言いようだ。

 やはりきちんとした対策を立てておく必要がある。

 

「だから谷本さんの話を聞いた時は目からウロコだったぜ。それで俺はこうやって勝利の決めポーズを考えようとか始めてるわけだ」

「ちょっと待った。僕にはどこをどうしたらそういう結論に達するのか全く理解できないんだけど」

「ん? だから俺のストレス軽減とかそういう話だろ?」

 

 意味が分からない。どうして勝利のポーズがストレスを減らしてくれるのだろうか。

 

「ごめん一夏、いまいちピンとこないから詳しく説明してもらえる?」

「お前が考えたんじゃないのか? 他人がやれることには限界があるから、そもそも俺本人がストレスを溜めたりやプレッシャーを感じないようにしようってことだろ?」

「谷本さんだね。僕もまだ細かいことは聞いてないから、今教えて」

「そうか。まあお前も千冬姉に捕まってたり会議だ何だで忙しそうだもんな。要するに、俺がこのリーグマッチを楽しんでやれれば、そもそも変に肩の力は入らないって話だ」

「楽しむ……」

「そうそう。みんなも楽しんでやってるみたいだし、俺は俺で楽しんでやろうってな」

 

 やはり俺はあらゆることにおいて考えが浅かった。

 現実に対しどう対処していくかにしか頭が行っていなかった。

 

「谷本さんに言われたんだけどさ、ここんとこの俺は無理してるんだと。クラス背負って責任感持つのはいいけど、それが足枷になって実力を発揮できなかったら意味がないってはっきり言われたよ」

「谷本さんがそんなことを……」

「おう、前に智希には俺が焦ってるって言われたけど、ただ待ってるだけってのはやっぱ俺には合ってないわ。もちろんクラスのみんなは信じてるけど、だからって俺が何もしないでいいかっていうと、ちょっと違うよな」

「それで勝利の決めポーズ?」

「というか、俺は俺でこのリーグマッチを楽しむためには何したらいいかってことだ。人に見られるのは気にしないでもいいけど、どうせ見られるならこっちから何かしてもいいかなと思ってさ。そしたら谷本さんがいろいろ提案してくれたぞ。いやー、あの人おもしろいな!」

 

 そういうことか。谷本さんは一夏をプラス方向に導き願いを叶えつつ、自分の願望をねじ込んできた。

 待て、これは衛生科の先輩と同じ手口ではないか。

 さては俺の話を聞いてそういう手段まで学んでしまったか。

 昼間の喜びはきっとどさくさ紛れに提案の許可を得られたことによるものだったのだろう。

 そして同時に確信した。あの衛生科の先輩達は絶対一夏に笑顔の練習をさせようが先にあった。

 

「楽しむのはもちろん構わないけど、模擬戦の方が本題だからね。そっちに夢中になって訓練が疎かになったりしたらそれこそ本末転倒だよ」

「分かってるって。それにそっちの方も光が見えたしな。イグニッション・ブースト、やっぱりみんなを信じて正解だった」

「そうだ、それどうだったの? 相当難しいんじゃないかと思ってるんだけど」

 

 一夏の言い方からして、もしかして使えそうなのだろうか。

 

「いやー、難しいってもんじゃないわ。箒が言ってたけど先輩達が俺に教えようとしなかったのも当然なくらいだ。ありゃあきっと上級者向けの技だな。クラスのみんなも全然できてなかったし」

「ということは無理そう?」

「だけど絶対リーグマッチまでにものにしてみせる。やってみて分かったけど、あれは間違いなく俺に必要な技だ。というかあれなしじゃ俺が勝てるイメージがまるで湧かない」

「なるほど」

 

 予想通りではあったが、それと同時にどうやってこの課題をクリアするかという問題が浮上した。

 どこかに正解はきっとあるのだろうが、どこにあるのかさっぱり分からない。

 一夏はこれから手探りで探していかなければならないのだろうか。

 

「そんな顔すんなって。みんなも協力してくれるし、俺一人じゃないんだからさ」

「どこかに教えてくれる人がいればいいんだけど……」

「ああ、クラスの女子が千冬姉と山田先生に聞きに行ったけど、そんなものまだ早いと断られたって。それに今回先輩達は協力してくれないんだろ。じゃあ自分達でやるしかないし、実際やるぞ」

「だいぶ回り道することになりそうだね」

「そりゃあ仕方ない。でもラッキーなことに俺には専用機があるし、場所さえあればどこでも練習できる。それに訓練と違ってそこまでエネルギーが減らないから、エネルギー回復のために休む時間も少なくて済みそうだ」

 

 前にも一夏に言ったが、確かにないものねだりしても仕方ない。

 正解を探しながら、今はやれることをやっていくしかなさそうだ。

 

「ということはこれからしばらくはイグニッション・ブーストの練習?」

「ああ、みんなひと通りISには乗れたみたいだし、これからはパイロットチームと一緒にやっていくことになるのかな? 自分達も使えるようになりたいって言ってたし、いいライバル的な感じか」

 

 相川さん達はここでも抜け目なかった。さすがと言うべきか、最近は成長して一石二鳥的な行動までするようになってきたというか。

 篠ノ之さんもオルコットも、いつも側にいられるからと言って慢心している場合ではないと危機感を抱いて欲しいと思う。

 

「分かった。それじゃしばらくはその方向で。でもいつまでもってわけにはいかない。習得が無理そうなら諦めてもらうこともありえるから」

「うっ……ちなみに、それはどれくらいで?」

「そうだね……リーグマッチの一週間前、ゴールデンウィーク明けまでにかな」

「というと……おいあと一週間しかねえぞ!」

「そこで目処が立たなければもう別の手段で行くしかない。正直最後の一週間は残った問題の洗い出しと調整だけに当てたいくらいだから」

「分かったよ。じゃあそれまでに絶対ものにしてやる」

 

 自分で言って、これは相当に厳しいなと思った。

 今の正解の分からない状態では、きっと一週間での完全な習得は無理だ。

 使えるとしてもおそらく限定的な使い方か、ここぞでの勝負時くらいにしか使えないだろう。

 それでも一夏の引き出しが増えると思えばやる価値は十分にあるか。

 

「一応これはみんなにも伝えておこうかな。のんびりやられても困るし」

「あ、そうだ。今日の結果について後で智希にメールするって言ってたぞ。きっとイグニッション・ブーストのことだろうけど、もう着てるんじゃないか?」

「そう? じゃあちょっと見てみよう」

 

 メールを確認すると、確かに来ていた。

 中身を開くと長文で考察が書いてある。これは読むのに骨が折れそうだ。

 ため息を一つ入れて、俺は無言になった一夏の様子を見てみた。

 一夏は決めポーズの考察に戻っていて、怪しげな動きを繰り返している。

 大事なことを思い出した。

 

 そして俺は整備班の考察を読む前に、突然一夏が奇妙な行動を始めた詳細を説明せよ、と何も報告をしなかった谷本さんに対して脅しのメールを送信した。

 




 ●対戦日程
 初日   午前:一×五、二×三 (休み:四組)
       午後:一×四、二×五 (休み:三組)

 二日目 午前:一×三、四×五 (休み:二組)
       午後:二×四、三×五 (休み:一組)

 三日目 午前:一×二、三×四 (休み:五組)


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