IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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12.昨日まで味方してくれたからって今日も味方してくれるとは限らない。

 

 

 

 昨日まで味方してくれたからって今日も味方してくれるとは限らない。

 

 

 

 宮崎先輩に断られた。

 もちろん、リーグマッチの協力をだ。

 さすがに今回はおんぶにだっこをするつもりはなく、助言の一つくらいはもらえないかと思って話をしに行ったのだが、三年生は一切の協力を拒否するとまで言われてしまった。

 さすがにその言い方はひどくないかと抗議をすると、基本はひと通り教えたのだから後は自分の力でやれとのお説教だ。

 別に俺は自分の成長のためとかは一切ないのだが、この先輩方は俺のことを向上心溢れる学生だとでも思っているのだろうか。

 確かにこのIS学園は上を目指す連中の集まりではある。が、俺と一夏だけは例外で形だけの受験で放り込まれたに過ぎない。

 一夏は中学生活の延長で楽しくやれればいい程度だし、俺は一夏にハーレムを作らせることが何より第一だ。

 極論を言えば過程などどうでもよく、楽に勝利という結果が得られればそれに越したことはない。

 

「そんな顔しないの。絶対その方が楽しいんだから」

「そうだよー。私とかIS学園の行事で何やり直したいかって聞かれたら迷わず一年次のリーグマッチと答えるくらいだし!」

「あたし今すごく甲斐田君が羨ましい。だってこの時期から対策立てて準備できるんでしょ? あれもできるこれもできる、何より時間がある。ああ、いいなあ……」

「指揮科の人間としちゃこれを経験するしないじゃ今後が全然違うね!」

 

 不満気な顔をした俺に対し先輩方が興奮してまくしたてる。俺は立場的にも指揮科に進む気は全くないのだが。将来など、一夏はきっと日の当たる道を進むのだろうが、どうせ俺はISを動かせるだけの希少な男性IS操縦者として、どこかのテストパイロットになるのだろう。

 

「甲斐田君、分かってると思うけど、別に意地悪じゃないからね。将来とか考えなくても君ならこれは間違いなく楽しんでやれると思うから。だいたいクラス代表でもないのにリーグマッチの価値に気付くなんてその時点でみんな拍手だよ」

「いや、それは織斑先生に毎日拉致されて職員室に通ってるのでたまたま知っただけです」

 

 宮崎先輩は俺を褒めるがさすがにそのまま受け取ることなどできない。

 入学初日にリーグマッチのことを知り、これは一夏のために何とかしてクラスの連中を巻き込みたいと俺は考えていた。

 それ以来何かネタはないものかとあれこれ探していたのだが、ある日の放課後、織斑先生が席を外した隙に山田先生にリーグマッチのことを尋ねたところ、満面の笑みでルールの書かれた紙を渡してくれたのだ。

 今のところ山田先生は俺の発言を額面通りに受け取ってくれていて、俺に対して協力的で非常に助かっている。IS学園は向上心のある生徒には十分応えていくとのお言葉だ。

 そういう経緯なので他のクラスが聞いたらきっとずるいと言うだろう。

 

「ううん、そもそも興味のない人はルールの書かれた紙を見つけても読もうとさえしない。情報は自分が意識して見ないと全く意味をなさないものだから、見つけた上できちんと理解までした甲斐田君はえらい!」

「ほんとこれは期待の星現るだねー」

「それが男子ってのがもう何かあるって感じするね!」

 

 宮崎先輩からよくできましたと頭をなでられるが子供扱いされても全く嬉しくない。というか勝手に期待までして俺に何を求めているのだろうか。一夏には興味を示さないし本当におかしな連中だ。まさかと思ったが特に俺に何かをしてくるわけでもなく、基本的に色恋沙汰とは縁遠い人達なのだろうが。

 

「分かりました。助言含めて協力してもらうのは諦めます。でもそれなら今どうしてもうんと言ってもらわないといけないことがあるんですが」

「分かってるよ。だからって他のクラスに協力はするなだよね?」

「はい」

 

 どちらかと言うと俺にとってはこちらの方が大問題だ。何しろこの人達に一夏の手の内は全て知られてしまっている。

 敵に回られるとオルコットの時以上に勝ち目がなくなってしまうのだ。

 

「もちろんそんなつまんないことはしない。別に私達は君を叩き潰したいとかそういう気持ちはないし。全力で傍観させてもらうね」

「それなら十分です。あともう一つ、相手が認めれば個人的な取引はありですか?」

「それは何をするかによるかな。不当に上級生の知識や経験を得ようとするのなら阻止させてもらうけど」

「今週の訓練機の予約を譲ってもらおうかと思っていて」

「ふむ。みんなどう? 私的にはできるものならだけど」

 

 全力で傍観ってそれストーカーじゃないの的発言をした宮崎先輩が周囲を見渡す。

 

「他の一年生もそのうちやり始めることだしいいんじゃない?」

「まあ抽選までして得た予約を簡単にもらえるわけないんだけどねえ」

「言っておくけどこの前のは特別だよ? 基本的に訓練機の予約は集団で申し込んで誰か当てようってくらいだから、そうそう譲るとかはないんだからね?」

 

 よし、まあ大丈夫そうだ。

 今の俺が一番怖いのは先輩達の機嫌を損ねて敵に回られることである。

 大丈夫だろうと思っていたが、見込みだけで動いて失敗してしまっては元も子もない。

 

「うん、それなら甲斐田君の交渉術を見させてもらおうかな? 君が訓練機の予約にどれほどの価値を見ているかも気になるし」

「よかったです。それじゃ先輩方いろいろありがとうございました」

「えっ?」

 

 そう言って俺は立ち上がると宮崎先輩が驚いた顔をした。

 

「何か?」

「これから私達に見せてくれるんじゃなかったの?」

「でも先輩って予約持ってないですよね。予約を持っている人と交渉するつもりですが?」

「ああ、そういうこと。ということは個別交渉をするつもり?」

「はい」

 

 普通に返した俺に宮崎先輩は呆れた表情をした。交渉自体はもう認められたので何もおかしなことはないはずなのだが。

 

「あのね、君は今どれだけ無茶なことをしようとしているのか理解してる? 七人と交渉するのがどれだけ大変かちょっとでも考えてみた?」

「ああ、だから先輩に仲介をしてもらえれば交渉は一回で済むって話でしたか」

「そうだけど、甲斐田君分かってないよね?」

 

 指揮科とはそういう発想をする人種のようだ。確かに宮崎先輩他指揮科の人達を説得できれば、その人達に個別の交渉は任せられる。

 指揮の名を冠するだけあってまず人を使うことから考えるのか。自分でできるなら自分がやった方が早いと思うが、人にぶん投げられるのなら楽は楽で俺好みでもある。

 

「んー、でも今回は自分でやった方が早いと思うのでそうします」

「ええ!?」

 

 先輩は何をそんなに難しく考えているのかと思ったが、ようやく理解した。

 先輩は俺には言葉しかないと思っている。

 いやいや、今の俺には先輩達に絶大な威力を持つ対価を持っているのだ。

 

「綾、分かった。甲斐田君は最初から難しく考える必要ないんだ」

「えっ?」

「あたしも分かった。そうだよ、最初に体一つで来たから何もないって思い込んでたけど、持ってるじゃない!」

「ああー、あれか」

「えっ? えっ?」

 

 珍しいことに宮崎先輩が気づいていないが、他の人達は分かったようだ。

 そう、俺には織斑千冬信者が絶対逆らえないアレがあるのだ。

 

「じゃあそういうことで、失礼します」

 

 教室から出たところで、やっと気づいた宮崎先輩の大きな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 交渉は拍子抜けするほどあっさり終わり、パイロット科の先輩方は皆喜んで訓練機の予約を譲ってくれた。

 今回用意した七枚の写真は以前のもの程ではないが、世間的には貴重な高校生時代の織斑先生の姿が写されている。

 ISの世界大会モンド・グロッソで優勝して有名になって以降の写真は山とあるが、それ以前については織斑先生自身が嫌がったのかほとんど出回っていない。つまり俺の持っている写真は織斑千冬マニアの間では高く取引される代物なのだ。

 だからマニアが見たこともなく俺しか持っていないと言われれば、後で取り返しの付く訓練機の予約を譲るのに躊躇はないだろうと思っていた。そして実際その通りだった。

 

 こうして俺は着実に織斑先生に対する罪を重ねていっているが、どうせバレたら終身刑になるのは決まっている。ならばそれまではありがたく使わせてもらおうということで、もう出し惜しみするのはやめにしてどんどん使っていくつもりだ。

 もちろんそうすると早々に弾は尽きてしまうだろうから、それまでに一夏の価値を高めたいところではある。一夏の写真や映像は着々と蓄積されていっているので。

 

 そんなことを考えながら予約変更の手続きを済ませ、意気揚々と教室へと戻ってきたのだが、今俺のやったことで新たな問題、いや揉め事が発生していた。

 

「あたしに使わせてよ!」

「いやいやここは私が」

「私はずっと一夏の相手を務めてきたのだからな……」

「だったら今回は譲ってくれていいんじゃないの?」

 

 確保できた訓練機を誰が使うのかという話である。

 予約が取れたことを聞いて一夏が喜んだまではよかった。が、今日の放課後誰か相手してくれる人いない? と迂闊にも一夏が声を出した瞬間、はいの返事が教室内に何十もこだました。

 相川さん他一夏派の女子はもちろん、未だ一夏に興味を示していない連中まで手を上げていた。まあ一夏のことを抜きにしてもISに触れる機会があれば逃したくはないのだろう。

 押しの弱そうな女子と自身が専用機持ちのオルコット以外、つまりクラスのほとんどが立候補していた。

 自分のやれることやりたいことを考えろと俺に言われたのに、いざISを目の前にしては理性など簡単に吹き飛んでしまったようだ。

 一夏がお前どうにかしろよと目で必死に助けを求めてくる。クラスメイト連中は自分を選んでくれと鬼気迫る形相で一夏を取り囲んでおり、ドン引きした一夏はずっと顔がひきつったままだ。

 本来なら仲裁に入るであろう鷹月さんまで一夏の胸ぐらを掴む勢いなので、この混沌とした状況を止める人間がいない。

 ちなみに加わる必要のないオルコットは余裕の表情で高みの見物を決め込んでいた。

 

「かいだー、これどうにかしないの?」

「甲斐田」

「かいだー」

 

 最初は訛っているのかと思ったが、この小動物はクラス中の人間にあだ名をつけて回っていた。

 いくらやめろと言っても聞かないあたり意外と頑固な人間だ。

 

「仕方ない、ここは私が爆弾を抱えて飛び込めばみんな幸せになれる!」

「きちんと一夏の相手をしてくれれば別に誰でもいいんだけどなあ」

 

 いつも通り谷本さんを流して、誰がいいのかを考える。

 実力的には実技訓練を見た限り全員初心者でそう変わらない。篠ノ之さんは多少上だが剣しか扱えないので、銃で距離を取って相手してもらいたい俺としては偏っている分むしろ不適当の類に入る。

 あえて一夏に興味なさそうな女子にしてもいいが、俺が決めて俺に感謝をされても意味ない。だからその場合は一夏に決めさせる必要があるが、今この場で一夏にそれを伝えるのは無理だ。

 結論、やっぱり誰でもいい。

 

「智希! お前が予約取ってきたんだからお前決めろ!」

 

 そのうち殴り合いでもして決まるだろうと放置しようとした瞬間に一夏の悲鳴が飛んできた。

 さすがに自身の命がかかっているともなれば、見捨てようとした俺の態度を読み取るくらいわけなかったようだ。

 一斉に視線が集中する。ギラついていて、そこにいるのは肉食獣の群れだった。

 本能に従ってすぐさま逃走を試みるも、体を動かす間もなく両腕を掴まれた。右に笑顔の布仏さん、左に涙目の谷本さん。

 そして前に眼の奥が少しも笑っていない笑顔の鷹月さんがいる。

 

「甲斐田君、君の私に対する仕打ちを考えればここは当然私よね?」

「あっ! そういう脅しはずるいぞ!」

「甲斐田君! ここは私に!」

 

 肉食獣の群れが俺を捕食しようと襲い掛かってくる。

 これが日本で一番優秀な人材なのかと心の中で悪態をつきつつ、俺は身を守るためごく普通の提案を口にした。

 

「一週間あるんだからみんな順番に使えばいいんじゃないの?」

 

「え?」

「は?」

「何それ?」

 

 肉食獣共の動きが止まった。

 

「智希、それどういうこと?」

「だから、予約は一週間分あるんだから交代でやればみんな使えるってこと」

「なんだそれ早く言えよ!」

 

 そういえばそこまで言っていなかった。というかその前に一夏が今日の対戦相手を募集してしまい、騒ぎになったので言いようがなかったのもあるが。

 

「甲斐田君、それ最初に言うべきことじゃない?」

「なんだなんだ、それならこんなに焦る必要なかったじゃん」

「我を忘れて醜態を晒してしまった……」

「きっと甲斐田君はさあ愚民ども争え争えとかほくそ笑んでたんだね!」

「かいだーは悪い子だなあ」

 

 谷本さんの争え争え発言に少しイラッとしたが、突っ込んでは相手を喜ばせるだけなのでここも触らない。

 

「じゃあ言うね。細かいんでメモの用意」

 

 するとみんなあっという間に席についた。この変り身の早さは何なんだろうか。一言で言えば現金というやつだが。

 

「今日は打鉄、時間は四時七時、明日はラファールで時間一緒、水曜はメイルシュトロームの時間同じ、木曜金曜は打鉄で時間変わらず、土曜はメイルシュトロームを午後一時から七時、日曜はラファールを九時七時で一日使えます。いつ誰が何を使うかは特に指定しないので相談して決めて」

 

 言い終わると教室が静まり返った。

 今度は自分がどこに入るかの算段でも立てているのだろうか。

 まさかないだろうがこれに文句つけてきたら俺は怒る。貸出予約表と相談して三種類の量産機を揃えたのだ。そして対戦相手が使ってきそうな万能型ラファール・リヴァイブを長時間使える日曜に当てるという気の遣いようだ。

 

「で、来週以降なんだけど予約はないからこれから取っていかないといけない。基本的に一週間前にならないと予約はできないので、もう今日からだ。予約は抽選なので数撃ちゃ当たる方式でいくしかない。今日から毎日みんな予約申込票に名前書いて持って行ってね。本人と学生証ないと受け付けてくれないんで、授業終わったら毎日それやってから各自の行動をすること。発表は次の日に予約表に載るから誰か一人見に行けばいいよ」

 

 誰も何も言わないのでどさくさ紛れに俺は予約を強制化した。

 予約についてはさっきパイロット科の先輩から交渉ついでに聞いてきていた。

 当選率は一割弱程度だそうで、三十人で申し込めば二人は引っかかってくれるはずだ。

 

「訓練場については一応予約制だけど、訓練機ない人が使うこともないから、訓練機を取れれば基本使えるはず。予約を確認したその足でついでに取ればいいと思う。まあ他の人達も使ってて全面使えるわけじゃないけど」

 

 なぜ誰も声を出さない。考えごとをしている割にはみんな揃って呆然とした間抜け面だ。

 あ、もしかして今俺は引かれているのだろうか。何こいつそんな必死になってるの的な、ちょっとついていけないんだけど的な、一人空回っている状態なのだろうか。

 

「甲斐田君」

 

 と、鷹月さんが手を挙げた。表情が硬くてちょっと怖い。

 

「いろいろ聞きたいことはあるんだけど、どうやってそんなにたくさんの予約を取れたの?」

「三年生の先輩に頼み込んで譲ってもらった。これはオルコットさんと模擬戦やる時もそうしたんだけどね」

「そうでしたの?」

「私と一夏はずっと打鉄を使っていたな」

「俺のは改造までしてもらったなあ」

 

 予約を譲ってもらった詳細はあまり大きな声で言えないのでさりげなくそらす。

 一夏と篠ノ之さんにオルコットが気づかずにしても乗ってくれた。

 しかし模擬戦は先週の話か。ずいぶん前のような気がする。

 

「甲斐田君、ごめんなさい」

 

 いきなり鷹月さんが綺麗に腰を折った。

 すると他のクラスメイト達も次々と立ち上がり同じ動作と謝罪の言葉を繰り返す。

 

「ど、どうしたんだみんな?」

 

 篠ノ之さんまでが同じ動作をし、そこに乗れなかった一夏がビビりながらあたりを見回す。

 俺も同様だ。まさかこれ以上は協力できませんとか言われてしまうのだろうか。

 

「甲斐田君は真剣にやろうとしていたのに、私達はいい加減だった。特典に魅力を感じてたけど、模擬戦するのは織斑君だからと自分のこととして考えてなかった」

 

 こうなればせめて訓練相手として篠ノ之さんとオルコットだけは引き込まなければと冷や汗をかいていた俺に、鷹月さんはよく分からない謝罪をしてきた。

 模擬戦をするのは一夏だし、一夏が勝つための協力をしてくれれば内心はどうだろうと別に構わないのだが。まああわよくば一夏に惚れろとは思っているけれど。

 

「結局あたしも自分のことしか考えてなかった。何も努力せずに棚ボタで使えるISに飛びついて、みっともないってもんじゃないね」

 

 相川さんまでまさかのシリアスモードに入ってしまった。真面目そうな女子ならともかく、お気楽系にまでやられてしまうと俺としてはもうどうやってこの空気を変えていいか分からない。

 

「まあまあみなさん、まだ話をお聞きした初日ではないですか。甲斐田さんは週末から準備を始めていたのでしょう。でしたらわたくし達よりも先に進んでいるのは当然の話ですわ」

 

 そんなこの場の救世主はオルコットだった。そういえば騒ぎの中この女は高みの見物を決め込んでいた。だからその分他の連中よりも精神的余裕があったのだろう。

 

「むしろこれは喜ぶべきことだと思いますわ。甲斐田さんは自ら行動しわたくし達に何をすべきか具体的に示してくださったのです。みなさんもこれからどういうことを考えていかなければならないかイメージができてきたと思いませんか?」

「うん、確かに今までピンときてなかったけど、実感として湧いてきたかも」

 

 よく分からない共感が女子の間に広まり、俺と一夏は取り残されてどうしようと顔を見合わせた。

 オルコットの言う通り土日かけて考えていた俺がいろいろやっているのは当然で、別にクラスメイト達が恥じる必要性などどこにもないのだが。

 

「甲斐田、お前はよく意味不明な言動をするが、自分の行動には常に責任を持つのだな。一夏にクラス代表に押し付けた時は何事かと思ったが、そのまま放り出すようなことをしていない。今自ら動いて示してみせたのは見事だ」

 

 篠ノ之さんにまで信頼された目で見られて、ようやく俺も理解した。

 みんな優等生なだけあって、根底は真面目なのだ。

 俺を鏡にして、彼女達は自省をしている。

 おそらく、そういう人間でないとIS学園には合格できないのだろう。

 他人のせい、他人事としてしまってはそれ以上の成長はない。何事も自分のこととして捉え、そこに自ら課題を見つけ出し挑戦する場所がIS学園だと織斑先生は言っていた。

 なんと俺には似つかわしくない場所だろうか。

 

 一方、一夏は篠ノ之さんに褒められた俺を疑わしげに見ている。俺がそんな殊勝な人間でないことを知っているからだ。内心を一切吐露していないので、一夏は俺のことをきっと愉快犯的にロクでもないことばかりしでかす奴だと思っているだろう。まあ、あながち間違いでもない。

 とりあえず俺は首を傾げて一夏に返す。俺と一夏の間では共通認識として何か勘違いをされているということにしておこう。さすがに俺も篠ノ之さんの言っていることは真実だと一夏に胸を張るつもりもない。

 

「よし、それじゃみんなこれからは本当に真剣にやりましょう。まずは訓練機のことだけど、せっかく使えるんだからみんな一時間ずつどれかに乗るってことにしましょうか。日曜の余った時間については対戦した織斑君に一番苦戦した相手を選んでもらうということでどうかな?」

「俺!?」

「だって模擬戦をやるんだから最終的には技術のある人とやった方がいいわよ」

 

 やる気を出した鷹月さんが仕切り始めた。これなら俺は楽できそうだ。宮崎先輩は楽しめと言ったが、みんなやる気になったし無理して俺が出張ることもないだろう。俺が考えるより頭のいい彼女達の方がいい結果を出してくれそうだ。

 現に一番うまい奴が日曜も使えるようにして、各自のモチベーションを上げている。

 

「甲斐田君は特に指定しないって言ってたけどそれでいい?」

「みんながいいならいいんじゃないの」

「甲斐田、最終決定権はお前にあるのだ。そのようないい加減な答え方をするものではないぞ」

「はい?」

 

 篠ノ之さんは何を言い出すのか。そういえばこの人は模擬戦の時も同じことを言っていた。いったい俺を何だと思っている。

 

「甲斐田君はいつ何を使いたい? 優先的に入れていいよ」

「僕? 僕は別にいいよ。その分他の人が使って」

「はあ!?」

 

 クラスメイト達からこいつ何言ってんのという目で見られた。ああ、さすがに普通憧れのISに乗る機会を投げる奴はいないか。

 

「いや、平日の放課後は織斑先生に捕まってるし、長時間使える土日はもったいないだろうから」

「智希、別に遠慮しなくていいぞ。全部お前が取ってきたんだから、一日お前が使うでも文句言うのはいないし俺が言わせねえ」

 

 実に正しくていい奴なのだが、今はそういう問題ではない。

 何のために俺は特定の人物に対する罪を犯してまで予約を取ってきたというのか。

 

「別にこの一週間で使わないといけないってこともないし、そういうのはリーグマッチ終わってからでいいよ。むしろ今は技術のある人が一夏の相手をした方がいいし」

「今はみんなそんな変わんないだろ。まあセシリアとか経験者はいるだろうけど」

「少なくともみんな僕よりはいいよ」

 

 俺のIS適正、簡単に言うとISとの相性の良さはDランク、普通ならばとてもIS学園に合格できるはずのないレベルだ。世間にとって俺はISを動かせるだけの男でしかなく、それ以上の価値はない。一夏はBランクなので一般的なIS操縦者と同等なのだが。

 

「甲斐田君、そういうの抜きにしてやってくれないと私達が困る。予約取ってきた人を乗せないで他のみんなが乗るとかちょっと無理」

「虫のいいこと言ってて悪いとは思うんだけど、お願い!」

「まだ誰が織斑君の相手に向いてるのかも分かんないんだし!」

 

 そんなの全く気にすることはないのだが、変な罪悪感でも持ちそうな連中だ。まあ一二週間もすれば一夏の相手も固定化されてくるだろうし、別に今は意固地になることもないか。

 

「分かった。じゃあ日曜の朝一に使わせてもらうってことで」

「ラファールね、了解。じゃあみんな放課後に誰がいつ何を使うか決めましょうか。部活ある人も時間少し頂戴」

 

 これ鷹月さんが張り切って仕切ってくれるから楽だな。誰も乗り気じゃないなら俺がやるしかないと思っていたが、うまい具合にみんな気合入ってくれたので俺はもう何もしなくてもよさそうな気がしてきた。

 もちろん何もしないで偉そうにしてたら反発を食らうだろうが、リーダーの座ごと明け渡してしまえば文句も出るまい。

 

「あと決めなきゃ行けないのは各自がどういう部分を担当するかってことかな。パイロット科志望の人が多いだろうけど学年の半分は整備科に行くことになるし、今回はみんな裏方ってことでそっち方面は見ておいたほうがいいかもね。せっかく三種類ものISに触れるんだし」

 

 ここにいるのは厳しい競争を勝ち抜いた人達だが、IS学園に入学してもまだまだ競争は続く。指揮科に行けるのが最上位一割、パイロット科が三割、残りは整備科へ進む。衛生科は毎年十人程度の物好きが行くそうである。

 模擬戦に向けての訓練中暇だった俺は、先輩方からそのへんのシビアな内情を聞いていた。

 とは言っても一番食いっぱぐれないのは整備科だそうで、コアまで扱える一級のIS整備士ともなればそのへんのパイロット連中には負けないほどの高給取りになるとのことだ。だから整備科が負け組というわけでは全くなく、最初から整備科を目指している生徒も多い。

 それでもパイロット科が一番人気なのは、まあ、ISに憧れてここまで来たのだからやっぱりISに乗りたいという話である。

 

「全体の総指揮は甲斐田君に任せるとして、担当ごとの班を作ったほうがよさそうね。パイロットは今回は織斑君だけで、みんなでその訓練相手をしていくことになるかしら。だからパイロット以外で、指揮班、整備班、いれば衛生班を作って、それぞれの班でどういうことができるかを相談していくのがいいと思う」

 

 すらすらと話を組み立てて進めてくれるのはいいのだが、そこでなぜ俺を出してくるのだろうか。

 今はどう見ても鷹月さんが総指揮をしているのだが。

 

「あの」

「甲斐田君何か意見ある?」

「いや、総指揮は別に僕じゃなくて鷹月さんがやればいいんじゃないの? 今みたいに」

「は!?」

 

 何言ってんのこいつという目を俺に向けるのは鷹月さんだけではなかった。まさかの全員だ。

 

「智希、お前もしかして言うだけ言って逃げようとしてるんじゃないだろうな?」

「一夏さん、そういう言い方はよろしくないと思いますわ」

「大方鷹月に自分の出番を取られて拗ねているのであろう」

 

 笑顔で俺を信じるオルコットと篠ノ之さん。だが真っ先に俺を疑った一夏が正解である。

 

「ごめんごめん、私は自分の意見を言っただけであって別にそうしろと主張してるわけじゃないから」

「こういうところで揉めても仕方ないし、とりあえず形決めてやっていくでいいと思うよ」

「うまくいかないようならその場で変えていけばいいしね」

 

 俺の関与しないところで話が進んでいく。ますます俺がいる意味ないんじゃないだろうか。

 もしかして俺はお飾りのトップというやつか? それならそれで楽できるから別にいいが。

 

「甲斐田君、みんなオッケーみたいだしとりあえずはこんな感じでやってみるでどうかな? 無理そうなら言って」

「いや、いいと思うよ。そもそもやってみないことには分からない部分が多いし」

「よかった。じゃあみんなまずは自分はどの班にするかを考えること!」

「おー!」

 

 このままよきにはからえとか言っていれば済みそうな気もしてきたが、失敗した時切腹させられるのはきっと俺なんだろう。断頭台に送られて石を投げられるための存在だ。

 まあ俺のことなどどうでもいいが、一番の問題はこれで一夏が勝てるようになるのかという話だ。

 一夏本人はクラスメイト達が自分のためにがんばってくれることを今は嬉しく思っているようだが、それはクラスの期待を一身に背負うということでもある。

 繊細な男では全くないが、責任感は人並み以上にあり、人の期待に応えようと努力を続けられる男だ。

 だからこそこの前の模擬戦でも手を抜くことはなかったのだが、一歩間違えばそれは空回りに繋がる。

 吹っ切れてしまえはその時の一夏ほど心強い存在はないが、普段考えて行動しない分変に考え出すと迷路にはまりがちでもあるのだ。

 やはり俺の主な役割は一夏のメンタルケアだろう。クラスに衛生科志望の人間が出てくるかは疑わしいこともある。

 とどのつまりは愚痴聞き役だ。なんだ、いつもと変わらないじゃないか。

 

 ともかく、他のクラスよりも何歩もリードしているのは確かだ。

 先輩達が言うにはゴールデンウィーク前に気づくクラスは少ないとのことだから、一二週間はアドバンテージがある。

 四月中にやり方を固めてしまえればそれ以降を質の向上に当てていけるだろう。

 幸い他のクラスにオルコットのような専用機持ちはいない。だからこちらは量産機相手の対策が練りやすく、一方相手は専用機持ちの男という未知の存在を迎え撃たなければならない。

 実際はそうではないのだが、心理的には有利だ。

 

 とりあえず目下は一夏がクラスメイト相手にどこまでやれるかだ。

 専用機の力でも何でもいいので対等に渡り合えるようなら言うことはない。そのまま堅実にいけば全勝優勝を狙える。

 だがそうでなかった場合にどうするかだ。俺はもう前のように一発逆転を狙うつもりなどない。

 今の一夏に足りないものを見極めて、勝つために必要な何かを積み上げていこうと思う。

 前の模擬戦で俺は勝つべくして勝つとはどういうことかを学んだ。もちろん俺は先輩達のようにはいかないだろうし、クラスメイト達だってそうだろう。

 だが相手だって俺達と変わらない初心者。ならば準備をしてきた方がきっと強いはずだ。

 クラスメイトは十分やる気だ。できればオルコット戦のように姑息なことをせず正面から勝ちたいし、勝てるだろう。

 舞台さえ整えてやれば、この前のように一夏なら必ずやってくれる。

 そして観客はまた一夏の虜となるのだ。

 


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