IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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11.俺が同じことをやったら即命はない。

 

 

 俺が同じことをやったら即命はない。

 

 

 

 山田先生を押し倒した一夏を見てそう思った。

 豊満と言うより表現しようもない自身の胸に顔を埋められて、山田先生は完全にパニックに陥ってしまっている。

 一夏は慌ててすぐに顔を上げるも、蒸気でも昇ってきそうなほど真っ赤な山田先生と目が合う。どうしたらいいか分からなくなり頭がショートした一夏はそのまま固まってしまった。

 結果目の前にあるのは横たわり見つめ合う男と女。さあこれから何が始まるんだと言わんばかりの熱い光景だ。

 もちろん、一夏が血迷ったわけではない。

 

 

 

 ようやく、一夏の専用機がお目見えすることになった。

 模擬戦で使わなかった一夏の専用機だが、倉持技研がそのまま持ち帰っていた。

 曰く、時間があるならもう少し調整したいとのことである。

 模擬戦での一夏のデータも反映させるそうで、名前聞くのを忘れた倉持技研の技術者は意気揚々と、でもフラフラになりながら帰っていった。

 

 そして今日土曜日、ISの実技授業に合わせて専用機が搬入され、晴れて一夏は自らの専用機に搭乗することになった。

 だが。のだが。なのだけれども。

 

「ありゃりゃ~、おりむーはらっきーだね~」

 

 横でいつも笑顔の布仏さんがのんびりとした声を出す。

 どうも俺はこの小動物に懐かれてしまったらしい。

 数日に一度行われる生徒会長との口論バトルがツボにはまったらしく、布仏さんは俺達の近くで観戦しては爆笑を繰り返している。

 他のクラスメイト達は慣れてしまったのか次第に気にも留めなくなってきているのだが、布仏さんだけは毎回楽しみにしているようだ。一度廊下で繰り広げたこともあって、見逃してなるものかとばかりにここ数日は俺の側をうろつくようになっていた。

 

「専用機ってそんなに扱いづらいものなのかしら?」

 

 一方その隣で鷹月さんが少しも動じずに首を傾げる。

 俺はこの人ともわりと話をするようになっていた。

 何しろ篠ノ之さんと寮で同室で、常識人でもある。あえて放置をしているものの篠ノ之さんが一人で思いつめるんじゃないかと内心不安な俺は、鷹月さんに篠ノ之さんの監視とできればのメンタルケアもお願いしていた。

 やはり部活見学ツアーからはじき出された日は自室で荒れたらしく、鷹月さんはなだめるのに苦労したそうだ。

 次の日になぜ放置したと文句を言われてからちょくちょく篠ノ之さんトークをする仲になっている。

 

「あーあー、織斑君振り回されてるねー。思ったより動き過ぎるぜ的な?」

 

 そこに相槌を入れるは自称、食にこだわりのある谷本さん。

 この人は入学の日からカツ丼を始め毎日食堂で違うメニューを頼んでは味比べを行っていた。

 結論としてはどれもおいしくて毎日幸せだそうである。

 もちろん俺はそこに突っ込みを入れることもなく、突っ込みを期待していたらしき顔がスルーされて悲しみに彩られていく様はそれなりに見応えがあった。

 それ以来俺に突っ込みをさせたいらしく、毎日色々と策を弄してきてはいるのだが、どれも生徒会長の足元にも及ぶレベルではない。

 

 とまあ入学から二週間、クラスの中も一緒に行動するグループが固まってきている。

 女とは群れる生き物だと言ったりもするが、数人のグループに分かれながらも特に諍いもなくクラスは穏やかな雰囲気を作っていた。

 さすがに全国から集まった超優秀な人材と言われるだけあって、周囲とうまくやるスキルは皆十二分に持っている。

 オルコットもお上品そうな数人と優雅にお茶を飲んでいたりしていた。

 一夏しか見ていない篠ノ之さんだけは危うかったが、同室の鷹月さんが気を遣ったりして一夏や俺のいない時は彼女達と一緒に行動しているようだ。

 

「何をしている! 早く離れないか!」

 

 と、見つめ合う熱い二人の光景に耐え切れなくなり、ISスーツ姿の篠ノ之さんが飛び出した。

 うっとりとしていたり鼻息荒そうなギャラリーもいたので見た目的に悪い光景ではなかったと思うが、さすがにそこにいるのが自分ではなかったことは許せなかったようだ。

 

「あ、す、すいません!」

 

 我に返った一夏が慌てて飛び起きるも、その反動で後ろの方へ吹っ飛んでゴロゴロと転がった。

 さっきから一夏は万事がこの調子だ。専用化処理中は重い重いと文句を言っていたが、終わってからは機体の動きに体が全くついていけていない。

 前へ進めば自分でその速度に驚いて急ブレーキをかけて止まりきれず前に転がる。宙に浮けば状態を維持できずあっちこっちへフラフラと移動し思うように動けない。挙句の果てが着地しようとして勢い余って地面に体ごと激突。そして駆け寄って手を差し伸べた山田先生に体重を預けてしまい、そのまま押し倒して今に至る。

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 体操選手さながら綺麗に転がった一夏へと駆け寄る篠ノ之さん。

 まあISには搭乗者に危害が及ばないよう絶対防御と呼ばれるバリアが張られているのだが、とはいえ転がれば目は回る。一夏は上半身だけ起こし何ともないと手を振った。

 

「一夏さん、もしかして打鉄の時と同じ感覚で動いているのではありませんか?」

 

 自身の専用機に乗ったオルコットが原因に思い当たったらしく前に出てきた。

 同じ体験をしたのだろうか。

 

「同じも何もISはISだろ?」

「量産機は自分のものではないので動かす、のですが、専用機は自分のものですから動く、ですわよ? お分かりになりますか?」

 

 動かす、動く。

 

「あれ、何かそのセリフどっかで聞いた気がする」

「それはきっとそのISを開発された企業ででしょうね。調整で装着した際に注意事項として言われたことだと思いますわ」

「それだ!」

 

 それだじゃない。

 こんなんじゃ専用機で模擬戦なんて絶対無理だったと冷や汗かいている俺はどうなる。

 騙しやがったな倉持技研と危うく恨みまでぶつけるところだった。

 

「どうぞ一夏さん、お立ち上がりください。ISのことは意識せず、いつも生身の体でやっているように」

「あ、ありがとうセシリア」

 

 オルコットに差し出された手を握り、一夏はおそるおそる立ち上がる。

 今度は山田先生の時のように押し倒すことはなかった。

 

「ね? 難しいことではありませんわよね?」

「ああ、そうだ! こういう感じだった! 」

 

 あれほど四苦八苦したのは何だったのかという次元で、晴れて一夏は笑顔を取り戻した。

 どうしてもできないならまだしも、簡単にできるのなら最初からやれと言う言葉しか浮かんでこない。

 

「感覚を取り戻したのでしたら、宙に浮くのも問題はありませんわね?」

「ああ、思い出した思い出した! そうだよ、打鉄動かしててすっかり忘れてた!」

 

 一夏がカラカラと笑う。

 つられてオルコットが口に手を当て上品に微笑むも、周囲に漂うは微妙な空気。

 そして一夏の後ろで燃え上がる怒りの炎。しまった。

 

「よーし、そうと分かればこっちのもんだ。思いっきり飛び回ってやろう!」

「お伴しますわ、一夏さん」

 

 幸いにして、そのまま飛び上がったことにより一夏は怒りの炎によって燃やされることはなかった。

 本当にさっきまでのはなんだったのかという勢いで楽しく空を飛び回る一夏、とオルコット。

 まあいい、一夏のことはもういい。

 問題は俺がこれから消火活動を行わなければならないとう事実だ。

 布仏さんを挟んで立っている鷹月さんに目をやると、鷹月さんは諦めたような目を返して頷いた。

 そして二人して火事の発生現場へと向かう。

 

「篠ノ之さん」

「甲斐田! あれはどういうことだ!」

「いや、どういうことって言われても見たまんまだよ」

 

 炎が俺に向かって飛んできた。

 最近の火事は無秩序に燃え広がるのではなくピンポイントで燃え移ろうとするものらしい。

 

「さっきまでの一夏は何だったのだ! オルコットの一言だけでどうしてこうも変わる!」

「だから、一夏はその一言で思い出したんだよ。元々できてたって話」

 

 燃え移ろうとする炎は当然相手の都合など構いはしない。

 俺にできるのは努めて冷静に振る舞い、怒りの炎に理性の水をふりかけることだ。

 

「篠ノ之さん、そんなに怒っても織斑君は篠ノ之さんのこと見てくれるわけじゃないよ」

「何だと!?」

 

 と思ったら鷹月消防士が炎に油をぶちまけるという暴挙に出た。

 おかしい、消防士というのは消火活動を行う存在であって、間違っても火事を拡大させるような真似をするはずがない。

 

「だいたい篠ノ之さんは織斑君の側に行ってどうするつもりだったの? 何か解決策でもあったの?」

「そ、それは……一夏の気を静めようと……」

 

 一転、炎の勢いが急速に萎んだ。

 危うく俺は鷹月さんを愉快犯の放火魔認定するところだったが、どうやら対処法を心得た上での行動だったようだ。

 

「解決策がないのならオルコットさんに文句は言えないわよね。それに織斑君もうまく動かせるようになったんだから、今どこに篠ノ之さんの怒る要素があるの?」

「そ、それは……」

 

 嫉妬です、とはさすがに篠ノ之さんの公的な立場上口が裂けても言えない。

 なるほど、鷹月さんは炎を燃やしている酸素の供給を断ち切るという手段に出たのか。

 手馴れているあたりこの手の揉め事仲裁はよくやっているのだろう。

 俺にとっても篠ノ之さんの扱い方としてとても参考になった。

 

「まあまあ、一夏も思い通り動かせるようになって喜んでるじゃない。だったら篠ノ之さんも一緒に喜んであげた方が一夏も嬉しいと思うよ?」

「むっ……」

 

 あっ、と口を広げ鷹月さんが俺を見た。そのままにしておいては凹むだけだし、気分を上げさせるのはとても大事な役目だ。だからこれはただの役割分担であって、自分にだけ憎まれ役をやらせやがってという目で睨まないでくださいお願いします。

 

「ほらほら、笑顔で手を振ってあげて。一夏ー!」

「わ、分かった……」

 

 俺の声に気づいた一夏が大きく両手を振ってとても嬉しそうだ。ついでにオルコットも笑顔で小さく手を振っている。

 篠ノ之さんはぎこちなく手を振るも、一夏の笑顔を見て怒りはどこかへ行ってくれたようだ。

 鷹月さんがジト目で俺を睨んでいる。すいません今度埋め合わせはします。

 いつの間にか近くへ来ていた布仏さんが手を伸ばして鷹月さんの頭をよしよしと撫でている。

 谷本さんがやっぱり愛は世界を救うんだよとか意味の分からないことを得意気に言っていたが、俺はいつも通り気にしないことにした。

 

「あの……私は……」

 

 すっかり存在を忘れられた山田先生は横になったまま涙目だ。

 と、一瞬の寒気とともに音もなく笑顔の織斑先生が俺達の後ろに立っていた。何を思考する間もなく魔剣が次々と振り下ろされていく。

 こんなところまで出席簿持ってくる必要あるのかという疑問は痛みで口に出せなかった。

 

 

 

 

 

「というわけで、来月のクラスリーグマッチのことを考えよう!」

 

 壇上に立ち、俺はクラスメイト達に向かって投げかけた。

 横ではにこにこと優しく俺を見守る山田先生と、疑わしげに俺を半睨みの織斑先生。

 正直失敗した。俺はこの二人が出て行ってから声を出したのに、あろうことか聞きつけて戻ってきてしまった。もう少し離れるまで我慢をするべきだった。

 

 月曜の一時間目はロングホームルームで、特に決められた授業内容はない。

 織斑先生も騒がず自習でもしていろと言い残して一度教室を後にした。

 ならばその時間もらったと俺は土日で考えた計画を実行に移そうとしたのだが、少しばかり動くタイミングが早かったようだ。

 ブラックリスト認定中の俺が好き勝手に行動することなど許されるわけもなく、俺はまたも監視下の状況に置かれることとなった。まあ、知られても文句を言えないように理論武装はしているつもりだが。

 

「今度は何企んでるんだ?」

 

 入学早々俺に騙されてクラス代表となった一夏が、訝しげに疑問を口にした。

 今度も当事者であるだけに反応は早い。

 だが今回に限っては一夏を騙したりするつもりはない。むしろみんなで一夏を応援する計画なのだ。

 

「これから話すから。それでまずみんな自分はクラス代表じゃないから関係ないと思ってるかもしれないけど、リーグマッチの内容分かってる?」

 

 一夏にではなく、教室に向かって聞いてみる。半分くらいは頷き、何人かは首を傾げた。まあ今はそんなもんだろう。

 

「じゃあ一応説明しておくね。一言で言うとクラス代表同士が戦う総当りの模擬戦だ。時期はゴールデンウィーク終わってから一週間後、三日間かけて行われて、うちのクラスはもちろん一夏が出る」

 

 一度説明を切って様子を見る。まさか理解度に問題はないだろうが、それに対してどう思っているかだ。気になるのか、どうでもいいのか、自分のことか、他人事か。

 まさに自分のことである一夏はふてくされた顔をしている。

 

「織斑先生は新入生のお目見えって言ってたけど、実はそんな単純なものじゃないみたいなんだ。この結果次第で学年におけるクラスの立場が半年間は縛られる」

 

 興味なさげだった連中がこちらに目を向けた。視界には入っていないものの、自分の名前を出された織斑先生が俺を睨んでいるのがひしひしと感じられる。

 

「具体的には、アリーナや整備室といった特別教室使用の優先枠にIS訓練機貸出の特別枠。寮では大浴場やマッサージルームの一日貸し切り権とか食堂で一ヶ月デザート一品付きとか細かいのもある」

「甲斐田君、特別枠とか優先枠について詳しく」

 

 鷹月さんが手を挙げた。つまり、乗ってきた。

 

「優先枠は特別教室とかを借りるときに最初からうちのクラス用で枠が取られてるってこと。その時間に使いたいと言えばそのまま使える。こういうのって基本的に奪い合いだから、どれだけ有り難いかは分かるよね?」

「訓練機の特別枠も?」

「もし一位になれば、半年間放課後は事実上一年一組用として二台も訓練機を使える。IS訓練機なんて奪い合いどころじゃないからね。予約入れようと思ってもそもそも抽選なんだから」

「そうなんだ!」

 

 予定通りクラスメイト達の顔色が変わった。

 確信を持って言えるが、これを考えたのは間違いなく織斑先生だ。学園のホームページにはルール等の概要しか書かれておらず、職員室まで行って詳細の書かれた紙を手に入れてその裏側まで見てようやく分かるレベルの代物だ。

 つまり詳細を気にかけた上で最後まで行動した人間にしか分からない。特典も申告制なので、知らなければ勝ったとしてもその権利を行使することができない。

 意地が悪いどころではない。煽ってやる気を出させるようなこともなく何も言わないあたり、実に性格がねじ曲がっている。

 

「あとは六月にある一年生全員参加の個人戦でのシード権とかあるね。詳しいことはここにコピーしてきたから見てみれば分かると思う。あ、もちろんこれクラスの外に出しちゃダメだよ。わざわざ敵に塩を送る必要ないからね」

 

 人差し指を立てて口に当てるが、みんな紙に集中していて誰も俺の方を見ていなかった。

 しばらく沈黙が流れる。

 全く興味なさげな一夏はこともあろうに配られた紙で折り紙を始めていた。

 さすがにこれはやめさせようと思うもすぐに聖剣シュッセキボが振り下ろされ、一夏は自業自得で悶絶していたので見なかったことにする。

 

 やがて読み終えた順に顔を上げてこちらを向いてきたが、もう自分に無関係だという顔はない。

 ここにいるのは厳しい競争を勝ち抜いた人達で、向上心は人並み以上にある。しかも憧れのISに関する様々な部分で有利になるのだから、乗らないわけはないのだ。

 そしてみんな読んでいて気づいただろうが、このIS学園は自分だけがよければいいではやっていけなさそうなのだ。

 何事においても集団に対する言及しかなく、個人に対するどうこうは一切ない。

 おそらく今後もクラスという集団単位で考えて行動する必要があるのだろう。

 だがそれでいて今回はクラス代表という個人に委ねなければならないというのだから、これを考えたであろう織斑先生は本当にいい性格をしているとしか言いようがないと思う。

 

「で、みんな協力してくれるってことでいいかな?」

 

 全員が読み終わったのを見てから、俺は確認を取る。

 もちろん、まさか協力しないのはいないよなという意味でだ。

 全員が力強く頷く。いや、当のクラス代表だけは不承不承だったが。

 

「じゃあこのまま話し合いを続けさせてもらうね。見て分かる通りもう試合順まで決まってる。午前午後で二試合づつあるんだけど、学年五クラスだから毎回どこか一クラス休みで、うちは初日の午前午後で二試合、二日目の午前やって午後休み、最後に三日目の午前って形だ」

「相手は綺麗に五組、四組、三組、二組の順なのね」

「分かりやすくていいんじゃない」

 

 正直言えば既に決まっているこの組み合わせから疑うべきではないかと思っているが、今からみんなを混乱させても何なのでひとまず黙っておくことにする。

 少なくとも休みを計算に入れた戦略は立てなければならないだろう。

 

「できれば全勝したいと思う」

「それは普通に狙えるんじゃないの? だって織斑君は専用機持ちなんだから」

「まあそう思うよね」

 

 もちろん結構危ないという話である。

 

「でも今年はオルコットさん以外に専用機持ちっていないんでしょ?」

「ええ、今年はわたくしだけだと聞いておりましたわ」

「いや、普通に俺いるんだけど」

「失礼致しました。もちろんこれは一夏さんのことが知られる前の話ですので」

「あ、こっちこそすまん」

 

 やはり楽観論が流れている。

 だが本気で勝ちたい俺としてはみんなに危機感を持ってもらわなければならない。

 

「オルコットさん」

「何ですの?」

「今専用機持ちの一夏と模擬戦やったとして、勝てる自信はある?」

「それはどういう意味でしょうか?」

 

 オルコットの顔色が険しくなる。別に馬鹿にしようとしているわけではないのだが。

 

「いや、別に深い意味あるわけじゃなくて、普通にオルコットさん勝てるよねって話」

「おいそれは……ってまあそうか。セシリアには実力じゃ勝てないからあんなことしたんだもんな」

「ですが、わたくしも一組ですので一夏さんと戦うことはないのですけれど?」

「たとえ量産機でも、オルコットさんと同じ戦術で戦ったら?」

 

 教室を見回して、何人かは気づいたようだ。オルコットにも篠ノ之さんにも理解の色が見える。

 残念ながら我らが織斑一夏は全くピンときていないようだが。

 

「おい智希、俺にも分かるように説明してくれ」

 

 最初から考える気すらないのはある意味清々しい。

 少しは自分の力で考えさせようかと思ったが、時間がもったいないのでそれは今度の機会にすることにした。

 

「一夏の専用機の武装って何?」

「雪片弐型だ! すごいんだぜこの剣!」

 

 満面の笑みを浮かべる一夏だが、土曜の実技訓練で見せたその性能は確かに凄まじかった。知識としてはあったが実際に見せられるとこれほどのものかと思えたほどだ。

 

「バリアー無効化攻撃とか極悪もいいとこだよねー」

「それって織斑君に対しては防御意味ないってことでしょ?」

「喰らったら最後、一撃必殺の技なのだ!」

 

 気づいてない連中は盛り上がっているが、相手がいる以上そうそううまくはいってくれないのだ。

 

「一夏、他には?」

「他って?」

「他の武装」

「いや、それだけだけど?」

 

 ここでほとんどが気づいた。

 

「織斑君、それもしかして遠くから攻撃されると何もできない?」

「えっ?」

 

 悲しいかな、一夏の武装は剣一本しかない。

 オルコットのように離れて攻撃されて近づけないと、一夏は一方的に攻撃を受けるだけなのだ。

 当てればといいと言っても、今の素人同然の一夏にどこまでその技術があるというのか。

 よける技術にしても同様だ。

 

「でもオルコットさんに勝てたんだから……」

「あれはごまかしの極地を目指した結果だから、オルコットさんが平常心だったら瞬殺されて当然だった」

「何もできなかったわたくしとしてはその件についてはコメントを控えさせていただきますわ……」

 

 ようやく実はマズイんじゃないかというところに思い至り、みんな揃ってどうすればいいかを考え始めた。

 

「でも織斑君の専用機の性能なら量産機くらいなんとかなるんじゃないの?」

「オルコットさんのよりも高性能なんだよね?」

「おととい初めて専用機に乗った一夏が使いこなせてると思う?」

「それは……」

 

 今のこの場で思いつくような戦術はとっくに俺が考えている。

 その上でやばいという話なのだ。

 

「専用機って武装は変えられないの?」

「基本的にはそうですが……」

「あ、これ以上の武装追加は無理って言われた。空き容量がなくて剣一つで限界なんだとさ」

「エネルギー無効化攻撃にほとんど持ってかれてるらしいよ」

「一点特化どころの話じゃないわね……」

 

 教室がざわめき始めた。

 

「じゃあ特訓しよう! 持久戦になればいつかは勝てる!」

「特訓するのはもちろんだけど、一夏の攻撃ってシールドエネルギーを使うから攻撃する度に消費するんだよね。だから長期戦には向いてない」

「何その欠陥機!?」

 

 とうとう機体にまで文句をつけ始めてしまった。

 

「これ全勝は無理そうじゃない?」

「どのへんが現実的なんだろ?」

「なあみんなさっきからひどくないか?」

 

 いくらなんでも諦めるの早過ぎだ。

 自分の機体をボロクソ言われて一夏が拗ねている。

 

「で、じゃあどうするかって話なんだけど」

 

 場が混沌とし始めてきたので俺はまとめに入る。

 

「正直、僕にもこれって考えはない。だからみんなの知恵を借りたいんだけど、その前にみんなに言っておきたいことがある」

 

 一度俺は言葉を切った。そして自分に視線が集中しているのを確認してから続ける。

 

「今回に限っては、一夏以外はみんな裏方なんだ。だから、一夏を勝たせるために自分は何ができるかってところから考えて欲しい。あるいは自分が何をしたいかってことでもいい。みんな将来の事とかどこまで考えてるか分からないけど、二年になったら学科が分かれるのは確かだ。だから指揮科目指す人は戦術を考えるとか、パイロット科なら一夏の訓練相手になるとか、整備科なら一夏の機体にはあまり触れないけど対戦相手の機体については考えられる。衛生科なら一夏の日常を管理するとかね」

 

 一夏が嫌な顔をした。発声練習までさせられた日々を思い出しているのだろう。

 だがその他の連中は考え始めた。さあ考えてくれ。もちろん俺は俺で考えるが、みんなで考えた方がアイデアが出るのは確かだ。

 人一人ができることに限りはあるが、ここには三十人もいる。少なくとも俺一人でやるより三十倍のことができるはずだ。

 

 俺はあえてクラス全員を巻き込んだが、だからといって彼女達に無茶を言うつもりはないし無理強いもしない。あくまで彼女達が自発的に協力するメリットがあるようにするつもりだ。特典を見た瞬間これは引き込めると思ったのは事実だが。

 まあ元々そういう風にできているのだから乗っかるだけだと言えばその通りだが、乗せられて嫌々やるよりは自分の意思で乗り込んだ方がいいだろう。

 

 隣では感激屋の山田先生が感動して顔を赤くして震えている。

 対して織斑先生は疑わしげに俺のことを見ている。もちろん俺がそんな殊勝なことを言うとは間違いなく裏があると確信してのことだろう。

 

 当然、俺の中に裏、真の目的はある。

 このシチュエーション、一夏のためにクラス全員が行動するというこの状況は、まさしく俺が待ち望んでいたことだ。

 無理をしてまで一夏をクラス代表にしたのはこのためと言っても過言ではない。

 

 さあみんな、一夏のためにがんばろうじゃないか。

 一夏はかけた期待に十分応えてくれるからやりがいはとてもある。

 そしてあわよくば、一夏のことを深く知って惚れてくれればなおよしだ。

 


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