IS 喜んで引き立て役となりましょう!   作:ゆ~き

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10.一言で女性上位主義と言っても、その形は国によって違う。

 

 

 

 一言で女性上位主義と言っても、その形は国によって違う。

 

 

 

 お国柄、という言葉がある。

 それは歴史によって積み上げられたもので、自分達のアイデンティティになったり他国が別の国を評して使い揶揄したりする。

 それは少数の男性の扱いにしても変わりはない。

 

 男性の出生率が低下の一途をたどり、かつての世界は男性に頼らない世界の構築を目指した。

 社会の中核を女性にへと移し、いっそ女性だけで子孫を繋いでいくことができないかとあらゆる研究が行われた。

 その結果女性中心の社会はできあがったが、男性なしに子供を作る研究は一向に進むことがなかった。人はやはりどこまでも人で、神の領域にまで進むことはできなかったのだ。

 一時しのぎのつもりでしかなかったのに、男性の精子を売買して人工授精で子供を作るのを続けていくことしかできず、少数となってしまった男性に頼らざるをえない状況のままだった。

 

 ところが社会は女性だけで動くようになってしまったため、男性の扱いをどうしていくかという問題が生じる。

 社会の歯車として不要だと一度弾いておきながら、今度は子孫繁栄のために手のひらを返さざるをえなくなったのである。

 しかしその頃には女性あっての社会だという考え方が根付いてしまっており、それ以前の状態に戻すことはもはや不可能だった。

 それぞれの国で議論が行われ、その国に合わせたやり方が取られるようになっていった。

 アジア、アフリカ、南米あたりの国は基本的に近隣の国と協調して似たやり方を取ったが、日本、中国、アメリカやヨーロッパの国々はその国独自の路線を選ぶ。

 そこにはお国柄というものが強く反映されていた。

 

 一番の問題となったのは結婚制度である。

 もはや従来の一夫一婦制では女性が大量に余ってしまうのだが、かといって一夫多妻制は女性蔑視の過去の悪しき風習として認識されてしまっていたため、女性にはそのまま受け入れることができなかった。

 また社会が女性で回っているため、一夫多妻制にしてしまうと女が男のために働くという構図になってしまい、なおさら受け入れることができなくなっていた。

 もちろんイデオロギーであったり感情的な部分が大きいものであったので、そんなことを言っている場合ではないと冷静に主張する女性もいたが、世界はまだそこまで切羽詰まってはいなかった。

 男性の出生率低下は三割を切ったくらいで止まり、それからここ十年は安定している。

 人は安定してしまえば、安心してしまう。大多数の人間は喉にナイフを突きつけられるまでは動き出さないのだ。

 そういう未来はあるのかもしれないが、自分や自分の子供くらいは大丈夫だろう。数字に変化が現れず実感もなければ、少数の人間が危機を叫んでも現在の自分が一番大事なのだ。

 そうやって、各国の結婚制度は今の自分達がどうありたいのかが強く浮き出るものとなった。

 

 一番明確に差が出たのはヨーロッパで、他の大陸が近隣と協調路線を取る中、自分は自分だとばかりにそれぞれが独自色の色合いが強い制度を打ち出していた。

 それを比較して表すと特徴的な国々はこういう表現になる。

 

 ・とりあえず法律だけは作っておこうのイギリス

 ・一夫一妻純愛主義のフランス

 ・形は残すけど結婚しても得はないよのドイツ

 ・自由恋愛もう結婚制度とかいらないよねのイタリア

 ・そんなことよりウォッカ飲もうぜのロシア

 

 恒例のオチ要員はさておき、大国、歴史のある国ほど自国の考え方を前面に押し出している。

 そしてイギリス、すなわちセシリア・オルコットの母国は、世界で唯一、一夫多妻制度を認めていた。

 ただしそれは形だけに近いものではあったけれど。

 

 

 

 

 

「甲斐田さん、今お時間ありますか?」

 

 機会はわりとすぐにやってきた。それも向こうから。

 

「あれ、今日の部活見学ツアーはもう終わり?」

「いえ、今日はわたくしはご一緒しませんでしたわ」

 

 ようやく喉の調子が戻った一夏は、ここのところ放課後はクラスメイト達に連れ回されている。

 まあ、部活見学という名のアピールタイムだ。

 相川さん達も馬鹿ではない。篠ノ之さんのご機嫌な態度を見て、一夏の彼女面などまだまだ早いとばかりに二人の離間工作を始めた。

 まず一夏に対して部活には入らないのかと尋ねる。中学時代はバイトくらいしかしていなかった一夏が特に考えていないと答えると、じゃあみんなでいろんな部活を見学してみようよとの提案に繋げた。そして模擬戦が終わって特にやることもなくなっていた一夏が深くも考えずに頷いて、一年一組部活見学ツアーが始まった。

 これがうまいのは一夏の側にいて自分のアピールができると共に、篠ノ之さんを一夏から遠ざけられることだ。篠ノ之さんは既に剣道部に入ると宣言してしまっていたため、そこに加わることができない。もちろん一夏も剣道部に引き込むつもりではあったが、とりあえずいろいろ見てから決めるよと言われてしまっては反論のしようもない。

 気付いた時には後の祭り、自然な流れではじき出されて、篠ノ之さんはぐぬぬと歯を食いしばっていた。

 

 俺は横で見ていて感心したのだが、それは相川さんの手際に対してだけではない。相川さんは篠ノ之さんに対して勝ち誇らなかったのだ。他にも自分が入る部活を決めている人はいたので、その人達と同じ扱いをしていた。決して嫌味を言ったりあからさまに無視をしたりするようなことはなかった。

 もうこの時点で役者は向こうが二枚も三枚も上だ。ここで変に篠ノ之さんが感情的になってしまっては篠ノ之さんの方の株が暴落する。何しろ一夏は普通に部活見学をするつもりなのだから。

 幸いなことに篠ノ之さんは自重した。最初は怒りの様相を見せていたが、そのうち自分の立場がそもそも不安定なものであることに思い至ったようで、恨みがましく一夏を見るも何かを口に出すことはこらえた。はっきり言って、感情を爆発させて一夏に疎まれてしまっては本末転倒どころではないのだ。

 一夏の幼馴染という特別な立場にはあるが、それは結婚相手でも恋人でもない。自分の望む立場に対しては相川さん達とそう変わらないということを篠ノ之さんは自覚したようだった。

 

 そしてその代わりに俺に助けを求めてきた。目でチラチラと俺がどうにかしてくれるんじゃないか的な期待を抱いているようだったが、俺は気づかない振りをして全部無視した。

 俺はこの件に関しては相川さんの方に旗を挙げる。クラスの雰囲気を険悪にするようなら迷わず篠ノ之さんの側につくが、クラス全体を巻き込んで、今のところ一夏には興味なさそうな女子まで加えて、むしろクラスの雰囲気をよくした相川さんの手腕には素直に賞賛の拍手を送る。

 それにここのところ篠ノ之さんは困ったら何かと俺に助けを求めるようになってきていたので、いい機会だから自分の力で考えさせようと思った。

 一夏ハーレムメンバーが増えていけば俺も一人にかけられる時間は減るし、基本的に自分のことは自分で何とかしてもらわなければならない。

 そもそもこの程度別に大したことではないのだ。一週間一緒に行動してきたからそれができなくなって不安なのだろうが、別に篠ノ之さんの立場に何も変わりはない。

 恋愛感情ではないとしても篠ノ之さんはこの一週間で確実に一夏の信頼を得ているし、一夏だってはっきりとそれを口にしている。

 先輩や俺の口から聞かなければ安心できないようでは、一夏と一緒にいても篠ノ之さんは決して幸せにはなれない。それはつまり一夏のことを信じていないということなのだから。

 迷走したり思いつめるようならまた考えるが、まずは篠ノ之さんが俺という協力者を失ってどういう行動をするか様子を見ることにして、篠ノ之さんは俺にまで恨みがましい目を向けつつ毎日放課後は剣道場へと通っている。

 

 

 

「甲斐田さんも毎日大変ですわね。代行としての仕事はもう終わったはずですのに」

「いや、今やっているのはというか元々これは罰だから」

「罰ですか?」

「そう、織斑先生にとって余計なことしてくれたことへの罰」

 

 ようやく解放されるのかと思いきや、俺は未だに織斑先生にこき使われ続けていた。

 もちろん激しい抗議の声は上げたのだが、

 

「先週までの分は初日の罰だ。これからはそれ以降の分の罰だ」

 

 とはっきり罰と言われてしまい、俺は自分の行動に対してつけを払わされる結末を迎えていた。

 幸いにして写真のことまでは知られていないようだったが、バレた後は間違いなく俺は三年間無償労働の刑に処せられるのだろう。

 

 だが俺はこの程度で人生を諦めてしまうような弱い人間ではない。

 非暴力不服従の象徴であるサボタージュによって運命に抗おうとしていた。

 するとそれを見て取った織斑先生は教師としての顔を崩して笑った。

 

「智希、お前も自分の身は自分で守れるようになっておけ。一夏には専用機があるがお前にはない。各国の駆け引きで所属する国もしばらくは決まりそうにない。今のお前にあるのはその体だけだ。だが幸いなことに一夏と違ってお前には小賢しい企みを考え出す頭と、それを行動に移せるだけの実行力がある。利用できるものは何でも利用していけ」

 

 隣では感動した山田先生が涙を流さんばかりだった。

 やはりこの人は俺が成績表やら何やら活用したことを知っていた。

 きっとそうなんだろうなと分かってやったことではあるが、やはり人の手のひらで踊るのはあまり気持ちのいいものではない。

 俺はせめて一矢だけは報いようと、照れ隠しも含めて反撃を行う。

 

「でもそれって職権濫用じゃないんですか?」

 

 笑顔のまま千冬さんは俺の頭の上に拳骨を落としてきた。

 有耶無耶にされ織斑千冬第二秘書として就職してしまったことに気付いたのは、その日寮に戻ってからだった。

 

 

 

「大丈夫ですか甲斐田さん? 相当にお疲れなのでは?」

 

 自分の愚かさ加減を罵っていたら現実から離れてしまっていたようだ。

 オルコットが心配そうに俺を見ている。

 

「ごめんごめん、ちょっと考えごとしてた。それでどうしたの? 時間なら全然あるけど」

「はい、実は甲斐田さんに少しご相談したいことがありまして」

 

 オルコットに限らず、基本的に俺に持ちかけられる相談事の内容は一つしかない。

 

「その……一夏さんのことについてなのです」

「えーと、その前に場所はそこの休憩室でいい? 外を通る人から見えるし別の場所でもいいけど?」

 

 オルコットは俺を待ち伏せしていたようで、俺が寮に入るとすぐ声をかけてきていた。

 さすがに入り口で立ち話するような内容ではない。

 

「甲斐田さんがよろしければわたくしは構いませんわ」

「むしろ気にすべきはオルコットさんだと思うけど」

「ふふっ、お気遣いありがとうございます」

 

 本当にこの女は誰だ。

 もはや女性上位主義者の面影など微塵もない。

 長くなりそうだし水でもと思い給水器の方へ行こうとすると、オルコットは足早に俺を追い抜いて給水器の前に立ち、手際よく二人分の紙コップに水を入れた。こういうことは男がやって当然だとする女性上位主義者にはとても考えられない所業だ。

 それにオルコットは育ちも良さそうだし、まさか自分でやるとは思わなかった。

 

「どうぞお座りください。別にわたくしを待つ必要などないのですよ。お時間をいただいているのはわたくしの方なのですから」

 

 驚きを通り越してもう怖い。この女模擬戦前後で間違いなく脳みそが入れ替わってる。

 もしかして俺もこれから同じ目に遭うんじゃないだろうか。

 

 すぐに本題には入らないのが上流階級の嗜みらしく、席についた俺とオルコットは世間話的に部活見学ツアーの様子について軽く話した。

 だが放っておくといつまでも世間話が続きそうなので、俺の方から切り出す。

 

「で、オルコットさんは一夏の何が気になるの?」

「はい、それはですね」

 

 さて真剣な表情になったオルコットは何を求めるのか。

 おもしろいもので、こういうところにその人の人となりが出てくる。

 一夏の彼女になりたいんだけどどうすればいいの的な丸投げをするのもいれば、一夏の好みを事細かに聞いてくるのもいる。最近あいつ一夏と距離近いんだけど実際どうなのと他人の動向を気にするのもいるし、一夏は自分でどうにかするから番犬だけ追い払ってくれというような限定的な頼み事だけの女子もいた。

 

「一夏さんにはどのような女性がふさわしいのでしょうか?」

 

 悪くない。最初にその質問を出せるオルコットは少なくとも馬鹿ではない。

 

「やはり篠ノ之さんのような強い方がいいのでしょうか? あの織斑先生の弟さんですし、強さという要素がなければならないのでしょうか?」

「ええと、ちょっと待って」

 

 念のためこれだけは確認しておかなければならない。

 

「はい、何か?」

「そういう話をする前の前提として、それを気にしているのは誰? オルコットさん本人? それとも他の誰か?」

 

 相談にやって来るのは何も一夏に恋する本人ばかりではない。女の友情を見せてやるとばかりに意気込んでやってきて、ミイラとなって一夏に惚れてしまうのもまた日常風景だった。他にも友達のためと言いながら最初からダシに使うつもりだった女子もいたりして、いったい女とはどういう生き物なのだろうかと考えさせられる事件に暇はなかった。

 

「それはもちろんわたくしですが?」

「ありがとう。聞き方からしてオルコットさんの友達の話かもしれないと思ったので」

「やはり甲斐田さんはこのような相談を数多く受けていらっしゃるのですね」

 

 オルコットが感心したように言う。

 俺は一夏のことを相談するには最適な相手だという評判だった。

 中学時代は基本男四人に番犬一匹でつるんでいたのだが、俺と一夏以外の男二人は自らの欲望に忠実なところが多分にあり、一夏に近寄ってきた女子を自分の方へと引き寄せようとすることがしばしばだった。

 それは一度たりとも成功することはなかったが、いやなかったが故に、彼らは時を重ねるごとに女子から遠ざけられていくという本人達にとって実に悲しい現象を生むこととなった。

 また番犬とは一夏に邪な想いを抱く対象を追い払う存在であり、結局消去法という形で俺が相談相手として選ばれていた。

 それだけなら最適とまではいかなかっただろうが、当時一夏の生態の観察を行っていた俺は、様々なサンプルを一夏にぶつけることを試みていた。

 そのため向こうからやって来てくれる様々なタイプの女子は俺にとって絶好の実験相手で、当時の俺はハーレムというところまでは考えておらず、一夏はどんな女を好きになるのだろうかと相談に来た女子に対して親身にアドバイスを行った。

 まさかそれも全てうまくいかないとは思わなかったが、その副産物として俺は女子からの信頼を得ることができたという話だ。

 

「まあ三年近い付き合いだからね。それでオルコットさんは一夏にふさわしい女性になりたいわけなんだ」

「その……恥ずかしながら……」

「いやいや、すごく立派な心がけだと思うよ。大抵の人は自分を強くアピールして一夏を好きにさせようとするんだけど、それは一夏には逆効果だから」

「そうなのですか!?」

 

 自分のことをエリートだとまで言って威張っていた強気なオルコットはどこへ行ってしまったのか。一夏は相手の人格まで変えてしまえるというのであれば、是が非でもオルコットの分析を行わなければならない。

 

「一夏が女子にすごくモテるのは分かるよね?」

「……はい」

「だから一夏を好きな女子はみんな焦る。そして全力で前に出て自分をアピールして目立とうとする。でもそうすると一夏はドン引きしてその子を遠ざけるようになってしまうんだ」

「まあ……」

 

 オルコットといえど想像できる光景だろう。自分が自分がと目を血走らせて押し寄せてきたら一夏でなかろうと引く。普通に考えて怖い。

 

「だからまず最初に自分じゃなくて一夏のことを考えるのはとても大切なことなんだ。そういう意味で一夏にふわさしいという言葉が出て来たオルコットさんは他の女子よりも何歩も先に進んでるよ」

「ありがとうございます。それはわたくしにとってとても心強い言葉ですわ」

 

 オルコットを持ち上げる言葉だが、実際そうであるのもまた事実だ。相川さん達はまだ好みとかタイプというような表面的な部分にしか気が及んでいない。一夏が平気で接しているので距離のとり方などはうまいようだが、一夏の心にまで踏み込めていないしそのままでは踏み込むことはできないだろう。

 

「その上で言わせてもらうね。一夏にとってふさわしい女性と言っているうちは無理」

「はい?」

 

 オルコットも先を行ってはいるが、それでも一夏への道は遥か遠いのだ。

 

「だってそれは誰も知らないから。一夏本人を含めても」

「どういうことでしょうか?」

「外から見て一夏にふさわしい人がどんなものか分かるようならみんなそれを目指す。一夏がそう言うなら一夏の言う通りにやればいい。でも、誰一人として一夏の心を掴んだ人はいない」

「それは……」

 

 一夏にふさわしい女性なんて解答があれば俺が真っ先に活用している。それは今のところ一夏自身の中にさえないのだ。

 

「もちろん、一夏にふさわしい女性とはこういう人だろうと考えて努力している人もいる。でもそれはその人にとってであって、一夏がどう思うかは全く別の問題だ」

「答えがないものを目指すことはできない?」

「答えがあればとっくに誰かが到達してるだろうね」

 

 俺は軽く笑って両手を挙げ、お手上げだと示してみせた。

 

「それでは誰も一夏さんと恋人になることなどできないのでは……?」

「実際あれだけモテてるのに誰もできてないしね」

「そんな……」

 

 壁にぶち当たったオルコットが下を向く。

 この程度で諦めるならそれはまた仕方のないことではあるが、オルコットを分析したいので個人的にはもうちょっと頑張って欲しい。

 

「もし諦めるのであれば」

 

 下を向いたオルコットの体がピクリと動いた。

 

「告白すればいい。一夏は慣れてるし、綺麗に振ってくれる。いい加減な返答じゃなくて、きちんと真摯に応えてくれる。大抵の女子はそれですっぱり諦められて別の方向に進めるって言うから、うじうじ悩むくらいなら告白して砕けた方がいい場合もある」

「……」

 

 一夏に断られてストーカー化するという事案は意外と少ない。聞けば一夏の声を聞いて目を見ると悟ってしまうそうだ。ああ自分には無理だ、と。

 女とは夢見がちでありながら同時に現実的でもある。可能性が欠片もないと分かれば切り替えて次へと向かうことができるようだ。一夏に振られた女子はどこか達観して大人の階段一歩登りました的な顔をして、恋愛以外の何かに打ち込んでいる人が多い。

 もちろん思い詰めてストーカー化するのもいるが、一夏の激しい拒絶を前にして例外なく心折れる。無理心中してやるというところまで燃え上がらせた女はまだいない。

 

「甲斐田さんは」

「なに?」

「クラスの方々もこれまでと同じ結末を迎えると思っていらっしゃるのですか?」

「今のままだとね」

「では篠ノ之さんは?」

 

 さすがはオルコット、いいところに気がついている。

 篠ノ之さんは普通であればとても一夏に相手されるはずのない態度なのだが、一夏は今も普通に接している。幼馴染だからとクラスメイトは片付けているようだが、四六時中一緒にいたわけではないのだ。何しろ六年ぶりの再会なのだから。

 

「そもそわたくしが一夏さんにふさわしい女ということを考えたのは、篠ノ之さんを見ていてのことなのです。あの方の態度を見ていると、幼馴染とはいえどうして一夏さんはそれを普通に受け入れているのだろうといつも疑問に思うのですわ」

「だから篠ノ之さんのようなタイプが一夏は好みなんだろうと考えたわけだ」

「はい」

 

 やはりオルコットは相川さんより一夏に近い。相川さんは幼馴染の分先に行かれていると考えて差を縮めようと努力しているようだが、オルコットは差があるとは考えていない。

 篠ノ之さんが一夏にとって特別な何かを持っていると気づいている。

 

「よく見てるね。クラスの人達はまだそこまで考えてないよきっと」

「ではやはり篠ノ之さんのような方が一夏さんにふさわしい女性なのでは?」

「そう思うならそれを目指せばいいんじゃないかな? それで篠ノ之さんを越えられると思うのなら」

 

 俺はあえて意地悪を言ってみる。確かに篠ノ之さんは一夏にとって特別な存在だが、それは俺が思うには家族としてである。普通に接しているとはいえど傍目にも一夏の方に恋愛感情はない。果たしてそこを目指す意味はあるのかという話だ。

 オルコットも理解したようで軽く膨れてみせた。

 

「前から感じていましたが甲斐田さんはとても性格の悪い方なのですね」

「前から思ってたんだ」

「正確には模擬戦の真相を知った時からですわ」

「作戦を考えたのは僕じゃないんだけど」

 

 実に失礼な話だ。オルコットをおちょくるように言ったのは先輩方であって俺ではない。

 俺は少し一夏と喋る内容について協議したくらいだ。

 

「そういう意味ではないのですけれど……まあいいですわ。結局自分の道は自分で探すしかないということですのね」

「現在の結論としてはそうだね。あ、別に隠してるとかないからね。今のことは聞かれたら誰にでも答えていることだよ」

「甲斐田さんを疑っているわけではありませんわ。むしろよくここまでお話してもらえたと思っているくらいです」

 

 普通に会話していて慣れてしまったがやはりオルコットは相変わらずしおらしい。

 もしかしてオルコットの素はこちらだったのだろうか。入学初日の時は虚勢を張っていただけという方が説明つきそうな気がしてきた。

 

「適当なこと言われてけむにまかれるとか思ってた?」

「はい。ですがそこから何か一つでも掴めればと考えておりましたわ」

「ひどい言われようだ」

 

 笑い合って空気が緩む。お互いにその気があれば会話というのは通じるものだ。意地を張っていたり、感情的になっていたり、自分を押し付けようとしたりと一方的でなければそうそうおかしなことにはならない。

 このまま終えてもよかったのだが、俺はあることを思いついたのでオルコットに投げかけることにした。

 

「じゃあその度胸に敬意を表して、僕から応援の言葉を一言」

「あら、応援をしていただけるのですか?」

「意外?」

「ええ、甲斐田さんは篠ノ之さんを応援しているものとばかり……」

 

 オルコットはただ一夏だけを見ていたわけではないようだ。

 俺が一夏の篠ノ之さんの間に立っていたことを理解しているらしい。

 

「僕がどう思おうと、結局決めるのは一夏だよ。いくら応援しようと一夏が選ばないことだって普通にあるし、そもそも篠ノ之さんでなければならない理由もないから」

 

 本当は篠ノ之さんを正妻として一夏の相手にするつもりですが。

 

「ではわたくしのことを推していただけると?」

「邪魔はしないけどあえて特別に一夏に推すようなこともしないよ。篠ノ之さんにしてるのもフォローくらいだし。アドバイスというか、ほんの一言だけ」

「何でしょう?」

「オルコットさんにも、一夏にとって特別な何かがある」

「えっ!?」

 

 相当に驚いたようで、オルコットは大きく目を見開いた。

 

「それが何かは分からない。恋愛感情ではない。でも、一夏にとってオルコットさんはそのへんの女子とは違うってこと」

「どういう意味ですの!? お願いですから詳しく説明をしてくださいませ!」

 

 オルコットが椅子から立ち思い切り身を前に乗り出してきた。

 その真剣な目は飛び出さんばかりの勢いで、俺は飛び出てきた目に引きずり込まれそうな気がして思わず椅子ごと後ろずさった。

 

「いや、だから僕にもそれが何かはよく分からない。一夏が言ったんだ」

「何を!!」

「オルコットさんと友達になりたいって」

「え……」

 

 予想外な言葉を聞いて、オルコットの動きが止まった。

 

「一夏に聞いても何となくそう思ったくらいしか言わなかったけど、オルコットさんと友達になりたいって言ったよ。だからって特に何か行動をするわけじゃなかったから、深い意味はないのかもしれないけど」

「一夏さんが……わたくしを……」

 

 立ったまま、オルコットは下を向いて呆然と呟く。

 俺もいろいろ考えたが、結局よく分からなかった。それなら本人に伝えて考えさせてしまえという話だ。オルコットは一夏に興味ないどころではないので、絶対にその意味を深く探るだろう。

 

「友達だから恋愛方面じゃ全然ないよ。でも一夏がオルコットさんに興味を持っているのは間違いない。模擬戦の後に言った言葉だから模擬戦を戦って何かを感じたのかもしれない」

「……」

 

 今オルコットの頭の中はフル稼働していることだろう。

 

「オルコットさんは他の女子とは違って特別なんだと思うよ」

「そうです!」

「は?」

 

 と、オルコットが答えを見つけたかのように力強い声を上げた。

 さあ何だ?

 

「わたくしは特別なのですから、ありのままの姿で一夏さんに向かっていけばいいのです!」

「あの、何を言っているんでしょうか?」

 

 意味が分からない。選民思想的なこと言い始めた。

 

「もちろん自分が変わる必要があるのであれば喜んでそう致しましょう。ですが、そうでないのであればわたくしは今の自分に対して何ら恥じ入るものはありませんわ」

 

 ここにきて自信満々なオルコットが復活した。

 

「わたくしの母国は常に世界の先頭に立とうという気概を持ち続けて来ました。その血を引くわたくしもそうでありたいと思っています。セシリア・オルコットで駄目なら他のどんな女でも駄目だろうという心意気で、一夏さんに挑戦しますわ!」

 

 拳を握り斜め上を向いたオルコットの姿は気品に溢れ、まさしく貴族という単語が似合う凛々しい姿だった。今にもノーブレス・オブリージュとかその口から出て来そうだ。

 

「そうです、普通の女では一夏さんの側にいられるはずがないのです。世界の先頭に立つ姿、一夫多妻制度をも認めた我が母国の精神を持って、わたくしはこの運命に向かっていこうと決めましたわ!」

「えっ?」

 

 驚きのあまり俺は素で返してしまった。

 決意表明はさておき、まさかこの女の口からその単語が出てくるとは夢にも思わなかった。

 

「あら、ご存知ありませんか? 我が母国は一夫多妻制度を認めている世界で唯一の国ですわよ?」

「いや、それはもちろん知ってるけど……」

「ええ、確かにそれは法律としては形だけのものです。ですが、だからと言って意味がないわけではないのです」

「どういうこと?」

 

 オルコットは微笑んだ。

 確かにイギリスは一夫多妻制を認めたが、その法律は特に夫に対する条件が非常に厳しく、誰もクリアすることのできない事実上形だけのものでしかなかった。ヒモを許さないとかそういう次元ではなく、収入資産人格地位など男に対する要求があまりにも厳し過ぎた。この法律が制定された時、他国はイギリス人とは法律さえ作ればそれだけで安心する民族だと揶揄したものだったし、俺もパフォーマンスにさえならないぞ馬鹿じゃねえのと思った。

 

「法律とはその範囲にいる人を縛るものですが、それは物理的なところだけに留まるものではありません。人の考え方をも縛るのです」

「……?」

「法律が制定され時間が経てば、やがて人はそれを当たり前のことだと思うようになります」

「だから今はあえて形だけにしたんだ」

 

 納得した俺を見てオルコットは誇らしげに笑った。

 

「はい、この法律によって我が国は、男性は複数の女性を妻に持つことができるという考え方を得たのです。今はまだその時ではありませんが、将来そうなっていくのは間違いありませんわ。時が来ればわたくし達は混乱もなく自然とそれを受け入れることができるのでしょうね」

 

 日本やアメリカが最たるものだが、男に対する負の感情は厳しい。感情的であるが故に、少数の男の立場の保護や復権がなかなか進んでいない。

 だから未来を見据えて今のうちにということか。立派な考えだと思うが、今生きている俺や一夏は享受することのできない話だ。

 

 だが同時に、これだろうか、と思った。

 一夏がオルコットの中に見たのは前へ進もうとするその精神だろうか。

 確かに一夏の周りにも俺の周りにも、今のオルコットのような女はいなかった。

 一夏はほんの少し話しただけで感覚的な何かを得て、友達になりたいという言葉が出たのだろうか。

 

「なるほど、よく分かったよ。わざわざ説明ありがとう」

「どう致しまして」

 

 普通なら、オルコットは玉砕パターンまっしぐらだ。自分を押し付けてくる女を一夏は嫌う。

 だが、友達としてとはいえ一夏側に受け入れる姿勢があればどうなるのだろうか。

 友達になりたいという言葉の中にあるのは興味だ。興味とは知りたいということだ。オルコットが一夏に自分を知って欲しいと願い、一夏がオルコットを知りたいと感じた時、それはすごく噛み合うのではないだろうか。

 

 そしてオルコットは俺にとっても重大な言葉を発していた。

 一夫多妻制、すなわちハーレムに理解があるとか、一夏にうってつけどころの話ではない。もちろん俺の考えるハーレムと形は違うだろうが、一夏の周りに複数の女がいることを許容できるというのは何よりのアドバンテージだ。

 この瞬間俺の中で一夏ハーレムメンバー第二号の座が確定した。

 ここだけは慎重に慎重を重ねなければと思っていたので、同じ女性であるオルコットに他の妻達を説得させられる可能性ができたというのは、もうそれだけで大手を広げて迎え入れたい。

 

 ただ目の前のオルコットは一夏に突撃してそのまま爆発してしまいそうな勢いなので、適度に間に入って一夏の抵抗意識をやわらげる必要はありそうだ。

 様子を見て篠ノ之さんと同じようにフォローを入れていくことにしよう。

 

「じゃあ一夏のことで聞きたいことでもあったら言ってね。オルコットさんに限ったことではなくて他の人にも聞かれたら答える程度の話だけど、知らないよりはいいだろうから」

「それは本当に助かりますわ! 何しろわたくしは一夏さんのことをほとんど何も知りませんので」

 

 その人を知って好きになることもあれば知らなくて好きになることもある。

 恋愛感情とは本当に摩訶不思議なものだなと思った。

 


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