1.カモがネギ背負ってやって来た。
カモがネギ背負ってやって来た。
それがセシリア・オルコットに対する俺の感想だ。
生まれの良さそうな縦ロール金髪、釣り上がった気の強そうな目、初対面の相手に対する上から目線の物言い。
嫌になるくらい現代の典型的な女性上位主義者の態度だ。
つまり噛ませ犬にはもってこいだ。
「ちょっと待った、代表候補生って何?」
しかし我らが織斑一夏は、そんなオルコットの自己紹介に対して少しも物怖じしない。それどころか斜め下の返答をしてのけた。
遠巻きに様子を眺めていたクラスメイト達は、もちろん全て女子だが、何言ってんのこいつ? という顔で見ている。
確かに一夏は最初の授業でISについて全く勉強してきていないことが発覚した。だが、だからといって堂々と知らないと言ってのけられるのは一夏の美徳なんだろうかどうなんだろうか。
「し、知らない!? わたくしのことを知らないどころか、代表候補生という単語すら知らない!?」
オルコットもまさかそう返されるとは思っていなかったのだろう。よろめいて額に手を当てる。
一夏はそれを見て軽く引いている。きっとそこまで言われることなのかとでも思っているに違いない。そこまで言われることなのだが知らぬは仏、いつだって無知は強い。
「読んで字の通りじゃないの? 国か何かの代表の候補」
「なるほど! 言われてみれば確かにその通りだ!」
とはいえあまり一夏をバカ呼ばわりはされたくはないので俺は助け船を出す。そんな大げさな反応しなくてもいいと思うが、ここは織斑一夏は素直な人間だと周囲が思ってくれるのを期待することにする。
「もしやそちらの方も知らないのですか? はあ……やはり男性というのは自分の興味ない事柄に対してはまるで見向きもしないのですわね」
オルコットが呆れ混じりにわざとらしくため息をついた。ISに関することなのだから知っていなければまずいと思うが、勝手に納得してくれたのならわざわざ藪をつつくような真似はしない。
「うん、代表候補生については分かった。で、その代表候補生が俺達男子に何の用だ?」
あ、さらっと巻き込まれた。オルコットは一夏しか視界に入っていなかったようなのだが。
「そ、そうです、わたくしは代表候補生で、言わば……そう、エリートなのです。ですからそのエリートであるわたくしがISの操縦について教えてさしあげてもよいのですよ? 何しろわたくしはこのIS学園の入試で唯一教官を倒したほどの腕前ですから」
女性上位主義者がさっそく男にケチつけに来たのかと思ったが、初対面でそこまでするつもりではなかったようだ。
むしろ訓練で実際にボコボコにして嘲笑ってやろうとかそんな感じなのだろう。
男であるというだけで罵倒してくるよりはまだマシだろうか。
個人的にはそっちの方が一夏の今後のためにもありがたかったのだけれど。
「ん? 入試でなら俺も教官倒したぞ、一応」
「はい!?」
一夏の返しに周囲がざわめく。
それはそうだろう。出会って数時間とはいえ、一夏の態度を見ていればたまたまISを動かせただけのど素人にしか見えないのだから。
入試ではISの実技試験があり教官を相手にしてどの程度ISを動かすことができるかを測られた。
大抵の受験生にほとんど初めて触るISで教官に勝つことなど普通は不可能である。
俺は逃げまわった挙句ISのエネルギー切れで終ったし、他の受験生も似たようなものだったに違いない。
もし勝てるとしたらそれなりの操縦経験があるか、あるいは自分専用の優れた機体を持っているか。
代表候補生ということからオルコットは後者、いや両方だろうか。
「そんな……教官を倒せたのはわたくしだけだと……」
「それは女子の中ではってことじゃないか? とはいっても俺も実力で勝ったというよりは結果的にだったけどな」
お、これは好感度高いかもしれない。最初の授業で情けない態度を見せて、一夏の評価が初日から少々下降気味だった。だが、今周囲の女性陣が感心した顔をしている。
自慢の種にしたオルコットに対し、一夏は謙遜して見せた。対比としてどちらが好ましいか態度かは明らかだ。日本人的かもしれないが、少なくともオルコットの力をひけらかして相手をなじる態度よりは断然いいと思う。
そしてこういうことを意識せずナチュラルにやってのけられるのが織斑一夏であり、不意打ちでそうした行為に触れた女はいつの間にか一夏に惚れているのが日常だった。
「な、納得がいきませんわ! 専用機もなしにいったいどうやって……!」
「どうやってと言われても……」
詰め寄るオルコットに困惑しきりな一夏。
素直に言ってやればいいのにと思ったが、相手を慮ったのか一夏は言葉を濁す。
結局オルコットの攻勢は、次の授業のチャイムが鳴り担任である一夏の姉、織斑千冬先生の登場まで続いた。
IS(インフィニット・ストラトス)
天才・篠ノ之束博士が若干十四歳にして開発したマルチフォーム・スーツ。
たった一機で既存の軍隊を相手にできる兵器は世界の軍備のあり方を変えてしまった。
ISがあれば戦車も戦闘機も必要なくなると判明し、軍事費削減の声の下世界各国はこぞって軍備の主力をISに乗り換えるという大変化が起こる。
そしてそれはただでさえ女性中心となっていた世の中において、男性の地位低下に拍車をかけた。ISは女性にしか扱うことができなかったのだ。
元々男という存在は何十年にもわたって人口が減り続けており、今ではもう人口比で三割を下回っている。減るに従って年々社会における活躍の場を失っていた。
そんな折に、男はISを動かすことができない、つまり男は女よりも劣っているのだ、という女性上位論が唱えられるようになり、いよいよ男の地位は地に落ちようとしていた。
そして今や、女性だけで子供を作ることのできる技術があれば男性の存在は不要であろう、とまで言われてしまうようになっている。
ところが織斑一夏はその現状を覆してしまう。
今からほんのニヶ月前、なぜかIS操縦者育成の場であるIS学園の入試会場に迷いこんでしまった一夏は、こともあろうにISを起動させてしまった。
ISは女性にしか扱えないという大前提をひっくり返してしまったのだ。
当然世界中は大混乱に陥り、世界各地で男性のIS適性の検査が一斉に行われる。
そしてわずか三名ではあるが、一夏以外にも男性適合者が見つかる。男性にもISを使える可能性が決定的となったのだ。
だがそれ以上は見つからず、今のところ一夏や俺を含めて世界に四人、男ながらISを動かすことができると言われている。
それが一ヶ月前の話。
男性適合者は各国所属として保護されることとなり、IS適合者であると発覚してしまった俺も日本政府の保護下に置かれるはずだった。
しかしそこで他国の横槍が入る。すなわち、日本が一夏と俺の二人も所属させるのは不平等だという抗議だ。
当然日本政府は発見した国の保護下に置く決まりだと主張するも多勢に無勢、世界中が混乱のさなかにあったこともあり、先に見つかった一夏が日本所属、俺は暫定的にISの大元締め国際IS委員会の預かりとなった。
今後のことは誰にも分からず、俺と一夏はとりあえずとばかりにこのIS学園へ放り込まれて今に至る。
「では授業を始める前にクラスの代表を決めようと思う」
「代表? ああ、オルコットってクラス代表の候補だったんだな」
一夏が笑顔でオルコットの方を振り向くと同時に、一夏の頭へ担任一夏姉の持つ出席簿が縦に振り下ろされた。
一夏の席は教室中央最前列、つまり教師姉の手が届く至近距離。
鈍く重い衝撃音が教室に響き渡る。
「ってえな! 何すんだよ千冬姉!」
「学園では織斑先生と呼べ」
織斑千冬先生、女性としては長身でスーツ姿が凛とした一夏の姉は、鋭く冷ややかに一夏を見下ろした。
対する一夏は相当脳天にきたらしく、本気で痛がっている。本来なら笑い声のひとつでも起こる場面なのだろう。だがあまりに高速の一撃だったためクラスメイトは息を呑み、教室は静まり返っていた。
あれは絶対に喰らいたくない、おそらくこの瞬間みんな心を一つにしたと思う。
「オルコットは母国の代表候補生だ。これから決めるのはこのクラスの代表だ。先程の授業といい無知にも程がある」
織斑先生は顔色一つ変えず吐き捨てる。そこに弟へ対する容赦など一切なかった。いや、もしかしたらこの手の人は人前ではむしろ家族の対して厳しく行くのかもしれない。
「あ、あの、クラスの代表とはどんなことをするんでしょうか?」
勇気を振り絞ったのか、それともこの空気に耐えられなかったのか、少しの間があってクラスメイトの一人がおそるおそる手を上げた。
「すまないな鷹月、無知蒙昧な馬鹿のせいで話がそれてしまった。クラス代表とは要するにクラス委員のことだ。普段はクラスをまとめ、行事のある際はクラスの顔として行動する」
「一般的なクラス委員長のことだと考えてよいでしょうか」
「基本的にはそうだと思ってくれていい。ただし行事の際はクラスの代表として人前に出ることになる。例えば来月にあるリーグマッチだな」
「リーグマッチ?」
学園規模の行事か。一夏IS学園デビューの舞台の予感がする。
「一言で説明すれば今年の新入生のお披露目の場だ。クラスの代表同士がISを着て一対一の模擬戦を行う。一年五クラスの総当り戦だ」
それならばもう一夏を華々しく活躍させるしかない。
「それは責任重大ですね……」
質問した鷹月さんはちょっと嫌そうな顔をしている。普通の学校ならきっと鷹月さんのような人が委員長を努めるのだろうが、IS学園の場合は大分事情が違いそうだ。
躊躇してしまうのも無理はない。
「最低限の意味は理解したな? では決めるとしよう。意見のある者はいるか?」
最低限とかまた地味に気になる言葉を発しながら、織斑先生が教室を見渡す。
横目で見るとクラスメイト達もチラチラと周囲の様子を窺っている。だがすぐに沈黙は破られた。
「はいはーい! 織斑君がいいと思いまーす!」
わりかし能天気な声が教室に響いた。よくやった。
「ほう、相川、その理由は?」
「え? や、やっぱこのクラスには男子がいるから男子の方がいいんじゃないかと……」
ところが最初の威勢はどこへやら、織斑先生に一瞥されただけでその相川さんはひるんでしまったようだ。
できればもうちょっとがんばって欲しかった。それでは俺まで当てはまってしまう。
「わ、私も織斑君がいいかと……」
「私も……」
「だよね! やっぱり織斑君がいいよね! なんたってかっこいいし!」
控えめではあるも周囲の賛同に、相川さんが復活した。
そして次第にその空気が教室に広がっていく。一夏がいいと思っている人、自分がなりたくなくて生贄を差し出そうとしている人が大多数のようだが、数名不満そうな顔をしている人もいるか。
「ちょっと待て! 男なら俺の隣にもいるだろ!」
当然その筆頭は声を荒げる。まあそれはそうだろう。
「でもみんな一夏がいいって言ってるし、一夏がやればいいんじゃないかな」
だがもちろん俺はこの空気に乗る。この際数と勢いで押し切ってしまえ。
「いやいや、俺ISのこと全然分かってないし、さっきの授業でお前の方が勉強してるって分かったし、お前の方が適任だよ智希(ともき)!」
クラス代表などやりたくない一夏はしつこく食い下がる。顔からして本気で嫌がっている。
だが元々一夏しかいないと俺は思っているので引き下がるような真似は当然しない。
「入学してすぐなんだからみんな大して変わらないって。それよりもクラスの代表なんだから、みんなに支持されてる人が出るべきだと思うよ?」
俺はあえて笑顔で返す。必死な一夏、笑顔の俺。学生として空気を読めばどちらに付くべきかは明らかなはずだ。
ちらりと周囲を見てみるともう一夏でいいや的な空気が漂っている。
「そんなことねえよ! クラスの代表なんだから俺みたいな素人を出しちゃダメだろ! ISに詳しいとか人を纏められるとかそういう人がなるべきだろ!?」
元々空気を読まない男だけに流れに逆らうのは得意なようだ。やりたくない一心でらしくない正論を使ってまで反攻を試みるが、残念、もはや大勢は決しているのだ。後はとどめを刺すのみ。
「知識はみんな大差ないし、一夏なら間違いなくみんなを纏められる。何も問題はないね。織斑先生、多数決で決めていいですか?」
織斑先生は眉を上げて俺を見下ろす。相川さんは怯えたが俺は元々知っているのもあり、そこまで怖くはないので真っ直ぐ見返す。いややっぱり怖かった。
「いいだろう、では一応聞くが他に立候補もしくは推薦はいるか?」
「はい! わたくしが!」
間髪入れず声が上がる。こんな場で空気読めないのは誰だと振り向くと、それはオルコットだった。
女性上位主義者がここで出て来たか。
「やる気もない人に押し付けるのはどうかと思いますわ! それに知識ならわたくしは十分にありますし、ISも専用機があります。母国の学校でもリーダーを努めておりました。わたくしの方が適任です!」
まずい、本人やる気だと嫌がる他人に押し付けたくない良識派がそっちに流れてしまう。
「でもこのクラスの一番の特徴は男子がいることだし、クラスの外の人達も気になると思うよ。男子が前に出た方がいいんじゃないかな?」
「だったらお前もそうだよな! はい甲斐田智希を推薦!」
待ってましたとばかりに一夏が手を挙げた。俺に向かってしてやったりの顔をしているが、甘い。どっちでもいいならかっこいい方に投票するのが女という生き物なのだ。ここでわざわざ俺の方に投票する理由などない。
「他にはいないか? では決を取るとしよう。山田先生、黒板に記録をお願いする」
「は、はい。投票用紙を作りますか?」
呼ばれたのは副担任の山田先生。短髪で眼鏡をかけていて、何より抜群に存在感のあるスタイルだ。おそらくこのクラスで織斑先生含めても及ぶ者はいないだろうという次元にある。
であるのだが、朝から今まで喋る時以外は存在感を微塵も感じさせることがなかった。ステルス機能が搭載されているのかそれとも忍者の末裔なのか。自然と周囲を威圧する織斑先生とは実に対称的な姿だと思う。
「いやいい。挙手で決める。この程度でわざわざ無記名にする必要などない」
「了解しました。では正の字で書いていきますね。ええと、織斑一夏……」
「では織斑一夏がいいと思う者」
手を上げつつ周りを見るとパラパラと手が上がっていた。これは、意外と少ない。相川さんは別に声を出さなくていいと思う。
黒板に書かれた正の字は三つもなかった。たったの十三人……このクラスは三十二人だから半数もない。
「ふむ、次にオルコットがいいと思う者」
急いで上がった手の数を数える。よかった、半数はなさそうだ。一夏と同じくらいか。
黒板には正の字二つに三本、十三人か。一夏と並んでしまったようだ。
「最後に甲斐田がいいと思う者」
俺に投票するどっちつかずは誰だと教室を見回す。
威勢よく手を上げている隣は置いておいて、ああ、篠ノ之箒さんか。この人は分からないでもない。
そして他に四人ほどいたが顔を覚えておこう。この人達がキャスティングボートだ。
制服のサイズが合ってなくてやたらと袖余ってる人なんかは特に忘れなさそうだ。
黒板には正の字一つに一本。
「織斑とオルコットが並んだか。さてどうするかな」
「二人の決選投票でいいと思います」
これが通れば勝ちだ。俺に入った票が一票除いて一夏に流れる。
「そんなの納得できませんわ!」
「誰がお前の思惑に乗るか!」
さすがにそれくらいは誰でも分かるか。
「やる気のない方が代表になるのはおかしいですわ!」
「やる気のある奴が代表になればいいじゃないか!」
まずい。このままだと二人の利害が一致してしまう。
「それなら実力で決めるのはどうでしょうか? リーグマッチのこともあるし例えばISの模擬戦でとか?」
二人が気づく前に話をそらす。うまくいけば二人とも乗るはず。
「模擬戦ですか?」
「はあ!? 俺が勝てるわけないだろ!? ……いや、それでいいのか?」
一見、お互いの得になるように見えるが。
「まあ……わたくしが男性ごときに遅れを取るとも思えませんが……」
「そうそう……男ごとき?」
わざわざ煽る必要もなく、あっさりオルコットが引っかかってくれたようだ。
「ええ、ただISを動かせるだけの男性ごときと代表候補生のわたくしでは勝負にすらなりませんし」
「は? いや別に俺が勝てるとは言わないけどそれは言い過ぎじゃないか?」
「はい? 言い過ぎも何も事実ですわ」
「いやいや、やってもいないのに事実とかないだろう?」
勝手にお互いがヒートアップを始める。
周囲はこいつら何やってんのという目で見つめている。
「と言われましても客観的な事実ですわ。わたくしは三ヶ月前から専用機を扱っておりますので、そもそもISに乗って間もない織斑さんと比べられても困りますわね」
「たった三ヶ月じゃねえか。一年二年乗ってるならともかくそこまで差はないだろ」
「たった? はあ……何も知らない相手との会話は疲れますわ」
「エリートだとか威張ってるからどれだけすごいのかと思えばその程度かよ。なんだ、この分なら正直俺でも勝てそうだな」
火に油を注ぐとはきっとこういう状況を言うに違いない。
ふと視界の端で忙しい動きがあるなと目をやると、山田先生が珍しく存在感を出しておろおろと揺らしていた。
対して織斑先生は直立不動で目が超怖い。一夏に対してか、あるいは両方にか。
「はあ!? 言うに事欠いてそのようなことをおっしゃいますの!? いいでしょう。それならはっきりとした現実を持って証明して差し上げましょう。決闘ですわ!」
「上等だ!」
オルコットが一夏を指差し一夏が胸の前で拳を握る。
ドラマのワンシーンみたいだ。
「結論が出たようだな。では模擬戦の勝者がクラスの代表になるものとする。模擬戦は……そうだな、一週間後としよう」
すぐ決めるのかと思いきや意外と先の話だった。とはいえ今からと言われたら引き延ばそうと思っていたので、むしろ好都合だ。
「わたくしはいつでも結構ですわ」
「なんでそんなに先なんだよ千冬姉?」
「織斑先生と呼べ」
再び一夏の頭に出席簿が振り下ろされる。もちろん縦に。
悶絶する一夏、ドン引きのクラスメイト。オルコットも我に返ったようだ。
「織斑に対する救済措置だ。一週間でせめて勝負になる程度には鍛えておけ」
「痛ええええ……! 別に俺は……!」
そこまで差があるのか。だが一夏には。
「まあまあ、そろそろ一夏にも専用機が届くんだしちょうどいいと思うよ」
そう、日本国所属となった一夏には日本の企業からISの一夏専用機が提供されることになっている。
一週間後というのはきっと専用機が届く頃なのだろう。
模擬戦を提案した時点で、俺は専用機のことを考慮に入れていた。
技術では劣っていても最新の機体の性能があれば勝負になると踏んでいたからこその提案だった。
「それもそうか……首洗って待ってろよ」
「それはこちらの台詞ですわ」
二人は不敵に笑い再び火花を散らし合う。
それでひとまずこの場は収まるかに思えたその時。
「ああ、織斑の専用機は早くても二週間後になるだろうからおそらく間に合わない。訓練機の打鉄でも使え」
織斑先生が爆弾を落とした。
「え?」
思わず口からこぼれる。
織斑先生は一瞬口の端を上げた後無表情に戻し、一夏に向かって言い放った。
「何、訓練三ヶ月程度の相手には余裕で勝てるのだろう? それなら多少機体の性能に差があったからといって大した問題ではあるまい」
ああ、一夏は姉の尻尾まで踏んでしまっていたのか。
教師である姉も当然IS乗り。売り言葉に買い言葉だとしても、一夏は初心者の立場でIS訓練者を侮辱してしまっていた。
だから姉ではなく、教師として何も知らず調子に乗っている生徒に現実を見せつけるつもりのようだ。
一週間の間を置いたのは温情、もしくは挑発したオルコットに対するバーター的なものか。
いや、十倍以上の訓練時間の差を実感させるためかもしれない。
何にしても、一夏が著しく不利であることに変わりはなかった。
「ちぇっ、まあいいさ、それでやってやるよ」
分かっているのかいないのか、きっと分かっていないであろう一夏は不承不承頷いた。
オルコットは改めて勝ちを確信したらしく笑顔だ。
これは、どうすれば一夏を勝たせることができるだろうか。
「ああ、そういえば決まるまでクラス代表の代行が必要だな。甲斐田、お前がやれ」
「は?」
不意打ちの指名に反射的に織斑先生を見上げる。模擬戦のことを考えていて完全に虚を突かれてしまった。
「別に大した仕事もない。点呼を取ったりクラスの雑用をする程度だ。一週間程度なのだからそれくらいやれ」
無表情に見えて目の奥が笑っていた。全部お見通しか。模擬戦の提案をした時点で黒幕扱いされても仕方ないと言えばその通りだが。
そして余計なことを言い出した罰が一週間の雑用ということか。
やられた、この人を甘く見ていた。
「返事はどうした?」
「了解しました」
笑顔を作って答える。参りました、でも次は負けませんよという意思表示。
俺がIS学園でやろうとしていることがこの人の意に沿うものではないことは最初から分かっている。
他でもない織斑千冬先生の弟一夏に関する話だ。
織斑先生はこのIS学園で弟の一夏を真っ直ぐに育てようとしているのだろう。
これは慢心以前に何も理解していない一夏をまず谷底へ叩き落として、まず一夏の目を開けるところから始めるつもりだ。
もちろん一夏の人生を長い目で見ればそういう挫折も必要なのかもしれない。
だが俺としては一夏をしょっぱなから躓かせる気など毛頭ない。
それどころか常に階段を登り続けてもらおうとさえ思っている。
では英雄として輝くための第一歩に、まずは織斑一夏にハーレムを実現してもらおうか。