本当は怖すぎる幻想郷 【ホラー短編集】   作:個人宇宙

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文字数:約8,100字


加工屋

 

 

 紅魔館の妖精メイド、ユキにとって十六夜咲夜は完璧なメイドだった。

 この日の朝、ユキは庭の花壇の手入れが終わって、一息ついたところだった。

 

「おはよう」

 

 突然、後ろから声が掛かってきて、ユキは慌てて後ろを向く。やってきたのは紅魔館のメイド長にして、ユキの上司にあたる十六夜咲夜だった。

 

「メ、メイド長! おはようございます」

 

 メモ帳を手に持っていた咲夜は笑顔を浮かべる。

 

「花の状態はどう?」

「順調に育っていると思います」

「どれどれ、なら確かめてみようかしら」

 

 花壇に歩み寄った咲夜は、その場でしゃがみ込んでメモ帳を花壇の縁に置いてから、目の前の花びらに触れる。

 銀色に輝く髪が日差しに当たって、さらに輝いているように見える。

 花を調べ終えた咲夜は、うんうんと納得したように頷いた。

 

「いい感じに育っているね。さすがユキじゃない」

「あ、ありがとうございます」

 

 ユキはぺこりと頭を下げる。

 本来、妖精という種族は細かいことをコツコツとやっていくのは苦手なのだが、ユキにとってはこれくらいの仕事はなんてことなかった。

 庭いじりだけじゃなく、掃除や買い物、洗濯なども無難にこなすことができる。

 ユキは妖精にしては珍しく、地道な作業をこなすことのできる性格の持ち主だった。それ故、紅魔館の妖精メイドの中でも地位は高い。

 

「これが終わったら、ユキは何をするんだっけ」咲夜が問う。

「ええと、館の西の方で掃除をする予定です」

「ああ、あそこね」

 

 すると、咲夜はここでポケットから銀色の時計を取り出す。

 

「ユキ。悪いけど、掃除は後にしてくれないかしら」

「えっ。どうしてですか?」

「実は、今から一時間から二時間くらい別の仕事が入っちゃってね。その間、妖精メイドたちの様子を見れなくなっちゃうのよ。だから、私が戻ってくるまでの間、お願いできないかしら」

「あ、はい。かしこまりました」

 

 相手はこの館のメイド長なので、逆らうことなどできない。

 銀時計をしまうと、咲夜は「じゃあ、お願いね」と言い残して去っていった。

 朝の涼しい風に白髪を揺らしながら、ユキは咲夜の背中を眺める。

 

 十六夜咲夜という人間がこの館のメイド長としてやってきたのは、少し前のことだった。

 少し前とは言っても、妖精であるユキにとっての基準なので、人間の感覚に換算したらそれなりの時間は経過しているのかもしれない。

 

 彼女の仕事ぶりを一言で表すなら、「完璧」の二文字だった。

 掃除、洗濯、買い物といったありとあらゆる仕事をこなし、扱いの難しい個性的な妖精メイドたちを完璧に統括して、紅魔館のメイド長としての地位を確固たるものとしていた。

 当然、主人からの信頼も厚い。

 おまけに戦闘力もかなりのもので、種族は人間のはずなのに、強力な妖怪に匹敵するくらいの力量を備えていた。

 ユキも仕事をする上で咲夜と接する機会は多いのだが、特に彼女の性格や態度に関して不満は抱いていない。

 むしろ、面倒見が良くて頼りになる上司とすら感じてしまう。

 

 しかし――。

 だからこそ、ユキは気になってしまうのだ。

 

 十六夜咲夜という人間が、他の人間に比べてあまりにも完璧すぎるということを。

 ユキも今日まで多くの人間と接してきた。そして、どんな人間にも何かしらの弱点を抱えているということを長い時間をかけて学んだ。

 ユキが慕っていた唯一の人間でさえも、数えきれないほどの弱点を抱えていたが、持ち前の知恵と行動力でそれを補っていたのだ。

 

 弱点のない人間なんていない。

 そう思っていた。

 そう思っていたはずなのに――。

 十六夜咲夜という人間は、それを見事に覆してしまうのだ。

 それはもう、あまりにも出来過ぎて『怖い』と感じてしまうくらいに。

 

 ふと、ユキはここで花壇の縁に置いてあるメモ帳に目が留まった。そういえば、このメモ帳は咲夜が持っていたものだった。

 

「渡さなくっちゃ……」

 

 ユキはメモ帳を手に持つと、急いで咲夜を追いかけた。

 

 ◇

 

 その妖怪の見た目は、人間の少女とあまり変わりはなかった。

 短い黒髪に、灰色のぶかぶかの脚衣。腰の部分には大きな布袋があり、その中から血のついた金属製の道具が多く露出している。上半身は胸にサラシを巻いているだけで、何も着ていない。彼女いわく、服を着てもすぐに人間の血や匂いが染みついてしまうので、いつもこのような格好にしているという。

 

 そして何より目につくのが、彼女の背負っている巨大な棺桶である。

 高さは、咲夜の身長より頭一つ飛び出ているくらいか。

 黒色に染まった棺桶からは、常に鼻をひん曲げてしまうような異臭が放たれており、メイドの咲夜にとって、匂いが移らないようにあまり館に長居してほしくないと思ってしまう。

 

『加工屋』

 

 その妖怪は、自らをそう名乗っている。

 加工屋は館の敷地に入ってくるなり、不健康そうな瞳を咲夜に向けた。

 

「今日もいつものやつでいいのか?」

「ええ、お願いします」咲夜は頭を下げる。

 

 加工屋とのやり取りはすでに何十回と行われているので、今さら細かいことを伝える必要はない。咲夜は加工屋の妖怪と一緒に、館の中へ入った。

 

 やがて、二人は館の奥にある金属製の扉の前で止まった。

 この扉のすぐ横には、館の主人である吸血鬼の親族が居住している地下への階段が続いている。

 加工屋が紅魔館にやってくるのは、その吸血鬼のためであった。

 金属製の扉の鍵を開けて、中に入るなり加工屋は小さく鼻を鳴らした。館の大部分は木で作られているが、この部屋だけは特別に石で作られている。

 

「相変わらず綺麗に掃除してあるんだな」

「ええ。お仕事ですから」

「でも、毎度毎度掃除するのも面倒だと思わないのか? 私がこの部屋で加工するたびに、常に人間の血や汚物で汚れまくっちゃうんだぜ? 私は別に腐臭にまみれた部屋で作業しても構わないんだけどな」

「あなたは感じなくても、ここにいる住人は感じてしまうんです」

 

 咲夜はきっぱりと言った。

 加工屋が帰った後は、いつも何人かのメイドを連れて、大掛かりな部屋の清掃を行っている。そうでもしないと腐臭が漏れて、館の住人たちの機嫌が悪くなってしまうのだ。

 

 加工屋は鼻で笑った後、背負っていた棺桶を部屋の隅に置く。

 その瞬間、どすんと大きな地響きが聞こえてきて、今日もかなりの分量があの中に入っていることが分かる。

 

「それでは、私はこれで失礼させていただきます」

 

 咲夜はそそくさと石の部屋から出る。

 これから、あの部屋で身も凍るような作業が始まるのだろう。

 

 加工屋――。

 それは客が好む味に合わせて、人間の体を加工する仕事を行っている妖怪である。

 

 この幻想郷と呼ばれる世界には、人間を食べる妖怪が多く棲んでいる。

 もちろん、生きた人間を殺害してそのまま人肉に齧り付く妖怪もいるのだが、中にはそれだけでは物足りない妖怪も存在する。

 そんな客の要望に合わせて、存在しているのが『加工屋』という人体加工専門の妖怪である。

 

 そして、あの地下に住んでいる彼女もまた、加工された人間にしかありつけられないのである。

 おそらく加工屋が背負っている棺桶の中には、人間の死体が入っているのだろう。いや、もしかしたら人間の特定の器官だけを詰め込んでいる可能性だってあるのかもしれない。

 咲夜はあの棺桶の中身を未だに見ていないのだ。

 いや、あえて見ないようにしてると言ったほうが正しいかもしれない。咲夜もこの件については、加工屋と手伝いの妖精メイドに任せているのだ。

 

 咲夜は食事の準備のために、いったん調理場へ向かう。

 この館の主人は吸血鬼にも関わらず、太陽が出ている時間帯に起床する。主人が目覚めるまで、急いで食事の準備をしなくてはならないのだ。

 

 調理場に到着すると、そこには加工済みの鶏肉があった。どうやら、担当の妖精メイドがちゃんと準備をしてくれたようだ。包丁を握ってしばらくの間、その鶏肉を眺める。

 

 ――所詮、人間が牛肉や鶏肉を加工することと同じなのかもね。

 

 そう思いながら、咲夜は鶏肉を食べやすい大きさに切り分けていく。

 外の世界では食物連鎖の頂点に立っている人間だが、この世界では妖怪たちが人間より上の位置に立っているのだ。人間と妖怪。種族は違えど、食べることに関しての本質的な部分は同じなのかもしれない。

 

 半分ほど切り終えた時、「メイド長」と覇気のない声が聞こえてきた。

 振り向くと、眼鏡を掛けた妖精メイドと加工屋の妖怪が一緒にやってきた。

 

「どうしたの」咲夜は訝しげに問う。

 

「面倒なことが起こった」代わりに口を開いたのは加工屋だった。「地下のお客様の様子を見ていた妖精メイドから急な伝言を受けてな。内容を簡潔に言うと、いつもの加工したものじゃ嫌だから新しいものを作ってくれってごねたらしい」

 

 加工屋は、面倒臭そうに自分の短髪を掻いた。

 

「そうなるとこっちも困るんだよ。今日もいつもの材料しか持ってこなかったから、急にそんな要望を受けても作れっこないんだよ」

「それは困りましたね……。何か良い方法はないんですか?」

「まあ、新しい材料があれば問題ないんだけどさ」

 

 咲夜は一瞬、嫌な予感がした。

 

「新しい材料とは?」

「とぼけんなよ。人間の死体だよ。この館に新鮮な死体はないのか?」

 

 咲夜はいったん包丁を置いて、小さく息を吐く。

 

「そんなもの、ここにありません」

「吸血鬼の館なんだから、一人や二人くらいあるだろ」

「ありません。私のご主人様は綺麗好きなのです」

「ふーん。今どき珍しい吸血鬼もいるもんだな。まあ、それはいいとして――。死体が無いとなると、地下のお客様の要望に応えられなくなってしまうな」

 

 すると、隣にいた眼鏡を掛けた妖精メイド――ナツがぴくんと体を震わせた。

 

「メイド長。どうにかできないんですか……」

 

 ナツが嘆くのも無理はなかった。

 地下の彼女の面倒を見ているのはナツであり、彼女の機嫌が悪くなると、たちまち憂さ晴らしに殺されてしまうからである。

 そもそも、妖精は死ぬことはないのですぐに生き返るのだが、ナツにとって何度も殺されるのはたまったものではないだろう。妖精にも人間ほど敏感ではないが、五感はちゃんと備わっているのだ。

 

「なあ、メイドさん」

 

 ここで加工屋が、不敵な笑みを浮かべる。

 

「メイドさんは、殺しは得意な方か?」

「……最近はやっていませんが、得意な方だと思います」

「なら、好都合だ。今から一緒に新しい材料を調達しに行かないか?」

 

 咲夜は目を瞬かせる。

 

「今からですか?」

「こうなった以上、仕方ないだろ。この近くにいる人間を見つけてメイドさんがサッと仕留めちまえば、それで問題解決だ。私は人間を加工することは得意だが、殺しは苦手な方でな。私がやるよりかは、メイドさんにやらせた方が確実だろ」

 

 この瞬間、咲夜は頭の中でこれからのことを考える。

 自分がいなくなった場合、館の仕事はどう振り分ければいいのか。人間の死体をどう調達すればいいのか。加工屋が仕事を完了するまで、どれくらいの時間が掛かるのだろうか。地下の彼女を待たせてしまうことになるが、我慢できるのだろうか――。

 

「ナツ」

 

 妖精メイドはびくんと反応する。

 

「一時間か二時間くらい、妹様の説得はできる?」

「それくらいでしたら……」

「なら決まりね」

 

 決断した咲夜は懐に隠してあったナイフを握る。

 

「標的は人里の人間ですか?」

「いや、人里の人間は殺してはいけない決まりになっているんだ」

「じゃあ、どうすればいいんですか」

「簡単だ。人里に住んでいない人間をやればいい」

「人里以外の人間? そんな奴がそう簡単に――」

 

 その瞬間、加工屋は咲夜の顔に手を突き出す。

 

「待て。今、この近くに人間の気配を感じた」

「気配?」

「しかも、人里に住んでいない人間の気配だ。この気配からして、おそらく外の世界からやってきたばかりの人間だろうな。ちょうど良い」

 

 うんうんと納得したように頷く加工屋に、咲夜は疑問を抱かずにいられなかった。

 

「どうしてそんなあっさり断言できるんですか」

 

 咲夜の問いに、加工屋は笑い声をあげた。

 

「ああ、そうか。まだメイドさんには話してなかったな。私は『人間の居場所を知る程度の能力』を持っているんだ。その気になれば、何十里も離れたところにいる人間の居場所をすぐに察知することができるんだ。でも、さっきも言ったけど戦闘力は通常の人間並だから、実際の殺しはメイドさんに任せることにするよ」

 

 ※

 

 その人間は、川岸に座って、ぼんやりと川を眺めていた。

 年齢は三十代くらいか。男性で着物を着ていないことから、間違いなく外の世界からやってきた人間だろう。その目は虚ろで、生気が全く感じられなかった。

 咲夜と加工屋は、男性から少し離れた巨木に隠れながら様子をうかがう。

 

「全く微動だにしませんね」と咲夜。

「何の前触れもなく、いきなりこの世界に連れてこられたんだろうな。何が何だか分からずに放心状態になっちまうのも無理ないさ」

 

 加工屋は咲夜に視線を移す。

 やれ、と言っているようだった。

 

 咲夜は、無言で懐に隠してあったナイフを手に持つ。

 人間を殺害すること自体、そんなに罪悪感は感じない。そもそもあの吸血鬼の館に入るまで、多くの人間を殺害してきたのだ。

 

「そのナイフでやるのか」

「ええ」

「久々の殺しらしいが、ちゃんとできるのか?」

「ええ。館に来てからは、単に人間を殺す機会が無かっただけです」

 

 たかが一人の人間とはいえ、やるからには一気に仕留めるつもりだ。

 咲夜はいったん呼吸を整えてから、能力を発動をさせる。

 

 ――その瞬間、周囲の時間が停止した。

 いや、厳密には自分以外の時間の流れが非常に遅くなったと言うべきか。

 今、咲夜の目の前に落下している木の葉も、傍目からだと止まっているように見えるが、実はごくわずかにだが落下しているのだ。

 

『時間を操る程度の能力』

 

 それが咲夜の能力であった。今、この世界で動けるのは自分自身しかいない。

 咲夜は駆け足で、川岸に座っている男の前までやって来る。

 

 そして持っていたナイフで、何のためらいもなくその首を一刀切断した。しかし、それで男の首がびっくり箱のように飛び跳ねることはない。男にとっての時間はまだ一秒も経っていないので、首に大きな切り傷ができただけだった。

 咲夜は持ってきた布でナイフの血を拭ってから、悠々と加工屋のいる木へと戻る。

 

「造作もないわね」

 

 時間を戻した直後、背後で花火のように赤い鮮血が舞った。

 

 ※

 

「さすが吸血鬼の館にいるメイドと言うべきか……。攻撃が全く見えなかったぜ」

 

 息絶えた男を見下ろしながら、加工屋が感心するように言う。

 生きたまま首を一刀両断したこともあり、辺りは血の海になっていた。

 

「さて、早速やらないとな」

 

 そう言って加工屋は腰の布袋から、ペンチらしき道具を取り出す。

 これには咲夜も大きく目を見開かせた。

 

「ここでやるんですか」

「当たり前だろ。死体を丸ごと館に持っていくよりかは、ここで不要な部分を捨てて、加工に必要な部分だけを持っていった方が手っ取り早いだろ」

「しかし、ここですと……」

「ここらへんは誰かが通りかかるような場所でもねえし、近くに川があるから不要な部分は適当に流しておけばいい。別に心配することじゃ――」

 

 加工屋はここで言葉を止めると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほど。そういうことか」

 

 加工屋は納得したように頷くと、男の首を持つ。

 

「ちょっと訊くが、メイドさんはあの館にやってきてどれくらいなんだ?」

「半年ほどですが」

「へーっ。まだそれくらいしか経っていないのか」

「それが、どうかしましたか?」

 

 かちかち、と彼女は道具の状態を確認する。

 

「吸血鬼の館に入った奴が、人間を加工することを恐れてどうするんだ」

 

 咲夜は表情を固める。

 

「部外者の私が口出しするのもおかしい気がするけど、お前さんは吸血鬼の館のメイドなんだろ? いくらお前さんが人間だとはいえ、吸血鬼の館に入ったのなら、人間としての価値観や倫理観はとっとと捨てちまった方がいいぜ。こんな人間を加工する程度で怖くなるんだったら、お前さんはすぐに吸血鬼の館から追い出されるだろうよ」

 

 咲夜は唇を噛む。悔しいが、彼女の言う通りだった。

 人間を殺すこと自体はもう慣れたものだが、人間を加工する場面になると、どうしても怖気づいてしまうのだ。あれは人間を殺すこととは全く違う――別次元の話なのだ。

 

「どうした? 嫌だったら先に戻っててもいいんだぜ」

 

 しかし、咲夜は動かない。

 少し体が震えてしまっているが、動くわけにはいかない。今は試練の時なのだ。

 

「戻らないのか?」

「……ええ。結構です」

 

 やや声が上ずってしまったが、何とか答えられた。

 

「ということは、このまま見るってことでいいんだな」

「ええ」

 

 すると、加工屋は笑みを浮かべた。

 

「つまり、お前さんにとって、今日が人間をやめる第一歩になるわけだ」

 

 そして、持っていたペンチらしき道具を構える。

 

「さて。加工する前に、まずは必要な材料を取り出さなくっちゃな」

 

 直後、加工屋はスパナらしき道具を男の左の眼球に突っ込ませる。

 ぐじゅっ、と得体の知れない音が響く。

 そして、ぐりぐりと道具を動かしてから、その眼球を一気にくり抜いた。すでに多くの血が外に出ていることもあり、そこまで血は流れていないようだった。

 続いて、加工屋は右の眼球も左と同様にくり抜く。

 興奮しているのか、加工屋の頬がどんどん赤く染まっていくのが分かった。

 

「さーて、目が終わったら次は脳だ。人間の脳は加工に必要な材料が多くあるんだ」

 

 そして、加工屋は実に見事な動作で頭の皮、頭蓋骨を切除していく。そして今度は鉄の棒らしきものを取り出して、脳味噌をぐりぐり動かして取り出していく。

 その一連の動作を、咲夜はただ呆然と見つめることしかできなかった。

 

 ◇

 

 来客として館に訪れた加工屋は、咲夜の姿を確認すると手を挙げた。

 

「よう。今日もいつものやつを持ってきたぜ」

「ありがとうございます」

 

 加工屋の背中には、いつものように巨大な棺桶がある。

 そして、このまま館の中へ案内しようとした時だった。

 

「メイド長!」

 

 声を掛けられたので振り向くと、ユキが慌てた素振りで咲夜の方にやってきた。その手にはいつも自分が使っているメモ帳が握られている。

 咲夜はすぐに花壇に忘れたことを思い出した。

 

「ああー。ごめんね、つい忘れちゃって。ありがとね」

「いえ……。それでは、失礼します」

 

 咲夜と加工屋に丁寧に頭を下げて、ユキは館の西の方に向かっていった。

 

「他の妖精メイドと違って、だいぶ礼儀正しいな」感心するように加工屋が言う。

「能力はありませんが、あれが彼女の取り柄ですので」

 

 そして、咲夜は加工屋を館の中へと招き入れる。

 いつものように館の奥にある石の部屋に案内してから、加工屋はその棺桶を床に置く。相変わらず棺桶からはひどい腐臭が放たれているが、さすがにもう慣れてしまった。

 そして、咲夜は何食わぬ顔でその棺桶に手を伸ばそうとした時だった。

 

「初めてお前に加工を教えてから、どれくらい経ったっけ?」

 

 咲夜は手を止めて、加工屋に目を合わせる。

 あの時から、加工屋の不健康そうな目や容姿は全く変わっていない。しかし、昔と比べて自分に対する口調が少し柔らかくなったような気がする。

 

「三年か……四年。詳しいことは忘れてしまいましたね」

「しかし、最初の頃はびくびくしながら私が加工しているところを見ていただけなのに、今では立派に自分一人でできるようになってるからな。本当に恐ろしい奴だぜ」

 

 咲夜は微笑む。

 

「でも、人間の加工くらいできないと、吸血鬼の館から追い出されるって言ったのは、あなたじゃないですか。だから、私も覚悟を決めたのですよ」

「あれは半分冗談で言ったんだ。もし、お前さんが加工技術を身に着けてしまったら、私の立場が無くなっちまうだろ」

 

 加工屋は悔しそうに頭を掻く。

 

「まあ、結果論としてそうなっちまったわけだが」

「いえいえ。あなたが人間の部品を持ってきてくれて、私も大変助かっています。ここ最近は館のお仕事で手一杯で、材料を調達する時間がないんですよ」

「お前さんにとっては、私は『加工屋』じゃなくて、もはや単なる『調達屋』に過ぎないな」

「これからもどうぞよろしくお願いしますね」

 

 そう言って、咲夜は棺桶の中を開ける。

 

 ――さて、今日もしっかりとお仕事をしなくちゃね。

 

 桶の中に並べられた大量の人間の部品を眺めながら、咲夜はナイフを握った。

 

 


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