焔の海兵さん奮戦記   作:むん

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第18話 赤犬子飼いの男

遠くで金属を叩く耳障りな音がする。

 ぼんやり聞いていて、目覚ましのベルかとようやく気づく。

 と、言うことは朝か。もう起きなければ。仕事に行く準備をしなければ。

 横になったまま気怠い身体を呻きながら伸ばす。上に向かって伸ばした手と、伸ばした足が、微妙に弾力があって生暖かいものに当たった。

 うへ、気持ち悪い。一体なんなんだ。

 しょぼしょぼする目で見上げる。ドレークの顔面に伸ばした手が乗っかっていた。

 ゆっくりと足下に目をやる。スモーカーの脇腹を伸ばした足が蹴っていた。

 

 なに、この状況。

 

 寝起きの頭が状況を理解できず、クエスチョンマークを飛ばしまくる。とにかく身体を起こし、辺りを見回してみた。

 あれ、ここ俺のアパートの部屋じゃなくて、ドレークの部屋だ。何度か夕飯をたかりに行ったから覚えがある。

 すぐ側にあったローテーブルの上を見る。酒の瓶が何本か転がり、少し飲み残された酒が入ったグラスと、食い散らかされたチータラの袋が放置されていた。

 ここでようやく昨日の晩のことを思い出す。そういや居酒屋で飲んだ後、ヒナを彼女の部屋まで送って、飲み足りないからドレークの部屋で宅飲みしてたんだったか。

 どうやらこの状況は、だらだら話しながら飲んでいる内に全員寝落ちたみたいだ。

 今日も仕事、それも朝イチで臨時召集された任務の事前会議があるってのに、俺たち何やってんだろう。

 先日、シャボンディ諸島における特殊要人護衛任務とやらを命じられた。

 要は天竜人の護衛だと思う。各部隊から若手海兵を集めて行くらしく、俺だけでなくドレークとスモーカーも同じ命令を受けている。たぶん軍の抱えるアンタッチャブルを教え込むためものなのだろうと思う。

 今日はそれに関する準備会議があるんだ。部隊メンバーの顔合わせと当日の配置の打ち合わせ、それからシャボンディ諸島での諸注意をするんだろう。

 正直あの理不尽な島には行きたくないが、上官に行けと言われたら行かなきゃならないのがこの仕事。今日の会議もできれば出たくないが、きちんと出て話を聞いておかなきゃならない。

 家にいったん帰る隙はあるだろうかと考えつつドレークのデカイ図体を跨ぎ、窓際で喚いている目覚まし時計を止めに行く。

 ブルブル震えながらベルを鳴らす目覚まし時計のスイッチをオフにする。

 さて、今は何時かな?

 

 

「へ?」

 

 

 長針と短針が示す時刻を見た途端、俺の口から間抜けた声が零れ落ちてきた。

 目を擦ってみる。しかし時計の盤面の針たちは、変わらず同じ場所をさしている。

 長針は右斜め上、二の数字の上。短針は左斜め下、八の数字の上。

 ただいまの時刻、午前八時十分。そして、例の朝イチの会議の開始時刻は、午前九時ジャスト。

 うん、これ、あ、あはは、はは、は……。

 

「ドレークーッ、スモーカーッ! おき、起きろォォォォォォ!!」

 

 俺の絶叫が近所迷惑を顧みず、狭いワンルームに響き渡る。そしてそこから三十分間、ドレークの部屋が阿鼻叫喚の激戦区と化したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「なんでスモーカーもドレークも起きなかったんだ!」

 

 俺の悲鳴が本部の廊下に木霊する。

 俺、スモーカー、ドレークの三人は人目も気にせず、会議室を目指して廊下を全力疾走中。

 廊下は静かに歩きましょう? そんなルール、ぶっちぎり無視だ。

 

「うるせェッ! 俺らが起きないなら、てめェが起きりゃよかったんだろうが!!」

「起きたわ! 真っ先に起きて、お前を起こしてやったのは、この私だ!!」

「じゃあもっと早く起きろ、役に立たねェ奴だな、お前ッ」

「なん、だと!?」

「お前ら、喧嘩してる暇があるなら、もっと、足を動かせ、速く走れ! 遅刻するぞ!?」

 

 ギャンギャン吠え合う俺とスモーカーに、息を上げながらドレークが仲裁する。

 遅れると社会人的にシャレにならないのはもちろんだが、任務のための臨時部隊の副隊長に就いているリーヴィス少佐の怒りが恐ろしい。あの人ネチネチした説教で精神攻撃してくるんだもん。すごく怖い。

 それに今回の俺たちを率いる隊長が赤犬派の人らしい。シラヌイ大佐という、原作に出ていない人だ。

 そのシラヌイ大佐とやらがどんな人かは良く知らないが、あの堅物揃いで妥協を許さない人間が多い、赤犬派だ。

 寝坊で遅刻しましたなんて、許してもらえるはずがない。それどころかもの凄い懲罰を食らわせられる可能性も大きい。

 絶対に遅れたくない。というか、遅れられない。

 

「くそッ、今何時だ!?」

 

 先頭を走るスモーカーが叫ぶ。

 

「八時五十五分!」

「……ねェ」

 

 腕時計を見ながらドレークが叫び返した。三人分の呼吸音がうるさい。

 

「間に合うか!?」

「……ってば」

 

 あと五分か。会議室までここから確か、走って四分のはずだ、ってなんか聞こえた?

 

「たぶん!」

「……っと……ねぇ……」

「よし、急ぐぞ、ドレーク、ロイ!!」

 

 またなんか聞こえた気もするが、多分風を切っている音だ。ギリギリ剃じゃないくらいの速度で走っている。風を切る音なんか聞こえて当然だ。

 

「ああ!」

「間に合えェェェ!!」

 

 スモーカーの声に応じてドレークと俺も叫ぶ。もうランナーズ・ハイ状態だ。

 

 

「ねぇちょっと君たちっ、待ってってばぁーっ!」

 

 

 唐突に、耳元で誰かの声が聞こえた。

 

「ッ!!」

「うわぁあ!?」

「えぇッ!?」

 

 同時に目の前が揺らぐ。ガクン、と一瞬で膝の力が抜かれる。勢いあまって足がもつれ、俺は前のめりに転んでしまった。

 な、何だ今の!? 慌てて顔を上げると、前を走っていたスモーカーも、並んで走っていたドレークも、俺と同じように廊下に転がっていた。

 どっちも何が起きたのかわからないって感じだ。目を真ん丸にしている。

 

「よかった、ようやく止まってくれたぁ~」

 

 のほほんとした声がした。さっきの声だ。

 三人一斉に振り返ると、いつの間にか廊下を知らない将校がテクテクこっちに歩いてきていた。

 三十代くらいの男の人で、俺と同じくらいの背丈。温厚そうな作りの顔に、ホッとしたような表情を乗せている。誰だろ? 見たことのない人だ。

 ぽかんとしている内に、その将校は俺たちの目の前まで来た。

 濃い灰色のくしゃくしゃした髪を掻きながら、いまだに地面に座り込んだ俺たちを覗き込むようにしてひょこっと身を屈める。

 

「ねえ、君たち。第二十六会議室って何処か知らないかな?」

「は?」

 

 第二十六会議室? それって今、俺たちが向かおうとしていた会議室だ。この人も今回の任務に参加する人なのか?

 困惑した俺たちの視線を集めながら、彼はもっと困ったように眉を下げる。

 

「僕ね、そこである会議に参加しなきゃならないんだけどね。迷子になっちゃって困ってるんだ」

「はあ……」

「急いでるとこに覇気なんか当ててごめんよ。でもどう行けばいいか教えてほしかったんだ」

 

 え、さっきの覇気だったのか!?

 どうか教えてくれないかな、と情けない調子で頭を下げたその人を、思わずまじまじと見てしまう。

 今の覇気って、効果的に覇王色だったよな。意識を一瞬揺さぶられたし、心臓もまだ少し飛び跳ねさせられている。少し前にガープ中将が使ったのに居合わせた時の感覚と同じだし、間違いなく覇王色の覇気だろう。

 そんな大層なもん使えるってことは、確実に本部の上級将校だと思う。なのに迷子で遅刻って、いったいこの人、何者だ。

 ますますわけがわからなくなってしまう。

 

「第二十六会議室でしたら、今我々も行こうとしていた場所ですので、ご案内させていただきますが」

「あれ、そうだったのかい? よかった、よろしく頼むよ!」

 

 困惑気味のドレークの申し出に、その人は悲しそうな雰囲気をぱっと一変させ、嬉しそうな雰囲気になる。感情がストレートに出る人なのだろう。

 ぽやぽやとした笑顔を浮かべている彼を見て、俺たちは脱力しかけてしまった。

 

「あの、ですが、会議の時間の方が、もう」

 

 そんな彼に対して、ドレークは申し訳なさそうに腕時計を示す。

 時計の針は、午前九時一分を示していた。念のため俺も懐中時計を確認するが、やはりドレークの時計と同じ時間を表示していた。

 

「うわあ、遅刻だ……」

 

 リーヴィス少佐に、まだ見ぬシラヌイ大佐に絞られる。終わった、と憂鬱な未来を想像してがっくり肩を落とす。

 ドレークの腕時計を見ていたその人も、あちゃーといった感じに髪を掻き回している。

 暢気なその様子に、俺もスモーカーも苛立った視線を送ってしまう。一応この人の方が階級は上なんだろうが、こんな調子の人じゃどうしたってイラッときてしまう。

 どうしてくれるんだよ、あんたのせいで遅刻だぞ。

 

「困ったな。遅刻、だねえ」

「はい」

「仕方ないね。できるだけ早く行って、一緒に謝ろっか」

 

 謝るって、あんた。そんな軽く謝ろうかで済む問題じゃないだろう。

 俺たちの目に不審そうな色が浮かんでいるのに気付いたのか、彼はにっこり笑って見せた。

 

「僕と一緒ならリーヴィス少佐もそんなに怒らないって。どうせ僕が行かないと会議は始まらないし、大丈夫さ」

「へ? それは、どういう?」

「僕が今回の任務の指揮官だからだよ」

 

 今日は晴れているね、とでも言うみたいに軽い調子で彼の口から告げられた言葉に、思わず耳を疑う。

 ドレークもスモーカーも同じみたいだ。きょとんとした顔をして、ぽやんとした彼の笑顔を見返していた。

 

「……もしかして貴方が、シラヌイ大佐で、いらっしゃいますか?」

「うん、僕がシラヌイだよ。はじめまして、かな?」

 

 目が点になるってこういうことか。今、初めて知った。

 

 

 

 

□□□□□□□□

 

 

 

 

 会議室に掛かる時計を見上げる。

 午前九時十五分。

 会議の開始時刻は、十五分前のはずだったよな?

 

「リーヴィス少佐、あの」

 

 俺の近くの席に座っていた中尉がおずおずと声を掛けてくる。

 うっかり今の気分そのままの目のままそっちを向くと、幾つか悲鳴が上がった。

 

「悪りィな、みんな。大佐が来るまで、もう少し待ってくれよ」

 

 できるかぎり穏やかに聞こえるような声で、会議室にいる奴らに言ってやる。

 本当にすまないが、今回の任務の最高責任者がいないと、話しにならないのだから。

 しかし、まあ、やっぱりあの人やらかしてくれたもんだ。

 俺が昨日の晩に伝電虫でくどいくらい明日の会議開始時刻と開催場所を言って聞かせ、メモまで取らせたっていうのに、どうして遅刻しているんだ。

 初っ端からこんな有様とか、予想通りとはいえ不安を煽り立てられてしんどくなってきた。

 一体赤犬派は何を考えて、シラヌイ大佐をこの任務の指揮官に推した。腹が立って仕方がなくて、脳裏に浮かべた赤犬のオッサンを始めとする赤犬派の面々に罵声を浴びせてみる。

 確かに、シラヌイ大佐といえば非常に有能な海軍将校として有名だ。

 生粋の赤犬大将子飼いの将校で、赤犬のオッサン一番の右腕で、天才としか形容しようがないレベルの覇気の使い手。

 だからといって赤犬派によくいる頑固な脳筋ではなく、柔軟性に富んだ参謀タイプで、ひとたび戦場に出れば卓越した計略をもってオッサンの望む通りに勝利を絡め取ってくる。

 同じ参謀タイプの俺としても、戦場に立つあの人は畏敬の念を抱かざるを得ない名参謀。それがシラヌイ大佐だ。そこは紛れもない事実だよ。

 だがな、あの人が戦場以外じゃパッとしないドジな人だってのいうも紛れもない事実だろうが!!

 見知ったはずの本部で迷子、ぼんやりして軍艦から海に落ちる、処理した書類の束にお茶をぶちまける、大砲をぶつかった拍子に建物に向けて誤爆、などなどシラヌイ大佐は日常的にとにかくドジを踏む。

 しかも本人が真面目に真剣に取り組めば取り組むほどそういう結果そうなるのだから、かわいそうでもう目も当てられない。

 おかげで付いた渾名が『昼行燈』。

 戦場という夜闇ではこれでもかと輝き活躍する代わりに、平時という日中では役に立たないどころか邪魔になお荷物という、まことに不名誉すぎる渾名であることは言うまでもない。

 ここまでマイナスな渾名の付いた海兵は、シラヌイ大佐以外に俺は知らない。

 で、だな。この際はっきり言おう。シラヌイ大佐は平時のこんな任務に向かない人だと。

 今回の任務は厄介な天竜人相手だ。シラヌイ大佐がいつもの調子で下手にドジったら、絶対目も当てられねェ結果になる可能性すらある。

 そこんとこわかりきっているはずなのに赤犬派が彼を指揮官の席に押し込んだのは、青雉派への対抗心が勝ったが故なのだろう。

 いくらシラヌイ大佐がモモンガ大佐に功績で張れて、かつ他の赤犬派の連中より物のわかった柔らかい人柄だとしても、他に選択肢がなかったのか。

 もしかして、本当になかったのだろうか。だとしたら、ちょっと赤犬派が哀れな気もする。

 

 つか、遅刻といえばドレーク君たちもなんでか来てねェな。九時になる前から会議室を見回しても、目立つ橙・黒・白の三色頭トリオが見当たらないのだが。

 真面目な奴らだから遅刻とか無断欠勤なんてやらかすはずないし、シラヌイ大佐と違って本部内で迷子になるようなことはありえん。どんな時だってきっちり出勤してくるのが常だ。

 一体どうしたんだろう。まさか、道中でシラヌイ大佐に遭遇して一緒に遅刻する羽目にとか。

 まさかないな、と頭を振ったところで、扉を遠慮がちに開く音が静かすぎる会議室にやたらと大きく響いた。

 

「いやあ、遅れてごめんね」

 

 中にいた全員が一斉に扉の方を向く。扉の影から、シラヌイ大佐が申し訳なさそうな顔を覗かせていた。

 ようやく来たか。深いため息を漏らしそうになる。まあこの人にしちゃ三十分以内の遅れなんか早い内に入るし、一時間遅れなかっただけマシだと自分に言い聞かせておく。

 

「お待ちしておりましたよ、大佐。どうぞ早くこちらに」

 

 努めて冷静に笑顔を作って、とっとと入れ会議始めるぞと言外に言ってやる。

 

「うん、わかったよ。さ、君たちも入ろう。リーヴィス少佐、怒ってないみたいだよ」

 

 ん、君たちって連れでもいるのか?

 扉の影に向かって大佐が声を掛けている。しかし俺が怒ってないって、マジでそう思ってんのか。キレたくてもキレられないの堪えてるだけだぞ、こん畜生!

 扉の影の奴らも一体どこのどいつだ。場合に寄っちゃ会議の後で絞ってやるわ。煮えくり返りかけの腹を抱えながら、扉の方を睨む。

 

「失礼します……遅れて、すみません……」

 

 嘘だぁ……。

 ホッとした様子の大佐に続いて扉の向こうから、聞くからに青ざめた尻すぼみの謝罪と一緒に現れたのは、真新しい正義コートを纏う若い尉官三人。

 真っ青な顔をしたオレンジ頭の優等生と、表情をどっかに落としてきたみたいな黒髪のチビと、仏頂面を隠そうともしない白髪頭の不良。

 ……ドレーク君、ロイ君、スモーカー君じゃあないですか。

 え、さっきの予想通りなわけ? マジでシラヌイ大佐に捕まって一緒に遅刻したのか!?

 

「た、大佐、彼らは?」

 

 とりあえず、事実確認。する必要ないかもしれないが、しないと俺の心が落ち着かない。

 

「ああ、道に迷ってるとこで出会ったんだ。それで一緒に会議室まで来てくれたんだよ、優しい子たちだよねえ」

 

 ねー、とぽやーんとした柔らかな笑顔を青から白に顔色を変えつつあるドレーク君に向けて、大佐は一人嬉しそうにしている。

 怒ってますよね、と泣きそうな目でロイ君がこっちを見てきたが、もうなんだかしんどくなって目を逸らしてしまった。スモーカー君のこの変人どうにかしろと言うような疲れ切った視線も当然無視だ。

 すまん。遅刻は怒らないでやるから、そんな目で見るな。この人に巻き込まれた自分の不運を恨んでくれ。頼むから。

 

「……さ、会議、始めましょーかねー……」

 

 ねえボガード、俺もう帰りたいよ。

 

 

 

 

 カサカサという紙の擦れる音が止むのを見計らって、口を開く。

 

「はい、じゃあみんな手元に資料はありますねー? 部数は一人三部ずつ。赤、青、黄の表紙だ」

 

 会議室全体を見回す。誰も足りない、余っているなどの不備を報告して来ない。これでようやく会議が始められる。

 コホンと一つ咳払い。ゆっくり息を吸い込み、話し出す。

 

「では来月の特殊要人護衛任務の事前準備会議、第一回目を始めたいと思います。

 本日の会議は、部隊構成員の顔合わせと任務概要の説明が主となります。業務の詳細や注意事項の説明などは、それぞれあと三回開く予定の事前会議の中で行いますのでよろしく」

 

 ここでいったん言葉を切る。ちら、と隣に座ったシラヌイ大佐を窺がうと、いつでもどうぞというふうに頷かれた。

 

「それでは、今回の任務において結成される臨時部隊の構成員を確認していきます。まずは指揮官、シラヌイ大佐です」

 

 ゆったりと大佐は立ち上がり、緩く笑いながらふわりと敬礼をして見せる。

 

「指揮官を務めます、シラヌイです。短期間だけれど、どうぞよろしく」

 

 ザッと全員が答礼をする。が、大佐に向けられる視線はあんまり芳しくない。大丈夫かこの人が指揮官で、といった不安感がありありと感じられる。

 あんな姿見せられた直後だから仕方ないか。大佐の方も申し訳なさそうに苦笑して、席に着いた。

 続いては副指揮官、俺の紹介だ。

 

「次に副指揮官を務めますのは、小官、リーヴィス少佐であります。皆さんひとつよろしく」

 

 敬礼に対して全員から答礼をもらう。なんか俺に集まる視線が縋るようだ。

 気持ちはわかるが若者たちよ、そんなあからさまにアンタが頼りって目を向けるんじゃない。こういう時は頼りなさそうでも、大佐を立ててあげてくれ。

 内心溜め息を連発しつつ、名簿の順に部隊構成員を紹介していく。佐官二名に尉官十三名、総勢十五名の紹介はそれなりの時間が掛かった。

 途中大佐に率いられて遅刻したドレーク君たちに何とも言えない視線が集まるなんてこともあったけど、まあ一応つつがなく済んだからよしとしようか。

 

「さて、部隊構成員全員の顔がわかったところで、今回の任務概要と軽い注意事項の通達に移ります」

 

 赤い表紙の冊子の一ページを開くように指示をする。

 

「今回の任務は、簡単に言うと要人護衛任務です。ただし、今回は通常のものとは少々違う」

 

 机の上に開いたページに、目を落とす。面倒な任務地と、護衛対象が変わらずそこに踊っていた。

 何度やらされても、嫌な気分しかしないそれらを口に乗せる。

 

「任務地は、シャボンディ諸島。護衛対象は、天竜人の姫君お二人。職業安定所へ使用人を探しに赴かれる行き帰りの道中の安全確保が、我々の主な任務になります」

 

 ざわり、と初めて天竜人の護衛に参加する若い奴らがざわめいた。歴史や時たま新聞で耳にする程度の雲上人の護衛なんて、青天の霹靂といったとこか。

 隣の奴と顔を見合わせている奴ら、興奮気味の面持ちで話の続きを待つ奴らがほとんどの中、ロイ君だけはなんだか様子が違う。

 ほんの僅かに嫌そうな気配をその表情の奥に見せている。しかも職業安定所、いわゆるヒューマンショップの下りで、すこし眉を顰めた。もしかして、天竜人の護衛任務について多少は知っているのか?

 意外だな。こういうのを正義でキラキラした若い奴らはよく知らないのが多いってのに、どこから知ったんだか。不思議にと思いつつ、話しを続ける。

 

「天竜人の方々は、知っての通り普通の王侯貴族とまったく違う人たちだ。護衛をするにあたっては、いくつも特殊な注意すべき点があります」

 

 まだ少しざわついている奴らを見回す。高揚感というか、誇らしそうな雰囲気が漂い始めている。

 高貴な人々を守ることに価値を見出しているんだろうか。かわいそうだがお前ら、生憎そんな価値なんて何の役に立たない。

 ここにきて、気分の重さに耐えきれず深く溜め息を吐き出す。

 

「耳かっぽじってよーく聞けよ。まず今から言うことは絶対遵守すること、これ鉄則です。さもなければ……」

 

 

 死ぬぜ。

 

 

 しん、と会議室の空気が一気に冷える中、ロイ君だけはやっぱりと苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 

 

 


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