第210話
第一印象はお互いマイナスだろう。彼は最初、私を敵だと疑った……種明かしもしたし、彼の望み通りに距離も置いた。
私は……
当たり前だが最初から敵意を持つ相手に好意的にはなれない。私の霊能力「自動書記」は嘘。
本当は五十嵐家15代当主の五十嵐初音(いがらしはつね)様の霊が教えてくれる。
彼女は生前から未来予知能力が有った。幼い時に初音様の位牌に触った時に同調?して彼女が見えて話もする事が出来る様になれたの。
だけど良い事ばかりじゃなかった。いや、良い事の方が少なかった。
私は自分(と初音様)の力を良い様に他人に使われない為に、対象を指定出来ない受け身の自動書記と嘘をついた。
初音様も理解してくれて関係の薄い事や、全く関係の無い和歌とかも教えてくれるので、それを書き連ねる事で何とか誤魔化せている。
初音様の予知によれば、亀宮一族は今代で過去最高の隆盛を振るうそうだ。
具体的には加茂宮を飲み込むらしい。御三家の一角を飲み込む事の中心的な人物が榎本さん。
既に現当主である加茂宮一子が、自ら彼の取り込みに動いている。
初音様の予知は大筋しか分からないらしいが、加茂宮は衰退し、その勢力圏が亀宮の物となるらしい。
彼が亀宮様と結ばれるかは不明らしいが、二人共に生き残るそうだ。
つまり榎本さんは亀宮一族の隆盛に貢献し、長く我々と共にあるのだろう。
そんな重要な相手に対しての初顔合わせは大失敗だったわね。
私は、私達に取り入ろう利用しようと言う連中の目に曝されている為か知らない人が怖いし、人付き合いも決して上手くない。
いや苦手な方だと思う。そんな私が熊みたいな男性と仲良く話せとか無理よ。
事前に風巻姉妹に聞いたけど、初めて会った時は恐かった。
巌つい顔に筋肉隆々の大きな体で手に持つコカ・コーラの缶がヤクルトジョワみたいに見えた。
彼女達があんなにも彼に懐いたのが不思議でならないが、懐まで入り込まないと扱いは悪いのだろう。
自分の行動を反省しつつ自由席車両からグリーン車両まで移動する。
流石にグリーン車両は空いていて快適なのに、何故榎本さんはわざわざ自由席車両に乗るのだろうか?
若宮を通じての支払いは累計で既に二千万円を超えている筈だし、殆ど必要経費が無いと聞いている。
ケチじゃないのは風巻姉妹に自腹でブランドバッグやボーナスを出しているとか……
民間の個人事務所は大変なんだなと、別の意味で感心しながら列車内を歩いてグリーン車両まで移動した。
中に入ると五十嵐一族から遣わされた私の護衛兼監視役の二人が中央付近にボックスに座席を変えて座っていた。
勿論、男二人が並び私は一人で座る。私の隣の席も乗車券とグリーン車券は買ってあるので知らない人が隣に座る事はない。
座席に座り改めて前を見れば、私が人間不信になる原因を作った人達。
現当主のお祖母様直属、立場上は配下なのに私の命令を聞かない連中が……
「どうでしたか?野良犬の様子は?」
「全く亀宮一族に外部の血を入れようなどと……今代の亀宮様は何を考えているのやら。困りますな」
現当主非難を堂々とする二人に溜め息をつく……こんな連中でも五十嵐一族では上位の実力者。
勿論、私単体では勝てないが命や貞操は初音様が護ってくれる。彼等は自分の息子達を私の寝所に呼び込んだ。
どうせ物にしてしまえば言う事を聞かせ易いと考えたのだろう。
まだ榎本さんの方が男女関係では信用出来る。桜岡霞と言う恋人の為に亀宮様の分かり易い求愛を拒んでいるのだ。
見た目は同程度、地位も権力も財産も天と地程の開きが有るのに、彼女の為に亀宮様を拒めるのは愛情故にだと思う。
正直、桜岡霞が羨ましいが彼が欲しい訳じゃない。そこまで一途に思われている事が羨ましい。
出来れば榎本さんには五十嵐一族と懇意にして欲しいと内部で意見が統一されているのだが……取り入ろうとしている相手を野良犬呼ばわりじゃ無理。
私の代になったら彼等は首にしたいが、私個人に忠誠を誓う連中は少ないのよね。
「楠木、土井。榎本さんは私達の事を察知してましたよ。新横浜駅で二人、品川駅で一人乗って来たと。
私の自動書記でも五十嵐一族総出でも勝てないと書かれてます。最悪は亀宮様も嬉々として一緒に敵対すると……
誰が聞いているか、もしかしたら私達の会話すら聞かれているかも分かりません。言葉を慎みなさい」
初音様曰く榎本さんには古代の神の一柱クラスの『ナニ』かが憑いているらしい。
神の加護持ちみたいな人なの。神は加護を与えた者に仇なす相手に容赦はしない。
単体でも強力な術者なのに神の加護まで持ってるなんて反則だわ。逆に強力な術者だからこそ、神も加護を与えたのかしら?
しかし二人共に凄く不貞腐れた顔ね。
「しかしですな、由緒有る霊能の大家で有る亀宮一族にですぞ。何処の馬の骨とも分からぬ男を迎え入れるなどと……」
何故でしょう、まともな連中も居るのにお祖母様はこんな連中を取り巻きにするのでしょうか?本当に面倒臭いわね。
「その貴き血の方々が亀様に認められない程に力が弱いからです。楠木、土井……
念を押しますが榎本さんの前で、その様な口の聞き方をすれば私は貴方達を切り捨てますよ。それ程の実力差が有るのです」
だが私は初音様から未来を聞いて知っている。彼等が榎本さんに無礼を働く事を。そして彼が穏便に済まさない事も。
初音様が怯えて私から離れる位の相手なのだから、敵対すれば五十嵐一族はお終い。
一族の存続の為に私は彼に何が出来るだろうか?
◇◇◇◇◇◇
『胡蝶さん、今の話をどう思う?』
一応名乗りはしたし該当する名前の家が亀宮一族に居るのも知っている。だが本人だと確証も無いのに信じる程、僕は素直じゃない。
『ふむ、自動書記か……嘘だろうな。死人が未来を知る訳がなかろう。
だが降りる霊が未来を見れるならば可能だ。何人か居たぞ、予知夢や先読みの出来る者が』
自動書記、体に霊を降ろして何かを書かせる。御霊降ろし、体に力有る存在を降ろし力を借りる。
似ているが上記はトランス状態で一方通行なら下記は胡蝶や亀ちゃんみたいに対話出来る可能性が有る。
仏教系は未来を知る仏様も居るし、人間だって本物の預言者や予知夢の持ち主は居たから不可能じゃない。
『つまり胡蝶さんは彼女には強力な神か霊が憑いてると?』
『あの女から強い霊の気配を感じた。我等よりも格段に劣るから神でなく人間の霊が憑いてるぞ』
人間の霊……つまりは預言者か予知夢持ちの霊か。
『だけど何故、自動書記なんて嘘を?亀宮一族は良くも悪くも実力主義じゃん。僕等が良い例だよね。一族外の人間を組織の上位に据えるんだから』
御隠居衆の次席とかNo.12とか迷惑でしかない。僕は静かに……ああ、そうか。
彼女は自分と自分に取り憑く霊を守る為に、敢えて不完全な自動書記としてるのかな?
未来を知る人間なんて、権力者がどんな事をしても欲しがるだろうし。
『確かにな。過去に存在した預言者や予知夢持ちは大抵の場合、不自然な死や行方不明になっておる。自衛の為に能力を偽っているのだろう』
彼女も大変なんだな……御隠居の婆さんにメールで確認しようと思ったが保留にするか。
予知出来るなら胡蝶の事も知ってるかも知れないが、僕等の立場と力を知って敵対するとも思えない。
精々が恩を売る為に情報を小出しにするだろう。
試練、三つ、最初は黒……
先入観は禁物だが、取り入る為に嘘は教えない。勿論、彼女が敵の可能性も忘れないけどね。
◇◇◇◇◇◇
JR仙台駅は東北地方の玄関口だ。未だ震災の傷痕も多く、在来線が休線となり代替バスが運行している。
新幹線改札を抜けて駅コンコースに出ると両脇に沢山の土産コーナーが並んでいる。
笹蒲鉾・ずんだ餅・各種漬物や伊達政宗関連のお菓子……結衣ちゃんからは、お土産に萩の月を頼まれている。
暫し駅構内で佇んでいると五十嵐さんとオッサン二人が近付いて来た。距離を置くと言ったのは犬飼一族に会いに行く時だけなのかな?
僕の目の前まで近付き、上目遣いに挨拶をしてきた。
「何かをお探しですか?」
無理に笑う為か表情がぎこちない。少なくとも彼女は僕との関係を良い方に持っていきたいのだろう。
「また会いましたね……」
社交辞令用の胡散臭い笑みを張り付ける。
「ええ、榎本さんは犬飼一族の所に直ぐ行かないのですか?」
互いに節度を持ったフレンドリーさで話し掛ける。彼女に敵対心が無いのは表情・仕草・口調で分かる。
逆に後ろのオッサン二人の態度が悪い。妙な笑顔に合わせない視線、会話する気もなさそうだ。
「其方の二人はお供かい?」
話題を振ってチラリと視線を送るが、目を合わせてもくれないな。殆ど無視かい……
「はい、一族の者で私の護衛兼監視役ですわ」
五十嵐さんの言葉にピクッと反応し少し嫌な顔をしたな。目に霊力を込めてオッサン二人を見る……
『胡蝶さん、あのオッサン二人だけど護衛役が勤まるのかな?それ程の強さを感じないよ』
『む、そうだな。並みよりマシだが、美味くはなさそうだ。監視役の方が大切なんだろ?』
監視役か……彼女は次期当主と言われながらも、現当主から良く思われてないのかな?
「護衛にしては力が……いや、その五十嵐さんも苦労してるんだね。犬飼一族との用事が済んだら連絡するよ。じゃ、頑張って!」
他人の事情に首を突っ込むのも悪いから、絡まずに別れる事にする。どの道今日は行かないから……
「まぁ待って下さいな。折角同じ亀宮の傘下なのですからな。我等も同行して差し上げましょうぞ」
「ふむ、致し方ないが良かろう。案内して頂こうかの」
今迄完全無視な上に視線すら合わせなかった癖に、一緒に行ってやる?
何故だろう、東日本一帯を束ねる亀宮家に連なる一族の割りには能力が低過ぎるだろう。
五十嵐さんの慌てた表情と仕草を見るに碌でもない連中かな?亀宮一族って、こんな連中ばかりなのか?
いや、風巻姉妹に滝沢さん、御手洗達も居るからな。僕に突っ掛かる連中が低能で、足切りの為に利用されてるとか?
「いえ、犬飼一族に呼ばれているのは僕だけですからご遠慮願います。それは五十嵐さんも納得している。
その決定を覆せる程、貴方達は序列が高いのかな?」
亀宮一族の序列12番目の僕より高い筈は無いだろう。凄い嫌な顔で睨むが、本物のヤクザを知っている僕からすれば可愛いものだ。
「随分と調子に乗ってますな。足元を掬われても知りませぬぞ」
「我等五十嵐一族に逆らえば、どうなるか分からぬ程に愚かではないのだろ?」
ああ、やっぱり御隠居の婆さん達は、僕に一族の膿を全部出させる気だな。だが、せめて次期当主の五十嵐さんには教えてやれよ。
彼女、顔面蒼白じゃないか。多分だが御隠居衆だけが動いて自分達の派閥の膿をぶつけてくるんだろう。
それを知らない彼女の慌て振りは哀れでしかないし、あの表情が芝居でなければ、彼女に憑いてる霊も其処まで強力でも任意に未来を見る事も出来ないのか?
本当に御隠居の婆さんとは帰ったら話し合わないと駄目だね。五十嵐さんを苛める訳にもいかないか……
「別に敵対の意志は無いですが、其処まで嫌われていると素直にはなれませんね。
次期当主たる五十嵐さんと話はついているので、良く内部で話し合っては?では、五十嵐さん。またね」
軽く笑いかけてから立ち去る。これで次に何かしてきたら……
『我が喰えば良いのだな?全く美食家を気取る我に脂ぎった中年を喰えとはな。我は不機嫌だ!』
『はいはい、勿論お礼はしますよ。仙台付近には古戦場も多いから観光がてら行きますか』
亀宮さんの派閥に入ったのは僕の保身の為だからな。この手の煩わしい事は本来は僕が対処しなければ駄目なんだ。
胡蝶の手を煩わすならば、何かで報いないとね。