榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第207話

第207話

 

 結衣ちゃんに、仕事上の女性関係について笑顔で質問が来た。一子様の自宅訪問に気付いて、その他も気になりだしたのだろうか?

 何故か僕の職場は不本意だが女性、それも育ち過ぎた美女ばかりなんだよね。

 もっともっと若い娘と仕事をしたいのだが、命懸けの職場に子供が居る訳がない。

 

 他人が聞いたら贅沢な悩みだぜ……

 

『黄昏ている時に悪いがな、正明。加茂宮の当主が真っ直ぐ向かってくるぞ。

我も此処まで近付かれるまで感知出来なかったが、我々は監視されていたのか?』

 

 胡蝶の感じる方向を見詰める。

 

『何故だ?胡蝶が500m以内まで感知出来ないって事は……霊能力者じゃない探偵か何かだろうか?しかし今はマズい』

 

 結衣ちゃんとデート中に他勢力のトップと会うなんて、禄な事にならない。

 しかも順番待ちで移動出来ないし、移動するには理由を話さなければ疑われる。

 最悪の場合、折角軟化し始めた亀宮の連中との関係が悪化する。

 

『胡蝶さん、後どの位で見えるかな?』

 

『む、残りの距離は300m位だな。そろそろ右側の通りから出てくるのが見えるだろう。他に霊能力者は居ない、あの女だけだ』

 

 右側の通り……中華街の中から、コッチが方向は何となく分かるだけなのに向こうは場所を特定して近付いてくる。

 尾行していたなら後から近付いてくると思ったが、進行方向から来るなら違うのか?見えた、相変わらずのゴージャス美人だな。

 通行人が振り返って見直す美人なんて中々居ないだろう。

 

「正明さん、どうしました?真剣な顔をして?お腹が空き過ぎましたか?」

 

 確かに僕は大食いだが、真剣な顔が空腹に耐えているって結衣ちゃんも案外お茶目さんだな。

 

「ああ、さっき話した一子様が近付いてくる。尾行されたかな?」

 

 人混みの一方を凝視していれば怪しむだろう。だが、いきなり遭遇よりは事前に知ってる方が良いだろう。

 通行人の視線を集め捲るゴージャス美人が目の前に現れた。コマンドが有るなら「にげる」を選択したいね。

 

「こんにちは、榎本さん。それと細波さんかしら?」

 

 周りの無遠慮な視線がウザいな。結衣ちゃんの肩を抱いて引き寄せ僕の顔を見せない様にしてから周りの連中に強めの視線を送る。

 周りの連中が此方を伺うのを止めるのを確認してから、一子様と視線を合わせる。

 

「こんにちは、一子様。今日は観光ですか?」

 

 このタイミングで偶然は有り得ないのだが、証拠も無いので一応聞いてみる。

 

「警戒されたかしら?私は別に貴方達に何かしようとは思ってないわ。少しお話がしたいだけだし……」

 

 無回答は肯定と思って良いのだろう。話の内容によっては、結衣ちゃんを同席させたのはマズいかな?

 結衣ちゃんに一子様に対して同情や共感を植え付けられたらマズい。

 

「神奈川県は亀宮の縄張りですし、関西を拠点とする加茂宮が出張っては不味くないですか?余り騒ぎになるのは、お互いの為に……」

 

「お次のお客様は何名様ですか?」

 

 大事は話の途中で店員に割り込まれてしまった。全く空気を読めよな……

 

「僕等は……」

 

「三人よ、禁煙席にして下さる?」

 

 一子様に微笑まれて店員がワタワタとしているが、一緒にご飯を食べるのか?結衣ちゃんを見れば、きょとんとしている。

 

「正明さん、一緒に食事をするのですか?もしお仕事の話なら、私は帰りましょうか?」

 

 聞き分けの良い彼女だから、こんな展開は十分予測出来た。でも結衣ちゃんを帰して一子様と二人で食事なんてお断りだ!

 

「結衣ちゃんって呼んで良いかしら?堅苦しい話じゃないのよ。

先の仕事でお世話になったから、お礼よ。ごめんなさいね、デートの邪魔をしてしまって」

 

 ぐっ、凄い優しい笑みだ……その気になれば同性も誘惑出来るテクニックが有りそうだな。しかも僕とデートなんて、今まで誰も言わなかった。

 

「いえ、そんな事は……その、前のお仕事はどんな感じだったのですか?」

 

 政治家の先生の不始末の尻拭いと徐福伝説の真相を隠蔽しました!不老不死の泉と欲に負けた連中を始末しました!何て事は言えない。

 

 そもそも守秘義務が……

 

「そうね……私の配下の失敗の面倒を見てくれた、かしら。ごめんなさいね、詳細は教えられないの。

私達には守秘義務が有るから。だからお礼を兼ねて奢るわよ」

 

 悪戯っぽく言われたら、同行を拒否出来ない。あの貸しをラーメンでチャラは辛いんですけど?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 美女と美少女に野獣。

 

 店の中は異様な緊張感に包まれている。だが全く動じずにラーメンを啜れるとは……

 

「あら、意外にサッパリして美味しいわね」

 

「此処は海鮮で出汁を取り塩味をベースに縮れ細麺で……」

 

 美女と美少女が仲良く会話をして、巌つい筋肉が大人しくラーメンを食べている。

 確かに結衣ちゃんお薦めだけあり、縮れ細麺がアッサリした塩味のスープに絡まり美味しい。

 シャキシャキの野菜や貝柱、それに海老や烏賊と具も豊富だ。だが、どう見ても僕は彼女達のガードマンです、有り難う御座居ます。

 

「でも榎本さんも悪い人ね。こんなに可愛い恋人が居るのに亀宮さんや桜岡さんにフラフラして。結衣ちゃんもハッキリ言わないと取られちゃうわよ」

 

「いや、僕は亀宮さんとは……」

 

 対外的には僕は桜岡さんと付き合っていると公言してしまった。それは亀宮一族の中だけだが、情報として調べられたかもしれない。

 だから言葉を濁すしかないが、それをこの場で結衣ちゃんに教えなくても良いだろう。一子様を睨むが、視線すら合わせてくれない。

 

「そんな、私達は未だ……」

 

 真っ赤になって俯く結衣ちゃん?初々しいが未だって可能性は有りなの?

 

「ふふふ、私には分かるのよ。榎本さんも結衣ちゃんを見る目が恋人を見る目と一緒よ、本当に妬けちゃうわ」

 

 何ですと?まさかついに現れた理解者が敵対する派閥のトップだと?流石は略奪愛の一子だ!

 男女の機微には詳しいんだな。だが、今の段階で一子様に弱みを見せるのは……

 

「わっ、私、トイレに行って来ます」

 

 僕と目が合うと真っ赤になって急に立ち上がり、そそくさとトイレに行ってしまった。

 

「ふふふ、榎本さん悪い人ね。周りを騙すなんて……私もさっき報告を聞いて、この目で確かめるまで半信半疑だったわ」

 

 先程迄の優しい目じゃない、キツい眼差し。やはりロリコンをネタに僕を脅す気なんだな。

 

「いや、騙しては……」

 

「亀宮の御隠居達が守りの亀宮、攻めの榎本。攻守共に揃った我々が御三家のトップだとか言い触らしているのにね」

 

 御隠居め、僕を派閥争いに巻き込むなって言ってあるのに……

 だが所詮は噂話だから証拠も無いし、わざわざ噂の元を探しても尻尾切りで終わりだな。

 

「御隠居様にも困りましたね。僕は派閥争いには関わり合いになりたくないのです」

 

 何故か一子様が悲しい顔をしたが……

 

 派閥争いの件で共食い争いの事を言い辛くなったからか?急に顔を近付けて真剣な目で僕を見詰める。

 周りに聞こえない程の小さな声で……

 

「攻撃力特化、その筋肉隆々の外見と伴って皆騙されているわ。貴方の本当の力は攻撃力じゃない。

勿論、呪術士の一団の呪咀を跳ね返す呪術防御も凄いけれど本当の力は別物ね」

 

「何を言ってるのですか、一子様?」

 

 僕と結衣ちゃんの年の差恋愛話じゃないの?

 

「榎本さんの本当の力は探査探知能力よ。正直に話すとね、私の配下の連中に遠距離から望遠鏡で監視させてたの。

流石の貴方も感知出来なかったかしら?携帯電話で私に貴方の現在位置を報告しながら監視していた配下から、リアルタイムで聞いたわ。

私が貴方に向かって歩きだした時に、正確に未だ見えない私の方を厳しい目で見ていたって。そして私が視認出来るまで視線を逸らさなかった。

榎本さん、貴方は霊能力者か特定の人物かは分からないけど自身を中心に500m圏内なら感知出来るわね?」

 

 流石だ……確かに僕(胡蝶)は500m以内なら霊能力者を感知出来る。

 

 一般人に望遠鏡で監視されていたのは気付けないが、それが霊能力者や呪術的な物ならば……

 

「偶々ですよ、偶然です……それに望遠鏡を使って迄の監視とは気に入りませんよ」

 

「監視本来の意味は私と貴方が接触した事を他の勢力に気付かれない為によ。まさか、貴方の本当の能力を知る羽目になるとは……榎本さん?」

 

「何ですか?」

 

 此処で本題だな、協力要請か?

 

「私の敵にだけはならないで下さい。では結衣ちゃんに宜しく」

 

 凄くアッサリと引き下がるが、席を立つ彼女を呼び止める。僕には確認しなければ駄目な事が有るから……

 

「先程の結衣ちゃんの件だけど、その……」

 

 一子様はフッと優しい顔をして

 

「あの娘が榎本さんを異性として好きなのは確かよ。貴方は彼女を慈(いつく)しむ目で見ていたわね。

義理とは言え愛娘に異性として好かれて驚いたかしら?では、また会いましょう」

 

 颯爽と席を去る彼女を今度は呼び止められなかった……普段から気を付けていた結衣ちゃんをイヤらしい目で見ない事が、一子様にも通用したなんて。

 

 敵にだけはならないで……これは深い意味を持つ言葉だ。

 

 散々僕を引っ掻き回して、それでも彼女の事を気になる様に去るとはね。やはり彼女は一筋縄にはいかない相手だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 欲しい、どうしても欲しい。何としても私に跪かせたい男だ。私達当主陣と遜色ない力を持つ稀有な存在。

 最初は、その攻撃力とタフネスさ、呪術的な防御力を狙っていたのに。

 

 まさか感知する能力まで持っているなんて!

 

 彼は対霊能力者戦で絶対に必要な駒になるのは間違いない。

 目を掛けていた二子の存在を感じなくなって、五郎や七郎まで同じく存在を感じなくなった。

 誰か他の連中に既に喰われた可能性も有る。直接的な攻撃力の乏しい私には、強力な手足となる駒が必要。

 場合によっては亀宮や桜岡から彼を奪って私のモノにしようとしたが……あの少女の存在が脅威なのよ。

 

 榎本さん、あの娘に対して慈しむ目で見ていた。義理の娘とは聞いていたが、我が子の様に慈しむ目で……

 

 人間には幾つかの愛情の種類が有るけど家族愛、特に子供に対する親の愛情は強固なの。

 親が子を子が親を殺す時代だけれど、そうじゃ無い場合には男女の情欲を操り迫る私には勝ち目は無い。

 

 親の愛とは自分を犠牲にしても子に与える無償の愛だから……

 

 私達が実の父親から与えられなかった愛を独り占めにする、あの娘が私は憎い。

 だけど結衣ちゃんに危害を加えたら、あの男は夜叉にもなるだろう。

 唯一の付け入る隙は、彼女が榎本さんに対して異性としての感情を持っている事ね。

 榎本さんと彼女が結ばれれば、親の愛が恋人への愛に変わる。

 ならば付け入る隙も有るけれど、あんなに慈しむ目をしてちゃ望みは薄いわ。

 既に私の弟妹達は独自の協力者と共に行動を初めている。

 

 一子の名を継いだ私には数多く配下も居れば準備も怠っていない。

 

 この争い、他の二家が介入しなければ私が勝ち残る確率は高い。でも私の勝利を確実なモノにするには、もう一手欲しい。

 

「亀宮に彼を貸せって言っても無理ね。あの亀女、彼に依存しているからどんな好条件を付けても無理だわ。

伊集院の蛇女は弱みを見せれば喰い付いてくる。そこに交渉の余地は無いし……」

 

 やはり榎本さんを取り込むしかない。

 あの蛇女も榎本さんには軟化した態度だったから、上手く彼を使えば伊集院一族が問答無用で加茂宮を攻めてはこない。

 でも私の瞳術も聞かないし色香にも靡かない。お金や権力にも興味が薄いのは亀宮一族での彼の関わり方を知れば分かる。

 

「あの堅物に一番異性として近いのは桜岡霞だわ。幸い関西巫女連合は私寄りだから、彼女を絡めて攻めましょう」

 

 もし、もしも大食いが榎本さんの琴線に触れて桜岡霞が今の位置を手に入れたのなら私は無理だわ。でも何時以来かしら?

 

 こんなにも異性の事で悩むなんて、榎本さんも罪作りな男よね?

 


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