第205話
亀宮一族での僕の噂が女好きのオッサンになってると言われた。
しかも愛人扱いされた姉妹は笑ってるし……普通は否定するだろ?
「浮気は男の甲斐性らしいですよ?」
「そうです、靴下を履かないオッサンは浮気は文化とか言ってましたよ」
何故、自分が僕の愛人扱いなのに笑ってられるんだ?普通は嫌じゃないのか?姉妹揃ってだぞ、姉妹丼だぞ!
それにどこの俳優だよ、そんな根拠も無い無秩序文化なんて嫌だ。少なくとも結衣ちゃんは亀宮一族とは会わせない。
悪意有る噂を聞かれたら、今まで築き上げた「優しく頼れるお兄さん」像が木っ端微塵になるのは間違いない。
「ふふふふふ、くっくっく……佐和さん美乃さん、黒幕が見付かったら内緒で教えてね。
僕からのお礼もしたいからさ。懇切丁寧にミッチリと手間隙掛けてね。約束だよ……」
悪意には悪意を!
「僕の人格を否定する噂をバラ撒くなら、お前の社会的地位を失墜させてやる。人間としての尊厳を全てぶっ壊してやるぜ……」
「「榎本さん、本音が駄々漏れしてるよ!」」
ん?本音?無意識に呟いてしまったかな?
大袈裟なゼスチャーでドン引きアピールをしているが、二人共器用だよね。
「まぁ良いじゃん。そんな悪い噂を流す奴は一ヶ月位トイレに籠もって下痢と嘔吐で苦しめば良いんだよ。
僕は気にしないから平気だって……
さて仕事の話に戻ろうか。先ずはピェール邸の事を調べて欲しい。誰が何時建てたのか?
誰が住んで居たのか、また引っ越した後はどうなったか?
それを調べたら、ピェール邸の建つ前が同じ様にどうだったか?
洋館と住んでいた人を洗い出して欲しい。これは美乃さんかな?」
最初に問題点を二つ言った時に建物については美乃さんが答えていた。佐和さんは対人交渉に長け美乃さんは調査を得意としている。
「はいはーい、やった!堂々と仕事で山手と元町巡りが出来る」
「ズルいです、榎本さん。美乃ばっかり美味しいじゃないですか?」
適材適所なんだけど、年頃の娘達には怪しい男を調べるより美味しいお店が有る方が嬉しいよな。一応だけど高梨修はイケメンだぞ?
「人を調べるのは佐和さんの方が得意だからね。適材適所だよ。
美乃さんもだけど、ピェール夫妻には亀宮が調べはじめた事を知られちゃ駄目だよ。
高梨修の思惑が分かる迄は無用な接触は不可だ。期間は一週間、次は昼食でも食べながら聞こうかな。
横浜そごうにね、竹葉亭って美味しい鰻屋が有るんだ。個室を取るから食べながら中間報告を聞くよ」
鰻は前回の仕事で食べたけど、正確にはひつまぶしだから鰻丼じゃない。
「「やった!鰻なんて久し振りです」」
彼女達に一週間も与えれば、相当細かく調べてくれるだろう。
「では私は高梨修を調べます。幼少時代から現在まで、趣味・嗜好品・対人関係・仕事内容とか、前に岩泉氏の事を調べたのと同じですよね?」
「それで良いよ。僕はセントクレア教会に探りを入れてみるよ。
場合によってはメリッサ様と一緒に調べる事になるかも知れないけど、まぁ臨機応変に頑張るよ。
あの柳の婆さんの思惑も知りたいからさ。わざわざ僕と亀宮を巻き込んだ事には、必ず何かしらの意味が有る筈だ。
それを知っておかないと、最悪の場合に柳の婆さんに嵌められかねない。基本的に、僕は柳の婆さんは信用してないんだ……」
クリスマスとかの手伝いで何度かセントクレア教会を訪ねたが、何時も不在だったりして会えなかった。
まぁ意図的に避けられていたんだよね。それが急に会う事が出来て仕事を頼まれ、しかも若宮のご隠居とも繋がっていた。
胡蝶に脅され僕を警戒していたにしては、至極あっさり仕事を頼むなんて怪しいと思わないか?
メリッサ様は僕と柳の婆さんの仲を取り持つ為に仕事を頼んだと思っている。だが、あの婆さんがそんなに甘いとは思えない。
「御隠居様の事ですから、何か考えが有るのでは?メリッサ様は亀宮様の唯一の喧嘩友達ですから、悪い様には……」
「私達は柳さんと直接の面識は有りません。ですが若い頃は御隠居様と良きライバルだったそうです。
ただ得意技が火炙(ひあぶ)りだか浄火(じょうか)だか物騒だった様な……」
やっぱり火炙りギャハハーだったんだ!
「はい、アウト!基本的に悪人じゃないかも知れないけど、僕等を何かに利用するつもりかもね。
まぁ疑ったらキリがないから、この話は此処でお終い。君達も他の人には内緒だよ、でも怪しい事が有れば教えてね」
話し終えた頃を見計らってか、使用人さんが三時のオヤツを持ってきてくれた。
お土産のシュークリームとホットレモンティーだ。甘いシュークリームに酸味のレモンティーの組み合わせは流石だ。
風巻姉妹には二個ずつ、僕には六個。食べるの大好きな彼女達は量は食べないので、数で喧嘩にはならない。
嗚呼、桜岡さんとのフードバトルが懐かしい。
一度、結衣ちゃんを連れて会いに行こうかな……
◇◇◇◇◇◇
「じゃ、宜しくね!」
そう言って打ち合わせを終え、榎本さんは帰って言った。シュークリーム六個を五分で完食して……
「姉さん、噂の張本人の事を榎本さんに教えるの?」
口の端にクリームを付けて美乃が聞いてくる。普通は自分達位のペースだろうが、一個を一口で食べれば直ぐに終わるわよね。
「うーん、言えないかな。腹下しの術は亀宮一族で有名じゃない。仕返しの犯人が彼だと直ぐに分かってしまう。
それでは亀宮一族の中で何時迄も浮いた存在よ」
「亀宮様の想い人で当主以外で亀様にお願い出来るのよ。今更じゃない?」
今の榎本さんは、亀宮一族の中では異質な存在だ。有能なのは間違いない……亀宮でも有力氏族である山名一族を一人で壊滅させたのだ。
誰一人殺してはいないが奴等のプライドはガタガタ、逆恨みでもしないとやってられないだろう。
少し調べたけど今回の噂も嫉妬から来た些細なモノだったけど、御隠居様が煽っていた。
多分だけど御隠居様とお母様の思惑は、山名一族をダシに不穏分子を一掃するつもりだと思う。
榎本さんは用心深い様で意外に単純だから、不穏分子の恨みを一身に背負わされてしまうわ。
「姉さん、どうしたの?難しい顔をして……」
「少し考え事をね。榎本さん、ああ見えて結構単純じゃない。報復に腹下しの呪咀とか、ワンパターンよね。
だから相手も気付いてしまう。余り亀宮一族から反感を買わない様に、私達が気を付けないと駄目かなって」
今のチームは気に入っているから、派閥争いの煽りで解散なんて嫌!もう私達を見下す実行部隊との仕事も嫌!
だけど榎本さんと毎回組める訳じゃないけど、数回に一回一緒に仕事をするのが楽しいのも本音。
「そうかな?今更な感じもするよ。でも榎本さんとの仕事は楽しいから少しは力になろうかな。
全く最初の頃が嘘みたいだね。私達、反発してたもん」
「ふふふ、そうね。彼氏は嫌だけど頼れる上司なら満点だわ。もう一族の実行部隊と仕事をするのが嫌ですからね」
そう言って妹と笑い合う。榎本さんには感謝している……仕事もそうだが、何より亀宮様と亀様と距離を縮める事が出来たから。
今まで何となく有った垣根と言うか壁が無くなった感じがする。仕える主との距離が縮まったのは嬉しい事。
今代の亀宮様は仕えるに値する優しく強い方だから……先ずはインターネットで調べて友好関係から洗い出して行こう。
高々20年弱なら一週間も有れば完璧に調べる事が出来る。
◇◇◇◇◇◇
風巻分家を後にして自宅に戻る。
金沢八景駅までは1㎞弱なので国道添いをゆっくり歩いても15分位だ。
この辺の昔の地名は泥亀(でいき)と呼ばれていたらしいので亀宮一族か亀ちゃんと関わりがあるのかもしれない。
途中に京浜急行電鉄の車両基地が有り、引き込み線から多数の電車が見られる鉄道ファンには少し嬉しい場所だ。
金沢文庫検車区と呼ばれ特に黄色いモーターカーの工事用車両は珍しいだろう。
客車は赤色が主流だが、最近は青い客車も走っている。だが京浜急行電鉄のイメージは赤い車体に白帯だろう。
敷地の脇を通ると発煙筒を点けて線路脇を全速で走る連中を見たが、車両事故時の訓練だろうか?
確か後続の電車に知らせる為に100m以上離れて発煙筒で知らせるらしいし……
何にしても鉄道会社って大変な仕事だよね。金沢文庫検車区を過ぎてダイエーを冷やかせば駅前通り商店街。
特に買う物もないので自動改札を抜けてホームへ、丁度来た各駅停車「浦賀行」に乗り込む。
夕方前の為か高校生が多いな。
何となく近くの連中の会話を盗み聞けば「最近はスマホでライン?にすると無料(ただ)だぜ」とかスマホを弄りながら、ずっと話していた。
ライン?で無料(ただ)ってなんだろう?今使っている機種は四年目だから、そろそろ携帯電話買い換えの時期なんだ。
昔のmovaみたいにFOMAも古くなったから、スマホに買い換えようかな?
そうだ!
結衣ちゃんと同じ機種を買えば良いな。彼女も二年以上使ってるから、一緒に買い替えれば操作方法も教えて貰える。
序でに会社経費で買えば税金も安くなるし、僕を親機にして同一名義だから問題無いだろう。
折角なので横須賀中央駅で降りてdocomoショップに寄ってカタログを貰うかな……
◇◇◇◇◇◇
横須賀中央駅で降りてdocomoショップで最新のカタログを貰い、横須賀名産品を扱うテナントショップで佐島のスモーク蛸と鯖を酒の摘みに買って帰る。
自宅が見えたと思ったら、前に外車が停まってるぞ。真っ赤なアウディとは……
『正明、加茂宮一子が居るぞ。自宅に連れ込んで食うか?』
胡蝶さんの言葉に電信柱の陰に体を隠す。半分位しか隠せないが、距離が20m位有るから何とかなるかな?
『字面が危険ですって!食べませんよ、ウチに来るって誰かに言ってるかもしれないでしょ?
それより周りに護衛とか居ないかな?御三家当主、加茂宮のNo.1が単独行動とは考えられない』
名古屋とは違い神奈川県は亀宮一族の勢力圏だ。良く見れば車のナンバープレートは京都だし、陸路で一人で運転して来るのは大変だろう。
必ず取り巻きが居る……
『いや、居ないな……少なくとも霊能力者も此方に注意を向ける奴も居ないな』
胡蝶さんレーダーに引っ掛からないなら、本当に単独行動なのか?隠れて眺めていても仕方ないので、ゆっくりと歩いて近付いていく……
運転席に座っていた一子様が僕に気付いて外へ出る。さり気ない笑顔が凄いよね、本当に嬉しそうなんだよ。
これをやられちゃ相手は勘違いして入れ込むわな。自分に気が有るんじゃないかって……
「こんにちは、榎本さん。お久し振りね」
「ええ、お久し振りです。一子様、今日は何か用でしょうか?」
社交辞令的な笑顔を向けて一礼する。相手は御三家当主、僕は他勢力の末席。
彼女は礼儀には煩くなさそうだが、失礼が有ると不味い。とは言え女性を自宅に招くのも問題行動だろう。
頭の中で周辺の飲食店を思い浮かべる……駄目だ、チェーン店のラーメン屋と牛丼屋しかない。
「近くに来たから顔を見たかっただけなの。でも時間が無いので、今日は帰るわ」
そう言って寂しそうに微笑むと、本当に帰って行った。
「何だったろう?」
『さあな、特に家に呪術を掛けられてないぞ。だが……先代の仕込んだ術が発動しかけている。いよいよ始まるな、加茂宮一族の蟲毒が』
残り六人、一人食えば胡蝶と同等、二人食えば勝てるか分からない。
彼女は一族の連中との生き残りを掛けて、僕に接触してきたのか?
僕は亀宮の一員とは言え個人事業主だからな。共食いに関わり合いになりたくはないが、奴等を食わねばならないから。
僕は加茂宮一子に協力するべきだろうか?