榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第204話

第204話

 

「結衣ちゃん、横浜の山手にでも遊びに行かない?」

 

「横浜の山手ですか?あのイギリス館とかエリスマン邸の有る山手ですよね?嬉しいですけど、急にどうしたんですか?」

 

「若い女の子が好きそうな観光地だからと思ってね。たまたま仕事で呼ばれて山手に行ったんだ。

10代の女の子も結構歩いてたから、結衣ちゃんも興味が有るかなって。帰りに元町でショッピングして中華街で夕飯でも食べようか?」

 

「はい、嬉しいです。デートみたいですね?」

 

 入念な調査を経て、漸く結衣ちゃんをデートに誘う事が出来た。勿論これも調査の一環だが、風巻姉妹や亀宮さんと行くよりは楽しいだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 美羽音さんからの相談を受けた件について、若宮のご隠居様に報告と相談をした。

 高梨修の怪しい行動や柳の婆さんの件、実際に行ったピェール邸の違和感を伝えたら正式に依頼するから調べてくれと頼まれた。

 僕と風巻姉妹なら実費50万円以下で簡略な調査は出来るし、フリーライターの件が気になるらしい。

 元々何でもない物件を調べさせて詐欺扱いにしたいのか、本物の心霊物件を宛てがい記事にしたいのか……

 セントクレア教会は亀宮さんの喧嘩友達で有る鶴子さんも居るが、そもそも彼女達が友達になったのは婆さん達が知り合いだった事が大いに関係している。

 

 幼少期に同じ心霊絡みの仲間が居る事は凄い大切な事だろう。

 多感な時期に他人と自分は違うと思うだろうが、そこに同じ境遇の同性が居るのは互いに救いになったから……

 つまり彼女達の友好関係の始まりは、そう言う事なので知らんぷりは出来ない。

 高梨修の本心を探る事と、あの洋館の秘密を調べる事が依頼内容だ。速やかにご隠居様と契約を結んだ。

 

 これで風巻姉妹に仕事を頼む事が出来て、僕も亀宮一族の派閥の一員としての立場で動く事が出来る。

 だが婆さん同士が知り合いなら、僕の危険性について誤解を解いて欲しい。

 鶴子さんの話では相当僕を危険人物だと思っていたぞ。間違いは無いけど知り合いに危害を加えるつもりは無いのにさ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結衣ちゃんをデートに誘う前に自分なりに調べてみた。

 

 最初に行ったのは横浜開港記念館。

 現在横浜市は観光の目玉の一つとして山手地区の洋館を買い取り整備して一般公開している。

 それと連動して開国から現在迄の記録を公開してるので、先ずは一般公開されている表の記録を調べた。

 元々は山手は外国人の居留地(きょりゅうち)だったんだ。

 

 有名なのは横浜市・神戸市・長崎市。

 居留地とは、かつて安政の五か国条約により外国の治外法権が及んでいたことのある区域を指す。

 日本側の行政権が完全に回復し返還されたのは、明治32年7月17日だった。

 横浜は日本最大の居留地で山下(今の関内)と山手に分かれる。

 

 簡単に説明すると、日米修好通商条約で開港せざるを得なくなった徳川幕府は、東海道の宿場街である「神奈川宿」を開港の地と主張するアメリカに対し、一寒村であった「横浜村」を提案した。

 これは外国人と日本人を遠ざける為と、交通の頻繁な東海道の宿場をさけるためだったそうだ。

 この時代の日本人は未だ外国人に対して警戒と畏怖が有ったので、無用なトラブルを避ける措置で長崎の出島みたいな感じで隔離したかったんだな。

 それでも生麦事件とか血生臭い事が有ったからね。

 

 因みに関内の名前の由来は、居留地の周辺に幾つかの関門が有り、その内側の土地って意味だ。

 さて歴史は程々にして問題の洋館だが、現在山手地区に建っている洋館群の歴史は意外と浅い。

 

 何故ならば二つの災害が横浜を襲ったから……関東大震災と第二次世界大戦だ。

 震災前の横浜居留地には外国人の住宅・病院・学校・教会・劇場・公園・墓地などが数多く設けられた。

 幕末期の政情不安の時期に駐屯していた英仏両国の軍隊も明治初期には撤退し、陣営跡地は領事館や宅地となった。

 

 まさに絶頂期!

 

 日本各地の著名な地名を採って富士町・神戸町・花園町・加賀町・阿波町・薩摩町など30町が名付けられて、山手居留地(270区画)は、明治10年に全容が固まった。

 だが、この時期の建物は殆ど残っていない。二つの災害を合わせた倒壊率は一説には95%以上とも言われている。

 つまり、あの土地は人の死に関係する事が多々有るんだよね。原因は今の建物なのか前の建物なのか?

 それとも土地そのものなのか、或いは住んでいる人に憑いているのか?

 

 可能性で言えば幾らでも考えられるんだ。先ずは諜報が本職の風巻一族の出番だよね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 横浜市金沢区に有る風巻一族の分家。現在、僕が亀宮一族から仕事を請ける時の拠点となっている。

 千葉の総本家には他の派閥の連中が居て、僕は彼等からすれば当主である亀宮さんに付いた悪い虫でしかない。

 少しずつ立場は良くなってはいるが、入り浸るには都合が悪いんだ。

 

 現在、亀宮一族の榎本班の除霊達成率は100%。件数は未だ4件だが、殆どが難易度が高い。

 

 基本メンバーは僕と佐和さん美乃さん。

  亀宮さんが参加すると、もれなく滝沢さんと御手洗達が付いてくる。亀宮さんは4件中に2件ほど一緒に仕事をした。

 横浜開港記念館で下調べをしてから横浜市営地下鉄関内駅から上大岡駅へ。

 そして京急線に乗り換えて快速特急で一駅、京急金沢文庫駅に降り立った。

 東口を出て、すずらん商店街を歩けば中途半端な下町って感じがする。

 古い金物屋や懐かしい和菓子屋が有るのにギラギラした外観のパチンコ屋も二軒有る。

 脇道には味の有る居酒屋も有るが、携帯電話ショップや美容院など混在して暮らし易いのか何なのか……

 

 商店街を抜けると住宅街になり、閑静な路地を抜ければ国道に繋がる。

 後は国道沿いに下っていけば風巻分家に到着。和風建築、白塗りの壁に瓦の屋根、中には綺麗に刈られた庭木達。

 表札は無垢の木に筆で風巻と達筆で書かれて、その下に?

 

「あれ?榎本心霊調査事務所って真鍮プレートが貼って有るけど……不味くないのか?」

 

 風巻の表札より小さいが、それでも立派なプレートだ。

 この屋敷で確かに仕事を良くするけど、僕の個人事務所の名前を掲げる意味は無いだろう。

 郵便物や宅配は全て風巻の名前で頼んでいる。敢えて事務所の名前を出す意味って何だろう?

 亀宮さん辺りの思い付きか何かかな?後で外す様に頼めば良いかなと思い玄関に向かう。

 

「こんにちは!」

 

 勝手知ったる屋敷だから声を掛けて中に入る。直ぐにお手伝いさんが来て挨拶を返してくれるのが嬉しい。

 手土産のビアードパパのシュークリーム20個を渡す。後でお茶と一緒に出してくれる筈だ。

 

 

 この屋敷には維持管理で霊能力の無いお手伝いさんが数人居るが、勿論亀宮の一族だ。

 諜報部隊故に一見普通のオバサンやフリーターみたいな若者、サラリーマンやOLなど様々な人が所属してるんだよ。

 普段は普通に生活し事が起こると動き出す、戦国時代の忍びの草みたいだが……

 実は一族の霊力の無い護衛部門にも入れない連中だから、難しい仕事は出来ない。精々が噂の収集位だ。

 佐和さん美乃さんは優秀な部類なんだよね。仕事用として割り当てられた部屋に行けば、既に風巻姉妹は揃って居る。

 

 今回は亀宮さんは居ない、未だだけど……

 

「「あっ、榎本さん。こんにちは」」

 

「ああ、こんにちは。久し振りだね、待たせたかい?」

 

 机に座りパソコンを起動しメールチェックをする。自分のパソコンに転送設定しているから、今日の分だけを見るが何も無かった。

 今回の仕事用のフォルダを作りタイトルを「横浜山手ピェール邸」とする。横浜開港記念館で貰った資料をPDFにしてフォルダ内に移して作業は一旦終了。

 

「お待たせ、話は風巻のオバサンから聞いてるかい?」

 

 既にインターネットで情報収集を始めた二人に声を掛ける。

 

「横浜の山手地区、ピェール邸の怪異の原因追求」

 

「それと高梨修の行動についてですね?」

 

 流石に有能だ、ちゃんと気になる二点を絞っている。

 

「別々に言うって事は担当分けしてる?」

 

 彼女達は効率的だから、役割を分担する事が多い。

 

「「今回は喧嘩になりそう。横浜山手なんて美味しいレストランやお洒落なカフェが多い場所の現地調査は譲れない!」」

 

 餌付けがね、こんなに成功するとは思わなかったんだ。彼女達は依頼を受けた土地の名物や名産を食べる事が大好きだ。

 勿論、彼女達のテンションを上げる為に餌としてぶら下げるんだけどさ。

 

「はいはい、今回は元町まで捜査範囲を広げるよ。ピェール氏の店が元町に有るからね。

打ち上げは元町霧笛楼のディナーにするから頑張ってね。ボーナスはピェール氏の店、宝飾品を扱う店だけど一点10万円迄で買ってあげよう」

 

 食べ物と貴金属、餌を二つぶら下げる。勿論、彼女達は追加報酬が無くても標準以上の働きはする。

 だけど餌をぶら下げると凄い発想をするんだよな。報酬欲しさに無理はしないが、期待以上の働きが見込めるなら構わない。

 

 風巻のオバサンからも、最近の彼女達の成果に驚いていたし……

 

「やった!イタリアのブランドでしょ?私はブレスレットが欲しい」

 

「私はハンドバッグが欲しいわ。美乃、頑張るわよ!」

 

 励まし合う姉妹を見てるのは楽しい。まぁ二人とも美人よりは可愛い系だけど標準以上だからね。

 ロリじゃないから特にどうこうしたい訳でもないし、それ位の出費に見合う働きはしてくれるから安いもんだよ。

 

「でも榎本さん、気を付けて下さいね」

 

「何をだい?山名の一族が何か企んでる?」

 

 佐和さんの真面目な顔に、また山名が嫌がらせするのかと思い嫌になる。

 

「いえ、私達は特別ボーナスの事を他人には言ってないのに何故か噂になってるんです。榎本さんが私達を愛人として囲ってるって。

酷いですよね、普通は私達が榎本さんに貢がせているですよ」

 

 あはは、とか笑ってるけど色んな意味で不味くないか?

 

「そりゃ不味いだろ!組織内で痴情の縺れ疑惑とかさ。亀宮さんの耳にでも入ったら笑い話じゃないですよ」

 

 あの依存度の高さを思えば、佐和さん達の立場が……

 

「亀宮様、笑ってましたよ。私達が榎本さんと色恋沙汰になる訳ないの知ってますし、諜報部相手に情報戦を仕掛けて勝てる訳ないですよ。

黒幕は直ぐに突き止められると思います。勿論、榎本さんに男としての魅力が無い訳じゃ有りませんが私達も亀様に頭から丸噛りは嫌ですから。

だから私達に欲情しても応えられません、ごめんなさい」

 

 二人揃ってテーブルに手を突いて謝られた。

 

「ちょっと待とうか?亀宮一族内での僕の評価って、どれだけ酷いの?」

 

「大半は嫉妬と逆恨みです。榎本さんの力については、誰も疑ってません。

一派閥の呪術部隊と実行部隊を一人で壊滅させられる榎本さんに、正面切って戦いを挑む連中は居ませんから。

しかも亀様に言う事を聞かせるなんて、うちの一族からしたら涙目モノですよ。

だから良くない噂を流す程度なんですが、真面目な女性陣は信じちゃってますから総スカンです。諦めて下さい」

 

 女性上位、女尊男卑の亀宮一族の女性陣から良く思われてないのか……僕は。

 でも亀宮一族にベッタリな仕事形態じゃないし、変にイメージアップで動き回るのも嫌だし……

 

「少なくとも君達と滝沢さんは平気なんだろ?じゃ良いや、モテモテ君を目指してないし。単発で仕事を請けてるんだし、それ位は我慢するよ」

 

「もう少し凹むかと思いましたが、意外です」

 

「榎本さん、桜岡さんってお色気巫女と亀宮様から好かれてるから余裕綽々だよねー」

 

 餌付けには成功したが、毒舌は変わらないな。悪意は無いし能力は認めてるから、彼女達だけで十分だろ。

 

 これ以上望むのは贅沢ってヤツだよね?

 


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