榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

9 / 183
第25話から第26話

第25話

 

 建設途中で中止となったマンションの怪異。当初は生霊だったヤツが怨霊化した。

 「箱」が言うには生霊だったヤツが溺死して怨霊化したそうだ。

 3階の角部屋にしか現れなかったのに途中から他の階にも現れ、あまつさえロリっ娘の家にも現れた。

 

 何故だ?ヤツはロリっ娘の母親に固執していたのだろう……確かに3階の角部屋からは、ロリっ娘の家が見えた。

 霊的ストーカー?しかし、それなら直接この家に現れるんじゃないか?

 何故、あのマンションだったんだ?何故、あの部屋だったんだ?

 

「オジサン、絵梨眠くなっちゃった。お母さん、何処に行ったのかな?」

 

 不安げに此方を見るロリっ娘。母親が居なくて知らないお兄さんが居る状況だ。

 不安になるのも仕方ないよね。そうか、彼女はエリちゃんか……

 

「お母さん、外に人を呼びに行ったからね。そろそろ戻って来るんじゃないかな?」

 

 あの中年女性にヤツは襲いかかったのだろう。怖くて娘を置いて逃げ出したからな……

 まぁ僕が何とかするって言ったけどさ。そろそろ誰か連れて来るなり、様子を見に来るよね。

 

「エリちゃんは、あの汚い人に見覚え有るのかな?」

 

「うーん……いきなり台所に居たの。お母さんが、何か話し掛けてたけど。お母さんに襲い掛かって。私は怖くて奥の部屋に行っちゃって……」

 

 話し掛けた?アレの見分けがついたのか、それとも全く分からず普通に不審者として扱ったのか……

 暫くはホットミルクを啜る音だけが響いた。玄関から人の気配がして、扉をそっと開ける音が……

 

「絵梨?絵梨居るの?」

 

 おっかなびっくりな様子で玄関扉を開けて、中を伺う中年女性。僕が台所を出ると目があった……

 

「あっ貴方……絵梨は?娘は無事なの?アイツは?」

 

 両手を胸の前で拝むようにして、それでも中には入ってこない。

 

「あっお母さん!このオジサンが追い払ってくれたんだよ」

 

 子供にとって母親は絶大だ!眠そうだったエリちゃんが、椅子から飛び降りて母親に駆け寄る。

 

「嗚呼、絵梨……ごめんなさい」

 

 暫し母娘の感動の抱擁を見詰める。母親に抱き締められて安心したのだろう。

 エリちゃんは眠ってしまった……彼女の髪を優しく撫でている母親は、とても娘を残して逃げ出した様には見えないな。

 エリちゃんを奥の寝室の布団に降ろして寝かせている。

 

「では、僕はこれで……」

 

 どうやら人は呼ばずに戻って来たみたいだ。

 

「確かにお化けがウチに出た、助けて!」は、田舎な近所付き合いをしていては難しい。

 直ぐに変な噂になるだろう……下手したら村八分だ!

 

「あっあの?待って下さい……アレは、アレはどうなったのですか?」

 

 有耶無耶にするには衝撃的な事件だ。真相を知りたいのか?逆にコッチが知りたいんだけど……

 

「申し遅れました。僕は真言宗の僧侶をしています。

あのマンションを警備している会社から、怪奇現象の調査を依頼されています。しかし、あの者は此方のお宅に現れた……

何故でしょうか?ああ、彼は極楽浄土にお送りしました。死して尚苦しまれていましたから、私が祓いました」

 

 ヤツは極楽浄土なんかには行っていない。「箱」に喰われたんだ。

 未来永劫苦しむだろう……

 

「お坊様……極楽浄土、祓った……」

 

 へなへなと廊下に座り込んでしまったよ。アレが居なくなって安心したからか?でも誰なんだろう……

 彼女の旦那か?それにしては扱いが酷いな……

 

「もう夜も遅いですね。それでは僕は失礼します」

 

「あっあの……待って下さい。私達は、これからどうすれば良いのですか?私は……」

 

 後悔だか恐怖だか分からない表情で縋ってくる。

 

「少し、お話を聞かせて下さい」

 

 これも御仏に仕える義務だろう。彼女の話を聞き、気持ちを楽にさせる事にする……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 台所で母親と向かい合わせに座る。少し前はエリちゃんと向かい合ってたのに……

 ロリじゃない年増と向かい合ってもテンションは上がらない。さっきはホットミルクを飲んだが、今は日本茶だ。

 銘柄は分からないが、余り良い茶葉ではない。その代わりお茶請けの菓子が出てきた。

 ザラメ煎餅にチーズ鱈だ。お店の商品を直接持ってきましたよ!

 

「貴女は、かの者が誰か……ご存知のようですね?」

 

 社交辞令で、お茶を一口啜り聞いてみる。多分、旦那だろう……

 

「彼は……彼は、私の浮気相手だと思います。見た目は変わり果てていましたが、私には分かりました」

 

 アレ?旦那じゃない?旦那は入院してた。だからパジャマだし、病気だから痩せこけていたんじゃ?

 

「旦那さんは見当たりませんが……別居なさっているので?」

 

 入院中なのはエリちゃんから聞いているけどね。彼女は言い澱んでいる……浮気を告白したのに?

 

「主人は、三浦市民病院に入院しています。元々、体が弱く入退院を繰り返してました……

娘と2人、この店を守り暮らしていましたが。生活が苦しく駅前のスナックに私は働きに出ました……」

 

 寂しさと生活の苦しさで浮気に走る……有りがちだが、説得力は有るな。

 

「そこで、彼と知り合ったのですか?」

 

 ホステスと客が不倫したのか……

 

「はい……彼は、マンションの建設会社の社員。昼間、良くお店を利用してくれて……

それでスナックにいらした時に意気投合しまして、ズルズルと。でも建設が中止となり、暫くは会っていませんでした……」

 

 久し振りに会ったら霊的ストーカーに変貌かよ。でも切欠はなんだ?

 

「久し振りに再会して、また関係を持ったと?」

 

 坊主が下世話な話をするのはどうかと思うが……彼女も直接的な表現に頬を染めてるけど。

 

「はい。こんな田舎ですし周りに見られない様に、あのマンションの3階で会っていました……」

 

 アレが3階に固執したのは、逢瀬の場所だからか……

 

「彼は貴女に執着していました。最初は生霊として、あのマンションの3階に現れていました。

しかし……多分、入水自殺をなさったのでしょうか。死して尚、貴女の元に現れた。今度は怨霊として……」

 

 実際「箱」が喰ったが、アレは2人も殺している。

 

「あのマンションが建設中止となり、彼もリストラに遭ったそうです。暫くたってから教えて貰いました。

当然お金が無く私にたかる日々……私も生活が苦しくてスナックに働きに行ってますから。別れ話になりました」

 

 浮気相手がヒモへ?元々生活が苦しいのに、一時の浮気相手の面倒までは見れないわな……

 

「何時から会ってないのですか?」

 

 異変が現れたのは、確か今年に入ってからか?もう少し前だろうか……チーズ鱈を一本食べる。お酒が欲しくなるよね。

 

「昨年末には別れ話を……その後は直接会ってませんが、電話やメールのやり取りは少し……不摂生で体調を崩し入院したと聞きました。

暫くして主人も定期検査のレントゲンで肺に影が移り入院して……それで忙しくて、最後の電話がかかってきた時に……」

 

 そう言って俯いた。顔は見えないから表情は分からないが、小刻みに震えているのは泣いてるのか……

 

「何か決定的な事を話したのですか?」

 

 彼女は俯いたままだ。

 

「は……い……主人を裏切れない。もう電話もメールもしないでって……それから少し言い合いになり……

貴方なんか嫌いだ、死んでしまえ、と……」

 

 ちょおま、それで入水自殺したんだぞ!アレは浮気相手に本気になり、そして振られたのか。

 しかも「死んでしまえ」とか言われたら……病気で気落ちしてる時に、好きな相手からトドメを刺されたのかよ。

 

「そうですか……エリちゃんの為にも、夫婦仲良くしてあげて下さい。

子供には両親が必要です。彼女は貴女を心配していましたよ。良く出来た娘さんではないですか。

彼は残念な結果でしたが、死して安寧になれたのです。それを忘れずに、成仏を祈ってあげて下さい」

 

 これで事件は、僕的には解決だ。後は社会的に纏める事なんだけど……

 

「彼の魂は救われました……しかし入水自殺をされている筈です。もしかしたら遺書が有るかもしれません。

しかし……思い人にこっぴどく振られた上に怨霊になった。などと広まれば、彼は成仏し切れないでしょう。

僕が祓った事、この家に現れた事は秘密にしてあげて下さい。私も警備会社の方には、何も無かったと報告します」

 

 社会的醜聞は避けたいだろうし、折角旦那と寄りを戻したんだ。今更浮気相手の事など知られたくないだろう……

 何度も頭を下げる彼女に「それでは、失礼します」と言って、今度こそ帰らしてもらう。

 後味の悪い事件だった。浮気相手は自殺、マンションオーナーが頼んだ霊能力者は行方不明。

 死体は「箱」が食ったから、殺人としての立件は不可能だ。ゲートの前の車は、不法車両として問題になるだろう。

 依頼者としてマンションオーナーは事情聴取か?僕もバレない様に帰らなければならない。

 既に時刻は4時ちょっと前……幾ら田舎の朝は早いとは言え、まだ周りは寝ている時間帯。

 なるべく県道を通らず、コンビニ等のカメラの有る場所は避けて帰らなければ……幸いバイクだし、農道を通って遠回りして帰ろう。

 帰宅ルートを予測しながらバイクのキーを回した……

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから一週間……警察からの問い合わせは無い。

 結果を知るのは僕だけだが、対外的にアフターをしているのを理由に現地に向かっている。

 出来ればロリっ娘に会いたいが、何か言い触らされたら厄介だから会わない。

 ノンビリと電車とバスを乗り継いで、問題のマンションに到着した。ゲートの前に立ち建物を見上げるが、相変わらずくすんだコンクリートの外壁。

 剥がれた立入禁止の黄色いテープ。

 唯一変わっているのは張り紙がしてある事だ。

 解体計画のお知らせ……もはや曰く付きの物件は、更地にしてから計画し直しなのか?

 一応現場を一周し付近を確認するが、警備員が居なくなった一週間で落書きが増えたくらいか……遠目で例の雑貨屋を見れば、中年の男性が店の前を掃き清めている。

 旦那さん、退院したんだな……さて、これから長瀬社長に報告と請求書を提出しに行くかな。

 大した結果を残さなかったから、請求額は15万円。実質昼間の調査1日、夜間巡回が2日だからね。

 途中、桜岡さんと合流する予定だ。一応、彼女も1日夜間にヤツと戦ったから……

 もうヤツは居ないから、この先怪異が収束すれば彼女の活躍でも構わないだろう。

 

「なに、黄昏てるのよ?」

 

「うわっ!脅かすなよ、桜岡さん」

 

 いきなり声を掛けて背中を叩いた本人が笑っていた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 アフターで一週間。特にあの晩から連絡も問題も無いみたいだわ。

 今日、長瀬社長に報告と請求書を渡しに行くのに同行する約束をした。でも、その前に一応現場を確認しておくって……

 1人で行くって言ったけど気になるわ。だから先回りして現地を確認したの。

 待ち合わせの時間から逆算すれば、何時に現場に行くのか大体分かるから……彼が来る予定時刻より一時間は早く現地に来て、建物周辺を見回る。

 長瀬綜合警備保障は、もう警備をしていないから中には入れない。

 それに榎本さんからも単独行動を止められているし……お父様みたいに過保護な人。

 前に来た時に寄った雑貨屋さんが営業しているわね。

 一応聞いてみようかしら?

 

「こんにちは……あら、お手伝いかしら?」

 

 前に来た時は母親?かしら中年の女性だったのに、今日は可愛い店員さんね。

 

「いらっしゃいませ」

 

 ハキハキと笑顔で応えてくれたわ。何か良い事が有ったのかしらね?

 

 

第26話

 

 榎本さんの事だから、また独りで何かしてそうだから早めに現場に来る事にしたわ。待ち合わせの時間から逆算すれば、現地を確認しに来る時間も分かるから。

 少し早めに来て周りを見回り、あの雑貨屋に入った。前は中年の女性だったけれど、今回は可愛い店員さんだった。

 小学生くらいだけど、何か知っているか聞いているかもしれない。えーと、榎本さん曰わく会話を繋げるには……

 何でも良いから何か買って、会話を繋げるって言ったわね。でも雑貨屋さんなんて、私来たの2回目よ。

 何を買って良いのか……商品棚を見渡せば、洗剤やら鍋やら食品やら。

 統一感が無いから雑貨なのね……暫く店内を見回してから、結局はキシリトールガムとポケットティッシュを持ってレジへ。

 商品をレジ台へ置く。

 

「ありがとうございます!」

 

 彼女は商品を手に取ると、今時珍しい手打ちのレジを器用に操作して「380円です」と言われたので、カードは使えないでしょうから百円玉で4枚手渡す。

 

「400円のあずかり……20円のお返しです」

 

 テキパキとお釣りを渡し、レジ袋へ商品を入れようとしているから「そのままで良いわ」そう言って、そのまま商品を受け取る。

 彼女に聞いても分からないかもしれないけど、一応ね。

 

「ねぇ?最近、何か変わった事はなかったかしら?」

 

 少し屈んで、目線を近付けて話し掛ける。勿論、笑顔でよ。

 

「んー、お母さん元気になった!お父さんも退院したの。汚くて変なオジチャンをおっきいオジサンがはらってくれたんだって。

お母さんが言ってた。あっ!内緒って言われてたんだ。お姉ちゃん、お願い。今のは内緒ね」

 

 エヘヘって舌を出して笑ってるけど……汚くて変なオジチャン?おっきいオジサン?

 最近見たフレーズよね……

 あの生霊と筋肉馬鹿な男の顔を思い浮かべる。

 

「分かったわ。内緒ね!でも、もう少し教えて。おっきいオジサンって誰かしら?」

 

 んーっと悩む格好をしたが、所詮は子供。誰にも言わないわって約束したら、教えてくれたわ。

 

「あのね。夜に台所に、いきなり汚くて変なオジチャンが居たの。お母さんに襲いかかって、私は部屋に逃げ出したんだ。

そうしたら、おっきいオジサンが助けてくれたの。

後からお母さんに聞いたら、汚くて変なオジチャンを成仏させてくれたから安心なんだって!

お母さん、喜んでた。あのおっきいオジサンはお坊さんだって」

 

 成仏?それって霊障なの?

 

「あっいらっしゃいませ」

 

 新しいお客が来たのを機に会話が途絶えた。入って来たのは3人連れの主婦連中。

 私をチラ見するけど、特に反応も無く騒がしく商品を見ている……私はレジから少し離れて、商品を見る振りをしながら考える。

 心霊現象の起こるマンションの近くの雑貨屋で、こちらも心霊現象?こんな子供が成仏なんて言葉は分からないわよね?

 だから母親から聞いた事を覚えている……どう言う事かしら?

 それにお坊さんって?おっきいオジサンでお坊さんって、彼しか居ないじゃない。

 あの野郎、私には単独行動はするなとか言っておいて……自分はヤツを何とかしたって事なのかしら?

 もう少し情報が欲しいわ。暫く考え事をしていると、店内が騒がしいのに気が付いたのか母親が現れた。

 

「いらっしゃいませ。あら……」

 

 私に気付き会釈をして、後から来た主婦達の商品を処理していく。五月蝿い主婦達が帰った後、今度は母親に話し掛ける。

 

「こんにちは」

 

 前に見た時は化粧をして見栄えを気にしていたみたいだったのに、今日はスッピンね。でも表情が軟らかくなっているわ。

 

「いらっしゃいませ。今日はお連れの方はいらしてないのですか?改めてお礼を言いたいのですが……」

 

 お礼?ビンゴだ!あの脳筋野郎、独りで解決したんだわ。カマを掛けてみましょう。

 

「今日は彼に頼まれて、貴女方の様子を見に来ましたわ。何かお変わりはないですか?」

 

 私も知ってます的に話し掛ける。彼女は、娘を気にしたのか

 

「絵梨、お店の番はもう良いわ。中で休んでなさい」

 

「はーい!お姉さん、バイバイ」

 

 元気に中に走って行く……そんな娘を優しく見詰めている。母親の顔だわ。

 

「お坊様の言われた通り、あの人は自殺していました。鎌倉湖で……共通の知人に確認しましたので、間違いありません。

でも私を怨み自殺をしたのに、成仏させて頂き気持ちの整理もつきました。主人と娘の為に、これからは生きていきます……」

 

 そう深々と頭を下げられた。自殺?恨み?成仏?それに、これからは主人と娘の為に生きていきますって……

 端から見ても、コレって万事解決ですわよね。

 

「分かりました。伝えておきますわ」

 

 もう裏も取れたから、ここに居る必要は無いわ。あの脳筋野郎を捕まえて、キリキリ白状させるだけなの……会釈をして店を出る。

 見渡しても、まだ来てないわね……あの電柱の影で暫く待とうかしら?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 暫く待つと、独自な体型の男が左右を見ながら歩いて来る。来たわね!

 マンションの外周を見回り、雑貨屋を気にしているわね。あら、ご主人かしら?店の前を掃除してらっしゃるのは……

 そう言えば、退院したって言ってたわね。雑貨屋に行くのかと思ったら、マンションを見上げながら黄昏てるわ!

 攻めるなら今よね……音を立てない様に彼に近付いて、私の苛立ちを込めながらバシンと肩を叩く!

 私の手が痛いわ、この筋肉ゴリラ!

 

「なに、黄昏てるのよ?」

 

「うわっ!脅かすなよ、桜岡さん」

 

 榎本さんは笑顔で振り向いた。そうよね。貴方が独りで解決したんですもの、笑顔も零れますわよね!

 そして、どうやら叩いたダメージは無いのね……

 

「それで、見回ってどうでした?何か問題が有りましたかしら?」

 

 ニッコリ笑顔で聞いてあげるわ。私、実情は知ってるのよ?彼は暫く考えてから

 

「特に変化無しだね……あの後、霊障も収まってるみたいだし。でも警備員の連中も見たから、まだ居るかもね。

しかし建物の取り壊しは決まったみたいだ。取り憑く建物が無くなれば、収まるかも知れないね……」

 

 なに自分は何もしてませんってシラをきるの?貴方が解決したのに……

 

「ふーん、ふーん、ふーん……」

 

 彼の周りをクルクルと回る。

 

「なっなんだい?」

 

 私の挙動不審さに、引き気味ね。ならばヒントを上げますわ。

 

「あの生霊……怨霊化したわよね?そして雑貨屋さんに現れた……何故、成仏させたのに秘密にするのかしら?」

 

 流石にビックリした表情をしたわ!何時もの保護者面じゃないのが、快感ね……

 

「何故、おっきいオジサンが助けたのかしら?ねぇ、オジサン」

 

 かなり慌てているわね!もう状況証拠もバッチリだわ。

 

「その辺を少し話し合いましょうか?長瀬さんに会う前に。

此処じゃなんですから、駅前に戻って喫茶店にでも入りましょう……」

 

 彼の太い腕をガッシリと掴んで、そう脅した。

 

「なっ?分かった、分かりました!だから手を離して……」

 

 見た目と違いウブなのよね、この筋肉ゴリラは。

 

「逃げるから駄目よ!捕まえてなくちゃ……さぁキリキリと歩きなさいな」

 

 端から見れば年の差カップルかしら?でも榎本さん30前半らしいし、私が25歳だから普通よね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 京急三浦海岸駅。駅名の如く、海水浴場の三浦海岸に近い駅。

 駅前には海の家みたいなお店が並んでいたり、コンビニや本屋が有ったりと混在した感じの商店街ね。

 今回の件で初めて利用した駅……駅前バスターミナルの外れに、場違いな本格的珈琲を飲ませてくれる喫茶店が有る。

 常時300種類の珈琲豆が有るのが自慢らしい。

 しかし、店名はポエム……似合わないわよね?

 

 店内に入りボックス席に案内される。実は珈琲って苦手。だって酸味と苦味が……

 あら、でもケーキは美味しそうね。桜と小豆のシフォンケーキか……

 

「私はオリジナルブレンド珈琲と、この桜と小豆のシフォンケーキにするわ」

 

「僕はアイスコーヒー。甘さは普通で」

 

 かしこまりました、と店員さんがカウンターの中に入って行く。

 

「ねぇ?アイスコーヒーだけ甘さを言ってたけど何故?」

 

 ガムシロップ無いのかしら?

 

「ああ、この店はね。珈琲に拘りが有るから、客が勝手にガムシロップで薄めない様に店側で入れるんだよ」

 

 なんて、常連振りね。似合わないわよ、貴方に珈琲は……どちらかと言えば、日本酒や焼酎よね。

 

「良く来るの?」

 

「いや、最近初めて来てね。同じ事を言われた。ここの珈琲は変な酸味が無くて飲みやすい。

もっとも珈琲通じゃないから、良く分からないけどさ」

 

 頭を掻いて笑ってると、クマさんね……何て会話をしていると先に私の珈琲とケーキが来た。

 暫くして彼のアイスコーヒーも来たわ。

 

「いただきます……このシフォンケーキ、美味しいわ。少し食べるかしら?」

 

 少しならあげても良いわよ。

 

「いえ、ご遠慮致します」

 

 即答したわね……

 

「そう?じゃ話して下さらない?私に内緒の行動を……」

 

 少し語尾がキツくなるのは仕方ないわよね。だって黙って独りで解決したのですから。

 

「うん……何て言うか気になったんで、夜に再度来たんだ。暫く様子を見てたら、あの雑貨屋の女性が玄関から飛び出して来た。

慌てて行けば、最初に見たヤツと分からない程に変貌したヤツが居た。いや最初は別物かと思ったよ。

でもパジャマは一緒だし、痩せこけた顔も似ていたんだ……」

 

 ふーん、何故夜中に独りで?

 

「それで、怨霊化したのが分かったのは何故かしら?見た目だけじゃ分からない筈よ……」

 

 ストローを使わずにアイスコーヒーを飲むのね。手の平が大きいからかしら、グラスが小さく見える。

 

「咄嗟に唱えた愛染明王の真言が効いたんだよ。だから生霊では無いと思ったんだ。

死者は、その直前の姿形で現れる事が有る。溺死体の様に舌をダランとして体をヘドロで汚していたんだよ」

 

 なる程ね……見た目の変化と真言の効き具合で判断した。そして即、除霊出来る能力が有るのね。

 やはり経験が段違い、か……

 

「分かりましたわ。じゃ最後の質問よ。何故、自分が祓ったって言わないの?これは大変な事の筈よね。何故、秘密にするの?」

 

 何故かしら?凄く苦悩した表情を……嫌だわ、何でそんなに辛い顔をするの?

 

「今回の件は、調査で打ち切り。長瀬社長とは契約していない。そして、あの雑貨屋の人達からも頼まれてないんだ。

全くの偶然だからね。そして除霊後に話を聞いたんだ……」

 

 つまり、この事件の原因の事よね。それが、そんなに辛いの?

 

「それは、この件の真相ですわよね?」

 

「そうだよ。ヤツは、あの奥さんの浮気相手だ。旦那が病弱、お店は繁盛せず彼女は夜にスナックで働いていた。

魔が差したんだろう。客で有るヤツと不倫。しかしヤツは……金に困り、彼女にたかり始めたので破局。

ヤツは不摂生が祟り入院……この時点が生霊だ。

そして逢瀬の場所だった、マンションの3階の角部屋に現れていた」

 

 だから、あの時は3階にしか現れなかったのね。

 

「だが、彼女は余りに粘着質なヤツに決定的な言葉を吐いた……ヤツは絶望し自殺した。

そして固執していた彼女の元へ。これが真相だよ」

 

「そうだったの……でも、それなら彼女にも責任が……」

 

 手を振って私の言葉を遮る。

 

「それを騒いでも誰も幸せになれない。浮気がバレて、相手は自殺。旦那が退院してこれからって時に、波風を立てる必要は無いんだ」

 

 それっきり、辛い表情のまま黙ってしまったわ。人を世間知らずとか散々言うのに、自分は底抜けの善人じゃない!

 自分の実績や手柄よりも、あの家庭の幸せを壊したく無いのね……全く、顔に似合わない事しかしないんだから。

 それが良い所よ……

 

「でも、貴方の実績や手柄でしょ?せめて長瀬社長には、お話したらどうかしら?」

 

 首を振って否定か……

 

「いや、それも出来ない。噂なんて、どこから漏れるか分からない。だから内緒にして欲しい」

 

 こっこんな所で頭を下げたら駄目よ。目立ってる、目立ってるわよ私達!

 

「あら見て!彼氏の浮気を問い詰める彼女かしら?」

 

「修羅場か!ざまぁ筋肉ゴリラが美人を捕まえるからだ」

 

「あらやだわ。男に頭を下げさせるなんて……何処の女王様かしら?」

 

 結構人気の喫茶店なのだろう。席を八割ほど埋めているお客が、此方をみながらヒソヒソと囁きだした……

 

「分かりましたわ。分かりましたから!頭を上げて下さいな。私も内緒にしますから……」

 

 漸く頭を上げてくれたけど、周りのお客様さんは盛り上がってるわよ。

 

「ぷっ浮気がバレたのを黙ってるってさ!」

 

「何だよ、惚気かよ。人前で良くやるな」

 

 もう恥ずかしくて、お店に居られない。

 

「でも、貸し一つ。もうお店を出ますわよ。ここは払いますから、貸し二つですからね!」

 

 こんなに恥ずかしい思いをさせたんですから、貸しですからね。伝票を持って立ち上がる私を慌てて追い掛けてきたわ。

 この貸し二つ……何で返して貰おうかしら?とっても楽しみね!




 これにて始まりの章は終了です。次は幕間話を挟んで桜岡霞の章になります。
 修正が終わりましたら順次掲載します、暫くお待ち下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。