第202話
横浜山手の洋館にて、我が子の危険を何とかして欲しい。その親心に心動かされ二つの案を提示した。
しかし彼女の、美羽音さんの返事は否だった。
「何故ですか?胡散臭い心霊現象と人的な犯罪、両方に対応する比較的まともな提案だと思いますよ。
僕等を信じろとは言いません、ですから……」
「違います。私も心霊現象だと思ってます。ですが、主人が……」
彼女の話を纏めるとこうだ。
この洋館は戦前から建てられ現存している希有な洋館。内外装から家具備品に至る迄、殆どが当時のまま。
機械警備を行う為には、どうしても建物を傷付けてしまうから駄目。
そして美羽音さんの旦那ピェール氏は心霊現象を信じていないし、この洋館での子育てに固執している。
だから彼女が洋館を出る事を頑なに認めない。そして旦那の言う事に逆らえない彼女は、僕の提案は飲めない。
出来ればピェール氏に内緒で、この洋館に住みながら事件を解決して欲しい。
因みにピェール氏の帰宅は不規則で有り、他人を泊まらせる事に難色を示すそうだ。
言われて部屋を見回せば、確かに古めかしいシャンデリアが吊されている。
使っている食器類も骨董品っぽいし、クッションがくたびれているソファーも古いんだな。
しかし、旦那は最悪の部類の依頼人だ。
心霊に理解無し、非協力的だし物を壊したら大変な事になる。契約は結んでくれなそうだから、リスクだけが高い。
これから先は会話も記録を残さないと危険かも知れないな。そっと内ポケットに手を入れてICレコーダーのスイッチを入れる。
メリッサ様をチラ見するが、話を進める気は無さそうなんだけど……呑気に紅茶を飲んでクッキーを食べてるし。
「それで美羽音さん、どうしますか?セントクレア教会に正式に依頼されるのですか?」
相談だけなのか、正式に依頼をするのか決めて貰わないと始まらない。不安そうな女性二人に恨めしそうに睨まれた。
メリッサ様は我関せず的な態度だが、僕はアドバイザーですよね?
「あの、メリッサ様から今回は榎本さんが対応してくれると聞いてますが?
何でも榎本さんは安くて早くて確実な仕事振りで、安心して任せれば良いと……」
どうやら彼女達は僕が霊障を解決してくれると思っているんだけど誤解だぞ。
「そして契約に五月蝿いので、ちゃんと事前に契約書を取り交わさないと仕事をしないのも御存知ですよね?
僕はセントクレア教会の所属ではなくフリーの霊能力者ですし、今日はメリッサ様からアドバイザーとして来ています。ねぇメリッサ様?」
チラリと彼女を睨み付ける目を合わせてくれない。
「あら、女子供が困っているのよ。チャチャっと原因を解決して下さい」
横を向いたまま、何か言われたぞ。いかん、このままでは問題を押し付けられてしまう。僕の霊感じゃ、この仕事は請けない方が良いんだけど……
「ハメたな、鶴子さん!だけど……」
未だ僕と目を合わせない彼女に文句を言う。
「賑やかですね。お客様かな、姉さん?」
爽やかな声と共にイケメンが入って来た。ジャニーズみたいな爽やか系のイケメンが、にこやかに美羽音さんの肩に手を置きながら微笑んでいる。
未だ二十歳ソコソコだと思うが、妙に落ち着いているし張り付けた笑みも気に入らない。
「あら、修さん!今日お会い出来るとは思いませんでした」
猫を被った鶴子さんが色気を振りまいて挨拶しているから、彼がお目当ての依頼人の弟君か。
くたびれてクッションに深く座り直し冷えた紅茶を飲み干す。これは断った方が良いな、イケメンは悉(ことごと)くモゲれば良いんだよ。
なんで他人の恋愛事の手伝いをしなきゃならないんだ?
「鶴子さん、僕はこれで帰るけど良いよね?美羽音さん、さっきの提案だけど安全の為に早めに実行した方が良いですよ」
ソファーから立ち上がると、美羽音さんの後ろに立っていたイケメンが通路を塞いだ。
「待って下さい、榎本さん。騙す様に招いた事はお詫びします。ですが私達も本当に困っているんです。
力を貸して下さい。遅れましたが、私は美羽音の弟で高梨修(たかなしおさむ)と言います」
コイツ、未だ名刺交換も自己紹介すらしてないのに名前を呼んだぞ。これは鶴子さんをダシに僕に近付いたと見るべきか?
「わざわざ有り難う御座います、榎本です」
名刺を交換し確認する振りをしながら胡蝶に話し掛ける。フリーライター、高梨修ね……
『胡蝶さん、コイツは霊能力者かな?僕では力を感じないけど……』
『ふむ、並みだな。一般人程度の霊能力しか無いし何かを隠し持ってもいないぞ』
同業者でもなく霊具も持ってない、つまり普通の兄ちゃんだ。だが僕について詳しく調べているとみてよい。
「フリーライターとは、どんなお仕事なんですか?」
「主に旅の紀行やグルメレポートとかですね。温泉や郷土料理から最新のデートスポットまで依頼が有れば何でも書きますよ」
『依頼』が有れば色々ね……貰った名刺から視線を高梨に移す。
アルカイックスマイルって言うんだっけ?正直第一印象は大嫌い、私的感情を抜けば怪しい。だから此方も営業スマイルを浮かべる。
「僕から言える事は先程と同じですよ。証拠を掴むか逃げ出すかです。
高梨さんからもピェール氏を説得して下さい、お姉さんの安全の為に。
それは家族の仕事であり、我々が動くのはその後です。勿論、霊障なのか人的犯罪のどちらの場合もです」
先程と同じ説明を繰り返すと同時に、高梨にも責任と義務の一端を押し付ける。実姉が心配なら義兄を何としても説得しろと……
「榎本さんやメリッサさんは義兄を説得してはくれないのですか?」
「出来ません。そもそも我々が、仮にも霊能力者(聖職者)が彼に心霊の危険を訴えるのは逆効果ですよ。
胡散臭い、金が目的か?話に聞くピェール氏の性格では意固地に反対すると思いませんか、美羽音さん?」
大人しく聞いていた彼女に質問する。ピェール氏の性格を一番理解しているだろうから……
「確かに主人なら、怒りだして断ると思います……」
ほらな、依頼人の中で協力的非協力的と分かれると大抵が揉めるか失敗する。僕等も責められるし、最悪は詐欺扱いで訴えられるだろう。
「先ずは証拠を集めて家族間で話し合って下さい。その子供部屋に現れる『モノ』を撮影してピェール氏に見せて説得するのです。
機材によっては建物に傷を付けない物も有ります。簡単なのはハンディカムで隠し撮りして下さい。
不法侵入を防ぐなら建物周辺に赤外線で警戒しましょう。大手の警備会社なら国宝建築の警備もしています。
建物への配慮は大丈夫でしょう。ピェール氏も盗難対策と言えば断り辛いでしょう。
そして外部からの侵入が無いのにハンディカムに“ナニ″かが写れば……」
「説得出来ると?榎本さんは調べてはくれないのですか?不動産関係の除霊が専門と聞いていますが?」
やはりだ、コイツは僕の事を調べて話を持ち掛けている。
鶴子さんに接触したのもセントクレア教会に相談したのも偶然じゃないな。営業スマイルを張り付けたままで答える。
「それこそピェール氏が臍(へそ)を曲げますよ。だから信用の有る大手の警備会社と言いました。
僕がやれば偽装と疑いますね。美羽音さん、ピェール氏に盗難予防対策として相談出来ますか?」
「それなら大丈夫です。この家にはアンティークな品が沢山有りますから、建物を傷付けないで出来るなら多分大丈夫です……」
膝を叩いて満面の笑みを浮かべる。
「それなら安心ですね。念の為に言いますが、我々からの提案とは言わないで下さい。
盗難防止対策を講じたら不可解な『モノ』を写してしまった、どうしましょう?
これなら敬虔な信者である美羽音さんがセントクレア教会を頼っても文句は言えないでしょう。
さて、思ったより長居をしてしまいました。ピェール氏が帰ってこない内にお暇(いとま)しましょう。鶴子さん、帰ろうか?」
「鶴子って呼ばないで下さいな、全く……それでは高梨さん、失礼します」
やや強引に席を立つと家を出た。勿論、コルベットの運転は僕がする。
セントクレア教会まで鶴子さんを送り柳の婆さんに話を付けなくてはなるまい。
「榎本さん、態度が悪かったですよ。困ってる女性に対して可哀想じゃない?」
助手席で不貞腐れ気味な鶴子さんをチラ見する。携帯電話でメールを打ち始めたが、女性のこの仕草は危険信号だ。
「いや、余りに胡散臭いから……鶴子さん、あの洋館に入って霊の存在を感じた?」
メールを送信したのか、携帯電話を閉じて此方を向いてくれた。
「うーん、実は全然感じなかったわ。でも……」
「ゴーストハウスって初めて来る奴が居ると鳴りを潜める事も有る。だが、それでも僅かに痕跡は残るが……
僕も何も感じなかった。ただ何と無くピントがズレた様な変な感じがしたんだよね」
胡蝶も気にしていた、ピントがズレた様なが今回のポイントな気がするんだ。
あの洋館には確かに『ナニ』かが居るか有る。
「ピントがズレた様なね……それなら、もっと親身にならないと駄目じゃない?」
法定速度通りに50㎞で走るのだが、アクセルがね。軽く踏み込んでも加速するし、車体が重いのか操作性は悪いわで運動し辛い。
「僕はアドバイザーだろ?提案はしたよ、後は彼女達が真剣に取り組むかだね。
本当に我が子が大切なら、何としてでも旦那を説得して証拠を掴むだろ?映像が有れば嫌でも反応が有るだろ?」
「でも……」
歯切れが悪いな。車幅が広いから擦れ違いに神経を使う車だね。この辺は路肩駐車が多く斜線変更が頻繁で辛い。
「それよりも鶴子さんの目当ては高梨修さんだろ?玉の輿を狙ってる割りにはイケメンにターゲットを定めたのかい?」
多分だが年下の若いツバメ的な感じなのだろうか?一子様は能力重視で外見だけの中身無しは対象外だったが、鶴子さんは外見重視とはね。
「イケメンだしお金も持ってるじゃない。それに若いし、私に対して結構好感触なのよね」
ハニカミながら惚気られたのだろうか?頬を赤く染めて窓の外を見てるけど、完全に照れ隠しだと思う。
だけど、あの男は絶対に鶴子さんを通じて僕に接触してきた感が有るんだよね。凄く怪しいんだ。
「お金持ち?美羽音さんの実弟だろ、ピェール氏の資産は貰えないよ。
それとも彼女達の実家が金持ちなのかい?フリーライターなんて高給取りじゃないよ」
姉の美羽音さんはお金持ちのお嬢様って感じじゃなかった。奴も身なりは清潔だったが金持ちの服じゃない。
多分だが吊しのスーツだろう、オーダーメイドじゃない。
最近、本物のお嬢様や金持ち連中と接する機会が多かったから何と無く分かるんだけど……
「あら、じゃ顔だけなの?でも有名な雑誌に寄稿したりとか、今度海外に取材旅行に行くとか……」
指折り数えて思い出しているけどさ、少しは調べるか疑えよ。
「本当に有名なライターかも知れませんが、掲載雑誌とか聞きました?」
「ええ、じゃらんとか横浜ウォーカーとか……」
自分でコラムや特集記事を張れる連中じゃないと高額収入は無理だろ。両方とも定期購入してるけど、高梨修なんて知らないぞ。
「両方とも購読してますが、高梨なんて知りませんよ。まぁ鶴子さんが魅力的だから嘘を付いてでも近付いたのかな?」
「あら?榎本さんもお上手ね。でも何も出ないわよ」
ああ、社交辞令で機嫌が回復しちゃったよ……基本的に鶴子さんは善人なんだよね、守銭奴っぽいけど実際は其処までがめつく無いし。
何より亀宮さんと何だかんだで喧嘩友達同士だから悪い娘じゃない。
「さて、柳の婆さんに報告に行きますか」
「え?何故かしら?」
鶴子さんの質問に答えずにCDのスイッチを押す、流れだした曲は名前は忘れたがビジュアル系バンドの新曲だった。
やっぱり彼女は面食いなのね。