第201話
新章に突入します。今回は主人公のパワーアップがメインになります。
ここからは1日1話ずつ更新していきます。
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第201話
「榎本さん、お久し振りね。聞いたわよ、梢さんの所に身を寄せたみたいね」
突然の鶴子さん、いやメリッサ様からの事務所への電話だった。少しだけからかい気味の口調だが悪意は無い。
亀宮さんからの依頼を終えて報告書を提出した翌日の朝一番に連絡が来るとは、彼女達の関係(喧嘩友達)を考えると情報交換してる可能性が有るな。
何だかんだ言っても喧嘩友達らしいし……
「そうです、神奈川を拠点とする僕が東日本に強い影響力を持つ亀宮さんを頼るのは自然な流れですよね?」
関西を拠点とする加茂宮は何時か喰わねばならない間柄だし、四国と九州を拠点とする伊集院は完全獣化能力者の集まりだから無理だし……
「現実的な考え方ね。でも亀宮だって、誰でも所属出来る訳じゃないのよ。
出来ればウチに来て欲しかったわね。やっぱり榎本さんも巨乳に惹かれたんだ、変態」
本気で呆れた感じの声色の彼女に、少しイラッてきた。
「電話、切っても良いかな?」
ロリコンの僕には意味が分かりません。巨乳大好きって高野さんが広めた嘘だぞ。あの悪友は一度キッパリと文句を言わないと駄目だ!
だが「あら、モデル体型の方が好みなのね?」とか言われて終わりだな。口で女性に勝つ事は難しい。
どうでも良い相手なら平気なんだが……
「ごめんなさい、からかい過ぎたわ。実は仕事の相談をお願いしたいのよ」
「またですか?逆玉狙いの依頼人のお願いなんですね?」
前回の山小屋の怪異も確か依頼人がハンサムな金持ちだとか何とかだっけ?違ったかな、忘れたけど。
やる気が下がるな……一応メモを取ろうと紙とペンを用意する。
「違うわよ。信者さんからお願いが有ってね。子供部屋の監視カメラに知らない男が写るんだって。駆け付けると無人らしいのよ」
子供部屋?監視カメラ?
ああ、確か共働きで子供が心配な親の為のWEBサービスが有ったな。
外部から携帯電話やパソコンからNetを通じてリアルタイムに子供の様子が見れるあれか!
「ふーん、でも駆け付けるって時間が掛かるだろ?警備員か警察でも呼んだのかい?」
霊より不審者じゃないかな?知らない人が居るって通報しても5分や10分は掛かるから、相手は十分に逃げられる。
密室と言っても合鍵とかの可能性も有るし、元カレや元カノの仕業も考えられるな。
そもそも留守番出来るなら、子供と言っても小学生の高学年位だろ。
その子供に聞けば良いじゃないか、誰か他の人が居たか何処から入って何処に行ったかを……
「時間って?精々1分よ。同じ家なんだから……」
「はぁ?一緒に住んでるなら同じ部屋に居ろよ。何で監視カメラなんか使うんだ?小学生ならプライバシーが必要になる時期だぞ」
幾ら何でも可笑しいだろ。同じ家に居て子供部屋で一人で遊ばせてカメラで監視するとかさ。
「バカね、生後四ヶ月目なのよ。未だプライバシーなんて必要無いわよ」
オムツを替えられているのに、プライバシーなんて無いわよ?とかクスクス笑われた。
駄目だ、話が噛み合わない。同じ家に居て生まれて四ヶ月目の赤ん坊を一人部屋に残し親が他の部屋から監視する。普通は目の届く場所に居ないか?
「僕は独身だし結衣ちゃんは小学生の時に引き取ったから知らないが、普通は赤ん坊を一人で部屋に居させてカメラで監視するのか?」
「あー成る程ね。榎本さんの言いたい事が分かったわ。あのね、依頼人はイタリア人なのよ。
そして海外では赤ちゃんに最初から子供部屋を与えて育てるらしいわ。勿論、中流以上の広い家を持つ人達はね。
更にお金持ちだとベビーシッターを住み込みで雇うのよ」
へーそうなんだ。
だが赤ちゃんって事は依頼人は親だろ?幾らイケメンでも逆玉狙いでも妻帯者は駄目だろ。
「先ずは警察じゃないか?映像の記録は有るのかい?」
「監視カメラと言っても録画機能は無いそうよ。結構頻繁に見るらしく怯えてしまってね。お願い、一緒に話を聞いてくれない?」
監視カメラなのに録画機能が無いの?ボールペンでメモ用紙に意味の無い落書きをする。さて、どうする?
「お願い、それに彼女は榎本さんとも会ってるわよ」
「僕はイタリア人に知り合いは居ないよ」
「イヤねぇ、クリスマス会の時に紹介したじゃない。ピェール夫妻よ」
ピェール夫妻?確かに何人かの夫婦連れを紹介されて挨拶したが覚えてないな。
外人って見分けが付かないんだよ、実際実年齢以上な外見だからロリコン的な意味で言えば対象外だし。
それに高野さんにセクシートナカイの格好をさせたから、あの後のご機嫌回復が大変だったし……
「ごめん、覚えてないや。それでセントクレアの会を頼ったのに部外者を呼んじゃ駄目じゃないの?」
依頼人の相談に外部から同業者を呼ぶ。僕だって無料相談はしてないんだけど……
「アドバイスだけで良いから、謝礼は少ないけど出すわ」
アドバイスだけ?謝礼?お金を貰うと義務と責任が発生するんだよ。僕的な勘で言えば厄介事だと思う。
つまりは少ない謝礼でも正式に貰えば関わり合いに成らざるを得ない。
「良いよ、アドバイスだけで謝礼なんて。話くらいは聞くけど何時だい?」
今月は収入は多いし今日から暫くは予定も無い。だから話位は聞いて上げるか。謝礼を貰わなければ本当にアドバイスだけで済むだろうと気楽に考える。
深みに嵌まると柳の婆さんが出てくるからな。アレは海千山千の婆さんだから気を抜けない。
胡蝶の事がバレてるのも有るし、もしかしたら今回の件も婆さんの差し金かも知れないからな。
「あら、ありがとう。うーん、午後二時に先方に伺うのよ。場所は横浜の山手よ。
私が車を出すから関内の横浜スタジアム沿いの国道で合流しましょう。一時半にね」
横浜スタジアムか、場所は分かる。
「了解、通り沿いに珈琲大学院って変な名前の喫茶店が有るんだ。その周辺に居るよ」
片側二車線で比較的通行量も少ないから路駐し易いし、何より店が目立つ。
「ああ知ってるわ。では近くに停めたら携帯に電話するわね」
受話器を置いてため息をつく……凄く面倒臭い感じがするのだが、断り辛くもある。
まぁ話くらいは聞かないと駄目だな、知り合いだし亀宮さんの数少ない友達でもあるのだから……
◇◇◇◇◇◇
京急電鉄横須賀中央駅から横浜駅に行きJRに乗り換えて関内駅へ。
平日昼間だが横浜中華街等の観光地や横浜市役所等の行政機関が密集しているので人通りは多い。
人の流れに乗りながら駅改札を出て横浜スタジアム方面へ、そのまま海岸に向かって5分も歩けば目的の喫茶店が有る。
「何だろう?店の前に派手な車が……」
真っ赤なコルベットに修道女が乗っている。しかもオープンタイプだから道行く人達がチラ見していきますね。
「メリッサ様、清貧なシスターが何故外車?しかもスポーツカー?」
近付いて声を掛けるが、物凄いギャップだ。
「あら榎本さん、こんにちは。乗って下さい、直ぐに先方に向かいますわ」
悪目立ちは嫌なので言われた通りに大人しく助手席に乗り込む。コルベットはアメ車だから車体も車内も広い。
だからゆったりと座れるのだが……
「早い、早いよメリッサ様!もう少し安全運転で!」
何時の間にかサングラスを掛けてアクセル全開のシスター様が、荒々しくステアリングを操作している。
「あら、そんなにガタイが良いのに怖いの?大丈夫よ、目を瞑っていれば直ぐに済むわ」
「道路交通法的に怖いわ!あとは事故だよ。危険運転は同乗者にも責任がぁ−」
この女、白昼堂々と国道でアクセルを思いっきり踏み込んで急発進して停まる時は急ブレーキを踏みやがった。つまりは直線しか早くない似非走り屋だ。
「何人(なんびと)たりとも私の前は走らせませんわー!」
「それ違う漫画だー!それと運転変われ、今すぐだ。じゃないと帰るぞ」
事故を起こす前に無理矢理にでも停めさせる。全く僕はキューブなファミリーカーなのに、桜岡さんといいメリッサ様といい……
しぶしぶと言う感じで路肩に停めやがった。つまり趣味を我慢しても僕を依頼人にどうしても会わせたいんだな。
彼女のナビに任せる事20分、目的の家に着いた。
「デカい、無駄にデカい。小原さんや岩泉氏の屋敷よりは小さいが、横浜山手にコレだけの大きな家を持つとか……」
益々メリッサ様の略奪愛疑惑が濃くなるな。もしかして柳の婆さんに秘密で?お金大好きな彼女ならと思い疑惑の視線を送る。
何か後ろめたい事が有るのかモジモジし始めたぞ。目線を逸らせてポツリと秘密を告白した。
「依頼人の弟がね、独身なのよ。姉を心配して一緒に相談に来てね。それで、叔母様が榎本さんに相談しろって。
叔母様は榎本さんを警戒してる感じも有るから、此処で活躍すれば……」
「警戒感が無くなるって事かい?」
黙って頷くメリッサ様。彼女は彼女なりに僕と柳の婆さんとの仲を取り持ってくれるつもりなのかな?
前にセントクレア教会を訪ねた時に、胡蝶が脅かしたから相当警戒してる筈だからな。
まぁ無断で術を掛けてきたんだし、お互い様の自業自得なんだけどね。
「家の前て騒いでいても仕方ないよね。取り敢えず駐車場に停めちゃうよ」
豪邸故に駐車スペースに空きが有るから、其処にコルベットを移動するが……車の全長が長くて車道に突き出たよ。
僕のキューブは全長3.9mだけどコルベットは4.5mは有るからな、流石はアメ車だね。
一般的に駐車場は全長5m幅2.5m位が基準だけど、昔の屋敷だから小さいのかな?
玄関に廻ると既に車の音で来客を察したのだろう、女性が二人並んで出迎えてくれた。
◇◇◇◇◇◇
応接間に通されて自己紹介を終えた。若奥様の美羽音(みはね)・ビーノさん、ベビーシッターの竹内真理恵(たけうちまりえ)さん。
そして今は子供部屋で寝ているが長男の真理央(まりお)君、生後四ヶ月目だ。ヤバイ、マリオって配管工のオッサンを連想しちゃうよ。
美羽音さんは29歳、中々の美人さんだ。
優しげで大人しい印象、大金持ちのお嬢様には見えないがピェールに見初められて結婚した敬虔な信者と言う所か?
服装も控え目な若奥様風だ、前に見た時は野暮ったかったイメージが……記憶違いかな?
竹内さんは失礼ながら美人ではないが、愛嬌の有るぽっちゃり系。
スエット上下にエプロンと機能的?な服装。だが子供受けのする優しい感じがします。本来ならゴーストハウスに乗り込むなんてお断りなんだけどね。
『胡蝶さん、この家に何か居る?』
『む、居ないのだがピントがズレた様な不思議な感覚だな……』
胡蝶が悩むとは、これは黒か?だが居ないとは何故だ?少なくとも嘘じゃない何かが有るか居るのか……暫くは世間話をしていたが、メリッサ様から切り出した。
「それで、もう一度説明して下さい」
「はい、実は……」怯えながらも、たどたどしく美羽音さんが話しだした。
日本人には奇異に感じるかも知れませんが、イタリアの上流階級では赤ちゃんに個室を与えてベビーシッターを付ける。
だが四六時中、赤ちゃんの近くに居ては逆にストレスを与える事と考えられている。
昔の日本だとオンブ紐で母親が背中に一日中括り付けていたのだが……住宅事情の違いか生まれて直ぐに自分の部屋を持てるのか。
勿論広い家だが定期的に見回るし、不慮の事故が起きない様にと赤ちゃん用品店にて簡易的な監視カメラを買って設置した。
それが製品名「パパママ見ててね、僕良い子だよ」だ、本来の名前は別らしいが日本語表記ではそうなっている。
アメリカ製で白黒六インチ画面に映像を送るだけの玩具みたいなカメラ、粗い画像だが基本的な情報は見れる。
勿論だが録画機能は無いし集音マイクも無い。だから警察に不法侵入で相談する事は難しいな。
「やはり証拠が無いと何とも判断出来ません。ですが二つ提案が出来ます。先ずは人的な原因の場合、警備態勢を整える。
警報器や監視カメラの設置です。霊的な場合、速やかに引っ越しなさい。
霊障が家の場合と人の場合と有りますが、教会に保護を求めなさい。教会は聖域だから大丈夫でしょう」
僕の提案に美羽音さんは力なく首を横に振った。