榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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幕間第16話から第17話

幕間16

 

「私?私は穂坂恵(ほさかめぐみ)よ。緑ヶ丘学院の三年生」

 

 目の前にはセーラー服の美少女が僕に微笑んで、遊んでくれと言っている。所謂逆ナンだ!

 普通なら嬉しい状況だが、彼女は幽霊で凄い嫌な感じを纏わり付かせている。

 どう見ても普通じゃない、霊感的には確実に悪だ。

 

「恵ちゃんか……僕は遊べないんだ、お仕事の最中だから悪いね」

 

 戦略的撤退だ、勝てそうな気が全くしない!ジリジリと玄関の方へ移動する。

 

「駄目よ、お兄さんは私と遊ぶの」

 

 文字だけ見れば嬉しいのだが、要は逃がさないって言われたんだ。彼女の顔が段々と恐ろしくなっている。

 例えば優しく微笑んでいる瞳だが白目が無くなって真っ黒だ。

 優しい笑顔も段々と嫌らしい笑みに変わった、決して美少女がしてはいけない類いの笑みだ。

 もはや悪霊と言っても差し支え無いだろう、100人が100人共に悪霊と答える筈だな。

 

「恵ちゃんは何故、こんな部屋に居るの?」

 

 会話か成立する内に情報を貰えるだけ貰おう。

 

「私?私はね……ここの管理人に殺されて床に埋められたから。

良く分からないけど、こうやって動ける様になったから仕返しに来たら管理人は居なかったのよ。

だから私だけ不幸なの嫌だから、沢山の人と遊ぶの」

 

 言っている事は物騒だが表情が元の可愛い美少女に戻って微笑んでいる。ギャップに萌え、いや敵意がメラメラと燃えるぜ!

 宗吾さんの仇とは、こんな自己チューな奴なんだ!しかし殺された後に時間が経ってから悪霊化したのかな?

 それで自分だけ不幸は嫌だから周りも巻き込む、典型的な悪霊の思考パターンだ。

 

 もう話を聞く必要も無い……

 

「遊びってどんな遊びだい?」

 

 ポケットに突っ込んでいたペットボトルを取り出して蓋を開ける。

 

「エッチな遊びで良いよ?さぁ、お兄さん服を脱いで……」

 

 嘘だな、だが幽霊と知らなかったら誘いに乗る奴も居たかもね。それ位の美少女なのが残念だ。

 

「成仏しろよ!おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 愛染明王の真言を唱えて清めた塩をブチ撒ける!彼女の頭から胸元にかけて白い粉が降り掛かる。

 

「あれ?もしかして生きてる人間だった?」

 

 キョトンとして目をパチクリとした後に、降り掛かった塩を叩き落としている彼女に話し掛ける。

 

「酷い人ね、いきなり白いのをブッ掛けるなんて……残念ながら私は死んでるわよ。

でも成仏させるには威力が弱かったわね。今度は私のターン!」

 

 フワッと髪が逆立ち黒目の中心が紅く光った。ヤバい、レベルが高過ぎて僕程度じゃ祓らえないのか?

 残りの清めた塩を急いで振り撒いて玄関に向けて走りだす。

 

「戦略的撤退っ、うわ?」

 

 後ろを振り向いた瞬間に勢い良く玄関扉が閉まった。ポルターガイストまで使えるのか?

 胸ポケットにしまっていた御札を取り出し霊力を込める。これが効かなければ打つ手は無い!

 

「おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく愛染明王よ、僕に力を貸して下さい!」

 

 御札を直接彼女に貼ろうとするが、見えない何かに弾き飛ばされる!壁に激突した瞬間、頭の中で火花がスパークした。

 

 つまり頭を痛打したんだな……

 

「くっ、コレが君の遊びかい?随分とボーイッシュでワイルドだぞ」

 

 口の中も切ったのか血の味がするし頭も痛いし背中も痛い。

 

「うーん、お兄さんが特別なのよ。三階に居た人なんて真っ裸で襲って来たから首をもいじゃったわ」

 

 蹲(うずくま)る僕を見下ろす様に屈んでいるが、スカートだから中身が見える。幽霊でも下着は履くんだな、当然だが。

 薄暗い部屋の中なのに彼女自身は発光してるから、スカートの中身もバッチリ見える。

 

 ライトブルーのシンプルなパンティーだ!

 

 だけど三階って男二人の方か?

 

「一階の中年女性はどうした?まさか既に遊んだのか?」

 

 まだ頭がクラクラして立ち上がれない。だが御札は手放さずに右手に握っている。既に男の霊能力者達は殺されたんだろう。

 だが男に興味が有るなら女はどうなんだ?

 

「ああ、あのオバサンね。他の人が下に連れて行ったわよ。あのエレベーターってね、霊道に繋がってるみたい。

私でも引き込まれたら逃げられないかも」

 

 霊道?彼女とは関係無い連中に既に連れてかれたのか?僕を除いて今回来た霊能力者は全滅か!

 

「ははは、悪いが僕も足掻かせて貰うよ。

おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく!」

 

 愛染明王の真言を唱えて御札に霊力を込めて、そのまま突き出す。

 

 ムニュリと柔らかい感触がして彼女の胸に御札を押し当てる格好になってしまった、凄いボリュームだ。思わず目と目が合う。

 

「いやん、バカァ!」

 

 真っ赤になった彼女が僕の頭を狙って右手を振り抜くのを何とか腕でガード、そのまま吹っ飛んだ。

 ガードの瞬間、自分の骨が折れる音が聞こえた、生木を圧し折るみたいな音が……

 

「他の人と違うかと思ったけど、やっぱりスケベ野郎なのね。乙女の胸を触るいけない腕を壊しましょう」

 

 折れた腕に手を伸ばして来たので何とか転がって避ける。立ち上がる為に折れた腕を使ってしまったので激痛で気を失いそうだが、気絶したら確実に死ぬ。

 

「違う、痴漢じゃないんだ!だが全く僕の力(霊力)が効かないとはな、嫌になるぜ」

 

 何とか右手を庇いながら立ち上がる、後はみっともなく逃げるか玉砕するか?

 玄関扉は閉まってる、庭に出るのは無理、台所の窓は流し台を乗り越えないと無理だが果たして片手で上れるか?

 

「逃げられないわよ。お兄さん頑張ったから、ゆっくり遊んであげるわ」

 

 ゆっくり遊ぶは嬲り殺しにするって事だろ?

 

「お断りだね、援助交際なんて嫌だ」

 

「胸も揉んだしスカートの中身も見たじゃない。立派な援助交際よ。あの管理人もそう……

いきなり私を部屋に連れ込んで乱暴して、抵抗したら首を絞められた。男なんて、男なんて、みんな死んじゃえば良いのよ!」

 

 自らの身体を抱き締める様にして嫌な記憶を思い出している。この怪奇現象の原因は元管理人が彼女を殺して床下に埋めたからか?

 彼女以外にも、あの女の子達も……朧気ながら原因が分かったが、僕のピンチには変わらない。

 彼女も生者と変わらぬ姿から異形へと変化し初めている。服はボロボロ、痩せこけて目だけがギラギラしている。

 ああ、獣みたいに爪が伸びてるな。

 

「既に満身創痍、残りの武器はライターだけ。でも燃える物はカーテン位だが放火する時間も無い。詰んだな……」

 

 出来ればミイラみたいな姿より美少女の時に殺されたかった。

 

「ころころころ、殺す!男なんて……ブッ……殺す……死ねー」

 

 飛び掛かってくる彼女がスローモーションの様に見えて……その爪が僕の喉に届く前に、彼女の下半身が無くなった。

 

「かっ、身体が……私の身体が……」

 

 テケテケみたいに床に両手を付いて起き上がった彼女の頭が無くなった、いや噛み砕かれたんだ。

 「箱」だ、あの「箱」の中身が彼女を喰っている。クチャクチャと渇いた咀嚼音が薄暗い管理人室に響いて……

 残りの胴体を食べ終わると何時もの全裸美幼女姿に戻ってお腹を擦っている。

 

「ゲフッ、不味いぞ。こんな奴に苦戦とはな、なってないぞ」

 

 唐突に現れたと思えば叱られた、確かに不甲斐ないし助けて貰ったのだが。

 

「助かったよ……でも助けるなら、もっと早く助けてくれ」

 

 満身創痍が今の僕だ。右腕骨折、全身打撲、口の中は切れてるし切り傷も多い。今直ぐ救急車を呼びたい位に重症だ。

 

「ふん、知らんな。しかし霊道とは面白いな、旨そうな奴も居るな」

 

 ペタペタと裸足で玄関に向かう「箱」の後ろ姿を睨む事しか出来ず、段々意識が遠退いていった。ああ、気を失えば痛みは感じないか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「無様な……我との契約を為す事が出来るのか?まぁお前が居なければ我も困るのだがな」

 

 無様に気を失い倒れている正明を見下ろす。全く榎本一族最後の生き残りなのだから、確(しっか)りしろと言いたい。

 満身創痍だな、右腕の骨折が一番酷い。足で踏み付けて治療すると痛みで覚醒したみたいだ。

 

 呻いた後に目を開けた……

 

「痛たいなってアレ、右腕は痛くない……「箱」何かしたのか?」

 

 身体中の打ち身や切り傷まで治すつもりは無い。もっと精進させねばなるまい。

 

「ふん、正明か寝てる間に霊道に引き寄せられる霊をたらふく喰ったぞ。もう壊したから霊道としては機能すまい。

正明、もっと精進して我を喜ばせろ。今回の贄(にえ)では我は満足せぬ」

 

 もう教える事も無いので仮初めの器に戻る。未だ我の求める事が分からぬか、愚かな正明よ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 目の前に転がる「箱」を拾い上げる。今回も「箱」に救われたみたいだ。どうやら右腕の骨折も治療してくれたらしいが他は何もしてくれてない。

 痛む全身に力を入れて起き上がる。

 今回の怪奇現象は元管理人が殺して埋めた穂坂恵を中心とした悪霊と、霊道となり浮遊霊を呼び込んだエレベーターの両方が原因だった。

 

どちらも「箱」が喰い解決した訳だな、全く情けない、情けなくて涙が出てしまう。

 

「クソッ、結局僕は何も出来なかった……まただ、また何も出来ずに見ているだけだ!

こんな事じゃ仇討ちもままならない。チクショー、何で僕はこんなにも弱いんだ!」

 

 折角立ち上がったが、その場で大の字になり自分の不甲斐なさを悔やむ。涙が止まらない、大の大人が本気泣きとは情けない。

 泣き疲れて寝てしまい起きたのは朝の6時を過ぎていた。

 一旦階段で五階の部屋に戻り濡れタオルで全身を拭き清めてから一階に戻り、外の花壇に座り軍司さん達を待つ。

 8時を過ぎた頃、黒いベンツと白いシーマが到着した。軍司さんとマサ&ヤスが車から降りて此方に歩いてくる……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「榎本先生よ、無事だったみたいだな?外で待ってるたぁ怖かったのか?」

 

 開口一番、豪快に笑いながら近付いてくる軍司さんに軽く頭を下げる。

 

「何でぇ、傷だらけじゃねぇか?おい、救急箱持ってこいや!」

 

 巌ついヤクザに怪我の心配をされるなんて、可笑しくて笑ってしまった。

 

「おぃおぃ榎本先生よ……まさか気が触れてねぇよな?」

 

 肩に手を置かれ乱暴に揺すられた。

 

「いえ、大丈夫です。このマンションの怪奇現象の原因は、元管理人が殺して管理人室の床下に埋めた女性達の怨念でした。

それと理由は分かりませんが、エレベーターが霊道と繋がってしまった。それに引き寄せられた浮遊霊の悪戯でした……

女性達の怨霊は祓らいましたし、霊道も壊しました。もう大丈夫ですよ」

 

 本当は「箱」が全てやった事だが正直には言えない。「先生、他の奴等は何してたんですかい?」

 周りを見回して聞いてくるが、あの三人は死んでしまったと思う。

 

「奴等は個別に襲って来ました。最後に祓らった悪霊が男二人は括り殺した、女は霊道の奴等が下へ連れていったと言ってたので……

確認はしてませんが、多分生きてはいないでしょう」

 

 昨日初めて会った連中だが、例え嫌われていても死ねば悲しいものだな。

 

「分かりましたぜ、榎本先生が気に病む事は無いですぜ。オイ、一階と三階の部屋を調べろ」

 

「「へい、了解っす!」」

 

 マサとヤスが元気よくマンションに向かって走って行く。

 

「軍司さん、この後どうしますか?管理人室の床を掘れば、多分ですが四人以上の遺体が見付かりますよ。

一人は穂坂恵、高校生。後は小学生位の女の子達。僕は彼女達をご両親に会わせてあげたいんです。

祓らう時に約束したんですよ、両親に合わせてくれって……」

 

 あの女の子の最後の願いだから。

 

「榎本先生、そんな事まで分かるのかよ。分かった、悪い様にはしねぇよ、俺に任せな!」

 

 バンバンと背中を叩かれたが、本気で痛かった。僕は二度目の意識を手放した……

 

 

幕間17

 

「一晩で解決たぁ驚かされるぜ。ただ傷だらけは不安が有るな、簡単に死なれちゃ困るんだぜ、榎本先生よ」

 

 眉間に皺を寄せて気絶してる若き霊能力者を見る。

 先代若頭の怨霊を祓らい、今もお抱えの霊能力者達から無理と言われた怪奇現象の頻発するマンションの怨霊を祓らい、更に原因を突き止めた。

 多分だが霊能力とかは高くても基礎体力がお粗末なんだな。こうして見てると、その辺の甘ったれた学生にしか見えないから不思議だぜ。

 暫く待つとマサとヤスが慌てて走ってくる。コイツ等も落ち着きが欲しいぜ。

 

「軍司さん、三階の二人は全裸で首を折られて死んでました!」

 

「一階のババァは何処にも居ません。マンション内は鍵の掛かってない部屋も全部見たけど居ないっす」

 

 何だよ、先生以外は全滅かよ。先生も甘い様だが同業者には厳しいのか?

 確か協力はしない、一人でヤルとか言ってハブられたらしいし、その辺がアンバランスだな。

 だが力有る霊能力者は自身の能力を教えないとも聞くし……

 

「分かった、死んだ二人は山にでも埋めとけ。ソイツ等の荷物は燃やして身元を特定させるなよ。

それと管理人室の床を掘るぜ、榎本先生曰く女が埋まってるそうだ。マンションオーナーへの脅迫に使えそうだな。

組の若い者を呼んで俺が確認する。さて、お前等は榎本先生を本家まで運んで山下先生を呼んで治療して貰え。丁重にだぞ」

 

 このマンションの管理人はオーナーの血縁者だった筈だ。それが犯罪者だってんだから慌てるだろうよ。

 立ち退き料は上乗せして貰えそうだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「うっ、此処は?」

 

 目覚めた場所は知らない部屋の中で、僕はマンションの外で軍司さんと話していた筈だ……アレだ、ついに有名な台詞を言う事が出来る。

 

「気が付いたかい?此処は私の診療所だよ」

 

「知らない天井……いや、知らない診療所?」

 

 誰かに話し掛けられたが、台詞を聞かれたから元ネタを知られていたら恥ずかしい。しかし診療所だって?

 成る程、保健室みたいな内装、白いカーテンで仕切られたベッド、白衣の女医さん。

 

「僕は入院したんですね?」

 

 体を見れば包帯だらけだ。

 

「いや、畑中組の若い連中が往診しろって言って来たけど、怪我の具合が分からないから連れて来いってね。

往診じゃそんなに医療器具とか持ち込めないからね。てっきり抗争か何かで撃たれたか、斬られたか、刺されたかと思ったのよ」

 

 抗争?ヤクザ絡みの違法な治療もする医者?良く見れば中々の美熟女だ、若い時は相当な美人だったろう。

 歳は50歳は越えてるかな?まぁロリコンな僕にとってはオバアチャンだけどね。

 

「何か失礼な事を考えてないかい?確かに私はヤクザの治療もするが普通の開業医よ」

 

 女性の勘って怖いわ、表情には出さなかった筈なのに何故分かった?

 

「いえ、ブラックジャックみたいな無免許医師かなって想像しちゃって……」

 

 アレ?凄い笑顔だけど、現役医師にとってブラックジャックって笑いのツボ?

 

「随分古い漫画を知っているわね?リアルにそんな凄腕の無免許医者は居ないわよ、モグリは多いけど腕はそれなりよ。

さて貴男は何者かしら?身内のリンチでの怪我なら、わざわざ若頭が丁重に扱えとか言わないし……幹部連中の息子かしら?」

 

 ああ、彼女は軍司さんが手配してくれた医者で僕を治療してくれたんだ。いや最初から分かってたけど思考能力が低下中?

 起き上がると掛け布団がずり落ちて裸の上半身が丸見えだ。しかも腹まで包帯だらけだな。

 

「僕は只の在家僧侶ですよ。幾つか仕事を頼まれて解決したけど満身創痍で倒れた駄目な男です。あの、服を着たいのですが……」

 

 掛け布団を持ち上げるとパンツすら履いてない完全なる全裸だ。朝の自然現象には至ってないのが救いだね。

 多分全部見られてるんだけど、治療して貰ったので文句は言えない。けど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

 大切だから二回言いました!

 

「あら、もう少し休んだら?全治一週間よ、打撲は熱を持つから今日は入院、退院は明日ね。美浦(みほ)、来て頂戴」

 

 えっ?ミホさん?もしかしてロリっ娘ナースが?

 

「はい、何ですか先生?」

 

 期待に胸を膨らませるが、扉を開けて入って来たのは恰幅の良い中年のオッサンだ。

 親しみやすい雰囲気の30代で長髪を無造作に後ろで束ねている。お腹はメタボたな、医者の不摂生?

 

「彼の服を持ってきてくれる」

 

「入院服ですね?サイズはLで大丈夫かな?ああ、僕は美浦(みほ)吉成(よしなり)です」

 

「はい、Lサイズで大丈夫です。僕は榎本(えのもと)正明(まさあき)です」

 

 彼の持ってきてくれた入院服とは作務衣みたいな物だった。

 因みに治療費は親父さんに請求するらしいが、保険証の提示を求められなかったので多分だが非合法の医者だろう。

 全く本来なら出会わない連中との接点が増えるなぁ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 入院なんて初めてだ。そもそも入院した事が無いので何をして良いのか分からない。

 あの後、病院食と言う物を初めて食べた、遅い昼飯だ。

 プラスチックのトレイにプラスチックの器、食パン二枚・ハムサラダ・コーンスープにパック牛乳、デザートはグレープフルーツ。

 普通の病院と同じ様なメニューだが、此処ってちゃんとした病院なのかな?

 薄味で美味しくはなかったが、お腹が膨れたので眠くなった。

 

 する事も無いので寝よう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「軍司さん、出ましたぜ……」

 

「本当に埋まってたな。セーラー服を着た白骨が……他にも子供が数人埋まってるぞ、探せ」

 

 やれやれ、穂坂恵の白骨死体が本当に出やがった。榎本先生は本当に悪霊と話が出来るんだな。

 この女は調べたが四年前に行方不明になっていた、同級の友人が三階に住んでたから遊びに来た時にでも管理人に襲われたか?

 

「軍司さん、子供です!子供の頭蓋骨が……ああ、三人分有りますぜ」

 

 コッチもビンゴかよ。さてオーナーを呼ぶとするか……

 あのジジィ、頑なに立ち退きをさせたかったのは案外知ってたのかもな。

 化けて出るなんて話が有れば霊能力者を雇うしかない。

 除霊しなきゃ掘るに掘れなかっただろうが、俺等が居ちゃ無理だろうな。

 立ち退かせるには心霊現象は有利に働くから、俺達を追い出してからだ。

 

「どっちにしても先生から骨は親元へ返せって頼まれてるんだ。公(おおやけ)にするしか無いか……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 料亭羽生(りょうていはにゅう)、前回も朝から接待を受けた店だ。

 そして今回も朝から呼ばれている。一泊入院を堪能した後、マサ&ヤスが迎えに来て連行された。

 奥座敷に通されれば、親父さんと軍司さんが待っていた。

 

「よぅ、先生。事件は解決したが入院たぁ情けないな」

 

「基礎体力が低過ぎるんだ!明日から筋トレしようぜ」

 

 いきなりのダメ出しをされたぞ?

 

「まぁ座れよ先生。折角だから酒でも飲みながら話を聞かせてくれよ」

 

「そうだぜ、確かに榎本先生の言う通りに人骨が出て来たぜ。で、どうしたいんだ?」

 

 八人位座れそうなテーブルに向かい合って座る、フカフカな座布団に肘掛座椅子、目の前には懐石料理かな?

 テレビでしか見た事が無い政治家とかの赤坂接待みたいだ……綺麗な硝子のぐい呑みを渡され名前も知らない冷酒を注がれる。

 

「はぁ、頂きます。先ずはですね……」

 

 ダイジェスト的に今回の流れを説明する。一番最初にマンションでやった事は聞き込みだ。

 怪奇現象が頻発するのはエレベーターと共用廊下と階段、殆ど全てに何らかの霊が現れた。

 そして組の若い連中も何かしらの怪奇現象をその目で見ている。だから先ずは深夜にエレベーターから調べる事にした。

 最初から幽霊は現れた、先ずはエレベーターに乗ると白い服を着た女の霊が一緒に乗っていた!

 祓らって階段室へ行けば子供達の幽霊がお出迎えしてくれた、相当な密度の心霊現象だ。

 子供達を祓い廊下に出ると又エレベーターから違う女の霊が出て来て襲われた。彼女を祓らった後、部屋で読経をして荒ぶる魂を鎮めた。

 

 怨霊化していた彼女達が天に昇るのを見送る時に、原因が管理人に有ると教えて貰う。

 後は管理人室に入り、今回の怪奇現象の原因で有る穂坂恵の怨霊と対決。

 その怨霊を祓らい、霊道となっていたエレベーターを霊的に壊して今回の件はお終い。

 

「大分端折りましたが、大筋は間違ってません。出来れば埋められていた子達は両親の元に帰してあげたいんです」

 

 「箱」の事を隠す為に最後は端折り過ぎだが、本当の事は言えない。温くなった冷酒を一気に飲んで咳き込んだ、やはりビールが良いや。

 

「何とも驚きだがよ、先生も相当規格外だな。一晩に何人もの怨霊を祓らって霊道まで壊せるなんてよ。同行させた同業者は全滅なんたぜ」

 

「親父、アイツ等は黒松の弟子だからな。半人前だったし自業自得だよ。

榎本先生よ、あのマンションの管理人室からは確かに白骨化した四人が見付かった。

約束通りに親元に返す為に公にするがよ、まさか霊から教えて貰ったとか言えないからな。

管理人の、女達を殺した奴の親が警察に自首する事にするぜ。死んだ息子の遺書でもメモでも書き置きでも見付けて、念の為に掘り返したら見付けて届けた事にする。

これなら榎本先生にも迷惑は掛からないだろ?」

 

 成る程な、親父さん達は息子の罪をネタに立ち退き料を吊り上げたんだろう。

 相手は素人だし解体中に骨が見付かったら大騒ぎになるが、自首して情報提供なら警察も公にはしないからマスコミにも騒がれないか……

 

「勿論、榎本先生への報酬も払わせますぜ。奴等はマンションの怪奇現象を知ってた。知ってて俺達を追い出す口実にしていたんだ。

先に祓らわれて原因まで掴まれたって聞かされた時の顔は笑えたぜ。奴等から貰った除霊報酬は300万円、全額先生にお渡ししますぜ」

 

「勿論、俺からも頼んだんだからよ。ちゃんと報酬は払うぜ」

 

 マズいぞ、この話の流れはマズい。彼等からお金を優遇して貰うと段々と絡め取られる様に癒着してしまう。

 爺さんが言ってた、恩を受けたら直ぐ返せって。でも親父さんからの依頼は条件も曖昧だったし相場も分からない。

 

「それは嬉しいですが……マンションオーナーからの報酬は重複になるから要らないです。

同じ仕事で複数から報酬は貰えませんし、僕が交渉した訳でも無いから、気持ちだけ貰います」

 

 一瞬眉間に皺を寄せた親父さんだが、直ぐに豪快に笑った。やはり恩を着せるつもりだったのか?

 

「おぅ軍司よ、榎本先生は真面目だな。確かに二重報酬か、言われてみりゃそうか。でも黙って貰えば良いだろ?」

 

「それは義理を欠く、いえこれ以上迷惑を掛けたくないですかね?僕はお金の為に仕事をしてる訳じゃないので、そこまで報酬に執着はないんです」

 

 復讐と「箱」への貢ぎ物の為に仕事をしているから……その後は普通に食事をして別れた、次の依頼は未だ無い。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「何とも扱い辛い奴だな。お前はどう思う?」

 

「相当に警戒してる、だと思うぜ。アレは俺等に借りを作りたく無いんだな。

普通のガキが報酬300万円とか言われたら必ず迷う筈だ。

それを顔色を変えずに即答したのは俺達との付き合いにはキッチリ線引きしたいんだせ」

 

「金に汚い奴は簡単に裏切るからな。目的が復讐ってのは難儀だが、上手く付き合えば互いに利が有る。

長い付き合いにする為にも、体を鍛えさせろ。あんなに血だらけじゃ何時死ぬかも分からないぞ」

 

「そうだな、組の若いモンと馴染ませる為にも一緒に筋トレさせるぜ。親父、報酬の事には触れなかったが、どうする?」

 

「ん、そうだな。相場なんて分からないが、安過ぎるのも駄目だ。

今回の件は500万円にしとくか、元々300万円はジジィから毟り取ったんだ、同額じゃ駄目だ。西崎みてぇにピンハネはしないからな」

 

「西崎?ああ、先生の仕事料をピンハネした馬鹿か。今頃は千葉沖に沈んでるぜ」

 


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