榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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幕間第13話から第15話

幕間13

 

 ラブホテルの怪異を解決し、親父さんに世話になる事になって三日目。

 

 僕は事務所の方々と顔合わせをさせられ、また必要な物を用意して貰った。

 宗吾さんの寺にも帰れないので商売道具の清めの塩や、御札を作成する為の愛染明王を祭る祭壇と「箱」を祭る為の真言宗の祭壇。

 この二つを用意して貰うのに三日しか掛からなかった、単純に凄いと思う。

 仏教における祭壇とは家庭用の仏壇や仮設の葬儀用の祭壇と違い常設だから須弥壇と言う。

 本尊たる仏像を祭る為のものだから、ちゃんと愛染明王の仏像まで用意されているのが凄い。

 愛染明王は一面六臂で忿怒相をしていて頭には苦難にも挫折しない強さの象徴である獅子の冠を被っていて、叡知を収めた宝瓶の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐で座る特徴ある姿をしている。

 まさに用意された仏像は高級品の類だろう、下世話な話だが60cmクラスの仏像なら200万円以上はするんだ。

 愛染明王の祭壇は親父さんの屋敷の一角の倉を改造してくれて、「箱」の祭壇は僕用の私室に設置して貰った。

 此方はこぢんまりとした造りだが、こっちは仏壇だな。

 大日如来様を中心に左右に不動明王・弘法大師の仏像が鎮座されている。つまり僕はガッチリとヤクザの親分の本宅に部屋を用意された訳だ。

 

 これは親父さんの霊的防御も期待されての事だと思う。

 お抱えの霊能力者の何人かが、あのラブホテルで兄貴の霊に殺された為に、僕はお抱え霊能力者筆頭みたいになっている。

 勿論「箱」と言う秘密を抱えている僕は彼等とは一線を引いた。

 それを親父さん達は格下を相手にしない孤高の霊能力者と僕を持ち上げて、霊能力者達は傲慢で生意気でいけ好かない嫌な奴と思ったみたいだ。

 彼等とは近付きたく無いので丁度良いのだが、あの嫉妬と嫌悪の含まれた目で見られるのは嫌だな。

 

 因みに生き残りのお抱え霊能力者は三人。密教系の中年のオバサンに坊主崩れのオッサンに、神道系の同世代の兄ちゃんが居る。

 「箱」の査定ではカスだそうだ、喰う価値も無いとか何とか……つまり実力は僕と対して変わらないって事だ。

 親父さんが僕に頼んだ最初の物件は、古びたマンションの怪奇現象を何とかする事だ。

 これは地上げと言うか立ち退き料を釣り上げる為にマンションに居座っている連中が、心霊現象に怯えて逃げ出してしまうそうだ。

 流石に部屋に居なければ立ち退き料とか言ってられない。既に四人の下っ端構成員が逃げ出して軍司さんに肉体言語で指導されたそうだ。

 リンチされるのを覚悟で逃げ出すんだから、心霊現象は本物だ。取り敢えず昼間に件のマンションへと案内(連行)された。

 

 残りのお抱え霊能力者全員と一緒にだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それは名古屋市郊外の閑静な住宅街の一角に建っていた。

 古いコンクリート造の五階建てのマンション、各階に五部屋で二十五世帯だが現在住んでいるのは居座り組の三世帯だけだ。

 外壁には蔦が絡まり罅だらけ、空き部屋が多いから一見すると廃墟みたいだな。

 だって破れた障子とかが、そのままになってるし花壇は雑草が元気に生えている。

 建物は人が住んで手入れをしないと荒むらしいが、その通りだね。

 

「先生方には五階の角部屋、三階の真ん中、一階の管理人室の隣の部屋のどれかに夜間だけ居て貰いますぜ。

昼は組の若い衆に居させるが、夜は大の大人が怖いって泣き叫ぶんだ。全く嘆かわしいぜ」

 

 物理攻撃の通じない相手は怖いだろう、僕だって怖い。緊急時に逃げ出すなら窓から外に出られる一階の……

 

「私、一階の部屋にするわ」

 

 ケバい化粧にヒョウ柄のワンピース、如何にも大阪辺りに居そうなオバサンだ。

 

「俺達は二人で三階にするぜ」

 

 アンタ等勝手に何を早い者勝ちみたいに言ってんだよ!しかも男二人でって、なに協力し合ってるの?

 

「……五階で」

 

 だが此処で騒いでも心証が悪化するだけだ。しかし何か有った場合、一番逃げ出し難い最上階か。

 だけどゴーストハウスの場合、建物内部しか影響を及ぼさないので屋上とかなら無事な場合も有る。ポジティブに考えよう。

 

「流石は榎本先生だ、剛毅(ごうき)だぜ。他の先生方も見習ってくれよな、一番先に逃げやすい部屋を選ぶとかよ。

プロなんだろ、ああ?じゃ夕方五時に送りますから準備を宜しくお願いしますぜ。榎本先生にゃヤスとマサを付けますんで、何でも言って下さい」

 

 そう言って軍司さんは黒塗りベンツに乗って行ってしまった。僕等はそれを見送るが、プロらしくないと言われた連中の顔は歪んでいる。

 誰だって好きでヤクザのお抱え霊能力者なんてやって無いよね。

 

「先生、何処へ行くっすか?」

 

 ヤス?マサ?どっちだ?前歯の無い如何にも若い時にシンナー吸ってました的な兄ちゃんから先生と呼ばれると、チンピラの用心棒みたいで嫌だな……

 

「うん、今の内にマンション一周しとこうよ。前の仕事で思ったけど逃げ道確保って大事でさ。危うく老婆の霊に殺されそうになったんだよ」

 

 古い民家の除霊だったが、最初は霊を祓えなくて窓から逃げ出したんだ。

 

「老婆っすか?このマンションに出る幽霊は若い女と子供らしいっす!」

 

 若い女と子供か……やり辛いなって、他の霊能力者達はさっさと帰っちゃったよ。

 

「今部屋に居る連中からも話を聞きたいけど大丈夫かな?」

 

 先ずは情報を集めないと前回の西崎さんみたいに騙されるかも知れない。情報の大切さが何となく分かってきた様な……

 

「へい、軍司さんより榎本先生には出来るだけの協力をしろって言われてるから平気っす!」

 

 片方は良く喋り片方は無口だな、でも語尾に「っす!」って方言かな?

 

「えっと、何故携帯電話を?」

 

 マンションに入ろうとしたら携帯電話で話し始めたが、軍司さんに報告かな?許可を取らないと駄目だとか?

 

「もしもし、今正面玄関前に居るっす。降りてきて話を聞かせて欲しいって榎本先生が言ってるっす」

 

 あれ?許可を取るんじゃないんだ?部屋には行かずに呼び出すの?だって現場確認って文字通り現場に行って確認するんだよ。

 

「何故に部屋に行かないの?」

 

「嫌っす、ヤバいっす、無理っす」

 

 無口君も頷いてるから、本当に中に入るのが嫌なんだな。直ぐにチンピラ風な若い男達が五人、マンションから小走りに出て来た。

 そんなに慌てなくても良いのだが、マンションに居たくないのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 マサかヤスの運転するシーマの後部座席に座って先程のチンピラ兄ちゃんの話を反芻(はんすう)する。

 

 共通してヤバいのがエレベーターだ。

 

 このマンション、古いのにエレベーターに監視カメラが設置してあり、各階のエレベーターホールのモニターでカゴ内を確認出来る。

 エレベーターを待っている時に誰が乗っているかが確認出来るんだ。これは住人からの苦情で後付けしたらしい。

 深夜に不審者がエレベーターに乗っていて、後から乗り込む住人が痴漢や盗難の被害に、そして強盗殺人事件が有ったそうだ。

 

 被害者は若い女性……

 

 だから中を外部から確認出来る様に監視カメラを設置した。その監視カメラに霊が写るらしい。

 エレベーターホールのモニターには人影が写ってるのに、エレベーターのドアが開くと誰も居ない。

 大抵が女性一人だが、たまに数人の老若男女の霊が写るらしい。他にもエレベーターに纏わる話が有る。

 このエレベーターは扉に縦長のガラス窓が付いている、監視カメラを利用しなくても内外から見える様に。

 そして監視カメラで異常無しと確認して乗り込むと見えるらしい。

 

 通過する階の廊下に佇む女性の霊が!

 

 そして段々と近付いてくるそうだ。後は廊下を徘徊する霊の目撃が多い。

 玄関から出入りする時に視界の隅に怪しい人影が見えるとか、玄関扉に付いているスコープから外を覗くと居るらしい。

 

 共通してヤバいのが廊下も同じだ。

 

 つまり部屋の中は安全かと思えば違う。何人かは部屋の中まで入られてしまい、慌てて逃げ出したそうだ。

 今日話した連中は全員何かしらの霊を目撃してる。テレビ番組に投稿したら凄い映像が撮れるかもね……

 

「んー、つまりマンションの何処に居ても幽霊は現れるのか。しかも死傷者も行方不明者も居るんだ。最悪の心霊マンションだな……」

 

 聞き込みの結果は僕が有利になる材料なんて一つも無いときた!

 

「そうなんすよ。非合法の人材派遣会社に借金で首が回らない連中を寄越して貰ってるっすが、噂が広まって集まらないっす。

最近は末端構成員がやらされるんっすけど、逃げ出す奴が多いっす。軍司さんの拷問を受けた方が良いって話っす」

 

 ヤクザの拷問より怖いってか?でも訳の分からない連中は確かに怖いだろう。

 刃物や銃も効かず触る事も出来ず一方的に害されるだけだからね。

 取り敢えず部屋に戻って商売道具を用意して、食料や飲み物を買ってからマンションに行くか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 500mlのペットボトル三本に詰めた清めた塩、愛染明王の御札が五枚、懐中電灯と数珠が対霊装備の全てだ。

 後はコンビニで買ってきたオニギリにカップ麺、コーラにポテチに柿の種。漫画雑誌三冊で朝まで乗り切るしかない。

 あと普通の塩も2㎏程買った、これは盛り塩用だ。

 

「しかし立ち退きを迫られるだけあり古い部屋だな……」

 

 今晩過ごす部屋を眺めるが、イメージは昭和の集合住宅だ。玄関の脇は直ぐに台所で奥に六畳が二部屋、壁は漆喰塗りで照明は剥き出しの蛍光灯。

 風呂はユニットバスじゃなくてタイル張りで内釜式の湯沸し器、トイレも和便器。昼間住んでる連中のゴミが無造作に袋に詰められて山積み、だから室内が臭い。

 14インチの古いテレビと卓袱台に座布団、辛うじてエアコンは使える。

 

 台所の冷蔵庫を開ければ……

 

「ビールと缶酎ハイだけかよ。先ずは守りを固めるかな」

 

 部屋の四隅に紙皿に盛った塩を配置。玄関扉とベランダの窓の内側に御札をセロテープで貼り付ける。

 これで霊達は部屋の中には入り辛いだろう。今回の目的は夜の間だけ部屋に居座れば良いんだっけ?除霊しなきゃ駄目なんだっけ?

 依頼内容が曖昧だが、奴等は宗吾さんの仇だから全部祓らう!

 取り敢えず卓袱台の上に買ってきた物を並べてテレビを見ながら時間潰しだ。

 時計を見れば六時前だから、深夜近くにならなければ奴等は現れないだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「全く嫌な若造だわ」

 

 自分が選んだ一番逃げやすいと思う一階の部屋に入る。この部屋の昼間の住人は比較的綺麗好きなのかゴミの類は無い。

 前に入った部屋はゴミだらけだったから。台所のテーブルに持参した食料を並べて冷蔵庫に飲み物を入れる。

 念の為に部屋の全ての電気を点けて鍵を閉める。椅子に座って今夜の事を考えるが、何か異常が有ったら外に逃げ出すしかない。

 

 霊を祓らう?馬鹿な!

 

 嫌なガキだが、お抱え霊能力者最強の黒松が殺された怨霊を祓ったんだ。折角力有る奴が居るのだから、押し付ければ良いのよ。

 ペットボトルのお茶を飲みながらテレビを見る。

 窓の外は既に真っ暗で明るい室内を鏡の様に移し込んで、椅子に座る私と後ろに立つ白い服の女を……女?後ろに立つ?

 

「だっ、誰よ?」

 

 慌てて振り向いても誰も居ない!だがしかし窓を見れば白い服の女が立っていて、此方に手を伸ばしている。

 

 椅子から転げ落ちる様に逃げて窓の方へ……

 

「ひっ?誰よ、何よアンタ等は?」

 

 逃げ出す場所と決めていたベランダの窓の外には、下を向いて立っている不気味な子供が!

 

 駄目だ、窓からは逃げられないよ。玄関、玄関から外へ……腰が抜けて這う様に玄関に向かい何とか廊下へ出れた。

 

「やった!外へ、外へ出れば助かるわ」

 

 廊下を出口に向けて這う、全然腰から下に力が入らない。

 何かの気配を感じて後ろを振り向けば今出てきた玄関の前に白い服の女が立って此方に手を伸ばして居る、良く見れば髪はボサボサで伸ばした手の指は爪が剥げたり有り得ない方向に曲がっている。

 

「ひぃ、寄らないで来ないで、お願いだから殺さないで……」

 

 何とか出入口迄這ってきた所で、エレベーターが到着し電子音と共に扉が開く。良かった、人が乗ってる。

 くたびれたサラリーマン風の男にOL風の女性、何処にでも居そうなオバサンと手を繋いでいるランドセルを背負った女の子。

 

 良かった、普通の人が居た、助かった。

 

 ランドセル?女の子?このマンションに子供は居ない筈よ、一般人は全て引っ越したんだから……

 ハッとして壁に設置されたモニターを見るが画面に映るカゴの中は無人。駄目だ、普通に見えるけど彼等は幽霊だ。

 

「乗るの?乗らないの?」

 

 普通に声を掛けられた、モニターさえ見なければ生きている人間と思っただろう。でも乗りたくない、逃げたい、このマンションから逃げ出したい。

 

 外へ、そうよマンションの外へ……

 

 出入口に目を向けて絶望した。ベランダの外に立っていた子供が三人に増えて並んで立っている。

 俯いて表情は見えないが肌の色がドス黒い死人の様な色。後ろを振り向けば片足を引き摺りながら白い服の女が近付いて来る。

 後ろから白い服の女、外には不気味な子供達、エレベーターの中には幽霊。

 

 駄目、もう気が狂いそうよ!

 

「乗るの?乗らないの?」

 

 もう一度問いかけられた、少しイラついた声が余計に生きている人間みたいに錯覚させる。

 

「のっ、乗ります」

 

 見た目が普通のエレベーターの霊が一番マシだわ!エレベーターに乗り込んで「閉」のボタンを連打する、兎に角他の階に3階に行って仲間と合流しないと……

 

「下に参ります」

 

 え?下?ここは1階の筈でしょ?慌ててカゴの外へ出ようとしたが、無常にもエレベーターの扉が閉まってしまった。

 

 そして何故か1階なのに下に降りる感覚が……

 

 

幕間14

 

「おい、何か悲鳴が聞こえなかったか?」

 

「ん、お前も聞こえたか?守山のババァの声みたいだったぜ」

 

 中年女性特有の甲高い声が聞こえた、しかし何を言ってるかは分からない。酒を飲まずには居られない幽霊マンションでの夜間待機。

 俺達は修行中であり、未だ師匠と一緒にしか除霊した事が無い半人前だ。

 新しく来た霊能力者は俺達との交流を拒んだ、つまり一人でヤルから邪魔なんだって事かよ!

 あのラブホの悪霊を祓った奴だから俺達なんて必要無い訳だ。

 

「どうする?」

 

 弟子仲間の森が聞いてくる、今回の相手は完全に俺達じゃ勝てない。本当なら新参者だが強い力を持つ奴を利用しようとしたが、キッパリ拒絶された。

 利用しようとしたのがバレたのか?

 

「どうするって?まさか助けに行こうってか?止めとけよ、あの兄ちゃんが何とかするだろ?」

 

 この商売はお人好しじゃ勤まらない、ましてや俺達は黒松さんの弟子だったんだ。師匠を殺した怨霊に勝てた奴だから何とか取り入りたい。

 俺達じゃ、この怪奇現象をどうこう出来る訳がない!

 

「でも矢内さん、守山さんも一応は仲間だろ?」

 

 仲間ね、全く甘い事で……でも仕方ないか。コイツは偽善的な所が鼻に付くんだよな、弱いくせによ。

 

「じゃお前が外の様子を伺えよ」

 

 そう言うと森は嫌々と言う感じで、玄関に向かって扉の内側からスコープで外を見る。

 

「大丈夫だ、何も居ないよ……開けるぞ」

 

 ガチャガチャと妙に響く金属音が聞こえた。鍵を開けてドアチェーンを外す。首だけ出した奴が直ぐに首を引っ込めて鍵を掛け直したぞ。

 

「何か居たのか?」

 

 振り向いた森は恐怖の為か顔が真っ青だ。

 

「居た、女の子が三人だ……廊下にしゃがみ込んで何かを書いている、落書きかな?でも裸足で肌の色も変だった」

 

 まるで外に居る奴にバレない様に聞こえない様にと小さな声だ。

 

「俺も確認するぞ」

 

 音を立てない様に慎重に鍵を開けて外を伺う。居た、確かに廊下にしゃがみ込んで何かを書いている。

 だが生者の姿とは掛け離れている。そっと扉を閉めて忍び足で台所まで戻り椅子に座る。大丈夫、奴等は部屋には入らない筈だ。

 念の為、数珠を両手で祈る様に握り締める。

 

「なぁ、あの新参者だけどさ、本当に頼りになるのかな?」

 

「知らないな、直接除霊現場を見た訳じゃないからな。だが若頭が気に入ってるんだ、有能なんだろ」

 

 俺達より年下の癖に下っ端を二人も世話に付ける位だからな。畜生、納得出来ないぜ。

 小声で文句を言い合っていたら少しは気が紛れた。気が付けば時刻は22時を過ぎている、本番はコレからだな。

 

「何とか今夜を生き延びるぞ」

 

「ああ、とり殺されるのはゴメンだ。だがヤクザにリンチも嫌だよな」

 

 俺達には選択の余地は無いが、何とか生き延びたい。そして今回生き延びれば、この業界から足を洗おう。

 田舎に帰って実家の魚屋を継ぐ決心をした。人間は己の能力を弁えないと駄目だ!命の危険に曝されて漸く当たり前の事を学んだぜ。

 

「森よ、俺は今回の件が解決したら田舎に帰って実家の魚屋を継ぐよ」

 

「矢内さん……」

 

 俺の事を心配してくれるんだな、少しだが嬉しいぜ。

 

「心配すんなって、お前も足を洗って……」

 

「ふざけるな馬鹿野郎!そんな死亡フラグみてぇな事を言いやがって!死ぬなら一人で死にやがれ」

 

「何だと?やるのかゴラァ?って、今玄関の呼び鈴が鳴らなかったか?」

 

 ヤバい、大声で叫んだ所為で奴等に気付かれたのか?呼び鈴は鳴り止まない、そして鍵を掛けた筈の玄関ドアが軋みながら開いた。

 

「おぃ、誰か来たぞ?」

 

「誰だよ、鍵掛けてただろ?合鍵持ってる奴かな?」

 

 恐る恐る玄関に向かうと、セーラー服を着た可愛らしい女の子が立っていた。

 

「お兄さん達、私と遊ぶ?」

 

 彼女は魅力的に微笑んだが、何故か冷や汗が止まらない……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「22時を過ぎたか……暇だな、だが外に出るのはマズい気がする」

 

 テレビ番組はバラエティーばかりで飽きてしまった。雑誌も読んだ、する事が無い。

 

「だが仇を討つなら穴熊みたいに籠もっても駄目だ!ヨシ、問題のエレベーターを見てみるか……」

 

 部屋を出て廊下の様子を伺う。手入れをしてないからか、廊下を照らす照明の幾つかは球切れみたいだ。

 薄暗い廊下、他の部屋から漏れる灯りも無い。薄暗い廊下を歩きエレベーターホールに向かう。

 表示を見れば一階に止まっておりモニターには無人のカゴ内が映っている。

 呼び出しボタンを押すとエレベーターが一階から上がった来るが特に異常は無い。

 念の為、ポケットから清めた塩を入れたペットボトルを取り出し蓋を開ける。

 エレベーターが五階に到着し扉が開く。中には誰も居ないしモニター荷物誰も映らない。

 

「誰も居ないし写らないな」

 

 中に乗り込み一階のボタンを押す。扉が閉まりカゴが下降する。

 噂では扉に付いた窓から廊下が見えて誰かが見えると……不意に内部のインジケータ、階数ボタンの三階と二階に明かりが点いた?

 

 誰かが呼んだのか?

 

「違う!外から呼ばれたらカゴの中の階数表示ボタンに明かりは点かない。中に、カゴの中に居るんだ!」

 

 手に持つペットボトルを振り回し清めた塩をブチ撒ける!三階に付いたので扉が、ゆっくりと開くが体当たりをする様にして外に転げ出る。

 前方宙返りみたいに転げ出てからエレベーターの中を確認するが、誰も……いやモニターには中で悶え苦しむ女が映っている。

 

「畜生、成仏しやがれ!」

 

 更に清めた塩を撒くと女は消えてしまった。

 今思い出すと髪の長い白い服を着た女だったが、何故毎回同じ格好なんだろう幽霊って?

 

「はははは、やった!先ずは一体倒したぞ。でもエレベーターは怖いから階段を使うか」

 

 このままエレベーターに乗るのは怖いから、非常階段を使って部屋に戻るか……

 何故なら昼間聞いた話だとエレベーターに現れる霊は複数だったから、未だ他にも居る筈だ。

 ちょっぴり無茶をしてしまった、本当に考え無しだな僕は……ヨロヨロと非常階段の扉を開けて中に入る。

 油を差していない為か鉄製の扉は重く金属の擦れる嫌な音がする。

 それに何かが腐った様な不快な臭いだ……階段室は真っ暗だ、壁を探り電気のスイッチを探すと固い物が手に触れた。

 スイッチには二つのボタンが有ったので両方押す。すると階段室が少しだけ明るくなったが、未だ薄暗い。

 此処は三階、階段は上下に伸びているが明かりが点いてるのはこの階だけ。

 

 妙に胸騒ぎと言うか霊感が危険を知らせてる、要は怖いんだ。

 

「うっ……出来れば一階に降りて帰りたいが、それは出来ないな。部屋に戻るか……」

 

 非常階段はモルタルが剥き出しだから歩くと音が響く。僕はスニーカーだからキュッキュッと僅かにゴム底の擦れる音がする。

 そう、僕しか居ないのだからゴムの音しかしない筈だ!

 聞こえる音はキュッキュッだが、それに合わせてヒタヒタと裸足で歩く様な音が何故か複数……下から聞こえる?

 

 思わず立ち止まり後ろを振り向く。今入ってきた三階には誰も居ない。

 視線をその下の二階へと向けると、暗がりにナニかが居る……

 

「子供か?子供だな?子供だよな?」

 

 薄暗い踊り場に座り込む子供が三人、この子達も白い服だ。

 

「白い服が幽霊界の流行なのか?」

 

 黙って見詰めていると向こうも気付いたみたいだ。顔を上げて僕を……

 

「お兄ちゃん、一緒に遊ぼ?」

 

「私達と一緒に遊ぼ?」

 

「一緒に遊ぼうよ?」

 

 可愛らしいお誘いだが、僕に向けた顔には眼球が無く穴だけしか無かった。

 

「嫌だ、一緒には遊ばない!向こうに行けよ」

 

 手に持つペットボトルを振り回し、清めた塩を撒き散らかす。清めた塩が無くなったら空のペットボトルを投げ付ける!

 女の子達も消えてしまったが、逃げたのか祓えたのかは分からない。

 

「何だ、何なんだ、このマンションは?何故沢山の霊が出るんだよ?」

 

 独りで薄暗い場所に居る事が怖くなり、階段を駆け上がり五階の廊下に到着。

 運動不足なのか恐怖の為に心臓がバクバクいってるのか分からないが、呼吸が苦しい。

 暫くその場に座り込み呼吸を整える。早く部屋に入らないとマズいのは分かってるが、体が動き辛いんだ。

 

『チーン!』

 

 電子音が薄暗いエレベーターホールに響き渡る。反射的に首を向けると、丁度エレベーターの扉がひらいていく。

 居る、今度はモニターには映らずに、だが僕には直接見える。女だ、子供じゃない。

 

 だが白い服じゃない、普通のOLが着る様なスーツを着た女が壁に頭を付けて佇んでいるんだ。

 

「出して、出して出して出して出して、出して出して、出せ出せ出せ出せ出せ出せ、だせー!」

 

 いきなり奇声をあげて頭を振り回している、正直怖い!

 

「ちょ、何だよ出せって?金か?カツアゲか?」

 

 慌ててポケットを漁るが財布は部屋の卓袱台の上だし、頼みの綱の清めた塩は使い切った。

 ヤバい振り向いた時に目が合ってしまった。真っ赤に血走った目が余計に恐怖心を煽る。

 

「居たぁ……お前、お前がだせー!」

 

 そう叫ぶと犬の様に両手両足で一直線に駆け寄ってくるが、恐怖で体が動かない。

 スローモーションみたいに痩せこけて目が血走った女が飛び掛かってくる。

 

「うわっ?」

 

 そのまま押し倒されてしまうが、コイツは実体化してやがる。両手で首を締め付けながら顔を近付けくるが、噛み付く気か?

 

「くっ、苦しい……止めろ……」

 

「出せ、出せ出せ出せ出せ、私達をだせー!」

 

 耳に口を寄せて大音量で騒ぐが、僕は女の腕を掴んで引き離すので精一杯だ。マズい、段々と力負けして頭がボーッと……

 

「くっ、愛染明王よ、僕に力を貸して下さい!おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 力を振り絞り愛染明王の真言を唱える。やった、女の腕の力が弱まったぞ!

 首を締める腕を振り払い腹を蹴り上げる様にして振り払う。

 藁(わら)の束を蹴った様な感触だ、決して血肉の通った肉体じゃない!

 急いで立ち上がり深呼吸をして肺に酸素を送り込む……

 

「ヨシ、反撃だ!おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 真言に合わせて急いで印を組む、女の霊は未だ蹲ったままだ。

 両手の親指を交差させ人差し指を離し、中指を手の中に折った形で交差させる。

 最後に薬指を立てた状態で合わせるが小指は合わせず離す。霊力を乗せて女に印を振り下ろす!

 それに合わせて女の霊の叫び声が響き渡る。

 

「ぐがっ、ぐががが……私、私達を出して、出して……ぐっ、わた、私達は……管理……人の……へ……」

 

 愛染明王の力をお借りして女の霊に霊力を叩き付ける、完璧な筈だ。のた打ち回りながら何かを言っているが、管理人?

 いや出せって、私達を?何を言っているのか分からない。

 僕の拙い霊力でも女の霊を祓らう事が出来たみたいだ。暫くすると滲む様に女の霊は消えていった……

 

「何が言いたいのか頼みたいのか知らないが、その相手を殺そうとするのは間違えてないか?

お前等は何時もそうだ。必ず滅ぼしてやる……」

 

 今度こそ部屋に戻り和室に俯せに倒れ込む。畳に細かい埃が積もっているのが見える、掃除はしてないみたいだ。

 ゴロリと仰向けになり、今の出来事を考える。エレベーター内に白い服の女の霊、階段室に白い服の女の子達の霊。

 そしてエレベーターから出て来たOL風の女の霊、既に五体の霊を退けた。

 

 最後の霊の言葉『私達を出して管理人から……』って聞こえた。管理人から出す?何を出すんだ?

 

 現在は管理人など居ない、当の昔に逃げ出したそうだ。分からないが、このマンションの怪奇現象の原因は管理人が何かを閉じ込めた所為か?

 いや奴等の事を単純に信じちゃ駄目だ。もしかしたら原因たる何かを管理人が封印したのかも知れない。

 

 出したら余計に事態が悪化するかも……

 

「考えても仕方ないな。行ってみるか、管理人室に。何か管理人が残した手掛かりが有るかも知れない。でも少しだけ休むか……」

 

 

幕間15

 

 少しだけ横になって休んだら落ち着いた。落ち着いたら身体中が痛い……打ち身と切り傷が酷いが救急箱なんて持ってきていない。

 精々が財布に入れていた絆創膏位だ。仕方なくタオルを濡らして傷口を拭いて応急措置を終わりにする。

 暫くすれば瘡蓋(かさぶた)になって血が止まるだろう。

 

 管理人室に向かうの為に装備を整える。

 

 清めた塩を入れたペットボトルは残り二本、現在コレが最強の武器。愛染明王の御札は三枚、後は数珠だけだ。

 部屋を探すと懐中電灯にライター、それと包丁を見付けたが刃物は止めた。

 逆に奪われて危ない目に合いそうだし、そもそも幽霊に刃物は効かないだろう。

 

「そうだ、一応だが祓らった霊の為に読経するかな……」

 

 在家僧侶なんだし、それ位の事はしよう。特に小さな女の子達は問答無用で清めた塩を撒いたが、彼女達は悪い事はしてなかった。

 僕の復讐相手は人間に害なす連中だけなのに、僕は恐怖心に負けて勝手に祓らってしまったんだ。

 その場で正座をして数珠を持ち、真言宗のお経を唱える。あの子達が成仏出来る様に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 読経を終えたら思い出したみたいに空腹に襲われた。不思議だけど人間って恐怖に苛まれてもお腹は空くんだな。

 コンビニで買ってきたオニギリとカップ麺を食べてコーラを一気に飲む。満腹になると少しだけ勇気が湧いてきたみたいだ!

 

「さて行くか。もう深夜1時過ぎだが、他の霊能力者連中は何をやってるんだ?もしかして襲われてるのって僕だけ?」

 

 今夜は霊障の内容が濃いので他人に苛立ちを向けてしまうな。初めてだ、連続して色々な霊に襲われたのは……

 だって僕だけ騒いでるみたいだし、普通は騒いだり大きな音がしたりしたら気になって出て来ないか?

 まぁ、僕は嫌われてるから自業自得か。勇気を出して玄関扉を開けて廊下の様子を伺う。

 

「右ヨシ左ヨシ、異常は無いな……」

 

 廊下へ出ると湿気を含んだヒンヤリした空気に包まれる。管理人室は一階、ここは五階、移動方法はエレベーターか階段。

 エレベーターは危険過ぎるから階段だな。周りを警戒しながら歩いていくとエレベーターが登って来るのが見える。

 一階から順番に表示ランプは動いているが、当然だが僕はエレベーターを呼んでないしモニターに映るカゴ内は無人だ。

 

「三階を通過した、つまり三階に居る連中が呼んだ訳じゃない。

普段は一階待機らしいから誰かが内部で五階のボタンを押さないと上がってこない。つまりは霊障だな」

 

 ここで階段室に逃げても追われるだけだ、最悪挟み撃ちとか笑えない。ここで迎撃するしかない!

 蓋を開けたペットボトルを右手に数珠を左手に持つ。

 

 四階を通過したな……

 

「おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 愛染明王の真言を唱えて霊力を練り上げていく。

 

『チーン!』

 

 電子音と共にエレベーターが五階に到着し扉が開く。中には……三人の小学生位の女の子が居た。

 階段で見た白い服の目の無い子達じゃない。見た目は生者と変わらない可愛らしい子達だ。

 

「君達は……生きている人間かい?」

 

 変な質問だな、普通なら人間かい?とか言わないだろ。

 右からショートボブの生意気そうな子、真ん中はポニーテールの優しいそうな子、左はツインテールの子だが一番幼く真ん中の子の手にしがみ付いている。

 

「ううん、私達は死んでマンションに捕われてたの。お兄ちゃんがお経を唱えてくれたから逃げ出せるの」

 

 代表して真ん中の子が答えてくれた、お経のお陰って事は彼女達は階段に居た子達なのか?

 

「ナニから逃げ出せたの?悪い子が他に居るのかな?」

 

 あのOL風な女が私達を出してと言った意味は『ナニかに捕われているから私達をマンションから出して』だな。

 この怪奇現象の原因が居るんだ、このマンションの中に。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。私達は上に行けるの。管理人室の床に私達が埋まってるから、お父さんとお母さんに会わせてね。

お兄ちゃん、優しいから大好き。一緒に上に行く?」

 

 会話になってる様でなってない。僕の質問には答えずに自分の思いだけを伝えて来るのが幽霊なんだな……

 

「分かったよ、お父さんとお母さんに必ず会わせるよ。でも僕は一緒に行けないんだ」

 

「うん、残念だね。ありがとう、優しいお兄ちゃん」

 

 真ん中の子がそう言うと扉が閉まり始めた。でも上にって最上階だぞ此処は……扉が閉まり切る寸前にツインテールの子がチラリと僕を見た。

 

「セーラー服のお姉ちゃんに……気を付けて……」

 

 その表情は歪んでいた。

 

「お姉ちゃんって?」

 

 返事を聞く前に扉は閉じてしまった。お姉ちゃん?

 最初にエレベーターに乗っていた女かな、いやセーラー服なら高校生か中学生だろ?

 でも白い服の女は20代に見えたが……駄目だ、分からないよ。彼女の最後のアドバイスを胸に階段室へと向かう。

 

 重い鉄の扉を開けると生臭い臭いとヒンヤリした風が……意を決して階段を降りていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「一階に来たけど、深夜にオバサンの居る部屋に行くのも嫌な誤解をされそうだ……」

 

 入口で暫く周りの様子を伺うが、特に問題は……有ったよ。まただよ、また呼んでも無いのにエレベーターが降りてくるよ。

 モニターに映るカゴ内は無人だ、あの女の子達は無事に上に着いたと思う。

 

 つまりコレは別の連中な訳で……逃げても仕方ないので先程と同じ様に数珠とペットボトルを構える。

 

 エレベーターは三階を通過し二階も通過、一階に到着した。

 

『チーン!』

 

 到着を知らせる電子音の後に扉が開く……

 

「あれ?えっと、あれ?」

 

「乗るの?乗らないの?」

 

 カゴの中には品の良い中年女性が居て話し掛けてきた。他にも学生服の男子中学生?にジャージの中年が此方を訝しげに見ている。

 

「いえ、乗りません、ごめんなさい」

 

 乗ってしまったら何処か危険な場所に連行されそうだから、何とか言葉を紡ぎだす事が出来た。本気で怖かった、普通にしか見えない連中が。

 

「あら、命拾いしたわね」

 

 え?頭の中に声が響いた様な……扉は閉まったが、やはりモニターには無人のカゴ内が映っていた。

 

「気を取り直して管理人室に行くか……」

 

 管理人室は当然だが出入口の近くに有る。普通の玄関扉に「管理人室」と書かれたプレートが貼ってあるので分かり易い。

 ノブを握って回すが当然だが鍵が掛かっていた。

 扉自体は鉄製だから幾ら僕が叩いても蹴っても傷一つ付かないだろうし、所謂バールの様な物も持ってない。

 本来なら諦めるしかないのだが、他にも出入り出来る場所は有るだろう。先ずは廊下部分に有る窓だ!

 アルミ製の格子が嵌め込まれている引き違いの窓を調べる。此方も当然だが内側から鍵が掛かっていた。

 頑張ればアルミ製の格子は壊せるしガラスを割れば侵入出来るだろう、候補1だ!

 だが全てを調べる前に器物破損の罪を犯す訳にはいかない。一旦マンションの外に出て庭から入れるか確かめてみよう。

 

 正面出入口から外に出る。

 

 マンションを外部から見上げれば三階の真ん中と一階に明かりが灯っているのが分かる。

 昼間会った連中は待機中らしいな。既に主を失った庭は雑草が膝まで伸びていて歩くのに鬱陶しい。

 雑草を踏み締めて管理人まで行くと立派な花壇が設置されていた。

 地面からブロック三段分の高さに土が盛られているが、今は雑草がボウボウだ。管理人は土いじりが好きだったんだな。

 だが見詰める管理人室は無情にも雨戸がバッチリ閉められていた。

 

「雨戸かよ、しかもトステム?防犯上でも雨戸は必要だよな……」

 

 結局外から第三者の目を気にする違法侵入より中からしか見えない窓からの不法侵入を試みるか?

 

「いや、一応断らないと駄目だよな」

 

 忘れていたが、依頼人に聞いてみよう。何を自分から不法侵入する流れになってるのか意味が分からない。

 携帯電話を取り出し、アドレス帳から軍司さんの名前を捜し出す。

 通話ボタンを押す時に若干の躊躇いが有ったのは秘密だが、誰だってヤクザに電話は気が引けるよね?

 

 数コールで繋がった。

 

『おぅ、何だい先生よ?怖いから止めたいとかは無しだぜ?』

 

 初っぱなから脅されました……

 

「いえ、そうじゃなくてですね……このマンションの怪奇現象の原因が管理人室に有りそうなんですよ。

何体か霊を祓らいましたが、成仏の際にですね。教えてくれたんです……『私達を出して管理人から』だから管理人室に入りたいのですが、鍵が閉まってるので」

 

話終わってから随分と支離滅裂だと感じてしまった。軍司さんも沈黙してるし……

 

「流石は先生だな、初日から幽霊を倒して原因も掴んだとは驚きだ!でも先生よ、鍵は大家か不動産屋しか持ってないんだ」

 

 彼等は居座って立ち退き料の値上げ交渉をしてるヤクザだった。大家から鍵なんて借りられないだろうな。

 だが管理人室に入らないと霊障の原因が掴めない、仕方ないかな……

 

「そうですよね。窓とか壊して入ったらマズいですかね?」

 

「フハハハハハ!榎本先生よ、アンタ最高だぜ。壊して構わないぜ、どうせ壊すマンションだ」

 

 取り壊し予定のマンションだから平気なのか?半分廃墟みたいだしバレなきゃ大丈夫と考えよう。

 

「分かりました、自分で何とかしてみます」

 

 そう言って通話を切る。さて、ヤルだけヤッてみますか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 幸いにしてアルミ製の格子は頑張って力ずくで外せた、やはりアルミは金属では柔らかいからな。

 硝子を割る時は躊躇したが、外から手頃な大きさの石を持ってきて、投げ付けた!大きな音を立てて石が跳ね返って来たぞ。

 この硝子、防犯フィルムを貼った網入り硝子だ。何度か石を投げ付けて漸く硝子を割って中に入った。

 中に入ると其処は台所だ、流し台に足を乗せて侵入する。懐中電灯で辺りを照らすが荷物は何も残っていない。

 天井照明の紐を引いてみるが点かない。

 

 ブレーカーを確認する為に玄関に行くが肝心のブレーカーには東京電力のお知らせがブラ下がっている。

 

 つまり引っ越してから東京電力に連絡しないと電気は供給されない訳だ。一応逃げ道として玄関の鍵を開けて扉を開いて固定した。

 

「管理人室を調べると言っても何も無いじゃん」

 

 台所から玄関を調べたが何も無い。一応全ての戸棚や引き出しは開けて中身を確認しているが、引っ越し後の部屋だからな。

 風呂もトイレも洗面所も何も無い、後は和室だけだ。一番広い和室だが押入も開けたが何も無いな。

 

「調べるにしても調べる物が無い。お手上げだ、後は畳を捲って床下を掘るか?」

 

 良く有る事件モノでは死体を床下に埋めてるよな。だが道具が無いから流石に明日以降準備してからか?

 やる事が無くなった為か気が抜けた様に和室に座り込んだ。

 

「仕方ないな、一旦部屋に戻るか……」

 

 立ち上がり玄関に向かうと背後に強烈な気配を感じた!

 

「お兄さん、私と遊ばない?」

 

「だっ、誰だ?」

 

 振り向けば和室の真ん中に立ち尽くすセーラー服の美少女。ほんのりと発光しているので生きている人間じゃない事は分かる。

 だけど見た目は生者と変わらない、僕に微笑んでいる18歳位の女の子だ。

 

「君は誰だい?何故、この部屋に居るのかな?」

 

 優しく微笑む美少女だが、あの子が教えてくれた気を付けなきゃ駄目なお姉ちゃんが彼女だろう、セーラー服を着ているし。

 何故なら彼女を見てから震えが止まらない。全身冷や汗でびっしょりだし喉もカラカラに渇いた。

 

「私?私は穂坂恵(ほさかめぐみ)よ。緑ヶ丘学院の三年生」

 

 このマンションで女子高生が死んだとか聞いてないぞ、襲われたのはOLのはずだが?

 

「恵ちゃんか……僕は遊べないんだ、お仕事の最中だから悪いね」

 

 戦略的撤退だ、勝てそうな気がしない!

 

「駄目よ、お兄さんは私と遊ぶの」

 

 どうやら逃がしてはくれないらしいな。

 


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