榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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通算200話達成記念(小笠原母娘編)前編・後編

200話達成リクエスト(小笠原母娘編)前編

 

「課題の体力は付けた。今度は基本で良いから技術的な事を教えて欲しい」

 

 平日の夕方、制服姿の静願ちゃんが訪ねて来て切り出した言葉だ。

 思い詰めた様な、それでいて嬉しそうな様な様子に、何か相談か報告でも有るのかとソファーに座らせてお茶をだしたのだが……

 確かに基本的な体力(逃げ足とも言う)を向上させないと現場に連れて行けないと言ったな。

 テーブルに差し出された紙を見れば授業で行ったのか、マラソンの順位表とタイムだった。

 

「40人中で16位か……頑張ったね」

 

 身を乗り出してヨシヨシと頭を撫でる。艶やかでサラサラな髪の毛だ……

 

「お父さん、約束だよ。短距離走のタイムも詰まった。

これで条件は満たしたし、学校からバイトの許可も貰った。これは、お母さんの同意書だよ。履歴書も有る」

 

 撫でていた右手を掴み頬に移動させてスリスリされた。何時の間に、こんな高等テクニックを?

 

 しかし用意周到だな……

 

 課題をクリアして直ぐに学校と保護者に許可も取っている。渡された書類に不備は無く文句の付けようが無いのだが……

 

「未成年を現場に連れていく訳には……」

 

「平日は放課後、休日は昼間だけ。最初は事務仕事で構わない。現場に同行する時は指示は必ず守るから、お願いします」

 

 先に頭を下げられてしまった。確かに昼間の事務仕事や調査なら問題は無い。

 最近は亀宮さんからの仕事も多く事務所を空けがちだから、電話番は助かる。

 

 助かるのだが……

 

『正明、双子擬きが来るぞ』

 

 助かるのだが、色々と言いたくなく事も絶賛増殖中なんだ。例えば彼女達だ。

 

「「榎本さん、仕事の途中報告(ご飯奢って!)に来たよ!」」

 

 元気良く風巻姉妹が事務所に突撃してきた。餌付けは順調過ぎて、亀宮一族からの依頼には必ず彼女達も一緒の行動になる。

 当然だが僕は事前の調査を重視するから、殆どが風巻家との共同作業になる。

 どうもご隠居様も風巻のオバサンも姉妹とチームを組む事は公認らしいのだが、毎回違う連中と組まされるよりは良い。

 それに彼女達の諜報能力は信用出来る。

 

「あれ、お客様でした?それは失礼しました……」

 

「あー、静願ちゃん!久し振りー沖縄以来だね」

 

 静願ちゃんを見て姉は頭を下げ、妹は指を差した。佐和さんは思慮深く美乃さんは元気と言うか……

 

「バイトの面接だよ……」

 

 あの時は慌しかったし、そんなに会話もしてないだろう。ソファーから立ち上がり頭を下げる静願ちゃん。

 最初の頃より人当たりが良くなってきたな、良い事だ。

 

「お久し振りです。おとっ、榎本さん、彼女達と仕事してるの?」

 

 静願ちゃん……君は何時か僕の事を人前でお父さんと呼んでしまうよね?

 最近、魅鈴さんが妙に積極的で困るんだ。先日も三人で一緒に出掛けたら家族と間違えられても肯定するし。

 近所じゃ再婚相手みたいな扱いをされる事も有った。

 それに家の事を気に掛けてくれるのだが、桜岡さんや結衣ちゃんと鉢合わせでピリピリと空気が……思い出すとお腹が、胃が痛くなって吐血しそうだ……

 

 いや、今はそれは問題じゃない。頭とお腹を抱えて蹲りたいのを理性と忍耐を総動員して何とか堪える。

 

「姉の佐和さん、妹の美乃さんはね……亀宮一族の諜報部に所属している風巻家の直系だよ。

僕も彼女達の能力は認めているし信用もしている」

 

 ぎこちない笑顔で二人を紹介する、そういえば沖縄では碌な紹介もしなかったな。

 実際に数回チームで仕事をしたが、特に問題は無いどころか有能で助かっている。

 

「亀宮一族の榎本班はね、依頼達成率100%なんだよ!」

 

「そうです。ランクの高い依頼ばかりを確実にこなしてます。

勿論、調査も慎重ですが最悪は榎本さんの力でゴリ押しで解決出来るから、私達に隙は無いですね」

 

 出会った頃と違い無条件の信頼は嬉しい。だがしかし、静願ちゃんの機嫌は見る見る内に急降下だ!

 元々素直クールで表情が掴み難いのに、更に表情が無くなった……

 自分は一緒に仕事をさせて貰えないのに、風巻姉妹は何件も一緒に仕事しているからか?

 

「ちょ、丁度良いから今手懸けてる仕事を手伝って貰おうかなー。風巻さん達も座って、座って。今お茶を淹れるよ。

元町のカップベイク・カフェリコのカップケーキが有るから食べようか」

 

 甘い物を食べさせて機嫌を回復させるしかないか?

 

「ヤッター!最近噂のお店じゃないですか!おからを使ったヘルシーマフィンが有名なんですよね。

じゃ、お茶は私達が淹れるわ。紅茶が良いよね?」

 

「榎本さんは座っていて下さい。茶葉は来客用のインド産のニルギリを使って良いですか?」

 

 勝手知ったる他人の台所みたいにキビキビと準備を始めた風巻姉妹を愛想笑いを浮かべて見つめるしか出来なかった。

 

「随分と慣れているみたい……」

 

 ボソッと呟いた静願ちゃんの無表情さが恐かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「思い出したわ。小笠原魅鈴さんって、宮城県の名家「犬飼」の血を引いてるんだってね。亀宮本家に報告が上がってたわ」

 

「適正な後継者が見付からずって奴でしょ。霊能力者の一族としては看板を降ろすらしいわ。静願ちゃんも可能性が有ったかも知れないね」

 

 榎本さんの事務所から帰る時に、何となく双子と一緒に歩いて駅に向かう。緩やかな下り坂をノンビリと歩いていく。

 双子って瓜二つだって言うけど、彼女達は本当に良く似ている。

 仕草・声質・衣装迄そっくりで、私は口調でしか区別がつかないけど、榎本さんは普通に区別が出来てた。

 お婆ちゃんが駆け落ち同然で実家を出たのは知っていたが、私が名家の血を引いてるのは初めて聞いた。

 お婆ちゃんもお母さんも母方の親戚については、何も言いたがらなかったし……

 

「でも、もう無理でしょ。だって代々引き継いだ犬神は術者と共に天に召されたって……」

 

「日本狼の霊を使役してたんでしょ。そう言えば榎本さんが弔電を送ったって……知り合いだったみたい。

山名の連中の暴走と絡めて懲罰が行きそうなのも止めたらしいし。やっぱり魅鈴さん絡みかな?」

 

「静願ちゃん。どうなの、その辺は?」

 

 お母さんと榎本さんだけが知ってるの?私には内緒なの?

 

「私、知らない……」

 

 私、今嫌な顔してる。自覚が有るけど顔の筋肉が強張って変えられない。足元に有った小石を蹴れば自販機に当たり軽い音を立てた。

 

「うーん、私達諜報部隊ってさ。守秘義務が有るから静願ちゃんには言えないのかも……ごめんね、気を悪くした?」

 

 美乃さん?に気を遣わせてしまったかな?左右から同じ顔で申し訳無さそうに覗き込まれた。でも言えない、嫉妬してるなんて……

 

「平気、少し驚いただけだから」

 

 それから暫く無言で歩き、気が付けば京急横須賀中央駅に着いてしまった。駅に隣接したモアーズのエントランス前で彼女達を伺う。

 此処で別れるか、同じ下り電車なのか、寄り道するのか……

 

「私達、金沢八景駅だけど静願ちゃんは?」

 

「私は堀ノ内駅」

 

「じゃ、此処でお別れだね。榎本さんと仕事するなら直ぐに会えるわよ。それじゃ!」

 

 元気良く改札前で手を振られて分かれた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 双子と別れてから真っ直ぐ帰るのが嫌で、何となくモアーズの中をうろつく。

 平坂書房で小説の新刊をチェックし、吉田ペットファームで小鳥の雛達を見て癒された。

 最後にミスタードーナツでポンデリングをお土産に買って帰る。

 各駅停車の電車に乗ってボーッと窓の外を見れば、丁度太陽が沈みかけている。

 

 暫く電車内が真っ赤に染まったが、直ぐに太陽は沈み夜の帳がおりた……

 

「まるで私の気持ちみたいだ……」

 

 とぼとぼと自宅に向かい玄関を開ければ、お母さんが笑顔で迎えてくれた。

 

「お帰り、静願。榎本さんの所でアルバイト出来そう?」

 

 邪気の無い暖かい笑顔……思わずお母さんに抱き付く。

 

「あらあら、どうしたの?アルバイト断られたのかしら?」

 

 優しく抱き締めて背中を撫でてくれる。普段着も着物姿だから柔らかい胸で抱き留めてはくれないが、炊きしめたお香の匂いが落ち着かせてくれる。

 

「お婆ちゃんの一族の話を聞いた。私には内緒だった?」

 

「あらあら、榎本さんには口止めはしてなかったからかしら?」

 

「ううん、違う。バイトのお願いに行った帰りに亀宮の人と一緒になって、教えてくれた。私が知らないって言ったら謝ってくれたけど……」

 

「そうね、貴女も知っていても良いわね。ごめんね、静願……」

 

 お母さんはそう言って背中をずっと優しく撫でてくれた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「落ち着いたかしら?」

 

 キッチンに座りホットミルクを少しずつ飲む。私は猫舌だ……黙って頷く、だって舌を少し火傷したから。

 

「私達はお婆ちゃんの代から小笠原姓だけど、昔は犬飼と言ったのよ。お婆ちゃんが駆け落ちして勘当されたのは知ってるでしょ。

だから彼等とは縁が切れていたの。でも最近になってね、最後の直系の女性が亡くなって私達にお願いが来たのよ。御当主様の後添いにと……」

 

「お母さんを?」

 

「私達をよ……後妻とお妾さんとして、私達に戻って欲しいって」

 

 そんな事が?お母さんが辛そうな顔をして話すけど、断れば良いだけの話じゃないの?

 

「現代で子孫を残す為だけにお妾さんなんて……」

 

「勿論断ったわ。でもね、犬飼の大婆様から懇願されて……

お婆ちゃん、死ぬ間際まで大婆様に迷惑かけて済まないって言い続けてたから、私もはっきり断り辛くて……

榎本さんに恋人の振りをお願いしたの。もう私達付き合ってるからって、静願は未だ高校生だから無理だって……

そしたら嘘は良くない、僕が説明するからってね。本当に失礼よね?嘘でも恋人役は嫌なんて……」

 

 お母さん、嬉しそうに笑ってる。

 

「でも本当のお父さんには、なってくれないんだ……それで解決したの?」

 

 榎本さんは交渉ごとが得意って言ってたし、話し合いで解決したのかな?

 

「本当のお父さん?それで犬飼の御当主様とね……榎本さん、体を張って私達の事を守ってくれたの。

嬉しかったわ。本当に命懸けで守ってくれたんですもの……」

 

 お母さん、夢見る乙女みたいな感じでウットリとしている。少しだけ胸がチクチクと痛む。

 

「あら?静願、どうしたの?酷く苦しそうな顔をして……」

 

「何でもない……ただ、危ない事をしないでって……私……心配で……」

 

「静願、榎本さんの事が好きなのね?」

 

 好き?うん、私は理想のお父さんみたいな榎本さんが好き。だから黙って頷く。

 

「私もね、榎本さんが好き。もしも望まれたなら全てを捧げても良いわ。女として榎本さんが欲しいの」

 

「でも、榎本さんには桜岡さんが……」

 

 こんなに激しいお母さんは初めてだ。でも、榎本さんには桜岡さんと言う恋人が居る。

 同棲(同居)までしてるんだよ。幾らお母さんでも略奪愛は……

 

「桜岡さんね。確かに今の榎本さんに一番近い女性だわ。でも彼女と榎本さんは一線を越えてない。

あれは肌を重ねた男女の距離じゃないわ。

何故、榎本さんが彼女を抱かないのか分からない。もしかしたら結衣ちゃんの事で男女間について慎重なのかも知れない。

彼が結衣ちゃんを大切にしているのは見ていれば分かる。実際に彼女の幸せを一番に願うと聞いたし……

結衣ちゃんは微妙な立場だから、榎本さんは特定の女性と仲良くなるのを躊躇っているのかも……

だから未だチャンスは有るのよ。あの人は二股や浮気は出来ないから、先に関係を持てば……ね」

 

 結衣ちゃんが妬ましい。何故、何故そこまで大切にされてるの?何故、榎本さんは自分の幸せより彼女を優先するの?

 喉がカラカラに渇いてしまい、手に持つカップからホットミルクを飲もうとしたが空だった……

 

 

200話達成リクエスト(小笠原母娘編)後編

 

 どうしようもなく動揺した心を落ち着かせる為に自分とお母さんの分のお茶を淹れる。お母さん本気だ、本気で榎本さんの事が好きなんだ。

 今まで浮いた噂は一つもなく、色んな男性に言い寄られても全てを断っていた。

 

「もう男性は懲り懲りよ……静願も彼氏は慎重に選ぶのよ」

 

 何て言ってたのに、榎本さんにだけは最初から違ってた。私がお世話になった人だからと思ってた。私達は男運が最悪だ。

 

 アル中・ギャンブル・浮気……

 

 飲む打つ買うの三拍子が揃ったお祖父さんとお父さん。あの人達と、その親族にお母さんは苦労をさせられ続けて来た。

 漸く正式に離婚も成立し、あの嫌いな親族連中も榎本さんが話を付けてくれた……

 

「ヤクザと弁護士がセットで来た……か」

 

 もう、あの人達が私達の前に現れる事は無い。私達を捨てた元お父さんにも、榎本さんは話を付けた。

 直接あの場には居なかったが、こっそり陰から様子を伺ってたけど……うん、恐かった。

 

 声を荒げたり暴力を振るったりはしない。でも……

 

「静願、お茶が零れてるわよ」

 

「きゃ?ごめんなさい。考え事してた」

 

 慌てて布巾で零れたお茶を拭き取る。確かに榎本さんは、榎本さんなら浮気も心配ないし浮気も博打もしない。

 きっと結婚すれば良き旦那様となり一生大切にしてくれる。

 強く逞しくお金持ちで、綺麗事だけでない清濁合わせた強さを持つ人だから……

 

「お母さん、榎本さんの事を何時から好きになったの?」

 

 新しくお茶を淹れ直して、夢見る乙女なお母さんに聞いてみる。普段からそれとなく言い寄っていたけど、本気とも冗談とも取れなかったから……

 湯飲みを持ってニコニコしているお母さんは、とても子持ちの×イチには見えない。まだ20代後半でも十分に通用する若々しさだ。

 

「ん?そうね。はっきりと気持ちを確認したのは、私は恋愛対象にはならないって遠回しに言われた時よ」

 

 ……?ソレって変じゃない?

 

「何よ、不思議なモノを見る様な目をして。分かり辛かったかしら?正確には私の体目当てじゃなくても体を張って助けてくれた時よ。

あの人は私に損得でなく純粋に救いの手を差し伸べてくれたの。普通はね、命を晒してまで家族でも恋人でも無い人は助けない。

榎本さんもそうよ、あれで関係の無い人達には結構ドライなのよ。でも私は助けてくれた。その後も何かを要求する訳でもなくね。

あの大きな背中に抱き付いた時に、貴女は恋愛の対象にならないって遠回しに言われた時に。嗚呼、私はこの人が好きなんだ。

理由は無いけど確信したのよ。恋愛対象じゃないけど無関係な他人でもない。榎本さんにとって私は肉欲の対象じゃなくても助けてくれる。

だから逆に嬉しかったわ。

外見で惚れる様なら衰えた時に興が醒める。恋とか愛とか綺麗な部分だけじゃないのよ。

それにね……男女の恋愛感情なんて割と簡単に、ひっくり返るわ」

 

 お母さんの瞳の奥に燻る炎が見えた気がした。つまり情欲に突き動かされた訳じゃなく純粋な好意が嬉しかった?

 でも、ソレって綺麗な事なんじゃないかな?お母さん、少し怖い。

 

 何て言うか、病んでる感じがするから……ヤンデレ?

 

「そうなんだ……でも無理はしないで。でも、犬飼さんとは何が有ったの?榎本さん、弔電送ったって聞いたよ。その御当主様って亡くなったの?」

 

 霊能力者が看板を降ろすって言ってた。つまり廃業だけど、私にも犬神を引き取るチャンスが……

 

「亡くなったのは大婆様と言われていた、私達のお婆ちゃんのお婆ちゃんだった人よ。大婆様は日本狼の霊を使役していたの。

でも後継者達は犬神様には認められなかった。最後の直系男性もね、妻を亡くして私を後妻に貴女を妾にって迫ったわ。

話し合いにも応じずに、榎本さんを襲ったのよ。彼は飼っていた犬を殺して使役していたわ。全部で九匹の畜生霊を操り榎本さんを襲ったわ」

 

 飼い犬を殺して使役する……何て無慈悲な能力なの!犬九匹に襲われたら、榎本さんだって無事には済まないでしょ?

 

「そんな、危なくなかったの?犬を九匹なんて……」

 

「ええ、脇腹と太股と踵を噛まれてたわ。酷く出血して痛そうだったけど、私に笑顔で手を振ってくれてね。随分我慢してたわ」

 

「犬に噛まれたら大怪我だよ!」

 

 八王子でも怨霊を無傷で倒した榎本さんが怪我を負う相手だよ!

 

「そうね、大怪我だったけど治癒系の術が使えるので大丈夫だって。しかも襲ってきた犬の霊を自分の支配下に置いて、逆に相手を倒したの。

凄いわよね、流石は亀宮一族に引き抜かれた人だわ。それでね、その御当主様を張り倒してね……

これは私(僕)の為、これも私(僕)の為ってボコボコにしたわ。それで榎本さんは犬飼の大婆様に認められて、犬神様を託されたのよ」

 

 お母さんの為にって相手を張り倒したんだ。それは女として嬉しいかもしれないわ。

 

「でも犬飼の一族の祭る犬神様は天に召されたって……榎本さんでも駄目だったんだね。日本狼か、会って見たかったな」

 

 今度支配下に置いた犬達を見せて貰おう。召喚系の術って見た事無いから楽しみ。

 

「ふふふ……でもね、榎本さんは大婆様のお願いを断ったのよ。その犬神は大婆様に懐いてるから、一緒に天に連れて逝けって。

支配下に置いた犬達も魂を天に還したのよ。その後、私をおぶって帰ったの。下らない元飼い主から魂を解放された犬達の喜びは見せたかったわ」

 

 ナニソレ、格好良過ぎる!

 

 捕われた犬達の魂を解放し犬神様も大婆様と一緒に天に還した……

 

「やっぱり、お父さんね!凄い格好良過ぎる」

 

「お義父さん?そうね静願、私頑張るわね!」

 

 胸元で小さくガッツポーズするお母さんを見て素直に可愛いと思う。恋は人を可愛いくするのは本当なんだね。

 

「それでね、その後は雪の降る山道をおぶって帰る時に、寒いからもっとくっ付いて欲しいって。

だからお母さんね、あの太い首に思い切り抱き付いたの(本気で首を絞めたの)。

凄い安心感が有ったわ(丈夫でびくともしなかったわ)。

それから夕食に飲みに行こうって話になったけど、榎本さん傷だらけで服は破れて汚れてるしね。

お店には行けない格好だったのよ。だから私の家でお礼を兼ねて手料理でおもてなしをして沢山お酒を飲ませて……

本当に沢山飲ませたのに、泊まっていかずに今夜は帰りますって。タクシー呼んでくれって。

理由がね、私に悪い噂が立つから駄目だ!ですって。別に責任取って貰えるなら全然構わないのに……」

 

 話しだしたら止まらないマシンガントークで説明しだしたけど……お母さん、もう私を見ていない。

 真っ赤になって、イヤンイヤンしてるのは若々しくて可愛い。恋は周りの人からウザく思われるって本当なんだね。

 未だ話し足りなそうなお母さんをキッチンに残して私室に向かった。

 

 正直胸焼けしそうで、お腹一杯です!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ベッドに仰向けになり、お母さんの事を考える。

 疎遠だった親族から無理矢理に結婚をさせられそうになるのを、体を張って守ってくれた。

 しかも彼等は由緒有る霊能力者の一族で、榎本さんは現当主を傷付きながらも霊能力で打ち負かしての事だ。

 そして大婆様なる影の実力者に認められて力を託されるが、敢えて断る。

 

 彷徨いし犬達の魂を天に還せと言い残して……

 

 どんなラノベのヒーロー&ヒロインだろう。部屋の隅に置いてある本棚の上から二番目に目を向ける。

 甘ったるい少女漫画やライトノベルが沢山並んでいる。それをヤラれては、お母さんも榎本さんに恋してしまう。

 あの本のヒロイン達もそうしてハッピーエンドになった。

 だが、榎本さんは家にお母さんを連れ帰ってから一緒にお酒を飲んでいる。

 

 本棚の上から三番目に目を向ける。ハーレ〇イン・ロマンスシリーズが並んでいる。

 冒険から帰った男女が夜にお酒を共に楽しんだら、何故あの本に書かれている様なアダルティな展開にならないのか?

 私でも同じ状況なら抱かれたいと思う。いや、抱かれても抵抗出来ないと思う。

 もしも、お母さんが榎本さんと結婚した場合を考えてみる。優しいお母さんに夢にまで見た理想のお義父さん。

 何時も言い争っている結衣ちゃんは義妹になる。でも私は彼女は嫌いではないから、良い姉妹になれる筈だ。

 

 他人が羨む理想的な家族……

 

 私を育てる為に人一倍苦労したお母さんは、幸せになる権利が有る。私はそれを手伝える位置に居る。

 

 何を躊躇う事が有るのか?悩む必要なんて無いじゃないのか?

 

「榎本さんとお母さんが並んでいる姿を想像すると嬉しい筈なのに、何故涙が溢れるのかな?何故、素直に祝福出来ないのかな?」

 

 お母さんを取られるのが悲しい?「違う!」

 

 初めて見た、お母さんの女性としての部分が嫌だから?「違う、違う!」

 

 じゃあ何でお母さんの幸せを願わないの?「分からない、分からない、分からない……何故、こんなにも悲しいのだろう?」

 

 答えは出ないまま、私はそのまま泣き疲れて寝てしまった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「静願、具合が悪いの?今日はお風呂は入らないで、もう寝る?あら、泣いていたの?」

 

 なき疲れて寝ていた私を心配して、お母さんが起こしに来た。でも泣いていたのがバレてしまったわ。お母さんとベッドに並んで座る。

 優しく抱き締めてくれるお母さんの膝に顔を押し付けて……

 

「静願?」

 

「なに、お母さん?」

 

 優しく髪の毛を梳いてくれる。

 

「貴女も榎本さんが好きなのね?てっきり理想の父親像を榎本さんに向けているのかと思ったわ……」

 

 好き?うん、私は榎本さんが、お父さんが好き?

 

「うん、好き大好き。お母さんと結婚して本当のお義父さんになるなら嬉しい筈なのに……凄く悲しいの」

 

 苦労していたお母さんが漸く幸せになれるのに、何故か嬉しくなく悲しい。

 

「それはね、好きは好きでも男女の仲の好きなのよ。愛してると言い替えても良いわね」

 

 優しい声で私が否定し続けた事を言い当てられた。そう、私は榎本さんを例え実の母親にでも取られたくないと思ってる。

 顔を上げてお母さんを見る。優しい微笑み、私の大好きなお母さんの微笑み。

 

「静願……自分の気持ちに嘘を付いちゃ駄目よ。貴女の榎本さんを見る目はね、好きな人を見る目と同じよ。お母さんに遠慮なんてしないで」

 

「ううん、違う!私はお母さんに幸せになって欲しいの。だから……」

 

 両手を頬に添えられて顔を固定された。真剣な表情のお母さん……

 

「静願、一度榎本さんに抱き付いてみると良いわ。その時の感情で分かる。父性愛なのか友愛なのか、それとも愛情なのか……

人間ってね、自分の気持ちに確信が持てる迄に随分遠回りするの。直感でとか一目惚れとかも有るけれど、大抵は見た目だけで決めてるのよ。

だから時間と共に感情は変わってしまう。私にとって榎本さんは最高の相手なの。

でも貴女にとっては分からないわ、未だね……自分の気持ちを確かめに行きなさい。

それでも彼が好きなら」

 

「好きなら?」

 

 お母さん、いたずらっ子の様な表情だ。初めて品川の小原邸で抱き付いた時は、父性愛を求めていた。でも今は……

 

「例え愛娘でも遠慮はしないわよ。お母さん、もう一人子供が欲しいの。高齢出産は危険だから30代半ば迄には産みたいのよね」

 

「こっ、子供?赤ちゃん?」

 

 お母さん本気だ。今年34歳になるから時間は少ない、本気で勝負を掛ける気だ。

 

「お母さん、ありがとう。私、自分の気持ちを確かめてみる。榎本さんの事をお義父さんと呼びたいのか、旦那様と呼びたいのかを……」

 

 放課後、事務所に寄って確かめてみよう。もし、もしも気持ちが愛だったら……

 

「二人で分け合うのも良いかもしれないわね?」

 

「駄目、ぜーったい駄目!」

 

 お母さん、それは犬飼の当主さんと同じになっちゃうよ!ニコニコと私を眺めるお母さんの発言に、こっそり溜め息をついた……

 


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