榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第199話・IFルート亀宮さんEND

第199話

 

「お食事は美味しかったですか?」

 

「凄い食べっぷりですね。ウチの男連中でも勝てない」

 

「沢山食べる男は嫌いじゃないわ」

 

「桜岡さんから聞いてましたが、本当に良く食べ切れましたね」

 

 上から亀宮さん・阿狐ちゃん・一子様そして高槻さんだ。皆さん見た目は不機嫌では無いが、内心がどうかは分からない。

 仲良く一列に並んで座っているのも不気味だ。君達、そんなに連携良かったっけ?

 

「榎本さんが疲れているのは理解してますが、私達もノンビリはしてられないの。明日の朝には帰るから、簡単な説明だけ今夜中にして欲しいのよ」

 

 一子様が説明してくれたが、確かに一族のトップが本拠地不在って不味いのかな?他の方々を見回しても、特に反対意見は無いみたいだ。

 最後に亀宮さんと目が合ったが、黙って頷いた。即ち、説明して欲しいって事だな。

 眠気を飛ばす為に、珍しく珈琲をブラックで飲む。苦味と酸味が少しだけ、意識をクリアーにしてくれた。

 御三家のトップに誤魔化しはきかないだろう、餓鬼化も見てるし色々と不用意な発言もしてしまった、本当の事を話して口止めするしかないか……

 嘘をついても調べる位はする連中だし、バレた時が不味いし。

 

「詳細は省きますが、山荘に現れた餓鬼は人間の成れの果てです。

不老不死の秘密は肉体を餓鬼化して強化し、長生きで精神を病まない様にする為に思考を退化させる事。

それは洞窟の最奥に湧いていた泉の水の効果。危険極まりない泉は完全に埋めたし、餓鬼は全て魂を解放した。

皆さんにお願いは、不老不死の効果を持つ泉の事です。岩泉氏には、あの水は人間の肉体を餓鬼化する呪咀の触媒と説明してます。

そして彼は何となく泉の秘密と、それに関わった父親の事を疑っている。僕等が正直に不老不死の事を話しても良い事は無いでしょう。

だから今回は……餓鬼の出没する原因の泉を完全に埋めたから大丈夫。

もう奴等が山林に出没する事は無い。これを全員の統一意見にしておきたいですね」

 

 簡単過ぎる説明だが、実際に調査に関わってない連中には十分な筈だ。

 

「岩泉氏対応は分かったわ。でも桜井さんの事は私が内々で処理するのかしら?」

 

「私は一子様の指示に従い、関西巫女連合に報告すれば宜しいでしょうか?」

 

 割と真面目な顔で提案と確認を求めて来たが、彼女の件は貴女達の単独行動が原因ですよね?だから、その通りでお願いしたいのですが……

 

「そこは一子様のお力で、何とかお願いします。僕等は貴女の配下の桜井さん達が無断で洞窟に入ったのを連れ戻しただけですから。その後、彼女に何が有ったかは知らない事にします。

幸い作業員達も勘違いと言うかバレませんでしたから、これからの対策で何とでもなりますよね?」

 

 言外に貴女達の責任ですから、最後まで責任持ってご自分で処理して下さいと含ませる。高槻さんは明後日の方向を向いて、一子様は艶然と微笑んだ。

 瞳術は使ってこないが、美人の微笑みはそれだけで魅了効果が有る。僕がロリコンでなければ、ヤバかっただろう。

 

「あら?桜井さんを処理したのは榎本さんよ。私と貴方は一蓮托生、呉越同舟、毒を食らわば皿までの関係でしょ?駄目よ、自分だけ良い子になっちゃ駄目」

 

 もう、何を言ってるの?怒るわよ的な雰囲気で叱られたのか?一子様の押しが強い、強過ぎる。

 何故、僕が貴女と共犯関係なんですか?運命共同体みたいに言わないで下さい。

 

「違います。僕は亀宮さんとは心中しても一子様とは無理です。所属派閥も違いますし、そもそも……」

 

「殿方が細かい事を言っては駄目よ。黙って俺に任せとけ!ですわ」

 

 せめて最後まで言わせて下さい。それに亀宮さんが不機嫌そうに僕を見てるのが辛いのです。残りの珈琲を一気に飲み干す。

 

 うん苦い、もう一杯!

 

「はぁ、では男らしく……自分の配下の失敗は自分で何とかしなさい!

手段は問いません。桜井さんの死を僕達に責任が及ばない様に処理するんだ」

 

 一子様の目を見てキツ目に言い放つ。押しの強い彼女に負けない様に……アレ?自分自身で体を抱き締めてブルブル震えてるけど病気か?

 

「嗚呼、ゾクゾクするわね……私が命令されるなんて初めての経験だわ。でも何かしら、悪くない気分ね。

その度胸に免じて言う事を聞いてあげる。初めてよ、私に命令して言う事を聞かせた男は!

誇って良いわ……いえ、自慢しなさいな。僕は加茂宮一子を好きに扱えるってね」

 

 何やら恍惚としてモジモジしてるけど、そう言っちゃうの?駄目だろ、僕は今大多数の男女を敵に回した気分だ。

 両手を上げて降参する。一子様には口では勝てる気がしない。そんな事を言い触らされたら僕は破滅だ……

 

「はぁ、僕を苛めて楽しいですか?桜井さんの事は最初に約束しましたよね?

加茂宮で処理をするからって。本当にお願いします」

 

 そう言って頭を下げる。

 

「はいはい、最初から素直にお願いしてくれれば良いのよ。大丈夫、榎本さんの為に私が何とかしてあげるから。

じゃ、私はこれでね。高槻さん、行きますわよ」

 

「苛め甲斐の有る殿方って大好きよ」とか言われてしまったが、もう二度と関わり合いになりたくない。

 

 机に突っ伏して溜め息をつく……

 

「あの女は苦手だ。口では全く勝てる気がしない……」

 

 魅了系の力を得意とする彼女には、勝てる筈がないのかな?言い負かされたが、悪い気がしないのが凄い。

 結局は僕がお願いして、彼女が快く頼み事を聞いてくれた事になっている。本当は自分の配下の不始末は自分で処理して下さい、だったのにだ。

 だけどアレをやられたら、桜井さんの彼氏も勘違いするわな。

 

「榎本さん?」

 

「はい、ああゴメンね。何か敗北感が凄くて……」

 

 阿狐ちゃんが心配そうに僕を見ている。この仕事で良かった事は彼女と知り合えた事かな。

 対立する御三家の一角だが、当人達は悪い連中じゃない。何より好みの美少女だ!もう少しロリ成分が強ければヤバかったかも……

 

「私達も明日の朝に九州に帰ります。榎本さんにはお世話になりっぱなしでしたね。

もし四国、九州で何か有りましたら私を頼って下さい。貴方には借りは二つ有りますから、出来る限りの事はします。

私自らが出向きますから安心して下さい。では、また会いましょう」

 

 そう言ってニッコリ微笑んで食堂を出て行った。コッチはコッチで大問題発言の連発だ!何ですか、借り二つって?阿狐ちゃん自らが出向きますって?

 

 ヤバい、ヤバいよ!

 

 そんな事を聞かれたら、亀宮さんの機嫌が悪くなるじゃないか。

 

「あらあら、随分と伊集院さんに懐かれたわね?じゃ、私も明日の朝に帰るわ。また仕事下さいね。榎本さんからの依頼なら他をキャンセルしてでも行くから……」

 

 高野さんはニヤニヤしながら爆弾を放り込んで出ていった。去り際に僕の肩を軽く叩くサービスまで付けて。彼女は絶対に分かってやっているな!

 後で仕返しするからな、必ずだ。そして最後まで残っている亀宮さんを恐る恐る見る……ああ、顔に張り付けた笑顔が怖い。

 

「あの……」

 

 恐る恐る声を掛ける。

 

「榎本さん?」

 

 にっこり微笑むが目が笑ってないです。

 

「はっ、はい!」

 

「色々な派閥の女性と仲良くなるのは、いけないと思います。ですが私となら心中しても構わないと言う言葉は信じます。

帰ったら御隠居様と今後の事を相談しますから。今日はお疲れ様でした、ゆっくり休んで下さい」

 

 言葉の綾の心中ネタがヤバいと分かったのは、随分後になってからだった。まさか、そんな風に捉えたなんて誤算も甚だしい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あら、未だ残ってらしたの?」

 

 榎本さんに労いと念押しをして食堂を出ると、加茂宮一子と伊集院阿狐が睨み合っていた。

 高槻さんと高野さんは既にいないが、確かにこの二人の雰囲気は異様だ。だから逃げ出したのね……

 共に彼に馴れ馴れしい女達だが、心中しても構わないとまで言われた私には余裕が有る。

 つまり榎本さんは私と添い遂げても構わないのだ。桜岡さんが本妻で私が妾でも二号さんでも構わない。

 要は彼を亀宮一族に正式に迎え入れて、一緒に居られれば良いのだから。

 

「ええ、少しだけ裏で相談してたのよ」

 

「そう、悪巧み」

 

 二人の視線が私に突き刺さる。

 

「榎本さんを引き抜こうとしても無理よ」

 

「分かってる。何故、貴女にあそこまで義理立てするかは理解出来ないけど。

でも個人事業主らしいから正式に依頼すれば平気だって名刺を貰ってる。だから今度は正式に仕事を依頼するつもり」

 

「あら、そうなの?駄目よ、亀宮さん。手綱はしっかりと引いてなさいな。でも私も後で名刺交換しましょう。

彼に仕事が頼めるのは心強いわね。関西巫女連合か桜岡母娘をからめれば、断り辛いでしょうし……」

 

 確かに彼は派閥の一員だけど毎回契約を交わしての関係だから、他の仕事を請けなくする強制力は無いわ。もっとガチガチに縛らないと駄目なのかしら?

 

「ご忠告、受け取っておくわ。でも無理よ、彼は私と結婚するのだから。

言質は取ったから覆すのは無理なの。式には呼ぶから楽しみにしていなさい」

 

 早く御隠居様と相談しなくては駄目ね。後は桜岡さんとも話し合いが必要だわ。彼女には結婚相手に選択肢が有るけど、私は榎本さん一択なのよ。

 さっきは妾でも二号さんでも構わないと思ったけど、気が変わったわ。悪いけど、本妻の座は譲れない。彼女達を一睨みしてから、その場を離れる。

 その場に留まっていたら、亀ちゃんに命令して彼女達を亡き者にする誘惑に負けそうだから。

 

 御三家トップが全面戦争の引き金を引くのは良くないから我慢よ。

 

 分かり易く彼女達にデレデレすれば怒りやすいのに、そんな気が無さそうなので言い辛いのよね。今怒れば、私が只の嫉妬深い嫌な女になるだけだし……

 競争相手が桜岡さん以外に居なさそうだったのに、次から次へとワラワラ出て来るなんて!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの後、僕が目を覚ますと太陽は既に天辺へと登っていた。同室の御手洗が気を遣ったのだろう、シーツが綺麗なのでベッドは使わなかったみたいだ。

 身嗜みを整えてドアを開けた時に、隙間に挟まっていた封筒を見付けた。飾り気のない、だが高そうな封筒だ。

 

 中を見れば名刺が一枚だけ入っている。加茂宮一子様の名刺だけが入っていた。

 

 他には何もないし、名刺に書き込みも無い。多分だが、僕から連絡しろって事かな?

 相変わらず凄い自信なのだが、僕から連絡する事は無いだろう。しても、しなくても怖いならしない方が良い。

 情が移ると困るんだ、何れ加茂宮一族を喰わねばならぬのだから。

 

『あやつ以外を食い尽くせば問題有るまい。別に根絶やしにせずとも良いのだぞ。

あやつに近ければ、他の奴等を食い易い。それに二人迄なら食い残しても我の脅威にはならぬ』

 

『いえ結構です。何となくですが、彼女の近くで暗躍してもバレます。

罠に掛けるつもりが逆に食われます。そういう怖さの有る女性でしたよ』

 

『む、そうか……』

 

 岩泉氏の依頼を達成し、加茂宮の三人を食えた。南の雄、伊集院一族の当主とも交流を持てたのだが、心の底に滲む不安は何なのだろうか?

 僅かにしこる不安の芽が……

 

「まぁ何れ分かるか?」

 

 さて、朝食兼昼食を食べる為に食堂へ行くかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 やれやれ、日本の霊能界御三家の当主全員から目を付けられるとはな。各々全く違う思惑だが、ドレも悪い選択じゃないのが問題だ。

 加茂宮は、自分に振り向かない珍しい男、奪えば亀宮と伊集院よりも女として格上と証明出来る男として正明を捉えている。

 我も一子以外の当主連中が喰えれば構わない、そのまま加茂宮一族を乗っ取れるだろう。

 ヘビ女は、大恩が有り、完全獣化能力者に理解も有り、組織運営に必要な男と言う所か……組織の重鎮として厚遇されるが、それだけだな、旨味は一番少ない。

 亀女は、自分の結婚相手として一択であり、初めて好きになった異性なのだろう。

 だが正明の子を生む言質は取ったからな、そこが一番大切だ。だから我は亀女に助力してやるか、アレは中々の安産型の尻をしているので良い子を沢山産めるだろう。

 少し依存が強過ぎる気もするが、支配体制が分散している一族だからな。全てを敵に回しても正明を取るだろうから、逆に我は気に入っている。

 

 霊獣亀も正明に懐いておるし、居ても邪魔にはならないだろう。

 

 

 

 200話達成リクエスト話(IFルート病んでます亀宮さん編)

 

 本編200話達成記念&亀宮さんIFエンドです。

 影の薄い(魅鈴さん滝沢さんに食われた)ヒロインでしたが、一応のハッピーエンドです。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 昼過ぎまで寝てしまったが、事件は解決しているので余裕が有る。加茂宮一子と伊集院阿狐ちゃん、それに高野さんと高槻さんは既に帰った筈だ。

 残っているのは亀宮だけだろう。

 

「お早う御座います」

 

 元気よく食堂の扉を開けると、徳田だけが居た。テープルの脇に畏まって立っている、なかなか様になっているのが悔しい。イケメンは悉く滅べば良いんだよ……

 

「お早う御座います、榎本さん。昼食は煮込みパスタとパンで宜しいですか?」

 

 女性相手と違い幾分砕けた感じだが、別に慇懃な態度は気持ち悪いから構わない。

 

「三人前で頼むよ、あと紅茶が欲しいな。みんなは食べたのかな?」

 

 テーブルに座り矢継ぎ早に注文する。

 

「亀宮様方は既に食事は済まされましたよ」

 

 そう言うと奥へと引っ込んでしまった。ここの微妙に不味い食事も食べ納めか……僅か一週間の滞在だったが、思い出深い仕事だったな。

 運ばれた食事はコンビーフとキャベツの煮込みパスタにクロワッサン、大根サラダと簡素ながら美味だった。

 あの微妙に不味い料理は何処へ行ったんだ?何故か給仕と共に徳田が来たが、未だ話でも有るのかな?

 

「徳田さん、コックを入れ換えた?(女将、板前を代えたな?)」

 

 某美味んぼの雄山みたいな台詞を言ってしまったのは、まぁ仕方ないだろう。

 

「今朝方、旦那様が山荘に来ましたので」

 

 それは、僕等は二線級のコックで岩泉氏には一流を呼んだって事かい?恨みがましく彼を見る。

 

「食後に部屋へ案内する様にと言付かってます」

 

が、あっさりスルーされてしまった。依頼人を待たせる訳にもいかず、僕は急いでパスタを掻っ込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 岩泉氏の部屋は例の書斎ではなく、普通の執務室だった。背広を着込んだ秘書みたいな中年と青年も居る。

 彼等が議員秘書って奴かな?僕が部屋を尋ねると岩泉氏は珈琲を頼み彼等二人を部屋から外させた。

 

「報告を聞こうか……」

 

 椅子に深く座り此方を伺う。わざわざ仕事が終わった翌日に山荘まで来たのだから、彼は相当結果を気にしているな。

 下調べ位は、間違い無くしてそうだ。

 

「はい、例の洞窟は完全に塞ぎました。

実際に水の湧きだしていた場所も見ましたが、先日こちらの山荘の暖炉擬きから流したコンクリートで完全に埋まってました。

これは途中から割り込んで来た加茂宮一子様も確認しています」

 

「加茂宮に見られたのか?何故、奴等の割り込みを許した?」

 

 やはり秘匿したかったんだな。平静を装いながらも、少し慌てている。珈琲を一口、考えを纏める。

 

「桜井さんと言う巫女を連れてました。先代と懇意だった方のお孫さんらしいです。彼等も独自で調べていたのでしょう。

しかし、桜井さんは加茂宮一子様を出し抜き洞窟の秘密を独占しようとした。

馬鹿な女でしたよ。あの呪いの触媒の水を霊水として崇めていて、浴びたんです」

 

「何だと!その女はどうした?」

 

 この慌てよう、やはり岩泉氏は……

 

「霊水の吹き出していた穴はコンクリートで完全に埋まってましたからね。周りの窪みに溜まっていた水に体を転がして浸したんです。

結果、彼女の体は爛(ただ)れ黒ずみ変形し始めた。治せる見込みは無かったので加茂宮一子様がその場で処分し、そのまま埋めました。

せめて苦しみを続けさせない様にと、彼女の立場ゆえですね。あの水は呪咀が掛かっていたのです。死に至る呪咀が……」

 

 最後の言葉は真っ赤な嘘だ!死に至るではない、死を超越した“ナニ″かになるんだ……

 

「ふふふ……呪咀……死に至る……そうか、そうだな。だが、処分とは物騒だな。大丈夫なのか?」

 

 やはりだ、死に至るで僕の勘違いを知って安心した。岩泉氏も、あの餓鬼が“ナニ″の成れの果てかを知っているんだな。

 

 紛い物の不老不死の妙薬か……

 

「その場には亀宮様も居ましたから……弱みを見せない為にも完璧に偽装するでしょう。

それに事件にするにも死体は無く手を下したのも自分。加茂宮も当主9人中3人が今回の件で行方不明ですし、余計な事は出来ないでしょう」

 

 一子様の事だ、桜井さんの事は完璧に偽装するな。彼女は直接戦闘でなく、裏での暗躍が得意だと思う。

 それに約束は必ず守るタイプだろうな、約束させる迄が大変だけどさ。

 

「分かった、ご苦労だったな。報酬は亀宮本家に払っておくが、お前が幾ら貰えるかは知らん。

だから、これは俺の気持ちだ。また何か有ったら頼むぞ」

 

 テーブルにアタッシュケースを置くと部屋から出て行った。岩泉氏の依頼は達成とみて良いだろう。

 本当の意味での原因は秘匿したが、彼にとっては良かった筈だ。

 やはり、棺桶に入っていたのは先代、そして餓鬼化して件の洞窟に行った事も知っている。

 アタッシュケースの中身を確認すると、1万円の札束が20入っていた。

 

「2000万円とは驚いたね。口止め込みかな?」

 

 小切手や手形、振込みと違い現金はお金の動きが分からず裏金としての扱いは良いので助かる。

 報酬が5億円と言っても、僕は契約書に則った金額しか請求しないから、精々が500万円位か?いや経費立替があるから、もう少し貰えるかな?

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 岩泉氏の山荘を引き払い名古屋市内のマンションへと戻った。亀宮さん達を応接室に集めて、岩泉氏との話を報告する。

 

「……と、言う訳で依頼は達成。報酬は亀宮本家に払われるそうだ。

一週間以内に報告書を纏めて提出するよ。あと見積書と請求書もね」

 

「報告書の作成は私達も手伝うわよ。此処でやる?それとも横浜でやる?」

 

 風巻姉妹、本当に協力的になったな。普通に手伝うと言ってくれるとは思わなかった。餌付けは成功だ!

 

「現地の写真や資料も集めるから……三日間位は滞在するかな。亀宮さんはどうする?」

 

 ニコニコとお茶を飲む彼女に話を振る。

 

「当然、私も残ります」

 

「ならば我々もだな」

 

 亀宮さんに追従する滝沢さんと御手洗達だが、護衛だから当たり前だよね。

 

「御隠居様にだけは連絡入れておいてね。除霊終了なのに残ってんだから、了解を取っておかないと面倒な事になるかもしれないし……」

 

 僕の立場は亀宮一族の中では低いし良くも思われていない。それは仕方ない事だ、僕は粉骨砕身身を粉にして一族の為に働く訳じゃない。

 短期契約の外注社員だから、プロパーの連中とは違うからね。だから細心の注意が必要なんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 報告書は二日と掛からず終わり、明日の朝に帰る事となった。風巻姉妹はマンションの引き揚げも担当するので、一日後に帰る事となる。

 今日は名古屋に滞在する最後の日だ。打ち上げ的な意味で夕食は外で食べる事にする。

 

「あーあ、豪華な食事もこれまでか……榎本さん、亀宮の諜報部に入ってよ」

 

「そうですよ。私達、結構扱き使われてるんです。実行部隊の連中は私達を見下すんですよ。

所詮はサポート部隊だろって……榎本さんと私達が組めば、実行部隊として活動出来ます。どうですか?」

 

 確かに調査って縁の下の力持ち的な所が有るからな。亀宮一族の花形は、実行部隊って事か。

 

「うーん、どうだろ?仕事を請ける時は毎回契約するからね。君達とタイミングが合うかな?ご隠居様と風巻のオバサン次第じゃないかな」

 

 当主の亀宮さんでさえ、毎回サポート要員は別の人が着くって言ってたからな。毎回同じメンバーで仕事は無理じゃないか?

 ブーブー文句を言う彼女達の背中を押して店に入る。

 今回は打ち上げ的な意味も有るので、皆がお酒の呑める様にマンションから歩いて行ける無国籍居酒屋を貸し切った。

 こぢんまりとした店で20人も入れば一杯だが、クチコミ評価も高く亀宮さんの好きな洋酒の種類が多い。

 聞けばオーナーはソムリエの資格を持ち、昼間はワイン教室を開いているらしい。

 

 大きめなテーブルを囲み座わる。中心に亀宮さん、時計回りに僕・風巻姉妹・御手洗達・滝沢さんだ。

 僕+女性陣が御手洗達男性陣と向かい合う感じだが、佐和さんが僕の隣に座ったのが意外だった。

 

「堅苦しい話は抜きで。貸し切りだけどコースじゃないから、好きな物を頼んで下さい。じゃ、亀宮さん、乾杯の御発声をお願いします」

 

「榎本さん、いきなり堅苦しいじゃないですか」

 

「本当にサラリーマンの忘年会みたい」

 

 風巻姉妹の突っ込みは健在だ!だが、悪意無く笑っているから良いか……

 

「一応のケジメかな?一番偉い人はね、配下の労をねぎらわないと駄目なの。中締めは佐和さんだよ。

僕は司会進行だし、一族の序列で行けば君が二番手だ。じゃ、亀宮さん、一言言ってから乾杯ね」

 

 亀宮一族でもご隠居様の片腕、風巻のオバサンの娘の方が護衛部門より上なんだよね。護衛部門→諜報部門→実行部隊の順だ。

 だから風巻姉妹は最初の頃に態度がキツかったんだな。本来はどれも重要な仕事なのに、霊能力の内容により優劣を付けている。

 

「あら、今回の件は事前調査に重きを置いた榎本さんと風巻さん達のお手柄ね。

勿論、現場除霊は全て榎本さんが行ったけど、今回の件で事前調査の大切さが分かったわ。有り難う御座います。では、乾杯」

 

 軽くグラスを上げる彼女に合わせて「「「「かんぱーい!」」」」最初の一杯は全員がグラスビールを飲み干す。

 

「じゃ後は好きな物を頼んでね。二時間貸し切りだから、ラストオーダーは7時30分だよ。締めは7時50分だから、佐和さん忘れずにね」

 

「お待たせしましたー」

 

 店員さんが最初に頼んだ料理を並べてくれる。

 マグロのカルパッチョ・大根サラダ・飛騨牛のたたき・チーズ盛り合わせ・枝豆・串焼き盛り合わせ・鳥皮せんべいって頼み過ぎじゃないか……

 いや、御手洗達が物凄い勢いで食べている。こりゃ追加オーダーしないと駄目か?

 店員さんを呼んで、ボリュームの有る各種ピザとお好み焼き、唐揚げやコロッケを自分用に刺身の盛り合わせを頼む。

 今夜はお酒は控えて裏方に徹した方が良いな。このメンバーで仕事をする事が次も有るとは限らないし、楽しんで貰おう。

 

 チビチビとビールを飲んで刺身を摘む。こんな宴会も楽し……

 

「榎本さーん、飲んでますかー?」

 

 首に抱き付いてきたのは

 

「えっ?滝沢さん?」

 

 普段のお堅い感じからは想像が付かない位にスキンシップな行動だぞ。

 

「何を飲んでるんですかぁ?」

 

 口調も甘えた感じだし抱き付いたままなので、やんわりと身体を離す。まだ乾杯してから15分位しか経ってないのに、もうベロベロか?

 

「あっああ、僕はビールだよ」

 

「はい、コレ飲んで下さーい」

 

 ちょ、おま……それ梅酒の瓶だよね、しかも佐多宗二商店の「角玉」だぞ。高級な瓶の梅酒をビールジョッキにダバダバと注がれた。

 ビールの梅酒割りって、初体験だけど美味しいの?どうなの?ジョッキ半分位はビール残ってたよね?

 思わず御手洗達を見ると、良い笑顔を浮かべてサムズアップしてやがる。さては、滝沢さんは酒乱だと知ってたな?

 

「はーい、かんぱーい!」

 

 梅酒を瓶で煽る彼女に合わせてビールの梅酒割りを飲む。

 

「む、当然だが不味い……」

 

 カラカラと笑いながら、滝沢さんは亀宮さんに突撃して行った。

 

「「榎本さーん、お酌しにきたよ」」

 

 風巻姉妹が左右から攻めて来た。此方は酔いは少ないが、二人とも手に空のグラスと冷酒を持っている。

 銘柄は千福の純米大吟醸「蔵」だ、こっちも高級品だぞ。此処の店は高級品を取り揃えているのが売りだが、そういう飲み方をする酒じゃない。

 

「はい、飲んで飲んで」

 

「さぁさぁ、グッと飲んで飲んで」

 

 亀宮一族の女性は酒癖が悪いのか?自分用のグラスも持参してるので返杯するが、二対一じゃ不利だぞ。結局、「蔵」を短時間で二本空けてしまった。

 

「次は俺達だ!ビールだろ、ビール!お姉さん、中ジョッキを10杯頼むぜ、スーパードライだ。さぁ飲み比べしようじゃないか!」

 

 御手洗……五対一は卑怯じゃないか?散々飲まされてベロベロになった頃、大本命の亀宮さんが洋酒の瓶を携えてニコヤカに近付いて来たぞ。

 もう銘柄も分からない程に酔いが辛い……

 

「榎本さん、今夜は寝かせませんよ?さぁどうぞ」

 

 朦朧として曖昧な感じだが、主賓の彼女の言われるままにグラスを差し出した……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「フードファイターもアルコールには弱かったんですね」

 

「確かにな、それだけ我々を信用してくれていたんだな。用心深い彼が酩酊するまで飲んでくれたのは……

だが酒の上の過ちだから、納得は出来なくても我慢して貰おう」

 

「榎本さんを余所に渡すのは私達の胃袋的にも我慢出来ません。でも怒るかな?」

 

「ふむ、理不尽だが男のケジメは取って貰おう。後は我々全員で土下座してでも許しを請えば良い。では亀宮様……」

 

「ええ、榎本さんをマンションに運びますよ。亀ちゃん、榎本さんを乗せてね。あらあら、嫌なの?」

 

 首を振って嫌がる亀ちゃんを宥め透かし、榎本さんを乗せて運ばせる。

 本当に亀ちゃんは榎本さんに懐いたみたいね。最初は彼を乗せるのを頑なに拒んだ。

 危害を加えないと説明して、漸く運んでくれるんですもの……お店の人が驚いていたが、手品だと誤魔化した。

 別に御手洗達に運ばせても良かったのだが、亀ちゃんが意識を失った榎本さんの前で警戒してたから納得させる為にも運ばせたの。

 マンションの女性部屋のベッドに彼を寝かせると、他の方々は出ていった。

 

 今夜は私達だけで過ごすのだから……

 

「胡蝶ちゃん?」

 

「む、何だ?」

 

 私の呼び掛けに直ぐに反応し、榎本さんのお腹の上に女の子座りで現れる胡蝶ちゃん。彼女の金色の瞳って本当に綺麗ね。

 

「約束を守るわ。私が榎本さんの子供を沢山産む約束をね。良いでしょ?」

 

 洞窟内で約束した、私達の一族を増やす計画。亀宮でなく榎本一族を増やす計画を今実行するわ。

 

「良いだろう。だが、正明は酔ってベロベロだ。大切な初めてが覚えてないでは辛かろう。先ずは周りを固めるのだ……」

 

 確かに酒の上の過ちで覚えてないじゃ悲しいわ。

 榎本さんが知らぬ存ぜぬで逃げるとは思わないけど、彼女持ちだし一時の浮気と割り切られても困るわね。

 

「うん、有り難う。周りを固めるって事は一緒に寝てれば良いかしら?」

 

 良くドラマや漫画の中に有る、目が覚めたら関係を結んでいた的なアレね。

 

「そうだ!朝起きて裸で抱き合っていれば、奥手な正明も観念するだろう。状況証拠を固める訳だな」

 

「そうね、明日の朝が楽しみだわ。榎本さん、どんな顔をするかしら?」

 

 榎本さんの服は胡蝶ちゃんが、手際良く脱がせてしまった。全身傷だらけだが不思議と醜いとは思わない、鍛え抜かれた筋肉質の体……

 胸板を触ってみれば、凄く……硬い……です。

 私も下着だけになり榎本さんの隣に滑り込む、流石に全裸は恥ずかしいわ。

 

「諦めていた結婚。諦めていた自分の子供を宿す事。頼りになる旦那様と亀ちゃんと同じ存在の胡蝶ちゃん。

私達は他の皆とは違う、世界で二人しかいない特別な霊能力者。もう私は孤独じゃないの」

 

 榎本さんの右腕にしがみ付き、身体を丸めて眠りにつく。

 

「幸せにして下さいね、旦那様……」

 

 

 

 

 

 翌朝、絹を引き裂いた様な男の叫び声を聞き付けた滝沢さん達が、寝室に殺到する。ベッドには半裸の二人が一緒に寝ていて、私の爆弾発言が……

 

「私達、一線を越えてしまったの」

 

 霊能業界の御三家当主を傷物にしてしまった瞬間だった。状況証拠は真っ黒、証人も複数いるし何より現場を抑えられたら嫌とはいえない。

 宥(なだ)め賺(すか)し、脅して泣いて縋って漸く責任を取って結婚を承諾させた。

 騙したみたいだが最後は笑って了承してくれたから、私が全く嫌いなわけじゃなかったと安心した。

 まさか重婚や浮気は駄目だと桜岡さんと別れるとは思わなかったわ、嬉しい誤算だった。

 別に妾や2号さんとして囲っても構わなかったのに。私との結婚を本気で嫌がるなら、榎本さんを殺して私も死ぬ心算だった。

 だって彼は私と心中しても良いと言ったから、クスクス私はそれでも幸せだけど。でも晴れて夫婦になれたのが無常の喜びよ。

 

「末永く可愛がって下さいね、旦那様……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 御三家の一角、亀宮一族の当主の番(つがい)については噂が先行していたので、彼らの結婚については業界内では割と冷静に受け止められた。

 伊集院阿狐も加茂宮一子も約束通り結婚式に呼ばれたが、加茂宮一子は代役を立てて本人は参加しなかった。

 彼女のプライドが許さなかったのだろう、狙った男を奪われた事が……亀宮、いや篠原梢の最初の子供は三つ子で全員男の子。

 そして胡蝶と交わり一体化して一点突撃(ロリコン)から全方位攻撃(ロリからお姉様)迄に進化した「真・正明」は次々と若奥様を孕ませ常に双子以上を生ませた。

 

 その数、七人!

 

 亀宮一族は、その子達の代で劇的な変化を迎える事になるが、それは別の話で……

 

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一寸異色な病んでるエンドですがIFルートですのでご容赦を。

次はリクエストのレナ編・滝沢さん編、その後に幕間で主人公の過去話となります。

 


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