第190話
コンクリートの打設を開始すると言われ書斎に行ってみる。
窓からコンクリート圧送車のブームを建物内に入れ込み、そこから2m位の鉄製の配管を書斎まで繋げてある。
廊下の床にはブルーシートが敷き詰められ、壁にはポリフィルムがカーテンの様に垂れ下がっている。
これならコンクリートが飛び散っても汚れないだろう。
廊下を進み書斎に入ると圧送工が二人、暖炉の格子にガスで溶切された穴へとブームの筒先を押し込んでいる。
「ちょっと待ってくれ。先にコレを落とすから……」
愛染明王の御札と重石代わりに清めた塩を入れたジップロックを格子の隙間から下へと落とす。その数は10袋……
「それが魔除けかい?」
職人さんに話し掛けられた。
「ああ、念の為にね。さぁ初めてくれ、途中で何度か同じ物を落とすからね」
彼等は親父さん手配の小俣組の連中だ。つまり怪奇現象の肯定派を集めている。だから訝しく僕等を見ないので気が楽なんだ。
「榎本先生が居てくれるなら安心だって。……おい、始めろ」
無線に向かいコンクリート圧送車に指示をする。暫くすると大量の灰色の水が筒先から流れ出した。
「水ですか?」
僕の隣で珍しそうに見ていた滝沢さんが聞いてくる。確かに色はコンクリートみたいだが、サラサラの水だ。
「最初は大量の水を送るんですよ。配管を濡らして流れを良くする為に。
次にモルタルが少し出て来てから、コンクリートが流れてくるぞ。ほら、モルタルだ」
水っぽい後に骨材の入ってないモルタルが流れ出した。砂・水・セメントを混ぜた物がモルタルだ。これに骨材(砂利)が入るとコンクリートになる。
「こっからがコンクリートだ。流し込むだけだから早いぜ」
20㎝程の径の筒先から吹き出すコンクリートの量は多い。五分程で無線が入り一台目が終わり二台目に入ったと連絡が有った。
「これなら一時間弱で最初の十台は終わるぜ。一台目がプラントに積みに行って戻るのに約40分。道さえ混んでなけりゃ続けて打てるぜ」
「なるべく絶え間なく打ち続けて欲しいんですよ。中がどうなってるか分からないので、果たして100㎥で足りるかも分からないんですけどね……」
「15台目を返す時に追加するかしないか決めてくれ。じゃないと三往復目をプラントで積むかの判断が出来ないぜ」
五台ずつ別々のプラントに頼んだんだっけ。確かにプラントで積むか積まないかの判断をしなきゃ駄目だな。
「構わず出しましょう。余っても割増すれば、持って帰ってくれるんでしょ?」
「大盤振る舞いだな。一台で70000円近くするんだぜ。分かった、三回転させるぜ。おっ?もう二台目も終わったな……」
次の御札は五台目が終わったら落とすか……
「はい、滝沢さん。この大学ノートを適当に本棚に戻して。もう要らないから……」
「ああ、分かった。元々有った場所は分からないから適当な本の間に挿しておくぞ」
手帳と古銭は未だ預かっておくが、大学ノートは返す。もう書斎に入る事も無いだろうから返せる物は返しておく。
結局42台で210㎥と当初計算の二倍以上4時間掛けてコンクリートを打ち終わった。特に奴等が登ってくるとかの被害も無く山荘の安全は確保された。
イケメン徳田の喜び様に少し引いた……
滝沢さんの手を取り踊り出した時は、どうしようかと思ったが調子に乗って腰を抱いたらビンタ一発で吹っ飛んだ彼に合掌!
真っ赤になった滝沢さんも見れたので二度美味しい?彼女は御手洗達みたいな連中と仕事をしている割には、男慣れしていない気がするな。
美人なのに職場環境に恵まれなかったから?さて、悪友を迎えに名古屋駅まで行きますか……
◇◇◇◇◇◇
名古屋駅まで滝沢さんに車で送って貰った。同業者を呼んだんで打合せしてからマンションに帰ると伝言して貰った。
何気に滝沢さんも餌付けが成功しており「今夜は侘びしい夕食になるな……」と、寂しそうな顔で呟かれてしまった。
だが御手洗に現金を渡しておいたので、デパ地下でそれなりの料理を大量に買ってくる筈だ。
最近のデパ地下の料理は馬鹿に出来ない品揃えと美味しさだから……JR名古屋駅の在来線改札口に17時50分に到着。
約束の時間は18時だったが既に高野さんが居ました。
気怠そうに壁に寄りかかっているが、何時もの地味なスーツにジャンパーを羽織って、大きなトランクケースを持っている。此方に気付いて軽く手を上げてくれる。
「ごめん、待たせた」
「平気、今来たところよ」
まさか高野さん相手にデートの待合せの定番台詞を言う事になるとは!
「何よ、変な顔して?はい、鞄持ちなさいよ」
黙って指差すトランクケースを持つが、見た目通りに重い。
「これを東京から持ってきたのか……ご苦労様、それで結界の道具かい?」
10kg以上は有りそうだ。
「結界石と固定用の接着剤とかね。洞窟なんて湿ってるかもしれないからバーナーとかも入ってるわ。だから乱暴にしちゃ駄目だからね」
ハイハイと言いながら歩き出す。目的のホテル、名古屋マリオットアソシアホテルは駅隣接タイプだ。
ゴロゴロとキャスター付のトランクケースを引きながら連絡橋を渡る。朝も来たが確かに高級なホテルだ……入口にはドアボーイが居るし、フロントは三層ぶち抜きの吹き抜けだ。
あのシャンデリアも何百万円だろうか?一旦ラウンジに高野さんを待たせてフロントへ。
僕の名前で予約しているのでチェックインの手続きを行う。
料金は先払いにして、ルームサービスを使った場合はチェックアウトの時に清算する旨を伝えキーを貰う。
「はい、カードキータイプだね。一旦部屋に行って荷物を置いてきなよ。
ディナーの予約は6時半だから僕は此処で珈琲飲んで待ってるからさ。後ろのホテルの人が案内してくれるよ」
流石に高級ホテルは荷物をお客様に持たせないらしい。僕の後ろに立つホテルの従業員が荷物を持ち、高野さんを部屋まで案内してくれた。
ラウンジに座り高い珈琲を頼む。女性が支度に時間を掛けるのは嫌と言う程知っているから……
◇◇◇◇◇◇
「随分と御立派な体格のお連れ様ですね?何か格闘技でも?」
「警備会社に勤めてるみたいですよ。企業向けの方らしいですね。SPみたいな?」
彼は肉体派霊能力者です!なんて説明出来ないから適当な事を言って誤魔化す。
確か契約している警備会社が有った筈だ、全く一般社会での地盤固めが凄いわ。
全く胡散臭く無い様に動けるんだもん。通された部屋は50階に有り、ダブルルームだった。何故、ダブルルーム?
「広い部屋ですね。景色も綺麗……」
丁度暗くなり街の灯りが綺麗に見える。
「お部屋の簡単な説明をさせて頂きます。先ずは……」
基本的な部屋の設備と避難経路の説明を受けた。確かに高いホテルを取れってお願いしたけど……こんなスィートルームは想像してなかったわね。
しかも私は一人なのに、ダブルルームなんて深読みするじゃない。
まさかロリコンの癖に私を襲うつもりなんじゃ……ないわね、アレ筋金入りのペド野郎だし。
荷物をロッカーに入れて上着を脱いで、簡単に化粧を直してからラウンジに向かう。時刻は6時25分だし丁度良いかな……
「お待たせ」
ラウンジで呑気に珈琲を飲んでいる筋肉に声を掛ける。大きな手でカップを持っているとブレンドがカプチーノに見えるわね。
「ああ、じゃ行こうか……」
私を待たせて現金清算をして領収書まで貰う姿を見ると、スマートにエスコートは出来ないタイプよね。
まぁ堅実なのは良いんだけど……案内されたレストランはホテル直営で52階に有った。
フランス料理店「ミクニナゴヤ」か。
凄く……その……高そうな店ね……自費なら絶対入らない類の店だわ。
席に案内されてメニューを見ても訳が分からないわ。キュイジーヌ・ナチュレルがコンセプト?え?私の分も頼んじゃうの?
コース料理の一番高いのを?だって一人前で28000円よ?
結局メニューを見てもキュイジーヌ・ナチュレルの意味が自然と同化した料理としか分からなかったわね……
だけど女性をエスコートする事については、今回は及第点をあげるわ。まごつく私に恥をかかせない様にする点はね。
「「乾杯、悪友に……」」
ワイングラスを胸の高さまで持ち上げてニッコリ、正式なマナーではグラスは合わせない。中身は聞いたけど忘れる位の長ったらしい名前のシャンパン。
高級ホテルの夜景の見える最上階の高級レストラン。
向かい合う独身男女二人。ムーディーな生ピアノ演奏。
「明日は朝から山登りなんだ。場所の特定が出来てなくてさ。高野さん、登山靴持ってきた?」
そして色恋ゼロの会話。
「持ってきたわよ!全く今回は前回と違って準備が悪くない?」
シャンパンを一口……うん、美味しい。
「時間を掛けたかったけど、施主の要求の他に御三家絡みの権力闘争。
だから早めに解決して手を引きたいんだ。原因の解明は諦めたが、事件の解決は可能だしね」
あー、うん。確かにそうよね、伊集院と加茂宮だっけ?厄介よね、大手の勢力ってさ。
「それが原因の洞窟の封鎖ね」
前菜が来たけど、コレも料理の説明をしてくれたけど分からないわ。でも話に聞いていたキャビアとフォアグラが目の前に有るわね。
クラッカーに乗ったキャビアをパクリと一口で……うーん?濃厚な何か?駄目だわ、私の庶民の舌では理解不能な味ね。
不味いのか美味しいのかも分からない……
「片側の山荘の暖炉は昼間の内に、コンクリートで潰した。地元の土建屋にも話は通してるから、見付け次第塞ぐ手筈だよ。今回の除霊の肝は高野さんだ」
見た目と違いテーブルマナーが様になってやがる。普通なら手掴みでマンガ肉を食べるキャラでしょ?
「偉いプレッシャーを掛けてくるじゃない。私はか弱い結界師なんだから、ちゃんと護りなさいよ!」
フォアグラは洋風な味付けのアンキモね。コレは美味しいわ。
「護衛はするよ。亀宮さんも居るから守りに関しては大丈夫。僕(胡蝶)と亀宮さんの守りを抜ける相手は少ないと思うよ。
面倒臭いのはさ、加茂宮と共闘らしいんだ。何でも当主筆頭の加茂宮一子本人が来るらしい。本家の方で決めちゃってさ。
伊集院の方は話がついてるから大丈夫。当主の伊集院阿狐ちゃんは話の分かる娘だよ。現場の意見も聞いて欲しいよね?」
「加茂宮?代替わりしてから良い噂は聞かないわよ。
それに伊集院阿狐ちゃん?何でちゃん付けなのよ。伊集院の当主と言えば冷血なドSって聞いてるのに……」
まただ、この筋肉は女性絡みだと妙に仲良くなる。亀宮の当主と良い感じなのに、伊集院の当主ともっておかしくない?
「いや、噂って聞いた事はないけど……彼女は礼儀正しく真面目で義理堅い感じだよ。とても冷血とは思えないけど……」
アレか?小笠原静願のパターンかしら?神戸牛のカルパッチョって凄い美味しいわ。
お肉が溶けるって表現は嘘だと思っていたけど、これを食べたら分かる。だって噛んでいたら無くなってしまうんですもの……幸福は口福って分かるわね。
「幸せそうな顔しているけど、美味しいかい?」
「ええ、とっても美味しいわ。でも榎本さん、足りるの?」
マナー良く食べているが、人10倍位は食べれるんだから……足りなくない?
「別に大丈夫だよ。この後、魚料理が出てからメインの肉料理だね。楽しみだ」
「ええ、本当にね……」
偶にはこんなディナーも悪くはないわよ、悪友さん。
◇◇◇◇◇◇
綺麗に料理を平らげ、残りはデザートだけと言う時にウェイターが伝言を持って来た。所謂、彼方のお客様からです……だけどね。
「榎本様、彼方の個室で岩泉様がデザートを御一緒にと伝言を賜りました。宜しいでしょうか?」
奥を指すが向こうはVIP用の個室だが、最初から見られてたのかもしれない。
「高野さん、招待を受けて良いかな?」
「ん?私は構わないけど一緒で良いの?」
出来れば昼間聞けなかった父親の事を知りたいのだけど、高野さんも一緒で大丈夫かな?もとより断る事が困難なお誘いだ、僕は黙って頷いた。
第191話
高野さんと依頼を請けてくれたお礼と状況説明を兼ねたディナーを食べていたら、依頼人である岩泉氏から個室で共にデザートを食べないか?
そう申し入れが有った。ただ一緒にデザートを食べて終わりじゃないだろう。必ず何か他に目的が有ると思うが、断る理由も無い。
勿論、高野さんに確認を取ったが了解を貰えたので同席する事にする。
彼は午前中会った時に、このホテルに滞在していると言っていたので出会っても不思議じゃないのだけど……意図的に監視され招かれたなら問題かもしれない。
◇◇◇◇◇◇
「見掛けによらず色事にはお盛んなのだな。亀宮の当主の番候補なんだろ?他人の色恋沙汰には興味は無いが仕事に支障が無い様に頼むぞ」
席に着くなりニヤニヤした顔で言われたが、興味が有るから呼んだんだろ?しかし流石は高級レストラン「ミクニナゴヤ」だな。
最初の席は窓際で夜景が綺麗なムーディーな感じだったが、窓の無い個室は趣味の良い調度品が置かれて落ち着きが有って高級感が漂っている。
しかも三人なのに六人用位のテーブルが用意されている。向かい側に座る岩泉氏、僕は高野さんと並んで座る。
結構な距離が有るが、SPは居ないみたいだな。全く、この場所にニヤニヤしたオッサンは浮いているぞ。
「誤解の無い様にお願いしますが、彼女が今回の除霊の肝の結界師の高野女史です。僕の信頼する数少ない霊能力者です。
仕事の打合せを兼ねて食事をしてました。決して男女の密会などでは有りませんから……」
面倒臭い誤解をしない様にハッキリと言っておく。色恋沙汰でゴシップなど迷惑以外の何物でもない。男の甲斐性?ロリじゃないから無理!
「初めまして、高野と申します。今回の件は宜しくお願いします」
TPOを弁えて今まで無言だった彼女が、僕の台詞の後に挨拶をした。だが口調は何時もの擬態時の気弱な感じでなく、素の口調だ。
つまり抑揚の無い油断ならない感じの……高野さん、岩泉氏を警戒してるのかな?
まぁ現役国会議員からお呼びが有れば、普通は警戒するよね。
「ほぅ?昔は孤高の狂犬だったが今は仲間が居るんだな。あれから改めてお前の調書を読んだが、名古屋での実績は凄いものだな。
今回の件も単独で解決出来たんじゃないか?」
調書?僕だけの?亀宮のとかじゃなくて?
「また無理難題を……今回は他勢力との調整とか問題は山積みです。勿論、野外での広範囲な探索もですよ。
あくまでも暖炉の地下から湧いて出た餓鬼を原因と特定し、奴等を封じ込める事で解決としただけです。亀宮にだけ依頼して頂ければ、まだ幾らかはマシでしたよ」
もっと反論しようとした時にデザートが運ばれて来た。カートに乗せて来たが、そんなに頼んでないぞ?
配膳する女性に聞かせる話の内容ではないので黙り込む。だが配られたデザートは素晴らしい逸品だ!
確かメニューには季節のデザート四種となっていたが、岩泉氏に呼ばれたためか店側で変えたのか……綺麗なグラスにカットフルーツ山盛り。
他にもアイスやケーキを綺麗に盛り付けたプレート、それに紅茶が並べられる。岩泉氏は珈琲のみだが、中年にスィーツ山盛りはキツいからか?
「遠慮するな。お前が大食いなのは名古屋では有名だ。
シェフにお薦めを山盛りにしろと言ったが、お嬢さんの分までとはな。残して貰って構わんよ」
珈琲に何も入れずに飲むオッサンの好意に甘えるか……立場上仲良く雑談ともいかずに無言でデザートを頬張る。
だが高野さんは幸せそうに目が笑っている。どんな人間でも美味しい物を食べれば幸せと感じる。
状況によっては何を食べても味を感じない辛い時は有るけどね。暫らくは無言でカチャカチャと食器の立てる音が響く……
「攻めの狂犬に守りのお嬢さんか。バランスが良いが付き合いは長いのか?」
無言に耐えられないのか、オッサンが話し掛けてきた。
「まだ一月位ですわ。前の仕事でご一緒してからの付き合いです」
「そうです。自分に無い力を持つ仲間は大切ですから……」
チラリと横目で彼女を見ると軽く笑ってくれた。結界の高野さん、口寄せの小笠原さん、生霊専門の桜岡さん。
メリッサ様は能力的な信用については保留だし、結衣ちゃんと静願ちゃんは未成年だから仕事仲間じゃない。未だ守らなければならない存在だ。
阿狐ちゃんは何と無く信用出来そうだが立場が違い過ぎる。他勢力のトップと気軽に仕事の話は出来ないよね?
勿論、全般最強の胡蝶さんもだが今まで同業者を避けていた僕だからこそ、補い支え合う仲間の大切さが分かる。
「ふん、目で会話出来る程に分かりあっているのか?しかし、お前は亀宮との当主の番候補だろ?良いのか、夜に他の女と飯を食ってても?」
変な噂話は訂正した方が良いのか、何を言っても無駄なのか?色恋沙汰は他人が受け取る意味が違うからな。
「亀宮様との件は誤解だと思います。確かに霊獣亀様に干渉されずに彼女と接する事は出来ますが、かの一族は一枚板じゃない。
当主の他にも派閥が力を持ちますからね。僕は権力争いに加担しない条件で亀宮のお世話になっていますから……」
「亀宮当主の番になる事は権力争いになるから違うと言う訳か?」
岩泉氏の目を見ながら黙って頷く。噂の発生源は、ご隠居か風巻のオバサン辺りらしいから遠巻きに攻めて来てるのだろう。
既成事実のつもりだとは思うが、亀宮さんは思いっきり企みに乗せられているのが心配なんだ。
何と無くだが、彼女が僕に寄せる絶大過ぎる信用・信頼は危険域だと思う。
男女の機微に疎い彼女だからこそ、流されやすいと言うか……病んでる感がヒシヒシするんだ。
腹に防刃ベストを仕込んでおかないと……いや幻想だ、妄想だ、彼女は大丈夫だ、刺されたりはしないと思う。
「欲が無いのか?派閥争いと言えども現当主を抑えられるのだろ?分の悪い賭けじゃないぞ。
逆に周りが怪しむだろう。欲深い連中は無欲を余計に警戒する。何故なら自分に理解出来ないからだ。
お前にも恋人が居るだろうが、容姿は同程度でも付帯する物が違い過ぎる。梓巫女を選ぶのは理解出来ないな」
僕だってロリコンなのに桜岡さんと恋人の真似事をする意味が分からない。しかもオッサンが僕の色恋沙汰を心配する意味も分からない。
何が言いたいんだ?岩泉氏の表情を盗み見ても、僕をからかっている感じじゃない。
「ご心配有難う御座います。でも大丈夫です」
「人間は自分を基準として理解出来ない者を拒む。この時代に無欲は異常だ。ある程度の欲望を見せねば信用されないぞ」
あれ、えっと……僕は本気で心配されてるのかな?
「僕の願いは祖父や両親、師匠の敵を討つ事でした。10年以上掛けましたが、やっと念願が叶い祖父達の無念(魂を解放)を晴らす事が出来たのです。
だからですかね?長年追い求めた目標を達成した為に少し欲望は薄れてしまったみたいです。依頼は必ず達成しますから、ご安心下さい」
よく知らないオッサンに自分の秘めていた気持ちを吐き出すとは恥ずかしいな……
お悩み相談みたいになってるし、高野さんも真剣に話を聞いてるし凄い恥ずかしいぞ!
「俺は自分の父親が理解出来なかった。怪しい蔵書、訳の分からない研究、秘密の山林。
聞けば亡き許嫁に会う為の研究だとか……全く理解出来なかった」
岩泉氏がいきなり語りだしたぞ……
「はい、その……それで?」
「お前も親父の書斎を調べたのだろう?どうだった、狂った男の書斎は?あの怪しげな蔵書は?不気味な暖炉もそうだ!あの部屋は何なんだ?」
やや興奮して話だし、途中で我に返り口調を押さえた。これがデザートを一緒にと誘われた本命か。
岩泉氏は父親の奇行について知りたいのだろうか?残った紅茶を一口飲む。
さて、何まで話せる?岩泉氏は何まで知ってる?
「蔵書をざっと見ましたが、先代は日本古来の神々に興味が有り宗派を問わない祝詞を集めていました。
民俗学の権威である石渡教授や神職に就いていた桜井女史との交流も然り。僕の推測では死者に会うか……蘇らせるかに興味が有った。
真田さんでしたか?だが、先代はあの世への道を開いてしまった。アレは、あの餓鬼は黄泉の生き物です。
だから有無を言わさずに洞窟を閉鎖したいのです。生者にとって何一つ益の無い物です」
岩泉氏の表情を見逃さずに話したが、何故だか安堵と失望の感じがした。一瞬だが喜び悲しんだ様な……
「そこまで考えての事なら何も言わん。好きにやれ……」
何か憑き物が落ちたみたいな穏やかな表情になったが……真相には辿り着かなかったが、対応は合格と言う事なのか?
これは不老不死の方が正解かも知れない。だから見当違いの推理だが、結果的に対応は間違ってないから安心したのか?
だが話し合いは成功だったようだ。もしも核心に触れてしまったら、嬉しくない事になったかも知れない。
その後は特に話す事も無く、解散となった。
先に席を立つ岩泉氏に「有意義な話しが出来て良かったぞ、狂犬。何か有れば今後も頼む事にする」そう言われたが、コネが出来たのか?
「榎本さん?私の知らない事が多そうね。話を聞きたいわ。部屋にいらっしゃい」
立ち去る岩泉氏を見送っていると、すぐ近くに高野さんの顔が!笑顔の高野さんがガッチリと右腕を抱き締めている。
かなり痛いです、はい。
「部屋は不味くないかな?」
「他人に聞かれちゃ不味いんでしょ?ほら、キリキリ歩く!」
正論で返され部屋に連行された……
◇◇◇◇◇◇
自分で予約して何だが、広い部屋だ。このホテル、シングルルームが無いから一人で泊まる場合はツインをシングルユースするんで高いんだ。
ソファーセットも有るので高野さんと向かい合わせに座る。テーブルの上にはコーラが置かれ、窓からはJR名古屋駅のホームと街の夜景が見える。
ムードは満点だ!
「で?」
腕を組んだ状態でキツめに言われた。
「一文字は無いだろ。一応男女の密会……」
「そのネタはやったわ。男女の密会なら、それらしい情事をするの?違うでしょ!
早く白状しなさいな。榎本さん、肝心な何かを隠してるわね?」
うーん、何故分かるんだろう?女の勘ってヤツか……
「隠してるって言うか、洞窟の件だけどさ。あの世に通じているんじゃなくて、不老不死の秘密が有るんじゃないかって疑っているんだ。
だけど流石にそれは荒唐無稽な話だし、それが事実なら秘密を狙う奴等も居るだろ?だから内緒で埋めてしまった方が良いんだ」
多分だが岩泉氏は不老不死の事を知っている。知っていて秘密にしたいと思ってる。だから洞窟の封鎖を許可したんだ。
つまり、あの洞窟の中に隠されている不老不死の秘密は不完全なんだ。だから封印してしまいたいと考えたと思う。
「不老不死とは大きく出たわね……でも、それが本当なら凄い大発見よ。権力者なら是が非でもって感じの。それを封印する訳は?」
もしも彼女が不老不死に興味を持ったらどうするか?危険だと説得出来なければ、今回の封印は不可能だ。
「簡単だよ、不完全だから意味が無いんだ。手に負えないから隠してしまいたい。危険極まりないから、早く何とかしたいんだ」
彼女の目を見て真剣に訴える。ここで彼女を説得出来ないと……
「分かったわ。榎本さんでも危険と感じるなら何も言わないわ」
あれ?高野さんって、こんなに聞き分けが良かったかな?
「なっ何よ、変な顔をして私を見て?」
不気味な位に聞き分けの良い高野さんを見て、何か悪い物でも拾い食いしたかと疑ってしまった。
第192話
高野さんとの打合せを終えてマンションへとタクシーで帰る。色々と考えさせられる事が多かった。
先ず岩泉氏だが、あの洞窟の秘密を何と無くだが知っているのだろう。その上で危険と判断し封鎖もやむを得ずと考えているみたいだ。
そして自分の父親、先代岩泉前五朗氏については良く思っていない。
これは火葬場の件も合わせて考えると、不老不死化した父親を何とかしたいて思っているのか?蓬莱寺や遺骨盗難の件も考えれば、限り無くグレーだが黙殺する。
危険と判断した洞窟を速やかに封鎖するのが、僕の仕事だ。
明日には阿狐ちゃん達が洞窟内に突入するだろうが、夕方五時迄がタイムリミットだから解決には至らないだろう。
彼等の治療も最悪は考えないと駄目だな。阿狐ちゃんと約束してしまったから……
時刻は未だ22時前の為か、車も人も多い。車窓から見る名古屋市街地は、まだまだ眠らないみたいだ。
20分程でタクシーはマンションへ到着。当然、領収書は貰いましたよ。
◇◇◇◇◇◇
エレベーターを降りると御手洗がドアの前に立って警備をしていた。軽く手を挙げて挨拶をする。
「お疲れ様、異常は無いみたいだな」
腕を組みながら周りに注意を払う御手洗に話し掛ける。一般人なら威圧を感じる存在感だな。
「ソッチはどうだ?仕事の手配はついたのか?」
彼等には高野さんの事はボカして伝えてあるので、まさか女性と打合せの序でにディナーを一緒に食べてきたとは思うまい。
「明日の段取りはバッチリだ。早く寝て明日に備えるさ」
このところ睡眠不足が続いたから今夜は早く寝たい。既に欠伸を噛み殺している状態だし……
「悪いが女子部屋に行ってくれ。風巻姉妹が探していたぞ。何でも明日の件についてらしい」
風巻姉妹が?現在時刻を確認すると22時12分か……
「分かった、行ってみるよ」
御手洗に断り、女子部屋の呼び鈴を鳴らす。
「はーい、榎本さん遅いですよ。大人の夜遊びしてないよね?」
元気良く美乃さんがドアを開けてくれたが、最初の質問が大人の夜遊びって何だかな……
「明日の手配絡みで人と会って来たんだよ。大人の夜遊びとか年頃の女性の台詞じゃないぞ」
「はいはい、お姉ちゃんが山林の地図を手に入れたからね」
軽く躱されたが、山林の地図の存在はデカい。僕はGoogle Mapと航空写真の拡大図しか用意していないからな。
期待に胸を膨らませて中に入ると、ソファーに座った亀宮さんの肩を滝沢さんが揉んでいた。凶悪な何かがブルブル揺れてますね。
「今晩は、榎本さん」
ネグリジェにカーディガンと言う悩殺スタイルの亀宮さんから視線を外す。因みに滝沢さんはスーツ姿で風巻姉妹はスエット上下を着ている。
「今晩は、亀宮さん。目の毒だから何か羽織ってくれると助かるよ」
ロリコン故に生々しい色香は苦手なのだが、風巻姉妹からは意外にウブなんですね的な評価を貰った。
「さて、山林の地図を手に入れたって聞いたけど?」
ソファーは亀宮さんが占領しているので、キッチンのテーブルに座る。佐和さんが日本茶を煎れた後に、A2サイズの紙を広げた。
「ハンターマップ?何だい、ハンターって?諜報組織の呼称かい?」
見慣れない文字に反応してしまう。もしかして念能力を扱うハンター達を描いた漫画の影響?
「諜報組織じゃなくて猟友会の事ですよ」
向かい側に座る風巻姉妹がクスクスと笑う。最初の頃の小馬鹿にした笑みじゃないのが救いだ。
「猟友会とはね……だけど、あの山林は私有地だろ?幾ら猟師でも中には踏み込まないんじゃないか?」
猟師って余り接点は無いけど、他人の土地にまで浸入して猟はしなくない?だって不法侵入で獲物まで狩ったら窃盗容疑じゃないのかな?
素朴な疑問をぶつけてみた。
「人間が勝手に境界を決めても、鹿や猪や狸達には関係ないんだよ。
猟師も私有地では直接的に猟はしないけど、境界の外に出たら狩るんだって。境界を越えて獣道が続いてるじゃん」
「動物の縄張りって人間が決めた区画は関係無いですからね。猟師達は獲物の通り道やネグラ、水のみ場等を詳細に調べます。
それを元に罠を仕掛けたりしますから……つまり他人の土地でも調べ尽くしているんです」
流石は亀宮の諜報部員だけの事は有るな。僕じゃ猟友会とかに発想は向かなかっただろう。
言われてみれば、爺ちゃんの友人にも猟師は居た。基本的に殺生はしない坊主だから、捕った獲物は持ってこなかっただけかな。
「良い着眼点だったね。僕じゃ気が付かなかったよ。それで、猟師さん達から話は聞けたのかい?」
ハンターマップには色々な書き込みがしてある。あの四つ池にも何か書いてあるな。
「なになに……マガモ・カルガモ・コガモ棲息地?キジに鵯(ひよどり)にヤマドリにキジバトか。えっ?台湾リスも捕るの?
ヤマドリって確か販売禁止鳥獣じゃなかったかな?尾羽根が綺麗で剥製は良く見るけど狩猟鳥獣なんだ……でも鳥ばっかりだね」
色々な鳥獣類が書かれているが、イマイチ分からない動物名も数種類書いてある。面白いのはヌートリアだが、日本にも棲息してるんだ。
「接触した猟友会は鳥獣専門だったんです。鳥以外にも猪や鹿、兎や狸も捕るそうですが、其方の情報は教えてくれませんでした。
知ってました?猪の肉って売れるんですよ。キロ4000円前後で買い取りするそうですよ。
私達も精肉店から聞き込みをして数グループを教えて貰い、あの山林周辺を活動拠点にしている所に辿り着いたんです」
キロ4000円前後で買い取りか……猪の成獣で大体80キロ程度だが、内臓や骨を抜けば良くて半分の40キロ。4000円で160000円は悪くない稼ぎだ。
ならば必要な情報は隠すのが当たり前だよね。それでもハンターマップには情報が細かい。特に移動ルートは頼りになる。
「これが林道です。舗装はされてませんが、車は走れます。そして猟師さん達に聞いて怪しいと思ったのが此処よ。防空壕の入口を祠にしていたみたいなの」
佐和さんの指差す場所は、四つ池の近くだ。林道から外れているが、道らしき線も書かれている。
「防空壕か、確かに怪しいし四つ池にも近い。これは当たりかもな。この林道から続いてる線は道かな?」
手書きで追加されている二本線を指でなぞる。
「これは昔、防空壕を掘っていた時に利用していた道みたい。今は獣道みたいに中央だけ人が通れるって。両脇は低木や草がボウボウらしいよ」
戦中の作業用の道か……しかし林道から繋がっているなら重機を持ち込めるな。最悪はユンボで均して鉄板でも敷けば工事用車両も通れるだろう。
「他には何か言っていたかい?祠の情報とか他には無いのかな?」
無作為に山の中を徘徊する必要が無くなっただけでも大助かりだが、他にも何か掴んでいる顔なんだよな。
「二月に有った大きな地震で祠が壊れかけてたみたいよ。狩猟時期が十月から二月迄なので、最後に見た時にはかなり崩れていたみたい」
近畿地方を中心に震度4前後の地震が何回か有った時期だ。
「二月以降か……測量会社の社員が襲われた時期と合うな。彼等が崩れかけた祠を弄ったか、既に壊れていたか分からないけどね。
明日は最初にこの祠に行こう。実際に行けば餓鬼の気配も分かるからね。有り難う、大金星だよ」
エヘヘって笑う彼女達は、歳相応に可愛いと思う。あと十年若ければ、貢いだかも知れない。
ほめて欲しくて尻尾をブンブン振ってる様な幻覚が見えます。彼女達は感じとしては犬みたいだな。
「それだけじゃ無いんだよ。この地図のココとココに洞穴が有るんだって。
ココは小さな縦穴で、ココは人が屈んで通れる位らしいよ。風が中から吹くらしいから、防空壕と繋がってるかもって言ってた」
美乃さんが得意気に、取って置きの情報を教えてくれた。だが最後の情報は問題だ。
僕は山荘の暖炉擬きを塞げば、出口は一ヶ所だと思っていた。だけど出入口が大小三ヶ所だと、高野さんの用意した結界石で足りるかな?
「むぅ、有難い情報だが準備が足りないかも……高野さんに確認しておくか。風巻さん、良い情報だったよ。報酬には色を付けておくからね」
「「やった!特別ボーナスだ!」」
姉妹で手を取り合い、ぴょんぴょんと跳ねて喜びをアピールしだした。実際にこの情報が本当なら、請負金額から考えても10万円位なら特別ボーナスを払っても良いかな。
ご隠居さんは五億円の半分を渡すとか言ってるが、僕は契約書に書いた通りの請求しかしないけどね。
それでもこれからの工事金額を建て替えなきゃいけないので、ご隠居さんへの請求金額は結構な額になるだろう。
岩泉氏の報酬の五億円って必要経費込みだから、満額貰えないんだよね。飛び上がって喜ぶ風巻姉妹を見て、亀宮一族ってお金にはシビアなのかもと思ってしまう。
「亀宮さん、明日は山登りだからね。此処を朝八時には出て山荘で九時に作業員と合流し、そのまま現地に向かうよ。
多分夜まで掛かると思うから、亀宮さんは途中で山荘に待機かな。僕は仮の封鎖工事が終わる迄は作業員の安全確保の為に現場に張り付いているから……」
気持ち良さそうに肩を揉まれている亀宮さんに声を掛ける。一応、総責任者は彼女だから情報は伝えておかねばならない。
そして女性に重労働を押し付ける訳にもいかない。それが僕の仕事だからだ!
「胸が大きいと肩が凝るんですよ。全く困ります。除霊の手順についてもお任せしますが、私も出来るだけ現場には居ます。
防御についてなら、私と亀ちゃんの方が彼女より適任ですからね」
とか不用意な台詞を胸を揺らしながらドヤ顔で言っちゃダメー!他の女性陣から一瞬だが険しい目を向けられてますよ。
てか誰も気にしてないけど、彼女って胡蝶の事をバラしたよね?
「彼女って誰なんです?」
不思議そうな顔で滝沢さんから突っ込みキター!彼女は何気に色々な事に気が付く有能さんなんだよね。もう残念美人とは言えない厄介で頼れる存在なのだ。
「けっ、結界を頼んでいる霊能力者の事だよ。高野さんと言って、八王子の件で一緒に仕事したんたよ。はい、明日も早いから早めに寝ましょうね!」
この話題に触れるには僕にとって不都合でしかないので、早々に男子部屋へと帰る事にする。亀宮さんには他の連中には内緒で胡蝶さん成分を補充させないと駄目かも。
全く厄介だぞ……
ああ、そう言えば加茂宮の事を聞くのを忘れたな。何処で合流し何を手伝えば良いんだっけ?
◇◇◇◇◇◇
男子部屋に戻りシャワーを浴びて早々にベッドへと潜り込む。メールで高野さんに結界石の数を聞いたが、予備が有るから大丈夫だと言われて安心した。
風巻姉妹が良い仕事をしたから地理的な問題も解決した。これで明日洞窟を仮閉鎖すれば一段落、後は小俣さんに任せれば正規な工事でちゃんと塞いでくれる。
仮に阿狐ちゃんが総ての餓鬼を倒したとしても、あの回復力なら復活してしまうだろう。
残念だが、彼女は渋谷さんの左腕の敵討ちと言うパフォーマンスをして終わるだろう。
問題は加茂宮一子だ。
蟲毒の件も有るのだが、高槻さんと繋がってる疑いも有る。つまり桜井さんの情報が何処まで掴んでいるかによっては、封鎖を認めないかも知れない。
不老不死とは、それだけ人を狂わせる魔力みたいな物が有るからね。
「胡蝶さん、明日は頼むよ。解決出来れば、また人形寺に行くからさ」
「我に任せろ。だが亀女については、正明が何とかしろ。我は、あの女が苦手だ。性的に危機を感じるのだ!」
そっちの方も何とかしないと、美幼女を使役する召喚師として僕が有名になるから嫌なんだけどな。
でも貞操云々って、散々僕を喰っておいて何だかな……何度か脳内会話を試みるも、胡蝶さんからの返事は無かった。