第187話
レナさん退場事件から30分程過ぎてから、小俣さんが来た。中年太り筋肉質で健康的に日焼けしているが、本人曰わくゴルフ焼けだそうだ。
50代後半で見事なツルッ禿な愛嬌の有るオッサン。それが名刺を交わして挨拶をした第一印象だ。直ぐに奥の部屋に移動する。
六畳位の広さに中央にソファーセット、壁際には冷蔵庫からグラスの置いてある棚まで有る。
部屋に籠って悪巧みには十分な部屋だ、当然防音にも力を入れている。もっと凄いのは脱出用の隠し扉が有り裏口近くに出れるんだ。
店側から入ろうとしても施錠した扉を壊す僅かな時間で裏口に逃げられる。
酔い覚ましの烏龍茶を飲みながら、明日と言うか日付が変わったから今日の午後の打合せをする。
「いきなりで申し訳無いですが……もう今日の午後なんですが、岩泉氏の山荘の中に有る書斎の暖炉を塞ぎたいのです。
暖炉と言っても実際は50㎝四方の自然の縦穴で深さは20m位、下は洞窟と繋がってます。ここにコンクリートを流し込んで固めてしまいたいのです」
簡単な概要を説明したが、図面も写真も無いから大丈夫だろうか?腕を組んで考え込む小俣さん。
「先ずはコンクリート圧送車ですが大型を使うので、大型バス位の駐車スペースが必要です。
その後方にミキサー車を二台付けにします。大体長さ20m、幅はアウトリガーを張り出すので8mは欲しいですね」
小俣さんがノートを持っていたので山荘の配置図を書く。山荘と駐車場、それと建物内の書斎の場所を簡単に図面化する。
「ふむ、駐車場に停めてブームを廊下の窓から山荘内部に入れる。廊下を配管して書斎へですね。距離は窓から30m以内で収まりますか?」
加茂宮対策で頭に叩き込んだ山荘の配置図を思い浮かべる。窓から一部屋目の廊下を曲がり二部屋目だから……
「大丈夫です。直角に二回曲がりますが距離は30mも無いです」
「ならば2mの配管を20本に8mの先端ブームを用意します。
コンクリート圧送車は手配出来ますが、生コンクリートは一つのプラントでは対応出来ません。JIS規格外のプラントと混合になりますが……」
JIS規格?構造体じゃないし何か申請する訳じゃないから平気だろ?
「別に何処かに申請が必要な仕事じゃないから平気ですよ。逆に大体100㎥で考えてますが増減対応出来ます?」
「最初に生コン車を10台でローテーションすれば良いですね。抑えられるかな?1台5㎥として最初に50㎥を打設出来ます。
積み荷を下ろしてプラントを往復、大体40分で戻って来れます。ただJIS規格のプラントの車は数に限りが有るので数社のプラントから出しますよ。
スランプを低くすれば……ああスランプとはコンクリートの水分の量により柔らかさと流動性を調整出来るんです。
竪穴塞ぎならば、余り流動性が高いと周りに流れて行って中々塞がらないので、水分を少なくしましょう」
つまり複数のプラントから10台分を寄せ集めて打設し、終わったら各々のプラント迄再度積みに行くのか。
それとスランプを調整して固めのコンクリートを流し込むんだな。確かに水みたいな柔らかいコンクリートじゃ、それこそ洞窟全体が埋まるまで終わらない。
最初の50㎥で暖炉擬きを塞げなければ奴等が溢れ出して来るかな?その間に奴等が溢れ出したら防ぎ切れるだろうか?
僕の結界の方法は御札と清めた塩だけだ。だが暖炉を塞いでいた格子をホースの穴の大きさで切断すれば、奴等が登って来ても対処出来るな。
アレは回復力は脅威だが、個々の力は弱い。
「それでお願いします。ですが暖炉の格子は外さずにホースが入る程度の穴を開けて下さい。万が一奴等が登って来るかも知れませんから」
黙って頷く小俣さんを見て、ああ奴等の件も織り込み済みなんだなと思った。
後は仮にも現役国会議員の山荘だから、配管の養生方法や格子の切断方法など具体的に話を進めていく。
細々とした内容と当日の連絡方法を打合せしたら時刻は深夜2時を過ぎていた。店は既に閉店しており客は誰も居ない。
大抵の店は最寄り駅の終電に合わせるか午前1時位で閉店だからな。カウンターに五月さんが居てホットコーヒーを淹れてくれる。
「榎本さん、小俣さん。今タクシーを二台呼びましたので15分位お待ち下さい」
カウンターの奥で親父さんと親しげに会話している五月さんを見て思う。
タクシーを二台しか呼ばないって事は親父さんと五月さんは、この後お楽しみって事かな?親父さんも老いて益々お盛んな感じだな……
確か他にも女が居て直ぐに子供が産まれる筈じゃなかったか?最近そんな話をした記憶が有るぞ。
暫くコーヒーを飲みながら小俣さんと談笑し、タクシーの到着と共に店の外へ出た。
手を振って見送る親父さんと艶っぽい笑みを浮かべる五月さんを残して……国道沿いに呼ばれたタクシーが二台、並んで停まっているので先に小俣さんを乗せて見送る。
主賓の僕が先にと乗り渋ったが、何とかタクシーに押し込み発車させた。何故なら遠くから僕を見詰める不審者が居るから……
「さて、何か僕に用かな?」
電信柱の陰に立っている不審者(レナさん)に声を掛ける。薄いコートの襟を立てて此方の様子を伺っている彼女は不審者でしかない。
小俣さんが来る前に席を離れたから、彼とは面識は無い。
だから小俣さんも彼女が此方を見詰めていても、何故こんな遅い時間に女性が一人で立っているの?程度にしか疑問を浮かべずに、タクシーに乗ってくれた。
小走りで彼女が僕の近くに来る。
「榎本さんに、どうしても話を聞いて欲しくて……」
やや俯き加減に、しかしハッキリと此方を意識した物言いだ。
「家に送る迄なら良いよ」そう言って先にタクシーに乗り込む。
「有難う御座います」慌てて乗り込んでくる。
僕が彼女の話を聞くと言ったのは、凄い思い詰めた顔をしていたからだ。此処で突き放しても後々まで付き纏いそうだ。
亀宮さん達の前に泣きそうな顔で現れたらどうだ?誰がどう見ても僕は悪者だろう……後は勘だが、悪い感じがしなかったから。
例え好みのロリじゃなくとも女性に優しく接するのが紳士だと思う。
特に彼女は接客中の話し方も好感が持てたし、苦学生だからバイトと勉強を両立させる為に夜の仕事をしているとも聞いた。単に印象が良かったとも言うけどね。
◇◇◇◇◇◇
「あの、私には兄が居るんです。両親は早くに亡くなり二人きりで力を合わせて生きてきた兄が……」
開口一番、重たい前振りが来たな。横目で彼女を観察すれば、揃えた足の上に乗せている手が震えている。問題はその兄さん絡みなんだな……
「それで?」
出来るだけ優しそうな声で先を促す。
「兄は、その……岩泉先生の依頼の仕事を……」
「あの山林の怪異に挑んだのかい?でも岩泉氏に呼ばれた連中の中に外人は居なかったよ。レナさんとお兄さんは血が繋がってないとか、異母兄弟とかかい?」
山荘に招かれた連中は全員が日本人だった。少なくとも彼女みたいに見た目で直ぐに外人と分かる奴は居なかったぞ。
「いえ、兄は直接仕事を請けた訳では有りません。その……解決して報告に行くと言ってましたから」
ああ、そう言う訳か……確か報酬金額を聞いて有象無象の連中が山林に群がり殺されたらしいな。
あまり無名な連中だと門前払いだったろうし、岩泉氏側だって頼むなら有名な方が良いからな。つまりは相手にされない程度だった?
「兄さんを探して欲しいのかい?」
コクンと頷く彼女の目尻には涙が溢れている。こりゃ連絡が取れなくなって時間が経ってるんだな。
遠い異国で肉親二人で頑張ってたんだ、長期にお兄さんと連絡が取れなくなったら凄い不安だろう。
「約束は出来ない。今回の件では人捜しをする暇も人手も無いからね。もし見掛けたら君に連絡を入れる様に言えば良いかい?
それと同業者にも声を掛けておくよ、見かけたら教えてくれと……」
山狩りの真似事をして人捜しは出来ないし、する事も出来ない。加茂宮の連中は居なくなった二子達を探すのだろうか?全然行動してないけど……
「それで……結構です。生きてさえいてくれれば……それで……」
完全に俯いて泣いてしまったレナさんにポケットティッシュを渡す。高級品の鼻セレブだ!
良くハンカチを渡すとか聞くが、何を拭いたか分からない物なんて使えないだろ?
一枚抜き取り目元を押さえている彼女を傲慢な考えだが気の毒に思う……多分だがレナさんのお兄さんは死んでる。
徳田から見せて貰った報告書には測量会社の社員が亡くなった後に、更に五人殺されていると有った。
彼等は岩泉氏の権力行使により事故死として葬られたが、全員が日本人だった。後の死亡報告は無い。風巻姉妹の調査も同様に死亡報告も行方不明も居ない。
徳田の報告書は確実な情報で、風巻姉妹の調査は新聞やテレビ等の公の情報だ。つまり両者共に実際の行方不明者は把握していない、放置している状態だ。
山林の中で物言わぬ骸(むくろ)となったお兄さんを見付けるかも知れないな。
疑問だが情報では同業者が何人も、それこそ10人以上の被害が有る筈なのに一切の痕跡が無い。
人が死ねば痕跡は残る、具体的には腐臭や死骸が……じゃあ五人目以降の連中は何処へ行ったんだ?
「それでお兄さんの写真とか有る?見た目が分からないと探しようがないよ。後は名前とか年齢とか特徴とか……」
レナさんは鞄を開けてゴソゴソと何かを探している。差し出された一枚の写真……
「これが兄の写真です」
レナさんと並んで微笑むイケメンが写っているが、トムクルーズみたいな奴だ。畜生、ハリウッド俳優みたいな奴だな。
レナさんが自分の名刺の裏に何かを書いている、そう言えば僕は彼女の連絡先を知らないからな。
お兄さんの情報かな?
渡された名刺を見れば……クロード・ロッソ、28歳。
「身長182㎝体重75kg、右利きか……」
写真と名前が有れば判別出来るだろう。死体を発見しても最悪は岩泉氏に伺いをたてるから、闇から闇へと処理されるかもしれない。
「分かった、もし会えたら必ず君の事を伝えるよ」
死体を見付けたら報告するよとは言えないからな。なるほど、魅鈴さんの言った行方不明者の生死を特定しても感謝されないって意味が分かった。
残された者は生きている事を望んでいるんだ、最後まで……魅鈴さんも大変なんだな。
今度からもう少し優しく接してあげようと思う。その後、直ぐにレナさんのアパートに到着し彼女と別れた。
彼女はタクシーが見えなくなる迄頭を下げていた……
◇◇◇◇◇◇
3時7分、マンションに到着。
部屋の前で護衛している名前も知らぬモブな筋肉君に手を上げて挨拶すると、男子部屋に入ろうと鍵を取り出す。
いや、君なんで女子部屋のインターホンを鳴らすの?直ぐに扉が開いて、眠たそうな滝沢さんが顔だけ出して手招きをする。
「いや、夜も遅いから報告は朝にしようよ」
「それは起きている亀宮様に言って下さい」
また浮気がバレた旦那みたいな感じですか?申し訳なさそうな滝沢さんの為に女子部屋に入る。
「夜分にお邪魔します……」
玄関に入ると佐和さんがスリッパを出してくれる。餌付けは順調だ。
「亀宮さん、怒ってるのかな?」
「いえ、ご隠居様から連絡が有りまして。遅くても榎本さんと話がしたいからって……応接間に居ます。眠気覚ましの珈琲煎れますから」
餌付けは本当に順調だ。だがご隠居さんからの連絡?僕の方には無かったけど……応接間に入ると亀宮さんが難しい顔をして座っている。
「どうしたんだい?こんなに遅い時間でも良いから話したい事って?」
なるべく優しく話し掛けながら向かい側にすわる。
「榎本さん、御隠居様から連絡が有りました。加茂宮一族から問い合わせが有ったと……私達が山荘で会った三人ですが、消息不明らしいです。
彼等は私達亀宮一族が何かしたのかと強く詰問されたそうです……」
動きが些か遅くないかな、加茂宮一族よ。しかし何か有ったと疑うのに、増援は一子だけらしいし……
「確かに餓鬼の襲撃から見掛けないね。だからって我々を疑われても……確かに七郎は亀宮さんにご執心だったから、ウザくなって始末したと思われたのか?
だが、仮にも加茂宮の当主を僕達がどうこうしたってのは言い過ぎだよね」
当たり障りの無い会話を心掛ける。亀宮さんは意外に鋭いから嘘はバレるかもしれないし……
「はい、私達には動機も無いしアリバイも有ります。最後に彼等を見たのは夕食の時でしたから……」
「うん、そうだね。それでご隠居さんは何て言ってたんだい?」
これが一番大切だ!奴等の対処方法をどうしたらよいか?
「はい、今回の除霊に対して協力を要請されたそうです。凄く珍しいのですが……」
「拒否権は有るの?ご隠居さんはどうしろって?」
「それが、出来るだけ協力して欲しいと……」
ご隠居さん、随分と話が違わなくないか?御三家には貸しも借りも無しでって話じゃなかったかな?
何か協力しなければならない、した方が良い理由が有りそうだな。
阿狐ちゃんの率いる伊集院との協力は無理っぽいが、一応打ち合わせはしておくか……
第188話
高槻からの報告。
これは大変な内容だった……愛知県と言えば我等が加茂宮の勢力圏だ。しかも岩泉氏は現役の国会議員なので、縁を結んでおく事は重要。
だから我等の内の三人を送り込んだのに……操作系の二子、裏方的で慎重な性格の五郎、性格はアレだが上には従順な七郎。
七郎は亀宮の当主に懸想してる為に、半ば強引にメンバーに潜り込んだ。だが三人全員が消息不明とはどうしたのだ?
それに高槻め……
この加茂宮一子に対して隠し事をするとは許せない。貴女の配下からのタレコミと、桜井からの直接の聞き取りで分かった事実。
女性ならば誰もが願わねばならない秘法を独り占めにしようとは大した女狐め。私自らが現地に出向いて、是が非でも手に入れるわ!
そして、報告に有った男。榎本正明……
報告書に有った、あの小原氏の悪霊化した悪妻を昇天させる程の力を持つ男。濡れ濡れ透け透け梓巫女の桜岡霞の彼氏ねぇ……
女の趣味は悪いけど能力は高いわね。魅力的な女性が華麗に行う行為、それは他人の男を奪う略奪愛!
誰よりも分かり易い私と相手との美しさの差。それは奪う方が美しく奪われる方が醜い。そして選ぶ男は外観の美醜には囚われない。
何故なら男とは女にとってのオプションだから、金・権力・霊力と必要な物が違うのだから見た目よりも内容が重要なの。
ただの見栄えの良い男は観賞用として私が飼わねばならない。私は奪う者で有り与える者ではないのだから。
私にとっての男を魅了するとは狩猟と同じ。鮫は欲しくてもグッピーは要らないのよ。
この秘法と使えそうな下僕の両方を手に入れる為には、ある程度の下準備が必要だわ。
先ずは疑われずに亀宮の配下の彼に近付く手段ね。共闘はしないのが不文律だが、今回は報酬は譲るから力を貸して欲しいと頼みましょう。
加茂宮に貸しが出来るのだから、亀宮の老人達も無碍にはしない筈よ。五億円など私の美貌が維持出来るなら要らないわ。
◇◇◇◇◇◇
亀宮さんからの驚きの報告の後、男子部屋に戻り早々にベッドに潜り込んだ。既に時刻は4時を回ったので、後二時間もすれば朝日が登るだろう。
7時には起きて準備し10時に岩泉氏と会う。余り寝れる時間は無い……あれだけ拒んだ共闘をあっさり加茂宮だけ認めるなんて、どんな裏取引をしたんだ?
「ねぇ胡蝶さん?」
「何だ?我は同じネタは三度はやらぬぞ」
露出ネタは終わりだね。
「今日は暖炉の縦穴塞ぎだけど、最悪明日は餓鬼とやり合う事になる。どう対処したら良いかな?」
「ふむ、我に捧げし加茂宮の子等により我の力は高まった。だから正明には、あの水の呪詛は効かぬ。
だが餓鬼自体は左手で触って食うしかあるまい。我が正明の体から出ては呪詛は防げぬよ」
つまり胡蝶を宿している限り、僕は水の呪詛を防げるのか。
「他の連中は犬の渋谷さんと同じに体の一部分を犠牲に?」
「そうだな、失う部分は減れども方法は変わらぬよ。我とて出来る事と出来ない事が有る」
失う部分が減る?左腕全てが肘から下で済むとかかな?
「加茂宮一子に協力する事になった。流石に共闘中に食うとか言わないでくれよ。確実に疑われるからな?」
協力している相手が消息不明なんて、確実に疑われて調べられるだろう。
奴等を最低二人、出来れば三人は食わないと負けが確定なのだが、秘密裏に行わなければならない。疑われたら最後は組織力で押し負けるだけだ。
「む?だが悠長な事は言ってられぬぞ。我とて無茶は分かるが、最終的に手が出なくなる前に食うべきだ!」
胡蝶が焦るのも分かる、何故なら放っておけば絶対勝てない相手が出来上がるのだから……
「状況が良ければ食うのも有りだが、無理はしないよ」
「むぅ、分かった。だがチャンスが有れば問答無用で食うぞ!我と正明の幸せの為にな」
僕等の幸せか……今でも十分に幸せなんだけど、もうお腹一杯な位にね。
だが目を付けられた可能性が有る以上、加茂宮を放ってはおけない。薮蛇かもしれないが、希望的観測をベースに動くのは駄目だ。
常に最悪を考えて行動したからこそ、今の僕が生きているのだから……そして最悪を回避する為に、阿狐ちゃんにもメールを送っておく。
折角良い関係を築きつつあるのに、秘密裏に加茂宮の三人を共同で倒した彼女達に疑われては困る。
今更加茂宮側に鞍替えとか思われても嫌だしね。携帯電話を操作し、メールを作成する。
「伊集院さん、加茂宮が亀宮の古老達に働きかけて今回だけ共闘しろと根回ししてきた。
最悪の場合、僕等は加茂宮一子と行動を共にするかもしれない。だが段取りは打合せの通りに行う。臨機応変に対応しよう」
送信ボタンを押してから漸く瞼を閉じる。最近寝不足じゃないかな?直ぐに意識を手放した……
◇◇◇◇◇◇
律儀に報告をしてくれる榎本さんには本当に感謝が必要ね。もし事前に教えてくれなかったら、一子と一緒に居る彼を裏切り者と思ったかも知れない。
だが、コレで分かった。加茂宮は焦っているんだわ。今なら奴等を蹴落とす事が出来るかも……榎本さんは慎重派だから洞窟の奥には入ってこない。
だが二子達が消息不明な状態なら一子はどうかな?中に居るかもしれないと捜索に入るだろう。又は利を焦り洞窟に突撃するかもしれない。
暗く狭い洞窟、餓鬼の蔓延する危険な洞窟……
「ふふふっ毒蛇の巣穴に入り込んだら大変なのよ。悪いけど一子さんも処分しますか……」
榎本さん、ごめんなさいね。
私って蛇だけに必要と思わない相手には徹底して冷血なんです。しかも私にはピット器官も有るから自分で赤外線探査も出来るので、暗い洞窟は私の狩場なのよ。
でも大丈夫、榎本さんには絶対に危害を加えないから安心して下さいね。
◇◇◇◇◇◇
電子音のけたたましい音で目が覚める。
「うわ、春先なのに寝汗が凄いな。風邪でもひいたのかな?でも嫌な夢を見た様な気がする。何かに狙われている様な……」
凄く嫌な夢だった。まるで丸腰で夜のサファリパークに放り込まれた様な心細さが有った。
暫くベッドの上で考え込んでいたが、7時5分を表示する時計を見て慌てる。急がないと亀宮さん達に汗臭い体で会わなければならない。
タオルを手にバスルームに入る。軽く汗を流して髭を剃り身嗜みを整えたら女子部屋へと向かう。
扉を開ければ良い匂いが漂ってきた……
調理師免許を持つ御手洗がゴツい手で器用にフライパンを操る。今日の朝ご飯は、お好み焼きみたいだ。
「おはよう、今朝はお好み焼きかい?」
「ああ、具材は豚肉とエビ・イカの二種類だ。お前は五枚は食べるだろうから早く席に座れ」
キッチンのテーブルは六人掛けだが、既に女性陣が全員座りお好み焼きをパクついていた。
「おはよう!」
軽く手を上げながら挨拶し亀宮さんの隣に座る。
「むぐ、お早う御座います、榎本さん」
律儀に応える亀宮さんと、会釈したり手を振ったりと適当な挨拶を返す女性陣。
「亀宮さん、慌てないで良いからね。ゆっくり食べてよ」
滝沢さんにナプキンで口を拭いてもらう彼女を見ると微笑ましく感じる。
御手洗がデカいお好み焼きをテーブルに置いてくれたので、お多福ソースをたっぷりとかけてから一口。
「うん、美味いな」
外はカリカリ、中はジューシーな仕上がりだ!大阪人ってさ、お好み焼きが大好きなのに自分では焼かないんだよね。
お店の人が焼いたのを食べるんだって。たこ焼きは自宅にたこ焼き器まで常備してるのに不思議だよね?
だから東京に来て自分で焼くスタイルにビックリするんだって!
大好きなのに焼くのは下手なんですか?折角だから本場の人が上手く焼いてくれって期待されるから、プレッシャーが凄いらしいよ。
等と雑談をしながら美味しい朝食を楽しんだ……
◇◇◇◇◇◇
青海苔が唇や歯に付いて無い事を確認して指定されたホテルのロビーに向かう。
岩泉氏との会談は名古屋マリオットアソシアホテルの52階スカイラウンジを指定された。どうやら宿泊しているらしい。
流石は高級ホテル、周りのテーブルとの距離も広いしソファーはフカフカだ。客もチラホラ居るが、此方の会話は全く聞こえないだろう。
余談だが高野さんの為に用意したホテルでもある。
日本のホテルとしては珍しくシングルルームが無いのでダブルルームをシングルユースした。
一泊朝食付きで63000円也……
会談に参加するのは僕と亀宮さんだけで、残りは少し離れた席で待機だ。岩泉氏は誰も伴わずに一人で来た。
互いに珈琲を頼んでから直ぐに交渉に入る。亀宮さんが最初に挨拶をしてから話を僕に振る。事前に打合せた通りの流れだ……
「わざわざご足労有難う御座います」
TPOを踏まえた挨拶をする。
「型に嵌った挨拶は良い。それで山林の怪異は解決出来るのか?」
そして一蹴された……少し不機嫌なオーラを感じるのだが、何か気に食わない事が有るのかな?
「はい、あの怪異はこの餓鬼達が原因です」
厳杖さんが撮ったビデオカメラの映像をプリントした物を見せる。チラ見しただけの彼を見て、もしかして餓鬼の存在を知っていたのかと思う。
「ふん、それで?」
やはりだ、そんなに驚かないのは変じゃないか?普通なら手に取ってマジマジと写真を見る筈なのに、全く見ないのは変だ。
「餓鬼道は山荘の暖炉擬きに通じており、山林の洞窟に繋がってます。先ずは山荘の暖炉擬きにコンクリートを流し込み完全に塞ぎます。
次に山林に有る洞窟の入口を塞ぎます。坑道閉鎖といって既存の工法が有ります。完全に塞げば怪異は収まるでしょう」
散々シュミレートした内容を説明する。
「穴を塞ぐだけか?」
「ええ、中には入りません。穴を塞ぐだけで十分でしょう。この映像でも分かる様に洞窟内には餓鬼が溢れている。
餓鬼道に繋がっていると思います。確かに書斎に現れた餓鬼を何体か撃退しましたが……殲滅しても意味は無いでしょう。
だから未来永劫塞いでしまうのです」
ダビングした映像をポータルDVDで再生して見せる。洞窟内に下ろしたカメラに群がる餓鬼達の動画だ。
因みにビデオカメラは既に入院中の厳杖さんに郵送で返却した。
「何故、此処まで調べて中に入らない?原因が分かるかも知れないんだぞ。それを塞いで終わりとは不十分じゃないか?」
言われた言葉はキツいが口調は弱々しい。調べない事を不審に思っているが、調べられたくもない。そんなジレンマを感じる。
「どうしても中の調査を希望しますか?意味が無いので嫌なのですが……」
あんな魔窟に入るなんてお断りだ!
「ふぅ……本当に埋めれば怪異は収まるんだろうな?高速道路の工事中に奴等が湧き出すなど笑えんぞ!」
ソファーに深く座り込んで溜め息をつきながら言われた。だが洞窟内の調査は諦めたようだな。
「高速道路の工事の時に支障の無い様に出来ます。確実なのは指定の業者に便宜を頂ければ……
今回の仮埋めも防空壕や洞窟を安全に埋めたり補強したりする専門業者に頼みます。
具体的には仮埋めの後に、洞窟内の様子を専用の機材にて地上から調べます。これにより地中の洞窟の形状や深さが分かります。
後は高速道路の工事に支障の無い様に補強したりすれば、完全に封鎖する事が出来るでしょう」
昨夜の内に小俣さんにレクチャーを受けたので、何とか分かるだけの説明は出来ただろうか?
目を閉じて考え込む岩泉氏を見ながら冷えた珈琲に口を付ける。うん、一杯1500円の高い珈琲だが、ブラックは不味いな。
備え付けのポットを開けて角砂糖を三つ程入れてかき混ぜる。程良く溶けた一口飲む。
うむ、まぁまぁだな。
飲んで減った分だけミルクを入れてかき混ぜれば、カフェオレの完成だ!
第189話
「いや、流石は畑中組の切り札霊能力者だな。今回癒着疑惑が嫌で奴等には声を掛けなかったのだが、まさか亀宮に食い込んで参入して来るとは……
しかも吉澤興業に便宜をはからないと駄目な様に話を持って行くか。秘書からお前が居ると報告を受けた時は驚いたぞ」
真面目な顔で何を言い出すんだ、このオッサン。これじゃ僕が亀宮さんを騙して、この仕事の美味しい所を持って行ったみたいじゃないか!
「いえ、誤解が有ると思いますよ。僕は……」
「加茂宮の勢力下とは言え、名古屋市はお前の縄張りだからな。この一帯の高ランクの除霊は全てお前が解決してるのだから、バブられたみたいで気を悪くしたか?」
ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべやがって!だが、名古屋周辺のヤバい仕事は親父さん経由でだが10年近く殆ど僕が祓ってたな。
言われてみれば、ここら辺一帯は僕の縄張りなのか?
「本当は今回の依頼は請けるつもりは無かったんですよ。ですが貴方が急ぐ為にと御三家に声を掛けた。
故に丁度人手の足りない亀宮一族で新参者の僕が出張る事になったのです。僕も亀宮の派閥の一員ですから……」
まさか僕が実行部隊の殆どを病院送りにしたからとは言えない。これが自業自得ってヤツなんだよな、いや因果応報?
だが、オッサンも一寸だけ驚いた顔をしたな。二重所属とか言い出すなよ、横目で盗み見る亀宮さんの張り付いた笑顔が怖いから……
「業界で噂になってるぞ。亀宮の当主の番候補だとな。全く若い頃の触れれば切れる様な狂犬のイメージが崩れるな。
お前、9年前に俺と会ってるのを覚えてるか?あいち臨空新エネルギー検証実験棟の件を?」
このオッサンと僕が会っている?全然記憶に無いが、その建物の名前は記憶に有るな……確か……
「あいち臨空新エネルギー検証実験棟……ああ、あの研究者が連続自殺をした?」
万博の目玉となる新エネルギー機関を事前に研究していた施設が有った。
全国から有能な研究者を集めての一大事業だったが、次々と自殺者が出たんだ。その時の偉そうな行政担当官か?
「そうだ!お前は俺に言った。信じるか信じないかは俺次第だが、もう自殺者は出ないと……
俺は全く信じなかったが、確かに自殺は無くなった。アレは何だったんだ?」
ヤバい、恥ずかしい台詞を言い捲っていた時期だ。何処かのテレビ特番みたいな決め台詞じゃないか!
「信じるか信じないかは、貴方次第です!」みたいな?
「人の悪い念が籠もってたんですよ。だから研究に悩み苦しみ疲れた連中に取り憑いた。
死ねば楽になるって唆(そそのか)したんですよ。だから悪い念も自殺者の念も纏めて祓ったんです」
未だにニヤニヤしやがって……嫌な感じのオッサンだが、コレが政治家って言うんだから日本の未来は大丈夫かよ?
「秘書に吉澤興業に便宜をはかる様に言っておく。畑中組とお前が絡むなら、俺が心配してる事も分かるな?
醜聞は御免だぞ。それと他の連中には手を引けと言っておく」
ニヤニヤから真面目な顔に戻った。やはり洞窟の秘密を何となくだが知っているんだな。父親の件も含めて……
「全ては闇から闇へ……僕等は何も知る必要は有りませんから。お任せ下さい。
ですが加茂宮と伊集院は引き下がらないでしょう。彼等は我々で対処します」
真面目な顔で話を締め括る。岩泉氏が亀宮に任せるから手を引けと言っても、阿狐ちゃんも一子も引き下がらないだろう。
無理強いすると計画が破綻する可能性が高い。だから予定通りに進めた方が良いだろう。
「全てを任せたぞ、狂犬。終わったら報告に来い」
いや、狂犬ちがうし僕は亀宮の一員だからね。妙に清々しい顔になって立ち去りやがった。やはり秘密を抱える事が重荷になってたんだな。
つまり先代岩泉氏は……「榎本さん?」考え込んでいたが亀宮さんの声で引き戻される。
「なんでしょう、亀宮さん?」
物凄い真剣な表情の彼女に、今の話の説明をどうするか迷う?頭をフル回転させて言い訳を考える……
「私達、もう結婚しないと駄目な位に噂が広まってませんか?桜岡さんには悪いのですが、二号さんになって貰ったらどうでしょうか?」
一気に力が抜けた……食い付く所ってソコなの?違うよね、今一番確認しなきゃ駄目な所は違うよね?しかも僕に掴み掛かる勢いだよ。
「……亀ちゃん、亀宮さんを抑えてくれる?」
シュルシュルと背中から伸びた首で彼女を拘束し椅子に座らせる。亀ちゃんグッジョブ!
親指を突き出して彼の行動を称えて、高い珈琲を飲み干す。全員分の珈琲10杯で15750円か……
「一旦ホテルを出るよ。色々と仕込みをしないと駄目だな。亀ちゃん戻って、滝沢さん亀宮さんを立たせてね。じゃ行こうか……」
3テーブル分の伝票を纏めて持ってレジへ向かう。だが支払いは岩泉氏が済ませていてくれた。
これは我々に悪い感情は無いって解釈して良いだろう。嫌な奴等には奢ってくれないからね……
◇◇◇◇◇◇
帰りの車は二台、御手洗達と女性陣+僕だ。運転は滝沢さん、助手席に僕が座り亀宮さんを挟んで風巻姉妹だ。
元々ベンツは後部座席が広く痩せている女性陣だから、三人並んで座っても狭くはない。
車はビジネス街をスムーズに走る。昼前の為か道路は空いているが、後30分もすれば昼飯を求める社員で溢れるだろう。
「榎本さん、完全に亀様と意志の疎通が出来てますよね?亀様にお願いなんて、普通は当主以外は出来ないんですよ。
それを簡単に、しかも亀宮様を拘束するなんて!」
「全くです。アレでは亀宮様が哀れ過ぎます。
嘘でも「じゃあ、結婚しましょうか?あはは……」位はリップサービスして下さい。男の甲斐性って奴を見せて下さい」
風巻姉妹の容赦ないコメントを頂きました。しかもリップサービスって、全然所属組織のトップを敬ってなくない?
亀宮さんがニコニコしてるのが気になる。何故、この状況で笑えるんだ?
妙に息苦しくなりネクタイを緩めて更に車の窓を開ける。冷たく新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。……少しだけ排ガス臭かった。
「うふふふ……私達の仲が業界に噂として定着すれば、伊集院さん達も榎本さんを勧誘出来ませんからね。
これで榎本さんは私達、亀宮一族に居続けてくれます」
ボソボソと不穏な台詞を呟く彼女をバックミラー越しに確認してしまった……まだ阿狐ちゃんの事を気にしているの?
普段はポヤポヤなのに変に鋭いんだよな、亀宮さん。
「まぁそうだな。亀宮一族当主の唾付きなんて誰も勧誘しないだろう。御隠居様もあくどいが榎本さんも腹を括れただろ?」
滝沢さん、僕は亀宮さんと敵対しない為に派閥に加えて貰ったの。亀宮一族として粉骨砕身・誠心誠意・全力投球で仕事はしないよ?
「それは酷くないかな?僕は亀宮さんの派閥から離れるつもりは無いよ。
勿論だけど仕事は毎回契約書を交わしてから請けるけどね。まぁ協力会社?いや下請会社?」
実際には個人事業主形態を変える気も無いし100%亀宮だけの仕事をするつもりも無い。
大量に仕事を押し付けられて使い潰されるのは御免だ。亀宮一族は一枚板じゃないから、ご隠居さんや亀宮さんに逆らう連中も未だ居るだろう。
面倒臭いが警戒は必要なんだ……
「それと風巻姉妹に頼んだ真田氏の調査は中止だね。岩泉氏にも念を押されたが、どうやら一族の醜聞に関わりそうだ。
怪異の収束に直接は関係無いから調査はしない。今回の件は洞窟を完全閉鎖して終了だ。依頼人の希望通りにね……」
これ以上、岩泉一族の謎に挑むのは危険だ!
「そうですね……残念ですが仕方無いですね」
「お姉ちゃん……でも知らない方が良いんでしょ?なら仕方無いね」
流石は諜報部に所属しているだけは有るな。ちゃんと調べ過ぎる事の危険性を理解している。
諺(ことわざ)?にも有るよね?「好奇心は猫をも殺す」だから、これ以上は何もしなくて良いんだよ。
これなら心配しないで済みそうだ。最初の頃の意気込みなら調査続行とか騒ぎそうだったからな……
「亀宮さんも良いよね?」
「ええ、岩泉さんから全てを任された榎本さんが言うなら私は従うわ。最初に言いましたよね。私は榎本さんに全てを任せますと……」
うん、確かに言われたよ。でも一族のトップが新参者に任せ切りは駄目だよ。規律とか、何か色々有るよね?
「滝沢さん、風巻さん。今回の件は僕が下案を出して亀宮さんが決定を下したんだよ。分かるね?
責任は僕が全部持つけど、決定は亀宮さんがしたんだ。あっ、滝沢さん。その店だよ、駐車場に入ってよ」
「ああ、味噌煮込みうどんのアレだな……だが、折角の手柄を何故手放す真似をするんだ?」
ウィンカーを出して駐車場の入口を左折する。後ろに居る御手洗達も続いて駐車場に入る。
「僕は亀宮さんの手伝いが出来れば良いんだよ。別に亀宮一族内の派閥争いにも興味が無い。
大体得体の知れない新参者が活躍しましたじゃ、周りに何て思われるか……さぁ降りますよ」
車を降りて茅葺き屋根の古民家風のうどん屋を見上げる。名古屋と言えば、味噌煮込みうどん!両脇に風巻姉妹が並んで古民家を見上げる。
「「ここは何がお勧めなんですか?」」
餌付けは順調だ、順調過ぎる位に……
「山本屋町田と言ってね、八丁味噌を使った味噌煮込みうどんに名古屋コーチンの親子丼が有名だよ。
出来れば両方取り分けて食べて欲しいかな。亀宮さん、此処は名古屋の地酒で有名な蓬莱泉を置いてるんだよ。
「空」と「吟」を飲ませる所は少ないからね。少しだけだが飲もうか?」
夕食は高野さんとホテルでディナーだし、昼食を食べたら山荘で暖炉擬き塞ぎの立ち会いだからな。
お昼は奮発して、ご機嫌伺いをしよう。小走りに店の入口に向かう風巻姉妹を見て、少しだけ微笑む。
彼女達の仕事は終了だ、無事に済んで良かった。これで風巻のオバサンとの約束も果たせたかな……腕を絡めてくる亀宮さんを促して店へと向かう。
後ろで滝沢さんが、餌付けですか?そうなんですね?と愚痴を零しているが気にしない事にしようね。
◇◇◇◇◇◇
お腹パンパンに味噌煮込みうどんと名古屋コーチンの親子丼を食べた。
皆さん満足でマンションに帰ったが、何故か運転手として滝沢さんだけが山荘に同行してくれた。僕も少しだけ地酒を飲んでしまったから。
亀宮さん?酔い潰しましたよ、地酒7合ほど飲ませたら目を擦りだしたので……マンションに連れ帰ってベッドで寝かせてます。
昼間の酒って効くんですよね。
「小俣さん、予定通りに頼みますね」
「任せて下さい。順調ですよ、中の方も執事の方が色々と融通してくれたので予定より早くコンクリートを打てます」
既に山荘の駐車場には大型圧送車が配置されていた。今は山荘内の配管と周辺養生中だ。
ブルーシートやポリフィルムで床や壁を覆って汚れない様にしている。
岩泉氏から連絡を貰った徳田が、意外にテキパキと作業員に指示を出しているのに驚いたよ。
何でも岩泉氏から直々に頼まれたと喜んでいたな。お陰で僕はやる事が無く、滝沢さんと並んで缶コーヒーを飲んでいる。
邪魔になりそうだから少し離れた場所で……
「ねぇ、榎本さん……」
「何だい、滝沢さん……」
大型ミキサー車が現場に到着し、警備員が誘導する。誘導棒を振り回し笛を吹いてバック誘導をしている。続々と大型ミキサー車が駐車場に入ってくる。
「私達、除霊をしに来ているんですよね?何故か工事現場に居るみたいで変な気持ちです」
「お札や清めの塩撒きだけが除霊じゃないんだよ。明日は洞窟探索で坑道閉鎖工事だ。うん、除霊じゃないかもね」
滝沢さんがクスリと笑ったので、釣られて笑ってしまった。