榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第184話から第186話

第184話

 

「時間が無いのでコース料理は無理だから単品でね」

 

 牛タン専門店「利久」はJR仙台駅前のハピナ長掛丁内に有る焼肉チェーン店だ。

 同じ焼肉チェーン店で「正宗」も有ったが、悩んだ末に駅に近い此方にした。

 店内は木目調で照明は落とし気味にしてあり、全体的にムーディーだ。

 店員さんも若い女性が多く、黒服の一団が来た時は顔を引き吊らせながらも対応してくれた。

 うん、時間が無くて選んだので期待していなかったチェーン店だが、中々に優良店だね。

 

「榎本さん、この牛タン分厚いのに柔らかい。味噌で下味が付いてる」

 

「本当に美味しい。牛タンってスライスした薄い物しか食べた事ないんです」

 

 店の雰囲気も良かったが、肉質もバリエーションも良い。特に牛タン専門店だけあり牛タンの種類は豊富だ。

 モフモフと牛タンを頬張る風巻姉妹の為に追加の肉を網に乗せ、頃よく焼き上がった牛タンを亀宮さんと滝沢さんの取り皿に乗せる。

 

「すみません、有難う御座います」

 

「榎本さん、網奉行なんですね」

 

 いえ、本来焼肉屋に行くと結衣ちゃんにお任せしてます。結衣ちゃんが居ない時は各自で網の陣地を決めて自分の分だけ焼いて食べます。

 僕が焼くのは貴女達の料理の腕が心配だからです。折角の美味しい牛タンが黒コゲじゃ勿体無いから……

 

「ははははは、そうですね。まぁ、うん、網奉行でも網将軍でも何でも良いよ」

 

 空気の読める僕は下手な事実は言わない。真実を言っても誰も幸せにならないから……

 

「牛タンの次は米沢牛だよ。先ずは脂の多いカルビを少し食べてからロース。

最後に一番高いA5ランクの米沢牛の壷漬けカルビで〆るからね。軽く麦飯か焼おにぎりも頼めるから沢山食べて下さい」

 

 御手洗達を見れば物凄い勢いで食べている。手を挙げて店員さんを呼んで肉を追加オーダーする。

 取り敢えず我々が危険な連中でなく女性も四人居る事からか、店員さんも警戒を解いてくれたみたいだ。

 直ぐに笑顔で対応してくれる。御手洗達にはライス大を人数分頼んだ、だがお櫃(ひつ)を二つ運んできたのは自分でよそれって事だな。

 

「ねぇ?亀宮さんの前で聞き辛いけど、風巻さん達は給料制?それとも出来高払いなの?」

 

 お金持ちの風巻家の跡取りなのに余り食生活が豊かでないみたいなので気になった。焼き肉のチェーン店程度で感激されると、何だかこそばゆいんだ。

 

「私達は固定給+残業1月20時間迄だよ。実家に住んでるから家賃や食費は掛からないけど仕事の時の食事は自前なんです」

 

「私も同じだが、危険手当が付くぞ」

 

 ああ、労働基準法に準じた36協定……つまり週休2日制で年間残業時間360時間以内か。以外とマトモな労働条件だな。

 

「榎本さんはどうなの?個人事業主って儲かるんでしょ?」

 

「こんな美味しい物を毎日食べるんだもん。高額所得者だよね?」

 

 キラキラした瞳で見詰められるが、$マークが浮かんで見える。目の前に亀宮さんと言う本物のお嬢様が居るのに、何故オッサンの僕に聞くかな?

 

「毎日高い料理を食べてる訳じゃないよ。普通に定食屋とかも利用するしファミレスも行く。吉野家もすき家にも良く行くよ。

今回は亀宮さんが居るから特別なんだ、接待費枠の中でヤリクリしてるんだよ」

 

 一族の当主に普通にコンビニ弁当を食べさせるとか無理だろ?だからなるべく外食に連れ出すんだ。

 

「榎本さんは高給取りですわ。

八王子でも一週間と経たずに1000万円を稼ぎましたし、先日もウチの一族が持て余した壷も祓って頂きましたわ。

あの壷ですが、二つで1050万円を榎本さんの口座に振り込んだ筈ですわ」

 

 ご隠居の婆さん、亀宮さんに教えたのかよ。しかも二つ分だと?

 

「あの壷って五秒で祓ったんでしょ?榎本さん、私に貢いでよ!」

 

「そうですね。経費0で人件費は自分だけ、殆ど純益100%なんて凄いです。私にも何か買って下さい」

 

 風巻姉妹のおねだりが始まった。しかも、あからさまにタカって来るとは思わなかった。

 

「確かに仕事によって収入に波が有るんだよ。この前のアパートの怪異の調査だと10日間で94万円だったし、勿論純益は10%位だよ」

 

「騙されませんよ。純益って事は榎本さんの人件費は別じゃないですか?10日間で自分の給料20万円+純益10万円、つまり30万円が榎本さんの取り分。

ちゃんと契約書を読んだから見積書の構成は分かってるんです。その件の榎本さんの報酬は私達の税抜き手取り一ヶ月分と然程変わりません」

 

 ビシッと箸を持った指で僕を指す佐和さん。左手は腰に当てているが、椅子に座ったままだからポーズはイマイチだよ。

 それに人を指差しては駄目だ、マナー違反だ。無駄に有能なのが何だかなぁ……

 

「はいはい、後でオヤツ買ってあげるから早く食べるんだ。仙台駅を13時24分に出る新幹線に乗るから、後一時間しかないよ」

 

 パンパンと手を叩いて食事を促す。子供扱いするなと怒っているが一回りも違えば子供だ。

 

 だが、ロリじゃないから攻略対象外……ココ重要!

 

「お待たせしましたぁ!追加の牛タンと上和牛ロースと上和牛カルビでーす。此方はライスのお櫃が……」

 

 キビキビと店員さんが追加オーダーを並べていく。てか御手洗達はご飯を追加オーダーしてたのか?

 それを見て慌てて肉にパクつく姉妹を見て年相応な態度が可笑しくなった。誰も取らないから安心して食べて良いのに。

 

「さて僕も本格的に食べるかな……お姉さん、網を変えて僕にライス大二つとカクテキくれる」

 

「はーい、急いで持ってきまーす!」

 

 ライス大が二杯、それが僕のクオリティ!だが店員さん、変な訛りが有りますね?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 13時24分仙台駅発はやて24号東京行きに乗った。

 

 東京駅で15時30分のぞみ45号博多行きに乗り換えれば、17時10分に名古屋駅に到着する。約四時間の新幹線の旅だ。

 

「新幹線のグリーン車に乗るのって最高!普段だと自由席か最悪在来線だよ」

 

「経費節減って言葉を知ってます?榎本さん、贅沢旅行ですよ。でも楽しいし嬉しいです」

 

 途中で買ってあけた紅茶花伝を両手で飲みながら、向かいに座る風巻姉妹が笑いかけてくる。

 まさかボックス席の向かい側に座るとは思わなかった。餌付けは順調に進んでいる。

 一緒に働くなら関係は良好の方が効率が良いし、何より年頃の女性達に嫌われるのは嫌だ。例えロリじゃなくてもね……ココ重要!

 

 因みに僕の隣は亀宮さんだ。

 

「警備上の問題だよ。亀宮さんと君達をグリーン車と普通車に分けると効率が悪いだろ?

みんな一緒に居た方が対応しやすい。僕と亀宮さんなら有事の際に全員守れるからね。

勿論、呪術的な方がメインだけどさ。対人なら御手洗達の肉弾戦で問題無いだろ?」

 

 通路の向かい側の御手洗に話し掛ける。此方は筋肉がミチミチしているボックス席だな。別の意味でゆったり座席のグリーン車で良かった。

 

「任せろ、我々は肉の壁だからな。物理的な襲撃なら問題無いぞ」

 

 因みに僕等が遠距離でも電車を利用する訳の一つは……携帯する武器が金属製だから飛行機だとゲートで引っ掛かって没収だからです。

 滝沢さんなんか鉄柱を仕込んだトンファーが武器だし、僕も背中に大振りのナイフを仕込んでいるからね。

 警察に尋問されたら言い訳出来ないな。椅子を少し倒して目を閉じる。気持ちを落ち着けて先程の件を考える。

 

 先代岩泉氏が生きている。

 

 亀宮さんが箝口令(かんこうれい)を敷いたが、本当に生きているなら何処に居るんだ?

 そもそも病気を患い保って三ヶ月の命と言われた筈だ。でも火葬場の職員の情報も嘘じゃない。

 軍司さんの拷問に耐えてまで素人が嘘をつけるとは思えない。ならば火葬場で生きながら燃やされた奴が居るのだが、それは誰だ?

 何故その燃やされた奴の遺骨を盗むんだ?証拠隠滅の為か?そして口寄せで呼ばれた石渡教授の言葉。

 

 人間の欲望の最終型……つまり不老不死。

 

 これ等の情報を嵌め込んで考えると、先代岩泉氏は不老不死を手に入れたんじゃないかな?

 それを知って恐れた息子は親父を火葬場で完全に焼き殺すつもりだった。

 生きたまま拘束して燃やしたが、先代岩泉氏は骨壷の中で遺骨から復活して墓から出てきた。

 だから内側から破壊した様に骨壷が散乱し墓石が倒れていた……いや考え過ぎだ!

 

 どんなに強力な術でも不可能の筈だ、不老不死や反魂の術など眉唾モノだよ。

 だが山荘の人員を交代したり息子の行動も怪しい。可能性が有るとすれば、息子が親父を監禁しているか匿っているかだ。

 顔の知られた老人が戸籍無く生活出来る程、日本は甘くない。

 だが先代の件は亀宮さん的には放置だから、彼は居ない事として考える事にする。

 

 僕が現当主である岩泉廉太郎(いわいずみれんたろう)氏に持ち掛ける話は……全ての原因が隠されているだろう洞窟の封鎖だ。

 

 先ずは山荘の書斎の暖炉擬きから大量のコンクリートを流し込む。厳杖さんのビデオカメラに写った内部の構造は、精々が高さも幅も3m程度。

 仮に洞窟が100m以上有ったとしても3m×3m×100mで900㎥だ。竪穴も50cm四方で深さ20m位だから、大した容量じゃないから問題無い筈だ。

 コンクリートは水よりも粘性が有るから、上から流し込めば洞窟内で円錐形になり途中で止まる。実際は100㎥も使わないだろう。

 

 要は竪穴さえ塞がれば洞窟内部は完全に埋まらなくても問題無い。

 コンクリートの中にパウチした御札や瓶に詰めた清めた塩とかを入れれば、簡易な結界にもなる。

 費用もコンクリート圧送車一台に生コンクリート100㎥なら300万円も掛からない。

 昼間作業なら生コンのプラントから5㎥積みの大型のミキサー車を20台も入れれば完全に穴は潰せる。

 これで出口の片方は塞がったし山荘の安全も一応大丈夫だから徳田達も安心だ。後は写真に写っている洞窟を探し出して塞げば良い。

 本来なら地下構造物の調査は専門会社に依頼したいのだが、時間的にも無理だ。

 通常なら鉛直磁気探査を利用して山荘から洞窟の通っている方向を追って行けば分かるのだが、今更第三者を入れる事は不可能だ。

 だが先代岩泉氏があの洞窟を発見したのは、戦争中の防空壕や工場を作っていた事に関係する筈だ。

 つまり、あの地図に載っていた4つの溜め池付近を重点的に調べれば良い。

 出来れば発見次第、ダイナマイトとかで手っ取り早く塞ぎたい。

 

 だがダイナマイトなんて手に入れるのは不可能だ……自分で作る?

 

 確か珪藻土にニトログリセリンを染み込ませて安定させれば素人でも出来る筈だが、違法行為には違いないから却下だな。

 そんなアルフレッド・ノーベルが初期に発明した物じゃ洞窟を崩落させるのは威力が低く無理だ。

 

 では現代のダイナマイト……

 

 ニトログリセリンと低ニトロ化セルロース(弱綿薬)の混合物をゲル状にしたもの、いわゆる”ニトロゲル"=ブラスチングゼラチンを作れるかと言えば、当然無理だ。

 餓鬼が沸くのを押さえつつ、既存の工法で洞窟を埋めるのは難しいな……それさえクリアーすれば、後は開発の時に掘り返さない様に気を付ければ十分だろう。

 これなら今回の怪異は収まると思う、臭いものに蓋をするだけだが出て来なければ良いのだから。ヤバい情報には触れずに、開発可能にするならOKだ。

 

 アフターで山林を巡回し、他に横穴とかが無いかを探して潰せば確実だろう。実体化した餓鬼の回復力は脅威だが、奴等は非力で戦闘力は低い。

 出入り口さえ塞いでしまえば、自力で穴を掘って出てはこれない。

 

 このプランの穴は……

 

 ①餓鬼以外に敵は居ないと仮定してる事。

 

 ②穴塞ぎを許可して貰えるか、またダイナマイトの入手方法。

 

 ③出入り口が複数有った場合、広い山林を探し切れるか。

 

 ④原因たる洞窟を物理的に塞ぐ事を他の参加者が認めるか?情報を開示すれば、絶対中に入りたがるだろう。

 そしてこのプランの最大の懸案事項は……不老不死の秘密を闇に葬っても良いか、だ。

 最悪だが岩泉廉太郎(いわいずみれんたろう)氏が秘密を独り占めにしたがれば、洞窟を塞ぐ事を許可せず虱潰しに餓鬼を祓えとか言いそうだ。

 なんたって人の欲望の最終型の秘密が隠されているのだから……そして岩泉廉太郎(いわいずみれんたろう)氏は多分だが洞窟の秘密を知っている。

 彼を説得出来れば解決したも同然だが、伊集院一族とは調整が必要だ。彼等が先に洞窟に突撃されては洞窟は塞げないからね。

 大体のプランを纏めた時には、東京駅に到着10分前だった。

 

 亀宮さんは僕に寄りかかり熟睡中だし、風巻姉妹は車内販売で買ったお菓子をパクついていた。

 

「そろそろ乗り換えの準備をしてくれ。東京駅での乗り換え時間は16分しかないんだ。トイレなら今のうちに行っておいてくれ」

 

 ホームが違うから16分有ると言っても忙しいし、駅のトイレは混むからね。そそくさと立ち上がる亀宮さんと直ぐに彼女に付いて行く滝沢さん。

 流石は護衛だよね、徹底しているよ。

 

「榎本さん、デリカシーないよ」

 

「そうです。トイレに行ってくれとか女性に直接言う言葉ではないですよ」

 

 大量に僕に買わせたお菓子類を鞄に詰め込む風巻姉妹から駄目出しを貰ったぞ……

 

「えっ?では何て言えば良かったのかな?」

 

 女性ならではの言い方が有るのか?今後の参考に聞いておくか……アレ?何で姉妹で顔を見つめ合ってるんだ?

 

「「ごめんなさい、やっぱり無いかも」」

 

「何だよ……期待させておいて、そりゃないだろ?」

 

 クスクス笑う姉妹を見て、此方も軽く笑う。漸く彼女達と笑い合う事が出来たな。

 

 

第185話

 

 車窓から見慣れた街並みが見えている。季節は4月末、来週からゴールデンウィークに突入する。

 結衣ちゃんとディズニーランドに行くので、早期に解決しないと駄目か?

 一時間足らずで自然あふれる田舎の風景から、無機質なコンクリート製の高層建物群へと変わる。

 もう直ぐ東京駅に到着するだろう。出来れば改装し新しく、また古い当時のデザインを再現した駅舎内を見学したいが無理だな。

 亀宮さん滝沢さんが戻って来たので、入れ替わりでトイレに行く。

 ああ言った手前、僕がトイレが我慢出来ずに乗り換え出来なかったとは言えないから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「佐和さん、美乃さん。楽しそうに笑ってましたね。何か良い事でも有りましたか?」

 

 笑顔だが目が笑ってない亀宮様が怖い。別件でご一緒した時は、余り我々に関心が無く話し掛けても必要な事しか返してくれなかったのに。

 榎本さんと一緒に行動していると、不思議と良く話し掛けてくれるのは……少しだけ嫉妬と羨望と罪悪感が有る。

 私達は亀宮様と亀様を腫れ物を扱う様に接していたから。

 

「えっと、榎本さんにデリカシーが無いって言って。じゃどう言うんだよって逆に聞かれて答えられなくて……」

 

「女性にトイレ行けは酷いけど、考えたら逆に遠回りに言われても嫌だなって」

 

 何となく反発する様に話し掛けてしまうが、怒らずにちゃんと対応してくれる。筋違いな事に嫉妬している私達は、まるで小さな子供だ……

 

「お花を摘みに行きなさいとか言われたら逆に嫌だよね?」

 

「榎本さん、引率の先生みたいですよね?生活指導の先生とか体育の先生とか……」

 

「うん、そんな感じ。でも悪くないかも。今まで一族の連中としか仕事しなかったけど、何か……こう……

最初は何時も通りに構えてたけど、全然派閥意識とか無いから肩透かしみたいな?」

 

 彼が私達に悪意を持ってないのは分かる。仕事の同僚として一人前に扱ってくれてるのも、ちゃんと理解している。

 

「そうなんですよ。実行部隊の連中って裏方を軽く見てるじゃないですか?でも今迄と全然扱い方が違うし。

榎本さんって超肉体派の前線指揮官みたいなのに、私達裏方の勘とかも信用して捜査方針を決めてくれるから……」

 

 私達を派閥が違うから、若いからと言って適当に扱う事もない。だから、だから……

 

「「信頼しても良いかなーって思いました!」」

 

 思わず姉妹でハモってしまう。考えている事は同じだから……

 

「榎本さんは私の番(つがい)候補ですからね。分かってると思いますが?」

 

 かっ、亀宮様が怖い!

 

 無表情で目が据わっているし、あれは榎本さんにチョッカイ掛けたら本気で何とかする目だ、具体的には亀様に食べさせる気だ。

 逆らっちゃ駄目だ、逆らっちゃ駄目だ、逆らっちゃ駄目だ!

 

「「異性の恋人としては無理です、絶対に無理!頼れる上司か、うーん、お父さん?」」

 

 今度も姉妹でハモってしまう。だってアレは下手な事を言ったら……

 

「ならば良いです。確かに榎本さんに任せていれば安心ですが、それに甘えては駄目ですよ。良いですね?」

 

 ああ、亀宮様……亀宮様は完全に榎本さんに依存してるんですね、好きなんですね?

 でも無理です、あの人の貞操観念は強固そうです。妖艶な色気の小笠原さんの誘惑にも1mmも靡かないんですよ。

 しかも弱っていて縋る美女にですよ。逆に「寄るなよ、面倒は見るけどそれは迷惑なんだよ」的な対応してますよ。

 

 梓巫女の桜岡霞さんでしたっけ?正直に言って女として羨ましいです。

 

 強く逞しく一途で優しくて丈夫な旦那様なら、馬車馬の如く働かせても平気だろうし、お金も沢山稼げるよね。

 ご隠居様は成功すれば今回の報酬を半分払うって言ってた。五億円の半分をですよ?

 

 うーん……でも、やっぱり亀宮様に抹殺されるのは嫌!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 拠点のマンションに戻り、執事の徳田に連絡をして岩泉氏に会見を求めた。返事は明日の午前中迄にくれる様に念を押して……

 ご隠居様にも途中報告と今後の対応も報告し、件の洞窟を塞ぐ為にダイナマイトが欲しいと頼んだが無理そうかな?

 頼みの胡蝶さんも洞窟を崩落させるだけの破壊力を伴った術は使えないそうだ。

 後は、とっても嫌だが親父さんに頼るかだが……何となくだが手榴弾とか持ってそうで怖い。

 そして僕がそれを使ったら刑務所直行の犯罪行為だからな、もし使用して捕まれば爆発物取締罰則が適用されて最悪は死刑か無期懲役、又は懲役7年以上の重罪だ。

 売り買いしたり所持したりでも懲役10年以下だからな。弱みを握られてしまうから却下だ!

 

 やはりご隠居に頼って出来れば人を寄越して欲しい。割り当てられた部屋のベッドに寝転んで考えを巡らすが、良いアイデアは何も浮かばない。

 ふと枕元の携帯電話を見ると着信有りかメール受信のランプが点滅している。

 

「誰かな?」

 

 携帯電話を開いて確認するが、知らないアドレスだな……

 

「榎本さん、今晩は。明日一族の主力が名古屋に集まります。予定よりも遅いので明後日の朝から山林に入ります。

加茂宮一子が二子達の代わりに来るとの情報を掴みました。一人では大した事も出来ないと思いますが、一応お知らせしておきます。

                  伊集院阿狐」

 

 明後日か……最短でも山荘の暖炉擬きを塞ぐ日と一緒だ。阿狐ちゃんには犬君が居るから匂いで洞窟を探せるだろう。

 書斎でも言っていたし、その為に部屋中を這いつくばって水の呪詛を受けた。被害を厭わなければ伊集院一族でも解決出来るかな?

 いや、幾ら弱くても回復力が異常な餓鬼の団体だ。しかも水の呪詛は強力だからジリ貧だぞ。

 

 彼等は変化しても基本的に肉弾戦だから耐水対策をしても……それに加茂宮だ。

 

 当主の三分の一を失って弱体化してると思っているかも知れないが、奴等は一族を贄に蟲毒を使いパワーアップを企んでる。

 もしも一子が一人か二人を食っていれば、幾ら僕や阿狐ちゃんでも勝てないだろう。

 実際に胡蝶の見立てでは、阿狐ちゃん単体ならば食えるらしい。勿論、食わないし敵対もしたくない。

 

 だが、このまま何もしなければ彼女を見捨てる事にならないか?室内が急に明るくなり、目が霞む。

 

「何だ?寝てたのか?電気も点けずに……亀宮様が夕飯どうするか聞いてくれって言われたぞ。外で食べるのか?」

 

 壁掛けの時計を見れば19時を過ぎている。確かに夕飯の時間としては遅いだろう。

 

「ん?ああ、すまない。考え事をしてた、今支度して行くよ」

 

 僕と阿狐ちゃんが通じているのを彼等は知らない。それに加茂宮の連中の事も……二子達を倒した事も残りの連中が蟲毒でパワーアップを企んでる事も知らない。

 僕は秘密を抱え込み過ぎている。でも亀宮さん達に教える事は出来ない。上着を羽織り鏡の前で寝癖のチェックを終えて隣の部屋へ行く。

 

「お待たせ。夕飯はヘルシーにしゃぶしゃぶを食べようか?」

 

 先ずは腹拵えだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一口にしゃぶしゃぶと言っても種類は多い。牛・豚・野菜・金目鯛等色々だ。

 今回チョイスしたのは「黒桜」と言う九州発の和風割烹だ。

 黒豚しゃぶしゃぶが人気で他にも馬刺寿司やジャコ天、からしレンコン等の九州の郷土料理が食べれる。

 昼はガッツリ焼き肉だったから夜はさっぱり和食だ。

 大分風巻姉妹も亀宮さん・滝沢さんに馴染んできたな……談笑しながら食べれるなら大丈夫だろう。

 トイレに行くと席を外し、珍しくボックスタイプの公衆電話に入る。だが携帯電話を使う、単に話を他の人に聞かれたくないからだ。

 連絡するのは親父さんの会社、吉澤興業だ。因みに裏の顔は「畑中組」と言ってバリバリ現役ヤクザだけど……

 

『はい、吉澤興業っす』

 

 誰だろ?知らない声だな。

 

「榎本と言いますが、親父さんか軍司さん居ますか?」

 

『えっ……榎本?榎本先生っすか?ちょちょちょ、ちょっと待って下せい。今取り次ぎます』

 

 何故慌てる?そんなに怖いのか、僕が?保留中の音楽「エリーゼのために」を聞きながら、あの組での僕の位置を考える。

 

『おう、先生!なんだい、何か進展でも有ったかよ?』

 

 親父さん、開口一番そんな砕けた会話を周りに聞かせれば、下っ端は僕に何か粗相をしたら指つめ位に思うか?

 

「ええ、明後日で大体片を付けたいのですが……ちょっと面倒臭い事になりまして。親父さん、ダイナマイト手に入りますか?」

 

『ああ?出入りか?そりゃ手に入るが……だが違法行為を嫌がる先生にしちゃ珍しくねぇか?』

 

 やっぱり違法行為だよな。親父さんが疑うのも当たり前だ、僕は口を酸っぱくして違法行為は嫌だと言い続けてるから……

 

「明日、岩泉氏と直接話すんですが……怪異現象が頻発する洞窟を崩落させて埋めたいんです。餓鬼が湧くから在来工法で塞ぐ時間が無くて」

 

『んで手っ取り早く爆発か?先生、半月くれりゃあ正規手順で段取りするぜ。何故待てないんだ?』

 

 親父さんの会社には土建業も有るから、西日本カーリットとかの鉱山開発系の会社とも付き合いが有る。

 行政申請とか諸々手続きは必要だけど、崩落の危険の有る防空壕を埋める為とかで可能か……

 だが阿狐ちゃんは明後日には突撃するから、そんな余裕は無いし向こうを遅らせる事は無理だ。

 

『なぁ先生?言い辛いなら黙って手配するけどよ。幾らダイナマイトを使っても崩れるか分からないぜ。

普通に洞窟を掘るのにもダイナマイトは使うんだ。岩盤に穴掘って差し込んで爆破する。

つまり本職が最適な場所にセットしないと崩落なんて無理だ。もしも簡単に穴を塞ぎたいなら車でも突っ込ませた方が早いぜ』

 

 車を突っ込ませる?あの写真の洞窟は岩肌に剥き出しで穴が開いていた。

 比較対象が無いから大きさが分からないが、何かを突っ込ませて塞ぐ事は可能かも知れない。

 

「なる程、だけど場所の特定が未だなんで車が入る場所かも分からないんですよ。でも崩さずに塞ぐですか……」

 

『何なら砕石を満載した軽トラを何台か用意しても良いぜ。先生が居れば運転手は安全だろ?

先生が違法行為で檻の中とか俺等も困るんだぜ。どうしてもって言うならマサかヤスの腹にダイナマイト巻かせて突っ込ませるがよ。

沢山巻いて爆破させりゃ或いは崩れるかもな』

 

 マサ、ヤス……お前達の命を守る為にも爆破は中止だ。人柱なんて寝覚めがわるいから……

 

「親父さん、有難う御座います。何か考えてみます」

 

『ん?そうかい。駄目なら連絡しな。ダイナマイト自体は有るから大丈夫だぜ』

 

 ダイナマイトを備蓄してるの?聞かなかった事にしておこう。そう心に決めて携帯電話を切った。

 そうか、単純に入口付近で爆破しても崩れないかもしれないんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 親父さんとの電話が思ったよりも長いのでトイレ大疑惑を持たれたが、電話をしていたのでと正直に言った。

 風巻姉妹はニヤニヤしていたが、特に何か言われもしなかった。餌付けは順調だ……マンションに戻り男部屋に籠もる。

 明日は早いからと念を押しておいた。寝室のベッドに座り、洞窟の閉鎖方法を考えるが何も浮かばない。

 ネットを貼るとか木材を格子状に組むとか確かに方法は有るが、果たして敵襲を去なしながら設置が可能かが問題なんだ。

 

『なぁ胡蝶?』

 

『なんだ、正明。夜伽か?だが他の奴に見られる……』

 

『その露出ネタは前もやったろ?胡蝶の力を持ってしても、洞窟は崩せないよね?』

 

 マジカル胡蝶さんなら、もしかしたら……

 

『む、洞窟をか?無理だぞ、幾ら我でも岩を砕く事は無理だな。だが知り合いに結界専門の女が居ただろ?

奴の結界で抑えている内に、普通の土木工事で塞げばよい。元々、餓鬼は結界で封じられていたのだ。それ位なら可能だろう?』

 

 結界専門?ああ、悪友高野さんか……でも餓鬼専門の結界を短期間で用意出来るかな?

 時計を見れば未だ22時27分、遅いけど無理な時間じゃない。アドレス帳を開き高野さんの名前を探した……

 

 

第186話

 

 22時を回っているが、社会人なら遅い時間じゃないだろ?自分に言い訳して高野さんの携帯に電話する。

 

 コール五回目で繋がった……『何よ、こんな時間に?』少し不機嫌かな、低い声で開口一番質問されたし……

 

「今晩は、高野さん。夜分遅くごめんね」

 

『別に構わないけど。桜岡さんにでも振られたの?自棄酒なら付き合うけど、奢りなさいよね』

 

 何故、此処で桜岡さんの話題が?しかも付き合ってもいないのに振られた事が前提ですかい?

 

「いや、仕事の話だけどさ。一寸ヤバい餓鬼道を見付けてさ。穴を塞ぐ為には一旦結界で餓鬼の出入りを防ぎたいんだ。場所が山林の中の洞窟なんで困ってる」

 

『良いわよ、餓鬼封じの結界ね?洞窟なら床・壁・天井が有るから可能だわね。で?何時まで?私も設置しに来いって事かしら?』

 

 凄く物分かりの良い対応が少し怖い。出来れば設置しに来て欲しい、湧き出す餓鬼に対処しながら結界を張るのは僕には無理だから分業したいし。

 

「うん、出来れば結界の設置迄お願いしたい。明後日の早朝から山林に入りたいんだ。因みに場所は愛知県なんだけど……」

 

『あと二時間もしないで一日目が終わるわね……』

 

 うん、実質一日で結界の準備をして名古屋に来て貰い合流して現地に向かう。つまり明日一日で全てを用意して夕方には名古屋に来て欲しいんだ。

 

「急でごめん。明日の夕方には現地入りして欲しい。勿論、ホテルの手配とかは此方でやるよ。大丈夫かな?」

 

『良いわよ。榎本さんには借りが有るし、私達は悪友でしょ?ホテルは最高級なのを予約してよね。

ディナー位は付き合いなさいな。色々と聞いておきたいし。貴方が亀宮の派閥に組み込まれたの、業界内で一寸した話題になってるわよ。

意図的に亀宮一族が広めているわ。もう逃がさないって感じよ』

 

 ご隠居か?風巻のオバサンか?僕を周りからガチガチに固める気なのか?

 

「それは……間違いではないが、正しくもない様な……」

 

『まぁ良いわ。夕方六時に何処で会えば良いのよ?』

 

「うん、そうだね……新幹線利用するよね?JR名古屋駅の改札付近に居るから、着いたら電話してくれる。必要経費は立替で後精算でお願い」

 

『はいはい、じゃあ明日ね』

 

 軽く返されてしまったが、結界に関しては頼りになるからな。これで明日に岩泉氏を説得出来れば問題無いだろう。

 さて、もう一つの問題を何とかするかな……最近登録した美少女の携帯番号をアドレス帳から呼び出す。

 時刻はギリギリ23時前だから平気かな?呼び出しのコールが、三回四回五回……寝ちゃったのかな?

 

『ふぁい……阿狐でふ……誰ですかぁ?』

 

「ああ、榎本です。夜分遅くごめんね」

 

 阿狐ちゃん、完全に寝ぼけてた……普段からは想像できない可愛い声だったけど悪い事をしたな。

 

『榎本さん……うーん、榎本さん?はっはい、今晩は。どっ、どうしたんですか?こんな夜遅くに』

 

「うん、相談と報告。

明日の午前中に岩泉氏に会って午後には山荘の暖炉擬きをコンクリートで塞ぐよ。

明後日、早朝から洞窟を探して結界で封鎖し普通の工事で塞ごうと考えているんだ。

伊集院さんには国分寺さんが居るから匂いで場所が分かるだろ?

だから先に洞窟に侵入するだろうから、万が一脱出する時には入口の結界を壊さないで欲しいんだ」

 

『私達を止めないのですか?依頼人に話をつければ、強制的に止める事も出来るでしょう?』

 

 止めるって事は亀宮が伊集院に依頼なりお願いなり通達なりをする事だ。ご隠居さんから御三家とは貸し借り無しの条件で縛られる僕には言えない。

 

「止めてくれって言っても止められないだろ?僕達は同じ条件で仕事を請負ってるし、君も一族を召集するのに今更中止とかは言えない筈だ。

どちらにしろ君達の方が先に洞窟を見付けて入ってしまうだろうし……出来れば入る時に入口に印を残してくれると助かる。

居るのが分かれば出れる様にしておくし、僕等が先に見付けたなら封鎖する。どうかな?」

 

『私達に有利な条件過ぎませんか?伊集院一族総出で除霊すれば解決は私達の手柄になります。榎本さん達は、その手伝いと言うか……』

 

 うーん、どうしようかな?情報漏洩は良くないのだが、知らせずに危険な洞窟へ突撃させるのは……

 

「伊集院さん、あのね……僕も亀宮に属してるから言えない事も多い。あの餓鬼達は不死身だ。

しかも単体では弱いが強力な水の呪いを身に纏っている。無限に近い再生力を持つ連中と狭い洞窟内で戦うんだ。

力押しでは何時かは押し負けるよ。だから封じ込めるのが最善と僕は考えてる」

 

『榎本さんが私達を心配してくれる気持ちは痛いほど分かります。でも私達にも意地が有ります。

国分寺は一族の重鎮、彼に怪我を負わせたモノを放置するのを認めるには……私の力では無理なのです。

良くも悪くも私達は力が全てなので下の者を抑えきれません。榎本さん本当に有難う御座います。

私達に構わず洞窟は封鎖して下さい。勿論、言われた通りに洞窟に入った証拠は残しておきます』

 

 駄目だ、説得は失敗だな。最初から分かっていたが、彼女の意思は固いし一族の当主としての立場も役割も理解している。

 彼女を助けたいなど僕の思い上がりでしかない。

 

「分かった。だけど僕等も君達が居るのに洞窟を塞ぐ事は出来ない。何故なら生き埋めは犯罪行為だから。

僕等は建設会社を巻き込んで洞窟を塞ぐから、少なくとも夕方5時迄には外に出て来て欲しい。それまでは塞ぐのを待つから……」

 

『ふふふふ。本当にお礼をしなきゃ駄目なのに、受け取ってくれないんでしょ?』

 

「うん、要らない。何故なら亀宮さんを裏切る行為になるし、損得で言ってる訳じゃないからね。

あくまでも僕が嫌な気持ちにならない為に話をしているんだし。じゃお互い頑張ろうね」

 

『本当に貴方は……伊集院当主の私に頑張れなんて、普通は言えませんよ。では、お休みなさい』

 

 携帯電話を切ってベッドに仰向けに倒れる。今回は時間との勝負だから、明日許可を取って動いたら間に合わない。

 結界はOK、阿狐ちゃんにもお願いはした。

 

 後は……再度携帯電話を操作してアドレス帳を開く。

 

 数コールで相手に繋がる。『はい、吉澤興業っす。どちらさんで?』こないだと同じ声の奴だが、新人か?

 

「ああ、榎本と言いますが軍司さんか親父さん居ますか?」

 

『親父っさんと軍司さんは出掛けてるっす。だけど先生から連絡が有れば携帯の方にかけてくれって言われてるっす』

 

 親父さん、僕が相談するのを予測してたかな?在来の工法で塞ぐなら親父さん関係の土建屋の方が無理も融通もきくからな。

 変に大手ゼネコンなんか絡ませたら大変だし。一寸調べたけど坑道閉鎖って名前で実際に防空壕を塞ぐ業種も有るらしいからな。

 

「有難う、じゃ携帯電話の方に連絡するよ」

 

『宜しくお願いしまっす』

 

 語尾に「っす」って方言なのか、それとも若者言葉なのか?気を取り直して、軍司さんの携帯に電話する。

 

 三回目のコールで繋がった。『おう、先生何だい?』賑やかな音楽に音程のズレた歌声が聞こえる。

 

 カラオケって事はクラブかキャバクラかな?

 

「急なんですが土建屋を紹介して欲しいんです。明日の午後にはコンクリートを打設したくて、明後日には坑道封鎖をお願いしたくて……」

 

『親父の言ってた件だな?分かった、小俣組の社長呼ぶから直接説明してやってくれ。場所はな……』

 

 やはり親父さんの経営するキャバクラだ。偶にだが親父さんと軍司さんは自分達の経営する風俗店を回る。

 勿論ただ酒やただ遊びの為ではなく、抜き打ち視察みたいなものだ。したがって経営者が何時来るか分からないと店長達は気を抜けない。

 そして今回は名古屋市内で有名な繁華街と言えば中区の錦と栄。

 

 そして親父さんの店は錦を中心に何店舗か有るが、その内の一つFLEUR FLEUR(フルール・フルール)だ。

 

 同室の御手洗に明日の仕込みの為に業者と会って来るからと伝えてマンションを出る。呼んでいたハイヤーに乗り込み夜の繁華街へと繰り出す。

 朝帰りになると一悶着有りそうな予感がするが、仕方無いよな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「いらっしゃいませ、榎本様。ご案内致します」

 

 店の入口にボーイが立っていて案内してくれる。顔を見て直ぐに分かるとは、話通りに写真付きで出回っているんだな。

 照明を落とし薄暗い店内を見渡せば、六人席のソファーセットが八組。カウンターに奥が個室ブースだろうか?

 客は既に6組程居て20人位の女の子が接客をしている。

 女の子の質は悪くないが所謂ギャル系は居ない、20歳以上30歳未満と言った落ち着いた女性が多い所かな……

 見た事が有る気がする子が居るのは、前に料亭羽生(りょうていはにゅう)に呼ばれた時に接待してくれた娘かな?

 

「おう、先生!こっちだ、こっちだ」

 

 最奥のソファーに親父さんが座り手を振っている。周りが僕に注目するのは仕方無いが、ヒソヒソと女の子に聞くのはどうかと思うぞ。

 

「親父さん、わざわざすみません。こんな時間に……」

 

 礼儀を重んじる人達だから、今回は下手に出ないと駄目だ。

 

「先生の手伝いは何でもするつもりだ。もう直ぐに小俣の奴も来るからよ。来たら奥に行こうぜ。

まぁ座って飲もうぜ。おぃ、先生はキンキンに冷えたビールだ!早く持って来い」

 

 僕が座ると左右に女の子が付いてくれる。

 

「どうぞ……」

 

 オシボリを渡されキンキンに冷えたグラスにスーパードライを注いでくれるのは……

 

「あれ?確か羽生で会ったかな?レナさんだっけ?」

 

 羽生で僕に付いてくれた女の子は二人、確かフレンドリー過ぎる梓ちゃんに外人なのに日本語で丁寧な対応をしてくれたのが彼女だ。

 

「はい、ご無沙汰してます」

 

「さぁ先生、乾杯だ!」

 

 冷酒を飲んでいた親父さんのグラスに軽く当てる。

 

「「乾杯」」

 

 最初の一杯は一気に飲む。炭酸のきいた冷たいビールの喉越しは最高だ!

 

「まぁ直ぐに仕事の話はアレだけどよ。どうなんだい、見通しは?」

 

 枝豆を食べながら親父さんが聞いてくる。小俣氏が来る前に、ある程度の情報は知りたいのだろう。

 

「そうですね。原因も大体掴んだし対処方法も考えてます。打合せ次第ですが、解決は問題無いでしょう。後は穴塞ぎに何日掛かるか次第ですね」

 

 僕を呼ぶ時は何時も大量の料理を用意してくれる。僕の前には急いで出前を頼んだだろう握り寿司が五人前程並んでいる。

 

「流石は先生だ。来て一週間も経たずに解決出来るたぁ凄いぜ。大分犠牲が出てるらしいじゃないか?」

 

 寿司を食べる場合、先ずはサッパリそれから鮪だ。鮃(ひらめ)のエンガワを一口……うん、美味い。

 

「ええ、そうみたいですね。岩泉氏も破格な報酬を用意するから、有象無象な連中から古参の実力者まで色々居ますよ。

今回は伊集院と亀宮との競り合いかな?まぁ伊集院は正面から挑み僕等は絡め手ですが……」

 

「あの……危ない事をされてるんですか?」

 

 客の会話に割り込む?親父さんの経営する女の子達は、無闇に内容の分からない会話には割り込まない筈だが?そう教育されてる筈だ。

 特に密会に使う様な店に居る娘なら、例え個室じゃなくとも……

 

「おい、仕事の話に割り込むんじゃねぇよ!」

 

 ほら、親父さんの機嫌が悪くなるじゃないか。

 

「まぁ物騒な会話だし気になったんですよ。レナさんだっけ、大丈夫だよ。特に問題無く解決出来るから、一般の人には危害は加えないから……」

 

「すまねぇな。先生に気ぃ使わせちまって。おい、五月(さつき)と変われ」

 

 レナさんを席から立たせ代わりの女の子を呼んだ。でも、彼女は単なる興味じゃなくて思い詰めた顔をしていたな。立ち去り際も縋るように僕を見詰めていたし……

 

「どうも始めまして、五月です」

 

 高そうな着物を纏った日本美人が立っていた。モロに親父さんの好みのタイプだな。

 

「先生、この店のママの五月だ。良かったら贔屓にしてくれや」

 

 あー魅鈴さんを更に色っぽくした感じの和風美女だな。絶対親父さんのコレ(愛人)だろう。

 迂闊な対応は親父さんの気分が悪くなるな。勿論ロリコンな僕に彼女への興味は1mmも無いのだが、無碍に扱っても駄目なんだよね。

 


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