榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第19話から第21話

第19話

 

 警備員がヤツに襲われた……幸いにして怪我も無く、多少の精神的なダメージを負っていたが、タフが売りな連中だ。

 2〜3日の休養で現場復帰出来るそうだ。しかし、警察沙汰になった為に現場は一時閉鎖されるだろう。

 問題は……長瀬さんは、責任をマンションオーナーに振った。タイミング的にも、それは良かった。

 先方の受け取り方次第では、揉めるだろう。

 一連の説明と今後の対応について、僕は桜岡さんと話し合わないと駄目?

 

「駄目でしょう!榎本さんも、ほらほら呑んでー」

 

 いやいやいや……ナレーションに突っ込み入れないで!

 

「いや、僕は手酌で……ビールに継ぎ足しは駄目だから」

 

 僕は本当はホッピー派なんですよ。横須賀はホッピー発祥の地。冬でも三冷が当たり前なんです!

 因みに三冷とは、ホッピー・焼酎・ジョッキの三つをキンキンに冷やしておく事。四冷は氷を足す事。

 焼酎の量を調整する事で、好きな濃さを楽しめる逸品だ!

 

「ほら!瓶を持つ手が重いわ……早くグラスを空けなさいな」

 

 それって、何処の体育会系なコンパだよ?笑顔を絶やさず上品に……しかしやる事はオッサンだぞ、この女は!

 

「いや、そろそろホッピーに変えようかなって……」

 

 ビールも好きだけど、横須賀で飲むならホッピーだ!

 

「ホッピー?何なんですか、それ?カクテルか何かかしら?」

 

 こんなサラリーマンが実用で呑む赤提灯に、カクテルなんかねーよ!大衆酒場だぞ、ここは。

 

「えっ?桜岡さん、知らないの?横須賀はホッピー発祥の地なんだよ。代用ビールとして生まれた……」

 

「知らないわ!それよりボトルいれて、ボトル。芋は臭いから麦の焼酎、何かないかしら?」

 

 折角説明しているのに、バッサリ切りやがったぞ!しかも飲み物のメニューを持って見てるんだし、ボトル無いの分かりますよね?

 

「いや、この店にはボトルキープなんてないから……

女将さーん!麦の焼酎、何かあるー?」

 

 カウンター内で忙しく動き回る女将さんに声を掛ける。正直、焼酎の銘柄は良く分からない。大抵はサワーで頼むから……

 

「今日は、ばっかいか白水が有るわよ。何で割る?」

 

 ばっかい?白水?有名なのかな?まぁ本人に選んで貰えば良いか……隣で上品にしめ鯖を食べている彼女に聞いてみる。

 

「桜岡さん。麦焼酎なら、ばっかいか白水だって!何で割るの?」

 

 可愛らしく首を傾げて「あら白水が有るの?じゃお湯割りを貰うわ」と、オヤジなチョイスを宣った!

 普通は女性ってカクテルとかサワーとかじゃない?

 初っ端から瓶ビール、次が焼酎のお湯割りって!見た目だけは上品で美人なのに、何か勿体無い感じが……

 

「女将さーん!白水をお湯割りでー!序でにホッピーの黒、三冷でお願いします」

 

 そうは言っても、この酒乱に付き合わないとならないのか……どうして、こうなった?誰か教えてくれ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 警察署で事情を聞かれてから、一旦事務所に戻る。長瀬社長や桜岡さんには留守電を入れてあるから、今日は連絡が取れる体制にしておこう。

 携帯電話は、常に出れる様にしておくか……事務所に戻り、今までの経緯を報告書に打ち込んで行く。

 後で長瀬社長に請求する時の添付資料だ!カタカタとパソコンで打ち込んで行く……

 今までの経緯を粗方打ち込み終わると、丁度昼飯の時間だ。

 デスクワークで凝り固まった体をラジオ体操第一で解していく。ゴキゴキ鳴る体は、年のせいじゃないよね?

 外食だと携帯電話はマナー違反だから、コンビニか出来合いの惣菜でもデパ地下で探そうかな?

 取り敢えず、財布と携帯電話を持ち上着を羽織って外に出る。エアコンの効いた室内から外に出ると、思わず寒さでゾクゾクっときた!

 

「うわっ!寒いなー、こりゃ雨が降れば雪になるかも……」

 

 お弁当にカップラーメンでも買ってこよう。ポケットに両手を突っ込み、前屈みで駅前商店街に向かった……

 寒さに負けて手近なコンビニでオニギリとカップラーメンを買い事務所に戻った。因みにオニギリはツナマヨと明太子だ!

 カップラーメンは、天麩羅ソバ。テレビを見ながらモソモソと食べる……

 今朝はバタバタして折角、結衣ちゃんがお弁当を作ってくれるのを早出だからと断ったんだ。

 残念だが、彼女を早起きさせて作らせる訳には、ね。流石に昨夜の件はニュースにもなってないな。

 新聞も確認したけど、横須賀版にも載ってなかった。それはそれで良かった。

 変に知られると、対処が面倒臭いからね。食後のお茶を飲んでいると、漸く桜岡さんから電話が有った……

 ああ、長瀬社長からは連絡が有った。特に社会的責任云々も無く、警察からも入院中の2人から薬物反応も出なかった為、無罪放免だそうだ。

 後はマンションオーナーさんとの協議だけか。

 そんな事を考えながら、桜岡さんからの電話に出る。

 

「もしもし、榎本です」

 

「こんにちは、榎本さん。今、電話大丈夫かしら?」

 

「ええ、今は事務所ですから大丈夫ですよ」

 

「すみません、電話頂いたのに連絡が遅れて……実はテレビ局で打合せ中だったんです」

 

 テレビ局?打合せ?結構早くからやるんだな……

 

「構いませんよ。桜岡さんには昨夜の連絡が行ってますか?」

 

「昨夜……ですか?いえ、あれから事務所の娘達と食事して今朝は電車で都内に行ってましたから」

 

 電車の中だからマナーモードか。彼女って一般常識とか、真面目さんなんだよね。きっと電車内で携帯電話は弄らないんだろう……

 

「そうですか……例のヤツだけど、動きが有ったんだ。警備の連中が襲われた。

怪我は無かったが、騒ぎを通報されて警察沙汰になってね。午前中は長瀬社長と共に、警察署で事情聴取だったんだよ」

 

「そっそんな事に?どうしようかしら……実はテレビ局からオファーが有って、榎本さんに相談と言うか助言を貰いたくて……

でも今の話も良く聞きたいわ。そうだ!榎本さんの事務所に行って良いかしら?」

 

「ウチに?何故に?」

 

「だって警察沙汰なお話を普通の喫茶店とかで話すのは良くないわよ。私の相談も、余り人には聞かれたくないの。

私のオフィスに来て貰うよりは、其方に伺った方が良くなくて?」

 

 んー別に来て貰っても問題は無いか……仮にも事務所だし、変な事をする気も無いし。

 

「そうだね。場所は名刺に書いて有るから分かるよね。何時位にこれるかな?」

 

 一応は片付いている部屋を見回しながら応える。時間が有るなら掃除した方が良いかな……

 

「今から向かいますから、3時には着くわ」

 

 二時間半後か……何とかなるかな。

 

「分かったよ。んじゃ3時に待ってる。その前に例の2人の見舞いに行ってくるよ。話せるならば、昨夜の件を聞いてみる」

 

 そう言って電話を切った……さて、お見舞いには何を持っていこうかな?

 怪我は無いようだし、簡単に食べれる物でも持っていくか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼らの入院している病院は警察署からも僕の事務所からも近い。まぁ横須賀市の中心地区だし大抵の施設は揃っているから。

 病院の受付でお見舞いの旨を申告し、名簿に記載してバッヂを貰う。

 病室はA棟のかな4階、403号室か……床に書かれた案内に従い病室に向かう。

 軽くノックをしてから中に入る。

 

「こんちは!元気してるか?」

 

 なるべく明るく声を掛ける。2人はベッドの上に……いやしねぇ。治療か?それとも診察か?

 

「あれ?榎本さん、どうしたんす?こんな所で?」

 

 声を掛けられ振り向けば、新聞やお菓子を持った2人が立っていた。

 

「見舞いだよ!てか、大人しく病室に居ろよな」

 

「昼間っから寝てばかりいられないって」

 

 全くだ、と笑い合ってから談話室に移動する。見舞いの品々をテーブルに並べる。ジュースにスナック菓子だ……ひとしきり食べてから昨夜の事を聞く。

 

「で、お前らでも気を失う事を聞かせてくれ。昨夜何があったんだ?」

 

 2人とも黙り込んだが、意を決したのか話し出した……

 

「昨夜、警備中に建物内に侵入したヤツが居た。FLASHの光が2階で見えたんっすよ」

 

「社長から話は聞いていたけどさ。行かない訳にゃならんから直ぐに建物に入った。3階には行くなって言われてたからな」

 

 そこで一旦話を止めて缶コーヒーを一気に飲んだ。

 

「3階には行かなかったんだな。じゃ何処で?」

 

「見たのは2階の一番手前の部屋だ。俺達は、1階から威嚇し調べながら2階に上った。侵入者は俺達の威嚇にビビったんだろう。

窓から飛び降りて逃げ出した。俺達は騒ぎながら逃げるヤツをその部屋から見ていたんだ。

2人組の侵入者を……そして気がつけば、ヤツが居た」

 

「後ろから気配を感じて、振り向いたらヤツが入り口に居たんだよ」

 

 2階の廊下だと?確かにヤツは3階の部屋から僕を追って来た。でも建物から逃げ出した時は、3階を徘徊していた。

 2階へ降りて来なかったのに、何がヤツを変えたんだ?

 

「どんな感じだった?」

 

「痩せこけた男だった。パジャマを着ていたな……見た瞬間に恐怖で体が固まったんだ」

 

「折角貰った塩を撒こうにも体が動かねえ。ヤツはゆっくりと近付いて、俺に触った。干からびてミイラみたいな腕だったぜ……」

 

「息づかいも感じられる近さだった……俺もアレが近付いてくるのに目が離せなかった。そしてアレに触られた後の記憶が無い。

恥ずかしいが悲鳴を上げたらしいな……だから誰かが救急車を呼んでくれたんだ」

 

 全く情けないぜ。荒事専門の俺達が幽霊にビビって気を失うなんてな。

 そう締めくくって、何とも言えない顔をした。かなり悔しいんだろう……いや、心霊現象を体験して悔しいって感覚が凄いんだが。

 このタフさが、スゲーよ。

 

「うん、有難う。良かったよ、元気そうで……」

 

 2人と別れたが怪我も無く精神的にも大丈夫そうで安心した。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ざっと事務所の片付けをする。一応は女性を迎え入れる訳ですから……

 掃除機をかけて机を拭いてゴミを出したら終わりだ。

 寒いけど窓を開けて空気を入れ替えた時にチャイムがなった!

 

「いらっしゃい!」

 

 事務所とは言え、マンションの一室なので普通の家の玄関と変わらない。扉を開けて彼女を中に招き入れる。

 

「お邪魔しますわ。あら、少し寒いかしら?」

 

 彼女は今日もお洒落さんだ……本気で結衣ちゃんのプレゼントを選んで欲しい。

 

「すいません、換気中でした……」

 

 応接室に通して換気していた窓を閉める。エアコンを強にしてからお茶の用意をする。

 

「では、先ずは僕の方から……」

 

 昨夜の件、長瀬社長との話・警察での話・見舞いの結果を順を追って話す。

 

「私に配慮してくれるのは嬉しいわ。でも、それじゃ榎本さんに迷惑ばかり……

そうだ!私がご馳走しますから、何処か飲みに行きませんか?」

 

 パンと両手を胸の前で合わせて、名案だわ!って感じですか……

 

「いや、そんな気を使わなくても……」

 

 結衣ちゃんとマイホームで夕飯食べたいんだよ!

 

「気になさらずに。相談事も有るから、丁度良いですわ」

 

 強引に推し進められて、仕方無く結衣ちゃんお勧めのフレンチレストランに連れて行こうと出掛けたが……途中で大衆酒場に行った事が無いから、連れて行って欲しいとせがまれた。

 ガチガチの労働者が行く店でなく、普通のOLや会社員が実用で飲みに行く店に連れて行ったけど……

 彼女が酒を呑むと、化けるのは聞いてなかったんだ。

 

 

第20話

 

 相談事を持ちかけられて……誘われるままに居酒屋で飲み始めた。

 見た目はお嬢様な桜岡さんは、中身はオヤジだったのは誤算だ。にこやかに絡むし、お酒を強引に勧めるし。

 しかも自身はお酒好きだけど弱いときてる……僅か5杯で出来上がってますよ?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 彼女の頼みで本当ならフレンチレストランに行く予定が、所謂居酒屋に来る事になった。

 見た目がお嬢様な彼女は浮くかと思ったが、すっかり馴染んでいやがる。何故だ?

 上品に焼き鳥を食べ、しめ鯖を摘む姿に違和感を感じないのは……内面がオヤジだからか?

 

「それで、相談事ってなんだい?」

 

 上品にマグロのやまかけを食べてる彼女に話し掛ける。不思議だ……妙に店にマッチしている。

 

「ん……初めて来たお店なのに馴染むわ」

 

「そう、来慣れている感じがするけど?」

 

 モツ煮込みを箸で器用に食べている……食べ過ぎじゃないかと思ったが、ファミレスでフードバトルをしたんだった。

 

「そのね……夏用の番組で心霊特集を組むの。それでね、私のコーナーを作ってくれるって。

桜岡霞の除霊コーナーね。そして対象は、八王子山中の廃屋よ。かなり前から噂の絶えない曰く付きらしいの。

私は其処に若い女性タレントを連れて行って戻ってくるだけ……もし怪異が有ったら対応するの。どうしたら良いのかしら?」

 

 良くある夏の心霊番組か……除霊の仕事じゃない見せ物番組だろう。しかし名前は売れる。

 

「それは、良く有る夏の特番だね。知らなかった、この時期から仕込むんだ……有名人にはなれる。

霊能力者としては微妙だけどさ……でも名前を売る事は大切だ。仕事の依頼は増えると思うよ」

 

 但しお茶の間霊能力者としての名前が……彼女が望む人助けからは、ちょっと距離が有るかな。

 

「榎本さんって見た目が脳筋なのに一般的な意見を返してくるわよね。不思議だわ……逆に、私がテレビに出るのってどう思うかしら?」

 

 まだ脳筋ネタから離れないのか!ちょっとイラッとしながら、丁度注文していたシシャモが来たので一本かじる。

 あっ私も!と言うので皿ごと彼女の方にズラす。

 マヨネーズと一味唐辛子を付けて上品に食べる。頭から丸かじりの僕とは大違いだな……

 

「君が言った人助けがしたいって言うのには、ちょっと遠いかな?テレビには視聴率が有るから、思った通りには除霊出来ない。

お茶の間霊能力者を本心から信頼して頼む依頼者が多いかな?勿論、テレビに出る霊能力者にも本物は居るから一概に同じとは言えない」

 

 立て続けにシシャモを食べる彼女から皿を奪う。チクショウ、五匹の内三匹も食べられた!

 

「そうなのよ。確かに売り出し中の私には、テレビに出るのは効果が有ると思ったの。

でも実情はヌレヌレだかスケスケだか変なあだ名を付けられたの。酷いと思いません?」

 

 ちゃんと考えているじゃないか!彼女が頼んだモツ煮込みを奪って摘みながら思う……

 多分、自分の中では正解は出てるんだ。それで後押しが欲しい。踏み出す一歩を……

 

「君は人助けをしたいと言った。心霊現象で悩んでいる人は、テレビのバラエティーに出てる人に心底縋ろうと思うかな?

特番の心霊番組の常連者も同じだと思うんだ。

ある程度は名前が売れたなら、後は実績を積んで行くのが遠い様で近道だと思うよ」

 

 箸を止めて、此方を真剣に見詰める桜岡さん。口の脇にシシャモの焦げたカスが付いてますよ……

 

「分かっていたわ。その通り、テレビの出演者に本気で縋ったりはしないわ。分かったのは最近よ。

貴方と仕事をして本物を知ったのよ。今のやり方では絶対に無理な事もね。

でもテレビのお仕事は好きだわ……だから年に何度かの特番は出たいと思うわ。でもちゃんとした物語にしたいの」

 

 話し終えて、どう?って顔のお嬢様の口元を指差す……

 

「……?バカっ、意地悪ね」

 

 ハンカチで口元を拭うと、ニッコリと笑った。

 

「それは良い事だと思うぞ。でも番組的にどうなんだ?地味な調査や逃亡の準備なんて番組にはならんでしょ?

テレビには派手な除霊や霊現象そのものが喜ばれる」

 

 僕のやり方に影響されたのは良いけど、そのまま実践されちゃ無理だろ。

 あの番組は、梓巫女・桜岡霞のヌレヌレで持っている様な物らしい。美人な巫女さんが活躍するから視聴率が稼げるんだよね?

 

「でも本物の霊現象の起こる現場に素人を連れて行く危険は理解したわ。私達本職が2人居た時も、警備員さんの時もヤツにやられたでしょ。

だから撮影の時に榎本さんが一緒なら心強いと思うの。お願い」

 

 可愛く拝む様に頼まれたが……「却下!」

 

「即答ね、脊髄反射なみに早かったわよ!」

 

 落ち着け……ホッピーを一気飲みする。

 

「桜岡さん、僕は目立つ事はしたくない。前にも言った筈だ!」

 

 ちょっとだけ語気を強くして話す!

 

「分かりましたわ。この話は此処までにしましょう。榎本さんってシャイなのね……

ムキムキなのにシャイ?ふふふ、変な人」

 

 そう言ってメニューを見始めた。まだ食べるつもりか?

 ならば張り合わねばなるまい……あんな細い腰の女に負ける訳にはいかない。

 手を上げて女将が近くに来るのを待って

 

「先ずは串焼きの盛り合わせだな。後はじゃがバター、それに小えびの唐揚げを……」

 

「やるわね。なら私は……」

 

 ファミレスに続き、第二次フードファイト勃発!僕の胃袋と財布はボロボロだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 流石に奢ってくれるって話だったが、支払いは僕がした。居酒屋で2人で18000円って結構な金額だ!

 まぁ楽しかったから良いし、彼女のお願いも断ったんだから僕が払うのは当然だろう。

 何より行き着けの居酒屋だ。

 

「榎本さんが、この間美人さんと一緒に来られまして奢って貰ってましたよ」とか言われたら、余り嬉しくない。

 

 見栄っ張りだとは思うのだが……オッサンがお嬢様にたかるみたいで嫌だ!

 そのお嬢様と言えば……

 

「榎本さん……ぎぼぢわるいわ……」

 

 絶賛悪酔い中です。居酒屋を出てから酔い醒ましを兼ねて、駅ビル内のプロントでお茶をしている。

 彼女は、机に突っ伏してダウン中……僕はホットコーヒーをチビチビ飲みながら、彼女が回復するのに付き合っている。

 回復したら適当なタクシーに放り込んで帰そう。

 それが、大人の対応だ!

 

 間違っても「少し休んで行こうか?エヘエヘ!」ではない。

 

 15分位だろうか……大分顔色が良くなってきた。

 

「桜岡さん、タクシー呼ぶけど自宅は何処らへん?」

 

 お冷やを飲んでいる彼女に聞く。余りに遠いならビジネスホテルに放り込もう。

 

「んー家は金沢区よ……」

 

 金沢区?近いな。此処からなら一万円で足りるか。

 

「立てる様になったらタクシー乗り場に行こうか……まだ休んでいて良いよ。この店は22時まで開いているからね」

 

 携帯電話で現在時刻を確認すれば、まだ20時半だ。居酒屋に2時間と少し居た計算か……

 

「ねぇ……やっぱり私の手伝いは嫌なのかしら?テレビに出なくても、相談には乗って欲しいの……

私の周りには、相談出来る本物の霊能力者なんて居ないし、お師匠様は亡くなってしまったし」

 

 随分と懐かれた物だ……確かに、この業界の連中は癖の有る奴ばっかりだ。

 こんなお嬢様は珍しいし、自分の力や除霊方法は隠すのが普通だからな。駆け出しの彼女にとって、業界の先輩の僕に頼りたいのは当たり前か……

 

「桜岡さん……僕は目立つ事はしたくないんだ。だから個人的な相談としてなら受けるけど、テレビの仕事絡みは駄目だよ」

 

 テレビ出演とかは危険だし、撮しませんとか言っても分かったもんじゃない。

 彼女はテーブルに伏せったまま「ふふふ……個人的な相談って。榎本さん優しいのね。それとも下心アリアリ?でもロリコンだから安心なのかしら」クスクス笑っているのを見ると大分回復したのかな?

 

「あのね、君が危なっかしいから心配なの。それに結衣ちゃんのプレゼントを見立てて欲しいんだ。オッサンの僕に若い娘のファッションは難しい」

 

 余り物を欲しがらず、お洒落に興味が無さそうな彼女を着飾らせてあげたい。年頃の女の子として、普通の幸せを感じて欲しいんだ。

 

「結衣ちゃん?ああ、中学生なんでしょ?榎本さんが囲っている。嫌ね、光源氏計画?」

 

 起き上がって、正面を見ながら結構キツい事を言われたよ。

 でも光源氏計画か……心惹かれるぜ!

 

「結衣ちゃんは……母親と母親が連れ込んだ男達に虐待されていた。まだ小学生の時にだ!

しかし母親が霊障で亡くなり、唯一の親族だった祖母も亡くした……彼女の一族は、獣憑きの血筋なんだ。

普通の孤児院では対処が出来ないし、獣憑きなんて信じやしないだろ。だから僕が、里親になったんだ……」

 

 それにあれだけのロリっ娘が不幸になるのを分かってて、変態と言う名の紳士たる僕が黙ってろ?

 無理無理、そんな事出来る訳が無い!一応、下心を隠して真摯な表情で教えた。

 変に勘ぐられて、行政にチクられたら同棲生活の破綻だ!

 

「……そうなんだ。榎本さんって凄いのね。見直したわ。分かりましたわ。結衣ちゃんを連れ出してお洒落させるのね?

確かに年頃の女の子だから、父親代わりがムキムキの脳筋じゃ相談事も出来ないわね……」

 

 フムフムと頷いている……騙せたみたいだな。でも何気に酷いぞ。いい加減、脳筋から離れろ!

 確かに男親には話せない相談事か……あっアレか?

 昔、小学生の時に女子だけ別の教室で何やら教えられていた。確かに僕じゃ子作りは教えられても、それは難しい。

 

「そうだね……今度、結衣ちゃんと会って欲しいんだ。大人しく引っ込み思案だから、少しお洒落と言うか……その辺の相談に乗ってあげてくれる?」

 

「分かりましたわ!お姉さんが教えてあげるわ。任せて下さいな」

 

 笑顔で承諾してくれた。彼女は基本的に善人だし、本物のお嬢様!結衣ちゃんの為に頑張ってくれる筈だ……

 それに桜岡さんは高飛車でケバいかと思ったけど、実際は印象が全然違う。

 彼女なら結衣ちゃんを任せても大丈夫。僕の未来の花嫁を任せたよ。

 思わずニヤニヤしてしまう……

 

「榎本さん、何かしら?気持ち悪いわ。そのニヤニヤは……結衣ちゃんの前で、その笑いをしたら嫌われるわよ。

とってもイヤラシイから!」

 

 おっと、結衣ちゃんとの新婚生活を妄想してしまったか……

 

「えっと……結衣ちゃんと桜岡さんの買い物シーンを考えたら、美人姉妹だなーって。

HAHAHAHA!兎に角宜しく頼むよ」

 

 ヤバい、言葉使いが変になってないか?

 

「ふーん……美人姉妹ね。結衣ちゃんて、どんな娘なのかしら?」

 

 僕は携帯電話の画像フォルダーから、彼女の制服姿の一枚を見せる。これは去年、夏服に変わった時に撮らせて貰った僕の宝物だ!

 

「あら、随分と大人しそうだけど可愛い娘ね。なる程、榎本さんが親バカになるのも分かるわ」

 

 そうです!親バカです!もし結衣ちゃんが彼氏を連れて来たら、速攻で笑いながら呪殺する位に……

 

「榎本さん、怖い顔をしているわ。でも呪殺は駄目ですからね!」

 

 真剣な表情で、桜岡さんにダメ出しされました!

 

 アレ?だだ漏れだったかな?

 

 

第21話

 

 タクシーに乗り家に帰る途中で、先程までの事を考える……まだ会ってから一週間も経ってないに、随分と彼に甘え過ぎだわ。

 夜の街を後部座席の窓から見ながら考える。

 ネオンが綺麗……海岸通りの134号線を横浜方面に向かっている。

 右に見えるのは横須賀米軍基地……その先はダイエーね。

 トンネルを抜ければ田浦、その先は追浜……自宅はその先。15分もすれば到着するだろう。

 運転手には134号線から脇道に入る時に指示をすれば良い。座席に深く座り、深く息を吐く……飲み過ぎたかしら?

 何時もは自制して3杯以上は呑まないのに。お酒は好きだけど弱いのは、十分理解していた。

 以前にテレビの打ち上げで酔わされて、ホテルに連れ込まれそうになった事が有ってから、異性と外で呑む時は警戒していたのに……

 

「それだけ、安心して甘えているのかしら?」

 

 確かに業界の先輩であり、霊能力も本物。体も鍛え抜かれている。頼りになるのは確かね。

 交渉に長けて、契約とか料金とかに細かい人。女性に優しく何だかんだ言って支払いもスマートに払ってくれる……

 そして話していて楽しい人。大食いな私に張り合える、やはり沢山食べる人。料理の取り合いなんて初めての経験だったわ。

 家族とだって、そんな事はしなかったのにナチュラルに私が手を付けた料理を食べるし……やだ、考え出したら顔が熱いわ。

 

「不思議な人……私をイヤラシイ目で見ない。何故?僧侶だから?それとも私って魅力が無いのかしら……」

 

 独身なのに善意から子供を引き取れる程の人だもの……邪な目で私を見ていないのね。

 

 アレ?でも確か……初めて会った日に、あの警備員と私を押し付け合った時に……「僕だって仕事と割り切っているけどさ。ロリじゃないから無理!」とか言っていたわよね?

 

 聞き間違いよね?榎本さんを信じて大丈夫よね?結衣ちゃんって、本当に安全なのかしら……幸い明日は土曜日だし、早めに結衣ちゃんに会って真偽を確かめないと!

 まさか本当に光源氏計画を実行していたら……

 

「結衣ちゃんの為にも、榎本さんのナニをモギ取らないといけないわ……」

 

「お客さん……怖い台詞が駄々漏れだけど、彼氏の浮気の制裁に息子をモギるのはやり過ぎだぜ!アンタの子供も作れなくなるんだぜ」

 

 はぁ?私と榎本さんとの子供?

 

「なっななななな……」

 

「あんた美人なんだから、浮気って本当かい?彼氏と良く話し合った方が良いんじゃないかな。案外、勘違いとか多いぜ」

 

 ギャハハハ!ちゃんと首輪してガッチリ捕まえておけよ!とか言いやがったぞ、この運転手!

 

 首輪?犬、かしら?犬ね、それ良いかも……確かに番犬には、うってつけな人材ですわね。

 

「そうね。首輪……良いですわ。クスクスクス」

 

 桜岡霞に、不思議な性癖が開花したかも知れない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「長瀬君、君の所に任せているのに今回の不祥事は何故かな?」

 

「いや、曰わく有りとは聞いていたが実害が有るとは聞いていませんでしたよ」

 

「だからと言って、警察沙汰は御免だ!私も呼ばれたんだぞ。建物の持ち主としての責任を問われた。

君の所の従業員の保証もだ。労災は利かないそうだよ……心霊現象では無理だろうな。

だから、此方で面倒をみよう。それと忌々しいが、あのマンションも曰わく付きとして広まってしまった……

霊能力者も此方で手配するぞ。もう君には任せられん!」

 

「では、警備の契約は明日の昼勤務で終了とさせて頂きます。そちらの霊能力者は何時からですか?」

 

「……明日の夜になろう。まぁ君が手配した連中よりは確かだよ。生霊?ふん、どうだかな」

 

「では請求は今日付にて送らせて頂きます。なに、こちらの霊能力者の支払いは請求しませんよ。彼らにも手を引かせますので……」

 

 相手から無言で切られた。全く、榎本君が難しいと言ったんだぞ。

 どの程度の連中が対処するか楽しみだな。まぁ義理で請けた仕事だ。

 喧嘩別れでも構わんか……榎本君の請求も、報告書込みで20万円位か。

 桜岡君には悪かったが、まぁ彼に説得させれば良いだろう……この件は、これで終わりだ。

 仕事用のデスクに座っていたが、体が凝って固くなってしまったな……椅子から立ち上がり、社長室の隅に設えた応接セットに首を回しながら歩いて行く。

 ゴキゴキなるのは年齢のせいだろうか?ソファーに深く座り目頭を揉む……

 

 そうだ!

 

 坂崎君に撤収の準備をさせなければ。それと榎本君にも連絡だな。桜岡君は……榎本君経由で押し付けよう。

 ああ、最近妻と娘と過ごす時間が無かったか……明日は週末だし、前からお願いされていたディズニーランドに連れて行くか。

 時計を見れば、既に21時を少し回っている。全く面倒事は今日中にすますとするか。

 胸ポケットに入れてある携帯電話を取り出し、榎本君の番号を検索する。

 ヤレヤレだな。数回のコールの後に榎本君に繋がった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 桜岡さんをタクシーに放り込み、自分は電車で自宅に帰える。時刻は20時30分……タクシーで帰るには勿体無いからね。

 横須賀中央駅のホームで、電車を街ながらボーっと週末の予定を考える。土日のどちらかで結衣ちゃんと鎌倉に遊びに行こう。

 久し振りに彼女と2人きりでお出掛けだ!長瀬さんの方も1日や2日では進展しないだろう……

 多分だが、揉めると思う。警察沙汰になったし。

 マンションオーナーも、頭を抱えてるだろうな。労災申請しても状況が状況だからな。

 ただ、あの2人は頑丈だから数日の休業補償と医療費だけだから……実費負担は20万円程度かな?

 丁度、快速特急が来たので乗り込む。平日だからか、結構な乗客が居るな。結構な酔客の数だ……

 まぁ週末だし、10分位だから立っていても良いか。車窓から外を見れば、遠く千葉県の内房の辺りが見える……

 木更津辺りの工場の煙突群が見える。横須賀から千葉は、結構近いんだ。

 東京湾フェリーで50分位で、久里浜から浜金谷迄行けるからね……つらつらと考え事をしていたら、駅に付いた。

 コンビニで結衣ちゃんへのお土産を買って行こう。何が良いかな?

 女の子だから、スィーツ!結衣ちゃんも甘党だから、ケーキかプリンか……

 結局コンビニで、コーヒーゼリーを2つ買った。夜遅かった為か、品揃えが良くなかったのだ……

 

 そう言えば、最近は桜岡さんとばかり外食してたな。ファミレス・喫茶店・居酒屋……このラインナップは倦怠期のカップルか?

 まぁお仕事だから仕方無いよね。結衣ちゃんとお買い物に行って貰う時には、誤解の無い様にしないと。

「桜岡さんって榎本さんと付き合ってるの?」とか言われたら悶死しそうだよ。

 確かに美人で話してて面白いんだけど、年喰ってるからなー!おっと、携帯が……

 電車に乗る為にバイブモードにしていたので、ポケット内でブルブルと。

 

「もしもし、榎本です」

 

「ああ、榎本君。夜分にすまないね、長瀬です」

 

 時刻は9時過ぎ……長瀬社長からって、何か進展したのか?

 

「大丈夫ですよ。丁度、家に帰る途中ですから……何か進展したんですか?」

 

「例のマンションの件だけど……ウチは手を引く事になったよ。明日で終わりにする」

 

 手を引く?やはり警察で責任は建物の所有者に押し付けたのがマズかったかな……

 

「そうですか……残念ですが、仕方無いですね。では私の請求は昨日迄の分を報告書と共に送りますが、宜しいですか?」

 

 調査だけだが、まぁ仕方無いか……「箱」も乗り気じゃなかったし。

 

「勿論構わないよ。それと……桜岡君には、君から説明してくれ。仕事を依頼しようにも、先方から断られたからな。仕方無いが、次に何か有れば頼むからと」

 

 えっ?僕は桜岡さんのマネージャーじゃ無いっすよ!

 

「ちょ、それは……」

 

「頼むよ。君から持ち掛けた話しだろ?彼女の件は……そうそう!明日の夜から、先方の霊能力者が対応するそうだ。じゃ頼むよ!」

 

 そう言って、一方的に電話を切られた。

 おいおい……彼女は、あの件に介入する気が満々だぞ!

 しかし、マンションオーナーから断られ、他の霊能力者が派遣されるなら……未解決にはならないから、何とか説得出来るかな?

 

「明日電話すれば良いかな……夜に女性に電話するのも何だし」

 

 それに、今夜は結衣ちゃん成分を補給しなきゃならないからね!丁度、自宅に付いたので玄関の鍵を開けて「ただいま!」と言って中に入る。

 

「お帰りなさい、正明さん」

 

 直ぐに応えてくれたのは、居間に居た為か……コンビニ袋を渡しながら「はい、お土産。今から食べる?明日にするかい?」と言うと

 

「何ですか?あっコーヒーゼリーですね。じゃお茶淹れますね」そう言ってキッチンに行った。

 

 確かにコーヒーゼリーを食べながら、コーヒーや紅茶は飲まないかな?それとも日本茶好きな結衣ちゃんだからか?

 僕は着替える為に、自室へと向かった。

 結衣ちゃんの、物を食べる口元が好きなんだよね。

 エヘエヘ……桜岡さんは上品に食べるけど、結衣ちゃんは少しずつ口に運ぶ食べ方なんだよ。

 性格的な物かも知れないけど、控え目な感じが大和撫子なんだよなー。

 部屋着に着替えてから居間に戻る。丁度、結衣ちゃんが湯呑みをコタツに置いた所だ。

 寒い時期にはコタツが良いよね。うっかり足と足が触れ合ったりもするし……

 

 いや事故ですよ、故意じゃないから!向かい合って座り「「いただきます」」と言って食べ始める。

 

 結衣ちゃんは、スプーンで少しずつ崩して食べ始めた……うんうん、良いですぞ!

 

「……?正明さん、何か私の顔に付いてますか?」

 

 ヤバい、ガン見してたのがバレたか?

 

「いや、美味しそうに食べるなって……そうだ!結衣ちゃんは、梓巫女の桜岡霞さんって知ってる?

長瀬綜合警備保障の長瀬社長から紹介されてね。今、仕事を一緒にしてるんだ」

 

 彼女は少し驚いた顔をして「あの心霊番組で良く見るお姉さんですよね?少しエッチな……」と言って、顔を少し赤くした。

 

 やはりヌレヌレだかスケスケだかで有名なんだ!テレビの仕事は、辞めさせた方が良いかも。

 特に女性の尊厳的な意味で……

 

「本人は至って真面目なお嬢様だよ。あれはテレビ的な演出で、本人も嫌がってた……」

 

「そうなんですか……分かりました。それで、桜岡さんがどうかしたんですか?」

 

 流石は結衣ちゃん!物分かりが良いな……

 

「いや、結衣ちゃんの話しをしたら一度会いたいって事になってね。嫌じゃなければ、会ってみるかい?

彼女はかなりお洒落さんだから、結衣ちゃんのコーディネートを頼もうかと思ってさ!」

 

「わっ私のコーディネートですか?恥ずかしいですし、これ以上正明さんに迷惑は……」

 

 やっぱり遠慮するか……もう少しワガママを言って欲しいんだけどな。

 コーヒーゼリーを食べ終わり、日本茶を啜ってから結衣ちゃんの説得に掛かるかな……

 結衣ちゃんには、人並み以上の幸せになって欲しいからね。

 

 


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