榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第169話から第171話

第169話

 

 予想をしていたのに、防げない事故だった。厳杖率いる熊野密教集団は事実上の壊滅。

 厳杖さんは全身を噛まれたり引っ掻かれたりと満身創痍だが、命に別状はない。

 だが四人の配下の連中の内、二名は喉仏と頸動脈をそれぞれ噛まれて重体。

 残りの二人も出血多量で安静にしなければ駄目だろう。山荘には医療スタッフも居て応急手当の後に、此方の車で県外の病院に搬送されて行った。

 噛み傷や引っ掻き傷は気を付けないと破傷風は狂犬病の心配も有る。医者には野犬に襲われたとなるだろう。

 死者が出なかったのが、不幸中の幸いだな。一人残った厳杖さんの手当を待つ間に暖炉擬きに結界を施す事にして、一人で書斎に向かう。

 亀宮さんは恐慌状態の山荘従業員の所に鎮静剤代わりに居てもらう。

 

 亀ちゃんが具現化してるだけで、安心感が大分違うからね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 従業員の殆どが大広間に集まっているので凄く静かだ……先ずは書斎の様子を写真に撮る。

 今は解らなくても後から見付けられる事も有るからね。

 デジカメで床・壁・天井・倒れた本棚・壊れた執務机を何枚もアップで撮り、最後に全景を何枚か撮る。

 最近のデジカメは5ギガのメモリーカードで300枚以上撮れるから便利だ。

 

 しかし……餓鬼の体液以外にも床が広範囲で濡れているんだ。

 

 だから歩くのにも苦労する。幾ら防水性も有るコンバットブーツとはいえ、後で洗って消毒しないと駄目だな。

 しかし何故だ、何故水浸しなんだ?厳杖さんな密教系だから聖水とかは使わない筈だよな?

 試しに絨毯に靴の先を押し付けると、ジワリと水分が滲んでくる。

 

 しかも、何故か嫌な感じがする……考え込んでいても仕方ないので、早速結界を張るべく暖炉に近付くと。

 

「紐だ、紐が穴の底に延びている。しかも二本も」

 

 細くて黒い紐だから気が付かなかったが、暖炉擬きの底に紐が延びている。手に取って引っ張ると、何やら手応えが有る。

 クルクルと巻き上げるとビデオカメラが釣れた、いや吊れた。厳杖さん達も暖炉擬きが怪しいと思ったのか。

 二点吊りにすればクルクル回らずにある程度は映す方向を操作出来るが……間隔が狭くて長いと難しいだろうな。

 

 それに、これは赤外線でも暗視でもない家庭用の普通のハンディカメラだ。ライトを点灯して撮るタイプだから、暗闇が好きな奴等を刺激したのかな?

 ハンディカメラも体液やら泥やらで汚れているので、直に触りたくないな。皮手袋をした上でタオルで汚れを拭き取る。

 拭き取りながら調べたが、やはりライト部分は壊されていた。

 レンズも割られているが、吊り上げた時点では録画中を知らせる赤いライトは付いていたので何が記録されてるかを見れるだろう。

 

『正明、蛇憑きの小娘達が此方に向かってくるぞ』

 

『何だって?だが今部屋を離れるのは怪しまれるな。

結界を施す為に来ているし、何より途中で鉢合わせたら大変だ。それに胡蝶の索敵能力は秘密にしたい』

 

『む、ならば喰らおうか?なに、三匹程度なら何とかなるやも知れぬぞ』

 

 何となくだが、胡蝶の言葉にはからかい気味な感じが……

 

『はいはい、胡蝶さんの贄は七郎と人形寺の人形達でしょ?今は我慢して下さい』

 

『何だか軽くあしらわれてないか?全く、己の責も真っ当せずに我を軽く扱いおって。もう近くに来ておるぞ』

 

 胡蝶さんにお礼を言ってから、接近を察知していた事を誤魔化す為にビデオカメラを拭く作業を続ける。

 扉を開ける音で察知出来ないのは脱出し易い様に扉を開けっ放しにした事が仇となったか?

 

「おや、面白い物を見付けたじゃないか?是非、私達にも見せて欲しいな」

 

 ちょっとビックリした様に見上げると、セーラー服美少女が此方を見ていた。

 後ろには相変わらずフードを被った犬と熊が立っているが、此方をバリバリに警戒してるな……

 

「厳杖さんが、そこの暖炉擬きの底の様子を撮影したみたいなんですよ。

但し赤外線カメラでも暗視カメラでもない普通の家庭用ハンディカメラですから、ライトが……明かりを嫌う奴等を刺激しましたかね?」

 

 黙っていても厳杖さんからバレるし、証拠を独占したと思われるのも不味い。これは厳杖さんの手柄であり、この騒動の原因なのだから……

 

「何だ、黙って隠すかと思えば……正直に言うのだな。書斎を最初に独占して調べた割には、ねぇ?」

 

 ネチネチって蛇特有だっけ?カメラを操作すると、どうやら再生可能だな。

 再生ボタンを押して搭載の小型液晶画面を見る。

 

「ほら、再生可能だ。やはり厳杖さんは暖炉擬きを調べてたんだな」

 

 液晶画面を蛇憑き少女に向ける。

 

「貴方、人の話を聞いてるのか?まぁ良いけど……もう少し低くしないと見辛いわ」

 

 確かに180㎝の僕と150㎝位の彼女とでは目線が違うな。屈む様にしてハンディカメラを低くし、見易い高さにする。

 

「ふむ、それで良いぞ。貴方は本当に変わってるな。高校生だが一応私は伊集院の当主なのだぞ。亀憑きは様付けで敬うのに、全く……」

 

 文句を言われたぞ!思わず彼女を見れば意外な程に近い位置に顔が有り、爬虫類独特の瞳孔が見えた。

 

 金色の瞳に水平に横長な瞳孔……胡蝶は蛇と言ったが、彼女の瞳は瞳孔が横長だ。

 

 これはヘビの仲間では大変に珍しく、調べた限りではムチヘビ種でオオアオムチヘビが該当する。

 この東アジア最大種のヘビは体型はムチヘビあるいは英名の「Vine Snake(つる(蔓)あるいはつた(蔦)ヘビ)」からもわかるように非常に細長く、頭部は三角形に尖っている。

 また爬虫類では珍しく眼球が前方に向いており、瞳孔も横長だ。 

 これは獲物との距離感をとりやすくなるような工夫であり哺乳類などの肉食動物の特徴なのだが、伊集院の当主だけに捕食系なのだろう。

 当然だが毒を持つヘビだから、彼女も毒持ちと思って間違いは無い。彼氏か旦那になる奴は大変だぞ、なんたってディープなキスは命懸けだ。

 甘噛みだって場合によっては毒を注入される心配が有る。

 勿論、ヤマカガシを代表とする後牙類であり上顎の後方に牙が直立していて獲物を飲み込む時に毒を注入する。

 コブラみたいな前牙類や管牙類よりはマシだが致死性の毒には変わらない。

 

 因みに本物のオオアオムチヘビは最大でも体長2m程度。肉食でカエルや小鳥を主に食べ、樹上での生活を好む。

 この仲間のビルマムチヘビは魚食性を持つ大変珍しいヘビなんだが、これは余計なトリビアか?

 樹上から長い体を生かしてユラユラと揺れる姿は、マニアから「変態ヘビ」の名前で大変に珍重されている。

 性格は気難しく神経質であり、また寄生虫感染や皮膚病になりやすい手の掛かるヘビさんだ。

 元種の性格や性質が憑依先に反映するかは疑問だが、彼女は何となくだが当て嵌まる様なきがする……

 

「なに?私の顔を見詰めても何も出ないわよ」

 

 素で嫌な顔をされた。

 

「いや、金色の瞳に横長の瞳孔も綺麗だなって。君はオオアオムチヘビを宿してるのかい?」

 

 アレ?目を見開いて睨まれたぞ。独特な瞳孔がスウッと細くなったのは、餌を見付けた捕食者の目だ。

 

「なっ?貴様!何故私の宿す力が分かるんだ!一族の者にだって詳細は教えてないんだぞ!それを……」

 

 ヤバい、地雷を踏んだか?全く僕って奴は、さっき無闇に胡蝶の索敵情報を話さないって決めたのに……

 うっかり属性なんてモンじゃないぞ。熊と犬が彼女を中心に広がった。これは返答次第じゃ襲われるのか?

 

『そうだ!喰らうぞ!』

 

『違います。人間は言葉でコミュニケーションを取れるんです。喰らうのは襲われるとか最後の手段です』

 

 胡蝶の突っ込みにに脳内で返事をし、蛇少女への回答を考えるという離れ技を何とかこなす。

 一応ヘビについて調べていたので、その内容を思い出す。

 

「いや、蛇が憑いてるのは何となく分かるんだ。だが君の、その金色の瞳は瞳孔が横長だ。これは蛇の仲間では珍しいんだよ。

ムチヘビの仲間が有名なんだ。だからカマを掛けたと言うか、試しに聞いてみたんだ。因みにそっちの大男は熊だろ?

僕も躾の行き届いたクマさんって言われてるから、何となく分かる。そっちの痩せてる彼は……分からないや」

 

 嘘をつく時は、嘘と真実をミックスするとバレ難いそうだ。蛇少女も考え込んで……

 

「キシャー!」

 

 再生していたハンディカメラから、けたたましい音が響く。

 

「なっ?アレ……真っ暗だ……」

 

 慌てて巻き戻し再生をする。

 

「…………追求は後でゆっくりするわ。確かに私はヘビで渋谷はヒグマ、国分寺はイヌよ」

 

 画面を見詰めながらボソッと大事な秘密を教えてくれた。名字が妙に偽名っぽいんだけどね。

 渋谷も国分寺も駅名だ。これで国立とか居たら……

 

※いや、これは昔の魔法少女アニメを知らないとネタ元が分からないかな?

 

 だが今は画面を見る時だ。写された画面は、段々と穴の中に降りている様子が分かる。

 剥き出しの岩肌が間近で映っている。どうやら自然に出来た縦穴っぽいな。

 暫くして底に着いたと言うか、ハンディカメラが地面に接触して仮面が揺れた。

 そして明かりに照らされた世界は……

 

「地底湖、いや洞窟に水が溜まるのは結構有る。それに全景が分からない狭い範囲だから水溜まりかも知れない」

 

 厳杖さんが下に到着したのが分かったのか、紐を操作してカメラを回し始めた。周囲の様子を撮る為かな。

 ちょうどカメラが一周した時、最初の水溜まりから餓鬼が飛び出してカメラに噛み付いた。

 画面が乱れてからライトが消えたのか真っ暗になる。だが音声は拾えるので、バシャバシャとした水音と餓鬼の唸り声は聞こえる。

 複数聞こえるが、少なくても四体以上は居そうだ。

 

「一瞬だが、餓鬼が水面から飛び上がったよね?深いのかな……だが水棲の餓鬼なんて聞いた事がない。奴等は何なんだ?」

 

「河童の類じゃない?問題の山林には僅かだが湧き水を湛えた池が有る。水に関係するなら怪しくないか?」

 

 画面を巻き戻しカメラに飛び交ってくる餓鬼をコマ送りで確認する。

 

「ほら、飛び掛かって来る餓鬼の手を見てくれ。掴み掛かる様に広げているが、指の間に水掻きが無いぞ。果たして本当に水棲生物か?」

 

 泳ぐ事を前提にするなら水掻きが無いと変じゃないかな?だが一時停止画面に映る手には汚い爪は有れども水掻きは見えない。

 

「うーん、確かに水に適合しない生き物を水棲生物と呼んで良いのかな?」

 

 ウンウンと二人で考える。だが謎は解けない、当たり前だけど。興味津々な彼女にカメラを渡す。

 

「何で渡すの?」

 

「いや、興味津々みたいだし。これから暖炉擬きに結界張るから、僕は本来その為に来たから」

 

 僕に興味を無くしたのか、一人で操作して画面を見始めた。暫くは放っておいても平気そうかな?暖炉擬きに近付き、周辺を調べる。

 

「合った!ボルトナットが……全部で八本か。これが全部かな?」

 

 格子には左右に上下二カ所ずつアングルが付いていて、各々に二カ所ずつ穴が有る。

 そして暖炉擬き周辺には凹型の穴が、ボルトのメス穴が開いている。格子をセットしてボルトを仮止めしてから、工具が無い事に気が付く。

 

「あれ?スパナかラジェット無いかな?ボルトを締め付ける工具なんだけど、その辺に無いかな?」

 

 此方を伺っていた熊と犬に聞くが、熊は首を振るだけで探す気配が無い。犬は床に這いつくばって何かクンクンしてるが、工具を探してくれてはいない。

 犬君、この部屋は汚いから這いつくばるなよ。餓鬼の体液とかビシャビシャだぞ。

 厳杖さんがボルトを外したなら、周辺に工具が落ちてる筈なんだけど……キョロキョロと周りを見るが、それらしき物は無いな。

 

「仕方が無い。警備室で工具を借りて来ますね」

 

 伊集院一行に声を掛けてから書斎をあとにした。

 

 

第170話

 

 伊集院の当主の憑いているヘビの種類をピンポイントで当ててしまったのは不味かったのか……凄く警戒された。

 だけどヘビって分かってて瞳孔が横長なら、種類は限られるだろ?特定するのは難しくないのだけど。

 だが、あの警戒感から言って彼女の隠し玉はムチヘビ特有のモノかも知れない。

 知らない能力と対峙するのは、計り知れないほど先方が有利だからな。

 厳杖さんのハンディカメラを餌に何とか書斎を抜け出し、警備室に工具を取りに行く。

 

 出来る事なら戻った時に居ない様に……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 無人の廊下を警備室まで歩く。リノリウムの床がコンバットブーツで踏み締める為かカツカツと音を出す。

 しんと静まり返った廊下を歩くと胡蝶さんの狂った様な笑い声が頭に響く。ヤバい壊れたか?

 思わず歩みを止めてしまう。

 

『馬鹿者が!我が壊れる訳かなかろう。喜ばしい事に加茂宮の七郎が、この先に居る。ふらふらしながら移動してるから、直ぐに見えるぞ』

 

『なっ?この騒ぎで出て来たのか?他の二人は近くに居るのか?』

 

 周辺を確認しながら胡蝶に聞く。ふらふらとは何かを探しているのか?うっかり人気の無い廊下で三人と鉢合わせは嫌だから……

 

『いや…………残りの贄は部屋に居るな。伊集院の三人も書斎から動いてない。正明、チャンスだ。ヤルぞ!』

 

 胡蝶の本気モードさが伝わってくる。因縁有る相手と有利な状況で対峙出来るんだ。テンションも上がるわな。

 

『分かった。このまま進めば良いんだな。だが突き当たりを曲がれば警備室だ。

監視カメラの範囲だから、他にバレる。此処で待って奴が近付くのを待とう』

 

 七郎は僕を嫌っている。ならば人気の無い廊下で僕を見付けたら……その対応によって、どうするか決めよう。

 襲ってくるなら返り討ちにするまでだ。

 

『来るぞ……三……二……一……見えたぞ』

 

 曲がり角から此方に歩いて来る奴を見付けた。奴も僕を見付けたな、ニヤニヤしながら近付いてくる……その距離15m。

 

「よう、一人かよ?」

 

「ああ、この先の警備室に用事が有ってね」

 

 その場に立ち止まり相手が近付いてくるのを待つ……その距離10m。

 

「そりゃ好都合だ。その前に俺の用事を済ませられる」

 

「いや、急いでるから後にしないか?」

 

 妙に右足を引きずりながら歩いてくるが、妙な感じだ……その距離5m。

 

「なに、直ぐだぜ。俺と梢の為に死んでくれ、よぅ!」

 

 引きずっていた右足を振りかぶっているが、奴は右足に力を宿しているのか?

 

「いただきます!」

 

 七郎が多分だが宿した力を振るう前に全裸の胡蝶さんが飛びかかった。てか、今僕の腹から飛び出したよね?

 左手に宿ってなかったですか、胡蝶さん?

 

「なっ?裸の子供だと?嬉しいが……ちょ、おい、なんだ……うわっ?」

 

 僕の腹から飛び出した胡蝶さんが、容赦なく七郎を取り込んで行く。抱き付いてから液状化し包み込んでしまった。

 スライムの捕食スタイルだが、普段は頭から丸かじりなのに珍しいな。

 

「なぁ胡蝶?何故何時もの丸かじりじゃないんだ?」

 

 スライムスタイルから器用に上半身を人型に形成したな。

 

「こやつに取り憑く力は強い。じっくりと溶かしながら吸収せねばならぬのだ。

我とて腹を壊しかねぬ相手なのだぞ。だが美味だ、途轍もなくな……」

 

 恍惚とした表情を浮かべる胡蝶さんの腹の中で、溶解されている七郎。

 正直グロテスクな光景が目の前で展開されているが、周囲を警戒する事で視線を逸らす……成仏してくれよな。

 殺そうとした相手に返り討ちにあったんだから、自業自得だぞ。

 しかし加茂宮の崇めるナニかは、九人で胡蝶と同等かそれ以上。

 だが単独で挑んだ七郎が彼女に勝てる筈が無い。

 何となくだが、加茂宮の連中は体の一部分に力を宿してるのかな?

 目の前で18禁の光景が展開されているが、其方は見ずに周りを警戒する。もう殆ど骨格標本状態だな……

 このまま直進すれば監視カメラに七郎が角から曲がった後に僕が出て来る事になる。

 

 それは疑われる。

 

 迂回して反対側から行くか?いや駐車場に停めてある車の工具箱を取りに行った方が良いか。

 駐車場なら出口にしか監視カメラは無いから、書斎から移動したと言っても疑われない。

 時間的には掛かるが、証言出来るのは伊集院の連中だけ。だけど彼等だって移動時間を正確に計ってはいない。

 幸いだがスペアキーは持っているからな。

 

「胡蝶、予定を変更して駐車場に行くよ。このまま進めば監視カメラに写るから厄介だ」

 

 既に七郎は綺麗サッパリ完食されていた、何て言うか……かませ犬感バリバリの奴だったな。

 胡蝶は液状化から幼女姿に戻り、病的な迄に白いお腹をさすりながら満足気な表情だ。少しだが瞳の金色が鮮やかになった気がする。

 

「うむ、満足だ。最初は亀宮の元に行くなど何事かと思ったが、良い贄と多く出会えるなら我慢しようぞ。

ん?正明、急いで移動するぞ!残りの二人が部屋から出て真っ直ぐ此方に向かってくる」

 

 何だって?

 

「もしかしたら奴等は霊的な繋がりが有るやもしれぬ。突然反応が消えたので慌てたのだろう。急いで離れるぞ」

 

 言われるままに廊下から駐車場へと走り出す。一応周りを確認しながらだが、何とか目撃者も無く扉の前に着いた。

 深呼吸をして息を整えてから扉を開けて外へ出る。車のキーをクルクルと手で回して弄び、平常心を演出する。

 駐車場に避難している連中が駆け寄って来るが、餓鬼は始末し終わり後は暖炉を塞ぐだけだと言って安心させる。

 亀宮さん達は集団の影に居る為か、僕には気付いていない。リモコンで車の鍵を解除し、トランクルームから工具箱を引っ張り出す。

 中を開ければ直ぐにスパナを見付けた。

 

「ヨシ、これで格子を固定出来るぞ」

 

 息も大分整ったのでスパナを片手に山荘へと歩いていく。

 

『胡蝶、奴等どの辺に居るのかな?』

 

『そうだな…………伊集院の連中は未だ書斎だな。加茂宮の残りは、警備室に向かってるぞ』

 

 警備室か……監視カメラを調べるのかな?だが僕は監視カメラには駐車場の出入り口にしか写ってない。

 書斎には伊集院の一行も居るしアリバイは十分だ。

 あんな一方的な蹂躙とは思わないだろうし、無傷な僕が仮にも御三家当主の一人を短期間で倒せたとも考えないだろう。

 山荘に入り普通に歩いて書斎に戻る。未だ居るのは分かっていたが、敢えて驚く。

 

「アレ?未だ居たんですか?」

 

「ああ、貴方の仕事振りを見たくてね」

 

 何だろう、犬君の具合が悪そうなんだけど……

 

「国分寺君だっけ?具合が悪そうだけど平気か?何かふらふらしてるぞ」

 

 あんな体液だらけの絨毯に這いつくばってたんだ。

 

「……平気だ、問題無い」

 

 意外に渋い声だが、もしかしたら年上かな?

 

「あのな……餓鬼の体液まみれで何を言ってるんだ?あの餓鬼だが回復力が異常だったぞ。

そんな連中の体液なんて毒以外に有り得んし。僕の知る餓鬼は肉体を腐らせる奴も居た。素直に着替えて体を洗えよ」

 

 不衛生な事は間違い無いんだ。早く洗い落とせって。

 

「国分寺の事は問題無いわ。毒については私には分かるから。確かに体液は不浄だけど人体に害する毒素はない。

国分寺もあらゆる毒の臭いが分かる、教えたから。彼が臭いを嗅いだのは、覚えて追跡するから。

山林の中でも彼は風に乗っている臭いが分かる。だから、この洞窟らしき住処も分かる」

 

 具合の悪いのは臭いにあてられたのかな?なる程と納得してから格子を暖炉擬きに嵌め込み、ボルトナットで固定していく。

 奴等は格子を壊す程の力は無かったんだな。八本全てを固定し念の為に四方に御札を貼る。

 水を使うかも知れないからジプロックに入れてガムテープで貼り付けた。

 

「御札をジプロックに入れてガムテープ留めだと?有り難みが無いと思う」

 

 隣で屈み込んで見ているヘビ少女だが、配下の犬君を心配しろって。やっぱり具合が悪そうだぞ。

 

「耐水性ならジプロックが一番だよ。ガムテープは現場では万能だ。

何でも貼り付けられるし、纏めて捩れば紐にもなる。拘束だって強固に出来るんだよ」

 

 この手の強力な力を持つ連中は、基本的に能力頼りだからね。物を使う事は少ない。逆に非力な僕は道具を活用しないと駄目なんだ。

 

「まぁそうだね。能力に頼りがちな私達には耳が痛いな。

なにせ変化すると手が使えない場合も多い。霊長類位だぞ、変化後に道具を使えるのは」

 

「結衣ちゃんは狐憑きだけど完全変化は無理だぞ。耳と尻尾、手足がモフモフになって鋭い爪や牙が現れる。

あと身体強化ね。君達は違うみたいだね」

 

 リアル狐っ娘は大変愛らしいが、完全ヘビとかクマとかはどうなんだ?この際だから獣憑きについて情報を聞き出したい。

 

「ふーん、そうなんだ?血が薄いのね、細波一族の中でも……あの子の母親は失踪中なんでしょ?

私達の仲間に細波の本家筋の連中が居るのよ。彼女を引き取りたいって言ったらどうするの?或いは母親を見付けたら?」

 

 このヘビ少女……正確に僕の弱点を突いてくるな。

 流石は御三家の一角、女子高生とは言え伊集院一族の頂点か。だが交渉事はイマイチ甘いよ。

 それは実際に母親を抑えてからとか、その血縁者を用意しなきゃ駄目だ。

 居ますよ位じゃブラフにしかならないし、実際に会う前に対処も処分出来るんだよ。

 

「伊集院阿弧(いじゅういんあこ)様。それは脅しと受け止めて宜しいか?

例え失踪中の母親を見付ても育児放棄や素行の悪さにより親権取得は難しい。

ならば騒がれる前に養女にしてしまえば良いだけだし、裁判所に駆け込んでも構わない。親戚?だから?

彼女が困ってる時に手を差し伸べない連中に何が出来るのかな?法的にはどう責められても此方に穴は無いのです」

 

 敵意も殺意も込めずに淡々と説明する。

 実際に母親は胡蝶の腹の中だし、結衣ちゃんの祖母の遺品から調べた親族には怪しい点は無かった。

 同種の狐憑きを宛てがっても遺伝子調査をすればよい。さて何親等の連中が現れるか楽しみだな。

 

「つまらないわね。少しは動揺しなさいよ。全て想定済みみたいな回答なんて……って国分寺?どうしたの、何で倒れるの?」

 

 脅しについては大して本気じゃなかったのか。だが犬君が倒れて苦しみだしたぞ。腕や膝を掻き毟ってるが、どうした?

 

「国分寺、しっかりして!国分寺、どうしたの?」

 

「阿狐様、手足が……手足が猛烈に痛痒いのです」

 

 手足?クマ君が彼の袖を捲ると、犬君の皮膚は爛れて……いや、黒ずみと言うか象皮病みたいに変質してるぞ。

 

「馬鹿な!毒素は無かったし、コレは毒じゃないわ」

 

 ヘビ少女の動揺が凄い。彼女達も仲間を大切に思ってるんだな。しかし、毒じゃないとすると呪詛か?試しに残りの御札を犬君の腕に押し付けてみる。

 

「あっ?」

 

 皮膚の黒ずみが薄くなってきた。残り三枚の御札も犬君の手足に貼ってみる。やはり効果は覿面だ、覿面だが……

 

「呪詛だね。だけど何を介在して呪いを掛けてるんだ?」

 

「ありがとう、でも……この後はどうしたら?あっ御札が……」

 

 御札が呪詛に耐えられないのか、少しずつ黒ずんできたな。僕程度が作った御札じゃ、この辺が限界か?

 

『胡蝶さん、この呪詛って何だろう?』

 

『正明、犬の腕に触ってみてくれ。我もこの呪詛は初めてだが、正明にも僅かながら干渉し始めている。奴で調べてみようぞ』

 

 僕も干渉し始めているの?慌てて犬君に左手で触る。ピリピリとした感触が掌に伝わる。

 

『厄介だな、これは……水だ、水を介して肉体変化をおこしている。だが、この力は……正明、直ぐにこの部屋から出るぞ!此処は危険だ』

 

 部屋が危険?ベシャベシャな水が原因か?

 

「おい、直ぐにこの部屋からでるぞ。水だ、水を介して呪詛が送り込まれてる!」

 

 犬君を担いで書斎から飛び出す。慌てて後を付いて来るヘビ少女とクマ君。全員が出たのを確認して扉を閉める。

 

「奴等は矢張り水に関係した連中なんだ。この呪詛は僕程度の御札では持ち堪えられない。早く濡れた服を脱がして洗浄するぞ!」

 

 胡蝶の話だと僕にも影響し始めているらしい。急がねば……

 

 

 

第171話

 

 トンでもなく厄介な事を引き起こした厳杖さんを恨みたいぞ。彼が招いた餓鬼が浸かっていた水は、呪詛を呼び込むんだ。

 水じゃ臭いもないし毒素も無いだろう。毒蛇少女の阿狐ちゃんでも分からないなんて注意が必要だ!

 いや注意しても難しい、水なんて何処にでも有るし疑心暗鬼になって何も飲めないとか困る。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 取り敢えず書斎から飛び出して扉を閉める。この部屋は閉鎖だ。出来れば山荘を焼き尽くしたい位だよ。

 犬君の症状は良くないので、濡れた服だけ脱がして廊下に寝かせる。オッサンが下着姿で廊下に寝転ぶのも、何か変態チックで嫌だが仕方ない。

 胡蝶頼みで左手で患部を触るが象の皮膚みたいに固く、そして黒ずんできた。まるで節くれだった樹木の表面を触ってるみたいだな。堅くてイボイボだ。

 

『胡蝶、どうなんだ?』

 

『うむ、この呪詛は肉体を変化させている。相当に強い呪詛だから返すのは我でも無理だ。

我と同化している正明なら不可能では無いが、この犬は体の一部分を犠牲にせねば助からぬ』

 

 胡蝶でも完治が無理ってどんな呪いだよ!

 

『体の一部分を犠牲にとは?』

 

『腕か足の片方に呪詛を集めて切り離す。さすれば残りは無事だろうな。この浸蝕速度では余り時間が無いぞ』

 

 腕か足か……獣化が能力の連中だから体の欠損は死活問題だろうが、命には代えられないよな。

 

「国分寺、良く聞けよ。僕じゃ完治は無理だ。この呪詛は肉体を蝕み続ける。

助かる方法は腕か足の片方に呪詛を集めて切り離すしかない。他に方法が有るなら暫くは持たせられるが、そんなに持たない。

驚異的な速度で浸蝕する呪詛を抑える術がないんだ。伊集院さん、君達の伝手(つて)で心霊治療の出来る奴は居ないのか?」

 

 多少のアレンジを加えて話す。実際に胡蝶頼みだが、他に治療の伝手が有るなら任せた方が良い。

 

「そんな……何とかならないの?お願い、叔父様を助けて……」

 

 叔父様だと?犬と蛇が血縁関係なの?不意打ちな懇願に意表を突かれるが、もう保ちそうにないかも的な表情をする。

 

「もう、抑えが……」

 

「左だ、左腕を犠牲にしてくれ。頼む……」

 

 胡蝶さん左腕だって。そう念じると、何故が僕の腕が勝手に動き(胡蝶は僕の体の主導権を奪えると後で聞いた)左腕を掴む様にする。

 見る見るうちに左腕が異形の形となる。これは餓鬼の奴等と同じ感じだが……完全に変化した腕がボロリと付け根から外れた。

 断面は肉が盛り上がり傷自体は無い、見た目にはだが……

 

「凄い、あの呪詛を何とか出来るなんて……」

 

「腕が取れても痛くないとは驚いたな」

 

 切り離された腕は暫く動いていたが、段々と動きが弱くなり最後は黒い塵となり消えていった。消え方は普通の餓鬼と同じだな。

 

「榎本さん、有難う御座いました。御礼は必ずします」

 

 ヘビ少女に深々と頭を下げられた。しかも口調が丁寧になってるし!これにはビックリだ!

 彼女にとって犬君は、いや国分寺さんは大切な人だったんだな。頭を下げたままの彼女の誠意が伝わる。

 因みにクマ君も頭を下げている。此方もビックリだ!

 

「いや構わない。此方こそ腕一本犠牲にしてしまったしね」

 

 体が資本の因果な商売だから、腕一本は大変なリスクだ。

 

「それと、もう一つお願いが有ります。厚かましいお願いですが、今回の件は他の方々には秘密にして欲しいのです」

 

「それは……嗚呼、そうだよね」

 

 仮にも御三家の一角で有る伊集院の当主の血縁者が、他の御三家の配下に助けられたじゃ問題だ。

 貸し借りやプライド、御三家の中でも新参者の伊集院一族では特にね。もし御隠居が知ったら、色々と仕掛けられるだろう……

 他勢力に付け込まれる原因を作った国分寺さんも、伊集院一族の中での立場が悪くなるだろうし。

 伊集院一族は跳ねっ返りの多い連中と聞くからな。粛清とかやられちゃ堪らないよね。だが僕は亀宮さんの派閥の一員だ。

 メリットとデメリットを天秤に掛ける。そんな様子を否定と感じたのか、ヘビ少女が泣きそうになって……

 

 いや目元に涙が浮かんでるし!

 

 駄目だ、ロリコンとして好みの範疇の少女を泣かせる事は出来ない。例えヘビ少女だとしても、敵対する御三家の当主だとしても……

 頭を振って気持ちを切り替える。

 

「国分寺さんの治療の件は秘密にします。代わりに僕が治癒能力を持っているのも秘密にして下さい。

切り札ですし治癒能力なんて物が使えるのが知れ渡っても困りますしね。僕は基本的には自分しか治せないんです。

他人の治療にはリスクが高いから、ホイホイと頼まれるのも困るんだ。後は水の呪いの件は皆さんに話しますよ。

危険なのですから、黙っている訳にはいかない。呪詛を確認して書斎を封印した事にしましょう。

事件解決後には、この山荘は焼却しないと駄目かも知れませんね」

 

 僕の話を聞いて、パアッと明るくなるヘビ少女。年相応な笑顔は確かに可愛いが、瞳孔が横に全開なのが少し怖い。これが捕食者の笑み?

 

「それで良いです。本当に有難う御座います、国分寺は一旦戻します。

呪詛と分かれば専門家とメンバーを入れ替えると言えば疑われないですし。

幾らフードを被っていても手が無いのは何れバレますから。それで、御礼は何を望みますか?

命を救われたのです。金銭でも呪術具でも何でも良いですよ。

言って下さい。勿論、我々の方に来て頂けるなら好待遇を約束します」

 

 金銭や物品のやり取りが発生した時点で、僕は亀宮さんを裏切る事になる。それは困る、困り過ぎるんです。

 

「御礼を貰った時点で僕は亀宮さんを裏切る事になるんだ。だから要らない。この事は最初から無かったんだ。

僕は国分寺さんの事を内緒に、君達は僕の治癒能力を内緒に。それだけだよ。

じゃ皆さんの所に行って説明するから、一緒に来てよ。僕だけより伊集院の当主も同席してくれれば、他の連中も納得するよね」

 

 反発する亀宮と伊集院が揃って言うんだ。何よりも説得力が有る。

 

「それでは榎本さんに何のメリットも無いじゃないですか!私の気持ちが……」

 

「僕は損得でやった訳じゃない。君達が亀宮さんと敵対しないだけで十分だよ。さぁ避難している連中の所へ行こう」

 

 本当の事は言えない。胡蝶が呪詛を祓う為の実験台にしたなんて。だから気にしなくても良いのだが、それを言えば関係は悪化するだけだ。

 暫く立ち止まり考え込んでいたが、何か吹っ切れた様な表情になったな。

 

「分かりました。では今回は借りておきます。何か仕事でお困りの場合は言って下さい。

私自らお手伝いに伺います。単純な戦力としてなら私も中々なんですよ。専門は毒ですけどね。はい、これ名刺です」

 

 可愛い財布から名刺を取り出して渡された。

 伊集院阿狐と名前が有り、事務所の住所に外線とFAX番号、それと携帯電話の番号にメールアドレスまで書いてある。

 普通の名刺だ……

 

「ああ、正式な挨拶が遅れまして……はい、僕の名刺です」

 

 社会人としてのマナーで名刺を交換する。名刺を受け取りニパッと笑う彼女の笑顔は大変綺麗ですが、犬歯が牙になってます。

 しかも穴が、穴が前面にも開いてるんですよ。アレは毒を注入するだけでなく、吹き出したり飛ばしたり出来そうだな。

 そう言えばヤマカガシって、食べたヒキガエルの毒を体内に溜めて外敵の目に向けて飛ばせたっけ。

 

 出血毒?神経毒?どちらが使えるんだ?

 

「いえ、御三家の当主を使うなんて無理です。それと言葉使いを戻して下さい。我々の間に何かあったと邪推されますよ」

 

 一寸前迄はからかう様な言葉使いだったのに、いきなり敬語になられたら大変だ。

 特に亀宮さんが拗ねて理由をしつこく聞くだろうし……先ずは避難させてる連中を安心させないと駄目だよな。

 そう言えば警備の連中に手伝いを頼んだのに、誰も来ないって職務怠慢じゃないのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 前を歩く亀宮の当主が探し出した在野の霊能力者を見る。凄い筋肉だが渋谷達の獣化した時の方が力は強いだろう。

 所詮は人間の限界は超えられない。一応調べはしたが、良く分からないのが正直な感想だった。

 安全・確実・安価な仕事振りは、過去の経歴が嘘の様な堅実派だ。経験を積み大人になって丸くなったと思ったが、やはりそうだったんだ。

 叔父様を救ってくれるとは正直思わなかった。所属する亀宮の印象を悪くしてまで助ける意味は無いのだから。

 

「御礼を貰った時点で僕は亀宮さんを裏切る事になるんだ、か……」

 

 何故、亀宮の当主に其処まで入れ込めるのだろう?他に恋人が居るのに。

 何故、あれだけの事が出来るのに人の下で良いのだろう?もっと重用されて然るべきだろう。

 

 ウチに来てくれれば……

 

「何だい?何か言ったかい?」

 

「いや、何でもない」

 

 御三家当主に対しても気さくだし、私が怖くはないのかな?私はヘビ、人間から見れば不快生物のヘビ。

 ヘビ少女とかヘビ女とか大抵はホラー漫画や映画で気持ち悪く扱われる悪役なのに。彼は私に憑いているヘビを正確に当てた。

 ヘビに詳しいなんて、ヘビが好きなのかな?

 確かに稀に爬虫類好きな人は居るから、可能性は有るのだろう。私の事を普通の娘として見てくれるかな?

 

「おい、お前!七郎に何をした?ああ?何をしたんだよ?」

 

 考え込んでいたら、いきなり怒鳴られた。見れば加茂宮の五郎だったか?榎本さんに掴み掛かろうなんて、礼儀知らずめ!

 

「はぁ?七郎ですか?知りませんよ、彼の事なんて!何を言い掛かりを……」

 

「嘘を言うな!お前以外に誰が居るんだ?」

 

 加茂宮も代替わりして質が落ちたな。会話も通じない馬鹿が当主の一人など笑えない。私の恩人に無礼を働くのも許せない。

 だが、余り榎本さんに対して親切に振舞う事が出来ない。

 

「加茂宮の五郎だっけ?ソイツは私達とさっきまで書斎に居たぞ。餓鬼の現れた暖炉の塞ぎと結界張りをしていた。

私達はソイツの仕事振りを見ていただけだがね。だから加茂宮の七郎に何も出来ないと思うぞ」

 

 恩人をソイツ呼ばわりするのは辛い。だが今は仕方無いし後で詫びれば良い。私が話し掛けた為に五郎の動きが止まる。

 榎本さんは掴まれていた襟から、奴の手をやんわりと外した。私なら振り払うな、榎本さんは気を使い過ぎだろうに。

 

「全く言い掛かりですよ。何時です、七郎さんに何かしたって?

僕は30分位は伊集院さん御一行と書斎にいましたよ。途中で工具を取りに駐車場へ行きましたが五分位ですし……」

 

「本当だぞ。別に亀宮の者の肩を持つ訳じゃないが、工具を取って戻った時も特別に変わりはなかったが……七郎がどうかしたのか?」

 

 あの馬鹿でも加茂宮の七番目だし、一戦交えたにしては榎本さんは普通だった。息も乱れてないし当然だが怪我も無い。

 

「だが……いや、しかし……」

 

「居なくなったんですか?街に遊びに行ったとかじゃなくて、僕が何かしたって疑う理由は?確かに初見から敵意剥き出しでしたが、だから僕が何かしたと?」

 

 榎本さん、大した度胸だわ。加茂宮の当主相手に、あれだけ強気に出れるなんて!つまり無実だから自信が有るのね。

 

「加茂宮も墜ちたな。弟が居なくなったから大騒ぎとはな。無様だよ、五郎」

 

 榎本さんから意識を移す為にも悪口を言う。私と渋谷だけだが、幾ら加茂宮でもニ対一なら負けはしない。

 

「何だと?新参者の獣風情が、歴史有る我等を愚弄するのか!」

 

「嗚呼、そうだよ。ニ対一で勝てると思うのかい?」

 

 榎本さんを巻き込んでは駄目だが、奴は今此処で倒す!どの道、加茂宮とは敵対するのだから。倒せる時に倒しておこう。

 

 それが伊集院の当主たる私の仕事だから……

 


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