榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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リクエスト作品(晶ちゃん編)前編・中篇・後編

リクエスト(晶ちゃん編)前編

 

 桜の季節も終わり、梅雨の気配を感じる季節。

 前回は花見で訪れた横須賀市内を通る京急電鉄の北久里浜駅で彼女と待ち合わせをし、駅前に有る喫茶店「コロラド」に入った。

 店の再奥のソファー席に陣取り、各々好きな物をオーダーする。僕はアイスカフェモカ、結衣ちゃんはクリームソーダ。

 そして晶ちゃんはブレンドだ。流石はハンサムガール!男らしいオーダーだ。

 

 僕は見習わないが、多分運ばれると僕と晶ちゃんの頼んだ物は逆に置かれる筈だ。

 筋肉ムキムキがアイスカフェモカとか似合わないらしい。僕はパフェとかも平気で頼めるのだが、世間一般の常識では違うらしい。

 

「聞いてよ、榎本さん。あの時のチャラ男達なんだけど、大学の講義中に集団食中毒をおこしたらしいんだよ」

 

 うん、知ってるよ。平日の午後1時30分に呪いを送ったからね。

 

「そろそろ食べ物が腐りやすい時期だからね。何か悪いモノでも食べたのかな?

質(たち)の悪い連中だから、晶ちゃんも余り付き合っちゃ駄目だよ」

 

 何食わぬ顔で応える。昼食後に発病の疑いが掛かる時間にわざわざ合わせたからね。何も食べずに下痢じゃ怪しまれるし。

 

「付き合ってなんかないよ!友達の恵美子が教えてくれたんだ。その……彼等が大学も辞めてしまったって。

確かに恥ずかしいよね、大の大人が、その……おっお漏らしなんて……」

 

 成功だ、彼女の友人との接点も潰れた。後はさり気なく今後も付き合うなと言えば良い。

 

「確かにそうたね。その話題には触れずにそっとしてあげないと駄目だよ。知ってる人には会いたくないだろうし、距離を置いてあげなよ」

 

 本当に心配してそうな表情と声色。ああ、僕も随分と悪に染まってるな。

 

「うん、そうだね。そうするよ、元々付き合いなんて無いから会わないであげた方が幸せなんだね」

 

 そうだね、と相槌を打ってこの話を終わりにする。真っ赤になって俯く姿は大変に女性らしい。

 彼女は八王子の割烹旅館「岱明館」の跡取り娘だ。チャラ男とは彼女が良くない霊に取り憑かれる原因を作った奴等。

 勿論、僕が八つ当たり八割と罰二割で軽い呪いを掛けたんだ。

 こんなに優しい彼女を夜中に連れ回し、あまつさえ事故現場でふざける様な奴等だ。

 

 下痢で済んで幸せと思え!

 

 左隣に座る結衣ちゃんに膝を突かれた。ん?と振り向くと良い笑顔で僕を見上げている。

 ああ、僕の仕業だとバレたかな?常々、僕は彼女を不幸にする奴は下痢地獄にしてやると言ってるからな。

 

「お待たせしました……」

 

 ウェイトレスさんがオーダー品をテーブルに並べていくが、やはり僕の前にブレンドを置いた。

 彼女が立ち去った後で、晶ちゃんの前に置かれたアイスカフェモカと交換する。

 砂糖もミルクも入れずに飲む晶ちゃんは、中々に男前だなぁ……

 

「榎本さん、夏休みにウチに泊まりに来ない?結衣ちゃんを両親に紹介したいし、父さんも会いたがってたよ。

夏用の新作料理を考案したから食べて欲しいって」

 

 晶ちゃんの両親には大変良くして貰ったが、父親は兎も角母親には警戒されてる感じなんだ。愛娘に付いた悪い虫位に思ってそうだな。

 

「それは嬉しいね。親父さんの料理は凄く美味しかったから、新作料理も楽しみだよ。結衣ちゃんも良いよね?」

 

 クリームソーダのアイスをスプーンで掬って美味しそうに食べている彼女に確認する。お泊まり旅行だが、当然部屋は別になるだろう。

 

「お邪魔じゃなければ一緒に行きたいです!勿論、私と正明さんだけですよね?」

 

 ああ、笑顔だがゴールデンウィークの時の事を警戒してるな。つまり小笠原母娘は呼ばないよねって確認だ。

 一緒に出掛けた時の事は思い出したくもない。ストレスで胃に穴が開くか過労で倒れるか、極限の状態だったからね。

 

「勿論だよ、二人でお邪魔しよう。確か八王子には花火大会が有った筈だから、その日にしようかな。

晶ちゃん、八王子の花火大会って何時だっけ?」

 

 八王子市内を横断する河原で、1500発程度の中規模な花火大会が有った筈だ。僕の質問に対して手帳を捲り調べる晶ちゃん……

 

「えっと、8月10日の日曜日だね。実はウチからも見えるんだよ。

前日には最寄りの神社でお祭りも有るんだ。連泊する事をお薦めするよ」

 

 商売上手だな、土日連泊か……悪くはないだろう。

 

「じゃ二泊でお願いするよ。二部屋お願い……」

 

「お部屋は気を遣わずに一部屋で構いません」

 

 結衣ちゃんに言葉を被せられた。一応対外的に同室は不味いと思うのだが、結衣ちゃんも晶ちゃんも慌てる様子もない。

 結局二間の続き部屋の有る所を予約させて貰った。

 その後はガールズトークに花が咲いて少々居辛かったが、汐入駅まで出て軍港クルーズを楽しんで晶ちゃんは帰っていった。

 幾ら休みとは言え、お客さんが泊まっていると夕食の配膳は手伝うそうだ。家族経営って大変だよね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 季節は変わり夏真っ盛り!

 

 世間は震災の影響で節電ブームの為か、何処へ行ってもエアコンの設定温度が高い。

 28℃って暖房じゃないんだし、せめて26℃位じゃないか?筋肉と言う熱い鎧を纏う身には辛い季節だ。

 同時に心霊シーズンでも有るので、割と忙しい。長瀬さんと山崎さんからの依頼に加え、最近派閥の一員にさせて貰った亀宮さんからも、色々と仕事が回ってくる。

 まぁ亀宮さんからの仕事は半分遊びだ、当世最強の亀ちゃん&胡蝶さん揃い踏みで苦戦する方が難しい。

 どちらかと言えば、彼女のお相手が主だろう。嬉しいのだが、昔みたいに気楽でも無くなった。

 なので必然的に結衣ちゃんと過ごす時間も減り、今回の旅行で挽回する予定だ。

 

「正明さん、荷物積み終わりましたよ。早く出掛けましょう!」

 

 愛車キューブに自分の荷物を積み込んだ結衣ちゃんが急かす。まるで誰かにバレない様に急いで出掛けたいみたいな?

 今日の結衣ちゃんはTシャツにサマーセーター、それにフレアスカートだ。足元は編み上げのサンダルみたいなのを履いている。

 少し露出が多そうな気がするから、悪い虫が寄って来ない様に注意するか……

 

「そうだね、そろそろ出掛けようか。行きに晶ちゃん家にお土産を買って行こう。

横須賀中央のテナントショップに寄って、カレーサブレでも買おうか?」

 

 出来れば地元のお土産の方が良いだろう。何処でも買える様なお土産だと受け取り辛いだろうからね。

 地元の特産品ですと渡した方が良い、勿論余り高くない物が良い。

 

「カレーチップスか柔らかイカカレーフライの方が美味しいですよ。カレーサブレって極物(きわもの)っぽくないですか?」

 

 確かにカレー風味の甘いサブレは駄目かな?

 

「じゃカレーチップスにしようか?無難だけど美味しいよね?」

 

 あっさりと意見を翻す。ネタ土産は激辛カレーラムネでも買って行こう。

 キツ目の炭酸が効いた激辛飲料はかなりハイスペックだが、インパクトはデカい。

 そして後で結衣ちゃんに叱られて三本全て飲む羽目になるのはご愛嬌。それと横須賀銘菓「カリントウ饅頭」も二箱買った。

 これは大砲の弾を模した丸いカリントウの中に餡が入った、外はカリカリ中はシットリの和菓子だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 横須賀市から八王子市に行くのには幾つかルートが有るが、高速道路を乗り継ぐのが早いだろう。

 国道16号と環状線2号と4号を乗り継ぎ町田街道を通る案も有るが、今の時間帯なら相模原市内も空いていると思う。

 横浜横須賀道路に横須賀インターから乗り、狩場インターで一旦国道16号に降りて八王子市内に向かう事にする。

 高速道路を順調に制限速度内で走る。80㎞で走る車から見る景色は中々に良い。

 夏真っ盛りで青々と茂る山々を見て、ガラスが閉まってるにも関わらず聞こえて来そうな蝉時雨の中を走る。

 隣には美少女を乗せて……僕は今、充実している!

 

「正明さん、晶さんのご両親ってどんな方なんですか?」

 

 車はUVガラスだが、意外と日焼けをする。だから結衣ちゃんは膝掛けを渡して冷房は低めに設定している。

 

「ご両親か……父親は職人気質な感じかな。母親は心配性だね。

僕の事を年の離れた彼氏みたいに勘違いして随分と警戒されたよ。

まぁ男装して旅館を手伝っていた男嫌いの晶ちゃんを女性として扱ったからかな?」

 

 ウチの娘は男慣れしてないからって警告もされたしね。ロリコンの僕は絶対に安全パイなんだけど……

 

「正明さん、思わせ振りな態度はお互い良くないです。ちゃんとハッキリ言わないと分からない人が居るんですよ。

小笠原さん達みたいに……晶さんはちゃんと正明さんの事を年の離れた友人だと言ってましたよ」

 

「ははははは……そうだね。今後はちゃんとします」

 

 可愛い嫉妬と独占欲だと思うが、結衣ちゃんもハッキリ言う様になったね。

 自己主張してくれるのは単純に嬉しいと思う。昔の周りの顔色を伺う大人しい娘じゃなくなったのは良い事だ。

 

「国道16号に降りたら渋滞だね。相模原を抜ける迄は駄目かな……」

 

 先を走る車のブレーキランプが目立ってきたから、直に渋滞に巻き込まれるな。やはり土曜日の昼間は混んだか……

 

「久し振りの二人だけのドライブですよ。渋滞だって楽しいです。そうだ、何か音楽を聞きましょうか?」

 

 結衣ちゃんがダッシュボードを漁ってCDを選んでいる。最近買ったアーティストは、ガガ様とサカナクションと何だったっけ?

 暫く悩んだ後に結衣ちゃんが選んだCDは「レッド」だ。若手カントリー歌手のテイラー・スウィフトのニューアルバムだったっけ。

 恋愛の歌が多いが失恋の歌も多い、結衣ちゃん的には共感する事が有るそうだ。

 

 彼女が失恋したなんて聞いてないが、もし仮に結衣ちゃんを振った奴が居たら……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 予定より1時間以上遅れて岱明館に到着した。近くに来た辺りで結衣ちゃんか晶ちゃんに電話したので、建物の前で待っていてくれた。

 何故かご両親と三人で並んで玄関前に立って居るので、恐縮してしまう。直ぐに車を降りて挨拶をする。

 

「ご無沙汰しております。今日から二晩お世話になります。これ、お土産です」

 

「初めまして、結衣です。宜しくお願いします」

 

 僕の隣に並び、チョコンと頭を下げる。大分人見知りも減って初対面の人にも普通に接する事が出来る様になった。

 優しい目線を結衣ちゃんに向ける。

 

「あらあら、榎本さんは随分と子煩悩なんですね。晶がこんなだから女の子らしい娘さんが羨ましいわ」

 

 ん?ああ、そっか。女将さんは僕が子持ちだと思ってたっけ?

 

「まぁ立ち話もなんですから、上がって貰おう。温泉は直ぐに入れますよ。

夕食は6時ですから、一風呂浴びて先に神社に行ってみてはどうですか?露店も多く出てますよ」

 

 親父さんの言葉に甘えて部屋の方に案内して貰う。丁度汗をかいていたので、一風呂浴びてエアコンの効いた部屋で休みたいな……

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 最寄りの神社とは諏訪神社だった。諏訪湖の鎮守、諏訪大社の系列で全国に有る。

 勿論、僕等の家の近所にも有る。夕方5時過ぎだが、日は未だ沈んでなくムシムシと暑い。

 案内してくれた晶ちゃんと結衣ちゃんは岱明館で用意してくれた浴衣を着ている。

 二人共蝶をあしらったデザインだが、晶ちゃんが青色で結衣ちゃんが桃色をベースにしている。

 浴衣姿の美少女を連れ歩く僕はリア充だろう。因みに僕自身は持参の紺色の甚平を着ている。

 先ずは御神体に御参りをする為に、参道に続く長い列に並ぶ。

 

「凄い列だね……こじんまりしてるのに、参拝客が多いな。15分位待つかな?」

 

 ムシムシと暑い中で待つのは辛い。折角温泉で汗を流したのに、またビショビショだよ。

 持参のウチワでパタパタと胸元に風を送る。

 

「半分は巫女さんを見に来てるんだよ。今夜は当代巫女の御披露目なんだ」

 

「当代巫女?御披露目?」

 

 何やら一部の性癖を持つ方々の喜びそうなネタだな。だが晶ちゃんは複雑な顔をしていた……

 

 

 

リクエスト(晶ちゃん編)中編

 

 当代巫女の御披露目。

 

 この言葉を言った時の晶ちゃんは、悲しそうな淋しそうな顔をしていた。

 何か含みが有る様な、しかし複雑な表情だった。彼女は何を思い、そして何を考えているのだろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 参拝の列に15分ほど並び、漸く順番が来た。お賽銭は50円、これは御縁(ごえん)が十(じゅう)分に有る様にと五と十に掛けている。

 キラリと輝く白銀の硬貨を賽銭箱に投げ込む。二礼二拍一礼をして願いを思い浮かべる。

 

『結衣ちゃんと結ばれます様に……』

 

『正明がハーレムを作り一族をどんどん増やす様に……』

 

 脳内に声が響く!わぁ?胡蝶さんの願いも含めて二人分だ。

 

『早くヤル事ヤッて産めよ増やせよだぞ。正明に想いを寄せる女は多かろう。はやくヤッて子種を仕込まんか!』

 

 僕に想いを寄せる女って誰だよ?そんな好みのタイプの女性は周りに居ないんだけど?

 

『もう少し待って下さい。今は一杯一杯ですから……もう少し落ち着いたら必ず結婚しますから』

 

 胡蝶さんの悲願たる榎本一族の繁栄については、結衣ちゃんが成長するまで今暫らくはお待ち下さい。

 因みに両隣の女性陣も長く拝んでいた。何を願ったか聞いたが、ドチラも曖昧な事しか言ってくれない。

 ただ微笑んでくれただけだった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お祭りの屋台の代表格ってなんだろう?

 焼き鳥・たこ焼き・お好み焼き・ジャガバター・リンゴ飴・綿菓子・焼きトウモロコシ。

 醤油やソースの焦げた匂いは素晴らしく、毒々しい色の飴菓子も祭りの夜は美味しそうに見える。

 金魚すくい・射的・輪投げ・型抜き・風船細工等々……子供の頃は全てが輝いて見えて、お小遣いを使いきる迄楽しんだものだ。

 

 だが大人になると、その輝きが現実のコストや衛生管理等を考えて薄れてしまう。

 安い原価に高い販売価格、衛生面は劣悪だ。現実を知ってしまうと子供の頃に輝いて見えた世界が、薄汚れて見えてしまう。

 これが世間を知る、大人になるって事なんだろうか?

 

 だが美少女二人を連れているのに手ぶらで歩く訳にはいかない。

 比較的衛生面で信用のおける瓶ラムネを人数分買って飲みながら、金魚すくいに挑戦。

 見事二匹を捕まえるが、コレ金魚じゃなくて錦鯉の稚魚だよ。白地に赤黒の模様は大正錦、もう一匹は赤黒オレンジの三色だ。

 鯉は生まれて直ぐに体の模様が悪いと安価で売られてしまう。

 一万匹生まれて高級錦鯉として二年間育てられて売れるのは、最終的に30匹程度まで減るらしい。

 残りは途中で何度か間引きされる。因みに雄雌同じ模様だった場合は雌♀が雄♂の十倍の価格が付くそうだ。

 完全に雌♀の方が価値の有る生き物なんだよね。

 

「有難う、榎本さん。家の池で買うよ」

 

 岱明館には庭に小さいながらも池が有る。だが、この稚魚を大人の鯉と一緒にしては駄目だ。

 

「暫らくは野外の池じゃなくて家の中でバケツか水槽で飼った方が良いよ。せめて15㎝以上に育ってから池に放そうね」

 

「15㎝って、そんなに金魚は大きくなるんですか?」

 

 ビニール袋に入れられた錦鯉の稚魚を見ながら、金魚と勘違いしている。まぁ普通の女の子なら見分けはつかないのかな?

 

「晶ちゃん、それ錦鯉の稚魚だよ。まだ弱いから餌も満足に食べれないからね。一ヶ月で15㎝位は育つから平気だよ」

 

 稚魚の成長は早い、三ヶ月もすれば20㎝以上育つ子もいるらしい。

 

「ふーん、何時も思うけど榎本さんって物知りと言うか博識だよね?でも、この子達は大切に育てるよ。有難う、榎本さん」

 

 ビニール袋に入れられた稚魚達を見ながら、晶ちゃんは嬉しそうだ。一回500円の金魚すくいで喜んで貰えれば儲け物かな?

 そんな会話をしながら神社の境内をウロウロしていたら、当代巫女の御披露目が始まった。

 厳(おごそ)かな音楽と共に境内に設置した舞台の上に若い、それこそ二十歳そこそこの女性が進み出る。

 周りから歓声とカメラのフラッシュがビカビカと光る。どうやら彼女が当代巫女らしい。

 中肉中背肩迄で切り揃えた黒髪、美人でも可愛くも無いが巫女服効果で当社比150%増しか?

 桜岡さんや高槻さんの改造巫女服でなく、正統派の普通の巫女服だ。

 特に何かをする訳でもなく、ただ歩いている。少し神経質そうで意地悪そうな感じがするな……だが周りからの歓声で好印象なのが分かる。

 ふと気が付くと晶ちゃんが微妙な顔で彼女を見ている。

 

「どうかしたの?」

 

「えっ?あ、うん……別に大丈夫だよ」

  

 慌てた感じで誤魔化したが、晶ちゃんは彼女と関係が有るのかな?丁度同い年位だし、確か晶ちゃんも今年で二十歳になる筈だ。

 

「あの娘とは知り合いかい?もしかして同級生?」

 

「うん、そうなんだけど……高校が一緒だったんだ。余り接点は無かったんけど、最近少しね。さぁ帰ろうよ、そろそろ夕飯の時間だよ」

 

 僕と結衣ちゃんの手を引いて彼女から遠ざかろうとする。まるで僕等と彼女を近付けさせない様に、引っ張る手に込められた力は強い。

 絶対筋肉量の違いで立ち止まる事も出来るが、手を引かれるままに歩く。

 

 だが、一瞬だけ振り返えると……あの当代巫女が此方を睨んでいやがった。

 

 あの目は怨嗟が籠もっているぞ。一瞬だけ目が合い、そして逸らされた。

 どうやら、あの女と晶ちゃんって深い因縁が有りそうだな。音楽が変わったので巫女舞が始まったのだろうか?

 確かに御披露目だが、巫女舞も行うと誰かが言っていたのを聞いたからな。別に見たいとも思わないから良いけどね。

 境内を出る迄、晶ちゃんは僕等の手を放さなかった。お陰で途中で会った何人かの彼女の知り合いは驚いていたな。

 

「アレ?霧島さんが男連れ?」とか「うそ?あのハンサムガールが男と手を?」とか驚きの声が聞こえたし……

 

 難攻不落のハンサムガールがオッサンと美少女と手を繋いで小走りで神社から離れているから、どんな状況なのか悩んだだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 人の汗を吸った生地は汗染みが起こる。着物とは手入れが大変らしい。

 だから結衣ちゃん達は浴衣を着替えて汗を流す為に、大浴場へと向かった。

 僕の甚平は私物だから関係なく、濡れタオルで体を吹いてTシャツと短パンに着替えた。

 少し調べたい事が有るので、携帯電話のi-modeでGoogleに繋げキーワードを打ち込む。

 

「八王子 諏訪神社 当代巫女御披露目」Hit数は269と意外に少ないな……上から順に調べて行く。

 

『2012年で三回目、前回は彼女の母親で2000年だった。一般でも巫女舞いが見れて写真も撮れる珍しい機会なので楽しみだ』

 

 なる程ね……神事は撮影不可が多いし、巫女さんとはあくまでも神主とかの補助的仕事しかしない。

 ピンで踊るなんて僕だって知らなかったよ。確かに造形がイマイチでも人気は出るよね。

 

『地元諏訪神社の名物として20年前から始めた珍しい行事だ。

元々の神主であった二ノ宮家に嫁いで来た祖母妙(たえ)が娘である志乃(しの)に巫女職を継承する際に始めた』

 

 余所から貰った嫁の一族が始めた行事か……すると諏訪大社系列じゃない可能性も有るな。

 

 試しに「巫女舞い」をキーワードに検索する。此方のHit数は20000件を越えたぞ。

 

『巫女舞・神子舞とも呼ばれ、巫女によって舞われる神楽の舞の一つ。巫女神楽(みこかぐら)・八乙女舞(やおとめまい)とも呼ばれる。

本来は祭祀を司る巫女自身の上に神が舞い降りるという神がかりの儀式の為に行われた舞い。しかし近年は優雅な神楽歌に合わせた舞の優雅さを重んじた八乙女系が殆どである』

 

 まぁ本来の巫女舞いとはそうだろうな。巫女とは卑弥呼の時代から神の声を聞く存在だ。

 近年にこそ、神職として定着したが地位はあくまでも男性神職者のサポートでしかない。

 だから殆どが同じような内容だったが、気になる書き込みも有った。

 

 キーワードを増やして再検索したのだ。増やしたキーワードは「二ノ宮と妙と志乃」だ。

 

 こちらはHit数は32件しか無かったが、どうやら一部の連中からすれば彼女達は怪しい存在らしい。

 

 『八王子市内の諏訪神社で行う当代巫女の御披露目だが、本来は「穢れ移しの法」として行う神事。その巫女舞いとは人々の穢れを一身に集めた依り代を祓う神事とも言われる』

 

 『怪しい巫女母娘が由緒有る諏訪大社の威光に影を差す』

 

 依り代、穢れを一身に集める、そして威光に影を差すか……人間の欲望を一身に集める、いや集められた依り代とは大層なモノだろう。

 だが、見た目では彼女に霊力はソコソコ有った。力弱き者でも手順を間違えなければ、ある程度の効果は有るだろうけど大役を担うには不安だ。

 そして良くない噂が広まっている。巫女系の事なら桜岡さんの母親、摩耶山のヤンキー巫女に聞いてみよう。

 郷土史研究家の佐々木氏に頼るのも良いだろう。少し調べた方が良い。

 心配なのは、そんな大役を担う霊力の有る当代巫女から晶ちゃんが恨まれている事だ。

 

「正明さん、お待たせしました。晶さんが部屋に食事を運んで来るそうですよ」

 

 和室に大の字に寝転がり悩んでいると、湯上がりの結衣ちゃんが部屋へ戻って来た。

 新しい浴衣に着替えて、仄かに石鹸の香りを漂わせて。やはり湯上がり美少女は良いモノだ!今度の浴衣は黒地に赤い華をあしらったデザインだ。

 

「その浴衣も似合ってるよ。結衣ちゃんは何を着ても似合うね。

帰ったら新しい浴衣を新調しようよ。地元の神社のお祭りに間に合うようにさ」

 

「えっと、有難う御座います。でも去年買って貰ったのが有りますから平気です。帰ったら干して手入れしなきゃ駄目ですね」

 

 少し暑いのだろう、額に汗をかいている彼女の為にエアコンの温度設定を下げてウチワで扇ぐ。

 目を閉じて気持ち良さそうな彼女の為に暫く扇いだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 親父さんの新作料理は旨かった。中華料理をベースに和食を盛り込んで有り、流石は商売人だなぁと素直に感心する。

 

 冷製盛り合わせには金目鯛の煮凝(にこご)りや鱸(すずき)のカルパッチョ等、和食だが味付けを中華風にアレンジしてある。

 磨り潰した空豆とズワイ蟹の冷製スープ、フカヒレ茶碗蒸し。

 主菜は和牛ロースの朴葉焼きと活鮑(いきあわび)の姿煮。

 三浦大根の冷製干し貝柱あんかけ。

 竹筒入りおこわとデザート二種。

 

 どう見ても採算が合わない量が有った。具体的に言うと、多分だが結衣ちゃんに供された量が普通で、僕は五倍有った。

 だって竹筒五本出て来たし……兎に角、大満足の夕飯だった。

 結衣ちゃんは出て来る料理を全て写真に撮り、メモ書き迄していた。

 何と無くだが、近々類似の料理が榎本家の食卓で食べれるだろう。

 夕食後、食器を下げて貰う時に親父さんが現れたので、お礼と感想を述べた。

 忙しいのにわざわざ部屋で顔を出しに来てくれたんだよね。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 温泉から戻ると次の間と客間に分かれて敷いて有った布団が一緒になっていた。

 

「結衣ちゃん、布団が……」

 

「わざわざ分ける必要はないです。一緒で構いません、寧ろ一緒が良いです!」

 

 僕は嬉しいし、まさか晶ちゃんの家でナニするつもりもないので寝る事にした。

 因みに結衣ちゃんはTシャツにホットパンツを寝間着変わりにしている。僕もTシャツに短パンだ。

 

「おやすみ、明日は7時に起きて朝風呂入って食事は8時に部屋食だよ」

 

「おやすみです、正明さん」

 

 彼女の寝息が悩ましかったが、直ぐに眠りに落ちた……

 

 

 

「おい正明、起きろ!起きないか、正明よ」

 

 夜中に体を揺すられて目が覚めた。目を開くとボンヤリと発光する胡蝶が、鋭い目で襖を見ている。

 

「正明、呪いが発動したぞ。場所はあの男女の部屋だ……」

 

 

リクエスト(晶ちゃん編)後編

 

 暗闇に仄かに光を放つ胡蝶さんが、鋭い目線を送る先は……

 

「胡蝶さん、まさか男女って晶ちゃんが?」

 

「そうだ、だが安心しろ。我の居る近くで事を起こしたのが不運だったな」

 

 バシャリとモノトーンの液体となり、スルスルと壁を伝い天井の中へと消えて行った。胡蝶さん、頼んだぞ!

 だが誰だ、晶ちゃんに呪いを掛けた奴は?疑わしいのは祭りの時に見た、当代巫女だ。

 霊力持ち、恨み有りとくれば疑うしかない。だが、下手に胡蝶が呪いを返せば相手は只では済まないだろう。

 

 人を呪わば穴二つ、どっちも死に至る行為なんだぞ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夜中に寝苦しくて目を覚ました。胸が苦しい、まるで何かが乗っている様に……振り払おうにも体が動かない、そう金縛りみたいな感じだ。

 筋トレをやり過ぎての筋肉痛とは違う、痛みが無いから。中々言う事を聞かない瞼を強引に開ける。

 薄ぼんやりとした室内の明るさに慣れた時、ソレと目が合った。

 

「いや、いやだよ……何だよコレ?何で真緒(まお)が送って来た人形が、僕の上に乗ってるの?」

 

 一方的に嫌われた友人から一方的に送られた仲直りのプレゼントの西洋人形が、僕の胸の上に座っている。

 硝子で出来ている青い瞳が、虚ろな瞳が僕を見てる……

 

「いや、いやいやいや、いやだ、いやだよ」

 

 叫びたいのに、助けを呼びたいのに……何故か大声は出ないし体は動かない。

 僕の呻き声に反応してか、人形の腕が僕の首に……「ああ、僕殺されるんだ……」恐怖の余り目を閉じた。

 

「その女に指一本触れさせぬぞ!それは正明のモノだ、貴様にはやらん」

 

 胡蝶ちゃん?何か不思議な台詞が聞こえて瞼開けば、前にも助けてくれた胡蝶ちゃんが居た。

 あの西洋人形の頭を片手で掴んで自分の目の高さに持ち上げている。

 

「ほぅ?そう言う訳か……なれば呪いは返せぬな。我に喰われて糧となれ」

 

 物騒な台詞の後に西洋人形を床に落としたら……西洋人形が床に、いや胡蝶ちゃんの影に沈んで行く。

 人形は苦悶の表情をして手をバタバタと振っていたが、やがて全てが見えなくなった。

 

「胡蝶ちゃん、アレはなに?僕は助かったの?」

 

 胡蝶ちゃんを両手で胸に抱き締める。子供特有の温かさが気持ちを落ち着かせる。

 ポスンと布団に座り、胡蝶ちゃんを僕に向けて膝の上に座らせる。えっと、対面座位だっけ?

 

「ふむ、アレは穢れの集まりだな。大勢の人間の負の感情の集まりだ。

発動せねば我でも感じられぬ術式でも組まれていたのか、動き出す迄分からなかった。

気を付けろよ、お前は正明の子を孕む役目が有るのだ」

 

 そう言うと、バシャリと液体化して床に染み込んでいったけど……子を孕む役目?

 僕が榎本さんの子を?榎本さん、僕と結婚したいの?こんな男の子みたいな僕と?やだ、顔が熱いよ、どうしよう?

 

「でも真緒の奴、何で呪いの人形なんて僕に送ったの……」

 

 西洋人形の沈んだ床を見ながら、何故友人から一方的に恨まれてたのか考える。

 嬉しかった気持ちが一気に冷え込む。何も恨まれる様な事はしていないのに。

 暫く考えていると、携帯電話の着信ランプが点滅しているのに気付いた。手に取って見れば榎本さんからだった。

 

「やだ、僕まだ顔が熱いや。何て言えば良いんだろう?」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 10分と待たない内に胡蝶が戻って来た。モノトーンの液体がスルスルと天井から降りてくる。

 

「胡蝶、中へ……」

 

 左腕を差し出すと、手首の蝶の形の痣へと入り込む。何度も出入りをしているが、全く慣れない感覚だな。

 

『済まない、結衣ちゃんが隣で寝てるから、脳内会話で頼む。状況を教えてくれ』

 

 何と無く寝転んでの会話も変な気がしたので、備え付けの椅子に座る。良く旅館の客室の窓側に置いてある向かい合わせの椅子とテーブルにだ。

 

『うむ、現れたのは穢れが内包した西洋人形だったぞ。複数の人間の負の感情が集まっていたが、特定は無理だな。呪いも反してないぞ』

 

 西洋人形?そんな物が彼女の部屋に置いて有ったのか?穢れを纏う人形など新品では有り得ない。

 つまり中古品を買ったか貰ったかだ。

 

『晶ちゃんは誰かに貰ったのかな?』

 

『知らぬな。何も言ってなかったぞ。後は正明の仕事だ、早く連絡してやるが良い』

 

 至極まともな返答が来ました。確かに胡蝶が西洋人形の入手経路など聞かないよな。

 特に返事が無いので携帯電話を持ってフロントまで移動する。

 室内で電話をすれば結衣ちゃんが起きてしまうから……ソファーに座り晶ちゃんの携帯に電話する。

 

 三コール、五コール……長いな、寝ちゃったのかな?

 

 七コール、やっと繋がった。

 

『もしもし、晶ちゃん?大丈夫だったかい?』

 

『うっ、うん。大丈夫、僕は大丈夫だよ』

 

 何故か大分慌ているみたいだ。早口だし吃(ども)ってるし……

 

『胡蝶から聞いたよ、西洋人形が原因だってね。その人形はどうやって手に入れたんだい?』

 

『うん……あの……』

 

 彼女にしては珍しく言い淀んでいるな。

 

『誰かに貰ったのかな?それとも自分で買ったのかい?』

 

『あの……あのね。アレって僕を何とかしようとして送られたのかな?その、危険なのを知らないで……』

 

 どうやら貰い物らしい、そして相手は彼女と親しい。危ない物を贈られても、嘘だと思う位に。

 

『うん、知らない可能性も有るよ。そして相手も危ないかもね。未だ同じ様な人形を持ってるかも知れないよ』

 

『真緒が……』

 

 真緒か、知らない名前だな。志乃とか妙とかなら、速攻分かって襲撃するのに。

 だが、真緒なる人物は晶ちゃんにとって少なくとも信用していた相手なんだな。

 あの彼女が貰い物とは言え部屋に西洋人形を飾ったのだから……

 

『今日はもう寝るんだ。護衛に胡蝶に行って貰うから。彼女が居れば安心だからね。今日はもう寝た方が良いよ』

 

 そう言って電話を切った。

 

「胡蝶、悪いが今夜は彼女の近くに居てくれる?彼女が心配だ、アレは信じていた相手からのプレゼントだと思う」

 

「裏切られた感じか?まぁ良い、あの女を守ってやろう」

 

 左手首から湧きだした彼女は、そう言うとスルスルとフロントの奥に流れて行った。液状化って便利だよな。

 全ては明日、彼女が話してくれてからだ。死にそうな呪いだったか、脅しだけだったか?

 その辺を見極めないと、晶ちゃんを悲しませてしまうだろう。ソファーから立ち上がり、膝をパンパンと払う。

 何と無くアリバイ作りの為に、トイレに行ってから部屋に戻った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「待たせたな、さぁ寝るぞ」

 

「うわっ?こっ胡蝶ちゃん?」

 

 何処から現われたの?布団の上にボーッと座っていたけど、目の前に現れたのに気付かないなんて。

 でも女の子座りをしている胡蝶ちゃんが目の前に居る。古代中国のお姫様みたいな衣装で、金色の瞳で僕を見ている。

 まるでお人形さんみたいだ……

 

「うん、そうだね。寝ようか……でも怖いから電気を点けたままで良いかな?」

 

 流石にあんな事が有った後で真っ暗な中で寝るのは怖い。

 

「ふむ、構わぬぞ。正明も常夜灯は点けて寝ているからな。勿論、恐怖心ではなく防犯上でだが」

 

 クスクス笑う胡蝶ちゃんを見て、少しムッとする。怖いものは怖いんですけど……

 

「ぼっ僕だって怖くないもん!」

 

 思わず言ってしまった。

 

「やれやれ……ほら、我が発光するから怖くはあるまい?」

 

 胡蝶ちゃんがパチンと指を鳴らすと、部屋の灯りが消えた。

 でも薄ぼんやり光っている胡蝶ちゃんが、既に僕の布団の左側に横になっている。

 しかも言葉数は少ないが、思いやりの感じる口調で……慌て布団に入る。

 確かにボンヤリ明るい彼女が居ると、不思議と怖くない。

 

「ねぇ、胡蝶ちゃん?」

 

「ん、何だ?」

 

 見た目は幼女なのに、何故かお姉ちゃんと話してるみたいに錯覚する。

 

「榎本さんとも添い寝するのかな?」

 

 妙に手慣れた感じだったので、思わず聞いてしまった。でも、まさか榎本さんが胡蝶ちゃんと一緒に寝るなんて……

 

「そうだな、自宅では殆ど毎日だな。アレは我を抱き枕だと思ってるぞ。最近寒いから、殆ど毎日だな」

 

 なっ、何だって?寒いから抱き枕代わりにだって?榎本さん、それは対外的に不味くないかな?

 幾ら人間じゃないっぽいけど、見た目は美幼女を毎晩抱いて寝てるなんて……試しに胡蝶ちゃんを抱き締めてみる。

 

「うん、温かいね。榎本さんの気持ちが分かるかも……」

 

 あんなに怖かったのに、今は安心出来る。不思議だな……胡蝶ちゃんは年下なのに……お姉ちゃんと居る……みたいに安心する……よ……

 

「漸く眠ったか……子守りなぞ、何百年振りだろうか。未だ奴が生きていた頃に、子供等をあやしていた以来だな。全く柄でもないぞ」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 事態は翌朝に急展開を見せた。二ノ宮妙と志乃、それに真緒が霧島家を訪ねて来たからだ。

 そして僕は晶ちゃんに旅館でない母屋の方に呼ばれた。八畳程の和室には、二ノ宮三代が正座で座っている。

 そんな彼女等を不可思議な物を見る様な目で見る晶ちゃんのご両親。

 

「お父さん、榎本さんを連れて来たよ。榎本さん座って……」

 

 何と無く理由は分かるが、彼女等の向かいに座る。老女と中年女性、それと昨夜見掛けた当代巫女が僕を一斉に見る。

 

「貴方が孫娘の悪戯を祓ってくれたのかい?」

 

 老女が尋ねてきたが、彼女が二ノ宮妙さんか。なるほど、西洋人形は諏訪神社に奉納された筈の穢れ人形かよ。

 

「悪戯にしちゃ悪意に満ちてましたね。悪くすれば晶ちゃんが危険な事になってたぞ。

同じ事をされて悪戯と笑って許すなら構わないですよ」

 

 死に至る呪いを悪戯で済まされたら構わないので、婆さんを睨みつける。

 

「言い方が悪かったのは謝ります。お母さんも謝って下さい。ほら、真緒も……」

 

 この取り成しをしている苦労人が、志乃さんかな。そして不貞腐れてる若い娘が真緒ちゃんか……

 

『胡蝶さん、彼女達だけ脅してくれる?』

 

『ふん、任せろ』

 

「「「ひっ?なっ、何なんですかコレは?」」」

 

 胡蝶さんのプレッシャーに顔面蒼白の三人。真緒ちゃんは正直少し漏らしただろう……

 自分達と僕(胡蝶)の格の違いを思い知ったのだろう表情が改まった。

 

「霊能力者の榎本さんって、まさか亀宮様の?」

 

 僕は黙って頷いた、婿候補じゃなくて派閥の一員としてね。彼女達の中で一番地位の高い婆さんが、今回の不始末について説明を始めた。

 

 

 

 

 簡単に言えば孫娘の嫉妬から来た嫌がらせだ。彼女達、二ノ宮の女は、この辺ではソコソコ有名な霊能力者だ。

 そんな彼女達の耳に最近入ったのが、小原氏が依頼した廃墟ホテルの件だ。

 自分達に声が掛からずに、同業者が集められて解決した。そして彼等の拠点となったのが岱明館だ。

 

 その後、市内で起きた独居老人の孤独死。此方も自分達が何とかする前に解決されてしまった。

 調べれば此方も霧島晶が絡んでいた。直接会いに行けば、見ただけで強力な術具を身に付けている。

 真緒は、何故辛い修行を行っている自分よりも晶ちゃんが優遇されているのかが気に入らなかった。

 だから悪戯心で仲違いの詫びとして穢れを祓ってない人形を送ってしまい、翌朝に祖母と母にバレて問い詰められた。

 白状させたが、既に一晩経っているので慌てて来たのだが……やはりと言うか穢れの気配は全く無かった。

 

 

 

 

「完全な逆恨みだな」

 

「本当に申し訳ないと思ってます」

 

 深々と頭を下げる三人に理由が飲み込めずに困り果てる晶ちゃんの両親。

 確かに心霊被害に合ってたなんて理解の範疇外だろう。晶ちゃんが許したので、僕は何も言えない。

 実害がなかったご両親もイマイチ状況を掴めず、そのまま帰してしまった。

 

 ただ帰りがけに婆さんを脅しておいた。孫娘をちゃんと監視しておけ、次は無いと……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あの化け物は何だ?真緒よ、もう霧島には構うな」

 

 桁違いの霊力とプレッシャー……あれが御三家に呼ばれた程の男と言う訳か。

 最後の脅しの時には、思わず腰が抜けるかと思った。孫娘も恐怖で漏らしてしまったみたいだが、仕方ないだろう。

 

「でも、お婆ちゃん……私悔しいよ。小さい頃から修行で苦労してきたのに、それなのに……」

 

 資質が重要な霊能力者だからこそ、真緒の限界を早くから理解し限界まで育てたが上には上が居るのだな。二ノ宮三代で挑んでも勝てはしまい。

 

「良いのだよ、真緒……アレは我々には理解出来ない連中だ。

御三家に迎えられる連中とは既に人の範疇ではないのだよ、霧島には関わるな。

次に手を出せば、私達は亀宮一族とも事を構えないと駄目なんだよ」

 

「そうです。晶ちゃんには霊能力は無いから、真緒が気にする事はないのよ。ただ、彼女の男が危険なの」

 

「分かった、もう関わらないよ」

 

 二ノ宮三代は霧島家への干渉を諦めた、いや諦めざるを得なかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 岱明館は二階客室から花火が見える……

 部屋の照明を消してエアコンを効かせているから窓を閉めた状態で花火を見られる。

 今回は特別に晶ちゃんも家の手伝いを休んで僕らと一緒に花火を見ている。

 暗い部屋で美少女二人と花火鑑賞……僕は今、勝ち組の中でもTOPに位置しているだろう。

 

「綺麗だね、花火……」

 

 晶ちゃんが呟く。夜空に輝く大輪の華、三尺玉の人工の炎の輝き。

 

「三尺玉は直径約90cm、なんと打ち上げた高さは東京スカイツリーと同じ600m位なんだよ。開いた円形の幅は180m以上、これは東京ドームと同じ大きさだね」

 

 花火の薀蓄を語る、コレは飲み屋で女の子に人気の夏ネタだ。

 

「じゃあのヒューって音はなんなの?」

 

 ああ、あの音は確かに気になるよね。実は弾道の風切り音じゃないんだよ。

 

「あれは笛の音だよ、実は親玉が開花する前に小花を開かせたり音を出させたりする為に、本体と同時に打ち上げる付加物があるんだ。

それを曲導(きょくどう)と言って上昇中に音を出すものを笛というんだ。因みに花火が開く前のドーンって音も本体の花火玉とは別物なんだよ」

 

「正明さんって本当に博識ですよね。逞しくて賢い人って憧れます」

 

 結衣ちゃんにも高評価だったみたいだ、尊敬の眼差しで見られた。友達はキャバクラで仕事は何って聞かれたら花火師って言っている。

 そしてバレないだけのネタを仕入れているんだよね。

 

「因みに打ち上げに関わる機材や人件費が高いだけで、花火自体は安いんだよ。今見た三尺玉で5000円位で五尺玉でも20000円。

仮に10000発規模の花火大会を実施するなら5000万円位から出来るよ」

 

 結衣ちゃんと結婚できるならワンマン花火大会だって開くよ、僕は……花火が開く度に差し込む明かりで見える彼女の横顔は綺麗だ。

 晶ちゃんも綺麗だが、どちらかと言えば中性的な美しさか?

 

「数万人が楽しめるから、5000万円が安いか高いか分からないですね」

 

「本当にそうだね、相乗効果とかも有るしビジネスチャンス?」

 

 結衣ちゃんは夢を晶ちゃんは実利(じつり)を感じ取ったみたいだね。これは学生と社会人との差なのかな?

 

「すいません、私ちょっとトイレに……」

 

 結衣ちゃんが恥ずかしそうに部屋から出て行った。岱明館はトイレは共同なんだよね、コレは改善が必要だと思う。

 最近の風潮でも風呂は別でもトイレは部屋に欲しい。

 

「あの……あのね、榎本さん」

 

「ん?何かな?」

 

 まさか失礼な事を考えていたのがバレたのか、晶ちゃんエスパーか?

 

「あのね、二回も僕を助けてくれて有難う。その、お礼を……」

 

「要らないよ、お礼なんて。僕が好きで動いたんだし、もし晶ちゃんに何か有った後だったら僕は二ノ宮一族を根絶やしにしていたかも知れない。

だから、お礼は要らないんだ」

 

「根絶やしって……優しい榎本さんには似合わない言葉だね」

 

「それだけ怒ってるって事だよ。でも無事で良かった」

 

 そう言って頭をワシワシと撫でる。

 

「アレ?子供扱い?結婚は?子供は?アレレ……」

 

「結婚?子供?誰の?」

 

 不思議な顔で僕を見る晶ちゃんだけど、そんなに変な事を言ったかな?

 


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