榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第166話から第168話

第166話

 

 警備副隊長の八重樫と名乗った青年だが、他の連中と違い有能な感じがする。

 それと常に隊長不在とはどう言う事だ?僕の素性が広まっているのも問題だ。

 

「隊長が不在とは?仮にも現役国会議員の所有する建物だろ?隊長は複数兼務なのか?」

 

 話の切欠作りに質問してみる。さて、何て返ってくるかな?

 

「隊長様は端から危険だと知ってたんだな。

道理で俺に任せ切りで一度も来ないし、派遣される連中は二線級。建て前は警備員だが、ヤクザ崩れも多いぜ」

 

 僕の予想通りだな。失っても痛くない連中と……

 

「つまりは失っても構わない連中と……問題児を集めたって事かな?」

 

「良いねぇ、アンタ凄いよ!流石は畑中組の切り札だけあるわな。アンタが来るって事は、この怪異も解決だな」

 

 何が可笑しいのかゲラゲラ笑う八重樫と言う男。少し狂ってる感じがする……

 

「問題児だと!ふざけるな、私は違うぞ。私は有能だから、この山荘を岩泉様から直接任されているんだ。

お前みたいな血を見るのが好きな狂人と一緒にするな!」

 

 キチガイみたいに騒ぎ出す徳田。

 

「はっ?VIPの御婦人達に手を出す、盛りのついた飼い犬は黙れよ」

 

 それを睨み付ける八重樫。つまりバトルジャンキーとコマシ執事か……面倒臭いメンバーだな。

 

「話を戻すぞ。僕は今回は亀宮一族に雇われている。

だから優先するのは亀宮様なんだ。だが約束したからには、山荘の連中も外敵から出来るだけ守る。

だから教えてくれ。先ずは外部に対する警戒についてだ」

 

 彼等の確執なんて、本当にどうでも良いんだ。先ずは疑われない様に外敵に対しての備えを聞く。

 八重樫がA1サイズの図面を机に広げた。どうやら監視カメラの配置図らしいな。

 

「この図面の通り、外部には18台の監視カメラが有る。主に出入口がメインだが、駐車場・中庭・倉庫とかを監視してる。

モニターの上部三台に五秒おきに切り替えて映る」

 

 図面には配置と撮影範囲が記され色分けされている。外部での密会は不可能だな。出入口で必ずチェックされるし、死角も少ない。

 

「分かった。外部については取り敢えず安心だな」

 

 外部から無理に侵入しようとすれば、探知されるな。

 

「幽霊ってのはよ、壁とかお構い無しにすり抜けるんじゃないのか?鍵とか掛けても当てになるのかよ?」

 

 幽霊って壁抜け出来たり突然現れたりするイメージが有るからな……

 

「喜べ、今回の相手は実体が有るぞ。人間を持ち運べるのだから、この警戒網なら発見出来るだろう。次に侵入を許した場合だが、監視は出来てるのか?」

 

 此方が本題だ。対七郎に対しての警備網の穴が知りたいんだ。

 

「実体ね……鍵の掛けている窓には全て赤外線と振動センサーが付いている。例外は客間からベランダに出る窓だけだ。

これは開けると場所がモニターに出る。あとは廊下・階段室・食堂・ホールにも監視カメラで警戒してる。

廊下や階段などの共用部分が中段のモニターで、食堂やホールを下段のモニターで確認してる」

 

 図面を捲り説明してくれるが、これは滞在する客に対しての監視だな。つまりバックヤードは未警戒なのか?

 

「なる程な……従業員スペースは、殆ど未警戒だな。

夜中に攻められたら感知が難しいぞ。少なくとも従業員の居住スペースも監視網を広げられないか?」

 

 ペラペラと図面を捲りソレっぽく提案するが、実際は死角になる場所を探していた。

 バックヤードの殆どとトイレ等が無警戒だ。ヤルなら廊下で会ってトイレに連れ込むのが確実か?バックヤードの配置を頭の中に叩き込む。

 

「従業員の居住スペースか…… 無理だな、全く設備が無い。悪いが発見次第に内線で連絡だな。または携帯か……」

 

「それで良い。先ずは見付けるのが先決だ。後は昨夜調べた先代の書斎の暖炉擬きだが……アレは何だ?」

 

 気になっていた暖炉擬きについて聞いてみる。徳田と八重樫が目で何かを問い掛けあってるな。

 雰囲気的には知らないみたいだが……

 

「すみません、分かりません。私は此処に来て三か月ですが、特に聞いてません」

 

「俺もだな。同じく三か月だが、引き継ぎにも特に暖炉には触れてなかった。

侵入されやすいのか?だが屋根に登る前に発見出来るぞ。まさかハングライダーで上空から侵入なんてないよな?」

 

 共に三か月?事件発覚前に配置されてるのだが……何故、一ヶ月以上も前に配置転換されたんだ?

 三か月前だと、未だ先代は死んでない筈だが……半月以上も前に誰の権限で配置転換をしたんだ?

 

「上空から侵入って007やキャッツアイじゃあるまいし……すまないが、三か月前だと先代は存命だよな。君達の配置転換は先代の指示か?」

 

「いえ、先代は既に意識不明の状態でしたから……」

 

「現当主殿が指示したと?」

 

 徳田が無言で頷く。生前に父親が特に気を掛けていた山荘の人員を倒れたからって息子が直ぐに二線級の連中と入れ替える……

 

 何故だ?

 

 事件発覚後ならば、危険な場所に有能な連中を配する意味が無いから入れ替えは有り得るが、何故事件発覚前に配置転換をした?

 事前に危険を察知していたのか?

 

「もしかして考え違いをしていたかもな?現当主は先代が死ぬ前から山荘が危険と知っていた。僕の考えた先代怨霊説は成り立たないな……」

 

「先代怨霊説?何ですか、それは?」

 

 ヤバい、独り言を聞かれてしまった。広まる前に誤魔化さないと変に誤解されてマズいか?

 

「僕等が考えた仮説の中の一つだよ。霊障なんてさ、誰かが亡くならないと発生しないだろ?

だから事件発覚前に亡くなった人は一応疑う。かなり過去に遡ってね。当然だが人以外の原因も調べている。

動物霊とか伝承に有る妖怪や化け物の類までね。数多の可能性の一つが消えただけさ」

 

「ふーん、脳筋かと思えば、ちゃんと考えてるんだな。霊能力者なんて御札や霊剣とか使って派手なアクションで戦う連中かと思ってたぞ。

霊波とかも飛ばしてさ。霊波砲みたいな?ちゃんと地道に調べてるのか……」

 

 何だかなー……この八重樫って男は見た目と態度は怖いが、愛読書はライトノベルとかか?

 御札は兎も角、霊剣なんて見た事無いぞ。確かに似たような物は有るが、人前では使わないぞ。

 普通そんな物を持ち歩いたら銃刀法違反で捕まるじゃないか。しかも除霊作業で刃物を振り回すのか?

 

 それに霊波を飛ばすって何だよ?かめ○め波かよ?出来る訳ないだろ!

 

「霊能力者について小一時間程説明したいぞ。僕は御札は使うが霊剣なんか使わない。

てか普通に刃物は駄目だろ。霊波?飛ばす?野菜の国の戦闘民族じゃないんだぞ」

 

 背中にナイフを仕込んでいるが、あくまでも対人や道具としての使用だ。

 怨霊や悪霊相手に刃物なんか振り回すかよ。確かに簡易結界でなら、鉄製の刃物は魔を祓うから使うけど……

 

 あれ?八重樫は分かるが、何故に御手洗まで残念そうな顔をしてるんだ?

 

「じゃじゃじゃアレは?妖怪とかって女性タイプも居るんだろ?雪女とか猫又とかどうなんだよ!」

 

 八重樫の熱きパトスに頷く御手洗……思わず椅子に深く座り直す。脱力感がタップリと両肩にのし掛かる。

 

 雪女に猫又だと?そうか良く分かった、お前らの幻想に終止符を打ってやるぜ!

 

「雪女も猫又も知らないし見た事もない。リアルに会った女性の幽霊は、貞子みたいな怨霊ばかりだよ。

蛇少女や犬男、熊男なら案外身近に居るぞ。紹介してやろうか?」

 

 リアル獣っ娘の狐美少女なら保護しているが、教えない。丁度伊集院一族が居るし、変身した姿を見る事は出来るかもな。

 

「チクショウ、神は死んだ……」

 

「蛇少女だと?ウメヅカズオの世界なんてお断りだ!フザケンナ、何が蛇少女だ」

 

 伊集院の当主が聞いたら発狂モノな言い種だな。アレだってかなりの美少女だぞ、蛇だし瞳孔が縦に開くけど……

 

 ゾクッと背筋に氷柱を差し込まれた様な気が!

 

 思わず左右を見渡すが、鍵の掛かった警備室だし他に誰も居る訳ないか……首を振って悪い予想を振り払う。

 まさか伊集院の当主に暴言がバレてはないよな?

 

「心霊現象に夢を見るなよ。現世に思いを残す連中の殆どが苦しんでいるんだ。

そんな美女・美少女が居るかよ。それは御仏とか神様の様な存在だぞ」

 

 結衣ちゃんは狐っ娘だが、僕の女神だから近い存在だがな。

 

「意味分かんねえよ。何だよ、貞子なんてお断りだぞ。3D映画を見て偉い事になったんだぞ」

 

「榎本よ、嘘をつくな!俺は亀宮様から聞いたぞ。貴様が美少女幽霊を知っていると!吐け吐くんだ、榎本!」

 

 亀宮さん……まさか胡蝶の事をバラしたのか?いや、そんな筈は無い。ならば御手洗の情報の対象は何だ?

 

「落ち着けって!もしかして八王子の件か?確かにラスボスは美女だったが……」

 

 小原愛子、確かに身も凍る様な怖さと美しさは有った。だが、アレはヤンデレだったからアウトだ!

 

「それだ!吐け、吐かんか!」

 

 両肩を掴まれて力一杯ガクガクと揺すられたが痛いぞ、少しは加減しろよ。力一杯掴まれた手を払う!

 

「あのな……八王子の美女幽霊は依頼人の元妻だ。しかも旦那の浮気が原因で寵を失うと、我が子を殺して自分も自殺したヤンデレだぞ。

最後は依頼人共々あの世に逝くのを止めたんだ。見た目は美女でも殺す程の殺意を持ってるんだ。

そんな連中ばかりなんだ、この世界はな。だから夢を見るなよ、普通に死ぬぞ」

 

 知りたい情報は手に入れたし、山荘での未警戒場所も頭に叩き込んだ。もう此処に居る必要は無い。

 イメージが壊れた御手洗の首根っこを掴んで外に引きずり出す。

 

 扉を閉める前に「あの書斎の暖炉擬きだが、餓鬼道に繋がっている感じがする。くれぐれも格子は外すなよ。警告はしたからな」そう言ってパタンと扉を閉めた。

 

 中で何か八重樫と徳田が騒いでいるが気にしない。隣に佇む御手洗の背中を力一杯叩く!スパーンと良い音がした。

 

「御手洗よ、怨霊や悪霊に惑わされるなよ?奴等は簡単に人を取り込み殺すんだ。

人ならざる者に憧れる気持ちは分かるが……現実ってのは、何時も非情なんだよ。

亀宮さんには黙っててやるから、今度キャバクラでも行こう。なに、名古屋の風俗店なら僕が同行すればサービスは良いらしいぞ」

 

 優しく肩を叩くと、彼を置いて先に歩き出す。男には独りになりたい時が有る。そして、それは多分だが今なんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時刻は午後7時を過ぎた……廊下の窓から見える景色は無く、殆ど漆黒の闇だ。

 僅かな街灯が駐車場や中庭を照らす。これは夜間に侵入されたら出入口のセンサーに引っ掛かる迄は、発見は無理だな……

 暫く廊下を歩き霊能力者に割り当てられた部屋に近付いた時、僕の進路を遮る様に扉が開いた。

 

 デジャヴが……高槻さんか?

 

「あら?亀宮の番犬の榎本さんじゃないですか。調べ事は進んだか?」

 

 先程噂した伊集院の当主が現れた。何時ものフードを被ってなく、驚いた事にセーラー服を着ている。

 ポニーテールで色白、スラリとした体型。紛れもない美少女だが、切れ長の目が爬虫類みたいなんだよな。

 もしかして舌とか二股に分かれてないよね?コマンド的には「にげる」だが、回り込まれそうだな。

 

「ええ、僅かながら手掛かりを見付けましたよ。だが原因の究明には役立っても、解決には弱いですね」

 

 若干腰が引けてるのは、流石は御三家の当主のプレッシャーからだ。蛇に睨まれた蛙の気持ちが、今なら良く分かる。

 

「そうとは思えないわね。まぁ良いわ。貴方、私達に協力しなさい。

厳密に言えば伊集院一族は亀宮と共闘したい。其方の当主に伝えて欲しい」

 

 言うだけ言って扉を閉められた……今更共闘だと?奴等は一体何を考えているんだ?

 

 

第167話

 

 加茂宮の七郎対策の仕込みで警備室に寄った後に、伊集院の当主に待ち伏せされた。

 丁度蛇少女は有り得ないと悪口を言った後だったので、突然の接触にはドキドキだった。

 勿論、胸の高まりでなく心臓がバクバクいう方だが……伊集院当主は何故か何時も被っていたフードをしておらず、セーラー服で現れた。

 確かに守備範囲内の美少女だが、目が爬虫類だ!そして彼女は、亀宮との共闘を申し込んできた。

 これはご隠居に判断を仰ぐしかない。当初の方針が亀宮単独での解決だったからだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 割り当てられた部屋の前に打合わせ通り肉の壁が警備している。片手を上げて挨拶すると、扉を開けてくれる。

 中にはソファーで寛ぐ亀宮さんと向かいに座る滝沢さん。

 亀宮さんはDVDを見ているが……お得意の「水曜どうでしょう?」だ。今は四国巡礼の旅だな。

 確か受験生の為に代わりに四国88カ所の巡礼の旅だっけ?今回はどうでしょうセミナー留年罰ゲームみたいだな。

 画面の中で大泉さん他二人が、変なポーズでお寺の名前を叫んでる。

 それを見てクスクス笑う亀宮さんは正直可愛いと思うが、滝沢さんが僕に縋る様な目で見るのは止めろって事か。

 

「おっ?四国巡礼88カ所巡りですか。楽しそうですね。ですが、そろそろ夕食の時間ですよ。7時30分になったら食堂へ行きましょう」

 

 時計を見れば既に6時47分。

 

 食前に伊集院当主からの申し入れを話さないと駄目だから一話見終わった後でも時間は有る。

 

「分かりました。私も四国を廻ってみたいです。二泊三日は無理でも一週間位かければ……そうだ!榎本さんのご出身は四国ですよね?」

 

「高知県の長岡郡って田舎町ですよ。もっとも既にダムの底ですがね。ですが四国巡礼の案内は無理です。

お互い社会人ですし、そんなに長期休暇は無理ですよ。

さて、その話を見たら一旦止めて下さい。御手洗が戻って来たら夕食前に報告が有ります」

 

 ブーっと頬を膨らませた後、画面に視線を戻す亀宮さん。やれやれ、気を許した連中の前だと子供の様な無邪気さだ。

 DVDを見る彼女の邪魔をしない為に離れた窓際の椅子に座る。さて、伊集院当主の共闘をどう持って行くか……ご隠居と相談する為に、メールで電話してよいか確認する。

 ポチポチと本文を打っていると隣に滝沢さんが座る。

 

「その、すまない。嫌な事を思い出させてしまったか?」

 

 申し訳なさそうな表情と声だが……

 

「故郷がダムの底の話かい?気にしてないよ。ダムはムダって言われるけど四国は別だ。

万年水不足だから必要だったんだよ。それに移転保証金や代替え地も貰えた。

だから納得してるんだ。まぁ代替え地を貰ったけど売り払って神奈川県に戸籍も移しちゃったけどさ」

 

 田舎じゃ仕事が少なかったからね、と笑って締めくくる。彼女は残念な美人だが、気遣いも出来る良い娘だ。

 嫁にするなら気の張らない彼女位が良いかもしれないね。

 

「それなら良いんだ。だが感謝もしている。亀宮様があんなに生き生きとしてるのは初めて見るんだ。

普段は亀宮一族の当主として気を張られているからな」

 

 八王子の時は、そうでも無かったけど?微笑む滝沢さんを見て、それを言ったら雰囲気が台無しなので黙っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 亀宮さんがDVDの一話目を見終わった頃、漸く復帰した御手洗が戻ってきた。全員を集めて、先程の伊集院当主の提案を相談する。

 ご隠居からの返事は、現場の判断で良い。但し貸し借りは無しの方向で調整しろと言われた。借りは分かるが、貸しが無しは分からない。

 何か政治的な思惑が有るのだろうか?全員ソファーの周りに集まったのを確認してから、亀宮さんを見る。

 頷く彼女を見て、話を進めて良いと確認。

 

「さて夕食前だが重たい話だ。先程だが、伊集院の当主より提案が有った。曰わく共闘の打診だな」

 

 亀宮さんがDVDに集中してる間に、ご隠居との下打合せを聞いていた他の連中の動揺は無い。だが、亀宮さんはビックリした顔で僕を見る。

 

「ご隠居からは……共闘は良いが貸し借りは無しの方向で、現場判断しろと確認は取った。どうする、亀宮さん?」

 

 この場の最上位は彼女だから、彼女の意志を尊重しなければ駄目だ。

 暫く目を瞑り考え込む彼女を見て、流石は御三家の一角であり重要な事は自分で考えて判断するんだなと関心する。

 

 漸く目を開いて「共闘はしないわ。私達だけでも解決出来ると信じてるから。そうですよね、皆さん?」こうまで言われちゃ誰も反対も出来ないな……

 

 滝沢さんと御手洗を見ても頷いている。ならば僕も腹を括らねばなるまい。

 

「そうだね。何のメリットもないし、僕等だけでも大丈夫だな。分かった、共闘は断ろう」

 

 相手の思惑が分からないのに一緒に戦うのは危険だよな。別に断っても現状は何も変わらないし……パンパンと手を叩いて話を終了する。

 

「方針が決まれば食事に行こうか。余り美味しくないが、毎晩外食も駄目だろう」

 

「ん?不味いのか?俺は美味いと思うが、榎本はどれだけグルメなんだ?」

 

 不審がる御手洗に曖昧に笑い掛けて部屋を後にする。共闘を断るなら早い方が良い。食堂に居てくれれば良いのだが……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 はたして食堂に行けば伊集院一族も加茂宮一族も居た。等間隔に離れて食事をしているが、我々が入って来た時に視線だけ送っている。

 因みに今日の夕飯のメニューもステーキみたいだ……朝食は同じでも構わないが、せめて夕飯のメニューは変えようよ。

 割り当てられたテーブルに向かう亀宮さん御一行から離れて、伊集院一族のテーブルに向かう。

 三人共フードを深く被り黙々とステーキ肉を口に運んでいる。犬・熊・蛇は共に肉食系だから、ステーキは大好物なのか?

 近付くと犬男が立ち上がるが、蛇少女が手で制する。熊男はプレッシャーを掛けてくるが、これは逆効果だ。

 胡蝶さんの反骨心がムクムクと鎌首を……

 

『正明、畜生擬きなど不味いが喰うか?いや、喰おう!熊肉は700年振りだから、楽しみだ』

 

 バリバリ戦闘体制の彼女を何とか止める努力をする。

 

『胡蝶、此処じゃ人目が有るから駄目だ!それに相手は加茂宮で伊集院じゃないだろ?』

 

 理屈が通じない事が多いが、今回は矛を収めてくれたみたいだ。

 

「今晩は、伊集院さん」

 

 そう言えば名前をしらないので名字で呼んでみた。

 

「久方振りだな、そんなタメ口な呼ばれ方はね。まぁ良いわ……それで、さっきの返事かい?」

 

 伊集院様とか御当主様とか呼ぶのか?

 

「はい、共闘はしない。亀宮様は我々だけでの解決を望んでいます」

 

 そう言って深々と頭を下げる。犬男と熊男から視線を外すのは不用心だが、礼を示すのだから仕方ない。

 両側の男達からのプレッシャーが跳ね上がる。思わず左腕に力が入るが、胡蝶が反応しないなら未だ平気だ。

 

「そうかい?まぁそうだな、私でも急に共闘とか言われたら断るからね。分かった、お互い頑張ろう」

 

「有難う御座います」

 

 至極あっさり受け入れられて拍子抜けだが、この提案の趣旨は何だったんだろう?

 

「失礼を承知で聞きますが、何故我々に共闘を持ち掛けたんですか?」

 

 回答は無いかも知れないが一応聞いて……

 

「貴方が面白いから近くで見ていたかったから、かな……」

 

「僕が面白い?」

 

 この娘は何を言ってるのだろうか?僕が面白いってなんだ?筋肉ダルマだから?それとも胡蝶の事か?

 

「そうだ、貴方は面白い。忽然と現れた亀宮の姫様が太鼓判を押す程の霊能力者。

過去を調べたら謎は深まるばかり。それに何故か私達の秘密も知ってるみたいだしね。ねぇ狐っ娘のお父さん?」

 

 墓穴を掘った?あの時、爬虫類と言ったのは胡蝶の探索能力で分かった事だった。もしかしなくても自業自得かよ。

 あの時に結衣ちゃんの事を引き合いに出されても、余計な事など言わずにいれば良かったのか?

 

「口は災いの元とは、良く言ったものです。御三家の一角、伊集院の当主様に買い被られると恥ずかしいですね。では……」

 

 再度深々とお辞儀をしてテーブルを離れる。完全に結衣ちゃんの事がバレているのが痛い。

 だが、彼女のルーツは伊集院の一族に繋がっているのかもな。既に彼女の親族で獣化出来る程の者は居なかった。

 もっとも葬儀に参列してくれた連中だけしか調べてないから、もしかしたら……

 

「只今戻りました。伊集院の当主の戯れでしたね、共闘の件は……」

 

 亀宮のテーブルは、何故か亀宮さんと滝沢さんの間の席が空いていた。悩んでも仕方無いから空いていた席に座る。

 既に食事の準備はされており、ナイフやフォーク等の食器類が並んでいる。外側から順に取るのがマナーだ。

 山盛りのサラダボールから取り分けられたサラダをフォークを使い食べ始める。

 このテーブルだけ筋肉の塊が集まっている為か、量が半端ないな。勿論だが、取り分けは給仕の方がしてくれる。

 広々とした食堂で御三家関係者しか居ないのは、他の連中に避けられているのか順番が有るのか……

 黙々と食べるサラダは、チープなドレッシングの為か美味くは無かった。序でに加茂宮の七郎の刺す様な視線を背中に感じる。

 奴はもう我慢が出来ないって感じがする。

 

『そうだぞ、正明。奴は既に我の贄としての存在なのだ。近くに居て分かるぞ。奴に取り憑く存在がな……

くくくくく、まさか此処で奴に会うとは因縁浅からぬものよ。だが奴は宿主が奴の力に耐えられぬ為に力を分散せねばならぬとは哀れよな』

 

 確か一子から九子まで居るんだっけ?いや、九郎?兎に角、九人姉弟の全員に某かの力を分けている。

 そして彼等の力が結集すれば、胡蝶でも危ういのか……考え事をしていても手は動く。

 

 サラダを平らげた後は南瓜の冷製スープだ。これは普通に美味い。

 裏漉しされている為に喉越しもまろやかだが、これはレトルトだろうな……

 

「榎本さん、今夜は外出しないのですか?」

 

 嬉しそうに目を輝かせている。ん?夜遊び癖をつけてしまったか?滝沢さんも御手洗も何も言わずに僕を見てるし、ちゃんと断れって事だよな……

 

「今日は出掛けないですよ。そうですね、書斎の暖炉擬きでも調べてみますか?アレは餓鬼道だと思うんですよ。

ちゃんと処置しないと面倒臭くなりそうで……御札を貼って結界を張りましょう」

 

 拠点としている山荘の内部に餓鬼道が有るなんて、ワラワラ出て来たら厄介だ。霊能力者にとって奴等は弱いが、倒しても倒しても湧いてくる厄介な連中だ。

 まして、この山荘には素人が沢山居るからな。あんな気持ち悪い連中を見れば、パニックになるだろう。

 

「あら、そうですか。でも今夜も誰かが調べませんか?一緒にならねば良いですね」

 

 高槻(巫女)さんと巌杖(修験者)さんの次は誰が調べるのかな?

 僕等は風巻姉妹の調査報告を待たないと動けないから、取り敢えず出来る事はやっておきたいんだ。

 時間を無駄にしているとは思われたくないからな。特に依頼人は信用出来ないから、此方の怠慢と取られる事は避けたい。

 

「徳田に予定を聞きましょう。彼にしても山荘の安全を優先させたいでしょうし、守る約束もしているから融通してくれますよ」

 

「うむ、夕飯を食ったら行動を開始しよう」

 

 丁度ステーキの乗った鉄板を配る給仕さんに、徳田を呼ぶ様に頼む御手洗。滝沢さんと彼等は良く連携が取れてるよな。

 亀宮一族は派閥争いや女尊男卑とか横の連携がイマイチな感じがしたんだけどね。流石はご隠居が寄越す連中って事だな。

 亀宮さんの許可も貰ったし、先ずは餓鬼道を封印しよう。

 

 後は、七郎の動き次第では……

 

 

第168話

 

 あまり美味しくない夕食を終えた頃を見計らって、イケメン執事の徳田がテーブル迄やって来た。

 その頃には伊集院も加茂宮も食事を終えて食堂から居なくなっていた。どうやら暖炉擬きに興味も無いのだろう。

 

「お待たせ致しました、亀宮様。お呼びでしょうか?」

 

 慇懃無礼な態度と挨拶が板についているのが憎らしい。胸の前に右手を添えて一礼する姿は中々格好良いな。

 確かに女性受けするだろう見事な所作だが、僕は殺意しか湧かない。御手洗達も同じ気持ちだな、意思の疎通は目を見るだけで分かるのだ。

 滝沢さんは困惑気味で亀宮さんは興味無しか?徳田を一瞥した後、僕を見て微笑む。

 つまり僕が全ての話を進めろって訳ですね?哀れ徳田、女性陣には全く興味を示されないとは……仕方がないので、暖炉擬きに結界を張る説明をする。

 

「わざわざ呼び出してすまないな。先程も少し話したが、例の書斎の暖炉擬きの件だ。

放置しても危ないだけなので、出来れば僕等の方で簡易結界を張ろうと思う。鍵は今どうなっている?僕等が書斎に入れるかい?」

 

 他に書斎を調べる連中が居るのかの確認だ。同業者が調べているなら遠慮した方がトラブルは少ない。

 無理に今夜結界を張らねばならない程じゃないし……

 

「今は厳杖様が鍵を借りて書斎を調べてますが……」

 

 ああ、あの武蔵坊弁慶擬きの連中か。なら無理は出来ないな。

 

「そうか、ならば彼等が鍵を返しに来たら連絡をくれ。急ぐ事も無いし彼等の邪魔もしたくないからね」

 

「えっ?結界を張ってはくれないのですか?危険じゃないのですか?」

 

 妙に食い下がる徳田を訝しげに見る。何だろう、何か隠しているのか?

 

「まぁ厳杖さん達が調べているなら邪魔出来ないだろ?奴等だって本職だ。居る時に餓鬼が出れば対処出来るだろう」

 

「わざわざ亀宮様が出張る必要が無い、と?」

 

 徳田の問に黙って頷く。

 

「厳杖さんにもプライドが有るからね。封印するから退いてくれなんて言えないさ。彼等が鍵を返しにきたら連絡をくれれば簡易結界を張るよ」

 

 イマイチ不安そうなのは、御三家と一般団体との信用度だろうな。僕もフリーの時に依頼人から同じ様な対応をされた経験が有る。

 そんな連中は総じて固定観念が強く、霊障を受けているのに心の底では未だ疑っている。

 また此方を詐欺師か手品師みたいに軽く見る嫌な部類の連中だ。だから僕は自分の為に契約を先に結ぶんだ。

 そういった連中は契約書や何やらを出すと怯むか拒否るが、ならば仕事はしないと返す。

 しぶしぶ契約書にサインをするが、稀にそれでも断る奴も居る。その場合は此方も手を引く。

 大抵の場合、その案件は良くないんだ。情報を秘匿していたり事実と違ったり、面白半分の悪戯だったり…… 

 正式に契約を結べない連中は、自分側に問題が有る事を理解している。

 散々失敗した僕が、自己防衛の為に松尾の爺さんにスパルタで教わった。

 契約に関する事を徹底的に教え込まれたが、トラウマ的な扱(しご)きだったぞ、アレは……

 話はこれでお終いと黙り込んだ僕に、恨めしそうな目線を送り徳田は(亀宮さんと滝沢さんに)一礼して去って行った。

 

 奴の後ろ姿を見送っていると入れ違いで高槻さん達、関西巫女連合のお嬢様方が入ってきた。

 先頭を歩く高槻さんと目が合ったので軽く頭を下げる。ニコリと笑う彼女と、無表情な巫女さん五人。

 皆さん20代半ば位の清楚系ですね。美人ばかり……って訳じゃないが、まぁ普通でしょうか。

 高槻さんが群を抜いて美人なのだが、腹に一物有りそうな系だからお近付きになりたくない。 

 それにロリな僕にとって彼女達は魅力的じゃない。巫女服補正をもってしても普通だ。

 

 うむ、この揺らぎない信念(ロリコン道)に確かな信頼を感じる。

 

「さて、部屋に戻りましょう。昨夜は慌ただしかったし、今夜はゆっくりしましょう。動くのは調査結果が来てからです」

 

 まったり食後の珈琲を楽しむ亀宮さん達に声を掛ける。

 

「そうですね。では皆さん行きましょう」

 

 亀宮さんの一声で皆が立ち上がる。含みの有る視線を送る高槻さんから目を逸らし、そそくさと食堂から立ち去る。

 アレは厄介事を押し付ける目なんだよな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 岩泉氏の山荘に滞在する事二日目の夜。

 ゆっくりとベッドで眠る事が出来た。御手洗達には悪いが、僕は見張り要員から外れているのでベッドに潜り込んでいる。

 客室だけありシモンズ製の高級ベッドはフカフカだ……

 

『正明、正明起きろ!どうやら書斎から餓鬼が溢れ出ているぞ。ククククク、誰ぞ暖炉擬きの格子を外した様だな。ゾロゾロと湧いておるわ』

 

 睡眠中にいきなり頭の中に響く胡蝶の声に体が反応する。慌てて枕元の携帯電話で時刻を調べれば2時8分……草木も眠る丑三つ時か。

 

 しかし誰だよ、格子を外した馬鹿野郎は?ベッドから出て服装を整える。服を着て髪を手櫛で整える。

 書斎と客間は離れているので、まだ騒ぎは聞こえない。だが直ぐに連絡が来るだろう。

 

「どうした、いきなり着替え始めて?敵襲か?」

 

「そうだ!例の書斎の暖炉擬きから餓鬼が溢れ出しているのを感じた。奴等は物理攻撃が効く!武器は持ってるか?」

 

 同室で寝ていた御手洗が聞いてきたので、状況を説明する。服装を整え警棒を二本腰に差し、背中に大振りのナイフを仕込む。

 餓鬼は、餓鬼の野郎は悟宗さんの敵でも有る。だから見付け次第殲滅、サーチ&デストロイだ!

 御手洗達の準備が整うのを待つ間に徳田に電話を入れる。

 

「はい、徳田です。夜分にどうかしましたか?」

 

 如何にも眠たそうな不機嫌さを醸し出しているな。

 

「例の暖炉から餓鬼が湧いている。一般人は野外の駐車場に逃げていろ。

警備の連中は手伝いだ。奴等は弱いし物理攻撃が効くから安心しろ」

 

「安心しろって?何とかなるんですか!」

 

 僕に文句を言うなよな。文句は暖炉擬きの格子を外した馬鹿に言え!

 

「何とかするのが此方の仕事だ。だが原因は暖炉擬きに何かした連中だぞ!

僕等は約束だから対処するんだ。警備員以外を直ぐに避難させるんだ!」

 

 返事を待たずに通話を終える。御手洗達の準備が整ってから、亀宮さん達の部屋へ。

 ノックをすると既に着替えを済ませた亀宮さんと滝沢さんが……亀ちゃんも亀宮さんの体を覆う様に具現化している。

 準備が良いな、僕が胡蝶に起こされてから五分と経っていない。

 

「亀宮さんも感じましたか?」

 

「ええ、禍々しい気配を亀ちゃんが……書斎の暖炉からでしょうか?」

 

 流石は700年物の霊獣だけあり、探索能力も胡蝶と遜色なしか。頼りになる亀ちゃんを見れば、黙って頷く。

 つまり「当然だ、任せておけ!」って訳だ。

 

「ええ、行きましょう。御手洗!奴等に素手で触るな。体を腐らせる事が出来る連中も居る。

防御の為に腹に渡したお札を仕込むんだ。なに、物理攻撃が効くからブッ叩けば良いんだ。得物は有るか?」

 

 僕の問いに皆が各々の獲物を取り出す。警棒・ナックル・木刀に……

 

「ほぅ?滝沢さんはトンファーを使うのか!確かに非力な君なら回転力を利用すれば威力の底上げが出来るのかな?」

 

「ええ、芯に鉄棒を仕込んでます。榎本さんの得物は?」

 

 上着を開き腰に差した二本の警棒を見せる。

 

「特注品だよ。重さを増して普通より長いんだ。携帯には不向きだけどね」

 

 伸縮性の警棒は便利だが、威力が低く攻撃範囲が狭い。僧兵が薙刀を多用したのは意味が有る。

 戦国時代、戦では刀より槍が槍より弓が強かった。それだけ攻撃範囲の広さは有利なんだ。

 

「じゃ行こうぜ。先頭は俺と榎本、間に亀宮様と滝沢。残りは左右と後ろだ」

 

 御手洗が配置を決めて、そのまま走り出す。暫く走ると漸く悲鳴や激しい物音が聞こえる。派手にやってるな!

 書斎の近くに来たが、何故か徳田が居る。執事服をきちんと着込み、何故かスコップを持っているが……

 

「何してる徳田?早く他の連中を避難させろ!お前自身も早く逃げろよ」

 

 見た目で分かる程、ガクガクに震えている徳田に声を掛ける。

 

「わたっ、私がこの山荘の責任者なんです!逃げられません、原因を見るまでは……」

 

 大した度胸か単に責任感が強いのか?亀宮さんを見れば、此方の視線に気が付き頷いてくれた。

 

「徳田、亀宮さんの近くに居ろよ。自分で何とかするとか考えるなよ。それは僕等の仕事だからな」

 

 腰から両手で警棒を引き抜き交差する様に腕を振って伸ばす。シャキンと小気味良い金属音がして、全長75㎝艶消し黒塗りの警棒をニ刀流宜しく構える。

 

「じゃ、逝きますか。亀ちゃん、嫌かもしれないが徳田の事を頼むね」

 

 頷いてくれたので、アレの安全は亀ちゃん任せで大丈夫だろう。

 

「榎本さん、すっかり亀ちゃんと意志の疎通ができてますね」

 

 亀宮さんに呆れられたぞ。小走りに廊下を走り角を曲がれば、開け放たれた書斎の扉が見えた。扉の前には薄汚い餓鬼が二匹喚きながら絨毯を喰っている。

 

「滅べよ!」

 

 走り込み振り上げた右腕を力一杯振り下ろす。グシャリと餓鬼の頭部が凹み体液が飛び散った。スプラッターな光景だ……

 頭部を潰されしゃがみ込む餓鬼をサッカーボールの如く、腹部を爪先で蹴り上げる。土を入れた土嚢袋を蹴る様な感触を爪先に感じた。

 そのまま壁にグシャリと激突する。

 

 もう一匹が此方に気付いて鋭い牙で威嚇してくるが、構わず脳天目掛けて警棒を振り下ろす。同じ様な手応えを感じるが、気にせず此方も蹴りで追撃を行う。

 同じ方向に蹴飛ばした所為か、重なり合う様に倒れる餓鬼。だが何かが可笑しい、変だ。

 

 僕の知る餓鬼はダメージを与えると最後は溶ける様に消えるのだが……致命傷を与えたにも関わらず、奴等は唸り声をあげて悶えている。

 

 いや、傷が治ってるんだ。グジュグジュの頭部がピンク色の肉が盛り上がって再生している。

 

「コイツ等、ただの餓鬼じゃないぞ。驚きの再生力だ。ならばコレならどうだ?」

 

 ペットボトルに入れていた清めた塩をブチ撒ける!悲鳴をあげてのた打ち回る餓鬼。プスプスと白い煙が立ち上り嫌な臭いが辺りを漂う。

 だが、それでも奴等は消えずに苦しむだけだ。

 

『胡蝶、コイツ等は普通と違うのか?しぶと過ぎるだろ?』

 

 困った時は胡蝶さん!に脳内会話を試みる。

 

『うむ、ただの餓鬼ではないな。この感じは……』

 

 意識を胡蝶に向けた隙に、奴等は書斎に飛び込んでいった。もう動けるなんて、どれだけ回復力が強いんだ?

 だが慌てて追うと思わぬ反撃を受けるかもしれない。御手洗の方を見れば、手で書斎に入る様に手招きをしている。

 

 警戒しながら中を覗けば……其処は地獄絵図だった。

 

 整然と整理整頓されていた本棚は倒れ本は散らばっている。机も中間からへし折れているし、一体何があったんだ?

 まるで局地的な竜巻が有った様な有り様だ。しかも餓鬼のだろう体液が散乱しているし……だが奴等の死体は一つも無い。

 

 これだけの体液を巻き散らかして死体が一つも無いのは有り得ない。素早く部屋の中を見回して中に入る。

 幸いに照明設備に損傷は無く、部屋の中を明るく照らしている。故に惨状が分かり易いのだ。

 

「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」

 

 部屋の隅に傷だらけの厳杖さんが壁に持たれかかり、床には見知らぬオッサン二人が倒れている。

 警戒しながら近付けば、厳杖さんには意識が有る。肩で息をしてるが命に別状は無さそうだな。

 

「厳杖さん、何があったんだ?あの餓鬼だが暖炉擬きから湧いてきたのか?何故、格子を外したんだ?」

 

 元凶の源、暖炉擬きの格子は外されて脇に倒れている。ボルトナットで厳重に締め付けられてたんだ。簡単に外せる物じゃない。

 

「すまん、油断したつもりは無かったのだが数が多くてな……」

 

 餓鬼も居なくなったし、先ずは結界を張り厳杖さんに訳を聞くしかないな。

 


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