榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第16話から第18話

第16話

 

 梓巫女の桜岡霞……本物の霊能力を持つ25歳の美人さんだ。

 彼女はテレビの心霊番組で良く見掛ける、今一番知名度の高い霊能力者だろう。しかし出たとこ勝負の一発屋的な除霊スタイルと大雑把な料金スタイルを持つ、世間知らずなお嬢様だ。

 だが、自分の力で人を助けようと行動する善人でもある。

 このままでは利用されたり騙されたりして大怪我をする前に、何とか業界の先輩としてその辺の立ち回りを教えておきたい。別にお節介な筈じゃなかった僕だが、今隣に居る彼女に自分の仕事の手順を教えているから不思議だ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「だから最初に調べられるだけの事を調べるんだ。ネットでキーワード検索をしたり図書館で昔の新聞記事を調べたり……霊障って事は、誰かが死んだ訳だからね」

 

「ネット?あの某巨大掲示板の書き込みとかを?信用出来る内容とは思えないわ」

 

 僕らは問題のマンションの周辺300m圏内をゆっくりと調べながら歩いている。田舎だから周囲の県道や市道、又は農道や私道とか限られるけどね。

 

「煙の無い所には噂は広まらない。確かに人聞き、人伝だから真実とかけ離れている場合も多いよ」

 

 余り当てにはならないけど参考位にはなるからね、と笑いながら言う。

 

「例えば今回の件はどうだったの?」

 

「ん?そうだね……「心霊スポット横須賀スレ」って書き込みが有ってね。

読んでいけば、横須賀の建設途中のマンションの怪についてだった。夜中に前を通ると、3階の窓の部分に人影が見える。

敷地内に良く野良猫が死んでいる。浮浪者が住み着いて、小火をだした。

他には動物や虫の屍骸と3階の人影を見たとかね」

 

「人影ってあの建物の中は真っ暗だったわ。外から人影なんて見えたのかしら?

虫は大量に居たわね。でもあの警備員と話した時は前日に初めて虫の死骸を大量に見たって。

小火は……実際に有ったかは分からないけど、火事が有ったから警備が厳しくなったのかしら?」

 

 確かに言われてみれば、その通りだ。ランタンの灯りに照らされて、ユラユラ動き回る影が確認出来たんだ。

 真っ暗の中で人影なんて見えないな……

 

「確かにそうだ……多分だけど、誰か勇気の有る馬鹿が中に入って目撃したんだろう。

それを読んで、さも自分も侵入した様に書き込んで内容が変化していったか……実際に建物の中を調べた時は、2階迄は落書きが酷かったでしょ?

でも3階は殆ど無かった。

普通は肝試しなら、証拠に問題の3階迄侵入して落書きしたりするのに。だから逆に噂は本物だと判断した。

3階には立ち入れない何かが有るって……真偽が分かれば警戒も上げられる。

嘘か本当か迷うよりは余程良いからね」

 

 彼女は首を傾げながら

 

「そうやってネットの情報と実際に見た状況を摺り合わせて考えるのね?榎本さんって脳筋かと思ったけど、ちゃんと考えているのね……

凄いわ、チョットだけ尊敬しちゃった」

 

 笑顔で誉めて?くれた?

 でも……このアマ、人の事を脳筋とか言いやがったな!態度を見れば本人には悪気は無いのだろう……

 その分ムカついたぞ!

 

 ムッとした表情を出してしまった為か「怒ったの?ごめんなさいね。ほら、機嫌を直して……」そう言って腕を絡めてくる。

 

 毎回思うが、彼女はこの辺の警戒心が足りな過ぎる。もし僕がロリコンじゃなかったら、誤解されて大変な事になるぞ!

 

「そう言うのは誤解されるから止めなさい。それは彼氏にしてやると喜ぶけど、それ以外だと誤解されるから……」

 

 スルリと腕を離すと「榎本さんって固いわね!クスクス、お父さんと話しているみたいだわ」此方を見ながら後ろ向きに歩いて、嬉しそうにクスクス笑っている。

 

「僕はまだ30代だ!君みたいな大きな娘は居ないぞ」

 

「はいはい。お父さんは心配性なんですね!」

 

 チクショウ、全然反省してないや。

 

「それで……この歩き回る事の意味はなにかしら?」

 

 散歩じゃないんだぞ!

 

「現場の周りにお地蔵様や庚申塚。墓地とか曰くの有りそうな物が有るかを探しているんだ。

神社やお寺も怪しい場合も有るし……こんな看板も、何かしらのトラブルの原因が有るかも知れない」

 

 そう言って古びた看板を指差す。

 

「マンション建設反対……自然を守れ。これって、あのマンションの事なの?」

 

「つまり反対運動が有ったんだね。純粋に自然保護か利権問題か……少なくとも対立する人間は居たんだよ。

この辺が、ヤツの生霊に関係してるかもしれない。反対運動をしていた連中や、利権絡みの関係者。

工事関係者だって怪しいかもしれない。この辺の調査は、本職の興信所じゃないと我々では難しい。

だから長瀬社長に予算の件を相談したの!」

 

 ビックリした顔で此方を見ている?

 

「予算とか契約とかヘンテコな人だと思ったら、こう言う訳も有ったのね!確かに探偵紛いな事は、私には無理ですわ……

それに今の話だけでも、何十人って規模だし。でも、興信所の人達は生霊の相手を判断出来るのかしら?」

 

「いや、報告書を読めば絞り込めるでしょ?最近、調子が悪そうだ!とか入院中だとか……」

 

 パジャマ姿の生霊なら、入院中の線が濃厚なんだけどな。

 

「確かにそうね……あの後、出没してるのかしら?警備員の人達は危険じゃないの?」

 

「彼らには建物内部に入る事を禁止して貰ったよ。ゴーストハウスは、案外建物の外には影響が無い場合が多い。

でも今回は生霊だから微妙だけどね。長瀬社長が請け負った警備期間は短期だ。

だから採算は合わなくても、2人体制に警備を変える様に頼んだ。1人だと魅入られて誘い込まれる危険が有る。

事情を知ってる連中なら、相方がフラフラ中に入り込もうとしても、ぶん殴って止めれるからね」

 

 やっぱり脳筋じゃない!力任せは良くないわ。とかクスクス笑って楽しそうなお嬢様に溜め息が出る。

 彼女の中では、僕や坂崎君は脳筋のひと括りなんだろうな……

 

「いい加減に脳筋から離れなさい。この業界は調査・準備が9割以上なんだよ。実際に効果が有ると判断しないと、直接対決なんか出来ない。

僕に言わせれば、出たとこ勝負な桜岡さんの方が脳筋に見えるけどね!」

 

「ひっ酷いわ、レディに脳筋なんて!榎本さんって意地悪だわ」

 

 凄いショックを受けた顔をして、此方を睨んでいる……言わないが、黙ってればレディと認めてやっても良いけどね。

 

「でも桜岡さんの除霊スタイルは考えた方が良いよ。初対面の霊と戦うのが基本って、霊能力者としてはどうかと思う。

テレビ的には、こんな地味な調査なんてせずにズバッと戦った方が良いんだろうけど……テレビ以外の仕事をする考えが有るなら、尚更だ!

普通の顧客は値段と解決率が全てだよ」

 

 最近良く見せる、ブーって頬を膨らませて此方を睨む……本当に子供っぽいお嬢様だ。

 

「テレビの仕事は、止めた方が良いのかしら?有名には成れたのは確かよ。でも……」

 

 色モノ芸人と変わらない扱いだからか?

 

「それは一概には言えないね。僕は余り周りに知られたくないんだ。元々在家僧侶として資格を持ってるから、派手に仕事をするのも問題が有るからね。

桜岡さんも、ソコんところヨロシク!」

 

 釘を刺しておかないと、テレビ関係者に話されでもしたら大変だからね。

 

「分かったわ。あの……榎本さんってお祖父様とお父様を亡くされているじゃない。

実家のお寺は、ご兄弟の方が継いでいるのかしら?」

 

「……故郷はダムに沈んだよ。家も寺も何もかも。親兄弟、親戚も既に他界してる。天涯孤独の身の上さ」

 

 ハッと息を飲まれた……少し言い方が悪かったな。反省しなければ。

 

「気を悪くしたらゴメンね。檀家衆も村がダム湖に沈んだ時に、同じ宗派のお寺に引き継いで貰ったんだ。

継ぐ寺が無いから在家僧侶なんだよ。だから、余り除霊とかしてるのは広めたく無いんだ」

 

 だから内緒だよ!って笑って言えた。暫く無言で並んで歩く……この辺は、まだまだ開発の手は伸びていない。

 周りには畑が沢山有り、昔ながらの住宅が密集している。木塀の家も多く、鉄製の看板も沢山有る。

 「これが有名なオロナミンCの昔の看板だよ」とか「これはボンカレー、あれはオリエンタルカレー!昔はルーが粉末だったんだよ」とか、昭和のトリビアを話ながら散策を楽しんだ。

 2時間位歩いただろうか?漸くゴールのマンションが見えて来た。

 冬の夕暮れは早い……既に遠くに見える水平線には、沈みゆく太陽が半分掛かっている。

 

「綺麗……でも、もう夕暮れね。結局何も見つからなかったわ」

 

 暫し並んで夕日を見ていたが彼女が、ポツリと言った。確かに確認の意味での散策だから、真新しい事実は見つからなかった……

 

「連絡次第だけど、次は付近のお寺や神社に聞き込みをするよ。田舎では神社仏閣には住民の情報が集まるからね。住職や神主さんの話は貴重だ」

 

「今日行かなかったのは、何故?」

 

「正式な依頼を請けていれば、あのマンションのオーナーから頼まれて調べています!って言えるでしょ?

プライバシーに絡む話は、中々聞き出せないよ。

興味本位や取材なんかより、ちゃんと依頼を請けてる方が相手も話し易いでしょ?」

 

 お寺なら伝手が有るから、最悪は総本山からの紹介とかも使えるからね……そう言って考えなしにお寺や神社に突撃しない様に釘を刺す。

 それにどちらも聖職者だし、ペラペラと話してくれる内容でもないからね。

 人の生き死にに関する情報なんて……

 

「榎本さんが寺社、私が神社を担当すれば良いコンビじゃないかしら?」

 

「はははははっ!桜岡さんは、どの流派に属しているんだい?

さて、最後に長瀬綜合警備保障の連中の待機場所に簡易結界を張っておしまいだ!流石に彼らを放置じゃ危険過ぎるからね」

 

 知った顔も多いし、彼女曰く脳筋仲間だから!無用な度胸で突撃する奴も居るんだよ。

 

「俺は、幽霊なんて信じないっすよ!だから平気っす」とか「自分は非科学的な事は信じてないから大丈夫です!」とか、気の良い奴でも否定派は少なくない。

 

 逆に深夜のビルとかを巡回する連中は、それ位じゃないと務まらない。一々怖がっていたら仕事にならないからね……

 長瀬社長も昼間はそんな連中を夜は霊障の実体験を持っていても辞めない連中でシフトを組んでいる筈。

 危険は圧倒的に夜の連中だ……だから彼らを守るのも僕の仕事の内なんだよ。

 

「ふーん、結界ね。それって私も見ていて良いかしら?」

 

「別に構わないけど……そんなに楽しい事じゃないよ」

 

 今日は、このお嬢様に付き合いっぱなしだね。マンションに向かえば、例の雑貨屋のシャッターが開いていた。

 

「桜岡さん、ちょっと店に寄るね」

 

 彼女に断りを入れてから店に入る……店内には蛍光灯は点いているが、少し薄暗い。

 店番は……居ないな。商品を物色する様に、ゆっくりと中に入る。

 

「いらっしゃいませ……」

 

 店の奥から、30代半ばと思われる女性が出て来た。髪をキチンとセットし、薄く化粧もしている。

 その表情には旦那さんが入院中で苦労している感じは無いか……まぁ調べなければ、あの娘の母親とも限らないけどね。

 前回同様、ガムとコーラを手に取りレジへ。

 

「これを下さい……前に来た時は、娘さんですか?店番をしてましたね。偉いなぁ、まだ小学生位ですか?ウチの子にも見習わせたい」

 

 子供なんて居ないが、話のネタ振りで嘘を言う。彼女が僕と後ろの桜岡さんを交互に見てるけど?

 

「わっ私達の子供じゃ未だ違いますからね!」

 

 桜岡さんが慌ててるけど、旦那さんの事を聞きたくて話し掛けてるのに。騒いだら話の切欠が途切れるでしょ!邪魔しないで下さい。

 見れば彼女は、淡々と商品をレジ袋に入れている。

 怪しいのは怪しいのだけど……

 

 

第17話

 

 働くロリっ娘を見にくれば、彼女の母親と思しき女性が出て来た……30代半ば、身嗜みに気を配った女性だ。

 とても旦那さんが入院中で苦労している様には見えない。淡々と商品をレジ袋に入れている彼女に話し掛けても反応は薄い。

 

「220円になります……其方はご夫婦では?」

 

 小銭入れからピッタリの金額を探して渡す。

 

「僕達ですか?僕達は仕事の同僚ですよ。あのマンション……競売に掛けるらしくて下見がてら来ました。

周りの生活環境によっても入札金額が変わりますからね」

 

 競売と聞いた時に、僅かに反応した……あのマンション絡みで何か有るのか?

 

「そうなんですか……知りませんでした。そう、工事が再開されるのですか?」

 

 少し食い付いて来たかな?

 

「でも、調べてみたら良い噂を聞かないんですよね。何か周りも口を濁すと言うか……幽霊が出るとか言われた時は笑いましたよ。

この平成の時代に幽霊ですからね。奥さんは何か聞いてます?」

 

 それとなく探りを入れてみるが……

 

「いえ……でも工事が中止になってから、変な人達が夜に訪れたりして騒がしくって……」

 

 困ります、と言ってくれたが……この辺が潮時かな?

 

「ああ、肝試しとか?大変ですね、では!」

 

 そう言って店を出る。暫くは振り返らずに真っ直ぐ歩く……

 

「榎本さん!子供が居るなんて聞いてませんよ!離婚したんですか?子供には両親が必要なんですよ!てか、さっき天涯孤独って……」

 

「落ち着いて下さい。嘘ですよ、彼女との話の切欠作りです。それより、怪しいと思わなかった?

彼女の旦那さんは入院中だ。娘に店番をさせて見舞いに行っている。そんな環境で身嗜みを必要以上に整えるかな?」

 

 状況は辛い筈だ……一家の働き手が入院中。幼い娘に店番をさせる程、困ってるのに化粧?

 それともスナックとかバーとか、夜の店に働きに行ってるのか?

 

「なっ?嘘?駄目ですよ、騙すなんて!子供が居るなんてビックリしましたわ」

 

 違う!君じゃなくて彼女が怪しいか聞いたのに……

 

「でも入院中の旦那が生霊として、何故マンションの3階なんだ?それとも彼女絡みでは無いのかな……」

 

 場所に憑く生霊は、僕は聞いた事が無い。生霊は人に憑き纏う物だと思っていたけど……

 

「んー普通の生霊は、怨みや執着している相手に憑きますわ。前にストーカーの生霊を祓った事が有ります」

 

「えっ?ストーカー被害って、ついに心霊現場まで発展してるの?でも、歪んだ思いの結果なら有り得るのか……」

 

 話しながら歩いていると、マンションを囲う仮設ゲートの手前まで来た。さり気なく手前の角を曲がる時に後ろを確認すると、例の彼女が此方を伺っている。

 

「桜岡さん、彼女が見てるから曲がるよ。後ろを振り向いちゃ駄目だからね……」

 

 道を曲がり僕達の姿が見えなくなってから一息つく。やはり、彼女は何かしら今回の件に関係してる。

 携帯カメラを録画モードにして、角から突き出し確認する……少しだけ突き出しているから、向こうからは確認出来ないだろう。

 画面を見ればジッと此方を伺っていたが、一分程で店の中に戻って行った。

 

「怪しいな……でも不用意に会ってしまったな。向こうも警戒しちゃったし……さて、どうしようか?」

 

「えっ?直接問い詰めないの?」

 

 携帯をしまいながら聞いたら、脳筋な回答来ました!

 

 オイオイ……いきなり聞ける訳ないでしょ!塀にもたれ掛かり溜め息をつく……

 

「えっと……馬鹿にされてるか、呆れられてる気がしますわ」

 

 ブーっと頬を膨らませて「私怒ってます!」的な表情の桜岡さん。

 

「直接問い詰めるのは下策でしょ!先ずは調べないと……いきなり、貴女の身の回りの誰かが生き霊となりマンションに出没してます!

どうしてくれるんですか?って、警察を呼ばれたら僕達が不審者で捕まるよ」

 

 こっから先は、長瀬社長次第だな。興信所に依頼出来れば、結構解決は早いかも……

 

「不審者?私が?」

 

 何を驚いているんだか?心霊話をいきなり始めたら、結構不審者ですよ……

 

「桜岡さん。彼女が警戒してるかも知れないから、正面ゲートからは入れない。僕は塀をよじ登って中に入るから、君は迂回して今日は帰った方が良いよ。

そろそろ暗くなるから危険だしね」

 

 そう言って電柱を利用して、工事用のパネルに手を掛ける。

 

「えっ?」

 

 彼女が驚いている間に、パネルの上に登り「後で電話するから……じゃ今日は解散で!くれぐれも彼女に見付からない様に帰るんだよ」と言って、中に飛び降りた!

 

「えっ?榎本さん、私を放置プレイしないでー!」

 

 ……何か騒いでいたが、気にしない事にする。ここはマンションの裏側だ。

 建物の外周をゆっくりと歩いて正面に回る。入り口付近のテントに、長瀬綜合警備保障の警備員が詰めていた……

 良かった、知った顔だ!

 

「お疲れ様!」

 

 漫画を読んでいた彼に話し掛ける。確か心霊現象の肯定派の人だ。

 

「うわっ?なんだ、榎本さんですか!脅かさないで下さいよ。社長から聞いてます。

だからいきなり声を掛けられたからビックリしたじゃないですか!」

 

 本気でビビってたね!大丈夫かな?

 

「ゴメンゴメン……長瀬社長から聞いているなら問題無いね。このテントに簡易結界を張るから……

それと御守りのお札ね。あと、建物の中には絶対に入らない事。

少し噂になってるから、肝試しとかで変な奴らも来るかもしれない。でも基本的には中には入らないで欲しい。

もし入るなら3階には立ち入らせないで、その前に連れ出して欲しいんだ……」

 

 テントの四隅に盛り塩をして、鉄製のポールにお札を貼り付ける。後は護身用の札を何枚かと、フィルムケースに入れた塩を渡す。

 

「交代要員は?」

 

「22時にもう1人来ます。それまでは僕だけです」

 

 深夜警備だけを増やしたのか……まぁ仕方ないか。

 

「テント内に居れば、一応結界が有る。ヤバいと思ったらダッシュで逃げろ。お札は一枚を肌身はなさず持っていてね。

残りは他の人に渡して。塩は最後の手段だからね。もし襲って来たら……撒いて逃げる。

基本的には逃げの方向で」

 

 彼に一通り簡単な説明をしておく。

 

「それと……僕が除霊で来ている事は誰にも内緒でね。今回は生霊の可能性が高い。

つまり相手は生きている人間だ。どんな奴かも分からない。男か女かも分からない。下手に話すと君も危険だからね……」

 

 そう言って口止めをしてから、入って来たのと同じ様に裏の塀から外に出る。

 成り行きとは言え、手持ちの除霊道具の殆どを渡してしまった。

 残りは数珠だけか……見渡せば、すっかり辺りは暗くなってしまった。

 時刻は、6時48分か……シマッタ、結衣ちゃんに連絡入れるのを忘れた。迂回しながら駅の方へ歩きだす……

 途中で携帯電話から自宅へ電話をする。

 コール音が聞こえ、4回目で結衣ちゃんが出てくれた……

 

「はい、榎本です」

 

 くーっ、はい榎本ですって新婚さんみたいだよね?

 

「もしもし、結衣ちゃん?ゴメンね。これから帰るから、あと1時間くらいかな?」

 

「分かりました。では夕飯は食べずにまってます。今夜は鍋にしたんです」

 

「おお、鍋!寒い時期には最高だよね。何かデザートを買って帰るよ。何か良い?」

 

「すみません。今日は調理実習でシュークリームを作ったんです。良ければ正明さんに食べて欲しくて……」

 

 ナンダッテ?ロリっ娘の手作りスイーツだと!

 

「勿論、そっちを頂くよ。じゃ戸締まりはちゃんと確認してね。

真っ裸で……いやマッハで帰るから」

 

 何てこったい愛染明王様よ!こんなご褒美が待ってるなんて。

 足取りも軽く、通り掛りのタクシーを捕まえて最寄り駅まで……一分一秒を惜しんで帰宅しました!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 タクシー・電車・タクシーの三連コンボで、予定時間を大幅に短縮して帰宅した。

 途中で、桜岡さんにも電話をして経緯は報告。後は本当に連絡が来ないと何も出来ないと念押し。

 2〜3日だから大人しくしていなさいと説得。

 漸く本日のご褒美……ロリっ娘の手料理の海鮮チゲ鍋を食べています。

 普段はキッチンで食べるけど、鍋と言う事で居間の炬燵に運んでテレビを見ながら食べています。

 最近結衣ちゃんがハマっているクイズ番組だ。

 僕が遅れたので、付き合わせて見れないじゃ申し訳ないからね!

 

「和食党の結衣ちゃんが韓国料理とは珍しいね!辛いの苦手でしょ。大丈夫かい?」

 

 余り辛い物が食べられない結衣ちゃん。序でに猫舌でもある。フーフーと取り分けた野菜に息を吹きかけている。

 嗚呼、僕にもフーフー+「アーンして下さい!」のコンボを決めて欲しい。

 

「えっと……冷凍庫の整理をしてたら、海老とかイカとか少量ずつ残ってて。一度に食べれるのは鍋が最適かなって。

それに私だって辛い料理だって食べられます。正明さん、過保護です」

 

 あからさまに怒ったり拗ねたりはしないが、こんな風に拗ねられるのは最高だ!

 

「ゴメンゴメン!じゃ今度は少しだけお酒の効いたケーキとか買ってくるからね」

 

 結衣ちゃんの食べる仕草は可愛い。特に大好物のケーキは、本当に幸せそうに食べる。

 でも日本茶党だから、ケーキにもお茶なんだよね……

 

「……ケーキの時点で子供扱いです。でも洋酒が効き過ぎだからと言って食べさせてくれなかった、パティスリー雪の下のロイヤルフルーツケーキなら許してあげます」

 

ああ、鎌倉のアレか……普通は加熱するからアルコール成分は飛んでいるんだけど、アレは結構な量がかかっていたし風味も残ってて危ないと思ったんだ。

 

「じゃ今度の休みにでも、2人で鎌倉散策に行こうか?」

 

「……良いですよ」

 

 グフフッ……結衣ちゃんを合法的にデートに連れ出せたぞ!週末は楽しみだなぁ……

 鎌倉だけじゃなくて、江ノ島まで足を延ばして江ノ島水族館にでも行ってみるかな。

 

「そうだ!序でに江ノ島まで足を延ばして江ノ島水族館に行ってみようか?」

 

「そうですね!お魚大好きですから行きたいです」

 

 結衣ちゃんは水族館や動物園が結構好きなんだ。ズーラシアやシーパラダイスには良く連れて行った事が有る。

 そう言えば池袋のサンシャイン水族館も改装中だし、次は其処に誘おうかな!デートプランも固まったので、料理に専念する。

 海鮮チゲ鍋は、海老・イカ・ホタテ・白身魚の切り身、それにほうれん草・白菜・大根と栄養のバランスも取れた逸品でした。

 最後にうどんを入れて溶き卵で辛味をまろやかに……

 デザートのシュークリームは、膨らみが少し歪だったけど美味しく頂きました!

 

「御馳走様でした。結衣ちゃん!」

 

 

第18話

 

 榎本が結衣ちゃんとイチャイチャしてた頃、問題のマンションでも変化が有った……

 久し振りに夜空に雲も無く、満月に近い月明かりに照らされて敷地全体がボンヤリと見渡せる明るさだ。

 仮設のテントの中でボーっと待機するだけでは隙を持て余す。しかし巡回は2時間おきだし、建物の中には入らない様に言われている。

 つまり敷地に巡らされた仮囲いの周りを定期巡回するだけ。大して動かないから寒さが堪える……

 屋根は有っても壁は無い。缶コーヒーを買っても直ぐに冷えてしまう。

 

「うー寒みーなー!それに暇だし……ビル警備なら暖房が効いてるしテレビも有るのにな」

 

「全くだよ。でも幾ら寒くても、アレの中には入りたく無いな……今回は本物らしいからな」

 

 社長からも念を押されている。

 

「入るな危険!第三者が侵入しても2階で何とか取り押さえろ」

 

 しかし仮囲いには正面しかゲートはないが、一旦中に侵入してしまえば建物内には何カ所か入り口が有る。

 気付かれずに入る事は可能だ。だから外周は30分おきに回っている。不審者や不審車両のチェックの為に……

 週末のせいか、それともネットで噂が広まったせいか何組かの若者が見に来ている。

 

 外から「これが噂の廃マンションかー!」「怖えーよ!マジでヤバくね?」とか、怖いもの見たさで騒いでいる分には良い。

 

 近くに行って懐中電灯で照らしてやれば、笑いながら帰って行く。問題は、気合いの入った心霊マニアだ!

 奴らは、単独又は少人数で静かに侵入しやがる。

 

 警備が居ても「取り壊される前に見たかった!」「折角の貴重な建物なんだ!記録映像を撮らせてよ」とか言ってくる。

 

 直ぐに警察に通報するのが、会社のマニュアルだ!勿論、現行犯で確保もするし証拠の写真も撮る。

 不法侵入は立派な犯罪だから……

 

「昼間に榎本さんが来たんすよ。あの人、今回は難しいって言ってましたよ」

 

「あー、結構信用してんだよ、あの人は。俺らと同じに現場回ってくれっし、肉体派だしな」

 

「「それに下ネタが好きっすからね」」

 

 全く風俗にハマって、横浜ヘルス街と川崎ソープ街じゃ有名な人に師事してるとか言われてるぜ!全くエロ坊主じゃね?

 猥談で盛り上がる彼らを一瞬で現実に引き戻す事態が発生した!

 

「オイ!2階で一瞬、FLASHが光らなかったか?」

 

「俺も見たっす!最近はナイトビジョンでの撮影が多いけど、今のはFLASHだ!誰か侵入しやがった」

 

 警棒とマグライトを掴んで、建物にダッシュする。幾ら怖いと言っても、仕事だから仕方ない。

 建物の入り口で、一瞬だけ躊躇したが侵入する。

 

「誰か居るのか?居るなら出てこい!」

 

「出口は塞いだぞ!2階から飛び降りる気か?」

 

 1階内部を探索し、声を掛ける。どうやら黙りを決め込むつもりか?

 

「階段は此処だけだ……2人で行こう」

 

 警棒を構え、マグライトで周囲を確認しながら階段を登って行く。直ぐに2階に行かないのは、すれ違いや思わぬ反撃を警戒してだ。

 奴らも犯罪行為は理解している。逃げ出す為に反撃する奴も居るんだ。

 

「オラッ!出て来いやー!」

 

 威嚇の為に警棒でコンクリートの壁を叩く。静かな建物内に響き渡る打撃音……ゆっくりと手前の部屋から調べ始める。

 

「居るなら今の内に出て来い。見付かってからじゃ洒落にならないぞ」

 

 荒事専門、肉体派の2人は顧客には礼儀正しいが不法侵入者には厳しい。何度か彼らを捕まえて、警察からも表彰を受けた事も有る猛者だ。

 

「ひっひぃー……畜生、覚えてやがれ!」

 

 突然、外から叫び声が聞こえた!窓に顔を出して確認すれば、小太りの男と背の高い男が走り去って行くのが見えた……

 

「ほぅ……2階から飛び降りたか。まぁまぁ気合いが入っているじゃんか」

 

「今から追っ掛けても捕まらないか……」

 

 取り敢えずは任務完了だ。ふっと張り詰めていた気が緩んだ瞬間「ふっ……」耳元で誰かの息遣いが聞こえた!

 

「オイッ!」

 

「誰だ?」

 

 2人が振り向くと、部屋の入り口にパジャマを来た奴が居た……頬が痩け眼窩の落ち窪んだ暗い穴の様な両目を此方に向けて、ただ立っていた。

 

「……出やがった」

 

「かっかか体が、動かない……」

 

 懐中電灯を向けたままの姿勢で体が固まって動かない。

 

「おい!塩、塩だ!持ってるか……」

 

「有る……けど、ポケットの中だ……体が動かねえ」

 

 奴から目が離せない。体が動かせない。気持ちは焦るが、対処出来る物を持ってるのに行動出来ない……

 

「やっヤバいぞ。近付いて来やがる」

 

「たっ助けて……いや、嫌だ……」

 

 ガタガタと震える体に力を入れるが、全く言う事を聞かない。ゆっくりと近付いてくる奴をただ見ているだげた……

 後、2mで触れる位に近付いてしまう。何故か奴の呻き声や布ずれの音までが、ハッキリと聞こえる……

 後、1m。もう吐く息さえ感じられそうだ。

 

「動け、動けよ……」

 

「くっ来るな!来ないでくれ……頼む……」

 

 直立不動で動けない彼らの一歩手前まで近付いた。

 

「がっ……あがが……」

 

 唸る声、吐き出す息遣いまで感じられる距離。願いも虚しく目の前まで近付いて来た。

 

「ぐがっ……さっ……ゆ……ゆり……」

 

 枯れ枝の様に細く痩せた手を彼らに延ばしてきた。

 

「「うわぁー!」」

 

 彼らの悲鳴が深夜のマンションに響き渡った!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 突然の電子音で目が覚めた……電話?携帯?枕元に置いてある携帯電話に手をのばす。

 ディスプレイには「長瀬綜合警備保障 長瀬社長」の文字が。

 同じくディスプレイの右上には現在時刻が表示されている。4時18分……何か有ったのか?

 

「もしもし……榎本です」

 

 電話に出ながら起き上がり、机に向かいメモれる様にする。

 

「早朝にすまん。榎本君、先程警察から連絡が有った。例のマンションの警備の連中が入院した。

状況は分からんが、見てしまったらしい。付近の住民が悲鳴を聞いて警察に連絡。

駆け付けた警察官が2階で倒れている彼らを見付けて病院まで搬送してくれた……」

 

「2階でですか?3階でなくて?」

 

 まさかヤツは移動出来るのか?

 

「そうだ2階だ……幸い怪我は無く見つけ出した時に目覚めたが、錯乱していたので念の為に入院だ。

それと検査をされている。心理的なショックも有るが、薬物使用の有無を確かめられてるんだろうな」

 

 麻薬をキメて幻覚を見たとか疑われたのか?と、言う事は警察も彼らが幽霊を見た!

 そう聞いてしまったんだろう……

 

「それはご愁傷様でした……しかし命に別状が無くて良かった。でも警察に知られたのは不味かったですね。僕の事は話しても構いませんが、桜岡さんの事は……」

 

 お茶の間の人気梓巫女である彼女は、格好のネタだ!「梓巫女・桜岡霞、除霊に失敗!遂に被害者が出る」とか五月蝿そうだぞ!

 

「警察に呼ばれているよ。朝9時に所轄の刑事課へ……警備会社は警察ともコネが有る。

君達の事は伏せておくよ。幸い君に言われてマンションのオーナーに調査を頼んだのが良かった。

警察には、何か怪しい物が見えると社員から報告が有り警備体制を増員していた。向こうの調査待ちだった!そう言えるからね」

 

「坂崎君にも口裏を合わせないと……でも僕は無理ですよ。昨日、彼らに会ってお札と清めの塩を渡したんです。

調べればバレるし、もしかしたら彼らが話しているかもしれないし……」

 

 対策を講じていたのに、全く効果が無かった。まるで無能だ……

 

「分かった。君への依頼はちゃんと報告する。そして危ないと報告されて、警備体制を強化。

マンションオーナーに問い合わせている最中だった!この線で行こう」

 

 後は幾つかの決め事をしてから電話を切った……最悪の流れだ。騒ぎが大きくなった。しかも警察沙汰だし救急車まで呼んだんだ。

 騒ぎは広がるばかりだろう……時刻を見れば、6時7分か……少し早いけど、桜岡さんにも釘を刺すか。

 彼女なら知らなければ、騒ぎの中に突っ込んで行きそうで怖い……携帯からコールするが、出ない。

 まだ寝てるのか?10回鳴らして諦めた。所轄だと横須賀警察署か……刑事課には知り合いの刑事さんが何人か居る。

 最も友達じゃなくて、職務質問とかされた仲だ。

 彼らからすれば、僕らの業界は詐欺師の集まりだからね。でも比較的、人の死に近い警察も心霊絡みは……実は結構有る。

 でも彼らは表立っては認めないけどね。

 僕は在家僧侶だし、料金も破格に安いから問題は少ない。坊主が依頼を請けて死者の魂を極楽浄土へ導く……別にどこも悪く無い。

 しかも警察から何回か依頼も請けているし、遺族にさり気なく紹介してる節も有るんだ……だって広告出してないのに、事務所に来るんだよ。

 何処からの紹介かを聞いても答えないし、でも警察絡みの事件の関係者だから……少し早めに事務所で待機していれば、案の定警察から任意同行と言うか……

 お話を聞かせて欲しいと連絡が有った。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕の事務所から横須賀警察署までは、歩いても10分と掛からない。9時30分にと言われたのは、長瀬社長と時間差で質問し粗を探すつもりか?

 結局、桜岡さんからの電話は無く事務所の留守電に用件を録音しといた。

 大切な話が有るから、午後は体を空けておいてくれと……勝手知ったる刑事課に顔を出す。

 

「お早う御座います。榎本と申しますが、刑事課の佐々木さんに呼ばれまして……」

 

 この警察署の刑事課は、20畳ほどの別室になっており扉は1つしか無い。だから入ると一斉に厳つい刑事さん達が注目する。

 

 ちょっと怖い……

 

「ああ、榎本さん。わざわざ済みませんね。ちょっと聞きたい事が有りましてね」

 

「長瀬さんから聞いてます。何でも昨夜の騒ぎについてだろうって……」

 

 ナチュラルに話しながら、応接室に通される。何も犯罪はしてないから、警察も取調室には案内しない。大抵は会議室か応接室だ。

 緑茶を淹れてくれて対面で座る。

 

「で、どうなの?」

 

「あのマンションは本物だと思います。先日、夜に立ち会いで調査しましたが……僕も見ました。

だから真偽をマンションオーナーに問い質して、取り敢えず警備を強化しろって長瀬社長に言ったんですよ……」

 

 朝の打ち合わせ通りの内容を話す。僕は在家だが僧侶。僧侶が霊の話をしても、なんの不思議も無い。

 幽霊なんて居ない!魂なんて無いんだ!なんて言ったら、警察と言えども仏教界に喧嘩を売った様なものだ。

 

「やはり同じ事を言うんだな。まぁアンタは坊さんだ。霊を信じてるのは職業上当たり前だよな。

分かった、ご苦労様でした。でも、あのマンションどうするんだ?」

 

 これだけの騒ぎだ。沈静化するのに何ヶ月掛かる事か……

 

「あとは長瀬さんとマンションのオーナーさんとの話し合いでしょうね。正直、依頼も無く動き回る訳にも……」

 

 廊下まで案内してくれた佐々木刑事に頭を下げて警察署を出る。長瀬社長の携帯にコールするが、直ぐに留守電に切り替わった。

 此方の取り調べは終わった旨を録音する。僕と違い長瀬社長には、聞かれる事が沢山有るんだろうな。

 何たって社員が入院したんだからね……

 

「長瀬社長……頑張って下さい」

 

 僕は、まだ取り調べの最中だろう長瀬さんにエールを送った。


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