榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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リクエスト作品(高野さん編)前編・中編

リクエスト(高野さん編)前編

 

 私の名前は高野澄子(たかのすみこ)

 

 地味な名前に地味な容姿。衣装や化粧も極力他人の印象に残らない事に気を付けている。

 表の顔は結界専門の霊能力者として、八王子の名士である小原一族の当主の小原拓真(おばらたくま)に雇われている。

 女癖の悪い嫌な男だが、彼の好みは色気の多いグラマーな女。私は胸の貧しい地味な女。

 つまり、あの舐める様な嫌らしい目に晒されないで済むので気が楽だ。但し雇い主の愛人達の哀れみと優越感に浸った目には腹が立つ。

 最近知り合った筋肉達磨に下痢地獄の術を習ったので、ストレス解消に良く使っている。

 雇い主との逢瀬の前に腹を下せば、本当の理由を言えずに嘘を付く。逢えない言い訳が度重なれば、寵愛も失うって寸法だ。

 

「人間の尊厳を犯す最悪の呪い。良心がガリガリ削られる禁術だが、本来復讐や仕返しってそんな物は関係ないだろ?

やられたらやり返す。当たり前の事だよ」

 

 この術を教えてくれた時、あの筋肉達磨は暗い笑みでそう言った。頷くしかなかったし、心の底から奴に敵対しないと誓った。

 既に奴は私の毛髪も所持しているし個人情報も知っている。本名・生年月日・性別・年齢・毛髪で発動する、この禁術を防ぐ事は難しい。

 常に結界を張っていれば返せるかも知れないが、現実的には無理なのだ。それに奴は見た目が脳筋パワーファイターの癖に、実は強力な術者でもある。

 皆がギャップに騙されるんだが、マッチョと呪術士を両立させるって反則じゃないかしら?

 

 そして、そんな彼とは小原氏を通じて協力者でもある。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 神奈川県逗子市。

 

 高級別荘地葉山町と隣接し、また逗子御用邸と言う皇族専門の保養所も有る風光明媚な歴史ある街だ。

 そして金持ちでもある小原氏の別荘も当然有る。主に小原氏が愛人との逢瀬に使っているが、今は筋肉達磨との商談に良く使う。

 彼は関西の心霊詐欺カルト団体、神泉会と敵対している為に小原氏に協力的だ。

 

「で?」

 

「いきなり最初の言葉が一文字って男としてどうなの?一応男女の密会なのよ?」

 

 相変わらず暑苦しい筋肉をスーツに包んだ榎本さんが私の向かいに座り、此方を見詰めている。

 高級別荘のベランダに二人で向かい合って座り珈琲を飲む。一人は筋肉男、一人は地味な女。

 爽やかな風が吹き抜けるが、二人の間には甘い雰囲気は欠片も無い。当たり前だが、お互いがお互いを異性の好みから大きく外しているからだ。

 因みに彼はロリコン、私は美形好き。

 

「いや、いきなり会って話がしたいって呼ばれてさ。向かい合って珈琲飲んで終わりって訳じゃないだろ?」

 

「勿論よ。でも先ずは頼んでおいたブツを貰えるかしら」

 

 そう言うと胸ポケットから小さな箱を取り出してテーブルに置く。そのまま此方に押し出すのを受け取る。

 箱の中身を確認すれば、4㎝前後の無色透明な水晶が六個入っている。これは私が霊力と親和性の高い水晶を用意し、彼が霊力を込めた物。

 短期間しか霊力を込めてない筈なのに、驚く程に力有る石に変わる。いや変わると言うより生まれ変わって別物になると言った方が良い。

 

 この男……

 

 愛染明王を信仰してると公言していながら、絶対に何か他の神を信奉してる筈だ。それもメジャーでなくマイナーだが力強い神を!

 この水晶に込められた禍々しくも神々しい力……愛染明王の力だけじゃ説明出来ない。

 しかも私が散々調べても分からない気配の力を……ウットリと素晴らしい力を秘めた私の子供達を眺める。

 

「相変わらず素晴らしい出来映えね。はい、お礼の結界石よ」

 

 素晴らしい水晶の対価は私の秘儀の簡易結界セット。正直に言えば対価としては釣り合わないと思う。

 だから私も自身の最高の出来映えの物を複数用意して渡す。

 六個の石を円形に配置し、軽く霊力を流す事で事前に組み込んで有る結界が発動する優れものだ。

 効力は直径2m以内で持続時間は二時間。配置する数を倍にすれば効果も二割位は強くなる。それを八組分渡す。

 

「うん、有難う。助かるよ。僕は防御系や結界は苦手だからね。御札結界じゃ限界が有るからさ。で、本題は何だい?」

 

 厳つい顔に笑顔が浮かぶが、これも彼の擬態ね。結界石を受け取り丁寧に胸ポケットへしまう。

 自分の作った結界石を誉められるのは嬉しい。それが意中の相手じゃなくともね。

 

「はい、小原さんからの手紙よ。神泉会だけど、未だ関東進出を諦めてないみたいね。

奴等の最近の動きが纏めてあるわ。特に貴方の愛しい梓巫女さんを狙ってはないわね。安心した?」

 

 そう言うと確かに安心した様な表情になる。不思議だ……

 酷いロリコン、所謂ペド野郎の癖に濡れ濡れ透け透けお色気巫女の桜岡霞の事を本当に心配している。

 あのお嬢様は、どうやってコイツを籠絡したのかが知りたい。

 噂では彼女の母親、摩耶山の金髪ヤンキー巫女は旦那を呪いで籠絡したらしい。母娘揃って旦那を呪術頼みで籠絡とは呆れる。

 

 恋愛って、もっと……こう、心踊る何かが……

 

「確かに手紙の方が情報漏洩の心配は少ないけど、相変わらず律儀に詳細な報告してくれるな、小原さんは……で?」

 

 私の妄想を律儀に手紙を読み終わり灰皿の上で燃やした後に聞いてくる。その手紙って燃やす程に重要な秘密が有ったのかしら?

 そもそも詳細な報告を流し読みで燃やして良いの?内容を覚えられるのかしら?

 

「で?で?五月蝿いわよ。本題はね。榎本さん、拳銃とか手に入れられるかしら?」

 

「何だよ、いきなり焦臭い話をして……銃器は足が付きやすいぞ。可能だが、厄介な連中に借りを作るから嫌だね」

 

 可能なんだ……やはり関西のヤクザ絡みかしら?でも脅迫ネタになるから慎重になるわよね。

 只でさえ表向きは法律を遵守して契約に重きを置くんですもの。

 

「うーん、適当なヤクザを狩れば持ってるかしら?」

 

「常に銃器を持ち歩く物騒な連中なんて居ないよ。必要な時に隠しているのを持ち出すんだ。

最近はネット販売で本物が買えちゃう事も有るらしいが、簡単に足が付くよ。で?誰を始末するのさ?銃を使うより呪った方が早くないか?」

 

 やはり裏にも精通してるんだ。サラリと呪い殺せなんて、普通の感性では出ない言葉だし……

 

「確かに物理的に殺すよりも呪術的に殺す方が私達にはお似合いよね。でも今回は呪術的防御が半端無いのよ。

だから直接的に危害を加えたいけど、SPが多くてね。接近してナイフでとか無理なのよ」

 

 今回の仕事は、私の復讐……

 

 やっと見つけ出した今回のチャンス、逃せば次のチャンスは分からない。

 榎本さんには悪いけど、奴が殺せるなら私は警察に捕まっても構わない覚悟が有る。

 

「急がないなら猟銃の所持申請をするんだね。半年位で取得出来るよ。

後はクロスボゥとかかな。昔、矢ガモ事件とか有ったろ?殺傷力が低いが距離は稼げる」

 

 猟銃か……でも最初は散弾しか撃てない筈だしクロスボゥでは急所に当たらないと難しい。

 それに半年も待てない。奴が日本に滞在するのは一週間しかないし……

 しかし人殺しの提案をサラリとしてくるとは、何が躾の行き届いたクマさんよ!周りは騙されてるわね。

 

 コイツ、トンでもない極悪人よ。まぁ私も同類だけどね。

 

「良いわ、忘れて今の話は……只の戯れ言よ」

 

 彼でも無理となると、どうしようかな?私では結界に守られた奴を呪い殺す程の力は無い。

 常にSPを侍らす奴に近付く事も無理。ましてや刃物を振りかざして近付くなど不可能よね。

 宿泊場所に仕込みをするにも時間的に無理。でも、この身が破滅しても奴を殺したいのよ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 私用の車で移動するとナンバープレートを覚えられる。タクシーも同様に特徴有り過ぎる僕は記憶に残る。

 だから徒歩と公共機関での移動が良い。葉山の小原邸からのんびりと海岸通りまで歩いて行く。

 高級住宅街で有り数多の別荘が建ち並ぶ葉山町も、実際は山の中の道が狭い不便な場所なんだよな。

 確かに気候は温暖、自然豊かで都心に近い。でもバスしか無いし住むには不便だ。

 勿論、金持ちは通勤時間とか気にしない連中だから問題無いんだろう。坂を20分程下ると漸く海岸沿いに出れた。

 

 後はバスにのって京急新逗子駅に行けば良い。国道をノンビリ歩けば、風が塩の匂いを運んでくる。

 若干磯臭いのは仕方ないだろう。浜辺には沢山の人が砂浜を見下ろしながら、何かを探している。

 

 ビーチコーミングだっけ?

 

 浜辺に流れ着いた漂流物を拾うらしいが、この逗子と鎌倉の海岸には他では拾えない物が色々と流れ着く。

 例えば鎌倉時代の陶器の欠片などだ。言い伝えでは鎌倉時代に戦に行く前に杯を海に向かって投げる風習?が有ったとか……

 他にも馬の骨とか硝子の欠片とか色々な物が流れ着く。中には良くない気配を漂わせた物も流れてくる。

 昔は疫災を纏めて船に積んで沖へ流したなんて話も有る。日本版の幽霊船の元ネタになりそうな話だ。

 昔から海は恩恵と共に災いも齎(もたら)してくれるんだよね。

 

 しかし……

 

 今日の高野さんは変だったな。拳銃を欲しがるなんて普段からは考えられない。

 確かに結界専門の術者だし非力な女性だから、決定的な火力を求めるなら銃器だ。

 でも法治国家の日本では所持するだけでも罪になる。確かに僕も内緒で数丁持っている。

 

 親父絡みの除霊で手に入れた。

 

 ヤクザに怨みを持ちながら苦しんで死んだ奴が怨霊となり、自分を追い詰めたヤクザ達をとり殺す事件が有ったんだ。

 仲間が何人もやられて怯えたヤクザ達が、効きもしない銃器で武装して殺されていた現場に踏み込んだ時に失敬した奴がね。

 当時は軍司さん達は外で待機して僕だけ突っ込んでいたから可能だった。

 助ける筈のヤクザ達は既に全滅していて、胡蝶が原因の怨霊を食ってる時に周りを見回していたら……落ちてたんだよ。

 

 若気の至りというか、男なら拳銃とか心躍るじゃん?

 

 つい数丁と弾を拾い集めて隠し持ってきてしまい、そのまま保管している。

 指紋も綺麗に拭き取って油紙に包んで脱酸素材と一緒に保管してるから、10年前のブツだが使えるだろう。

 元は名も知らぬヤクザの所持品だから足は付かない。所持中に現行犯逮捕されなければ大丈夫だろう。

 

 スミス&ウエッソンM36チーフズスペシャル……

 

 パクった後で色々と調べたが、中々の逸品だった。これが三丁に銃弾が27発。

 ヤクザの所持する拳銃なんて中国かロシア辺りの粗悪品なイメージだが、これを持っていた連中はアメリカの二大銃器メーカーの逸品をどうやって手に入れたんだろうか?

 

「なぁ胡蝶。高野さん、変じゃなかったかな?何時も腹黒くて強欲で僕を弄るのが好きな嫌な娘だけどさ。なんか、こう……」

 

「あれは追い詰められた復讐者の目だぞ」

 

 追い詰められた復讐者?えらく具体的だけど、何で分かるの?

 

「あの目は昔の正明が我を見る目だよ。復讐者の目とは、只の怨み辛みじゃない意志を感じるのだ。

あの女……いや、よそう。我等には関係無い事だからな」

 

 確かに他人の復讐に関わっても碌な事にはならない。何故から復讐者は自分も含めて全てを犠牲にするから……

 

「何だよ、途中で止めるなよ。気になるじゃないか」

 

「正明の妾としては失格な女だからな。どうでも良いのだが、まぁ良いだろう。

あの女、死ぬ気だぞ。我の霊気を纏った水晶を常に肌身はなさず持っている故に分かるのだ」

 

 復讐……死ぬ気……か……復讐の為に自暴自棄にならなければ良いけどね。

 

 だが、知り合いがむざむざと死にに行くのは気に入らないな。

 

 

リクエスト(高野さん編)中編

 

 高柳育蔵(たかやなぎいくぞう)

 

 かつて年の離れた兄として慕った男。霊能力者で有りながら東大を卒業し官僚の道へと進んだ。

 奴の出世のダシに私の両親は使われた。

 官僚として国際情勢に詳しい奴はロシアがベニヤの原材料の木材に輸出規制をかける事を知ると、父親の会社に情報をリーク。

 父親は情報を信じて国内の山林の伐採権や原材料の買い占めを行った。

 

 ギブ&テイク……

 

 計画は成功し多額の資金を得た。此処までは良い。互いに納得して悪事を働いていたのだ。

 だが奴はマスコミに情報漏洩がバレると両親を自殺に見せ掛けて呪殺した。

 学校から帰った時に父親は既に事切れていたが、未だ生きていた母親が息も絶え絶えに教えてくれた。

 母親はそこそこの霊能力者だったので呪いに耐性が有ったのだろう。

 

「高柳が私達に呪いをかけた……返しきれなかった……」そう私に言い残して死んだ。

 

 まだ高校三年生だった私は遠縁の親戚達に騙されて財産の殆どを奪われた。

 何とか母親の遺品から結界術を学び卒業を機に、世話になっていた親戚の家から飛び出した。

 後は犯罪スレスレの霊能力者として、何とか今まで生き抜いてきた。

 

「ふふふ……あの筋肉達磨と生き方がダブるわね。彼も一族を怨霊に殺されて復讐してきたんだっけ?私は生きた人間が相手だけどね」

 

 同じ復讐者、同じ表と裏の顔を持つ者。そんな同じ境遇の男から連絡を貰った。何だろう?私は準備で忙しいのだけど。

 二日連続で逗子の別荘に来た。同じ時間、同じ場所、何故か同じ服装、そして同じ銘柄の珈琲。

 午後の気怠い時間帯にベランダで向かい合って珈琲を飲む。

 

「で?」

 

「いきなり最初の言葉が一文字とは女としてどうなんだ?一応男女の密会だろ?」

 

 ふぅ……その会話は昨日したわよね。私は忙しいので、貴方のお遊びには付き合っていられないのよ。

 

「いきなり連絡が来て会って話がしたいって呼ばれたのよ。向かい合って珈琲飲んで終わりって訳じゃないわよね?」

 

「勿論だよ。ほら、頼まれたブツだ」

 

 そう言うと鞄からタウンページ位の箱を取り出してテーブルに置く。そのまま此方に押し出すのを受け取る。

 箱の中身を確認すれば、鈍い銀色の金属の塊が……

 

「コレって……」

 

 玩具じゃない本物が持つ威圧感を感じる。

 

「スミス&ウエッソンM36チーフズスペシャル。弾は五発入ってる。勿論本物だ」

 

「榎本さん……アレは戯れ言だって」

 

 昨日の今日で用意出来るモノなの?見返りは何よ?私は復讐したら破滅しても……

 

「良く聞けよ。一度しか言わないからな」

 

 そう言うと私の手に自分の手を重ねて箱の蓋を閉じた。思わず顔を見れば真剣な目をしている。

 

「拳銃なんてモノは素人が、おいそれと扱える事は……」

 

 彼の言葉を要約するとこうだ。拳銃なんてモノは素人が、ましてや女性が簡単に扱えるモノじゃない。

 撃った時の反動が凄いから必ず両手で構えて5m以内、出来れば3m位が理想の距離だ。

 相手の体の中心に向けて、出来れば全弾撃つ。急所に当たらなくてもショック死や出血死の可能性が高い。

 此処までなら分かる。少し調べれば私でも分かる内容だ。だけど、此処から先が分からない。

 

 あの時、彼は……

 

「僕は友達が少なくてね。特に憎まれ口をきく悪友は君しか居ないんだ。だから……」

 

 悪友ね、お互いに恋人には百万歩譲ってもなれないから悪友?

 

「ふふふふ、よりにもよって女性に悪友?」

 

 良く聞けよ。拳銃は撃つと硝煙が体にこびり付く。体を石鹸で洗っても直ぐには落ちないから硝煙反応を調べられたらアウトだ。

 先ずは拳銃を大きめのジップロックに入れたままで撃て。ゴムの手袋に服も肌を露出しない出来ればレインコートみたいな物を着るんだ。

 指紋を残さない様にゴム手袋の中に軍手をするか、指先にセメダインを塗るかセロテープを貼って指紋を消すんだ。

 顔は必ず隠せよ、監視カメラなんて沢山有るんだからな。目的を果たしたら拳銃はその場に捨てろ。

 用済みだし不用意に持ち歩けば捕まった時に言い訳出来ない。方法は任せるが、兎に角現行犯で捕まるな。

 最低でも半日は逃げ延びろ。そして捕まっても黙秘を続けるんだ。少なくとも三日間は尋問に耐えて黙秘するんだ。

 

 後は何とかするから……

 

 そう言って昨日渡した結界石も返してくれた。しかも効果が人除けの結界に書き換えられている。

 これなら追跡されても途中で使えば追跡者を撒く事か惑わす事が出来るだろう。

 でも、奴に3mも近付けば顔を隠しても雰囲気でバレると思う。現行犯で捕まらなくても、動機はバッチリ怨恨の線で捜査線上に……

 

「ふふふふふ、嫌だわ。奴を殺せるなら破滅しても構わないって言ったじゃない。

一応何の見返りも無く用意してくれた彼の為に言われた事は守るけど……逃げ延びるのは無理よね」

 

 奴に一言言ってから殺したいんだし、身元は直ぐにバレてしまうわよ。

 

「榎本さん、有難う。お礼に財産全てを貴方に渡る様にしておくわ。それと決行日と相手も教えてしまったけど、邪魔はしないでね。

このチャンスを逃がしたくないから無理をしてでも奴を殺す!邪魔をするなら貴方でも……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 いよいよ決行の日。

 

 準備は万全、抜かりは無いわ。奴は韓国大使。日本には国交悪化と現政府への抗議の為の一時帰国。

 だから状況が改善されれば直ぐにでも戻るかも知れない。奴は独身だし警備の関係からか官舎には戻らず都内のホテルに滞在する。

 毎回同じホテルにね。

 

 グランパシフィック台場……

 

 高級ホテルには違いないが、複雑な造りをしている事と現役大使程度ではフロアすら貸切に出来ないのが此方の付け込み所だ。

 奴のSPは三人。普通襲われると分かっていれば部屋に籠もって一歩も出ないだろう。だが今は状況が違う、奴は国際情勢での一時帰国。

 会見も有れば国会に報告も行かねばならない。つまり部屋から出る事が多いんだ。

 蛇の道は蛇、偽名を使い奴と同じ最上階のスィートルームを取った。これで計画は半分以上成功したも同じだ。

 信用調査を行い身元の確かな者しか泊まれないフロアだからね。SPの警戒心も薄れる。

 奴はフロアの再奥の部屋だから私の部屋の前を通る。私の部屋からエレベーター迄は二部屋、距離にして約15m。

 扉の外に小型カメラを設置して奴が部屋を通てからエレベーター待ちをしているのを確認。

 当然SPは登ってくるエレベーターの中に注意を向ける。タイミングを計りエレベーターが到着して扉が開いた瞬間に部屋から出て……奴を撃つ。

 これで確実に奴に銃弾を喰らわす事は出来るだろう。だけど逃げ出す事はどうだろうか?

 拳銃の弾を一発でも残してSPを牽制、エレベーターに乗るか非常階段で逃げるかする事は出来る。

 だけど下の階で捕まる。SPだって馬鹿じゃないから、連絡を入れて封鎖するだろう。

 

 そこで、この結界石が役に立つ。

 

 人除けの結界を発動すれば監視カメラには写るが人には感知され辛い。全くのステルス効果は無いが、初動の追っ手はSPとホテルの警備員のみ。

 ホテルから出れば隠していた車で逃走、半日後に自宅に戻り待機する。

 

「後は警察が来て逮捕されるでしょう。彼が何とかするって言った言葉を信じましょう。

何も言わずに三日間は黙秘する。それでも罪を問われ有罪になっても受け入れるわ」

 

 さて、楽しい楽しい復讐の始まりよ。先ずは地味な化粧や衣装を変えてセレブに変身しなければね。身に付ける宝石は全て、この日の為に用意した物。

 手術用のピッタリのゴム手袋の上に肘まで有る手袋を着けて、ドレスを着込んで上には防水性の有るポンチョを羽織る。

 一応スキーマスクをするけど、場合によっては取る。逃げる途中で脱ぎ散らかせば良いのよ。要は撃った時の煙を被らなければ良い訳でしょ?

 確実な証拠を残さなければ、状況証拠・証言・動機だけだから裁判でも争えるのかしら?それでも世間は連日報道するわね。

 彼は目立つ事を極端に嫌ってたのに、私に関われば大変な事になるわよ。

 

 もし世間が騒がしくなり彼にも被害が及ぶなら自白すれば良いか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「畜生、また駄目だ!」

 

 奴が私の部屋の前を通る。既に二回目だが、奴とSPだけでなく他にも人が居た。扉の外に仕掛けた隠しカメラが奴とSP、それに他の宿泊客を映している。

 今の私は非常に面白い格好をしている。派手な服の上にポンチョタイプの雨具を羽織りスキーマスクを被る。

 手術用のゴム手袋をして上にはセレブ御用達の肘まで有る手袋。しかもゴーグルまで付けている。

 逃走用に仕込んだ各種宝石達も身に着けてはいるが、実際に使うかは疑問だ。拳銃を撃った時の煙が付かない様に工夫した結果、大変に変態な格好となった。

 

「こんなチンドン屋みたいな格好で敵の前に……くっ、屈辱的だわ」

 

 こんな格好で廊下に飛び出れば他の人も反応してしまい、結果的にSPに気付かれてしまう。だから二回目も我慢した。

 そして念願の三回目の通過の時、チャンスが来た。エレベーターの扉の前から外れた場所に立つ奴と、扉の両脇に立つSP。

 もう一人のSPは非常階段を気にしているが、何故か不思議な表情をしている。何故ならば非常階段には人除けの結界石を仕込んで有るからだ。

 彼等は打ち合わせされた役目を果たしているのだが、何故か入りたくない入れない扉を警戒するのかが分からないんだ。

 

 モニターを凝視してタイミングを計る。

 

 喉がカラカラだ……生唾を飲み込み舌で唇を湿らす。

 

 呼んだエレベーターが到着して扉が開いた。中を確認する為にSPが覗き込む。

 

 今だ!

 

 部屋の扉を開けて真っ直ぐ奴に駆け寄る。分厚い絨毯は足音を消してくれるが、開け放たれた扉が閉まる音に全員が此方を向き……

 奇抜な格好に目を見張った!

 

「高柳、両親の敵よ!死になさい」

 

 セリフを言っている途中で奴の腹の辺りに拳銃をブッ放す。パンパンと乾いた音と白い煙が立ち込める。

 二発しか撃てなかった。二人のSPが倒れた奴の体の上にのし掛かる。

 非常階段の扉を警戒していたSPに拳銃を向けて威嚇し、開いていたエレベーターに乗り込む。

 直ぐに監視カメラを撃って壊すと一階と直下の階のボタンを押す。

 

「確実に殺れたか分からないが二発とも当たった。でも留めが……」

 

 拳銃を捨てて仮装みたいなポンチョやセレブ手袋を脱いで中に放置、直ぐにエレベーターが止まり扉が開いた。

 外を伺い無人を確認してからスキーマスクとゴーグルを外し中に放り込む。これからは時間との勝負だ。

 今は十階、エレベーターは一階に降りていった。三階に隣接する商業施設との連絡通路が有る。

 そこまで非常階段を駆け下りなければならない。一応体は鍛えているし上りじゃないから一フロアを20秒程度で駆け下りられる。

 三階までは七フロア分、140秒だから二分半だ。駆け下りながらゴム手袋を外す。

 これだけは指紋が残ってるから他で処分しなければ駄目だ。SPが連絡しても全ての非常階段の入り口に人除けの結界を貼ってある。

 

 中々入り込めないだろう。

 

 漸く三階に到着した時、下から騒がしい気配がする。予定よりも早い対応だ。三階のエレベーターホールに飛び込んで、そのまま連絡通路へ向かう。

 

「上手く行ったわ……」

 

 息を整えながら人混みに紛れて行く。途中の公衆トイレで派手な化粧を落とし衣装を着替えて、何時もの地味な格好に戻る。

 約束通り半日時間を潰してから自宅マンションに戻れば、部屋の前に二人の男が居た。ヨレヨレのコートに無精髭、まるでドラマの刑事さんね。

 

「高野澄子(たかのすみこ)だな。殺人の容疑で逮捕状が出ている。大人しく同行して貰おうか?」

 

 懐からA4の紙を取り出し、此方に見せる。片割れが私の手を掴み手錠を掛けた。

 

「午後11時26分、殺人容疑で逮捕する」

 

 日本の警察も中々優秀じゃない。

 


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