榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第139話から第141話

第139話

 

 風巻と別れ、自分の執務室に入る。デスクの上には、奴の調査報告書が山積みだ。

 亀宮一族700年の歴史の中でも数人しか居ない現当主の番(つがい)が、まさか儂の代で現れるとは!

 亀宮様と同行した鈴木達から報告を受けてから、徹底的に調べ上げた。

 

 まさに奴の人生は波乱万丈!

 

 付箋紙の貼ってあるページを捲る。狂犬……狂った犬、誰にでも吠え噛み付く。そんな二つ名を付けられた男とは到底思えぬ。

 どちらかと言えば今は用心深い人喰い熊だろう。アレは無駄吠えはせずに、用意周到に急所に噛み付くタイプだ。

 

 榎本心霊調査事務所、所長榎本正明か……

 

 開業は7年前、その前は事務所を構えずフリーで仕事を請けていた。

 親族は死に絶え師匠も死んだ、いや当初の奴の除霊動機が復讐らしいので、殺されたと見るべきか……

 事有る毎に、奴等に復讐してると公言していたそうだ。経歴を見る限りでは見事に評価は中堅霊能力者だ。

 難易度Bクラス以下を無難にこなしている。

 

 その分、安全・安価・確実な仕事振り。

 

今の奴を見てから、この目立たない経歴を見ると……如何に奴が気を使いながら仕事をしていたかが分かる。

 目立つ事を極力嫌っていたのだ。その謎は狂犬と呼ばれていた時代まで遡る。

 10年位前だが、当時ちょっとした噂が有った。名古屋付近で、誰も手を付けたがらない心霊物件を片っ端から除霊する男が居る。

 

 難易度AAA(トリプルエー)の危険な心霊物件。

 

 殆どがヤクザや権力者の絡む危険な物件をだ。政治家絡みの紹介で、我等にも依頼が来た。

 当時の亀宮様は、亀様との意思疎通が漸(ようや)く出来る程度の腕前。

 それに除霊場所は風俗店や連れ込み宿ばかりで、女学生の亀宮様には些(いささ)か不似合いだったので断った。

 だが、それら不穏な物件を立て続けに除霊した男。それが若い頃の奴だ。

 

 当時の奴は、広域指定暴力団のお抱え霊能力者だった筈だ。

 

 若頭が常に行動を共にし、若い衆と生活していた。自身が強い霊能力を持っていても、実生活で生かせる事は少ない。

 法を犯せば別だが奴はそれをしなかった、いや出来なかったのだろう。若い故に割り切れなかったのかも知れない。

 だから奴等に付け込まれたんだろう。そして僅か二ヶ月で多数の除霊を単独で行い、奴を雇っていた組織から離れた。

 正直、良く相手が手放したと思う。如何に有能で力強くても、後ろ盾を持たないと簡単に利用されてしまう。

 奴は、それを若い頃に学び力を隠して生きてきたのだ。だが亀宮様が、それを世間にバラしてしまった。

 業界屈指の力有る亀宮様が絶賛する相手は、何処にも所属してないフリーの霊能力者。

 しかも安定した実績が有るのだから、近々の経歴は調べ易い。合法非合法を問わずに勧誘が多かった筈だ。

 良くも騒動の原因たる我が一族に来てくれたものだ。仕返しの為に我が一族に来た訳でなく、後ろ盾が欲しかったのが本音だろうな。

 後は本気で亀宮様と敵対する意思が無いのだ。そこがアンバランスに甘い所だな。

 自分の安全の為に慎重に暮らしていたのに、それを乱した亀宮様を思いやる。

 その善意にウチの馬鹿共が牙を剥き、逆に噛み千切られた。所詮は自分と相手の力の差が理解出来ず、自滅した連中だ。

 遅かれ早かれ問題を起こしただろう。調査報告書をデスクに置いて眼鏡を外す。

 老眼だから沢山の文字を読むのが辛い。気を使われ報告書の文字を大きくしてくれているから、余計にページ数も多い。

 目薬を差しながら、今後の事を考える。確かに悪くない相手だが、取り込む事により組織の連中が勝手に動き出した。

 これが外部からの血を拒む旧家の宿痾(しゅくあ)か弊害か……今はデメリットばかりがデカい。

 呪術部隊の全滅、野田の再起不能、山名一族の降格、組織内部の不和。メリットは亀宮様と同等の術者が敵対しない事。

 

 上手くすれば強者の血を取り込めるか……それだけだな。だが、敵対は防げても一族内部が崩壊しては意味が無い。

 この機会に一族の膿みを出し切り、組織の再編を図るしかない!

 奴に直接は頼めぬが、利用出来る事は出来るだけヤルか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「先ずは客間にご案内しますわ」

 

 そう言って亀宮さんが僕の手を引っ張る。食事をしていた部屋を出ると、鈴木さんと西原さんが控えていた。

 

「亀宮様、榎本様の御案内は我々がします。ささ、榎本様。此方で御座います」

 

 余り周りを刺激したく無いし、亀宮さんが案内してくれたら客間にまで入り込んで話し出しそうだな。此処は彼女達の提案を飲もう。

 

「亀宮さん、後は寝るだけだから案内は平気だよ。じゃ明日の朝にね」

 

「もう!榎本さん、此処は私に案内して欲しいって駄々をこねる場面ですよ。本当にもう……では明日の朝に」

 

 見送ってくれる彼女を手を振りながら移動する。

 

「では此方へ……」

 

 二人が前を歩き、僕は後ろに付いて行く。畳敷きの廊下を進み幾つかの角を曲がると、突き当たりに襖が見えた。

 あの部屋かな?立派な絵の描かれた襖だ……松に鷲がとまる絵だが、見た目からして古そうで高そうだ。

 スッと音もなく襖を開けると6畳程の和室になっており、奥の襖を開ければ寝室かな?所謂此処は次の間って奴か?

 

「此方になりま、なっ何故コレが此処に?」

 

 部屋の真ん中に置かれた不自然に古い壷。高さ80㎝直径30㎝程度の古い素焼きの壷だが、禍々しい気配を放っている。

 

「正明!アレは旨そうだぞ、触れ。アレは古代中国で罪人の首を塩漬けにして保管した壷だ。

中を見ろ、中には外道達の薄汚い笑みを貼り付けた顔が有るぞ」

 

 毎回の一方的な胡蝶の念話だが、もう慣れた。最初はビクッと体を震わせる事も有ったけどね。

 そして深い深い溜め息をつく……善意に受け取れば腕試し、悪意に受け取れば……まだまだ僕を殺す気の連中が居るんだな。

 婆さん、ちゃんと部下を押さえつけとけよ。首脳陣の判断に真っ向から反発する連中ってどうよ?

 それとも実は婆さんも一族全てに影響力が無いのか?

 だが祓わなければ騒ぎを大きくするし、今日世話になりっぱなしの胡蝶のお願いは断れない。

 立ち尽くす彼女達をすり抜けて壷の中を覗く。

 

「ギャハハハ……ウゲゲゲ……グフッ、グフフ……」

 

 なる程ね、嫌らしく笑う顔が沢山詰まってるよ。日本だと丁髷(ちょんまげ)が切れたザンバラ髪だけど、古代中国はロン毛に髭か……

 関羽や張飛を彷彿とする顔だけど、三国志時代位かね?左手首の数珠を外し壷に触れる。

 

 ギュポンっと音がして壷の中身を胡蝶が吸い込んだ。

 

「コレって古代中国の罪人の首壷だろ?中身祓ったけど良いよね。じゃお休み」

 

 呆然とする彼女達を置いて、奥の部屋に入る。何か聞かれるのも面倒だし、彼女達も犯人とか調べたりするのも大変だろうし……

 要は籔を突いて蛇を出したくなかった、大袈裟にしなかったんだ。和解した直後に変な罠を仕掛けられたとかさ。

 この話は無かった事にしても良い位だぞ、普通は。12畳程の和室に入ると、中央に布団が敷かれている。

 更に奥には洗面台と冷蔵庫が見えた。最新型の空気清浄機が有ると思えば、高そうな掛け軸も飾って有る。

 

 高級旅館並みの装飾を施された部屋だ。

 

 婆さん自体は僕を取り込む事に賛成なんだな。流石に壷の件が報告されれば、僕の周りを警戒して被害を抑えてくれるだろう。

 そのままポフンと布団に倒れ込む。クッションの効いたフカフカの敷き布団に、羽毛がパンパンに詰まった掛け布団……

 今日は色々有って本当に疲れたな。左手首を見て胡蝶に話し掛ける。

 

「なぁ胡蝶?この部屋は大丈夫かな?あの壷だけど、亀ちゃんは食べないのか?」

 

 蝶の形の痣から銀色の流動体が流れ出し、美しい幼女の形を形成する……最近は服を着てくれる様になったのが救いだ。

 古代中国の姫様みたいな格好がマイブームらしい。最近瞳が金色になり、肌も雪の様に白く唇は真紅になってきた。

 妖艶な美幼女って、実際にはどうなんだ?だが服を着る習慣を身に付けてくれて、本当に良かった。

 全裸幼女なんてバレたら世間的に僕が死ぬ。仰向けに寝てる僕の腹の上で胡座をかく胡蝶さん。

 今日は散々こき使ったと言うか守って貰った。呪いの防御に僕の治療、それに怪しい壷の処理。

 

 本当にデレ期の胡蝶さんは頼りになるなぁ……

 

「ふむ……この部屋には壷みたいな物は無いぞ。呪術的な監視も無さそうだな。

だが、この屋敷には先程の壷の様なご馳走が後一つ有るな……くくくく、喰らえば我の力も益々強くなろうぞ。

と、言う訳で我が喰い散らかしてくる。正明、大人しく留守番してろよ」

 

「ちょ?待ってくれよ。確実に疑われるって!おい、胡蝶さん?」

 

 そう言ってパシャっと液体化して、スルスルと外へ出て行った。唯我独尊、自己中な姫様だなぁ……

 まぁお腹が一杯になれば帰って来るだろ。取り敢えず歯を磨いてシャワーを浴びよう。

 そう思って立ち上がると、ザワザワと外が騒がしい。

 

「榎本さん、宜しいか?」

 

 襖の外から呼ばれるが、あの声ってご隠居の婆さんか?待たせる訳にもいかず、直ぐに襖を開ける。

 

「どうしました?」

 

「どうしただと!いや、責めてる訳では無く我等の不手際を詫びに来たのだ。あの壷だが……」

 

 血相を変えた婆さんに詰め寄られたが、喰っちゃ不味かったのかな?

 

「えっと……祓っちゃ不味かったですか?壷の中の連中もやる気満々だったし、ゆっくり寝れないので祓いましたが……」

 

 驚いた後にニヤリと笑う婆さん。

 

「ゆっくり寝れない?くくく、すまぬ。どうやら問題について温度差が有ったようですな。アレが寝れない程度とは……詫びは後程させて頂こう」

 

 そう深々と頭を下げてさっさと退出して行った。また反発勢力の悪戯なんだな。

 アレは僕ではヤバいと思った壷だった。胡蝶さんには御馳走でしかなかったみたいだが……だが婆さん、驚くのはこれからだよ。

 何たって胡蝶が、もう一つの呪術的な品物の徴発に出掛けたんだ。

 この屋敷の怪しい物は全部喰っちまうだろう。僕はアリバイを作る為にも部屋に籠もろう。

 

 先ずは歯磨きとシャワーだ。洗面台に向かい備え付けのアメニティを漁る。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 奴に詫びてから廊下を早足で執務室に向かう。あの壷を簡単に祓って、理由が寝れないから?全く想像の斜め上を行く奴だ。

 あの壷は祓う事自体は亀様でも可能だが、壊してしまう恐れが有った。

 壷自体に歴史的な価値が有る厄介なモノだったのだ……だから結界を敷いて保管していたのだ。

 この老骨が楽しくて仕方無いとはな。自然と笑みが零れてしまう、暗い笑みがな。

 

「くっくっく……あの壷を清める事をロハでしてくれたか!依頼料は払わねばなるまい。風巻、風巻は居るか!」

 

「はい、御隠居様。如何なされましたか?」

 

 音も無く背後から声を掛けられる。これだから諜報部は気味悪がられるのだ。

 

「地下に安置していた壷の一つが、客人の部屋に置いて有ったぞ。結界を剥がしてな」

 

 息を呑む気配を感じた。この風巻が慌てるとはな。

 

「それで榎本さんは無事なんですか?あの禍々しい壷を持ち出せる人間など、山名の連中位しか……」

 

 そうだ、結界を敷いた呪術部隊の連中しか持ち出せまい。報復にしては杜撰だな。

 

「もう一つの壷の確保と、犯人を取り押さえるぞ!これ以上、客人を煩わせるのは悪いからな。

知ってるか?奴は寝るのに邪魔だからと簡単に祓ったそうだ。

我が一族に飛び込んで来た魚はデカいな。まるで鮫だぞ!だが逃がしては駄目だ」

 

 くっくっく……アレが取り込めるなら、一族の半分位失っても釣りが来る!

 精々丁重に扱い利用させて貰おうぞ。

 

 

第140話

 

「けふ、うむ正明。美味い連中だったぞ。我は満足じゃ」

 

 歯を磨きシャワーを浴びて、さぁ寝よう!って時に満足気な胡蝶さんが布団に横になり、お腹をさすっていた。

 どうやら無事に喰えたみたいだ……

 

「満足したのか?じゃ寝るぞ、僕も今日は疲れたからさ」

 

 布団の真ん中で、大の字に寝てる胡蝶を抱き上げて左側に移動させる。首と膝の下に手を入れて持ち上げるが、彼女は20キロ位か?

 サイズを考えると不思議な位軽い……ゆっくりと左側に寝かせる。

 幸いデカい布団なので二人で横になっても不自由は感じない。

 

「ふむ、そうだな。だが……もう少し会話が有っても良くないか?」

 

 珍しく胡蝶が話を振ってくる。何時もは唯我独尊で一方的なんだが、胡蝶的に話したい時は僕が疲れていてもお構い無しだ……

 

「はいはい、それで上手く行ったのは分かったよ。どんな奴を喰ったんだ?」

 

「同じ壷が、もう一つ有ったぞ。古い時代の壷だからな、それなりに価値も有るのだろう」

 

 僕からすれば古くて割れも欠けもない完品だったが、死体の一部を入れていた壷だろ?価値なんて無いんじゃないかと思うけど?

 

「罪人の首を入れた壷だろ?適当に丈夫な壷なんじゃないか?」

 

「ふむ、正明。あの当時はな、権力者は自分に逆らった相手は見せしめを含めて定期的に首検分をしたんだ。

しかも相手は自分に逆らえる地位や権力が有った連中だ。それなりの品を用意したんだろうな。

それにアレは全て強い怨み辛みを秘めていた。我の力には十分だったぞ……」

 

「つまり権力者ってのは自分に逆らった奴は、殺しても更に晒し者にするのか。嫌な連中だな……」

 

 今回の依頼と言うか手伝いも近い物が有るよな。

 

「だから気をつけろ。何時の時代も権力者の醜聞など、碌でもないゲスな事に決まってる」

 

「胡蝶、それって?」

 

 僕を心配してくれてるのか?思わず上半身を起こして胡蝶を見るが、彼女は顔を伏せていた。多分照れているのか?

 

「そうだな、気を付けるよ。おやすみ、胡蝶……」

 

「うむ、あの亀女でも良いから早く孕ませろ。お前の一族を増やさねば駄目なんだぞ」

 

 照れ隠しなのか本気で種馬になれと言ってるのか?取り敢えず電気を消して眠る事にする。

 今回は権力者の醜聞に関わるかも知れない。しかも欲望丸出しで土地を高く売る為にだ。

 古代中国の権力者の例えでは無いが、僕個人が極力表に出ない様にしなければ駄目だな。

 全く、悪気は無いとは言え少しは亀宮さんを恨みたくなるよ。肉親の魂を解放したから、僕は静かに暮らせれば良かったんだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝7時に部屋に僕を起こしに来たのは亀宮さんだった。そう言えば前日に起床時間とか決めて無かった。

 僕は常識的に7時に朝食と思い、6時には起きてシャワーを浴びて身嗜みを整えていた。

 驚く事に手ぶらで来た僕は着替えなんて持ってなかったんだが……ちゃんと部屋に用意されていたんだ。

 

 下着類とかの着替えがさ。

 

 割と大きい僕のサイズに有った物は、直ぐには用意出来ない筈だ。でも僕のサイズに合うシャツ・パンツ・靴下は用意されていたよ。

 つまり、どんな展開になっても泊まる様に準備されてたんだな。

 

「お早う御座います。榎本さん、良く眠れましたか?」

 

 襖だからノックじゃなく声を掛けてから、待たずに部屋に入って来た。彼女はブラウスにスカートと言う比較的ラフな姿。

 だが素材が高級感溢れているし、良く似合っている。旧家のお嬢様そのものだが、彼女は前亀宮さんの直系じゃない。

 血は引いてるが、中学生の時に一族から選ばれたんだよな。だから後天的に、良家の子女として教育されたのかな?

 

「おはよう、亀宮さん。枕が変わると一寸ね?でも良く寝れた方かな」

 

 もし僕がパンツ一丁だったら、どうしたんだ?せめて返事を返す迄は襖を開けないで欲しい。

 

「榎本さんって見た目と違い繊細ですよね。朝食なんですが、洋食で良かったですか?私、朝はパン食なんですよ」

 

「どちらでも構いませんが、場所は昨夜の?」

 

 僕は和食→洋食→中華の順だが、亀宮さんは洋食党なのか……でも最近の若い娘は洋食好きらしいしな。

 

「そうですよ。御隠居様が既にお待ちしてます」

 

 スタスタと先に歩き始める。部屋の外に出る時に確認したが、既に壷は回収されていた。

 変わりに生花を活けた壷が置いて有ったのが笑える。亀宮さんに案内され、昨夜と同じ部屋に通される。

 途中で何人かの人と擦れ違ったが、霊能力者と言うよりは屋敷の使用人っぽかった。

 今朝はご隠居の婆さんだけで風巻さんは居ない。和室に絨毯を敷いて机と椅子が配されている。

 黒檀製と思われる机の上には……婆さんの前には和食膳、亀宮さんの前には洋食のプレート。

 

 僕の前には、両方だ。

 

「えっと、確かに僕は沢山食べますが……何故、両方なんですかね?」

 

 せめて和洋どちらか聞いて欲しい。それに亀宮さんには洋食で良いと言ってしまったよ。

 

「ふむ、男子ならば健啖が望ましい。昨今の草食系とか、モヤシみたいな痩せてる男子はどうかと思うぞ。

その点、榎本さんは素晴らしいですな。ささ、両方食べて下さい」

 

「はぁ、頂きます」

 

 先ずは洋食プレートを見る。カリカリベーコンにハムとチーズのオムレツ。

 季節の野菜のサラダは胡麻ベースのドレッシング。厚めのホットケーキが二枚に、ミルクとフレッシュジュースだ。

 

 和食膳は……鰆の粕漬けに出汁巻き卵、朧豆腐にほうれん草のお浸し。湯葉な刺身、納豆に牛の佃煮、豆ご飯はお櫃付きか……

 汁は赤味噌、具はあさりかな?

 

 正直、和食に触手が伸びそうになるが……先に洋食プレートに手を伸ばす。暫くは無言で食事を採る……

 洋食プレートを食べ終え、和食膳に手を出した時にご隠居の婆さんから声を掛けられた。

 

「昨夜祓って頂いた壷ですが、我等に正式に依頼が来ても祓えず困り果てていた奴なのです。良く祓って頂きました。御礼をお渡ししたいのですが、どうですか?」

 

 胡蝶の言った通り、あの壷には価値が有ったのか……良かった、壊さなくて。

 

「それは有り難いですね。もしかしたら祓ってしまった事で、迷惑を掛けてしまったのかと心配しました」

 

 そう言って、なるべく怖く無い様に笑ってみせる。静願ちゃん曰わく、僕が笑うと恫喝の笑みになるらしい……

 

「迷惑などと、此方の不手際ですぞ。壷を祓って頂いた代金は振り込ませて頂くぞい。二つ分な……」

 

 糸みたいな細い目が、一瞬開いた感じがした。隠しても無いからバレてると思ったので、動揺はしなかった。

 そもそも状況証拠で100%僕が真っ黒なのも承知の上だから……隣で亀宮さんも不思議そうな顔をしている。

 

「ふふふふ、ご隠居様。数が違ってますよ。僕が祓ったのは一個だけですよ。未だ有ったなんて知りませんでした」

 

「ほっほっほ。流石は亀宮様が見つけ出した逸材。では、そう言う事にしておきましょうぞ」

 

 互いに湯呑みを持って一口含む。責めずに報酬をって話を振る婆さんは侮れない。

 悪い事をしたつもりだから、心情的に借りを作った気持ちになるからだ。実際は被害者なのにね。

 

「亀宮さん、正式にこの仕事を請けるのかい?それによっては準備しなきゃ駄目なんだけど」

 

 のんびりとオムレツを食べる彼女に話を振る。ご隠居の婆さんの前で言質を取ってから、正式に契約書を取り交わしたい。

 それには契約書に盛り込む条件を決めておきたいんだ。

 

「御隠居様、この仕事は断れないんですよね?」

 

 亀宮さんの問いに、婆さんは頷いた。

 

「では幾つかお願いが有ります。僕は事前調査に重点を置いてますし、今回の依頼も直接の祓いじゃなくて調査能力を買っての事ですよね?」

 

 最終的には亀宮さんと原因の場所まで乗り込まねば駄目かもしれない。だが最初から条件に乗せては駄目だ。

 気持ちは最後まで付き合うが、契約書に盛り込むと枷にしかならない。

 

「榎本さんが手伝ってくれるなら、それで良いですわ」

 

「うむ、まぁ良いだろ……」

 

 流石に婆さんは歯切れが悪いな。事前調査迄だから明確に最後迄付き合う義務が無い。

 

「では幾つかお願いが有ります。先ずは事前調査の拠点を用意して下さい。色々と調べるに当たり、職場や自宅のパソコンからは一寸……」

 

「なる程な。身元を調べられた時に、亀宮一族関連じゃないと困る訳だな。では、風巻の分家が横浜に有る。其方を開放しよう」

 

 風巻のオバサン筋の分家か……調査するなら丁度良いな。風巻は亀宮の諜報部隊だから辻褄が合う。

 

 僕は黙って頷く。

 

 後は手伝いの連中だけど……

 

「だが監視ではないが、ウチからも人は付けさせて貰うぞ。何を手伝わせても構わない様に言い含めておく」

 

 監視とは正直だな。確かに尤もな理由だ……僕は亀宮一族の一部からは、相当恨まれてる。

 それに分家に誰が居るのかも知らない。直接調査に人が欲しいと思っていたんだ、渡りに船だな。

 

「人手については、此方からもお願いしたかったんですよ。分家にはネット環境を整えておいて下さい。コピー機やプリンターも欲しいです」

 

 データ管理は、そのパソコンと周辺機器だけにする。USBとかでデータを持ち出すと、ウイルス感染で身元がバレる事も有るし……

 だから紙ベースで資料は渡した方が安全だ!

 

「問題無いな。元々調査の拠点として用意した家だ。設備は整っている。勿論、防犯に対してもな」

 

「風巻のおば様の分家って金沢区の屋敷でしょ?ねぇ、御隠居様。私も様子を見に行っても良いですよね?」

 

 今迄は話を聞くだけだった亀宮さんが、借りる予定の分家に出入りして良いか婆さんに聞いている。ほいほいと、現当主が出歩いて良いのか?

 

「勿論、仕事が無い時は良いですぞ」

 

 良いのか?即答だぞ?本当に良いのか?

 

「安全管理とか平気なんですか?勿論、防犯上も……」

 

 此処は言質を取らないと、亀宮さんの護衛と言うか、お守りも任されそうで怖い。あー、でも亀宮さんだけなら護衛は要らないかも?

 

「亀宮様に害なす連中が何人居るかの?それに諜報を司る一族の分家だ。備えは万全だぞ」

 

 此処まで言い切るのは、既に婆さんの中では準備は万全なんだろうな。

 

「分かりました。明日にでも、その分家に行きたいですね。最初に契約書を取り交わしたいのですが……此方に伺えば良いですか?」

 

 不安要素を無くし責任の所在を明らかにするには、早めな契約の取り交わしが必要だ。だが誰から印鑑を貰うんだろう。

 通常、個人なら印鑑登録している実印を押して貰うが……亀宮さん本人の実印は、色んな面で嫌だな。

 責任を個人に負わせてしまうから……出来れば一族で経営してる会社の社印が欲しい。

 

「儂が分家に出向こう。亀宮様も同行したそうじゃしな」

 

 ご隠居の婆さん自らが出てくるか。だが亀宮さんも同行となると、先に話を纏めておかないと駄目か。

 

「それで契約書の宛名ですが、どうします?出来れば個人より亀宮一族が経営してる会社が良いんですよね。有りますか?」

 

「ふむ、それは良いが何故会社なのだ?個人の顧客も居るだろうに……」

 

 ん?婆さん、やはり亀宮さんと個人契約させるつもりだったのか?だが、それは駄目だ!

 

「まぁ責任の在り方ですね。個人から請ける仕事は……失敗したり問題が発生した場合も、個人の責任じゃないですか。

それはリスクが高すぎる。僕は亀宮さんに、そんなリスクを負えとは言えない。

株式会社なら責任は会社の所有財産までだし、倒産しても個人の名前は傷付かない。

それに各種保険にも加入してますよね?損害賠償保険とか……」

 

 此処からが交渉の本番だ。湯呑みからお茶を一口飲んで気持ちを切り替えていく……

 

 

第141話

 

 横浜市金沢区。

 

 近くで有名な所と言えば、金沢文庫や八景島シーパラダイス……昔は金沢に八つの景勝地が有り、金沢八景と呼ばれた場所でも有る。

 歌川広重によって描かれた大判錦絵の小泉夜雨・称名晩鐘・乙艫帰帆・洲崎晴嵐・瀬戸秋月・平潟落雁・野島夕照・内川暮雪が有名だ。

 現在は開発により殆ど残ってなく、称名晩鐘(称名寺の夕方の鐘の音)が往時を偲ぶ位だろうか?

 事前に調べた地図を見ながら、京急線の金沢八景駅を降りる。指定時刻は10時30分、現在時刻は9時35分。

 少し早く着いたが、途中で手土産を買う予定だ。地図にはダイエーや商店街も近くに有るから、何かしら買えるだろう。

 しかし……こんな近所に亀宮さん一族の関係者が居たなんて驚きだ。実は僕は金沢八景駅周辺には、全く縁が無い。

 

 今回初めて降りた駅だ。

 

 改札を出ると小さなロータリーになっていて、数台のタクシーが止まっている。周辺には公衆トイレ・喫茶店・中華食堂・パン屋・総菜店と多種多様だ。

 近くのパチンコ屋の屋上にはキングコングかゴリラのハリボテ人形が立っている。改めて見回すと、男女共に若い連中が多い。

 

 これは大学が近くに有る為だろうか……

 

「やれやれ、お迎えは断って良かった。あの勢いだと、亀宮さん自らが改札の前に立っていそうだった。その後ろには黒服を着た運転手と黒塗りの外車……悪目立ち過ぎる」

 

 当初、亀宮さんが総本家に呼ばれた時と同様に迎えに来ると言い張った。だが、駅から車でしか移動手段の無い前回とは違う。

 横浜市内ならば、僕等の知り合いも居るかも知れない。警戒し過ぎかも知れないけど、悪目立ちする必要も無いからね。

 折角彼女のお迎えを遠慮しても、駅舎の前で周囲を見回す筋肉(自分)も目立ってるな。

 早々に移動する為に地図を開く……駅舎を出たらロータリーを横切って、真っ直ぐ商店街を抜けると国道にぶつかる。

 

 国道を左折か……右手側に弁天島、左手側にダイエー。

 

 国道は何度も車では通っているから、迷う事は無いだろう。今回は契約書その他を持ち込んでいるので、鞄を持っている。

 ちゃんとスーツも着ているぞ!鞄を肩に掛け直して、ロータリーを横切る……

 

 アレ?アレレ?

 

 前方に見慣れた女性が居ますね?手を振りながら駆け寄って来ますが……

 

「お早う御座います、榎本さん!やっぱり迷うといけないので、迎えに来ました」

 

 最近見慣れたユルフワ美人が挨拶をしてくれた。

 

「お早う御座います、亀宮さん。えっと、何故に袴姿?」

 

 彼女は何と大正ロマン溢れる袴姿だ。編み上げのブーツに大きめのリボン。結構、いや……かなり似合っては居る。

 周りの餓鬼共もソワソワし始めた。

 

「実は私、その先の横浜市大に通ってたんですよ。風巻のおば様の分家から。この袴は卒業式に着たんですが、懐かしくって」

 

 そう言って、その場でクルッと回る。周りから溜め息が漏れる。普通着物って胸の大きさが分かり難い。

 しかし胸が凶悪でウェストの細い彼女が袴を着ると、メリハリが有り大変宜しいです、はい。

 スットンが大好物の僕は動揺しないが、周りは盛大に反応している。

 

 ふっ、若いな……

 

「良く似合ってますよ。その、早く行きますか?」

 

 周りがソワソワし出したので移動しよう。

 

「お前!勝手に写メで撮るな」

 

 大学生かと思われる男子グループが、携帯を向けてきたので注意する。突然怒鳴られて、キョドる連中をもう一度睨み付けて、携帯をしまうのを確認する。

 最近の携帯は望遠機能も高性能だから、盗撮も距離をおける。しかも手ブレ補正とか、盗撮に有効な機能が付き過ぎだよね?

 

「さぁ亀宮さん、行きましょうか」

 

「あら、ウチに来るのは初めてなのに……もう場所は把握してるの?」

 

 僕の左側を歩く彼女の台詞に、また周りが過剰反応する。初めて彼女の自宅に招かれた彼氏じゃないっての。

 ロータリーを横切り、商店街を抜けると国道に突き当たる。それを左折し歩道を歩く。

 車の交通量は比較的少ない時間だろう。ガードレールも有るし、特に危険は感じない。

 

「榎本さんは大学はどちらに?」

 

 のんびりと並んで歩いてると、亀宮さんが話し掛けてきた。

 

「大学は地元の私立でしたよ。残念ながら坊さんを育成する大学じゃなくて、普通の私立です。僕は四国の出身なんですよ。

ダム建設で住んでいた村ごと湖の底に沈んでしまいまして……それで神奈川県に流れて来たんです」

 

 一瞬だが、ダムの底に沈んだ行(くだり)で、彼女の表示が曇った。

 

「まぁご実家が?ごめんなさい、嫌な事を思い出させてしまって……」

 

 僕の周りの女性は、何で皆さん優しいんだろうね?こんなオッサンを普通に心配してくれるなんて、恵まれているよな。

 

「別に気にしてないよ。僕は大学を卒業してから、この業界に入ったからね。

どちらかと言えば、亀宮さんの方が大変だろ?僕は個人事業主だから、結構自由が利くけどさ」

 

 君は一族総てを、その細い肩に背負っている。危険なら投げ出したり、逃げ出したり出来る僕とは基本的に立場が違う。

 ダイエー前の横断歩道で信号待ちで止まる。

 

「でも経験年数は余り変わらないですよ。どちらが先輩後輩とか、立場の違いとかもです。私には亀ちゃん、榎本さんには胡蝶ちゃん。

私の知る限りでは、こんなに強力な守護獣・守護霊を憑けてるのは私達だけですし。これからも宜しくお願いします」

 

 そうペコリとお辞儀をされてしまった。

 

「えっ、いや……その……此方こそ宜しく。それと胡蝶については内緒の方向でお願い。余り周りに知られると厄介だからさ。お願いします」

 

 慌てて頭を下げようとするが、信号が青に変わってしまった。少し考える顔をしながら、それでも胡蝶の件は了解してくれた。

 

「そうだ、分家って何人居るんだい?手土産にダイエーでケーキでも買って行きたいんだ」

 

 手ぶらで訪問など社会人としては良くない。

 

「ぷっ……手土産って何か変ですよ。今朝出る時は、ご隠居様・風巻のおば様、それに佐和(さわ)さん美乃(みの)さん。

二人は風巻のおば様の娘さんなんです。後は……分家に居る方々が五人位でしょうか?

それに今日はスーツ姿だし、何て言うか妙に似合うと言うか、逆に似合わないと言うか……」

 

 少なく見積もっても十人か……それと僕がスーツを着るとヤクザチックになるのか?スーツ姿が似合うのはヤクザ、似合わないのはサラリーマン?

 

「一応ですが、会社対会社の契約を取り交わして仕事を頂くのですから。それなりの格好はしますよ」

 

 ダイエー方面に誘導するが、時間的に開店前だった。だけど一階に併設された喫茶店は開いてるな。

 

「まだ少し時間有るよね。喫茶店でお茶して時間を潰そう。てか10時30分に訪問の約束だったのに、亀宮さんも早くない?」

 

 良く考えれば、彼女が駅に現れたのも予定よりも早い。

 

「いえ、案内は不要と言われたので何時に駅に着くのか分からなかったので……行き違っても困りますし」

 

 全く袴姿で学生の群の中に立っていたら、ナンパ野郎が軒並み亀ちゃんに跳ね飛ばされてたぞ。男除けに亀ちゃんは最強だろう。

 だが大騒ぎにもなるよな。

 

 ツィッターとかに、金沢八景に美人亀使いナウ!とか書き込まれたら……

 

 ふと思い立って、携帯電話のGoogleを呼び出す。

 キーワードに「亀使い・金沢八景・美人」を入力し検索する。

 

 ヒット数が千件近いんだけど……

 

 検索結果の一番上をクリック、個人のブログか?

 

「なになに、市内の大学に美人亀使いが居ると聞いて侵入。僕は人が亀にかじられて振り回されるのを初めて見た!

亀ってよりも巨大なスッポンだよね?しかし、あの亀使いのお姉さんは巨乳で美人だなぁ……」

 

 正解!見事に事実に辿り着いてる。

 

「黒服に守られた、お嬢様発見!しかも亀のお化けに取り憑かれてるぜ。ありゃ夜な夜な大変だな。ウシャシャシャシャ」」

 

 お前……亀だからって、下ネタに走るな。黒服って自分で言ってるのに、奴らの報復は怖くないのか?

 

「不思議なお嬢様。在学中に、すげー巨乳美人が黒服を引き連れて居たんだよ。でも何か危険な香りを漂わせて……

彼女に近付いた男は、全員悉く病院送りだ。アレはヤの着く方々の関連だな。近付いちゃならない」

 

 どれもこれも真実に近い書き込みだぞ!駄目だ、公然の秘密扱いじゃないか?

 

 写真こそ載ってないが、調べれば出てきそうだよ。亀宮さんって、本当の意味で有名人なんだな。

 桜岡さんも現役タレント霊能力者だったけど、こんな情報社会って嫌だ……秘密が秘密じゃない。

 

 もし胡蝶がバレたら、僕は美幼女守護霊使い?それとも美幼女召喚師?どう考えても、碌でもない未来しか想像出来ないです。

 

「どうしました?携帯電話を見詰めて固まってますけど?」

 

「あっ、ああ……その、なんだ。少しお茶してから手土産を買って行こうか」

 

 黙って頷く彼女を伴い、全国チェーンの喫茶店に入る。

 

「「「いらっしゃいませ!」」」

 

 笑顔でスタッフが挨拶をしてくれる。平日の早朝、ダイエーは開店前だからか?客は疎らで空席が多い。一番手前のカウンターに進んで注文する。

 

「亀宮さん、何にする?僕はキャラメルマキアートをサイズはグランデで」

 

「んー、では同じ物にしますわ」

 

「じゃ席取っておいて。禁煙席の窓際が良いな」

 

 そう言って彼女をカウンターから離れさせる。会計を一緒に払う為に。横目で見れば入口から一番離れた窓際の席に座った。

 

「お待たせしました。キャラメルマキアートのグランデサイズを二つです」

 

 紙ナプキンを数枚取ってから席に向かう。移動途中で客を見回せば、若いサラリーマン・学生風のカップル、それにオバサン四人組だ。

 特に怪しい連中は居ない……

 

「はい、でもグランデで良かったの?」

 

「……ごめんなさい、無理かも」

 

 女性でグランデサイズなんて中々頼まないよね?自分で頼んでおいて失敗したな。

 

「まぁ飲み切れないなら残しなよ」

 

 ストローを刺して一口啜る……うん、甘い甘過ぎる。暫くは時事ネタを交えた雑談をする。

 今年の夏は節電するのかな?千葉県って最近地震が頻発してるよね?くだらない話でも、亀宮さんはニコニコと聞いてくれる。

 

「さて、ダイエー開店したね。地下の名店街なら何か有るだろ?行きますか?」

 

 彼女は半分以上残っているキャラメルマキアートを急いで飲み干そうとするが、それは無理だ。

 

「無理しなくて良いよ」

 

「でも勿体無いですよ」

 

 大金持ちのお嬢様だけど、金銭感覚はしっかり者なんだな。ヒョイと紙コップを受け取り一気に飲み干す。

 

「はい、空っぽ。じゃ行くよ」

 

「そそそそ、そうですね。行きましょう」

 

 変にどもってるけど、何か悪い物でも食べたのか?ちゃんと分別してゴミ箱に捨ててから店を出る。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 また飲みかけを飲まれてしまったわ。八王子では瓶のコーラを此処ではキャラメルマキアートを……

 榎本さんって甘党?ちちちち、違うわ。間接キスなのに平然としてるのは何故?

 本で読んだりドラマで見た、悪い男の恋愛テクニックとも違うわ。まるで私を子供の様に扱ってる。

 確かに箱入りお嬢様の自覚は有るけど、一応社会人として霊能力者として頑張ってるのに……

 

 この人は私に纏わり付いてくる他の人達とは違う。

 

 あの目、あの取り入ろう・利用しよう・モノにしたいと言う嫌な感じが全くしない。彼が私達一族の末席に加わってくれるのは、私が不用心に周りに話したから。

 彼は私を利用するのではなく、私と敵対しない為に来てくれた。一族の嫌がらせにも耐えてくれて。

 私を利用する気もなく、どちらかと言えば私達に利用されようとしている。私の知る限り具現化出来る強力な守護獣・守護霊が憑いてる人は私達だけ。

 

 この人は私に何を求めているの?

 

 この人は私に何をさせたいの?

 

 この人は何をしたいんだろうか?

 

 面白い面白い面白い、この人と居ると本当に面白い。榎本さんが何を見ているのかが知りたい……

 


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