榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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幕間第11話から第12話

幕間11

 

 愛知県名古屋市某所。

 

 JR沿線に有る某駅の近くのラブホテルが今回の除霊現場だ。曰く付きの部屋を開かずの間として営業中の根性の有る(がめつい)オーナー。

 そして度胸有る(言われた事に従う)従業員。普通は幽霊が出るホテルでなんか、働きたく無いだろ?

 その部屋にしか出ないなんて保証なんて無いんだし……地図を片手に目的のラブホを探す事、30分。

 県道から一本路地を入った所と言われ、ソレっぽい場所を探したが中々見付からない。

 諦めかけて明日にするかと自販機で買ったファンタを飲みながら向かい側のボロい廃墟を見て……

 

「これだ……ナゴヤプリンス。嘘だろ?これ木造二階建ての廃墟じゃないのか?」

 

 目の前に聳(そび)える廃墟だと思った建物が目的のホテル、ナゴヤプリンスだった。申し訳無さそうな縦60㎝横15㎝の看板には確かにナゴヤプリンスと書いてある。

 通りからは薄暗い路地みたいな通路しかなく、あの暗い路地の先にフロントが有るのだろうか?

 通りに面した部屋の窓は全て塞がれている。良く見れば屋根にナゴヤプリンスとネオンが輝いている。下ばかり見てたから気付かなかったんだな。

 

「アレか?連れ込み系の安いラブホなんだな。近代的な鉄筋コンクリートの建物をイメージしてたから分からなかったよ……」

 

 良く見れば置き看板が有り、休憩2時間3800円・宿泊5500円〜って出てたよ。

 ボケッと廃墟みたいなラブホを見上げていると、客の男女が僕を不審気に見ながら避けて中に入って行った。

 日本人中年男性にフィリピン系のケバい女性だ……

 

「やっぱり売春とかの違法な行為の温床になってないか?違う意味でヤバいな。

あのオーナーもヤの付くヤバい職業かも……とっとと除霊を終わらせた方が良いぞ」

 

 肩に食い込む10キロの清めた塩の入った鞄を担ぎ直し、魔界の入口みたいな薄暗い路地の中に入る。

 暫く進むと民家の玄関みたいな場所に出た。正面に小窓の付いたカウンターが有る。

 

「あの……すみません」

 

「はい?あらあら、女性は後から呼ぶのかしら?もう決めてるの?それともこれから?部屋にもホテトルのチラシが有るから参考に……」

 

「違います。僕はオーナーから頼まれて除霊に来ました」

 

 小窓から顔だけ覗かせて営業トークを捲くし立てていたオバサンに説明する。しかし、やはり連れ込み宿だったな。

 しかも違法売春も許容してるみたいだし……

 

「へー、アンタが拝み屋さんかい?若いのにねぇ……ハイよ、これがあの部屋の鍵だよ。二階の階段から四部屋目だよ。

終わったら報告は直接オーナーに言っておくれ。私ゃ怖いからさ、確認なんてしないよ」

 

 小窓から鍵を差し出し、手で追い払う様な仕草をされた……鍵を受け取り、奥に有った階段を使い二階に上がる。

 全体的に薄暗い感じがするのが余計に怖い。幾ら安いとは言え、良くこんな場所でエッチしようとするよな。

 途中で客とすれ違ったが、先程とは違い20代前半の若いカップルだった。

 独りの僕を胡散臭い奴みたいに見ていたし、すれ違った後で何やらヒソヒソ話していた。

 

 感じが悪いな……

 

 鍵には「雲雀(ひばり)の間」と書いて有る。階段から四番目の部屋も扉に雲雀の間と書いて有る。

 この部屋で間違いなさそうだ。だがネーミングセンスは一昔前の旅館並みだよね?

 意を決して鍵を開けて中に入る。プンッと黴臭く重たい空気が僕の体に纏わり付く……嫌な感じだ。

 電気を点けて中に入る。

 

「あー和室に無理矢理ダブルベッドを置いてあるな……普通に和風旅館だな」

 

 バスルームも見るが、昔懐かしい小さなモザイク貼りの浴槽に白いモルタル塗りの壁。

 扉は木製にガラスを嵌め込んだ引き戸だし、衣装を入れるのは棚じゃなく竹の篭だ。確かに安いだけの事は有るね。

 ダブルベッドの枕元にはお約束なティッシュにコンドームが二つ。

 

 冷蔵庫の中身は……

 

 赤マムシ・ビール・酎ハイ・ワンカップ、しかも会計は伝票に書いて自己申告だ!普段中々入れない場所だけに面白い……

 

「違う!仕事に来たんだ、遊びじゃない」

 

 すっかり探検気分になってしまったが、気持ちを切り替えて仕事モードにする。先ずは毎回なワンパターンだが清めた塩を用意する。

 今回はバケツじゃなくて計8本の500ミリリットルのペットボトルに詰めた。コレをズボンの両ポケットに一本ずつ入れる。

 残りはサイドテーブル・ベッド、それと脱衣場に分散して置いた。後はお札を内ポケットに入れて準備完了。

 ベッドに座り持ち込んだコーラをチビチビ飲みながら、霊が現れるのを待つ。

 

 待つ………………

 

 待つ…………

 

 待つ……

 

 待つって全然現れないじゃないか?あれから2時間程待っているが、欠片も気配が無い。

 アレか?何か条件が有るのか?例えば男女同伴とか、ヤッてる時に現れるとか?

 

「マズいな……除霊に同伴してくれる女性なんて居ないぞ」

 

 取り敢えず、ソレっぽい雰囲気を出す為にテレビをつける。お約束なアダルティーな番組が流れる……

 これで現れなければ今夜は中止だよな。そう考えていたら番組に見入ってしまった。だって女優さんが幼い感じのロリロリだったんだ。

 番組のタイトルは「ファニーエンジェルシリーズ」だな。ヨシ、覚えたぞ。

 この仕事を終えたらレンタルビデオ屋に行こう。しかし暇だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「俺が悪いんじゃない。お前がアイツは死んだから平気だって……」

 

「私だって悪くないわ!アイツの往生際が悪いのよ……」

 

「だからって……」

 

「じゃあ何よ……」

 

 頭の上で痴話喧嘩の声が聞こえる。ラブホに来てまで喧嘩すんなよな。エッチして帰れよ……

 

「ヤバい、寝ちまった!」

 

 慌てて起き上がると、目の前で幽霊?が痴話喧嘩をしている。ダブルベッドの真ん中で僕は胡座をかいていて、向かい側のソファーで幽霊が痴話喧嘩をしている。

 男の方は30歳前後、チンピラ風で茶髪ロングに紫色のジャケット、白いスラックスにエナメルの革靴。女の方は30歳後半、肩甲骨辺りまで有る長髪にサングラス、緑色のスーツ上下を着ている。

 感じとしてはヤクザの情婦だ……ドラマみたいな出来事に、思わず体が固まってしまう。

 これはどんな状況なんだ?暫く言い争っていたが、突然二人がドアの方を向いた。

 

「あっアンタ、これは違うのよ!」

 

「兄貴、すまねぇ……俺は誘われただけで……」

 

 言い訳を始めた二人の幽霊の前には……上半身裸でサラシを巻いただけの厳つい男が居た。

 角刈りで鋭い眼差し、分厚い唇からは血が出ている。良く見ればサラシからも出血が……だが幽霊なのは間違い無い、体が透けてるから。

 

「おぅ雅美(まさみ)、ヒロ。俺が死んだからって大した度胸だな、ああ?」

 

 おかしい……

 

 この部屋には浮気された男の妻が乱入し、旦那と浮気相手を殺した筈だ。だが現実は、ヤクザの旦那を亡くした情婦がチンピラと浮気した現場に旦那が化けて出た。

 

「違うのよアンタ、私は……」

 

「兄貴、違うんだ。俺は騙されて……」

 

「ウルセェ!二人共ぶっ殺してやる」

 

 きっと生前に有った事なんだろう。ドス?脇差し?短い刃物で二人を刺し殺している。血飛沫までリアルに飛び散ってます。

 彼等は同じ事を繰り返しているんだ。だが……ならば何故、除霊の依頼が来るんだ?何故、嘘を付いて仕事を依頼したんだ?

 

「おぅ?オメェも雅美の浮気相手か?」

 

 血だらけの刃物を持った幽霊が、僕を見て言い放った。なる程、目撃者を襲うんだな。だから除霊を……

 

「ちっ違う、違います。僕は通り掛かりの霊能力者なんです」

 

 あまりの迫力に腰が抜けて動けない。両手もガチガチに固まって、折角用意した清めた塩もお札も取り出せない。

 

「関係ねぇ!お前もぶっ殺してやる」

 

 ユラユラと此方に向かってくるヤクザ幽霊から目が離せない。ヤバい、僕は此処で死ぬかも知れない……刃物を振りかぶる姿を見て、つい目を固く瞑ってしまう。

 

「アレ?何時まで経っても痛みが来ないぞ……」

 

 恐る恐る目を開ければ、幽霊を噛み千切る「箱」が居た。ヤクザ幽霊を食べ終わったら、どんな手を使ったのか浮気した二人も呼び出して喰い付いた。

 目の前で幽霊三人を食べ終わり、盛大にゲップをする「箱」。確かホテルに置いて来たのに……

 

「正明、中々良い贄だったぞ。だが勝手に死のうなんて思うな。

死ねばお前の肉親と共に未来永劫の責め苦が続くぞ。ギャハハハハハ……」

 

 そう言って、コロンっと「箱」がダブルベッドの上に転がった。良い贄?つまり、この依頼はトンでもなく高いランクだったのか?

 西崎さんが騙した?それとも依頼人が騙した?僕は身に余る怨霊相手に殺されそうになったのをやっと理解した。

 

「ああ、下半身が冷たいと思ったら漏らしてしまったのか……」

 

 少しだが小便を漏らしてしまった。除霊は終わったんだ。パンツを洗いズボンを乾かそう。幸い脱衣場にはドライヤーも有った筈だ。

 この部屋の惨劇はヤクザ絡み。多分だがオーナーもヤクザなんだろう。連絡はしたく無いが除霊が終われば報告しないと駄目だ。

 

 時計を見れば4時22分。

 

 まだ夜も明けてないし、失礼な時間に連絡しても不味いだろう。下半身丸出しでパンツとズボンをバシャバシャ洗いながら、この先の事を考えた。

 正直に「箱」以外の事を話すべきか、単に除霊が終わったと言うだけにするか……僕はドチラにするか悩んでしまった。

 

「まぁ良いか……先ずは気持ち悪い下半身を何とかするか」

 

 ズボンとパンツを乾かして冷蔵庫を漁りビールを飲んだ。賞味期限がギリギリ切れてたけど気にしない。

 やはり開かずの間になってから補充はしてないのだろう。飲まなきゃやってられないと思ったからだ。

 二本程立て続けに飲んで、漸く眠気が来た。朝8時に携帯電話の目覚まし時計をセットしてベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「おい拝み屋、生きてるか?おい、返事しろよ?」

 

 扉を叩く音で目が覚めた。拝み屋って何なんだよ?ベッドから起き上がり頭を振って意識を覚醒する。

 ふらつきながら扉に行って鍵を……いや鍵は掛けてなかったしチェーンロックもしてない。

 

「はい、誰です?」

 

 扉を開けると、驚いた顔のチンピラ二人と……奥に筋肉の塊の厳つい男が居た。

 

「遅かったな。死んでるのかと思ったぜ」

 

 ニヤリと筋肉が凄みの有る笑みを浮かべた。正直に言って怖い。幽霊よりも怖い、生物として絶対に勝てないと思う。

 

「ああ、すみません。除霊は成功ですが、深夜に連絡するもの失礼かと思い仮眠してました」

 

「はっはっは。仮眠たぁ良い度胸だな。拝み屋、気に入った。まぁ中を確認させて貰うぜ」

 

 僕を押しのけて部屋の中に入る。チンピラ二人は躊躇してか、廊下から動かない。筋肉さんは部屋の真ん中に仁王立ちで見回している。

 

「ほぅ酒まで飲んで寛ぐたぁ、大した度胸だ。こんな惨劇の有った部屋で寝るなんてな。拝み屋ってのは、皆そうなのか?」

 

 ご機嫌な笑顔を向けてくるが、やっぱり怖い。

 

「他の連中は知りませんが、僕の師匠も度胸は有りましたよ」

 

 悟宗さんも除霊現場に直接乗り込むタイプだった。

 

「細かい事は親父に説明してくれじゃ行くか?」

 

 行く?何処へ?

 

「ほら、ビビって外に突っ立ってないで、拝み屋の先生を案内しねぇか?」

 

「「へい、先生!此方っす」」

 

 訳が分からない内に連行されてしまった。まさかヤクザの事務所に連れて行かれるの?

 

 

 

幕間12

 

 裏口から連行され路駐していた真っ黒なリムジンに乗せられた。早朝故に人通りは皆無だから、僕が拉致られた事を知る人は居ない。

 ベタベタな展開だが、まさか石を抱いて海の底じゃないよね?前にチンピラ二人、後ろに僕と筋肉の塊が乗っている。

 

「なぁ拝み屋さんはよ、若いな。幾つなんだ?」

 

「えっと22歳になります」

 

「細いなぁ……幾ら変な技使えるからって体も鍛えろよ」

 

 肩をバシバシと叩きながらフレンドリーに話し掛ける。だが力加減は最悪だ。物凄く痛い。

 暫くは世間話をするが、見た目は怖いが対応は優しい。これがヤクザテクニック?

 

「付きやしたぜ、兄貴」

 

 ああ、遂に事務所へ連行されてしまった……車から出れば、立派な鉄筋コンクリート五階建ての建物が有る。

 しかも入り口には監視カメラが有り、デカい木製の看板が下がっている。某広域指定暴力団の看板が……

 

「拝み屋の先生、ボーッと立ってないで入ってくれよ。親父が待ってるぜ」

 

 チンピラ二人は車を回しに行ってしまい、筋肉の塊さんと二人きりだ。先に歩く筋肉さんを追って行く。

 多分、今逃げたら海に沈められるだろう。最初の部屋は普通の事務所みたいだ。整然と事務机が並び奧には応接セットも有る。

 但し事務員じゃなくて武装構成員だらけだ。

 

「「「「お帰りなさい兄貴!」」」」

 

 見た目の厳つい連中が一斉に立ち上がり、腰を90度に曲げてお辞儀をする。この筋肉さんは高い地位なんだな。

 

「おぅ帰ったぜ。親父は奧か?」

 

 厳つい連中の中を歩く筋肉さんの後ろに付いて歩く。良かった、トイレを済ませておいて。未だだったらヤバかったかも……

 奥の部屋は、成金趣味丸出しの豪華な部屋だ。毛足の長い絨毯・壁に掛かる虎革・高そうな壷・豪華なシャンデリア・そして日本刀が飾ってある。

 最後の日本刀はインテリアだけじゃなくて、武器も兼ねてるよね?イタリア辺りの輸入品っぽい、高そうなソファーに座る老人が親父なんだろう。

 意外な事に見た目は普通の老人だ……作務衣を着てるが体格は貧弱だし表情も穏やかだ。

 

「おぅ、拝み屋さん。上手くいったらしいな?まぁ細かい話は飲みながらするかい?」

 

 良く分からない銘柄のウィスキーを薦めてくる。だが確かに電話で話した声と似ている。

 

「まぁ座れよ、拝み屋さんよ」

 

 老人の向かい側に筋肉さんと並んで座る。直ぐに親父さんが、グラスに並々とウィスキーを注いでくれた。

 一口舐めると確かに高級な感じがする。流石はヤクザの親分って事かな?

 

「で、教えてくれ。どうなったんだい?」

 

 筋肉さんが話を急かす。全て正直に言わないと怖い事になりそうだ。

 

「えっと……先ずは依頼内容と実際が違ってたんです。僕の聞いた話では、浮気した旦那の奥さんが旦那と浮気相手を殺した。

そして殺された二人の幽霊が出ると……

でも実際は、先に亡くなった旦那さんの霊が奥さんと相手を殺した。そして、その情景を毎夜繰り返していた。そう感じました」

 

 親父さんがニヤリと笑った。あの状況を親父さんは知っていたんだな。

 

「拝み屋さんよう。アンタの見た連中は、この中に居るかい?」

 

 テーブルに懐から取り出した写真の束をポンっと置いた。既に用意してたんだろう、厚みからして50枚は有る。

 手に取り写真の束を捲っていく……

 

「これが兄貴と呼ばれていた人だと思います。上半身裸でサラシだけでしたが。

あと彼女が雅美さんと呼ばれていた女性かな?確か緑色のワンピースでした。

もう一人は、この中には居ないと思います。茶髪の30歳位の男でしたが、横顔だけしか見なかったので何とも言えませんが……」

 

 多分、ちゃんと除霊したかの確認なんだろう。写真を選ばせたのは。

 

「そうだな。あのバカの写真は入れてない。拝み屋さん、アンタ本物だな。

あの部屋には何人もの霊能力者を送ったが、全員が殺されてたんだ」

 

 ああ、やっぱり……しかし何人もの同業者を殺す霊が初級か?情報も違ってたし、西崎さんは何をしてたんだ?

 文句を言っても良いだろう、いや絶対言うぞ。

 

「僕も兄貴の霊に刃物で襲われましたから。でも三人共祓いましたから大丈夫だと思います」

 

 「箱」が喰ったが気に入ったって事はレベルの高い怨霊だったんだな。だが贄をやれて良かったので結果オーライだ。

 

「そうかい、祓ったって事は天国に行ったのかい?成仏ってヤツだろ?」

 

 成仏だって?知らないよ、あの世に送っただけだから。

 

「僕はあの世に送っただけですから。生前の罪により天国か地獄かに行くと思います」

 

 思わず笑ってしまった。ヤバい、ヤクザのお仲間を祓ったのに地獄行きとか言ってしまったのと同じだ。

 

「親父、この拝み屋さんは結構肝が据わってるぜ。何たって仕事の後に、あの部屋で酒飲んで寝てたんだ。

夜遅く親父に電話したら迷惑だろってさ。若い癖に大した度胸だろ」

 

「ほー、あの部屋でか?大したもんだな。それに儂らの仲間を地獄に送って笑いおった。

兄ちゃん、普通はヤクザに手を出したら自分以外の家族や友人も危険なんだぜ?」

 

 ああ、テレビや小説と同じだ。自分以外にも危害を加えるってか!

 

「くっくっく……僕に家族は居ませんよ。師匠も奴らに殺された。

親父さん、僕が除霊をするのはね、復讐なんですよ。僕から大切な家族や師匠を奪った奴らに!」

 

 酒の勢いか捨て鉢になったからか、ヤクザの親分に啖呵を切ってしまった。

 

「気に入ったよ。アンタ名前はなんて言うんだい。

馴染みの拝み屋が全員殺される様なヤツを祓える力と、儂を恐れない度胸もな。空度胸でも大したモンだ」

 

 ははは、ヤケクソの啖呵だってバレてら。

 

「はぁ榎本と言います。宜しくお願いします」

 

 でも良かった。良い方に勘違いしてくれたみたいだ。

 

「軍司よ、榎本先生の為に一席設けるか。なぁ榎本先生よ。儂の事を親父と呼んだんだ。これからも仕事を頼んで良いよな?」

 

「親父、任せろ。羽生んところの店を開けさせるぜ。榎本先生よ、アンタ女は好きかい?」

 

 なっ何かヤバい方向に進んでないか?嫌だぞ、ヤクザの専属霊能力者なんて碌なモンじゃない。

 

「朝から女性は……それに僕は西崎さんを通して依頼を請けてますから。直接は不義理になります」

 

 中間に誰かを介さないと大変な事になるぞ。ヤクザと直接取引は駄目だ!

 

「榎本先生よ。西崎ってのは、儂らと同業よ。良い話を聞かないヤツだから、先生もボラれてるかも知れないぜ」

 

 あの野郎、ヤクザ絡みかよ!

 

「そうですか。この依頼もマージンを抜くと手取り10万円なんで……あの、何か不味い事を言ったでしょうか?」

 

 親父さんと軍司さんの顔が本気で怖い事に。西崎さん、半分マージンは取り過ぎだったんじゃ?

 

「先生の顔を潰さない為にも教えますがね。この依頼は500万円で話してるんすよ。

組の若頭の霊を何時までも現世に彷徨かせちゃならねぇ。半分位なら問題ねぇ。

だが10万ぽっちで若頭を祓わせたとあっちゃならねぇんだ。若頭が10万円なんて事が知れたらな……」

 

 あれだ、面子ってヤツだ。確か彼等は面子を大切にするんだった。西崎さん、アンタ早く逃げ出した方が良いぞ。

 

「そうですか……僕は奴らが祓えれば良いので、その辺はお任せします。宜しくお願いします」

 

 そう言って深々と頭を下げる。この雰囲気で何か気に障る事を言ったら、僕にもとばっちりが来そうだし……

 

「分かった。この件はキッチリ此方で対処する。まぁ先生に迷惑は掛けないから安心しな。さて、出掛けるか。おい軍司、行くぞ」

 

「ああ親父、行くか」

 

 にこやかに笑いながら立ち上がる二人を見て、逃げ道は全く無さそうだと感じた。朝の8時から宴会って、どうなんだろう?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あの後、昼過ぎまで高そうな料亭で接待を受けた。良くテレビで見る様な料亭で、懐石料理と高そうなお酒。

 途中から参加してくるキャバクラのお姉様方……

 そんな彼女達を前に親父なる親分と軍司さんが、僕を先生・先生と連呼するから、さぞかし彼女達は困っただろう。

 だが、あのラブホの怪異は地元では有名だったらしく、「箱」が喰ったが僕が解決したと聞くと尊敬の眼差しで見られた。

 まぁロリコンを自覚した僕には、キャバクラのお姉様方は首尾範囲外な為に淡々とした態度だったが、周りは硬派なのねと誤解していた。

 

 しかし現状は大変拙い。爺さんからヤクザの話は聞いていた。

 

 村祭りとかでテキ屋とかと交流が有る爺さんは、ヤクザについても自分なりの対応を考えていた。

 その意見に当て嵌めると、現状は危険度MAXだ。ヤクザと言えば暴力・犯罪・強請り・たかり・恐喝を思い浮かべる人が多いと思う。

 それは下部組織やチンピラが行う事で、幹部クラスになると全く別の対応をしてくる人達も居る。やたらと奢ったり世話をしたがるんだ。

 

 当然、善意じゃない。

 

 だが心理的に借りを作ってしまうと、次に断り辛い頼み事が待ってるんだ。親父さんも軍司さんも強面だが態度は丁寧で優しい。

 話の流れも西崎さんにケジメを付けさせ足を洗わせる(太平洋に錘を抱いて沈む)から、次の仕事の斡旋をどうする?

 

 アテが有るのかい?そう聞いてくる。

 

 迂闊に「アテが無いので困ってます」なんて言えば喜んで紹介してくれるだろう。そして僕はヤクザ専属の霊能力者となる。

 最終的には敵対勢力を呪い殺せとか言われるかも知れない。勿論、全くの善意かも知れない。だから妥協案を言ってみた。

 

「今回の件は西崎さんの事も含めてお世話になります。だけど自分も爺さんや師匠の柵(しがらみ)で仕事が来るので本拠地を離れる訳にもいきません。

ですが、折角の縁ですし自分に出来る範囲で有れば幾つかの除霊仕事を手伝います」

 

 そう言った時の親父さんの顔は、困ったから愉快に変わった。

 

「おう、軍司!流石は先生だな、儂らとの付き合い方も御承知だぞ。先生、実は幾つか困った物件が有ります。

支払いは相場以上を出しますんで、お願いしますわ。暫くは軍司に世話させますんで、なんなりと言って下せえ」

 

 僕の浅はかな考えは見通され、逆に好待遇と監視役を付けられた。僕は二カ月程、彼等の抱える心霊物件の除霊に当たった。

 僕にとってのメリットも多かった。述べ20件に及ぶ除霊には、半分以上「箱」が喜ぶレベルの連中が居た。

 明らかにオーバーランクだし、報酬も破格だった。軍司さんが毎回傷だらけの僕に対して、組の若手と一緒に筋トレを強制してきた。

 最初は嫌だったが、最近は体を鍛える事に喜びを感じる程になった。

 体を虐めぬいて楽しいなんてエム男みたいだが、激しい動きを必要とする除霊で身体能力の底上げは必要だったのだ。

 まだムキムキには程遠いが、腹筋が割れてきた辺りで筋トレが楽しくなってきた。

 

 デメリットは……勿論、ヤクザと懇意にしてる事だろう。だが同業者から、変な徒名(あだな)を付けられた。

 

 「狂犬榎本」

 

 ヤクザ絡みの心霊物件をお構い無しに、片っ端から除霊する事。何時も傷だらけな事。

 荒んでいた時期だったので、態度や目つきも悪かったのかも知れない。だが、その徒名と噂の所為で名前が売れて、直接仕事が入り始めた。

 お陰様で軍司さんに、そろそろ田舎に戻り他の仕事も請けようと思いますと言った。

 特に親父さんも軍司さんも僕を引き留めなかったが、盛大なお別れ会を開いてくれてた。

 高級料亭を貸しきった、二十歳そこそこの若造には勿体無い程の盛大な宴会だ。だがしかし……そこで組の幹部や派閥の組長達を一人ずつ紹介された。

 つまり関係者全員に顔合わせをさせられた訳だ。全く先方は上手過ぎる。

 多分、今後も定期的に依頼が来るだろう。だが違法性の高い物は嫌だと軍司さんに言ってあるから、平気だと思いたい。

 こうして漸く彼等の元を離れた時は、季節は初夏。まさに心霊シーズン突入だった!

 


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