榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第13話から第15話

第13話

 

 客も疎らな喫茶店にて、これからの相談をする男女。一人は筋肉ムキムキなオッサン。一人は妙齢の美女。

 凸凹カップルにも見えなくは無い。

 周りに居る僅かながらな男性客も、羨望の眼差しをオッサンに向けていた。畜生、美女と野獣を気取ってんじゃねーよ、と……

 だがしかし、残念ながら男の方はロリコンだった!折角の美女も、攻略対象外では仕方ない。

 

「それで……私はどうしたら良いのかしら?契約とかの交渉事は苦手と言うか……今回が初めてなのよ。

何時もは先方から提示されたり、お礼として渡されたから」

 

 あれ?そこそこの数を担当してなかったっけ、この梓巫女シリーズはTVで何度か見た記憶が有るけど……

 

「もしかして……桜岡さんって、凄いお嬢様だったりする?」

 

 お金に無頓着なのは、金持ちかボランティア精神が旺盛な一寸アレな人しか居ない。

 勿論、彼女は善人だとは思うが、そこまで博愛精神が豊かでもあるまい。つまり金持ちなんだろう。

 

「えっ?まぁパパは社長だし、お嬢様と言えばお嬢様かしら?でもそんなにお金持ちでも無いわよ。別荘は有るけど、クルーザーは持ってないし」

 

 いや別荘の維持費とクルーザーの維持費ってどっちが高いの?家と船じゃ家じゃね?

 と言う事は、結構安く使われているのかプライドに見合う金額ならそれで良いのか?

 行儀良くアイスコーヒーを飲む彼女を見れば、確かにマナーが良く美貌を伴って上流階級のお嬢様に見えなくも無い。

 深窓の……と言われるとお淑やかでないのがネックか?

 

「失礼だけど、長瀬社長との話し合いには桜岡さんの報酬の件も含まれる。報酬は……

同業者の僕は聞かない事にするけど、相場というか自分の設定価格って用意してる?」

 

 料金表までとは言わないが、何日かかってレベル別の生霊の価格位は金額が弾けるよね?しかし彼女は頬を少し赤く染めて俯くばかり……

 

「えっと……大体一回で100万円?」

 

 駄目だこの女……絶対周りから騙されている。

 

「えっと、それって経費込みで何日掛かっても同じ金額じゃないよね?」

 

 黙って頷いたよ!腕時計を見て残りの時間を確認する……

 大体あと30分後には店を出ないと、待ち合わせ時間には間に合わない。でも、このまま行かせたら多分だけど……

 あっさり「じゃ100万円で!」「分かりましたわ、おほほほほー!」とか言って納得されそうだ。

 

 1件100万円は悪い金額じゃない。

 でも諸々の条件をつけて、安かろうが高かろうが納得させられる根拠と、万が一の場合の保険をかける事を知るべきだ。

 僕は、こう言うお節介なキャラじゃないんだけど……溜め息をついてから話し出す。

 

「桜岡さん……」

 

「なっ……なによ?」

 

「世間を知ろうか!先ずは、どんな内容でも同額は駄目だよ。仕事の規模や難易度によって料金を変えるのは当たり前だ!

この仕事は事後清算が多い……何日かかるか分からない物件も多いし、命の危険は千差万別だから同一で考えちゃ駄目だ。

それこそ危険で難易度の高い物件を優先的に回されるよ」

 

 彼女はグッと息を飲み込んだ。当然、言いたい事や反論もあるんだろう。

 

「先ずは話を聞いて欲しい。君の力は本物、それは分かる。

この業界はインチキや偽者も多いから、本物の霊能力者が一括の安値で仕事を請けると言えば殺到するだろう。

しかし、相手もリスクを正直に教えるとは限らない。もしかしたら最悪の条件かもしれないし霊以外の危険も有るかもしれない。

例えば不良債権でヤクザ絡みとか、良くない連中の溜まり場とか……

自分を守る為にも最初に条件を付ける事、危険に見合った金額を請求する事が大事だよ。

あと、あまり言いたくないけど……同業者に恨み妬みを買う。力有る連中に恨まれるのは、危険だ……」

 

 実際に呪いを掛けられたり邪魔されたりする可能性は捨てきれない。欲に塗れた人間ほど、怖いモノは無いんだ。

 

「霊障に困った人々を助ける為に梓巫女になったのよ……それを妨害が有るからって止める事は出来ないわ。私は……」

 

 信念有る善人ほど扱い辛いモノは居ない……なんたって正論だし、何を言っても障害を跳ね除ける意志が有る。

 ただ、その障害を跳ね除ける力が足りなかったり無闇に要らない敵を作ったりするんだ。

 だがら志半ばで挫折する……大抵が、最悪の裏切りかなにかでね。

 

「桜岡さん……先ずは今回の物件を解決する事を考えよう。それには、長瀬社長に正式に君が除霊する内容で契約を結ぶ。

費用については長瀬社長と相談が必要だ。何故なら彼はマンションのオーナーじゃない。

僕は比較的安価だから先行投資で仕事を依頼した。多分少し上乗せして、マンションオーナーに請求するつもりだったんだと思う。

しかし、蓋を開ければ僕だけじゃ対応出来ないから君を巻き込んだ……これ以上の費用負担は難しい。

だから長瀬社長にマンションオーナーと協議して貰い、僕らが引き続き仕事をして良いか決めて貰う。じゃないと無料奉仕になるし、最悪はこの仕事を外されるからね」

 

 そう言っても彼女は未だ不満顔だ……だから「取れる所からは、ちゃんと取らないと駄目だよ。その分、お金が無く本当に困っている人を助ければ良い……」と言って、取り敢えずこの話は先送りにした。

 イマイチ納得はしないけど了解はする、みたいな……もう一悶着有るかもね?

 でも先ずは、この仕事をどうするか決める。その後の話は、ゆっくり考えれば良いから……ここでタイムリミットが来た!

 

「さぁ、長瀬社長に会いに行こう。そろそろ出掛けないと間に合わないよ」

 

 レシートを持ってレジに向かう。当然、此処は僕の奢りだ!

 流石にロリコンの僕だが、世間的にこれだけの美人と同伴でコーヒー代を折半とか奢られるのは勘弁して欲しい。

 甲斐性無しかヒモに見られて、男として終わった感じがするから……

 彼女も何も言わないのは、奢られ馴れているんだろうな。会計を済ませて店を出る。

 

「すみません、御馳走様でした」そう言ってくれるのは、育ちの良さが伺える。

 

「いえいえ……」そう言って並んで、スカイビルの方に歩いて行く。

 

 流石は商業テナントの多い飲食店舗や物販店舗を抱える地下街だけあり、通行人は多い。客層も幅が広い。

 そんな中でも、周りから注目を集める2人だ。

 

「あれ見て!お嬢様と番犬かしら?」

 

「ガードドッグ?いやボディーガードかしらね」

 

「おい!似合わないスーツのゴリラが美女を連れてるぜ」

 

「どうせ暴力で従わせてるんじゃねーの?」

 

 本当に凸凹コンビなのか、容赦ない批評が聞こえてきます。女性なら聞き流し、野郎ならキツい視線を送る……

 

「榎本さん、ほら威嚇しない。こうやって腕を組めば、カップルに見えるわ」

 

 そう言って腕を絡めて来るが、丁寧にお断りを入れる。

 きっと恋愛感情は無く、周りの暴言に対して哀れに思い腕を組んでくれたのだろう……しかし知り合いの多い場所では逆効果だ!

 しかも彼女は色物の有名人……スポニチの紙面を飾れる怪しさだよね?

 

 長瀬綜合警備保障はスカイビルの18階。シースルーエレベーターに乗り暫し外の景色を楽しむ。

 遠くにランドマークタワーが見える……チン!と言う電子音が鳴りエレベーターは目的の18階に到着。

 彼女を伴い、長瀬綜合警備保障の受付に向かった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「こんにちは、榎本さん。社長から連絡は入っています。どうぞ……」

 

 顔見知りの受付嬢に声を掛けると、直ぐに少会議室に通される。

 すたすたと社内を進んで行くと「随分と手慣れているのね……」と言われた。勝手に他人の会社の中を進んで行く事に疑問を持ったようだ。

 

「僕は長瀬さんから良く仕事を貰う。それは、この会社が警備を請け負った建物が多いからね。

長瀬綜合警備保障の外部スタッフになってるんだ。その方が便利だよ。

例えば不法侵入にならないよね、警備を受け持つ会社の社員なら。仕事先のビルの入館手続きとか話が通り易いし」

 

「なる程……確かにそうね。所属会社や訪問先、訪問内容とか書かされるわね。受付でビルの警備員さんに」

 

 この辺の理解が早いのは、何処かで苦労した事が有るのだろう……大抵の心霊現象は深夜。

 管理された建物に入るには入館手続きが要る。

 

 そこで『所属 霊能事務所 訪問先 霊障の有る場所 目的 除霊』うん、怪しい怪し過ぎる。

 しかも立ち会いを頼むと大抵は断られる。被害にあってる方々が夜中なんかに来たくない。

 自分の家なら兎も角、わざわざ立ち会いなんか来ない。だから警備員に連絡だけ入れておく。

 その時に不審者や異常を確かめる為に「身元の確かな警備会社から調査・警備の為に派遣された」僕ならば、割とすんなり通してくれる。

 じゃないと胡散臭さ過ぎる肩書きだから……

 

「色々と考えているのね……でも私は女性だから、その手は無理だわ」

 

 これは警備員向きなムキムキの僕だから可能だ。流石に女性では無理が有るよね。

 そんな話をしながら少会議室で待っていると長瀬社長が入ってきた……

 何時もスーツで決めたダンディーな紳士だ。話す声も渋い。

 

「わざわざご足労すまないね。で、今回は複雑らしいね。桜岡さんとは会うのは初めてか。どうも、長瀬です」

 

 にこやかに名刺を差し出す。驚いた事に彼女は名刺を持っていた。

 

「はい、榎本さんにも……office SAKURAOKA 代表、桜岡霞です。宜しくお願いします」

 

 手渡された名刺を見れば、確かにoffice SAKURAOKA 代表桜岡霞となっていた。

 

「わざわざどうも。榎本心霊調査事務所の榎本です。名刺は以前渡しましたね」

 

 そう言って頭を下げる。端から見れば普通の商談の開始風景だ……

 

「それじゃ話を聞こうか……」

 

 僕達は打ち合わせの通りに、長瀬社長に現在の状況を報告した。

 

「生霊……か。それで、今後の方針は?」

 

「生霊の対応は、僕は不得意ですから桜岡さんに手伝って欲しいのですが……

多分、長期になる可能性も有るし場合によっては興信所に依頼をする可能性が有ります。

相手は生霊……つまり生きている人間を相手にしなければならない。でも探偵じゃない我々が探しても見付ける事は難しい。

長瀬社長が言っていた、あのマンションの警備委託期間内に解決出来るかは……」

 

 流石に彼も渋い顔になる。一時的に警備を任されたマンション。

 期間は決まっているので、長期対応は想定外だろう。

 

「確かに私が警備を請け負った期間は短い。それで見通しはどうなんだい?それなりに勝機は有りそうかい?」

 

「見通しは……正直難しいです。相手を特定出来れば、対処も有りますが待ちで除霊は厳しいです。

毎日出るかも分からないから、出来れば原因を突き止めた方が良いですよ」

 

「私は、やりたいわ!乗り掛かった船ですからね。このまま知らぬ存ぜぬは出来ないわ」

 

 ああ、やっぱり説得出来てなかった訳だ……こっちからやりたいと言えば、いや予算が……なら幾らでも良いわ!的な流れかい?

 少し困った顔で長瀬社長を見詰める……彼も視線を感じたのか、こちらを一瞥してから溜め息をついた。

 お互いの腹の探り合いだけど、彼も僕も持ちつ持たれつの関係だし。落としどころを探らないと駄目かな……

 

 

第14話

 

 この見た目に騙されがちな、美女だけど中身がオッサンで善人の為に苦労している……せめて外見がロリなら頑張りも報われるのだが。

 どこをどう見ても育ち過ぎている。どうにも食指が動かないんだが……

 

「長瀬社長。取り敢えず、マンションオーナーと話し合いをして貰えませんか?

今のままだと、警備の連中の危険は取り払えてないんですよね。アレは生霊だから、地縛霊と違い移動出来ます。

建物周りだけを巡回させても、かなり話題になっている。警備の目を盗んで侵入する馬鹿は居るでしょうね……」

 

 深夜にランタンの灯りに照らされた、蠢く人影の目撃者は居る筈だ。インターネットに書き込まれたら、人が集まってくる。

 多分だが、その中には質の悪い連中が居る。

 度胸試しや興味本位で侵入し……怪我を負ったり、最悪は死ぬ。誰が、この阿呆の責任を取るのか?

 不条理だが、警備を任されていた会社と建物の持ち主だ。

 不法侵入なのに、安全上・警備上に問題は無かったのか?防げた事故じゃないのか?お前らが、ちゃんと警備をして持ち主が立入禁止の措置をしておけば……助かった命だろう!

 だから謝罪と保障をして欲しい。そう言う逆ギレをする遺族が居るんだ……その点を匂わせてみた。案の定、腕を組んで悩み始めた。

 

「本当に、又出るかね?」

 

 大分揺らいできたかな?少なくとも長瀬綜合警備保障の警備中に、そんな不祥事はお断りしたい。

 だからと言って警備員の人数を増やして警備体制を強化するのと、僕達に頼む為にマンションオーナーと交渉する手間を天秤に掛けている。

 最悪の場合、マンションオーナーが除霊を断れば等しくリスクを背負わされるから……

 長瀬社長も何とかマンションオーナーと交渉して、除霊の件と料金を認めさせたい。そして自分と、社員の安全を確保したい筈だ。

 

「僕でも除霊後に一週間は様子を見ますからね。今回の件は、桜岡さんは除霊が成功して奴が成仏したかの確証は無いと言った……

つまり相手は手負いですからね。

完治するまで出ないか、怒って周りに八つ当たりをするかは分かりませんね……桜岡さんも、そう思うよね?」

 

「えっ?ええ、そうね。そうかも知れないわね……」

 

 妙に慌てて相槌を打つけど、まさか寝てた?

 罰が悪そうに此方を見る彼女は、僕と長瀬社長の会話を聞き流していたのだろうか……暫し沈黙が流れる。

 僕が駄目押しをして、彼女が肯定した……これで長瀬社長は追い込まれた筈だ。

 後は彼の判断を待てば良い、僕は用意されたコーヒーを飲む。うん、すっかり温くなっちゃったな……

 砂糖とミルクが無いと飲みにくいんだよね。

 

「分かった。マンションのオーナーと掛け合ってみよう。継続で君達に任せるか、新しい連中を呼ぶかは向こう次第だからね」

 

 釘を刺されたな……最悪、長瀬社長は手を引く事も視野に入れている。

 それが向こうが手配した霊能力者の場合を持ち出したんだ。先方がゴネれば、僕達を切り離して話を進めるのだろう。

 悪い条件なら、僕達を紹介した分のリスクを負うかもしれないから……もしかしたら、この物件は放置かもしれないな……

 

「今日のところは長瀬社長の連絡待ちですね。宜しくお願いします。さぁ桜岡さん、お暇しようか?」

 

 今後については、そのマンションオーナーとの交渉次第。又は交渉の場に同席させられるかも知れない……

 

「えっ?もう良いのね、分かったわ。では長瀬さん、失礼しますわ」

 

 桜岡さんは、イマイチ状況を理解してないのでは?面識の無いマンションオーナーとの交渉には、彼女は連れて行かない方が良いね。

 後で釘を刺しておこう。

 長瀬社長からマンションオーナーとの交渉に、意見が聞きたいから同席して欲しいって頼まれたら……ホイホイ付いて行きそうだから怖いな。

 笑顔で長瀬社長に別れの挨拶をする彼女を見て、見えない様に溜め息をつく……嗚呼、溜め息の分だけ幸せが逃げるとは良く聞く。

 しかし今回は、溜め息の分だけ苦労しそうだ……主に僕が!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 桜岡さんと連れ立って横浜駅に向かう。確か彼女のofficeは、京急上大岡駅の近くだった。

 だから途中迄は同じ電車だ……アレ?

 

「桜岡さん、何で来たの?電車?車?」

 

「電車よ。待ち合わせの場合、時間が読めない車は使わないわよ。それに横浜駅周辺は渋滞するし……」

 

 一般的な常識は凄く持っているんだよな。

 

「そう。じゃ途中まで一緒だね。僕は京急横須賀中央駅までだから」

 

 丁度ホームに入ってきた快速特急に乗り込む。行きと違いソコソコに混んでいる為、並んで吊革に掴まる。

 電車が走り出し案内のアナウンス放送が終わると……

 

「えっ?今後の話をしないの?」

 

 って唐突に話し出した。って今後の話?だって長瀬社長からの返事待ちでしょ?

 

「えっと……長瀬社長が先方と話し合いをして、結果で僕らは動く話になったよね。それは理解してるよね?」

 

「でも……待ってるだけじゃなくて、何か出来る事が有るんじゃなくて?」

 

「無い!ちゃんと契約する迄は、オーナーさんとの話が纏まる迄は何かしちゃ駄目だ。それは長瀬社長にも迷惑をかけるの!」

 

 ブーって頬を膨らませる……それはロリっ娘がやると嬉しいが、貴女がやっても子供っぽいだけだ。

 子供っぽいと言っても、絶対子供にはなれない。

 だから僕には……無駄無駄無駄ムダァー!

 

「結果は2〜3日中には分かる筈だよ。だから、結果を聞いてから行動するの!」

 

「でも……」

 

「でもじゃないでしょ?ちゃんと契約してから仕事をするって約束でしょ。もし契約前に桜岡さんが怪我でもしたら……

長瀬社長が困るんだよ」

 

 またブーって頬を膨らませる……ここは話し掛けない方が良いだろう。

 暫し無言で並んで窓の外の景色を見る……行きに降り出していた雨は、今は本降りだ。

 長瀬綜合警備保障から横浜駅までは、屋根付きの通路を歩いて来たがら余計に雨足の強さを感じる。

 冬の雨には、嫌な記憶しかない。

 爺ちゃんが亡くなったのも、親父が亡くなったのも……こんな冬の雨の日だった。

 

「何よ!そんな怖い顔して。分かりましたわ。大人しくしています。でも連絡が入ったら動き出すわよ」

 

 ん?どうやら思い出していた時に、怖い顔になっていたらしい……それで僕が怒っていると誤解したんだな。

 

「いやゴメン。死んだ爺ちゃんと親父を思い出してね。アレも、こんな寒い雨の日だった……」

 

 爺ちゃんの亡骸を抱えて泣いたのも、親父の亡骸に対面したのも。どちらも寒い冬の雨の日だった……

 そして、僕が箱に。あの箱に居る奴に初めて会ったのも……

 

「そう……お祖父様とお父様が……」

 

 お祖父様?お父様?糞ジジイと糞オヤジだったよ!様付けなんて……背中が痒くなるよ!

 

「いや、気にしないで……それより長瀬社長からマンションオーナーに説明したいから同席を頼まれても、1人でホイホイ行かないように。

必ず僕に連絡して欲しい」

 

 コレは念の為にも言っておかないと。最悪、長瀬社長が桜岡さん1人に押し付けて縁を切るとか……

 又はマンションオーナー側から不利な条件を押し付けてくるか……人の良い彼女じゃ、コロっと騙されるよね。

 

クスクス笑いながら「なにそれ?榎本さんって私の保護者なの?」って返してきたけど、そんな気がしてきたよ。

 

「そんなモンかな……少なくとも、この件が解決する迄はね」

 

 じゃないと直接被害を受けるのは、僕だし……

 

「クスクス……可笑しいわね。本当にボディガードみたいよ!」

 

 何故か嬉しそう?プライドの高い彼女なら、私に任せられないの?って怒るかと思ったんだけど……電車は弘明寺駅を通過した。

 後3分位で京急上大岡駅に到着するだろう。

 

「そろそろ着くね。じゃ連絡を待ってるから、そっちも大人しくしてる様にね」

 

「あら?ウチ(office)に寄っていかないの?」

 

 何故に?そして周りの乗客も、何故コッチを伺うんだ?

 

「それは連絡が着てからでしょ?内容によっては事前に話し合う必要が有るかも知れないからね」

 

 そう言うと車内アナウンスが流れて駅に到着した。

 

「あら残念ね。では榎本さん、ご機嫌よう」

 

 そう笑顔で言って、颯爽と電車を降りて行った……

 

「ヤレヤレ……お嬢様のお守りは大変だ」

 

 誰に言うともなくボソリと漏らすと、周りからの視線がキツくなった?周りを見渡せば、男性陣が睨んで居る。

 

「ああっ?」

 

 そいつ等に視線を合わせてやると、殆どが目を逸らすが……何人かは睨み返して来やがった!

 

 アレか?まさか嫉妬か?結衣ちゃんの時は親子ですか?微笑ましい的な反応の癖に、何で桜岡さんだとシット団なんだよ!

 ドッと押し寄せる疲労感に耐えながら、早く事務所に帰ろうと思った。今日は早仕舞いして、早く結衣ちゃんに癒やされよう……

 大人しく微笑む彼女の顔を妄想しながら、周りの視線を無視した。

 端から見たらニヤニヤしたオッサンは、さぞかしキモかっただろう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕は夢を見ているのだろう……桜岡さんと別れてから事務所に戻り早めに自宅に帰った。

 結衣ちゃんと楽しく夕飯を食べて、風呂に入って直ぐに布団に潜り込んだ筈だ……しかし意識が覚醒してるのに、周りは真っ暗だし体も動かせない。

 また、あの夢なのか……

 

「そうだよ……お前の父親達が苦しみ悶えている。早くお前も、コッチに来いとな……」

 

 耳元でアイツが囁く……くっ……動け動くんだ!手足に力を入れてもビクともしない。

 無駄に足掻いていると正面の暗闇から、爺ちゃんと親父が現れた……見る度に奴に魂を浸食されているんだろう。

 最初は会話も成り立った。しかし今では苦しみからか、罵声しか聞こえない。

 

「まさ……あき……何故、お前だけ……無事なんじゃ……」

 

「ちち……が……苦しんで……いるのに……お前が……何をして……るんだ……」

 

 タールを流し込んだ様な沼地から、這う様に此方に手を伸ばして……恨み言を話す爺ちゃんと親父……くそっくそっ糞ッタレがぁー!

 

「オイ、箱!出てきやがれ。何故だ!僕はお前に贄を差し出している。なのに何故、爺ちゃんや親父が苦しんでいるんだ!出て来て説明しやがれ!」

 

 幾ら叫んでもヤツは姿を表さない。口以外に動かせない僕の耳元で高笑いをするばかり……

 

 ヒャハハハハハー!

 

 お前らの魂は、私が握っているんだよ。足掻け、足掻くんだー!恨み言を言いながら這ってくる爺ちゃんに足首を掴まれた時点で……

 体の自由を取り戻し、起き上がった。

 

「くっ糞ッタレが!」

 

 全身汗だくで疲労感が凄い……ノロノロと起き上がり、部屋に有るミニ冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出し一気飲みをする。

 

「くっゲホッ……ゲフー」

 

 激しく咽せたが、今はそれが丁度良い。少しでも気が紛れれば……僕はペットボトルに残るコーラもがぶ飲みし、そのまま布団に倒れ込んだ。

 疲労感からか、襲ってきた睡魔に身を任せる……

 

「爺ちゃん、親父……まだ苦しんでいるのか……」

 

 張り裂けそうな胸の苦しみも、眠ってしまえば一時は忘れられるから。

 

 

第15話

 

 嫌な夢を見た……体は疲労感で一杯で汗だくだ。あれから気を失う様に眠りについてから、3時間位は寝れただろうか?

 少し体力が回復し、体のベタベタが気になり始めた……一度気になりだすと中々寝付けないものだ。

 時計を見れば5時55分か……冬の朝は未だ日の出前。部屋の中も真っ暗闇だ。

 

「風呂で汗を流すか……今日は長瀬社長の返事が来るまでは、自主的な休みでも良いかな……」

 

 クローゼットを漁り、着替えとバスタオルを持ってバスルームへ行く。一階の結衣ちゃんの部屋の前を通るが、未だ彼女は夢の中だろう。

 扉から漏れる灯りは常夜灯の淡い光だけだ。彼女を起こさない様に静かに移動する。

 ウチの風呂は家庭用の濾過機能の付いた24時間風呂だ!だから何時でも設定温度の42℃のお風呂に入れる。

 夏は39℃に設定するが……

 結衣ちゃんは良く出来た娘さんだから、オッサンである僕の下着を含めた洗濯物も一緒に洗ってくれるし、お風呂のお湯も入れ替えたりしない。

 年頃の娘を持った父親の悲劇は……回避しています。

 体を簡単に洗い流し、浴槽に浸かる……

 

「ふぃー……風呂は命の洗濯と、逃げちゃ駄目な子供が言っていたな……」

 

 タオルを絞り両目の上に乗せる。じんわりと疲労感が溶けて行くのが分かる……15分位だろうか?

 体の芯まで暖まったので上がる事にする。そろそろ日の出が近いのだろうか?

 外で雀がチュンチュン鳴き出したし、仄かに明るくなり始めた……浴室を出ると脱衣場で体を拭く。

 部屋の灯りは敢えて点けなかったが、窓から太陽の光が少しずつ入って……

 

「きゃ!正明さん、ごめんなさい」

 

 どうやら洗面所を使いたかった結衣ちゃんに、僕の全裸を見られたか?窓を向いていたから息子はセーフだが、尻エクボはバッチリ見られたかな?

 

「ああ……結衣ちゃん、直ぐ出るからね」

 

 彼女に声を掛けてから、急いで身支度を整える。普段は7時に起きて朝の支度を始める筈だが、今朝は早出なのかな?

 髪の毛をガシガシと拭きながらキッチンに向かえば、結衣ちゃんが朝食の準備をしていた……

 

「おはよう、結衣ちゃん。今朝は早いね。未だ6時半前だよ?」

 

 まな板で何かを切っている彼女に声を掛ける。

 

「はにゃ?ごっごめんなさい、正明さん。まさかお風呂に入っていたなんて……」

 

 真っ赤になりながらワタワタする彼女。せかせかと手を動かしながら謝る姿は、小動物みたいで可愛い。

 

「ごめんね、僕も電気を点けておけば良かった。気にしないでね」

 

 そう言って冷蔵庫を開けてパックの牛乳を取り出す。コップに注いで一口……火照った体に冷たい牛乳は鉄板だ!

 珈琲牛乳?フルーツ牛乳?男ならシンプル且つ基本の白牛乳だろう!

 コップの残りを左手を腰に当てて、仰け反る様にゴクゴク一気飲みだ!余りに全裸を見られた僕が気にしないので、彼女も溜め息をつきながら調理を始めた……

 アレ?溜め息をつかれた?結衣ちゃんが料理をする姿を後ろから舐める様に凝視する……

 左右に動きながら手際良く調理する彼女のフリフリと動くお尻の辺りを。うん、美少女の手料理を食べれるなんて幸せだ!

 美少女と言うか店番をしていた美幼女にも、また会いたいな。

 あの仕事は僕も気になるから、もう一度昼間に周辺を調べながら店に顔を出そうかな……目の前の極上ロリっ娘を見ながら、他のロリに思いを馳せるとは!

 

 なんて贅沢な環境。

 

 しかも結衣ちゃんが早起きをしたのは、学校の給食室の什器が故障した為に3日間は弁当持参だそうだ。だから僕の分まで作ってくれた!

 

「では、行ってきます!」

 

 元気良く……ではないが、行儀よく挨拶をして出て行く彼女を見送る。折角、彼女がお弁当を作ってくれたんだ。

 休もうと思ってたけど、事務所に向かう事にする……

 

「さて、お仕事頑張りますかね!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから支度をして、事務所には8時45分に着いた。基本的に営業時間は9時から5時迄だ!

 紹介が殆どの僕の事務所には、一見さんとかは殆ど来ない。広告も出してないし、タウンページにも記載されていない。

 完全に舐めた商売形態だが、長瀬綜合警備保障や山崎不動産からの紹介が結構有るので、そこそこ毎日仕事が有る。

 何時もの様に郵便物とメール・FAXをチェックする……そして仕事の依頼は何も無い。

 だから長瀬社長からの連絡が来る迄は仕事が無い。

 

「さて……ネットサーフィンでもするかな……」

 

 冷蔵庫からコーラを取り出し、カチャカチャとネットで遊ぶ。最近ハマっているゲームの攻略サイトを梯子し、ネット小説の更新状況をチェックすると……

 もうお昼だ!

 

「時の経つのが早過ぎる……さて、結衣ちゃんのお手製弁当を食べようかな!」

 

 至福の時が訪れた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お弁当のメニューは定番中の定番だ。ミニハンバーグ・甘い卵焼き・インゲンとベーコンの炒め物それに煮豆だ。

 煮豆は販売品だが、その他は彼女の手作り。

 両手を合わせて「いただきます!」と言った所で携帯が鳴った……

 

 誰だよ?と思い携帯を開くと「桜岡霞 携帯」と表示されていた……

 

 卵焼きをモグモグと食べながら通話ボタンを押す。

 

「はい、榎本です。只今食事中です……」

 

「あら、こんにちは。桜岡です。まだお昼には少し早く有りません?」

 

 時計を見れば11時52分……ほんの少し早いのか?

 

「それが自由業の素晴らしさですよ。それで、何か有りましたか?」

 

 インゲンを一本づつ摘んで口に入れる。うん、コショウが適度に効いていて旨いな。

 

「うーん……何かって言われると、長瀬さんから連絡が無いから榎本さんの方はどうかなって?」

 

 ズズーっとお茶を飲む。

 

「無い!てか、昨日の今日で話が纏まるとも思えないよ。2〜3日は掛かるんじゃないかな?」

 

 白米を口に入れて咀嚼する……やはりお米ってサイコー!日本人なら米を食べなくちゃ。

 

「呑気なのね……私は気になって仕方無いのよ。何とかしなさいな」

 

 また無茶振りを……ミニハンバーグを一口でパクリ。おっ、中にチーズが入っていたよー!

 

「ねぇ?聞いてるの、榎本さん?」

 

「うん、チーズinハンバーグって良いよね?」

 

「……そうね。榎本さんって、ハンバーグとか子供っぽい料理が大好きですよね?」

 

 まだファミレスのフードバトルの件を根に持っているのかな?

 

「待つのも大切な仕事だよ。無為に動き回ると周りに迷惑を掛ける事も有る。その辺はテレビの仕事もしている桜岡さんなら詳しいでしょ?」

 

 あの業界もマイナールールとかしきたりとか煩そうな……最後の卵焼きを食べて完食する!

 美少女の手作り弁当を美女と会話しながら食べる。

 

 ある意味では……何て贅沢な環境?

 

「それは分かってるわ。でも……」

 

「桜岡さんも暇じゃないでしょ?何かやる事は無いの?」

 

 僕はネットで遊んでたけどね。

 

「無いわ!悪い?そうだ、榎本さん私に付き合いなさいな」

 

「無理、忙しい」

 

「脊髄反射みたいに即答ね……忙しいって除霊の仕事かしら?」

 

 ちげーよ、遊びだよ。ゲームの攻略を実践したいのよ!

 

「……単純作業の地道なレベル上げさ」

 

 敵キャラ無限増殖でレベルをガンガン上げたいんだ!

 

「流石ね……仕事の無い時は、自分を鍛えているのね?確かに凄い筋肉ですもの。日々の努力の賜物なのかしら……」

 

 ピュアな回答をされると、オジサンの毛の生えた心臓もピクピクしてしまう。

 

「まっまぁね……じゃ長瀬社長から連絡が来たら、お互い連絡する事。それで良いね?じゃ!」

 

 ブツリと通話を切る……桜岡さんって友達が少ないのかねぇ?

 こんなオッサンに絡んでくるとは……しかし、言われると確かに気になる事も有るな。

 もう一度、現場周辺を当たってみるか。生霊の関係者のヒントくらい掴めれば、興信所に頼めば早く見付かるかも知れないし……

 駄目なら調査のみで打ち切りだ!

 外を見れば、どんより冬の曇り空。午後からノンビリと電車と徒歩で、現場の周りを調べてみようか……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 横須賀中央駅からノンビリと三崎口行き特急電車に乗る。客は疎らであり、シートに座りボーっと景色を見る。

 手荷物は折り畳みの傘だけ……暫くして目的地の駅に到着。

 その後、バスに乗り問題のマンション迄辿り着いた。

 

「こう……アレの存在を知ってるのに昼間は普通に見える……」

 

 見上げる建物は午後2時を過ぎたばかりだが、夜と違う顔を見せている。

 

「でも前に昼間来た時とは違う雰囲気だ……何故かな?」

 

 2〜3日前に昼間来た時よりも、感じる雰囲気が明らかに違う。何かヤツに変化が有ったのか?

 手負いになり、なりを潜めているのか?それとも除霊は成功していた?後は何か他に原因が有るのか……

 しかし今は建物には関わらす、周りを調べ直す事にしよう。

 先ずはロリっ娘店番の雑貨屋に……

 

「アレ?休み……か?」

 

 シャッターが閉まっているが、お知らせの貼り紙はとくに無い。

 

「父親が病気で入院中、母親はその見舞い。娘が1人で店を切り盛り……怪しいかな?」

 

 しかしロリっ娘なら今は学校に行ってるか微妙な時間だし。店を開けられなくても不思議じゃないか。

 

「あら?榎本さんも来ていたの?私の誘いを断ったのに現場に来るなんて……やはり気になってたのね」

 

 閉まっているシャッターを睨みながら考え事をしていたら、桜岡さんが隣に居た……彼女は昨日と違い少しラフな格好だ。

 皮のジャケットにパンツスタイルだ!

 僕の知らない海外ブランドだろう高級感が素人でも分かる……ちっ、お嬢様め!

 

「あら?このコーディネートは気に入らない?現場には動き易い方が良いと思ったの」

 

 自分の服装を確認する様に、左右に首を振る。

 

「いや……悔しいが似合っている。流石はブルジョアめ!」

 

 僕は重度の真性ロリコンだが、攻略対象外の女性だからといって無意味に差別をしたりしない。

 ただ、興味が無い・縁が無いと言うだけだから……

 

「……?それ、ほめ言葉じゃないわよ。まぁ良いわ。それで何か分かったのかしら?」

 

 彼女のセンスは確かなのだろう……悔しいが結衣ちゃんへのプレゼントを選んで貰うのも良いかも知れない。

 悔しいが、僕に美的センスは無い……折角だから利用させて貰おうか!

 

「ふははははー!桜岡霞よ。僕の為に役立つが良いわ!」

 

「いえ、私の為に役立って貰うわよ榎本さん!」

 

 見詰め合いながら、互いにニヤリとする……

 

「「ふははははー!(おほほほほー!)」」

 

 実は気が合う2人だった!

 

「さて、周りから不審者扱いされる前に移動しよう」

 

「そうね……私は兎も角、榎本さんはマンマ性犯罪者に見えるわ」

 

 結構毒を吐くお嬢様だ……並んで歩きながら、一旦ロリっ娘の店の前から離れる。

 

「さて、僕はもう一度周りから調べてみるけど……桜岡さんって何時もはどうしてるの?」

 

「えっ……その、その辺も一緒に回って教えて欲しいなーって……ダメ?」

 

 可愛くシナを作り言っているつもりなのだろう。彼女程の美女にお願いされたら、一般男性なら墜ちたかもしれない……

 しかし何度もいうが僕はロリコンだから、無駄無駄無駄ムダー!

 

 


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