榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第128話から第130話

第128話

 

 のんびりと夕方の住宅街を結衣ちゃんと歩く。ここ10年で急速に建った埋立地だけあり、建物は比較的新しい。

 当時はイタリア風建築が流行りで、外壁はパステル調の色使いや素焼きレンガをふんだんに使っている。

 ガーデニングも中途半端に手を出した感が満載のお宅も有る。大抵最後は放置か野菜畑に変わるんだ。

 

 目の前の工事中の個人邸を見ながら「正明さん、この辺を歩いたのって初めてですけど……まだ建設中の建物も多いんですね」結衣ちゃんが感想を言ってきた。

 

 やはりお父さんより正明さんの方が嬉しい。

 

「そうだね。一時期土地は高騰したんだよ。でも去年の震災で津波に対する世論が変わったでしょ。

だから地価が安くなったんだ。安ければ多少の危険には目を瞑ってでも一戸建てが欲しい人は居る」

 

 実際に房総半島が覆っている東京湾の湾岸の地域は、普通では太平洋から来る津波の大部分を防いでくれそうだ。

 

「榎本さんの家は大丈夫なんですか?」

 

 おぃおぃ、他人行儀過ぎるだろ?結衣ちゃんの家でも有るんだし。彼女の奥ゆかしさと言うか遠慮がちな性格は変わらないな。

 

「僕等の家は大丈夫。海岸から5キロ以上離れてるし高さも海抜18m以上有る。緊急時には高台も近いし、僕には作業場として幾つか高台に借りてる家も有る。

隠れ家的な使い方もしてるから食料等の備蓄も有る。だから大丈夫だよ」

 

 霊的な結界もしてあるから平気……じゃなかったよ。結衣ちゃんの着替えとか女性の必要な物は全く無いや。

 

「今度、防災用品を買いに行こうか。隠れ家には結衣ちゃんの着替えとか必要な物が全く無いや。今有るのを備蓄に回して新しいのを買おうか?」

 

 ふふふ……僕しか泊まらない隠れ家に、結衣ちゃんの使用済み下着を備蓄。素晴らしい、なんて素晴らしいんだ!

 

「そんなの勿体無いですよ」

 

 いや美少女の使用済み下着の為なら万単位で出す奴はゴロゴロ居るんだよ。昔はブルセラって言った特殊なリサイクルショップが有ったんだよ。

 もっとも本人特定が写真しかないから、僕は利用しなかったけどね。霊力で大体の残留思念が分かるんだ。

 大抵は新品、酷いのは男が半日位履いて軽く香水を振り掛けてるんだ。汗の匂いに混じる良い匂いを演出したんだろう。

 

 同士諸君、騙されるんじゃないぞ!

 

「構わないよ、防災意識を高めて物資調達の為にもね。結衣ちゃんだって隠れ家に逃げ込んだら着の身着のままじゃやだろ?」

 

 そう言えば、桜岡さんには悪い事をしたよ。確か着の身着のままで放り込んだんだ。でも女性の下着を用意してるって変態だとか深読みされるからな……

 

「いえ、備蓄ならユニクロの安い物を買います。家の方は定期的に持ち出せる様に鞄に詰めておけば効率的ですよ」

 

「そうだね……結衣ちゃんは本当に賢いね」

 

 全くの正論の為に言い返せない。確かに使うか使わないか分からない下着なんて量販店の物で十分だよね。

 何時も居る本宅に定期的に中身を入れ替えた鞄が有れば大丈夫……僕の企みは3分保たなかったのか、残念。

 

「あの……何故悲しそうなんですか?」

 

「悲しそう?いや違うよ、そんな事は無いからね」

 

 ヤバいヤバい、結衣ちゃんの前でエロい方向に思考が逝ってしまった。反省せねば……

 コインパーキングに到着したので、料金の精算をする。駐車した場所の番号を押すと料金が表示される。

 

 600円か……

 

 小銭を入れると車の前のバーが下がり出れる様になる。リモコンキーでドアのロックを解除し乗り込む。

 

「さて、帰ろうか。何処か寄るかい?」

 

「正明さん、柔軟剤とアイロンスムーザーが少なくなってるので買い足しをしたいです」

 

 家事万能っ娘には本当に頭が下がる。帰宅途中でケイヨーデーツーに寄り不足品の補充をした。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 自宅に帰り自室で寛ぐ。床に転がってゴロゴロ……先程迄の事を思い出す。

 久し振りに晶ちゃんと話せて楽しかった。結衣ちゃんとも仲良くなれそうだし。晶ちゃんも着飾れば、相当の美人さんなんだな。

 アレは周りが放っておかないと思うが、だからこその男装と男嫌いなのか?残念ながらロリでは無いが、友達としてなら嬉しい。

 少し休んでから、持ち帰った画像と音声のチェックを始めた……早送りの画面は写真の様に動きが全く無い。

 太陽の動きの加減で影が変わる位だ。音声も全くの無音。たまに暴走族?のけたたましいバイク音を拾ってる位だ。

 此方は早送りが出来ないから丸々12時間分を聞かなきゃならないのが辛い。車を運転しててもBGMは無音……辛い。

 夕飯に結衣ちゃんの愛情たっぷり手料理を食べて、再度画面・音声のチェック。

 

 今日の成果もまるで無かった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日の日曜日、朝一人で水谷ハイツに向かいカメラのバッテリーとメモリーカードを交換する。

 実は画像・音声チェックは二日分位未チェックだ。流石に画像は早送り出来るが音声は無理だから……

 自室でパソコンを眺めイヤホンで聞く。

 

 この単純作業はキツい。

 

 

 この単純作業は眠い。

 

 

 この単純作業は飽きる。

 

 

 結衣ちゃんの手料理お昼ご飯の玉子と挽き肉の炒飯を食べて午後も頑張る!

 

 

 この単純作業は拷問。

 

 

 この単純作業は嫌がらせ。

 

 

 この単純作業は……

 

 

「もう嫌だ!」

 

 流石に事前調査に力を入れてるとは言え、変わり映えのしない画面と無音のBGMは辛い。気分転換をしないと発狂しそうになるぞ!

 冷蔵庫から缶コーラを取り出し一気飲みをする。クーッ、喉を刺激する炭酸が堪らないぜ!

 飲み干した缶をクシャクシャに丸めてキッチンへ向かう。アルミ缶は資源回収だから分別用のゴミ箱へ。

 横須賀市はゴミ出しは分別しないと駄目なんだ。混ぜると結衣ちゃんが苦労するので、この辺のルールは良く守る事にしている。

 応接間のソファーにドカッと座り目と目の間を、親指と人差し指で挟み込む様に揉む……目と肩がガチガチに凝った。

 残りのチェックは昨夜の分が丸々残っている。確認して何も無ければ、明日から夜は泊まり込みだ。

 夕飯迄の僅かな時間だが、この単純作業をこなさなけれぱならない……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 辛い単純作業の癒やしは結衣ちゃんの手料理と触れ合いしか無い。昨日が楽しかった分、今日は特に辛い。

 

「正明さん、ずっとモニター見てばかりで辛くないですか?私も手伝いましょうか?」

 

 ご飯が大盛りのお茶碗を僕に渡しながら、結衣ちゃんが提案してきた。確かに有り難い申し出だが、もしも気持ち悪い何かが写っていたら彼女が嫌な思いをするよね……

 

「うん、申し出は有り難いよ。でも残りは一日分だから大丈夫だよ」

 

「駄目です!正明さん肩がガチガチじゃないですか?お手伝いが駄目ならマッサージします」

 

 マッサージだと?リアル狐っ娘の肉球マッサージだと?ヤバい、心が動く……

 

「あっ……その、うん。アレは良いモノだが、お手伝いを頼もうかな?そうだ、お願いしよう」

 

 フワフワでモフモフな尻尾とか見たら自制心が粉砕しそうだ。前は旅館で仲居さんが来る心配が有ったけど、今回は自宅だから邪魔は入らない。

 これは結衣ちゃんを悲しませる行動を本能がヤリたそうだ。素直にお手伝いを頼んだ方が、結衣ちゃんも嬉しいだろう。

 

「そうですか?ではお仕事、手伝いますね」

 

 ん?マッサージが出来ない方が残念みたいだよ?

 

「じゃノートパソコンを持って僕の部屋へ。心霊現象には画像を見ても危険な場合も有るから、一緒にやろうね。さて……いただきます!」

 

 今夜のメニューは……

 

 麻婆豆腐・木耳と卵と玉ねぎ炒め・海藻サラダ・茶碗蒸しだ。中華風スープの具は豆腐とワカメ。うん、ご飯が進むな!

 僕は麻婆豆腐はご飯にかけて食べる派だ。結衣ちゃんは取り皿からレンゲで食べる派。

 

「あの後、アイツからメール来ないかい?」

 

 何気なく聞いたんだが、彼女の顔が曇ったよ?嫌な事聞いたかな?

 

「水谷ハイツに関係する事は何もないです。ただ、私が遊んでいるゲームを始めて友達申請してきたり……あと私生活も聞いてきたりして困る時が有ります」

 

 ヤバい状況だ……アイツ粘着質なタイプなんだな。進展は無いが、結衣ちゃんを困らせる訳にもいかないからもう潮時だね。

 

「結衣ちゃん、アイツとモバ友解除して良いよ。しつこいから嫌いとか言ってさ。もうヤツから情報を得るのも無いだろうし」

 

 なるべく明るい声で言う。もう大丈夫だから無理する必要は無いんだと……

 

「分かりました。次に変な事を言ってきたらモバ友解除しますね。

そうだ!

正明さん、食後にデザート作ったんです。杏仁豆腐、手作りですよ」

 

「おお、杏仁豆腐!凄いね!中華料理のフルコースだね」

 

 本当に食を握られてるな。結衣ちゃんから離れるのは無理かも知れない……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食後のデザートを楽しみ食器洗いを手伝ってから僕の部屋で画像のチェックだ。念の為に彼女に御札を持たせ予備の数珠を着けて貰う。

 僕の机の上を片付けてノートパソコンを二台置いて向かい合う様にする。椅子は結衣ちゃんの勉強机のを持ってきた。

 

「じゃ結衣ちゃん、お願いね。何か変化が有れば教えて欲しい。影が見えたとか何か動いたとか、何でも良いからさ」

 

「分かりました、頑張りますね」

 

 暫くはマウスをカチャカチャする音だけが、部屋の中に響く……たまに結衣ちゃんを盗み見るが、何故か目が合い微笑んでくれる。

 夜の自室にロリ美少女を引っ張り込んだ!

 

 この状況は……

 

 頑張れ、素数を数えるんだ。まさか自分との戦いになるとは思わなかったなぁ……理性を総動員して頑張る。

 二時間を経過し、そろそろ結衣ちゃんは就寝の時間が近付いてきた。終わりにして、お風呂に入って貰おうか。

 

「結衣ちゃん、そろそろ……」

 

「あれ?正明さん。部屋にあの人が居ますよ。何故?何処から?」

 

 何だって?急いで結衣ちゃんの後ろに移動してノートパソコンの画面を見る。確かにヤツが廊下に立っている。

 キョロキョロと周りを確認しているが……何処から現れたんだ?結衣ちゃんのメモリーカードは部屋の棚に隠して廊下を写しているヤツだ。

 玄関扉も洗面所の入口も写っている。これで侵入の場所が確定出来るぜ。

 

「結衣ちゃん、コイツ何処から現れたんだい?」

 

「正明さん、彼は洗面所から出て来ました」

 

 マウスを操作して時間を巻き戻す……本当だ、玄関からでなく、普通に洗面所から出て来たぞ。あの洗面所には人が隠れる場所も出入口も何も無かった筈だが?

 

「部屋を物色してるな……」

 

 洗面所から出て来て廊下をキョロキョロしながらカメラに近付いてくる。一旦キッチンの方へ向かったのでカメラのフレームから外れて見えなくなってしまう。

 暫く画面に移らなかったが、3分程してフレーム内に戻ってきた。

 

「正明さん、あの人箪笥を漁ってませんか?」

 

 高さの関係でしゃがんでいると写らないのだが、辛うじて見える背中や頭の動きは引き出しを開けて中を見ている様な……ヤツは立ち上がると何かを広げた。

 

「あっ?イヤです。アレって正明さんのトランクスですよ!」

 

 結衣ちゃんが慌てた感じでヤツの手の中の物を指摘する。

 

「アイツ、投げ捨てたな」

 

 画面の中のヤツも一瞬何を広げたか分からず、理解してから投げ捨てやがった。

 

「正明さんのトランクスは汚くないです!加齢臭だって未だしません」

 

 未だ、だと?

 

 結衣ちゃんの一言が、僕の硝子のハートを粉砕した!

 

確かに下着類も一緒に洗濯してくれてるが、まさか臭いを確認されてたなんて……

 

「ふふ……ふふふ……許さんぞ、進藤貴也!貴様には下痢地獄を見舞ってやる。必ずだ!」

 

 

第129話

 

 あの餓鬼……進藤貴也と言ったな。ヤツは部屋に侵入し物色していた。

 前の住人からは窃盗をしなかったと聞いている。だが今回は部屋を物色した……

 多分だが、ヤツは静願ちゃんと結衣ちゃんが住む事を知っていた。だから下着類を物色したんだろう。

 しかし見付けたのは僕のトランクスだった。

 

 そう、僕のトランクスを見付けて画面一杯に広げやがった。

 

 お陰で結衣ちゃんから、僕は“未だ”加齢臭はしないと言われた。そう“未だ”だ!

 何れ近い内に僕から加齢臭がすると結衣ちゃんは思っているのか?怖くて聞けなかった……

 ヤツは、そのまま洗面所に入り消えてしまった。だが洗面所にも隠しカメラはセットしてあるんだ。

 直ぐにメモリーカードを入れ替え、洗面所内が写っている画面に切り替える。暫く早送りにしていると……

 

「正明さん、天井の点検口から出て来ましたね。天井内で隣の部屋と行き来が出来るんでしょうか?」

 

「うーん、確かにユニットバスって言う位だから箱型なんだよね。当然他の部屋より天井が低いから、人が移動出来る可能性は有る。普通は考えられない施工ミスだけど……」

 

 本来なら防犯上の関係で隣との間仕切壁はコンクリート製だったりPC板だったりする。簡単に壊して侵入されない様にだ。

 たまに隣の部屋から壁を壊して侵入、盗難するケースも有る。確か下の階に住む北山さんが言っていた。

 隣の部屋の音が聞こえる、と……壁が薄いんじゃないかと思ったが、本当に薄いのかもしれない。

 だが証拠の画像は撮れた。後はバスルームの点検口を調べて、侵入方法を確認したら直接対決だな。

 いや、一旦山崎さんに報告して先方の大家さんとも相談しなければ。

 

 法的な措置を講じて罪に問うのか?又は大袈裟にせずに示談にするのか?決めるのは僕じゃないから……

 

「有難う結衣ちゃん。この件は解決したも同然だよ。後は今後の対処を山崎さんと大家さんとで話し合いをすれば終了。

僕は明日点検口の中を調べてから、報告書を作成するよ。さて、結衣ちゃんはお風呂に入って早く寝るんだ。もう遅いからね」

 

 そう言って頭をクシャクシャと撫でる。目を細めて嬉しそうにしている。やっぱり撫で癖がついたみたいだ。

 

「お仕事終わりそうで良かったですね。私もミンさんとはモバ友解除して、正明さんに友達申請し直すので許可して下さいね。じゃ、おやすみなさい」

 

 そう言ってノートパソコンを片付けて部屋を出て行った。さて、証拠も掴んだし明日一番で部屋に行って天井内の調査をしてから報告書だ。

 これだけの証拠の動画が有れば言い逃れは不可能だ。今回は心霊現象で無く人による原因だったが、結衣ちゃんと静願ちゃんに被害が無くて良かったよ。

 アリバイの為に彼女達が部屋に居る時にヤツが侵入してきたら、どうなっていたか考えたくない。

 

 しかし……

 

 何故、ヤツがそんな事をしたかは、これから調べれば良い。僕の仕事はお終いだ。証拠動画のコピーを複数取ってからパソコンを終了する。

 そう言えば静願ちゃんは明日から新しい学校に通い始める筈だった。

 

「そうだ!明日は車で静願ちゃんと結衣ちゃんを学校まで送ってあげよう」

 

 出来れば二人が仲良くして欲しいから……接点を沢山作れば、或いは仲良くなるかも?携帯電話を取り出し静願ちゃんの番号を表示する。

 通話ボタンを押すと画面に彼女の画像が映し出される。今度、結衣ちゃんの写真も取らせて貰おう。5回目のコールで静願ちゃんが出た。

 

「もしもし、お父さん?」

 

「夜分遅くごめんね。今、電話大丈夫かい?」

 

 浮かれていたから気にしなかったが、既に22時を過ぎていた。女の子に電話する時間じゃないよね。

 

「平気、明日の支度してたから未だ起きてた」

 

「明日が初登校だよね?車で学校まで送るよ。結衣ちゃんと一緒にさ」

 

「……結衣ちゃんは何時も学校に車で送るの?」

 

 何だろう?トーンダウンしたけど……

 

「いや、明日は静願ちゃんの初登校だから特別だよ。嫌じゃなければ迎えに行くから」

 

「嫌じゃない!有難う、お父さん。明日は8時45分迄に職員室に呼ばれてる」

 

 家から学校迄は渋滞を見積もっても30分で着くな。だから……

 

「じゃ8時に家に迎えに行くから支度して待っててね」

 

「うん、お父さん。有難う、おやすみなさい」

 

 後は結衣ちゃんのフォローだ。翌朝に報告は駄目だから、お風呂出ました報告の時に説明しよう。

 そう思って暫く待つとドアがノックされて結衣ちゃんが顔を出した。

 

「正明さん、お風呂出ました」

 

 未だ髪の毛は乾かしてないのだろう。濡れた前髪が額に数本貼り付いている。Tシャツにホットパンツと言う何時もの格好だ。

 毎回思うが嬉し……いや、自宅だからと言って無防備過ぎるだろ?

 

「結衣ちゃん、明日だけどさ?」

 

「はい、何です?」

 

 ドアの前に立っていたが、部屋の中に入ってくる。無防備・無警戒で見上げてくる仕草は凄く嬉しい。

 

「明日は車で学校まで送るよ。その……静願ちゃんの初登校だし一緒に行こう」

 

 結衣ちゃんの目を見て話す。一瞬の表情の変化も見逃さない様に……

 

「分かりました。車だと何時に出発しますか?」

 

 表情に変化は無い。良かった、どうやら悲しませた訳じゃ無さそうだ。

 

「うん、8時に向こうに迎えに行くから7時55分に家を出ようね」

 

「はい、へへへ。学校まで送って貰うの久し振りですよね」

 

 そう言って嬉しそうに部屋から出て行った。分からない……機嫌の良さそうな結衣ちゃんの後ろ姿を見て思う。

 小笠原母娘絡みで嫌がる事って何なんだろう?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時間通りに小笠原邸の前に車を停める。携帯電話で呼ぼうとしたが、既に玄関先に小笠原母娘が待っていた。

 改めて小笠原邸を見るが、100坪程の敷地に洋風二階建ての家だ。小笠原さんは此方では霊媒師の仕事はしないで、仙台市の今まで住んでいた家の方で行うそうだ。

 毎回仙台まで行くのは大変かも知れないが、タウンページとかに載せられる職業じゃないし移転とかは大変なんだろうか?

 母親まで待っていてくれたなら車で座りっぱなしは出来ない。車を降りて挨拶しなければ……

 

「おはようございます。小笠原さん」

 

「おはようございます」

 

 結衣ちゃんも助手席から降りて並んで挨拶をする。

 

「おはよう、榎本さん」

 

「おはようございます。今日は宜しくお願いしますわ。本来なら私が付き添いをしなくては駄目なんでしょうけど……」

 

 そう!魅鈴さん、実は車の免許を持ってないんだ。だからガレージは有れど車は無し。

 不便だろうから免許を取る様に勧めたいが、それを強制は出来ない。もしかしたら静願ちゃんの運動音痴は遺伝かも知れないから……事故を起こされたら大変だし。

 

「いえいえ、結衣ちゃんを送る序でですから。じゃ行ってきます」

 

 にこやかに手を振る美女に見送られて車を走らせる。魅鈴さん、町内会の集まりで紹介された時に大人気だったそうだ。

 和装美女がご近所様なら、旦那衆も独身男性陣も黙ってないだろう。しかも美少女の一人娘付きだから、二度美味しい?

 だが、僕の関係者と聞いてさり気ない問い合わせが良く来る。基本的に僕は再婚相手じゃないが、手を出すなら覚悟してね?と笑顔で念を押している。

 因みに彼女達が霊媒師なのは秘密だ。その為に魅鈴さんもわざわざ仙台まで仕事に行くのだから……

 

 車に乗る時に少し問題が有った。

 

 結衣ちゃんが助手席に乗ろうとした時、静願ちゃんが一緒に後部座席にと誘ったが……結衣ちゃん、笑顔で断ってた。

 

「助手席は私の指定席なんです♪」凄い笑顔でした。

 

 対する静願ちゃんも「そう?今後は分からないから」此方は無表情だったが……

 

 重たい空気に包まれた車内は無言。僕は慎重に運転をして無事故・無違反で頑張った。

 超安全運転の為、予定より少しだけ時間が掛かったが学校前に到着。通学時間のピークだから沢山の少女達で溢れている。

 共有の校庭を挟み中等部と高等部の校舎は向かい合っている。正門近くで路駐して二人をニコヤカに送り出す。

 並んで歩く美少女二人だが、無言だ。何故か通学中の生徒達が僕を見てヒソヒソ話してるが、不審人物だと勘違いしてるのか?

 

 警備員を呼ばれる前に退散しよう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 お父さんと別れて、結衣ちゃんと一緒に校庭を歩いている。少し気まずい。

 しかも何故か登校中の皆が私達に注目している。幾ら転入生だからと言っても異常な注目度。そろそろ別れて高等部の職員室に行かないと……

 

「結衣ちーん、おはよう」

 

「おはようございます。菊里(きくり)先輩」

 

 結衣ちゃんに話し掛けてきた女性は友達かな?でも私と同じ高等部の制服だ。

 

「今日は珍しく榎本さんに送って貰ったんだね。そっちの美人さんも榎本さんの関係者?」

 

 お父さん、やはり学校でも注目されてるんだ。

 

「結衣ちゃん誰?」

 

 だけど一応相手の素性を聞いてみる。

 

「霞さんの所でバイトしていた薊菊里(あざみきくり)先輩です。此方は小笠原静願さん。今日が転校初日です。その……正明さんの知り合いです」

 

 結衣ちゃんの説明に合わせてペコリとお辞儀をする。

 

「宜しくね!静願ちん、職員室に案内するよ」

 

 ちん?変な語尾を付けて呼ばないで欲しい。でもお父さんの知り合いみたいだから、大人しくしなきゃ駄目。

 

「ありがとう、お願い」

 

 薊さんに案内して貰い校舎に入るが、未だ私には下駄箱が無い。

 

「静願ちん、私の所に靴入れなよ。場所が分かれば移動すれば良いよ」

 

 困っていたのが分かったのか、薊さんの下駄箱に入れて良いと言ってくれた。

 

「ありがとう、薊さん」

 

「静願ちん、固いよ。私は菊里で良いから」

 

 彼女は気さくな性格みたいだ。友達になれるかな?職員室は二階らしく、其処まで案内してくれるそうだ。しかし、中々話し掛ける切欠が掴めない。

 

「あの……」

 

「でも良かったね、静願ちん。あの榎本さんの関係者なら、安心だよ」

 

 安心?何故?お父さん、この学校で発言力でも有るのかな?

 

「何故?」

 

 理由を知りたくて廊下に立ち止まって続きを促す。

 

「前にさ、結衣ちんが転校してきてさ。中々馴染めなくて軽いイジメにね……此処って私立じゃん。

だから先生に知れると当事者と保護者を交えて話し合いをするんだ」

 

 ああ、その話は聞いたけど真相は知らない。続きが気になる。

 

「そうなんだ、それで?」

 

「榎本さんってムキムキじゃん。実際に話すと優しい人なんだけどさ。その時は榎本さん、本気で怒っててね。

松尾さんって見た目ヤクザの大親分みたいな弁護士のお爺さんと来たんだよ。

しかも松尾さんは和服で榎本さんは黒のスーツ姿でだよ。アレは学校にヤクザが来たって大騒ぎになったんだよね」

 

 実際にイジメた側の保護者連中は腰が抜けたり顔面蒼白だったんだって!凄いよねー!そう言って菊里さんはケタケタと笑い出した。

 

「だから榎本さんの関係者には誰も手を出さないんだ。私も最近知り合って恩恵を受けてるよ。じゃ、その先が職員室だから。またねー!」

 

 言うだけ言って笑って走って行った。むう、お父さんってヤッパリ恫喝馴れしてるんだ。

 本当に結衣ちゃんの事を大切に思ってるんだ。結衣ちゃんに嫉妬してしまう。

 大切に守って貰い、一緒に住んでるなんて……

 

「私、負けない」

 

 気持ちを新たに職員室の扉を開ける。

 

「すみません。今日転校してきた小笠原です。担任の赤倉先生はいらっしゃいますか?」

 

 

第130話

 

 結衣ちゃんと静願ちゃんを学校に送ってから、水谷ハイツへやって来た。原因が分かれば、後は簡単だ。

 車に積んでおいた脚立を持って部屋に向かう。前回同様、車は近くのコインパーキングに停めた。

 天井の点検口を調べるのでアルミ製の軽い脚立を用意している。もしかしたら天井内に入るかも知れない。

 だが、僕は重いからなるべくなら覗くだけですませたい。

 

 最悪登って天井が落ちましたとか笑えないから……

 

 ムキムキの僕が脚立なんて剥き出しで持っていたら怪しまれるので、一応毛布でくるんである。道ですれ違う人も、何を持ってるんだ?

 みたいな目線を送ってくるのがドキドキだ。途中の道では何人にもすれ違ったが、水谷ハイツの中では誰にも会わなかった。

 直ぐに鍵を開けて部屋の中へ……中に入ってから一応鍵を掛ける。

 

「さて、サクサク調べて帰りますか」

 

 電気を付けて洗面所に入る。ユニットバスの中に入り脚立をセット、安定を確認してから登る。6尺(180㎝)の脚立の二段目で手が点検口に届く。

 丸い点検口をゆっくりと上に持ち上げる。そのまま右にズラして更に脚立を登り、頭だけを天井の中に入れる。

 

「流石に真っ暗だ……」

 

 用意していたマグライトで暗闇を照らす。ゆっくりとライトを巡らすと隣との壁の部分が不自然に壊れていた……

 軽量鉄骨の下地に石膏ボードが二重に貼って有るので、防火区画壁としては問題無いのだろう。しかし、所詮は石膏ボード。

 耐火性能は優れていても殴れは穴の開く程度の強度しかない。ヤツは綺麗に鋸(のこぎり)かカッターで切り取ったのだろう。縦30㎝横50㎝程度の穴が開いていた。

 もっと良く観察すれば、奥の方に足場板が見える。アレを敷いて此方に這って来たんだな。証拠の写真を何枚か撮ってから、元通りに点検口の蓋を閉める。

 

 これで証拠は全て揃った。

 

 念の為にユニットバス以外の隣接している壁も調べて見る。軽く叩くと軽い音がする……つまり中身は空洞と言う事か。

 壁に付いているコンセントのカバーを外して内部の構造を確認すると、やはり同じ軽量鉄骨に石膏ボードの構造だ。

 

「うーん、こりゃ違法建築じゃないけど問題だよな。大家さんに当時の図面を見せて貰わないと分からないか……」

 

 図面通りの構造なら今回の事件の責任の何割かは大家側にも有る。逆に防犯上宜しくないと訴えられそうだ。

 もしもコスト削減とかで勝手に仕様変更してるなら、施工会社にも責任が有る。ややこしい問題に発展しそうだぞ。

 コンセントを元通りに戻して仕掛けた隠しカメラを回収する。もう証拠写真は十分だから必要無いだろう……

 またヤツに侵入された時に疑われても困るので、来た時と同様に毛布で脚立をくるみ持ち帰る事にする。

 事務所に戻り報告書を纏め、証拠の動画はプリントした。これで問題ないだろう。

 

 山崎さんに連絡して、大家さんを交えての相談だな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 山崎不動産の応接室に集まったのは三人。山崎社長・大家さん、そして僕だ。

 あの部屋の怪奇現象の原因が分かったと連絡だけしたのだが、どうやら詳細を知らせなかったので大家さんは本当に幽霊が出るのか?と騒いでいた。

 先ずは飯島さんに淹れて貰ったお茶を飲んで落ち着いてもらう。報告書を配り、説明を始めた。

 

「先ずは細かい報告書を読む前に原因を説明します。報告書の最後に三枚の写真を見て下さい」

 

 パラパラと報告書を捲るオッサン二人。因みに大家さんは青木さんと言って、恰幅の良い50代のオッサンだ。

 

「これは……進藤さんの所の息子さんじゃないか?」

 

「何故、彼が他の部屋に出入り出来たんだ?」

 

三枚の写真の内、一枚目は部屋を物色するヤツが写っている。

 

「進藤貴也君はバスルームの点検口から移動し、侵入してました。二枚目の写真が点検口から降りてくる所。

三枚目は天井内で彼が穴を開けた場所です。これは室内に仕掛けた隠しカメラに写ってましたので、実際は動画も有ります」

 

 そう言ってデータを焼いたCDを机の上に置く。

 

「青木さん、これは不法侵入だよ。未成年だが警察に通報するしかないぞ」

 

 山崎さんはヤツを警察に突き出すべきだと言っている。青木さんも無言で頷いているが、話は簡単じゃないんだよね。

 

「警察に通報は待った方が良いです」

 

「何故だ?これは犯罪だそ、榎本君」

 

「そうだよ、彼を許すわけにはいかないぞ。何らかの措置を……」

 

 あの餓鬼を庇う事をしないとは、人気が無いと言うか普段の行いが悪いと言う事か?僕だってアイツの事を庇う気持ちは0だ。

 

 だけど……

 

「あの部屋の間仕切壁ですけど、軽量鉄骨に石膏ボードの二枚貼りですよね。耐火性能を有する構造ですが、防犯上は大変宜しくない。

カッターだけで穴が開くなんてクレーム物ですよ。事を公にすれば、警察も現場検証を行うでしょう。大家さん的に宜しいのですか?」

 

 ほら、顔をしかめたぞ。隣の家との壁が簡単に開けられるなんて大事だ。

 

「僕も専門家では無いので本職に確認が必要ですが、集合住宅の場合、防犯上間仕切壁はコンクリートとか強度の高い物にする必要が有ると思います。

確かに消防的には耐火性能を有する構造ですが……青木さん、最初から施工会社の図面はこうだったのですか?

これは住人に防犯上宜しくないと訴えられそうな内容ですが?」

 

「図面ですか?実はあの部屋は……」

 

 困った顔で話し始めた青木さんの話を纏めると……最上階の角部屋のあそこは、当初オーナー夫妻が住む予定だった。

 だから賃貸の二部屋分を一部屋にする計画で工事が進んでいた。これは夫を亡くした母親との同居の予定が有ったから。

 しかし急に母親が病気で無くなり遺産で家を貰えた。

 三人暮らしなら狭いが二人なら問題無いし、同居じゃなければ昔住んでいて愛着の有る我が家を今更手放すのも忍びない。

 だから水谷ハイツは全て賃貸形式に変更する事にした。

 しかし施工会社も躯体工事が終わり内装工事を進めていた時期に、急に変更するよう言われて困った。

 今更大規模な変更工事も難しい。なので簡易な方法にしてしまった。

 

 要約すれば、こんな内容だ……

 

「うーん、困りましたね。元々僕は依頼されて部屋の調査をしたのですが、訴えるなら借りている部屋に不法侵入された僕になるのでしょう。

被害者的な意味では……法的措置を訴えても反撃される危険も孕んでいる。ならば直接交渉で示談に持ち込みませんか?

僕が年頃の娘の居る部屋に不法侵入されたと大家さんに訴える。大家さんは同じ店子だから示談してはと持ち掛けて、話し合いをする流れで……」

 

 これなら大家さんの株が上がり進藤家は警察沙汰は困ると示談に乗るだろう。言い終わって二人を見るが、青木さんは頷いてるが山崎さんは渋い顔だ……

 この内容で手打ちは駄目なのか?

 

「榎本君、示談と言うが何を持って示談とするかだ?君が示談金を貰っても仕方無いんだぞ」

 

 そうだった……示談交渉なら被疑者・被害者間の話だから、当事者で無い大家の意向は反映され辛いのかな?

 

「僕の仕事は原因の特定と心霊現象の場合はお祓いですからね。対人となると、依頼人の意向に添う様にですが……

隣に住んでいるのは嫌だから出て行ってくれとか言いますか?

序でに大家さんにも迷惑掛けたんだから、穴塞ぎとお詫びを兼ねて敷金返さずに引っ越して貰うとか?」

 

 ウンウンと三人で額を突き合わせて意見を出し合った。僕への依頼は達成だが、結果的に大家の青木さんを不利な状況にする事は出来ない。

 だが、賃貸建物としての防犯の不備を訴えられても困る。だから進藤一家には出て行って貰い防犯の不備を直す。

 残念ながら敷金の返還は無理なので、僕が示談金を貰う。そして今回の調査費用に当てて貰うと言い出した。

 

 これだと僕が思いっ切り不利なんですが?

 

「いや、それは困ります。示談交渉は普通長く掛かりますし、ゴネて取れない場合も有ります。

もしかしたら息子を警察に突き出すかもしれない。不法侵入程度じゃそんなに罪も重くないし、精々30万円位じゃないですか?

ちゃんと契約書も結んでますし、ここは一旦契約終了にしたいのですが……これが今回の請求書です」

 

 請求金額の内訳は……

 

 事前調査で1日。実際に簡易な調査で1日。機材を入れて本格調査、引っ越し込みで7日。後は撤収で1日。

 拘束10日、機材リース費・引っ越し費・調査及び報告書の作成費。

 人件費30万円・必要経費47万円・報告書作成3万円、合計80万円に諸経費二割乗せて96万円だ。

 

「税抜き96万円か……ご丁寧に内訳明細に引越屋の請求書まで添付して有るな」

 

「実費の引越代と機材レンタル費用を抜けば人件費と会社経費だけか……確かに明朗会計だが、もう少し安くならないか?」

 

 今回は除霊作業は無いので、ほぼ実費だ。しかも毎日画像チェックと言う単純作業もやらされたんだよ。

 

「今回は隠しカメラ三台に録音機の画像・音声チェックを一週間毎日やってたので拘束時間も多いんです。値引きは殆ど無理です。

仕事前に山崎さんには基本料金表を渡している筈ですが……支払いは山崎不動産を通してで宜しいですよね?」

 

 最初の契約は山崎不動産と結んだから、青木さんとの値段交渉は変ですよ。

 

「青木さん、榎本君は明朗会計で、ちゃんと原因も解明したんだ。料金は値切らずに払ってやってくれ。

勿論、ウチを通してだから税抜き100万円で請求書を回すよ。進藤の馬鹿息子については、榎本君と青木さんが先方の家族と話し合う。

榎本君が大家に相談して、大袈裟にしたくない青木さんが話し合いの場を設けた事でな。榎本君、悪いが話し合い迄は込みで頼む。

やはり穏便に引っ越して貰い部屋を直そう。無駄に欲を出すと、窮鼠猫を噛むになりそうだ」

 

「分かりました。青木さん、進藤さんに連絡を。場所は問題の部屋、つまり今は僕が借りている部屋で。時間は合わせますが、早い方が良いでしょう」

 

 こうして方針は決まった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 我々で話し合った後、直ぐに青木さんは進藤さんと連絡を取った。早い方が良いと言ったからか、当日の夕方に話し合いをする事になったのだが……

 先方には詳細は言わずに、息子も同席させない事にした。証拠は万全だから、余程の事が無ければ有利だ。

 後は僕が青木さんを立てる様に話を持って行けば、穏便に済ませられるだろう……

 

 夜の20時に301号室に集合とした。

 

 既に青木さんは到着している。20時丁度に呼び鈴が鳴り、進藤夫妻が現れた。先ずは丁重にリビングに招いた。先ずは紅茶を出す。

 さり気なく進藤夫妻を観察するが、二人共40代位の極々普通の優しそうな人達だ。

 

「あの……貴也が榎本さんのお嬢さんに何か?」

 

「ウチの馬鹿息子が何かしたんでしょうか?」

 

 二人共、息子が悪さしたのが前提みたいだ。もしかしたら呼び出しは初めてじゃないのかもしれない。

 ご両親が気の毒になってきたが、言わねばならない。心を鬼にして、纏めた報告書を見せる。

 パラパラと捲っていたが、問題の写真のページを見て母親が泣き出した。

 

「あの馬鹿……遂に……榎本さん、本当に申し訳無い」

 

 こんなに優しそうな両親に、頭を下げさせるとは。辛いが、これも僕の仕事だ。

 

「最初は些細な事でした。開けていた筈のシャワーカーテンが閉まっていたり、物の配置が変わったり。

勘違いでも済む内容でした。しかし、気になり出すと止まらない。山崎不動産でも、前の住人が引っ越した原因を聞いてましたし。

だから隠しカメラを仕掛けたんです……」

 

 僕の説明を聞きながら、涙を流すご両親。母親は顔を伏せ、父親は此方を向いているが両手を握り締めている。

 

 嫌な仕事だな……

 

 


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