榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第125話から第127話

第125話

 

 早まったかもしれない。安全・慎重・確実がモットーの僕だが、最近は路線変更も甚だしい。

 直接亀宮さんの派閥に入るんじゃなくて、彼女の派閥の下部組織とかにするんだった。あのハイテンションな彼女に何を言っても無駄な気がするんだよ。

 必ず一族の連中と揉めると思うんだ。

 

「直ぐに紹介します、明日にでもハリーハリーハリー!」

 

 何か混ざっちゃった感じの亀宮さんを宥めすかし、取り敢えず抱えている仕事が解決したら会いに行きますと話を纏めたが……

 既に千葉の総本家に行く事になった。うん、彼女は総本家に住んでるからね。携帯電話を切ったのは23時を回っていた。

 丸々2時間以上も話していた訳だが、正味な話は15分程度だ。後は水曜どうでしょう?の話と、亀宮さんを宥めすかす事に費やした。

 

 疲れた……寝よう。

 

 布団の真ん中で大の字に寝ている胡蝶を抱き上げて左隅に寄せ、隣に潜り込む。布団は大きめの物だから狭くは感じない。

 部屋の照明を消す前に胡蝶を見るが、全く普通の人間にしか見えない。呼吸により薄い胸が上下しているが、コレを一皮剥くとリザードマンみたいな本体が現れるんだよな。

 彼女の事をある程度は広めないと駄目な事になった。つまり僕は所属する長の亀宮さんは当然として、桜岡さん・静願ちゃん・結衣ちゃんに胡蝶を紹介しなければならないんだ。

 隠し玉・切り札とはいえ、美幼女を体に住まわせているのはどうなんだろうか?或いは彼女達の前では成長して貰うとか?

 いや、妙齢な美女を体に住まわせてる方が一般的にはヤバいよな。僕の本性を知らない人なら、幼女の方が娘みたいで可愛いと思ってくれる。

 使役してる(と思ってる)のが美女だと、何を命令するんだよ!とか有らぬ誤解を産みそうだし……

 実際は彼女が主で僕が祀ってるから力関係は真逆なんだよね。安らからな寝息を立てる胡蝶に、そっと布団を掛けてから照明を消す。

 明日は晶ちゃんが遊びに来るんだ。楽しみだけど、結衣ちゃんと仲良くしてくれるかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 正明が寝入ったのを確認してから起き上がる。正明は今は我を怖がらない。何故だ?

 過去に正明にした仕打ちを考えれば、憎くて恐ろしい筈なのに……我の肉体に溺れている訳でも無いのは、無防備な寝姿を見せても反応しない事で分かる。

 全く考えが分からないが、悪い気はしない。一寸前なら正明の感情が手に取る様に分かったし、誘導する事も出来たのだが……

 

「またか……全く鬱陶しいな」

 

 誰かが掛けてきた探査系の術を羽虫を払う仕草で霧散させる。今回の奴は中々力有る奴みたいだな。

 

「ふふふふふふ。今宵は気分が良い。我が直々に相手をしてやるか」

 

 無防備に鼾をかいて寝ている愛しい下僕を見て思う。早く女達をバンバン孕ませて我を崇める一族を育てぬか!

 その為にも余計なチョッカイをかける相手は、我が始末しようぞ。体を液状化させて近くに路駐している車の中に居る術者の元へ移動する。

 スルスルと窓を抜けて建物の外壁を伝い道路に出る。100m先の民家の前に路駐して、未だに此方に術を掛けている奴を発見。

 車全体を我の肉体で囲った後に車内の術者に挨拶をする。床下から持ち上がる様に現れて脅かす。

 

「今晩は、力有る術者よ。何か用かな?」

 

 ニヤリと笑って声を掛けると、一瞬固まりそして暴れだした。

 

「なななな、何だよお前は!アイツの式か?」

 

 流石は中々の術者だな。一瞬慌てたが直ぐに逃げ出す為に行動を始めた。

 

 だが遅い!車は既に我の腹の中じゃ。

 

「なっ?扉が開かない、しかも外の景色が……お前、結界を張ったな?」

 

「違う、我の腹の中じゃ。我は古の盟約により、アヤツが我を崇める限り子孫繁栄に尽力せねばならぬのよ。貴様は邪魔だよ」

 

 台詞の途中から本来の顎(あぎと)を現わす。

 

「ひっ!ワニか?ワニなのか?」

 

 咄嗟に札を構える術者を頭から喰らう。首から上を喰われ、それでも尚動く体を更に飲み込むと下半身だけが残った。

 咀嚼し嚥下すると喰った奴の魂が体に溶け込むのが分かる。また力を蓄えた。だが我の全盛時には今少し足りぬか?

 

「げふ、残りは要らぬな」

 

 術者の下半身が乗ったままの車を結界の底に沈める……我も沈めた先が、何処に繋がっているのかは知らぬ。

 

「これで三人目か。まぁまぁの味だが、もの足りぬのも確かよ。我の舌に合う極上のモノは無いかのう……」

 

 人一人が喰い殺されたのだが、周りにはバレてない。乗っていた車も処分したから追跡のしようもあるまい。

 わざわざ正明が隣に寝かせてくれたのだ。朝までは付き合ってやるか……液状化した体を使い元の部屋へと戻る。

 700年前と街並みは随分変わったが、見上げる月だけは昔のままなのだな。部屋へ戻り布団の中に潜り込む。

 丸太みたいに太い腕を抱えると、良い抱き枕として機能するな。

 

「さて、腹も膨れたし少し寝るとするか……」

 

 人の温かみとは睡魔を呼び寄せるモノなのだな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝7時、目覚まし時計の電子音で起こされる。

 

「うーん、もう朝か……胡蝶?うわっ、そこ?」

 

 バレたら大変な胡蝶を探す。隣に寝ていた胡蝶は僕の腰の辺りに抱き付いて……半分体が埋まっていた。

 ヤバい、色んな意味でバレたらヤバい。幸い結衣ちゃんは余程遅れなければ、部屋までは迎えに来ない。

 

「胡蝶、胡蝶さん。起きて下さい、ねぇ胡蝶さん」

 

 ムニャムニャと目を擦りながら覚醒した?凄く人間らしい仕草だな。

 

「おはよう、正明。朝から一発やるか?」

 

 目を擦った後に両手を上げて欠伸をする。あどけない仕草の割に台詞はビックリなアダルティだ!

 

「いえ、やりません。すみませんが、左手首に戻って下さい」

 

 デレ期の胡蝶は僕に対して凄く優しい。嬉しいのだが複雑な気持ちだ。

 

「我を犬猫の様に扱うな、全く……」

 

 ブツブツ文句を言うが大人しく左手首に戻ってくれた。だが、そろそろ贄が必要かな?八王子以来、食べさせてないからな。

 今回の件は胡蝶好みの案件じゃないから、彼女は興味を引かないだろう。つまり僕だけで何とかしなくちゃ駄目だ。

 布団から起き上がり窓を開けると、雲一つ無い快晴だ!日差しも暖かい。

 少し風は有るみたいだが、花見としては最高だろう。布団を畳み身嗜みを整えてから顔を洗いに洗面所に向かう。

 既にキッチンから良い匂いが漂ってくるから、結衣ちゃんは既に起きて花見の準備をしているのだろう。

 昨夜の内に、晶ちゃんを迎えに行った帰りに国道134号線沿いの桜並木を見ながら交通公園で花見をしようと決めている。

 彼女が筋肉養成術を学びにくるのは分かるが、折角のお客様を迎えるのがベンチプレスじゃ駄目だろ?

 

「おはよう、結衣ちゃん。今朝は早いね」

 

 顔を洗いサッパリしてからキッチンに顔を出す。既に結衣ちゃんは花見用の料理を作っていた。

 鶏肉を何かのタレに漬け込み、揉んでいる。多分だが味付けはニンニクに醤油だろうか?

 他にはウィンナーをベーコンで巻いて可愛い楊枝を刺している。どうやら定番中の定番、唐揚げにウィンナーのベーコン巻きみたいだ。

 

「お早う御座います、正明さん。お昼の支度に時間が掛かりますから……

朝食はオニギリを作って有ります。あと、このお皿のオカズを食べて下さい」

 

 見れば大皿にオニギリが8個、それに玉子焼きとミートボール。アスパラのボイルした物が用意してある。アスパラは辛子マヨネーズを付けるみたいだ。

 

「結衣ちゃんはオニギリ何個食べる?味噌汁は朝餉?夕餉?」

 

 インスタントの味噌汁を作ろうと聞いてみる。赤味噌か白味噌かの違いだけだが……

 

「すみません、私味見でお腹一杯です」

 

 油で唐揚げを揚げるジュワっとした音と芳醇な匂いがキッチンを充満する。

 

「じゃお茶だけ淹れるよ。このオニギリって花見用も入ってる?」

 

「お花見用には茶巾寿司を作りますから、全部食べちゃって下さい」

 

 なんと!茶巾寿司ですと?確かにテーブルには薄焼きの玉子焼きが有るね。

 気合いの入れようが分かる献立だな。実は結衣ちゃんと晶ちゃんは一度電話で話している。

 人見知りな彼女の為に会う前に話してくれと晶ちゃんに頼んだんだ。晶ちゃんはサッパリした性格だし、会話もそれなりに弾んだみたいだった。

 逆に結衣ちゃんを小学生位と思っていた晶ちゃんに呆れられた。独身男性が年頃の女の子を引き取るのはどうなんだって?

 

「いや、ウチに来た時は小学生だったから……」

 

 苦しい言い訳だった。結衣ちゃんの邪魔をしないように、早めに食べて部屋に戻る事にしよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 9時50分、少し早いが京急線北久里浜駅の改札前に来ている。此処は駅前にバス停と広いタクシー乗り場が有り商店街通りとも隣接してる為、利用客の多い駅だ。

 周りにも本屋・薬局・銀行・パチンコ屋・ファミレス等、一通り揃っている。夜には居酒屋が開き一寸した飲み屋街も有る。

 勿論、お姉ちゃんがお酌して楽しい話を有料でしてくれる店も有る。

 

 だが、ロリコンの僕には不要な店だ!

 

 まだ喫茶店やファミレスの女性店員を眺める方が良い。時刻表を見ると9時52分と10時2分に約束の時間までに間に合う電車が来る。

 晶ちゃんの事だから9時52分の方だと思うんだ。暫く待つと構内放送で下り電車の到着アナウンスが流れた……

 改札に群がる乗降客に混じって晶ちゃんが現れた。手を振って此方に小走りに近付いて来る。

 

 アレ?今日の彼女は普通に美人に見えますよ?

 

「おはよう、榎本さん。初めてまして、結衣ちゃん」

 

 爽やかに挨拶をする彼女を周りの野郎共が見ている。

 

「ああ、おはよう。乗り換え迷わなかった?」

 

「お早う御座います、晶さん」

 

 何故、晶ちゃんが周りの目線を集めるのが分かった。前みたいに男装の衣装じゃないんだ。

 テーラードジャケットにボーダーのTシャツ。ボーイフレンドデニムをロールアップしてヒールのあるローファーを履いている。

 つまり男装じゃなくてボーイッシュな美人さんなんです。僕のあげた数珠を付けて唇も艶が有るからリップ位付けてるのかな?

 此処まで女性らしい晶ちゃんは見た事ないからビックリだ!

 

「じゃ行きますか?折角だから花見をしようと思ってね。結衣ちゃんが料理を作ってくれたんだ」

 

 三段の重箱を包んだ風呂敷を掲げる。これだけで2キロ近い重さが有るんだよね。勿論、食べ切る自信は有ります。

 

「お花見?良いね、向こうでも満開だったけど中々見に行けなくてさ。でも、そんな重箱弁当を食べ切れ……るよね。榎本さんだもの」

 

「岱明館の料理は、どれも美味しかったよ。親父さんとは少ししか話せなくて、ちゃんとお礼を言えなかったけどね。晶ちゃんから言っておいてよ」

 

 あれだけの腕が有れば、建物自体は古くても客はくる筈だし。温泉も源泉掛け流しで良かったからな。

 ただお洒落じゃないから、若い女性客には不評かも知れないな……

 

 三人で並んで歩き始める。

 

 僕が車道側で、結衣ちゃん晶ちゃんの順番だ。本来なら両手に華とかだが、エスコートするなら危険な車道側は男だろ?

 

「あれ?親父って榎本さんと話した事有ったっけ?最後の見送りの時だけじゃない?」

 

「うん?ああ、手を怪我した時にさ。わざわざ大浴場まで様子を見に来てくれたんだよ。

入れ替わりで出たから少ししか話せなかったんだ。無骨だけど優しそうな親父だよね」

 

 そう言うと、晶ちゃんは嬉しそうに笑った。きっと家族仲は悪くないのだろう。

 目的地に向かい国道沿いを歩くと、風に吹かれて舞う桜の花弁が綺麗だった……

 

 

第126話

 

 駅から桜並木が綺麗な国道134号線を歩いている。既に満開で風によって花弁が散っている様は幻想的だ……

 しかも結衣ちゃんと晶ちゃんと言う美少女二人を連れている僕は勝ち組だ。周りの目線は羨望・嫉妬・賛美・畏敬の念が込められているかな?

 

 ふはは、良い気持ちだ!

 

 目的地の交通公園は、のんびり歩いても10分位。晶ちゃんの訪問理由はマッスルなボディになりたいらしい。

 そのアドバイスを貰いに来て、序でに我が家のマッスル育成器も見たいそうだ。だから歩きながら予備知識を説明し、彼女がどの程度の理解をしているのかを確認する。

 だが今日のコーディネートを見ても、野暮ったい男装の他にちゃんとした衣装を持ってるのには驚いた。

 

「筋トレ前の豆知識だけど、晶ちゃんは基本的な事って知ってる?」

 

 実は自宅の筋トレ器具はベンチプレスにダンベルとバーベル位しか無い。晶ちゃんは最新器具が有ると思っていたみたいだが、実際は期待した程の器具は殆ど無い。

 要は手順なんだよね……

 

「えっと、ゴメン。僕、全然しらないや」

 

 はにかみながら応える仕草も魅力的だね。全くロリ成分が無いのが惜しい。

 筋トレをしてる人ならある程度は調べているけど、結構科学的・計画的に行わないと駄目なんだよね。

 

「筋トレを効率的に行うにも色々と有るんだよ。先ずは晶ちゃんがどれ位の筋肉を何処に付けたいかで変わるんだ」

 

「僕の筋肉の付けたい場所?うーん、腹筋と細い腕を太くしたい」

 

 はぁ、何言ってるの?腹筋が割れた腹に太い腕だと?周りが許さない気がしてきた。

 僕的には瞬発力と持久力を兼ね備え、且つ脂肪の下にひっそりと有る筋肉を目指したい。

 

「晶ちゃんは女の子だから余りムキムキは問題が有るから程々にしようね。それに幾ら頑張ったって筋肉は1日で精々7gも付けば御の字なんだ」

 

 彼女はハンサムガールだけど元々の作りが良いから美人さんなんだ。衣装を変えただけでも別人みたいな感じだし。

 これを考えなしにムキムキにするのは駄目だな。例え彼女に恨まれても普通な対応をしよう。

 

「えっ?だって榎本さんムキムキだから筋肉量は50kg位あるんじゃないの?良く1ヶ月で腕が太くなったとか腹が割れるとか聞くよ」

 

「アレは嘘だよ。毎日の積み重ねが実用的な筋肉を生み出すんだ。僕だって10年以上頑張って筋肉量を効率的に増やしてるんだよ。

それに実戦で必要な筋肉は重すぎても枷にしかならないから、最大筋力よりも筋持久力も必要なんだ」

 

 晶ちゃんの頭から湯気が出てるけど、もしかして難しい話だったかな?

 

「ごめん、榎本さん。まさか筋トレで座学が必要とは思わなかった。もう少し簡単に教えて欲しいんだ。ゴメン僕は脳筋みたいだよ……」

 

 跪いて悩みだしてしまった晶ちゃんを結衣ちゃんが宥めている。

 

 でも結衣ちゃん……「大丈夫、大丈夫ですよ」の大丈夫は本当は大丈夫じゃないんだよ。余計に晶ちゃんの傷を抉るんだ。

 

 今日は簡単な説明と筋トレメニューを一緒に考えた方が良いな。

 

「正明さんの筋肉には、そんな秘密が有ったんですね!凄いです」

 

 晶ちゃんを立たせると、結衣ちゃんは違った尊敬の目で僕を見ている。実は僕の事を脳筋の肉体派野郎とか思ってたのかな?

 形(なり)は熊みたいだけど、どちらかと言えば知性派のつもりなんだけど……

 

「晶ちゃん、今日は筋トレの実戦じゃなくて基本的な説明とメニュー作りにしようよ。結衣ちゃんの自慢の手料理も用意してるからさ」

 

「えー、折角筋トレしようと思ってトレーニングウェアとか用意したんだよ。僕がTシャツと短パン姿になるだよ。榎本さん見たくないの?」

 

 晶ちゃんが実は脳筋なのが確定した。でも美人の薄着は魅力的だし、汗で透けたTシャツとかもお約束な展開だろう。

 だが僕は、結衣ちゃんの前でエロエロは厳禁なんだ。確かに美人さんを見るのは良いが、性的な魅力は一切感じない。

 ただ絵画的な美しさを見たいだけだが、見なくても後悔はしない。ほら、心配そうに僕の袖を掴んでいた結衣ちゃんがホットした表情に戻った。

 やはり結衣ちゃんは僕を意識しだしている。もう少し、もう少しで悲願達成なるか?

 

「それは残念だけどね、筋トレも適正な時間帯が有るんだよ。折角遊びに来たんだし、花見でもしながら説明するからさ」

 

 ブーブーと笑いながら文句を言う晶ちゃんを宥めながら近くの交通公園に案内する。ここは花見の時期に一般開放する花見の名所だ。

 飲食持込可でトイレも完備してる、まさに花見に打って付けの場所なんだ。チラホラと場所取りのシートが見受けられるが、本番は夜桜宴会だから午前中は比較的空いている。

 大きな山桜の古木の下が空いていたのでランチョンマットを敷いた。山桜はバラ科サクラ属の落葉高木で野生の桜として有名で有り「吉野の桜」は山桜を指す。

 桜がバラと同じバラ科とは知らなかった。

 

 結衣ちゃんが料理を並べている間に、自動販売機で飲み物を買いに行ってると彼女達が五人組の若者にナンパされてた。

 いやナンパと言うよりはボーイッシュ美人とロリ美少女が二人切りだから、あわよくば仲良くなりたい・一緒にお酒を飲みたい程度の可愛い誘いだ。

 

 だが相手が悪かった。元々、酔っ払いが嫌いな晶ちゃんに人見知りの結衣ちゃん。酔った若い男に話し掛けられても嬉しくない。逆に嫌な思いをする娘達だ。

 ほら、結衣ちゃんを庇いながら晶ちゃんが断ってるし……ああ、でも晶ちゃんも結構キツい言葉を投げかけてるな。早めに仲裁するかな。

 

「まぁまぁ……」

 

「お高くとまるんじゃねーよ!折角二人で寂しそうだから声掛けたんじゃねーか!」

 

 仲裁しようとしたが、晶ちゃんに暴言吐きやがったな!ほら、結衣ちゃんが萎縮して泣きそうじゃないか。

 

 オマエラ、ワカッテルダロウナ?

 

「あっ正明さん、この人達が……」

 

 困り切った結衣ちゃんが、僕を見付けて助けを求めてきた。勿論、全力・全開で逝かせて貰おう!

 

「ああん、他に誰か連れ……が……こんにちは……」

 

 此方を向いて表情が固まるが、本気で怒った僕を見て平常心で居られる奴は少ない。残念ながらイケメンで無く厳つい強面だから。

 つい右手に持っていたコーラの缶を握り潰してしまった……滝のように吹き出すコーラ。

 手に着いた滴(しずく)をペロリと一舐めしてからクシャクシャに丸める。僕の握力は50kgを超えるから、アルミ缶などピンポン球位に丸めるのは余裕綽々だ。

 

「ああ、こんちは。それで、なにか用かな?」

 

 丸めたアルミ缶を僕に話し掛けた男に軽く放る。思わず受け取ったモノを見て、顔を青くする若者。

 うん、気持ちは分かる。あれだけの美少女達だからな、声を掛けたくなるだろう。だが、彼女達は僕の未来の嫁と友人なんだよ。

 

「いえ、その……可愛い娘さんですね……あはははは、僕らはこれで……失礼しま……す」

 

 クルリと方向転換する男の肩を掴む。此方に引き寄せて顔の後ろから話しかける。

 

「そんな事言わずに楽しくやろうぜ?なぁ、手ぶらじゃ僕が寂しいだろ?お前の所為でコーラ潰しちゃったから、代わりにお前の玉を潰しても良いだろ?」

 

 去勢するんか?ああ?嫌ならその手に持っているコンビニ袋を全部置いていけって暗に言う。

 勿論、相手は五人組だからまともに喧嘩すれば負けるかもしれない。こっちは女性を二人も守りながら多分負ける。

 でも、喧嘩慣れしてない今時の普通の兄ちゃん達なら勢いで攻めれば逃げるだろう。これで逆ギレして騒いだら結衣ちゃん達を逃がして独りで対応するしかない。

 

「良かったら……この酒を飲んで下さい」

 

 どうやら、先方が折れてくれたみたいだ。手渡された袋にはチュウハイ・麦酒・梅酒・カップ酒と色々なお酒が入っている。

 

「お前らは帰れな、場がしらけるからさ?」

 

 近くに居られると気持ち悪いから、早々に退場を願う。

 

走り去る連中を見ずに「ほら、善意の差し入れが来たから飲もうか?ああ、二人とも未成年だから駄目だったね。ハイ、こっちのジュースを飲んでね」買ってきた桃の天然水を渡す。

 

 奴らから奪ったお酒の中からスーパードライを2本取り出し、残りを近くで盛り上がって居るグループに差し入れる。

 この人達は動向を見ていて、何かあれば助けてくれようとした連中だ。僕が奴らに話し掛ける前に立ち上がってたし……

 

「兄ちゃんスゲーな!娘を守る親って感じじゃねーけど、コレかい?」

 

 小指を立てるポーズをする。そうですよ、と冗談ぽく言ってから彼女達の元へ戻る。

 

「さて、食べようか」

 

 呆れ顔の二人に笑いかける。

 

「榎本さんってさ、恫喝に慣れを感じるんだよね。それに男性には容赦無いって言うか……」

 

「正明さんは敵対する人には容赦ないんです。前も私を苛めた相手に弁護士同伴で恫喝してましたし……」

 

 女性二人に溜め息をつかれましたよ?ちゃんと話し合いで解決したんですよ?

 

「僕は話し合いで解決しようとしてるんだよ。実力行使の前に幾つかの手順を踏まないと駄目でしょ?常識有る大人としてはさ」

 

 プシュっと良い音をさせながらプルトップを空ける。喉を通る炭酸が心地よい。

 

「折角の花見だから楽しまないとね。さて、結衣ちゃんの手料理を食べさせて貰おうかな?」

 

 空揚げを一つ摘んでパクリ、うんガーリック醤油味は僕的ランク上位だ。良く分からないが、結衣ちゃんと晶ちゃんは意気投合している。

 多分、あの男達が絡んできた時に晶ちゃんが庇ったのが良かったのかな?

 因みに結衣ちゃんの料理は、ガーリック醤油味の空揚げ・ソーセージのベーコン巻き・鶉(うずら)の卵のフライ・春巻き・野菜ステックそれに茶巾寿司だ。

 デザートにはグレープフルーツを剥いた物に砂糖をふりかけた物を用意していた。

 

「結衣ちゃんって料理が上手いよね。榎本さんが自慢するのが分かったよ」

 

「いえ、そんな……家庭料理の域を出ないですし……」

 

 うん、何だろう女性二人で話が盛り上がって疎外感が有ります。重箱を完食し、デザートのグレープフルーツを結衣ちゃんが三等分に分けている。

 

「晶ちゃん、筋トレはさ……空腹時は効果が悪いんだ。勿論満腹時も駄目だけどね。

それは空腹時には低血糖となり、満腹時には消化不良になり易い。

だから事前に糖質を摂取する事とクエン酸を多めに採っておくと筋肉中での乳酸(疲労物質)が生成されるのをある程度防いでくれるんだ」

 

「クエン酸って、このグレープフルーツとかの柑橘系って事かな?」

 

 フォークに刺したグレープフルーツを掲げて聞いてくる。

 

「そうだね、レモンや梅干にも多く含まれているよ。後は筋トレは夜に行うと効率が良いよ。

傷ついた筋肉の修復は寝ているときに分泌される成長ホルモンが関わってるからね。

夜に筋肉トレーニングをして食事を摂り、十分に睡眠をとれば筋肉がつき易いよ。所謂、超回復って奴だね」

 

 晶ちゃんが正座して聞き入っているけど、なんかへんな感じだ。

 

「それとさっき食べた唐揚げ等の肉類もタンパク質の摂取に有効だ。本当は豚ヒレやモモ、牛スジとかがタンパク質を多く含む食材だよ。

筋肉作りには最低でも自分の体重1kg当りに2gはタンパク質が必要だ。これを補うのにプロテインとか有るけど、あれは飲み過ぎても効果は無い。

精々40g程度が必要で残りは脂肪になっちゃうからね。さて、自宅に招待するよ」

 

 花見も料理も堪能したから、そろそろ自宅にお招きしようかな。

 

 

第127話

 

 晶ちゃんを自宅迄案内した。

 

 最寄り駅から反対側の交通公園に案内した為、自宅迄は距離が有る。僕はお酒も飲んだからタクシーを利用した。

 勿論、無理して後部座席に三人座ったよ。前も桜岡さんと結衣ちゃんと三人で座って鎌倉から横浜迄行ったっけ……

 アレ?あの時も桜岡さんがチンピラに絡まれてて玉を潰して逃げ出した様な?絡まれ易い体質ってヒロイン補正でも入ってるのかな、彼女達には……

 運転手さんをナビゲートしながら自宅に到着。二千円を渡し、おつりを貰う。

 

「此処が僕の家だよ。お寺じゃなくて残念だったね」

 

「普通に洋風な建物なんだね……確かに僕も、お寺か和風建築かと思ってたよ」

 

 我が家を見上げながらの晶ちゃんの感想だ。桜岡さんも同じ事を言ってたな。坊主は洋風は駄目なの?

 アイアンアーチの門を開けて中に招き入れる。結衣ちゃんがポストを確認してから玄関の鍵を開けて先に中に入り、セコムをカードで解除する。

 

「凄いな、榎本さんの家ってセコムなんだ!玄関にも監視カメラ有ったし安全対策は万全なんだね」

 

 こんな商売をしてると色々なしがらみが有るし昔は後ろ暗い事もしてた。それに商売敵とかも居るからね。

 僕独りなら此処まではしないが、結衣ちゃんも住んでるんだ。隙は見せられない。

 

「最近物騒だからさ。横浜横須賀道路のインターが近くに出来たんだ。

すると統計的に空き巣が増えるんだって。まぁ逃げ易いんだろうね。だから安全と防犯の為に付けたんだよ」

 

 表向きの理由を教える。余計な不安感を煽る必要は無いからさ。応接間に通してソファーを勧める。

 晶ちゃんには悪いが座っていて貰って、先に雨戸を開けて空気の入れ替えをする。結衣ちゃんが何を飲むか聞いていたので、僕も晶ちゃんと同じ物って言っておいた。

 種類が違うと手間が掛かるからね……一旦部屋に戻り上着を脱いで財布を机に置き携帯電話だけ持って応接間に向かう。

 既に晶ちゃんと結衣ちゃんで世間話に花を咲かせていた。うん、凄く仲良くなったよね。

 

「何か面白い話かい?」

 

 結衣ちゃんの隣に座る。向かい側に晶ちゃん。こっち側には僕と結衣ちゃん。

 晶ちゃんは一人用のソファーだが、僕と結衣ちゃんは三人掛けのソファーに並んで座る。

 最初は晶ちゃんの正面に座ったが、向かい合わせって交渉時には敵対の位置なんだよね。だから体半分結衣ちゃん側にズラす。

 

「榎本さん、何で結衣ちゃん側にズレたんだい?」

 

 晶ちゃんが不思議そうに聞いてくる。確かに正面に座った後に横にズレるのは変だよね……

 

「ん?いや交渉術にはさ、席取りや配置にも意味が有るんだよ。複数席に向かい合わせに座るのはさ、敵対の位置って言うんだよ。

だから半身をズラしたの。決して結衣ちゃんが可愛いから近くに寄った訳じゃないんだ」

 

「もう、正明さんたら?」

 

 軽く結衣ちゃんに叩かれた。

 

「ふーん、結衣ちゃんにはそう言う冗談言うんだ?榎本さんは男女間では生真面目で固い雰囲気が有ったのにね……」

 

 晶ちゃんには不審がられたよ?

 

「まぁ八王子の件は癖の有る連中ばかりだったからね。勿論、仕事中だって事も有るけどさ。僕だって普通に恋愛感情は持ってるよ」

 

 嘘です、好みのタイプが一人も居なかったからです!だって腹黒高野さん・守銭奴メリッサ様・天然亀宮さん・その他モブさん達じゃ、その気にならなかったし。

 でも友人としてなら亀宮さんと晶ちゃんは大好きだ!

 

「結衣ちゃん聞いてよ!榎本さんってさ、ウチの民宿で美女7人と寝起きを共にして一切エロくならないんだよ。

てっきり枯れ果ててるのと思ったんだ。亀宮さんって天然おっとり美女が、結構良い感じで近くに居たのにスルーだったし。彼女のオッパイは凶悪だったわよ」

 

「へぇ……知りませんでした。確かそのお仕事では小笠原母娘と知り合いになられて、良くお世話してるんですよ。しかも最近近所に引っ越して来たんですよ」

 

 何だろう?二人に責められてるんですけど?晶ちゃんも不機嫌そうだし、結衣ちゃんは……

 僕の視線に気が付いて、此方を向いてニッコリ笑ってくれた。うん、笑顔なのに額に井形を作れるんだ……

 

「えーと、僕が女性ばかりと仕事をしたいんじゃなくてね。依頼主が僕以外を女性ばかり頼んだの。だから不可抗力だし、決してエロい目的は無いから……」

 

 小原さん、恨むぞ!何故、何故こんな試練を受けないと駄目なんだよ?

 

「そうなんだ!地元でも有名な女癖の悪い奴でさ。僕、初めて生で見たんだけど本当にエロいの。

だって浴衣の彼女達をエロエロの目線で舐め回す様に見るんだよ。あれは鳥肌物の気持ち悪さだって!」

 

「うーん、女性として嫌ですね。そう言う人は……」

 

 小原さん、酷い事を言われてますが自業自得ですよ。だから僕を巻き込まないで下さい。そんな感じで楽しい?話は弾んだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ああ、もうこんな時間だ。僕帰るよ。夕飯の配膳は手伝わないと駄目だから」

 

 晶ちゃんが壁付けの時計を見て残念そうに告げた。時計の針は15時10分を指しており、確かに18時からの夕食を手伝うにはギリギリだ。

 

「駅まで送るよ。僕も用事が有るから出掛けなきゃならないし」

 

 少し早いが水谷ハイツに行ってメモリーカードを交換しなきゃ。

 

「私も一緒に行きたいです」

 

 折角仲良くなったので駅まで送りたいのだろう。結衣ちゃんの申し出を了承し、折角だから三人で出掛ける事にする。

 本当なら車で八王子まで送りたいが、この時間だと高速道路を使っても渋滞は避けられない。

 無理して遅れるよりは時間の確かな電車の方が良い。最寄り駅まで送り、晶ちゃんとお別れした。近くに路上駐車をして彼女を送り出す。

 結衣ちゃんは車外に出て手を振って別れを惜しんでいた。晶ちゃんとは携帯電話の番号やアドレスも交換してたから、また近い内に遊びに来るだろう。

 互いに元気良く此方に手を振り合ってる彼女達を見て思った……本当にタイプの違う二人は意気投合したんだな。

 

「気持ちの良い人でしたね。サバサバしてるのに、気遣いの出来る人ですし」

 

 同じ女性を紹介したのに、小笠原母娘とは偉い違いだ。どの辺が駄目だったのかな?

 

「そうだね。じゃ僕は水谷ハイツに仕込みに行くから、一旦家に寄るよ」

 

「私も一緒に行きます。設定では二人で暮らしているんですし」

 

 本当は静願ちゃんを含めての三人暮らしなんだよ?空気の読める僕は突っ込まなかったけどね。

 

「……そうだね。但し中は安全を確保してないから廊下に居るんだよ。

誰かに何か言われたら、これから外出だからとでも言って誤魔化すんだ。5分と掛からない筈だから……」

 

 そう言って釘を刺してから車を発進させる。暫くは無言で運転をする。結衣ちゃんも特に話さないが、気まずい雰囲気ではない。

 

 心地良い無言、ラジオから流れる最近人気のリクエスト曲だけが流れる空間……

 

「正明さん」結衣ちゃんが沈黙を破る。

 

「何だい?」

 

「何時になったら私を鍛えてくれるんですか?私……早く正明さんの手伝いがしたいです」

 

 気持ちは嬉しい。結衣ちゃんは静願ちゃんと違い肉体強化系の霊能力者だ。だから鍛えれば直ぐにでも実戦が可能かも知れない。

 だけど人が死なないと商売にならない業界だから、幼い結衣ちゃんに現実の汚さを受け入れる神経のタフネスさは無い。

 

 だから……

 

「未だ早いよ。実際に手伝って貰えるのは、少なくても18歳以上だし高校卒業後だ。

それは労働基準法と青少年育成条例でも明記している。今はバイトでも結衣ちゃんは雇えない。

細波家の力については訓練を始めよう。早い段階で力を制御出来れば、それは良い事だ。

ただし修行は人目につかない場所の確保からだ。獣っ娘の需要は高騰してるから、バレたら大変なんだよ」

 

 結衣ちゃんには悪いが建前論を言う。高校を卒業し社会人となれば、世の中の不条理とか汚い面も……

 或いは納得はしないが、仕方無いと妥協出来るかも知れない。勿論、それでも純粋に育ってしまえば無理と言うしかない。

 細波家の力を制御出来れば、色々と結衣ちゃんの安全は確保出来る。あの機動力で逃走に専念すれば、大抵の相手からは逃げられるし。

 だけど本当の本音は、彼女に僕の今までしてきた汚さを知られたくないんだ。今でこそ胡蝶は協力的だし歩み寄りは出来る。

 だが「箱」として接していた時は、贄を捧げる為に色々とした。霊を喰わせるのは当たり前で、時には犯罪者も生きたまま喰わせた……

 彼女の実の母親と、その情夫も「箱」に喰わせた。つまり僕は結衣ちゃんからすれば、母親の敵だ。

 

「ごめんなさい、正明さん。生意気言ってしまって、本当にごめんなさい」

 

 しまった!過去の自分の悪行を思い出し、つい怖い顔をしてしまった。

 

「勘違いさせたらごめんね。別に怒っていた訳じゃないんだ。

ただ、結衣ちゃんには普段から色々恩返しして貰ってるのに気を使わせた僕が許せなくてね」

 

 丁度信号に引っ掛かり車を停めた時を見計らい、彼女の頭をワシャワシャと撫でる。ラサラサで指の間に挟まった髪の毛も抵抗無く流れる様に梳けるんだ。

 

「えへへ、分かりました。でも正明さんには本当にお世話になりっぱなしですから、お礼はもっともっとしたいんです」

 

 良い娘に育ったよね。親は無くとも子は育つとは、良く言ったものだ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 水谷ハイツの近くの有料駐車場に停める。建物の前に停めて如何にも直ぐ出掛けますじゃ、周りに対して住んでるアピールが無い。

 親子設定だからか、結衣ちゃんも控え目だが腕を絡めてくる。200m程歩くと水谷ハイツが見えた。

 建物の前に立ち見上げても、やっぱり霊感は働かない……

 

「お父さん、行こうよ」

 

 結衣ちゃんが腕にしがみ付いて来たので、不思議に思うと階段から奴が降りてきた。

 

「あっ……どうも」

 

 奴は結衣ちゃんを見て一瞬喜び、僕を見て嫌な顔をした。

 

「ああ、こんちは。これから出掛けるのかい?」

 

 ジャージの上下ではなく迷彩柄のジャンパーにチノパン姿の奴に声を掛ける。

 

「バイトです、じゃ」

 

 ボソボソと目線を合わせずに行ってしまった。一応バイトしてるのか……

 

「結衣ちゃん大丈夫だから行こうか」

 

 バス停方面に歩いていく奴を見届けてから問題の部屋に行く。途中で他の住人には会わなかったな。部屋の鍵を開けて中に入る。

 郵便ポストの中には宅配ピザ・建て売り住宅・健康食品の通販等のチラシが突っ込まれていた。

 一日しか空けてないのだが、結構な頻度でチラシは入っている。各所に仕掛けたカメラのメモリーカードとバッテリーを交換する。

 棚に仕掛けた奴はバッテリー充電コードを指しっぱなしにしてるが、設置場所上無理な箇所も有る。

 全てのカメラの交換を終えて秘密兵器を取り出す。この水谷ハイツは雨戸が無い。薄いレースと遮光カーテンの二種類のカーテンだけだ。

 だから夕方に照明が点いてないのは不自然。だからスタンドにタイマー式で電源が入り切り出来るパーツを持ってきた。

 時間設定は17時から20時迄の3時間だ。スタンドはLEDタイプで照度は1200ルクス有るから、外から見ればかなり明るい筈だ。

 全ての仕込みを終えて部屋を出る。

 

「お待たせ、結衣。じゃ買い物に行こうか?」

 

「うん、お父さん」

 

 誰が何処から見てるか分からないから、親子設定の小芝居を続ける。親子だと躊躇無く結衣ちゃんは腕を組んでくるのだが、最近の娘って年頃でも父親と腕を組むのかな?

 少し疑問に思いながらも、彼女の感触と温かさを堪能した……

 


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