第119話
隣を歩く筋肉の塊みたいな正明さん。何時も何時も私を大切に扱ってくれる優しい人。私達は他の人と違う秘密の力を持っている。
私は獣化の能力を受け継ぎ、正明さんはお坊様で法力を使える。一見同じ異能だけど周りの受け止め方は全然違う。
だって私は獣だけど、正明さんの力は高僧に匹敵するもの。
獣化した私の本気噛みを鍛えた肉体だけで跳ね返した。てっきり負けた私を危険な獣として処分するかと思えば、温かい大きな手で頭を撫でてくれた。
真っ裸な私に上着をかけてくれて、大好きなお婆ちゃんの所に連れて行ってくれたの。私の知ってる大人の男の人は、お母さんの交際相手だけだった。
殆どの人が私に辛く当たった。叩かれたりは当たり前で、食事抜きとかも日常茶飯事。酷い人は私にイヤラシい事をしようとしたわ。
体に触ろうとしたり抱き付いてきたり……凄く怖くて気持ち悪かった。
私も細波家の力が徐々に目覚めた時に……恥ずかしいけど発情期みたいな時が有った。
体が熱くなり、嫌だと思っている男の人達に触られたいと考えてしまう。頭と体のパズルが合ってないモヤモヤした感じ、嫌な感情。
でも自分の体を傷付ける事で忌まわしい感情を抑えたの。太ももに鉛筆を刺したり手首を噛みついたり……痛みは一時的だけど思考をクリアにしてくれた。
私が発情期の時は、周りの男の人も無闇やたらと悪戯しようとしてきたし。何か変なモノを周りに放出してたのかしら?
でも正明さんは違った。
お婆ちゃんからしか貰えなかった優しさを私にくれたの。凄く嬉しかった。暫くはお婆ちゃんと一緒に、落ち着いた生活を送る事が出来た。
お婆ちゃんの年金頼りの貧しい生活だったけど、大好きなお婆ちゃんと一緒の生活。細波家の力も、正明さんがくれた数珠で押さえられた幸せの日々。
でも小学六年の冬に大好きなお婆ちゃんの体調が悪くなり、病院に入院したけど一週間も経たずに危篤状態になってしまった。
私を護り私を育ててくれたお婆ちゃんが死んでしまう。病院の看護師さんも身寄りのない私とお婆ちゃんの扱いに困ったみたい。
だってお金が無いから、頼れる人が居ないから。でも、その時に正明さんが来てくれた。
お婆ちゃんを個室に移してお金の掛かる治療も直ぐにやれって先生に頼んだみたい。看護師さんの立ち話を聞いてしまったの。
もう施しようが無いお婆ちゃんに、出来るだけの治療をしてくれって頼んだって。個室に移ったので私も一日中、お婆ちゃんと一緒に居る事が出来た。
正明さんは学校にも連絡してくれたみたい。ずっと休んでいたけど問題無かったし。
近くにホテルを借りてくれて、食事もお風呂も全て面倒を見てくれた。お婆ちゃんは最後に意識が戻り、お別れを言う時間を持てた。
殆ど体を動かす事も出来ず、でも私をしっかりと見て言ってくれた。
「結衣、幸せになってね。榎本さん、結衣をお願いします」
そう言って目を閉じた。まるで眠るように息を引き取った……私がお婆ちゃんと最後のお別れを言えたのも、全て正明さんのお陰。
お婆ちゃんに縋り泣くだけの私の背中を大きな掌で優しく撫でてくれた。どれ位泣いたか分からないが、私は泣き疲れて寝てしまった。
悲しいけど少しだけ嬉しかったから。お婆ちゃん以外の人の優しさが嬉しかったから。
目が覚めた時、私はホテルのベッドで寝かされていた。
既にお婆ちゃんの遺体は葬儀屋の安置所に移されていたわ。今だから分かるけど、あれから正明さんはお婆ちゃんの葬儀の準備を全てやってくれてた。
その夜のご飯は、名前は忘れたけどファミレスのハンバーグだった。その美味しさは今でも覚えている。
小山の様な正明さんが前に座って微笑んでくれていて、私は夢中でハンバーグを食べた。
後の記憶は疎らだけど、お婆ちゃんの家に行って荷物を色々と片付けた。形見にお婆ちゃんの着物・手鏡・櫛、それに眼鏡を貰った。
後は私の少ない私物を荷物に詰めて部屋から出て行った。二度とお婆ちゃんの家には行かなかった……お婆ちゃんのお葬式は余り覚えていない。
でも近所の人や疎遠だった親戚、学校の先生とか友達が来てくれた。正明さんがお婆ちゃんのアドレス帳に記載された人達の全てに連絡してくれたの。
だから寂しいお葬式じゃなかった。松尾のお爺様と初めて会ったのは、お葬式が済んだ後だった。
初七日を終えてお婆ちゃんを納骨する事になった時、正明さんが私を引き取ってくれた。
里親制度で資格を取ったからだって……
お婆ちゃんのお墓は正明さんの知り合いのお寺の永代合祀墓に納めてくれた。私はお墓なんて買えないから、ずっと遺骨を部屋に置いておくのかと思ってたけど……
正明さんに連れられて新幹線で横浜に来た時は、何も喋れなかった。いえ、何を喋って良いか分からなかったから……暫くして近くの小学校に転校した。
内向的で暗い性格の私は格好のイジメの対象だった。直ぐに三人組の男の子から色々なイジメを受けた。
でも私には友達が出来なかったし頼れる人も居なかったから、我慢するしか……外履きを隠されて内履きで家に帰った時、正明さんがイジメに気付いた。
優しく聞いてくれた、叱らなかった、頑張ったねと言ってくれた……翌日から三日間程、私は学校を休んで良いと言われ松尾のお爺様と家で遊んでいた。
何故か最終日に三人でディズニーランドに遊びに行ったの。初めての遊園地に私は大分興奮してはしゃいだらしい……今思うと恥ずかしい位に。
イジメの件は正明さんが色々と調べて学校側に文句を言いに行ったらしい。らしいと言うのは、そのまま私立の学校に編入したから。
正明さんは「だから公立は駄目なんだ。直接金を生徒側から貰ってる私立の先生の方が断然良いから!」そう怒っていた。
後日、噂を聞いたけど正明さんは単身学校に乗り込み担任と校長と話し合ったらしい。学校側はイジメを認めずイジメた男の子達の親も認めなかったって。
でも私達がディズニーランドで遊んでいる時、学校側は大変だったらしいの。集団食中毒で担任とイジメに荷担してたクラスの子達が、お腹を壊して……
その、先生も含めて教室で漏らしちゃったって。しかも原因が不明で一週間近く苦しんだって。
それを話した時の正明さんの笑顔は忘れられない。
何時もの優しい笑みじゃない、酷く暗い微笑み……きっと正明さんが何かしたんだわ。わざわざアリバイまで作って……
正明さんの口癖は「私を悲しませた奴は下痢地獄にぶち込んでヤル!」だから間違い無いと思う。
正直嬉しかった……本当はイケない事だけど、私の為にしてくれたんだもん。でも私立に転校しても、イジメは受けた。
だけど前の学校と違い直ぐに先生が事情を聞きに来て相手側との話し合いをするって。保護者を学校に呼ぶって。また正明さんに迷惑を掛けてしまう。
それが悲しくて悲しくて、泣いてばかりいた。学校に呼ばれた時も正明さんは松尾のお爺様を連れて来た。
面談室に入るなり、凄く怖い顔で淡々と相手を脅し始めた。抑揚の無い声で丁寧に、でも向かいに座ってる人達の怯えた表情は忘れられない。
イジメてた子達が泣き出した時、思わず庇ってしまったわ。だって年頃の女の子がクラスでお漏らしなんて事になったら、可哀想だもの……それが切欠で彼女達とは仲良くなる事が出来た。
正明さんは「雨降って地固まる」って言って笑ってたけど、相手の親御さんは微妙な顔だった。
聞けば自分の娘がイジメた相手はヤクザの娘だった。報復に弁護士とヤクザがセットで乗り込んで来たのだから。そして極めつけが体育祭の時だ!
私の応援に正明さんは筋肉同盟のお兄さん達を呼んだの。総勢20人のムキムキさんが私を取り囲んで騒いでいる風景は……そっそれ以降は、私をイジメる子は居なくなった。
漸く私は学校でも安全を確保する事が出来た。家事全般を受け持ったのは、せめてもの恩返し。
正明さんには返せない位の恩が有るから……そんな幸せな生活に入り込んできたのが桜岡霞さん。
正明さんとは仕事で知り合ったと言う、梓巫女さん。私達と同じ異能力を持つ大人の女性……美人でスタイルも良くて話し易くて、本当のお姉さんみたいなお嬢様。
霞さんは私を邪魔にしなかった、家族と同じ妹として接してくれたから、私は霞さんなら正明さんと結婚しても我慢出来た。
皆で一緒にいられるから。でも霞さんは悔しそうに計画は失敗、一旦実家に帰ると悲しそうに私に話したの。
計画?失敗?実家に帰る?
でも正明さんと不仲になった訳じゃなく、普通に接していたわ。何か私の知らない大人の事情が有ったのね。霞さんが実家に帰ってから、また正明さんと二人だけの生活が始まった。
幸せな生活……それを脅かすのは小笠原母娘よ!
アレはダメ、ダメダメだわ。
アレは私から正明さんを奪ってしまう。あの母親は私のお母さんと同じ匂いがした。見かけは全然違うし優しそうな感じだけど、男に媚びる何かを感じた。
正明さんも嫌そうな顔で耐えていたし、人妻やバツイチはダメ?または30代は、守備範囲外?なら私だって良いと思うのに、全く手を出さない。
いえ、里親として私を引き取ってくれた恩人なんだし、手を出した時点で人間失格と思ってるのかな?私からアプローチした方が良いかな?
急にモテ期を迎えた正明さんの周りには、お邪魔虫が沢山わいた……あれだけ強くて優しい人だから、何時か魅力の分かる人が現れると考えてたけど急過ぎる!
全く、あと数年待てば私も法律的に結婚出来る年齢になるのに。
「正明さんが酷いロリコンなら悩まなかったのに……おっぱいの大きい人ばっかり現れるのは何故なの?おっぱい好きなの?おっぱい星人なの?」
悶々とした日々が続いた……だから少し、ほんの少しだけ勇気を振り絞って正明さんにアプローチをした。
「知ってます?獣は負けた相手に服従するんですよ?」
冗談っぽく言ったけど本気だよ。獣の部分の私は、強い雄(♂)を本能的に求めているわ。
「えっ?」
ビックリした顔の正明さん……
「ふふふふ、私が何でも言う事を聞きますって言ったら……何を望みますか?」
正明さんの目を見る。見上げる様な仕草は萌えるらしいから、恥ずかしいけど頑張ったわ。
「ゆっ結衣ちゃんみたいな可愛い娘が、冗談でも何でも言う事聞くとか言っちゃ駄目だよ!」
ほら、やっぱり。正明さんは私を窘める様に、おどける様にメッって叱った。でも私は本気だよ。
「何時も正明さんは私を大切に扱ってくれます。でも、ちゃんと私を見て欲しいんです」
本気で私は正明さんのお嫁さんになりたいんだよ。
「ゆっ結衣ちゃん?」
正明さんも真剣な目で私を見ている。もう一息、もう一息だわ。
「僕は……僕はね……って一寸待ってね」
突然の電子音。けたたましく携帯の呼び出し音が二人の距離を離す……神様の意地悪!何故、あと10秒待ってくれないの?
正明さんも残念そうな顔をしてたから、逃したチャンスは大きかったんだわ。コソコソ携帯電話で話す相手は新しい女性みたい。
まだ正明さんのモテ期は続いてるのね?でも正明さんが中学生でも迫れば心が動くかもしれない事は分かったわ。
それは大収穫。一緒に住んでるメリットを最大限に生かせば、僅かだけど可能性は有る。
「ふふふふ……」
「結衣ちゃん嬉しそうだね?何か良い事が有ったのかい?」
「ええ、希望が見えましたから!」
正明さんの腕を軽く掴みながら、これからのドキドキイベントの詳細を考える。やはり自然に正明さんから迫ってくる様にしないと、はしたない娘って思われちゃうから。
事故を装わないと駄目ですよね?
第120話
結衣ちゃんと外食をして帰った。帰り道で彼女の様子が少しおかしかったんだ。小笠原母娘の出現で僕が取られると思って不安になったのか?
それとも静願ちゃんへの対抗意識か?少し注意して様子を見ないと駄目かな。
結衣ちゃんは真面目で自分に抱え込むタイプだから、悪い方向に行く前に何とかしないとね。
家に帰り結衣ちゃんに先に風呂に入る様に薦めた。もう21時過ぎだから先に寝る彼女を優先する。
僕は自営業みたいな物だから予定が無ければ自主休暇とかオッケーだし。冷蔵庫から缶コーラを取り出しリビングで一息入れる。
プルトップを引き上げるとプシュっと炭酸の漏れる音が……これがコーラを飲む醍醐味だよね。一息に半分位飲んで盛大なゲップをする。
「ゲフッ、この感覚が堪らないね」
ソファーに仰け反り仕事の事を考える。完全密室なのに人の出入りした痕跡が有った。カメラを仕掛けたが、本当に人間の出入りは可能なのかな?
或いはネズミとか……でも小動物ならカーテンを閉めるのは不可能。せめて猫くらい大きければ引っ張れるけど、ネズミがぶら下がったって無理だ。
猫が出入り自由な穴は無かったし。
何か見落としは無いか……
仮に霊だったとして、何故触れたのに清めた塩に変化が無いんだ?あの辺一帯は最近埋め戻した場所だし、アパートも築年数は10年未満。
自殺や他殺、事故死も確認出来ない。引っ越しをした家族にも死んだ人は居ない。情報通の住人からも幽霊騒動は聞けなかった。
手掛かりは日記の書き込みと前住人の苦情だけだ。コレだけの情報しか無いから直接カメラを仕掛けたんだ。
僕が調べ初めて一週間足らずで二回も異常を確認出来た。ならば直ぐに尻尾を掴めるかな?
駄目だったら、前住人に接触してみよう。
「今あの部屋に住んでいるんだけど、何か変なんです。前はどうでしたか?」
嘘は言ってないから平気だろう。右手でコメカミを揉んで凝りを解す……週末には晶ちゃんも来るから見通しだけは立てておきたいんだ。
「正明さん、お風呂出ましたよ。お疲れですか?肩でも揉みましょうか?」
入口に風呂上がりの結衣ちゃんが立っている。お気に入りのヒヨコ柄のパジャマを着て片手に携帯電話を持っている。ん?携帯電話?
「大丈夫だよ。少し目が疲れただけだから……いや老眼じゃないよ、眼精疲労だからね」
トコトコと近付いてきて隣に座る。結衣ちゃんから甘いミルクの様な匂いが……ボディソープの香りかな?
湯上がりでほんのり赤くなっている彼女は、とてもロリ心を揺さぶる。前をボタンで留めるタイプのパジャマだから、胸元も少しだけ見えるし……
なっ?結衣ちゃんがブラトップをアンダーに着てるだと?
「そっそれで?何か有ったのかい?」
余り凝視しても不信感が募るだけだ。わざとらしく咳払いをして話題を振ってみた。
「はい、例のミンさんからメッセージが……これです」
携帯電話を操作しメッセージboxから「ユイへ」とタイトルが書かれたメールを開く。勝手にユイとか呼び捨てるな!
「こんばんは。例の部屋だけど動きが有ったよ。新しい住人が来たんだ。キモい中年オヤジと娘二人の三人家族。
母親は離婚したって言ってたけど逃げられたんだって。笑っちゃうよね!また何か有ったら教えるよ。ユイは何処の学校行ってる?」
あの餓鬼……僕をキモい中年オヤジだと?嫁に逃げられただと?有る事無い事、捏造しやがって!しかもさり気なく結衣ちゃんの個人情報を探りやがって。
ヨシ、呪うか。
「コレって今日の出来事ですよね?正明さんはキモい中年オヤジじゃないのに酷いです!」
僕の太股に片手を添えて見上げてくる。良かった、結衣ちゃんは僕を優しいお兄さんと思ってるんだね?なら後10年は戦えるよ!
でも何時の間に、そんな男心を掴むテクニックを?
「やはり、あのニートっぽい奴が怪しいな。今日の今日で捏造してるけど最新情報は知らないだろ?しかし……」
どうやって懲らしめるか?いや、奴がどうやって部屋に出入りをしてるかだ!僕のシャーペンの芯トラップがバレてるのか?
確かに昼間に廊下で仕込みをしてたから、見られている可能性は有るな。コロンブスの卵的に玄関から合い鍵で出入りしてますじゃないよな?
「正明さん、お返事どうしましょう?学校名とか聞かれると流石に気持ち悪いです」
結衣ちゃんが珍しく凄く嫌そうな顔をしている。この優しい娘が、こんな顔をするのは余程嫌なんだな。
「無難に返事をしようか?そのキモい中年オヤジってどんな人か聞いてよ。
それと学校は近くの公立中学にしよう。何も真実を教える必要は無い」
共学の中学なら素人さんじゃ調べられないだろ?人数が多いから。逆に奴は結衣ちゃんの制服姿を見ている。
同じ学校で同じ名前なら結衣ちゃんがユイと気付くかも知れない。ここは慎重に話を進めるか……
「分かりました。あの辺だと平成中学校になるのかな?最初のメールでも近くに通うって書いたから」
「公立は学区が有るから調べないと駄目だね。部屋のパソコンで調べるか」
自分の部屋に行こうと立ち上がる。
「正明さん、私の部屋のパソコンで調べましょう。直ぐにメール打ちますから丁度良いですし」
はにかみ笑顔の申し入れは破壊力が有ります。オジサンたまりませんです、ハイ。
彼女の後ろに付いて行って部屋に入る。殆ど入った事の無い結衣ちゃんの部屋は甘い匂いが充満している……
机に座りパソコンを立ち上げる間、手持ち無沙汰に周りを見回す。僕は布団派だが結衣ちゃんはベッド派だ。
真っ白なシーツに低反発枕、それに羽毛布団だ。
ベッドの上には僕が無理を言って手に入れた、某保険CMのデカいアヒルぬいぐるみが鎮座している。
だって保険代理店の入口に置いてあるアレを嬉しそうに撫で回してたから。他にはクローゼット二つに本棚、勉強机にテレビにDVDデッキ。
全体的にライトグリーンで統一された部屋。余り物色しては駄目なのでパソコンが立ち上がったのを確認してGoogleのキーワード検索をお願いする。
「横須賀市・平成町・学区・中学かな。このキーワードで検索してくれる?」
カタカタと文字を打ちエンターを押す。ヒット数は1153件か……随分と多いな。
結衣ちゃんが一番上をクリックする。横須賀市立中学校学区一覧、当たりだな。
スクロールして貰い平成町1丁目から5丁目に該当する中学校を探す。
「正明さん、有りました。横須賀市立平成中学校……新設校らしいです。共学ですから問題無いですね」
結衣ちゃんの示す画面には創立9年目、共学。鉄筋コンクリート造・地上三回建・体育館・プールも有るのか!
因みに国道沿いに有るので防音サッシ+冷房完備となっている。最近の中学校って贅沢なんだな。
「そうだね、間違い無さそうだ。じゃ返事を書いてくれるかい?」
分かりました、と携帯電話を開きサイトに接続する。ミンの書き込みをクリックして返信フォームを開く。
「今晩は。そのお父さんってどんな方ですか?私のお父さんはもう居ないから気になります。
何か異変が有るのでしょうか?因みに私は横須賀市立平成中学校に通ってます。
二年生ですよ。 ユイ」
両手で携帯電話を持ちカタカタと文字を打ち込む結衣ちゃん。打ち込む速度は早いです。
僕に書いた文章を見せて確認を取ってから送信した……
「有難う、結衣ちゃん。返信が来たら教えてね」
「分かりました。でも失礼な人ですよね?正明さんをキモいとかオヤジとか……私、この人嫌いです」
嬉しくて結衣ちゃんの頭をクシャクシャと撫でる。
「ありがとう。おやすみ、結衣ちゃん」
「えへへへ、おやすみなさい」
おやすみの挨拶を交わして部屋を辞する。少し心が温かくなりました。さて、風呂に入って寝ようかな。
◇◇◇◇◇◇
目覚まし時計の電子音で目を覚ます。時刻は7時丁度だ。あと10分位は布団の中で幸せを噛み締められる。
ウーンと丸まって全身で僅かな二度寝を堪能する。昨日は結衣ちゃんと大分触れ合えた。
少しだけ積極的になった気がするのは気のせいかな?明らかに結衣ちゃんは僕に好意を抱いてる。
間違い無い!
だがしかし、それが家族愛か友愛か情愛かは分からないが……普通に考えても家族愛か友愛だ。
でもプラスの感情で接してくれるだけで嬉しい。静願ちゃんは間違い無く父性を求める家族愛。
晶ちゃんは友達だから友愛だ。
桜岡さんは……最近もしかして僕が好きなんじゃないかな?って思う時が有る。
まさかあれだけの美人のお嬢様が、ムキムキのオッサンが好きとは思えないんだけどね。それは自惚れ過ぎるだろ?
亀宮さん?
うーん、きっと亀ちゃんの妨害を苦にしない僕が珍しいんだろう。お供の連中には子種を狙われてるけど、無理だなぁ……
胡蝶さん?
胡蝶さんはデレ期が続いてくれれば良いと思います。さて女性相関図を思い浮かべ終わった時点で7時10分を過ぎた。起きるかな……
◇◇◇◇◇◇
「おはよう、結衣ちゃん」
「おはようございます、正明さん」
身嗜みを整え顔を洗いキッチンに向かう。結衣ちゃんがフライパンでオムレツを作っているのを見ながら紅茶の準備をする。
今朝はハムとチーズのオムレツらしい。器用にフライパンを操りながらオムレツを裏返している。
大きめのポットに茶葉を入れてお湯をたっぷり注ぐ。暫くは蒸らしだ。次にトースターに6枚切りの食パンを……
「結衣ちゃんは食パン1枚で良いのかな?」
「はい大丈夫です」
フライパンからお皿にオムレツを移している。朝食のメニューはハムチーズオムレツ・レタスと新玉ねぎのサラダ・ミートボールだ。
茶葉が十分開ききったのを確認しカップに注ぐ。僕は角砂糖を3つ、結衣ちゃんは2つ。焼けた食パンにマーガリンを塗れば準備完了。
「「いただきます」」
先ずはオムレツにケチャップを付けてから食べる。うむ、美味い。結衣ちゃんの料理の腕はメキメキと上達してる。
やはり料理上手は嫁の条件の上位だ。結衣ちゃん、君は素晴らしい!
「正明さん」
「何だい?」
「実はミンさんから返事が来まして……」
随分と早いレスだな。女子中学生とモバ友になれたから浮かれてるのか?
「それで何か新しい情報でも有ったのかい?」
アレ、何だろう?少し困った顔だな……
「それが、その……携帯電話のアドレスが書いてあって、私の画像を直アドに送って欲しいって……」
「うん、呪うか」
あの餓鬼、結衣ちゃんの画像とアドレスが欲しいだって?調子に乗りやがって。
「だっダメですよ、正明さん。呪うかなんて言っちゃ。それに凄い良い笑顔ですよ……」
ああ、しまった。内緒でヤルべきだよね。
「HAHAHAHAHA!大丈夫だよ、結衣ちゃんは安心してモバ友解除ブラリ登録を速やかにするんだ」
「えっと、正明さん胡散臭い外人みたいですよ」
ニコニコと笑ってくれた。正直、ミンとニートが同一人物と確定出来たから結衣ちゃんがメールのやり取りをする必要は薄い。
潮時かな……
「結衣ちゃん、もうミンの特定も出来たから十分だよ。後は僕の方で何とかするから嫌なら断ろう。僕が嫌だから断ろう」
「そうですよね。規約違反ですよって言って断ります。でもモバ友解除は未だしません。正明さんの仕事が解決するまでは」
こっこれは仕事のハードルが上がってしまった。短期決戦をしなければ、結衣ちゃんに不快な思いを……
「そうだね、頑張るよ」
そう言うしかなかったんだ。
第121話
仕事の為とは言え、結衣ちゃんに悪い虫を付けてしまった。
進藤貴也……
日記にあの部屋の異常を書き込んだネカマ。情報を引き出す為に結衣ちゃんにモバ友になってもらいメールのやり取りをして貰った。
しかし奴は調子に乗りやがって結衣ちゃんの画像や直アドを要求して来た。もうヤツからの情報は要らない。
だがガセネタばかりと思ったが、確かにあの部屋には異常が有る。人的か霊的かは分からないのが、僕の力の無さを痛感させられた。
決め手が無いんだ。せめてビデオに決定的瞬間が写っていれば……
◇◇◇◇◇◇
ビデオカメラを設置した翌日。朝9時に部屋に行きデータを入れたメモリーカードを新しい物に交換する。
見た目では異常は無い。清めた塩も前日と変わらない。窓の鍵は内側から閉まってるし、玄関のシャーペンの芯も変わらずだ。
だがシャーペンの芯はもう設置しない。
室内の隠しカメラが玄関部分も捉えているから必要無いだろう。
最長録画時間は12時間だから夕方にメモリーカードの交換に来なければ。部屋を出る時に302号室の様子を窺うが電気も消えてるし音もしない。
アイツ、まだ寝てるんじゃないか?事務所に戻りパソコンを立ち上げる。
郵便受けを確認するも、特に手紙は無かった。FAXも無し。
冷蔵庫からコーラを取り出し、机に座りメールをチェックする。受信箱には2通、最初のメールは通販サイトからの広告メールだ。
お取り寄せ食材で良く利用している。もう一通は見慣れないアドレスだ。
誰だろう?クリックして開くとメリッサ様からだった。
「榎本さん、お久し振りです。仕事の件で相談が有り空いている日にちを教えて下さい。連絡お待ちしてます。 シスターメリッサ」
うん、見事な位に僕が拒否しないと思ってるね。どちらにしろ返事はしなくちゃ駄目だが、先ずは録画した画像の確認だよな。
何となく嫌な予感がするので先送りにした。そんな気分じゃないんだよ……メモリーカードをパソコンに差し込み、画像を表示する。
最初は一番気になる浴室からだ。録画時間は12時間だから八倍速でも90分掛かる。
カメラを仕掛けたのは3ヶ所だからチェックに長時間掛かる。早送りの画面を見ながら別に録音した方も聞く。
画面に変化は無い……
カーテンを閉めた部屋は薄暗いから昼夜を通して赤外線カメラを設置しているが、画面の鮮明さがイマイチだから単調だ。
イヤホンで聞いている音もほぼ無音だから辛い。頑張った一本目を見たが異変は見付られなかった……思ったより忍耐が必要な作業だ。
二本目を見終わった時には昼を過ぎていたが、録音の方は三割位か?普段は夜間のみの録画・録音だが、今回は霊と人間と両方だから。
どうしても昼間も録画しないと駄目なんだ。
お昼を食べに一旦外にでる。ガチガチに凝った肩をグリグリと回しながら駅前商店街の方へ歩いて行く。
なだらかな坂を下っていくと駅隣接のモアーズが有り、一階に店を構える回転寿司に入る。手前がレジとテイクアウト、奥に8人程が座れるカウンターが有る。
時間も無いので太巻きと上にぎり寿司を買う。のんびりと来た道を戻れば見上げる街路樹は桜が満開だ。
結衣ちゃんと花見の約束もしていたが、今週末が見頃だろうか?風にそよぐ桜を見ると春めいてきた事を実感する。
八王子は寒かったからな……
◇◇◇◇◇◇
事務所に戻り日本茶を淹れて昼食の準備をする。テイクアウトの寿司はどうしても要冷蔵だから、シャリが冷たいんだよね。
その点は高い寿司屋でも回転寿司でも、ほんのり温かいシャリの上にネタが乗っているから美味い。だから太巻きは電子レンジで20秒ほど温める。
これで酸味は増すが美味しく食べれるんだよね。モグモグと寿司を食べながら、メリッサ様への返信の文を考える。
今週の平日は水谷ハイツの調査で手一杯だ。
週末は晶ちゃんが遊びに来るから来週以降か……だが今週で動きがなければ、危険だが来週の昼間は部屋に詰めてないと駄目かな?
いや逆に夜か……不法侵入なら留守を狙うから昼間侵入するだろう。逆に心霊なら夜に活動が活発化する。
僕の霊感では心霊は無いと思ってるから、夜に泊まる事にしよう。ちゃんと朝から出勤し夕方帰宅のパターンを見せれば、必ず引っ掛かる筈だ!
ヨシ。
ならば来週の昼間は比較的時間が取れるだろう。パソコンを起動させてメールの返信フォームを開く。
「久し振りです。今週中は別件で忙しく来週なら昼間は時間が取れます。でも仕事を請けるのは内容によりますからね。連絡お待ちしてます」
ポチッと送信ボタンを押す。彼女は横浜市内が拠点だから比較的近い場所で除霊をしてると思う。
まぁこの業界に縄張り意識とかは無いけど、天理市とか大きな宗教団体が拠点としてる場所は避けている。
信者数が半端無いから争っても無意味だ。最後の太巻きを口に放り込み、お茶で胃に流し込む。
うむ、満足じゃ!
朝からずっとパソコン画面を見ながら音が殆どしないイヤホンをしていたので眠い。30分程ソファーで仮眠しようと思ったら電話が鳴った。
固定電話の方だ。
「はい、榎本心霊調査事務所です」
「榎本さん?お久し振りね、メリッサです。メール見ましたわ」
うーん、亀宮さんから本名がお鶴さんと聞いていたので、連想して笑いが込み上げてくる。笑うな我慢しろ!
「ええ、久し振りですね。何ですか相談事って?」
「ちょっと意見を聞きたいと思いまして。出来れば直接お話ししたいんですが……」
電話で済まない話なのか?
「メールに書いた通り来週の昼間なら時間が取れますよ。僕も別件で夜は張り付いてますので午後の2時から4時位が丁度良いのですが?」
来週は直接泊まり込みだからな。夜は殆ど寝ないで待機するつもりだ。だから午前中は仮眠に当てたい。
「来週の平日の昼間ですか?うーん……出来れば急ぎなのでお手間は取らせまんので、今日これからとか駄目ですか?」
まさか変な所に昼間っから連れ込まないよな?教会の懺悔室とかは嫌だぞ。てか今からか?
確かに映像チェックだけだし夕方にメモリーカードを交換するだけだが……
「うーん、今からですか?まぁ普通の場所なら構いませんよ。夕方には現場に戻るので一時間位しか時間は取れませんが……」
「私が変な場所に連れ込むとでも?榎本さんって本当に興味が無い女性には失礼よね」
確かに僕はメリッサ様に性的な興味は1mmも無い。全く無いと断言しよう!だが女性としての敬意を込めた対応はしてる筈だが?
無理して当日に打合せの時間を取るんだけど。
「興味がナニを指すかは知りませんが、節度と誠意を持った対応をしてる筈ですが?」
「それでも全く私の魅力を感じさせない対応ってどうなのかしら?インポでも無いし桜岡さんに操を立てるにしては徹底してるわよね。女性に免疫が無さそうな感じなのに……」
メリッサ様の中では僕と桜岡さんが、お付き合いをしてるのか?それは違うが端から見れば、確かにそう思う雰囲気は有るのかな?
「話が逸れましたが、何処で会いますか?」
変な方向に話が捻れる前に軌道修正するか。
「横浜市営地下鉄線の新羽駅の近くの教会、セントクレア教会にいらして下さい。時間は何時位になるかしら?」
やっぱり教会か……彼女達は正式なエクソシストでは無いが、やはり教会関係者なんだな。
「分かりました。それで資料は集めておいて下さいね」
「資料?何を集めれば良いの?」
おぃおい、人に相談するのに資料無しですか?なら電話でも問題無いでしょ?
「どう言う仕事か知らないけど、配置図・周辺地図・現場写真・依頼の内容・出来れば依頼書・ネット環境の繋がったパソコンが有ると話が早いと思う」
「うーん、分かりましたわ。集められるだけ集めますけど、何時位にこれるの?」
ちょっと待ってと言ってパソコンで検索する。横浜市営地下鉄なら京急線の上大岡駅で乗り換えが出来るから、横須賀中央駅からだと……約40分か。
セントクレア教会の場所をGoogleで検索すると、大体徒歩で15分かな。今から出れば余裕を見て一時間半だから
「二時半には行けるかな。取り敢えず新羽駅に着いたら電話するけど、前に貰った名刺の携帯電話の番号で良いかな?」
「分かったわ。本当は仕事中は携帯電話使えないんだけど……では宜しくね」
そう言って一方的に切られた。仕事中?電話が使えない?やはり教会で働いているのか?
女性のプライベートを詮索するのは良く無いと割り切り、出掛ける支度をする。念の為、メモリーカードを持って帰りに直接水谷ハイツに寄る準備もするか。
メリッサ様の相談事が面倒臭くなければ良いんだけどね……
◇◇◇◇◇◇
準備をして事務所を出たのは1時を過ぎていた。急がねば……
平日の昼間の快速特急は流石に空いている。三駅目の上大岡駅で乗り換えだが20分程度の睡眠時間が取れる。
麗らか春の日差しを背中に浴びて少しだけ寝てしまった……逆に乗り換えたら地下鉄だから景色も見れず延々とコンクリートの壁を見るだけ。
途中から地上に出て降りた新羽駅は高架駅でした。地下鉄線なのに高架橋とは如何に?
改札を出ると開けた駅前ロータリーになっており、どっちに行って良いのか分からなくなって地図を見る。
「線路がこうで、こっちが上大岡駅だから……ああ、この県道を海側に向かえば良いのか」
地図を片手に歩き出す。そうだ!メリッサ様に電話するんだった。予め登録しておいた番号を呼び出しコールする。
あれ?出ないな……
10回コールして出なかったので仕方無くセントクレア教会へ向かう。着歴が有れば嘘はついてないから平気だろ?
そうして歩く事10分、僕は有り得ない光景を目の当たりにした……セントクレア教会は比較的小さな教会だった。
歴史を感じる木造モルタル塗のモダンな教会。掲示板には日曜礼祭や聖書の一節が標語として貼られている。
綺麗に清掃されて花壇には僕には名前が分からない花が咲き誇っている。正直な意見を言えば、聖域として機能している立派な教会だ。
此処まで清められた空間は中々無いぞ。
「そこの肉の塊の不審者!いい加減コッチを向きなさいよ。何を呆然としてるのかしら?」
「いえ……立派な教会ですね。これだけ清められた空間を維持してるのは素晴らしい」
僕の目の前にメリッサ様と思われる女性が居る。だが当人かを確認する為に、もう一度携帯電話を鳴らしてみた。
「何を人を目の前にして電話なんて……あら?何故目の前の人に電話をかけるのかしら?さっきは忙しくて気付かなかったのは悪かったわよ」
僕が携帯電話を切ると、目の前の女性が持つ携帯電話の呼び出し音も止まった。
「メリッサ様ですよね?」
「私以外に誰が居るのよ?」
暫し見つめ合う男女。メリッサ様は修道女の姿では無く……スエット上下にエプロンを付けている。
スッピンらしく長い髪を無造作に後ろに束ねていて、まるで保母さんみたいだ。
「あの……メリッサ様の本業は保母さんだったんですね?」
「ここは叔母が経営する保育園なの!普段は手伝ってるのよ。悪い?」
肉感的修道女で、お金に執着心の強いメリッサ様が保母さん?ギャップが凄過ぎです。
「ほら、驚いてないで中に入りなさいよ」
スタスタと先導する彼女の後ろに付いて行く。確かにお寺も幼稚園を副業とする場合も有るから変じゃない。
小さな運動場を横切り職員室と思われる部屋に入ると、何人かの保母さんの注目を浴びてしまった。
そりゃ筋肉の塊が来ればビックリするよね?