榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第113話から第115話

第113話

 

 結衣ちゃんとのマッタリとした一泊旅行は大成功だった。少し彼女との距離が縮んだ気がする。

 ただ彼女が獣っ娘形態になる事をそれ程嫌がらなくなったのに驚いた。肩揉みの為だけに変身するのも、どうなんだろうか?

 勿論、僕の為だから嬉しいのは事実だ。でもリアル美少女獣っ娘なんて、アキバで暴動が起きるレベルの秘密だ!

 左手首から美幼女が生えるのも同じだ!人には絶対に言えない秘密を僕等は持っている。

 

 獸人化に人ならざる胡蝶(モノ)を宿す二人……

 

 格好のゴシップネタだしバレたら大問題、社会現象にもなるだろう。リアルなホラー話が自分の身近でも有るかも知れないんだ……

 僕は今や昔みたいに細々と目立たない様に活動する事が無理になった。亀宮さんが言いふらしたお陰なんだが、彼女に悪気は全く無いのが問題だ。

 霊獣亀ちゃんを宿す彼女もバレたら大問題だが、そこは700年の歴史を持つ亀宮家。客層が一般人と違い上流階級や国のお偉い様方だから、サポートが違うんだろう。

 一度、彼女に相談した方が良いかも知れないな……うーん、でも子種を寄越せとか助力には条件が付きそうだし微妙か?

 亀宮一族じゃなくて篠原梢さんにお願いしよう。どちらにしても方向転換を強いられているなら、僕等の有利な方に向かうしか無い。

 

 最悪は……本当に最悪は、亀宮一族に助力を請い亀宮さんのサポートをするしかない。

 

 亀宮一族の末席に連なれば、世間からの追求はかわせる筈だ。個人で結衣ちゃんや胡蝶を守るのは不可能だからね……

 折角気分良く旅行から帰ってきても、山積みな問題は一向に減らないな。一つずつ片付けていくしかないか。

 

 先ずは水谷ハイツからだ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 横須賀中央の事務所から自転車に乗って三度目の訪問だ。最初は単独で下見、次は山崎さんと静願ちゃんを伴い中へ。

 そして今日は単独で前回仕掛けた盛り塩と日本酒の確認だ。ちゃんと山崎不動産で鍵を借りている。

 既に下見はしてるし、住人に怪しまれても山崎不動産に連絡し確認して貰えれば平気だ。二度目の訪問なら気に入ったので引っ越し前に最終確認で単独で鍵を借りて訪れる事は無くはない。

 

 時刻は朝の10時、晴天だ!

 

 眩いばかりの太陽が燦々と大地を照らしている。こんな良い天気の朝から心霊現象は無いと思いたい。先ずは道路から301号室を見上げる。

 カーテンは閉まったままだし、隣の302号室はカーテンは開いているが窓は閉まっている。あの餓鬼が居るかは分からない。

 エントランスから階段を上り三階の廊下まで辿り着いたが、特に誰にも会わなかった。廊下を突き当たりまで歩いて301号室の前に立つ。

 

 特に異常は感じられない……

 

 預かった鍵で開錠する。がチャリと音がしたのでノブを右に回して扉を開く。薄暗い室内に埃っぽい臭い、先週と同じだ。

 玄関の下駄箱の上の盛り塩は何ともない。先週セットしたままの形で置いてあった。

 

「此処までは異常無しか……」

 

 玄関扉の鍵を掛けた状態で閉める。こうすると突起が出て扉を閉めても完全には閉まらないんだ。脱出口を確保してから靴を脱ぎ中に入る。

 本当なら土足で上がりたいが、万が一誰かに見られたら空き巣と間違えられるから。最悪裸足で逃げ出せば良い。

 自転車まで戻れば靴下のままでも漕げるから平気だ。廊下に有る分電盤のブレーカーを入れる。玄関と廊下の電気を点けると一安心だ。

 

「お邪魔します」

 

 誰に言う訳でも無いが、そう言ってからバスルームに向かう。一番異常が有る筈のバスルームへ……窓が無いから真っ暗な室内、スイッチを入れて照明を点ける。

 

「なんだろう?違和感が有るのだが……」

 

 何も無い洗面所とバスルーム……だけど何か違和感が有る。何だろう?洗面台の扉も吊り戸棚も全て閉まっている。

 水が流れた形跡も無い。洗面台の上に置いた盛り塩も異常は無い。バスルームへの折り戸も開いているし、シャワーカーテンも……

 

「シャワーカーテン?僕は見通せる様に開いた筈だ。なのに何故、少しだけ閉まってるんだ?」

 

 目の前のシャワーカーテンは30㎝ほど閉まっている。完全に開けておいた筈だぞ……ポケットから清めた塩を取り出し右手に持つ。

 左手でバッとカーテンを開いてバスタブを確認する。

 

「水が流れた形跡も無いし特に異常も感じない。気のせいかな?」

 

 一旦バスルームを出て廊下に戻る。念の為、バスルームの入口に真一文字に清めた塩を撒いて簡易結界を張る。次にキッチン・リビングそして洋間を見て回るが異常は無い。

 

「盛り塩も全て異常無し。異常が有ったのはカーテンだけだが、僕の勘違いかも知れないし……」

 

 居間のカーテンが閉めっぱなしなのに気が付いて全開にする。序でに窓も開けて換気をするが、玄関扉が少し開いて風通しが良い所為か爽やかな風が室内に流れ込む。

 新鮮な空気を胸一杯に吸い込む……

 

「さて、此処までは順調だ。最後はワンカップだな」

 

 最後に部屋に置いたワンカップを見る。置いた場所も同じだし変色もしていない。日の光に透かしてみても不純物も入ってない。

 

 無色透明な液体……

 

 ワンカップの蓋を取りフルタブを開ける。カシュっと軽い音がして芳醇な日本酒の香りが、鼻に届いた。

 霊障が発生する場所にお神酒を供えると、味が変わったり変色したりする事が有るんだ。

 

 恐る恐る一口を口に含む……舌の上で転がしてみるが、普通の日本酒だ。寧ろ緊張していた分、アルコールが美味しく感じてしまう。

 

「異常はカーテンだけだ……でも勘違いの可能性は捨てきれない。この部屋は何なんだ?」

 

 ゴロリと大の字に寝転ぶ。

 

 明るい日差しが燦々と差し込む部屋で心霊現象とは考え辛いな。調べ終われば長居は無用。全ての施錠を確認しカーテンを閉めてブレーカーを落とす。

 玄関の鍵を閉めた後で扉の上にシャープペンシルの芯を一本差し込む。

 これは良く有る事だが、心霊現象と思っていたら別れた元カレ・元カノが合い鍵で侵入してた事も有る。

 この部屋はマンションだから窓は全て内側から鍵を閉める。外部から侵入出来るのは玄関しか無いんだ。

 山崎さんに相談して、一週間ばかり調査機器を置かせて貰える様に頼む事にする。どうにも悪戯か心霊現象か判断がつかない。

 

 実際に泊まるのは、その後で十分だろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 山崎不動産に戻り社長を訪ねる。今日は飯島さんの他に男性社員が一人居る。彼女に声を掛けると応接室に通してくれた。

 

「直ぐに社長を呼ぶから待っててね」

 

 そう媚びた笑顔で言われても困る。彼女は山崎さんの愛人だから、勘違いは危険だ。社長は僕の性癖を知ってるけど、名前も知らない男性社員は分からない。

 変に社長の愛人に色目を使ったと誤解されても困るだけだ。暫く待つと山崎さんが応接室に入って来た。今日は作業服姿だ。

 

「おお、榎本君か。どうだった、あの部屋は?」

 

 挨拶もそこそこに座りながら質問をしてくる。彼は意外にせっかちな性格なんだ。

 

「盛り塩・日本酒共に異常無しでした。ただバスタブのシャワーカーテンが、前より少し閉まっていた気がしまして。僕の勘違いかもしれませんが……」

 

 一旦言葉を切って山崎さんの様子を伺う。腕を組んで考え込んでいる……

 

「確信が無いので、一度機材を揃えて一週間程調査してみませんか?」

 

「榎本君。先日、大家とも話したんだが具体的な苦情が書いてなかったろ?その辺を聞いたんだ。

何でも部屋に置いてある物の位置が変わってたり、テレビのチャンネルが違ってたりとか。

大家も店子の勘違いだと取り合わなかったみたいだ。だが、小さな異変が積み重なって耐えられなかったのだろう。それが引っ越した理由だ」

 

 微妙に引っ越しの理由を誤魔化していたのは、自分の対応の不味さを隠す為か?

  それとも勘違いとも取れる苦情を本気にしてないのか?兎に角、管理者としてのクレーム対応は失格だな。

 もし他人が鍵を複製するなりして、何度も侵入を繰り返していたら大問題だ。いっそ心霊現象とあやふやにした方が良いかもな。

 信じてる人しか問題にしないし、信じてない人は気のせいで済ませてしまう。

 

「物が無くなったりは?例えばお金や高額な物とか?」

 

「それは無かったそうだ。だから大家も大して気にして無かったんだろう」

 

 警察に相談しても直接の被害が無いと、被害届を受け付けてくれない可能性が高い。後は証拠が有れば、ビデオや写真・目撃者でも良いから不法侵入の確かな証拠が有れば違ったかも。

 これは心霊現象でなく不法侵入の線が濃厚か?

 

「どちらにしても証拠となる画像や写真を撮りましょう。不法侵入の方も考えるなら一通りの家財道具を持ち込んで隠しカメラやマイクで調べましょう。

空っぽの部屋に三脚とカメラじゃ疑って入ってこないか、気付かれてテープを持ち去られちゃいますよ」

 

 盗撮とは気付かれないから成功するんだ。また高い機材を壊されても困るからな。山崎さんが膝をペチンと叩いて

 

「分かった、それじゃあ短期入居で大家に話すか。二〜三日余裕をくれ。

だが家財道具はどうするんだ?それなりの物を運び込まないと疑われるぞ」

 

 対人なら、ある程度本格的に引っ越しをしないと疑われるだろう。この手の犯罪で窃盗が無いのは、他人のプライベートを覗く事が目的だ。

 つまりオッサンだけでなく、もっと美味しい餌を撒かねば……

 

「人間を犯人と仮定した場合、オッサンより若い女性が好まれますよね?ただ前の住人は中年夫婦に高校生位の男の子か。

誰狙いだったかは分からない。だから僕と結衣ちゃんが引っ越す設定にしますよ。勿論、彼女は最初の引っ越しの時だけ同行ですがね」

 

 人のプライベートを知るのが楽しい愉快犯だと思う。そこに美少女が増えれば直ぐに食い付く筈だ。

 

「なんだ、小笠原さんの娘さんじゃないのか?一度一緒に行ってるだろ」

 

 静願ちゃんか……でも此方に来るのが何時か聞いてないしな。

 

「いや彼女が何時、此方に来るのは聞いてませんし。結衣ちゃんの事を聞かれても、下の娘と言えば問題無いでしょう。

荷物は三浦の隠れ家の一つを丸ごと引っ越しますよ」

 

 桜岡さんも来た隠れ家と言うか作業場だが、男一人分の荷物は有るから十分だろ。実際に泊まるのは僕だけだし丁度良い。

 娘達は後から来るが、自分は仕事の関係で先に引っ越した事にする。引っ越しの挨拶の時に、結衣ちゃんを伴って行けば噂は広がるだろ。

 後は昼間を定期的に留守にすれば良い。何日か規則正しく留守にすれば、生活パターンを知られるからね。

 

 侵入するなら午前中だ。

 

 午後は早退けとか半日仕事とかも考えられる。一応背広姿で出掛けよう。

 私服だと自由業と思われて、帰宅時間が不規則と考えるだろうし……それに確率は凄く低いが、最悪心霊現象だったら僕だけの方が対処し易いからな。

 

「分かったよ。入居日は今日中に調整するから、準備を頼むよ。

ああ、それとな小笠原さん達だが明日が鍵の引き渡しだぞ。学校とかは来月からだから油断したか?」

 

「えっ?聞いてないよ、月末じゃなかったっけ?」

 

 まだ来るまで余裕が有った筈だし、手伝うつもりだったのに。

 

「かっかっか!驚かすから黙っててと頼まれてな。引っ越しは業者に頼んだから大丈夫だそうだ。

言えばお前さん、手伝うつもりだったんだろ?気を使ってくれてるんだ。まぁ頑張れよ」

 

 そう、ポンと肩を叩いて応接室を出て行った……ナニを頑張るんだよ?

 お気遣いは嬉しいんだが御近所さんになるんだし、結衣ちゃんに説明しとかないと問題が有るんだよ。まぁ連絡が有るまでは知らない振りをしよう。

 下手に連絡すると、手伝うとか言い出しそうだからね。

 

 

第114話

 

 明日、水谷ハイツに引っ越しをする為に三浦に有る隠れ家と言うか作業場に来ている。

 何をしてるかと言えば……荷造りです。

 偽装引っ越しの為の荷造り、最低でも寝具・コタツ・箪笥・テレビ・冷蔵庫・洗濯機が有れば良いだろう。

 小物は食器類・バス・トイレ用品が有れば良い。生活感を出すには洗濯物を部屋干しすれば尚良い。

 

 これだけでも荷造りすると段ボール箱10個だ。

 家電は剥き出しで運び込むから良いが、4トントラック満載になるな。段取りとしては荷物の積み込みを確認して一緒に出発。

 先に部屋の状況を確認してから荷物を入れる。

 学校帰りの結衣ちゃんと合流して夕方に、隣の302号室と直下の201号室に挨拶に行く。

 その日は泊まらずに翌日の朝早くに行ってビデオや音声を確認してから出勤を偽装する。

 多分、全ての確認は出来ないがバスルームだけは確認したい。

 

 あそこが一番問題の場所だから……

 

 一通りの片付けを終えて、ゴロリと大の字に寝込む。左手を天井に突き出して手首を見る。

 処にはマダム道子に売って貰った数珠が……無いです。怪し過ぎるマダム道子から貰った数珠。実際に身に着ける前に胡蝶に見せたんだ。

 

 彼女は右手の親指と人差し指で摘んで「ほぅ!これは中々力有る石だな」そう言った。

 

 つまりマダム道子は良い仕事をしたんだな。

 

「正明、コレを身に着けると確かに我の力は漏れぬ。だが我の力で、お前を守る事も出来ぬぞ。正明が外さない限り我は周りを感知出来ぬ」

 

「駄目じゃん!」

 

 良い仕事し過ぎだ。胡蝶を完璧に封じる事が出来るが、彼女の凶悪な力の恩恵が0じゃリスクがデカ過ぎじゃん。

 時間を掛ければ本山から力封じの数珠は買えるからな。意味の無い出費だったか?

 

「まぁ我が強引に出る事は出来るが、急な対応は出来ぬな。どうするんだ?」

 

 ニヤニヤと聞いてくるかと思えば、結構真面目な顔で聞いてくる。しかし何時もの真っ裸だから、真剣度合いがイマイチ微妙なのだが……

 

「要らないよ、そんな物。全く使えないじゃん」

 

「分かった。ならば我が喰らおう。これだけ力有る石なら、我の力の底上げにはなるだろう」

 

 そう言ってペロリと飲み込んだんだ。聞けば力有る品々も取り込む事により自身を強化出来るそうだ。

 なんたる非常識な存在なんだ……これだけ力有る存在が助力してくれれば、この先安泰と思うだろ?

 でも胡蝶は榎本一族が崇めなければならない主で、僕は唯一の下僕なんだな。

 だから彼女に命令なんて出来ないし、普段の仕事を手伝って貰う事も無理。

 だけど助言や相談、それに万が一の時は力を貸してくれるから前よりは格段に良い関係だ。

 それに、あの力をホイホイ使ってたらバレるのは時間の問題。ただでさえ亀宮さんのお陰で、同業者や関係者から注目を浴びてるんだ。

 自重しなきゃ駄目だろ。

 

 マダム道子の水晶の代わりに着けている数珠。

 

 伝手で本山から取り寄せた物だが、僕の霊力と胡蝶の漏れた力が混じり合って強い力を帯び始めている。

 着け続ければ一年位で、それなりの霊具になるそうだ。効率は悪いが一寸嬉しい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 明日の準備を備えて少し早く帰宅した。夕食の準備でキッチンに居る結衣ちゃんが出迎えてくれる。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい、榎本さん。お疲れ様でした」

 

 大きめなスリッパでパタパタと音を立てながら小走りに迎えてくれる。何気ない会話に幸せを噛み締めてしまうね。

 今日の彼女は制服姿でなくTシャツにホットパンツ、それにエプロン姿だ。正面から見ると微妙に下半身が裸エプロンに見えなくも無い。

 

 うん、妄想力三割増で立派に裸エプロンだ。ビバ結衣ちゃん!

 

「珈琲でも煎れますか?それともお茶の方が良いですか?」

 

 着替える為に私室に向かう途中で、彼女に声を掛けられる。キッチンで結衣ちゃんの料理をする姿を見ながらお茶するか。

 

「珈琲で、ミルクと砂糖沢山ね」

 

「正明さん、それはカフェオレですよ」苦笑しながら応えてくれた。

 

 彼女を待たせる訳にはいかないので急いで着替えてから、うがい手洗いをする。冬場の風邪対策は、うがい手洗いだ!

 キッチンに向かうと丁度ミルクパンからマグカップにカフェオレを注いでいる途中だった。

 アツアツのカフェオレの香りがキッチンに充満する……どうやら僕の分だけだ。

 僕がお茶する間も彼女は調理なんだな。

 

 椅子に座り有り難くカフェオレを一口飲む。

 

「うん、美味い」

 

 美少女が煎れてくれただけで何倍も美味く感じる。そして包丁をトントンとリズミカルに使う度にフリフリ動くお尻も素晴らしい!

 

「そうだ、正明さん。先程小笠原母娘が引っ越しの挨拶に来ましたよ。テーブルの上のお菓子を持って……」

 

 此方を向かずに彼女がポツリと言った。声が平坦な感じがしたのは気の所為かな?

 確かにテーブルには宮城県銘菓の萩の月が置いてある。そう言えば山崎さんも鍵の引き渡しが今日って言ってたな。

 

「月末じゃなかったかな?聞いてなかったよ。彼女達、何か言ってたかな?」

 

 慌てず騒がず冷静に言葉を返す。結衣ちゃんは刃物を持っているから刺激的な言葉は駄目だ……

 

「ふふふ、何か正明さんを驚かす為に黙ってたそうですよ」

 

 振り返った結衣ちゃんは右手に包丁を持ったままだ、因みに左手にはネギを持っている。どうやら今夜の夕飯は鍋らしい。

 

 笑ってるけど、笑ってるんだけど……

 

「おっ驚いたけど、ちゃんと言っておいて欲しいよね?いきなりは困るな」

 

 本当に知らない内に結衣ちゃんを刺激されては困るんだよ!

 

「ふふふ、困りますよね?本当に……」

 

 結衣ちゃん、正気に戻って欲しいんだ。包丁とネギを構えて目が笑ってない笑みを張り付かせてるとね、ナイスなボートを思い出すから……

 

「そっそれで?彼女達は他に何か言ってたかな」

 

「はい、今晩夕食をご一緒しましょうと言われました。私、用意してたので支度が出来たら連絡すると言って有ります。

正明さん、小笠原さん達をご招待して良いですか?」

 

 うっウチに来るの?

 

 結衣ちゃんは尋ねてくれたけど、既に呼ぶのは肯定済みだよね?だから多人数でも対応可能な鍋料理なのか……

 

「結衣ちゃんに迷惑が掛からなければ、呼んでも良いかな?」

 

 上目づかいに彼女を見る……

 

「あと30分程で準備出来ます。では正明さんから連絡して下さいね」

 

 ニッコリ微笑む顔は大変愛らしいです。うん、額の井形は見なかった事にしよう。

 結衣ちゃんと静願ちゃんって仲が悪いのは、どんな理由が有るのかな?

 

「うん、そうだね。電話で呼ぶけど30分後で良いんだよね?」

 

「はい、それまでには準備を終えておきます」

 

 此方の方を向かずに返事をされてしまった。小笠原家との付き合い方を考えないと駄目だな。

 あれだけ優しい結衣ちゃんが、こんな態度を取るのだから。何か理由が有る筈だ。

 それが分かれば良いのだが、素直に聞いても教えてはくれないだろう。

 多分だが僕がそんな聞き方をすれば、彼女は萎縮して自分の気持ちを殺してしまう。それじゃ永遠に解決しないだろう。

 

 水谷ハイツなんかより、よっぽど難解だよ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 一旦私室に戻り自分の携帯電話を取り出す。電話帳を検索して静願ちゃんの携帯番号を呼び出し発信する……

 登録された彼女の画像が現れ、4コール目で繋がった。

 

「もしもし、静願ちゃん?」

 

「はい、今晩はです」

 

 何となく室内を歩き回りながら電話をし、最後に窓際で外を見ながら話す。

 

「えっと……引っ越し今日だったんだ。結衣ちゃんから聞いたよ。今晩夕食を招待するみたいだけど平気かい?」

 

「うん、支度は出来てるから平気」

 

 やはり結衣ちゃんが事前にご招待してるんだ。嫌ならウチに呼ばないし、何が原因なんだろう?

 

「じゃ30分後にウチで良いかい?あとお土産有難う。萩の月は大好きなんだよ」

 

「お母さんが仙台土産なら牛タン・ベロカマ・萩の月だって」

 

 ベロカマ?何だか食べ物じゃない呼び名だけど……

 

「ベロカマ?何だいそれ、お菓子?」

 

「笹蒲鉾の事。笹の形が舌にも似てるからベロ形の蒲鉾」

 

 確かに笹の形だけど舌の形にも見えなくは無い。舌だからベロで蒲鉾か……

 

「ああ、なる程ね。では30分後に待ってるから」

 

 そう言って携帯電話を切った。確かに仙台名物と言えば、その三種類なのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 指定した30分後きっかりに玄関の呼び鈴が鳴った。小笠原さん達は時間を守る性格らしい。

 私室に居た僕は慌てて迎えに行くが、既に結衣ちゃんが出迎えていた。

 

「お邪魔しますわ」

 

「お邪魔する」

 

「ええ、どうぞ。お待ちしてました」

 

 階段を下りる途中で彼女達の会話が聞こえました。そりゃ二階よりキッチンの方が近いよね。

 急いで階段を下りて廊下を進んで玄関へ……丁度靴を脱いでいる魅鈴さんと目が合う。

 

「あら、榎本さん。本日はお招き有難う御座いますわ」

 

 ニッコリ挨拶、魅鈴さん。うん、年上とは思えませんね。ふわふわなタートルネックのセーターにタイトスカート姿だ。

 

「榎本さん、今晩は。これ引っ越し蕎麦」

 

 先に上がっていた静願ちゃんから箱を受け取る。ズッシリと重いが乾麺の詰め合わせかな?

 彼女は新しい学校の制服を着ている。つまり御披露目を兼ねているのだろう。

 

「ああ、いらっしゃい。制服姿が似合うね。つまり編入試験は合格だったんだね?」

 

「うん、驚かすつもりで黙ってた。似合うかな?」

 

 その場でクルリと回ってくれた。

 

「良く似合ってるよ。結衣ちゃんと違い高等部は制服も微妙に違うんだね」

 

 あの学校、エスカレーター式なのに中等部と高等部で制服が違うんだよ。Yシャツからネクタイ、靴下に至るまでインナーも変えてるから進学時にフルセットで買い替えなんだ。

 まぁ可愛い結衣ちゃんの為だから文句は無い。制服目当てで偏差値の高い私立に来る娘も居る位だからね……

 

「ありがと……嬉しい」

 

 素直クールな彼女が、ぼそりとお礼を言った。大変可愛らしいです。だが、此処でデレデレは危険なんだ。

 

「結衣ちゃん食事は居間のコタツで?」

 

「いえキッチンに用意して有りますよ」

 

 僕から蕎麦の箱を受け取り、先にキッチンへと向かう結衣ちゃんは……何時の間にか着替えていました。

 流石は女の子だ、来客だから身嗜みを整えたんだな。僕は仕事から帰って着替えてないからワイシャツにスラックスだけど。

 甲斐甲斐しく案内する結衣ちゃんを見て、何となく安心する。苦手意識が有るかも知れない彼女達に、ちゃんと対応してるから……

 キッチンのテーブルに座る。僕と結衣ちゃん、静願ちゃんと魅鈴さんが向かい合う配置だ。

 

 テーブルに並べられた料理は……鍋はキムチ鍋だ!

 

 具は豚バラ肉・木綿豆腐・ネギ・白菜・大根・シラタキ・椎茸・ゆで卵、それに当然山盛りのキムチだ。

 他には海鮮サラダ、ドレッシングは自家製。イカ・タコ・金目鯛・サーモンの刺身が散りばめられている。

 手作り具沢山餃子、これは冷蔵保存してあるネタを使っている。それに野菜チップスが色々。カボチャ・ゴボウ・サツマイモ等を薄く切ってフライにしてある。

 パリパリ感の有る箸休めだ。

 

 因みに白菜の浅漬けは彼女自慢の逸品!市販の漬けダレに色々工夫している家庭的なロリなんだよ。

 

「時間が無くて手抜き料理で恥ずかしいのですが……」

 

 謙遜までするなんて、結衣ちゃんは本当に良く出来た娘だよね!

 

「いや凄い。私では、こんなに早く綺麗な盛付とかも無理」

 

「そうね。主婦の私から見ても美味しそうだわ」

 

 小笠原母娘にも、結衣ちゃんの料理は好評みたいだ!

 

 

第115話

 

 同じ鍋を突っ付くと連帯感が湧くと言うが……我々もそうだと思う、いや思いたい。

 小笠原母娘と結衣ちゃんの仲が少しでも良くなれば良いな、と……

 

「正明さん、はいビールをどうぞ」

 

 そう言って6割程減ったグラスにビールを注ごうと缶を傾けてくれる。

 

「ああ、有難う。手酌で飲むから平気だよ。結衣ちゃんも食べてね」

 

 甲斐甲斐しく世話をしている結衣ちゃんにお礼を言う。普段は晩酌をしても缶ビールを直接飲む。

 今回は魅鈴さんも少し飲むと言うので、普段使わないグラスで飲んでいる。当然、結衣ちゃんは魅鈴さんにもビールを注いでいる。

 前が魅鈴さん、右側が僕だから必然的にそうなる。

 

 いや彼女の僕に対する甲斐甲斐しさは、当社比300%増しだ!正直かなり嬉しい。

 

「静願さんも沢山食べて下さいね。お代わりをよそりましょうか?」

 

 僕以外にも気配りを忘れない。これで少しは仲良くしてくれれば良いんだけど。

 

「いい、もう沢山食べた……榎本さん、あのアパートの件はどうなったの?」

 

 食事も後半に差し掛かり、静願ちゃんは余り食べないからか食べ終えたみたいだ。皆は未だ食事中だから会話は余り宜しく無いよね。

 それに無表情が大分良くなってきてるが、あの話し方は結衣ちゃんに対して冷た過ぎると思われるぞ。

 

「ん、順調だよ。でも食事中に話す内容じゃない。静願ちゃんも携わったから気になるのは分かるけど、食後にお茶でも飲みながら話そう」

 

「はい、ごめんなさい」偉く素直に頭を下げる。

 

 結衣ちゃんへの件も有ったから、少し言い過ぎちゃったかな?

 

「そろそろ〆のうどんを入れますね」

 

 結衣ちゃんが鍋に少し残った具材を取り出し、お湯でヌメリを取ったうどんを三玉入れる。出汁を足して煮立った後に溶き卵を入れて蓋をする。

 火を止めて30数えたら出来上がりだ!テキパキと調理する彼女を見てると楽しい。

 

「はい、どうぞ」

 

 魅鈴さんに最初に渡す所が、来客に対しての礼儀だ。

 

「私はもうお腹一杯で食べれない」うん、表情が申し訳なさそうだった。

 

「そうですか?では……はい正明さん」

 

 他と違いラーメン丼に大盛りにしてくれる。多分二玉分は入ってるだろう。

 魅鈴さんは僕が沢山食べるのを見るのは初めてなのか、凄いビックリ顔だ!

 

「榎本さんは凄くお食べになりますのね。逞しい体ですもの……」

 

 艶の有る笑顔をされると困ります。そして上半身を舐める様に見るのはご遠慮下さい。

 向いの静願ちゃんは普通だが、横目で見る結衣ちゃんは少し不機嫌そうだ……つまり静願ちゃんは僕と魅鈴さんが再婚するのは歓迎なんだろうな?

 

「はははは、そうですね。肉体の維持とは別に、結衣ちゃんの美味しい手料理は何時も沢山食べますよ」

 

「正明さんったら、もう恥ずかしいです」

 

 結衣ちゃんがオタマを持ってイヤイヤしてくれた。正直、萌えます。結衣ちゃんに感謝をして食事を終えた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食事の片付けを結衣ちゃんにお願いし、僕等は居間へ移動した。彼女も同席するかと誘ったが、仕事の話なら席を外しますね!

 そう言って珈琲と萩の月を用意してくれる。良く出来たロリだ!

 ステックシュガーを三本入れてミルクは無し。魅鈴さんも静願ちゃんもブラック派なんだな。

 

「さて、さっきの質問だけど……最初の盛り塩と日本酒の判断方法ではグレーだった。

盛り塩にも日本酒にも反応は無かったが、バスルームのシャワーカーテンが動いた気がする。曖昧だから次は本格的に機材を入れる予定だ」

 

「シャワーカーテン?」

 

 静願ちゃんの表情は真剣だ。これも除霊の為の勉強と思ってるんだな。

 

「うん。記憶違いじゃないと思うけど、少し閉まってたんだ。だけどバスルームに置いた盛り塩には変化が無かった」

 

 霊が現れたなら、盛り塩が反応する筈だ。強い霊ならグズグズに溶けたり崩れたり……だけど何の反応も無かった。

 

「機材を入れるとは?」

 

 此方は魅鈴さん。足を組み替えながら質問してくるのは……普通ならセクシーさにクラクラって来るのでしょう。

 だがロリな僕には無効だ、目線も送らずスルーする。

 

「デジタルカメラ・サーモカメラ・集音機・振動計です。画像と音声を撮る。

これは霊じゃなく不法侵入者の線も捨ててないから隠して配置する。だから明日引っ越しをするんですよ。

空き部屋にカメラなんかセットしてあれば、もし犯人が人間なら壊すかテープを持ち去る。

証拠を残す事はしないでしょう。家財道具が有れば隠して設置出来ますからね。

短時間で全てを探し出すのは不可能だ。勿論、調査結果が出る迄は泊まりませんよ」

 

 そう言って一旦説明を止める。頂きますね、と断ってから萩の月を一つ食べる。カステラに包まれたモッサリカスタードクリームが美味しい。

 なる程、お薦めの逸品では有るね。

 

 あの水谷ハイツでの怪奇現象……

 

 僕の中では不法侵入者だと思ってる。だからバレない様に証拠を掴みたいんだ。

 

「静願から聞いていた以上に慎重なんですね。しかも霊現象と普通の人間の犯行と同時に調査するのですね?」

 

 前屈みで胸を強調してきたな。甘いぞ、魅鈴さん。ツルペタ大好きな僕には、そのポーズは悪手だ。目線を静願ちゃんへと自然に逸らす。

 

「怪奇現象と言っても半数以上は違うからね。依頼は原因を特定し解決する事。相手が人間の場合、証拠を掴まないと駄目なんだ」

 

 彼女を見ながら、なるべく分かり易く言葉を選んで説明する。警察でない僕等は現行犯で取り押さえるか証拠を掴んで訴えるしか方法は無い。

 

「なる程、勉強になる」

 

 静願ちゃんが何時の間にか膝の上にメモ帳を開いて書き込んでいる。

 

「榎本さんは契約を重んじ費用計算についても基準が有ると聞いていますわ。今回のケースは幾ら位になりますの?」

 

 魅鈴さんも僕への誘惑を諦めたみたいだ。いや、この人天然っぽいから意識せず自然にやってたかも知れないんだよな。

 でも費用か……一番気になる項目だよね。

 だけど調査によって除霊が発生するか・しないかで差があるんだよな。

 

 頭の中で費用を組み立てる……

 

 考える事は糖分を消費する。もう一つ萩の月を口に放り込み、珈琲で流し込む。

 

 糖分が考える力を後押しする……

 

「期間により費用が変わりますけど……僕の考えでは事前調査で1日・実際に簡易な調査で1日、先ず2日間で方針を決めました。

本格的に機材を入れて引っ越し込みで7日間が本調査です。この段階で拘束9日、機材リース費・引っ越し費・調査及び報告書の作成を含みます。

人件費27万円・必要経費40万円・報告書作成3万円、合計70万円に諸経費二割乗せますから84万円。調査結果により除霊が必要なら別途請求します」

 

 あれ、魅鈴さんがビックリしてるな。何故だろう?

 

「必要経費を抜くと41万円が利益ですよね?10日間で安くないですか?」

 

 人件費27万円と諸経費14万円の事か?この場合、人件費は利益には含まないんだよね。

 

「いえ給料としての人件費は利益外です。諸経費2割の中に純利益を含みます。事務所の維持費とかをさっ引くと全体の5%程度が会社としての純利益です」

 

 総売上金額から考えれば純利益5%は悪くないと思う。自分の給料は別枠だし会社の利益は貯金に回す。一応毎年黒字経営だ!

 

「私達は一回の霊媒に対して10万円〜20万円位ですが、意外に儲からないのですね?」

 

 駄目だ、このお色気未亡人どんぶり勘定だよ。確定申告をしてるらしいが、良い様に税務署に税金取られてないか?

 

「調査事務所として運営してますからね。会社としての純利益よりも必要経費で色々落としますから。

ガソリン代・外食費・交通費・交際費……全て給料と別で会社の経費です。その分を考えれば収入としては安定してます。

除霊が必要になれば別途で貰いますし、この様な物件だと家賃の一年分以内で納めないと依頼が来ませんよ」

 

 依頼主は収入を見込んで費用を算出するんだ。先行投資に、その部屋の家賃の何年分なんて注ぎ込めないだろう。

 

「うーん、確かに家庭の出費を経費で落とせるのは魅力的だわ。でも他の方々は一回の除霊費用に何百万と請求するとか……」

 

 そんな現実はアメリカンなドリームじゃないんだから。確かに命懸けの仕事だからハイリスク・ハイリターンは分かるけどね。

 小原氏みたいな依頼主ばかりじゃないんだ。普通の人は、そんなに払えない。

 

「そうですね。確かに前回の小原氏の仕事は、短期で1000万円近い収入が有りました。

それは客層と危険度により変動します。一般的な家庭で、そんな支払い能力は有り得ませんから……」

 

「まぁ1000万円も!」

 

 魅鈴さんってメリッサ様と近いのかな?金額を聞いて凄く嬉しそうだったよ。

 

「お母さん、あの時は榎本さんが怨霊を一人で倒した。その後の調査も中心的な役割だったから……」

 

 静願ちゃんがフォローしてくれる。前回は特別だったんだ。本来なら、小原氏クラスの客層から僕に依頼は来ない。

 だけど彼女達は儲かる商売として、除霊に手を出そうとしてるのかな?それだと危険な感じがするんだけど……

 

「魅鈴さん、静願ちゃん。改めて言う事じゃないけど、この商売は危険だ。死んだ元人間を相手にするんだよ。

準備に準備を重ねても死ぬ危険が有る。自分の力量に有った相手を見極めないと……直ぐに死ぬよ」

 

 死ぬよ……と言った瞬間、彼女達の歪んだ顔は見たくなかった。だけど現実は伝えておかないと駄目だから。

 

「榎本さんから見て、娘は……静願は有望かしら?」

 

 魅鈴さん自体は霊媒師として働くんだろう。除霊に携わりたいのは静願ちゃんだけか……

 

「今は全く無謀です。そもそも高校を卒業してからの話ですよ。今は霊力と肉体を鍛え知識を蓄える時期です。

長期の休みの時には何件か実習したり、覚える事は多いですよ」

 

 最低限の知識と基礎体力を鍛えないとね。美少女霊能力者が華麗に活躍するのは物語の中だけだ。実際は泥臭く足掻かないと駄目なんだよ。

 

「つまり榎本さんが静願を鍛えてくれる。そう思って良いのですね?」

 

「おとっ、榎本さん。私頑張るから」

 

 静願ちゃん、何時か僕の事をお父さんと呼んじゃうよね?一旦突き放して優しくするのって、ヤの付く人の手口だっけ?

 美女と美少女に期待に満ちた目で見られながら思った。これからが大変なんだよな……

 

「本格的に除霊を学ぶのは卒業してからですよ。今は体力を付けないと……静願ちゃん100m何秒で走れる?」

 

「短距離走?えっと18秒位かな」

 

 18秒か……物凄く遅いな。高校生の平均は100mを13秒後半位だそうだ。ソレを考えると18秒は物凄く遅いだろう……

 

「マラソン得意?何km走れる?」

 

「今度は長距離走?体育の授業で走る2kmで限界」

 

 持久力も人並み以下だ……体力勝負のフィールドワークには難しいな。

 

「自転車乗れる?」

 

「乗った事ない」

 

 逃走手段が限られたな。しかも走っては逃げ切れるタイムじゃないぞ。

 

「えっと武道なんてやってないよね?合気道とかさ」

 

「茶道は少し……」

 

 和服を着こなしていたから、それ位は出来ると思ってたよ。

 

「静願ちゃん……」

 

 彼女の目をじっと見る。

 

「はい……」

 

 彼女も潤んだ瞳で見詰め返してくれる。暫し見詰め合う二人……

 

「君は……運動音痴だね?」

 

「あぅ?」

 

 ゴチンとテーブルに額を打ち付ける。良い音がしたから、かなり痛いだろう。

 

「高校を卒業する前に基礎体力を高めよう。短距離走は一般的な平均値まで、そうだな100mを15秒を切ろう。

長距離走は5kmは休まずに走れなきゃ駄目だ。自転車は乗れる様に、合気道の初段を取る事。

これが僕が仕事を教える為の最低条件だ。てかコレ位の体力が無いと、危なくて除霊現場に連れて行けないよ」

 

 静願ちゃん、涙目だ!

 


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