榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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幕間第6話から第7話

幕間6

 

 除霊現場で事故に遭ったのか?悟宗さんは入院する程の怪我を負った。

 いや、外傷は殆ど無いと持病の悪化と先生は言った。確かに悟宗さんは女好きで酒飲みで不摂生な生活を送ってたが……

 直ぐに死ぬような感じはしてなかった。てか、先週風俗遊びしてたんだぞ!

 アレから暫く悟宗さんの隣にいたが、担当の先生が話したいからと看護師さんが呼びに来たんだ。頷いて付いて行くと、診察室に通された。

 そこには40代後半、ポッチャリ体系で眼鏡を掛けた先生が座っている。

 

「あの……」

 

 向いの丸椅子に座っても話し掛けてこないので、溜まらず此方から声を掛けた。

 

「ああ、失礼。榎本さんでしたね」

 

 此方を向かずに机に向かいパソコン画面と手元のカルテを交互に見ている。

 

「はい、それで悟宗さんの容体なんですが……」

 

 僕の質問にも体を動かさずに、カルテをじっと見ている。カルテを覗き込めば、ドイツ語だか英語だかは分からない横文字が色々書いてある。

 

「彼は普段から体調が悪そうでしたか?」

 

「いえ、僕の知る限りでは元気でした」

 

 初めてこっちを向いて変な顔をしたぞ。

 

「痛みを訴えた事は?」

 

「いえ、一度も。精々が筋肉痛だからと湿布を貼る位でした」

 

 ボールペンでカルテをトントンと叩く。何だろう?苛ついている様な感じだが……

 

「榎本さん、彼の内臓は壊死し始めてます。理由は分かりませんが、一日や二日で悪化する容体じゃ有りませんよ。現代医学でも原因が分からない奇病です」

 

「まさか?先週風俗遊びもしたし深酒で酔っ払う毎日でしたよ。そんな奇病に苦しんでいる風には、とても見えませんでした」

 

 先生は机の前に有る光る箱に封筒から出したレントゲン写真を貼り付けた。ボールペンで胃の辺りを指す……

 

「胃が萎縮して黒ずんでいるでしょ?お酒を飲んでた?馬鹿な、これが膵臓(すいぞう)・腎臓(じんぞう)・脾臓(ひぞう)……

内臓の殆どが壊死し始めている。飲み食いなんて無理だ。普通では有り得ない事なんです。生きながら中から腐ってくるなんて……」

 

 確かに普通は洋梨みたいな形だろう胃が、潰れた空き缶みたいな歪な感じになっている。

 他の臓器もレントゲンだが色が黒く萎縮している感じがするが……

 確かに腎臓はアルコールを分解する訳だから、これが機能しなければお酒が飲めないのも分かるけど。

 でも二人で一升瓶を空けた時も辛そうじゃなかったぞ。

 

「それで、治る見込みは?先生、どうなんですか?」

 

 先生は凄い辛そうな表情をした。

 

「残念ですが、手の施し様が有りません。意識が戻る可能性は有りますが、持って三日位でしょう。我々に出来るのは、痛み止めと栄養補給だけです」

 

 最初の態度はアレだったが、先生も悟宗さんの事は辛いと感じてくれてるのか?

 

「そうですか……」

 

 だが最後に会った時は健康だったのに、内臓を腐らせるなんて事が可能な悪霊が居るのか?ならば「箱」をけしかければ、敵討ちが……

 

「榎本さん、ベッド差額費が出ますが個室に移りませんか?せめて最後は周りを気にしない環境をお薦めします。それと介護が必要ですが、御自分でなされますか?」

 

 ああ、アレか。最後を看取るのに、今みたいな大部屋では周りが気を使うわな。治しに来てるのに、人の死を感じるのは良くないか……

 

「個室に移動は問題有りません。お願いします。介護は有料でも頼めるなら、其方もお願い出来ますか?」

 

 悟宗さんは成人用のオムツを履かされていたな。アレを僕が交換するのは辛過ぎる。元気なイメージしかなかった人の下の世話なんて、哀しすぎるだろ?

 

「分かりました。民間の介護になりますが手配しておきます。

あと泊まり込みは難しいでしょうから婦長に連絡先を教えて下さい。体調が悪化した場合は連絡いたします」

 

 そうか、病室に寝泊まりは出来ないな。近くのホテルを借りよう。お世話になったんだ、せめて最後は看取ろう。

 医者に頭を下げて退出した。その後、悟宗さんの様子を見たが未だ意識は戻ってなかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 駅前のビジネスホテルに泊った。本当なら酒でも飲みたい気分だが、何時呼ばれるか分からない。

 直ぐに出掛けられる体制にしないと駄目だ。近くのラーメン屋で夕食を済ました。

 余り食欲がないので、あっさり塩ラーメンに煮玉子のトッピングに小ライスの夕食だ。賑やかな店内で僕だけ一人で辛気臭く食べていた。

 周りの客の笑い声が物凄く気に障り、半分位残して席を立ってしまった。ホテルへ帰る途中、コンビニを見つけたので明日の朝食を買い込む。

 小豆とマーガリンが挟まった昔懐かしいコッペパンにコーヒー牛乳だ。食欲が無くても三食食べねば自分も倒れてしまう。

 

 義務感にも駆られた買い物だった……ホテルへ帰ると念の為に、松尾の爺さんに近状報告をしておいた。

 

 何か法的に問題が出た場合の為にだ。やる事を終えて狭いシングルベッドに倒れ込むと、疲れの為か急に眠気が……

 歯磨きもシャワーも未だだが寝てしまおう。そのまま薄い布団を頭から被った……

 

 

 

「おい、正明……おい起きろよ、正明……」

 

 幼子独特の高い声で呼び掛けられる。

 

「ぎゃはははは!ほら正明、起きないとお前の大事な師匠が直ぐに死ぬぞ」

 

 突然、耳元で甲高い笑い声が響く!

 

「なっ、何だって?誰だよ」

 

 半分寝ぼけていた意識が一気に覚醒する。ガバッと上半身を起こし部屋の廻りを見回すと……

 備え付けの机の上に置いていた「箱」から不気味な黒い粘液が溢れていた。

 床に水溜まりを作り、中心が盛り上がり形を形成する。全裸の日本人形みたいな幼女、それが「箱」の仮初めの姿だ。

 

「悟宗さんが直ぐに死ぬって何だよ?」

 

「くくくくく……あの坊主、どうやら悪質なモノに憑かれたな。人を腐らせて、その腐肉を喰らう餓鬼の類だ」

 

 皮肉る様な表情で机の上に足を組んで座っている。コイツは何時もそうだ。僕の身の回りで何か有ると必ずコイツが絡んでやがる!

 

「餓鬼?何だよソレ?」

 

 一瞬だが、小馬鹿にした笑みを浮かべ

 

「そんな事も知らんのか?アレは大して美味くも無いが我の糧としてはマァマァだ。行くぞ」

 

 そう言って黒い粘性の有る液体に戻ると「箱」へと吸い込まれていく。オィオィ、行くぞって言いながら「箱」に戻るなよ!

 アレは僕が餓鬼と言う存在の近くまで連れて行けって事だ。出来なければ罰と称して、捕らえられている爺さん達を苦しめる。

 それを夢で見せるんだ。無力の僕を嘲笑う様に悪夢を見せるんだ……先程の話だと、悟宗さんを腐らせてから喰らうと言った。

 つまり危篤状態の悟宗さんが狙われていると言う事だ!

 

 「箱」の情報は正確だ。

 

 それは今迄の事で身に染みている。つまり直ぐに餓鬼は悟宗さんを襲いに来る。慌てて時計を見れば、既に0時を過ぎている。

 この時間で病室に行けるのか?考える時間も勿体無いので身嗜みを整え「箱」をポケットに突っ込むと病院に向かった。

 病院迄は徒歩でも5分と掛からない。元々近いホテルを選んだのだから当たり前なんだが……

 

 通りを挟んで反対側、50m位先に病院は有る。直ぐに正面入り口に辿り着くが自動ドアは閉まり中は照明が落ちて真っ暗だ。

 僅かに非常口と言う緑色の照明だけが中を照らしている。此処からの侵入は無理だろう。

 

 裏口?避難階段?緊急搬送口?どれも警備に引っ掛かりそうだ……

 

「正明、裏に行くぞ。餓鬼の奴め、数が多いな。ぎゃはははは、これは喰いでが有るぞ」

 

 裏?裏って、どうやって行くんだっけ?辺りを見回すと既に具現化した「箱」が歩き出している。

 深夜の病院を真っ裸で大股で歩く幼女は物凄く場違いで異様だろう。下手したら精神に異常をきたした幼女が病棟から抜け出したと思われるぞ。

 

「ちょ、待てよ!お前、何時も裸じゃないか?何か着ろよ」

 

 慌てて追い掛けて上着を羽織らせる。「箱」の為じゃない。幾ら地方都市の民間病院とは言え、0時過ぎなら未だ人は起きている。

 深夜に真っ裸な幼女と居る僕は完璧な不審者、性犯罪者だ。通報されても言い訳出来ない……

 我関せずズンズン歩く「箱」の少し後ろを付いて行くと20m四方の芝生、中央に円形の噴水の有る中庭?裏庭?に着いた。

 だが建物に面してるから、窓から見下げれば僕等が丸見えだぞ。見上げた建物の幾つかの窓からは灯りが……

 

「水を介して来るかよ。舐めんな餓鬼風情が!」

 

 「箱」は愛らしい口に両手を突っ込むと上下にこじ開けた。上唇からメリメリと顔の皮が後頭部まで捲れる。

 中からはワニの様な大きな口とギザギザの牙が見える。アンバランスにデカいワニの顎と幼い体。

 

 キシャーと雄叫びを上げてる。

 

 ヤバいだろ、周りが気付くって!誰かにバレてないか見回せば、噴水からよじ登ってくる小さな……

 地獄図で見る亡者の様な、全裸で下腹部の膨らんだ80センチ位の生き物が沢山現れた。

 

「何なんだよ、アレは……あの噴水は地獄にでも繋がってるのか?」

 

 「箱」が噴水から湧き上がるナニかを掴んでは、大きな口に放り込み咀嚼していく……グチャグチャと生肉を噛む音だけが、耳に入る。

 何て地獄絵図だ……余りの惨状に尻餅をついてズルズルと後ろに下がる。

 

 もう嫌だ、こんな事は……だが、アレが悟宗さんを死に追いやった奴だ!

 

「オラァ!くたばりやがれ」

 

 そう思うと腹の底から憎らしくなり、近くに居た奴を植木鉢で殴り倒した。腰砕けで下半身をプルプルさせながら、大きな素焼きの植木鉢を振り回す姿は滑稽だろう。

 ギギギと奇声を上げるが、どうやら実体化してるので只の打撃が効いた。

 

「オラオラオラ……」

 

 手当たり次第に植木鉢で殴りつけるが、数が多い。致命傷を与えた奴は霧の様に霧散するが、それでも8匹位は殺した筈だ。

 だが「箱」は30匹以上は喰って、現在進行形で未だ喰っている。僕だけなら力尽きて喰われただろうな。

 悟宗さんも数の暴力に負けたのかな?危機的状況だが、割と冷静に状況を確認出来た。

 

 足腰の震えも治まってるし……

 

「ゲフ……下品な味だが腹は膨れた。正明、帰るぞ」

 

 何時の間にか全ての餓鬼を食べ尽くし、顔を元に戻した「箱」が隣に立っていた。背が低いから僕を見上げているのだが、殺戮の張本人なのに愛らしく見えるのが恐ろしい。

 

「あっああ……逃げよう。バレたら大問題だ」

 

 とっくに中身がぶちまけられた植木鉢を足元に置くと、身を屈めて中庭から走り去る。既に「箱」はポケットの中だし、貸した上着も回収した。

 病院側は明日の朝に荒らされた中庭を見付けるだろう。バレなければ良いが……何とかホテルの部屋に帰って洗面所で手と顔を洗う。

 

 冷たい水で手に着いた泥を落とすと指先に激しい痛みが……どうやら左の人差し指の生爪を剥がしてしまったらしい。

 捲れた爪がプラプラして結構な流血騒ぎだ。何とか我慢してプラプラの爪を剥がし、タオルでキツく巻いてから蛇口に直接口を付けて水を飲む。

 

 やっと人心地がついた……あの餓鬼と言う奴を倒したから悟宗さんは救われたんだろう。

 いや死に追いやられたが魂までは喰われないってだけで、もう何日も保たないんだった。ヨロヨロとベッドに倒れ込む。

 

 時刻は1時16分……

僅か1時間程度だが、あんなモノを相手にしたので感覚的には半日位の長さに思えた。

 

「悟宗さん、やりましたよ。貴方の敵は討てたんだ……畜生、涙が止まらないよ……」

 

 指の痛みの所為か?それとも恐怖体験の所為か?泣き疲れて、そのまま寝てしまった……

 

 

幕間7

 

 鈍い痛みで目が覚める。左手に巻いたタオルが血で黒ずんでいる。だが、鮮血じゃないから血は止まったのかな?

 恐る恐るタオルを剥がすと爪が剥がれた部分は黒ずんで瘡蓋(かさぶた)になっていた。これは医者に行った方が良いかもしれない。

 

 ベッドで上半身を起こした状態で周りを確認する……

 

 酷い有り様だ。着替えず寝たからシーツはクシャクシャで少し泥が付いてるし、血も僅かだが染みている。

 僕自身も皺クチャなシャツに泥塗れのGパン。備え付けの鏡を見たらボサボサの髪に目の下に隈の出来た冴えない顔。

 

「駄目だ……如何にも昨晩何か有りました的な状況だ。何とかしよう」

 

 幸いホテルには連泊で頼んで有るからドアノブに「寝ています」って札を掛ければ清掃の人は入って来ない。

 先ずはシャワーを浴びてスッキリしよう。その後はホテルに備え付けのコインランドリーで服を洗って、シーツの泥を落としてから出掛けよう。

 

 時刻は7時8分……カーテンを開けて外を確認すると快晴だ。僕の気持ちとは裏腹だけどな。

 首を振って気持ちを奮い立たせる!早くしないと病院に行くのが遅くなってしまうから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 片手が使えないのは本当に不便だ……何とかシャワーを浴びて頭を洗う。左手は塗れない様にコンビニ袋を被せて有る。

 人心地がついた所で、昨夜買った小豆マーガリンのコッペパンをかじる。昔懐かしい味だ……

 それをコーヒー牛乳で胃に流し込んでからシーツの泥を払う。フロントに電話して消毒液とバンドエイドを届けて貰った。

 その際にシーツを血で汚してしまったと詫びたが、構わないと言ってくれた。サービスが良いな、東横インは!

 着替えが有るのでクリーニングは帰ってからする事にして病院に向かう。9時から開院だから丁度良い時間だった……病院の受付でお見舞いと言って入館手続きをする。

 普通は15時以降からだが、危篤状態の事が連絡されてるのだろう。病棟と患者名を言ったら直ぐに受け付けてくれた。

 貰ったバッジを胸に付けてエレベーターで病室に向かう。ナースセンターに顔を出し見舞いに来た事を告げる。

 対応してくれた看護師さん曰わく、容体は落ち着いているそうだ。だが意識は未だ戻ってないらしい……お礼を言ってから病室に向かう。

 

 個室の差額は1日につき1万円もするが、此方に移動されると数日で亡くなる。

 

 最後は家族とゆっくり過ごせ的な意味合いの有る部屋だと僕は思う。一応ノックをしてから入室するが、勿論返事は無い。

 昨日と変わらずに点滴と酸素チューブを差した状態の悟宗さんが寝ている。折り畳み椅子を近くに持って来て座った。

 ただ見詰めていても仕方無いから昨夜の事を話す。

 

「悟宗さん……昨日の夜に餓鬼が攻めて来たんだ。でも何とか撃退したよ。だからもう安心だと思うんだ……」

 

 話し掛けても無駄だとは思うが、言わずにはいられなかった。

 

「水を介してね。裏庭の噴水から溢れ出たんだよ。30匹以上いたよ。全部潰したんだ」

 

 本当は僕が10匹未満で残りは「箱」が食べたんだけどね。

 

「でも数の暴力って凄いよね?狭い場所で襲われたら無理だったよ」

 

 打撃で消えるなら金属バットとか用意してれば、もう少しは善戦出来たかも知れないな……

 

「そう……かよ……何時の間にか……強く……なってた……んだな」

 

「そうでもないさ……って、悟宗さん意識が戻ったんだね」

 

 ナースコールを押そうと手を伸ばす。

 

「待て……よ。俺は……もう駄目だな。少し話を……しよう……ぜ……」

 

「先生を呼ぼうよ。悟宗さん、直ぐに良くなるって」

 

 慌てる僕に悟宗さんは静かに首を振った。僅かな動きだが、それは良く分かったんだ。

 

「お前、餓鬼って……言ったな。俺の……敵を討ってくれて……ありがと……な」

 

 僅かに此方に顔を向けて、礼を言われた。悟宗さんは泣いている。

 

「敵討ちって程でも無いですよ。無我夢中だったし」

 

 ただ「箱」が喰いたいからって教えてくれたんだ。

 

「正明よ……俺は……自分の息子を不注意で……殺してしまった……んだ。除霊中の事故……でな」

 

 初めて名前で呼んでくれた。でも、僕から見ても悟宗さんの命の火は消えかかっている……

 

「それを苦に……家内は……自殺したよ。生きていれば……今年で二十歳だった。

俺……は……お前を勝手に息子と思って……ああ……多分……親子って……こんな感じなんだな……って思ったよ」

 

 夜逃げじゃなくて自殺、子供が居ないんじゃなく死んでいた。辛い話を思い出させてしまったな。

 

「悟宗さん、僕は……」

 

 僕は貴方を年の離れた兄の様に思ってました。女好きでズボラで大雑把で、憎めなくて頼りがいの有る兄貴と……

 

「すまねぇ……迷惑ばっか……掛けてよ。わりぃが……最後まで面倒見てくれよ」

 

 彼の動かない掌に自分の掌を載せる。あんなにガッチリしてたのに、今は骨が浮き出て皮が弛んでいる。力強く掌を握って頷く。

 

「あの寺は……お前にやるよ。権利書や預金通帳も実印も……俺の部屋の箪笥に……有るからよ」

 

「お金なんか要らないよ。他に頼みとかないの?」

 

 ニヤリと弱々しく笑う悟宗さん……

 

「馬鹿やろう……俺の葬儀代だ……骨はよ……裏庭の名前の……掘ってない墓に埋めて……くれよ。家内と息子……と一緒に……して……くれ」

 

 確か無縁仏みたいな小さな石が建ってたな。アレは悟宗さんの家族が葬られてたのか……

 

「分かったよ。葬儀は僕が取り仕切るし、お墓の件も任せてよ。お寺だって面倒見るから大丈夫だよ」

 

 実際は墓地で無い場所に埋葬とか無理だし、埋葬証明書の扱いとか色々と大変かもしれないが、僕だって僧侶だ。何とかするさ!

 

「ふふふ……俺ぁ……死ぬ時は独りで……野垂れ死にだと……覚悟してたがよ。

正明と会えて……良かったぜ……ありがと……な。お前に……看取って貰えりゃ……良い……最後だぜ……」

 

 少しだけ口元をニヤリとさせたが、ガクリと握っていた掌から力が抜けた。

 

「悟宗さん?悟宗さん?」

 

 ベッドの脇の計器類がピーピー鳴りだした。パタパタと誰かが走ってくる音が聞こえる。

 異変を感知して看護師さんが来るのだろうか?悟宗さんの掌を握りながら声を掛けるが、もう彼は反応してくれなかった。

 

「すみません、容体を見させて下さい」

 

 当直だろうか?昨日とは違う医者が脈を計ったり瞳孔を確認したりしている。僕は邪魔にならない様に少し離れた位置に立つ。

 医者が首を振り、徐(おもむろ)に腕時計を見た。

 

「10時7分……残念ですがお亡くなりになりました」

 

 頭を下げる医者を見ながら、ああ悟宗さんは亡くなったんだな。僕と話をする為に最後の力を振り絞ってくれたんだ……そう思うと涙が溢れて来た。

 大切な人を亡くすのは、もう四人目だ。呆然と立ち尽くしていると、若い看護師さんが話し掛けて来た。

 

「ご遺体を綺麗にしますので、暫く外でお待ちください。それと係の者からご説明が有ります」

 

 そう言われ廊下のベンチに座らされた。多分、体を清めて貰い地下にでも有る霊安室に移動されるんだろう。

 ああ、そうだ。直ぐに遺体を運び出さなければ駄目なんだよな。

 

 火葬場は本籍の有る場所でしか無理だから、向こうの葬儀屋を手配しないと……葬儀慣れと言う嫌な体験をしてる所為か、次の段取りが頭の中に浮かび上がる。

 

 ソファーに座り膝の上で手を組んで俯く。悟宗さんが死んだと言う実感が漸く湧いて来た。

 さっきは悲しみを理解する前に看護師さんとかが入って来て、妙に冷静になってしまったから。

 

「榎本さん、先生がお呼びです」

 

 看護師さんに呼ばれ、顔を上げる。

 

「あっ……はい……分かりました」

 

 泣いている所を見られてしまった。

 

「此方です」

 

 変な慰めも言わずに案内してくれる看護師さんに感謝する。多分死因の説明と葬儀屋の手配の確認だろう。

 僕は重い体を何とか奮い立たせて、何とか彼女の後に付いて行く事が出来た。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 悟宗さんの葬儀を終えて彼の寺に戻ってきた。

 

「悟宗さん、ウチに帰って来ましたよ」

 

 手に持つ九谷焼の骨壺に納められた彼に話し掛ける。本堂の愛染明王の仏像の前に骨壺を置く。

 生花とお線香を供え手を合わせ、拙い経を読む……既に関係者は全員帰った。ガランとした本堂には僕一人だ。

 悟宗さんの好きだった剣菱を湯呑みに並々と注いで供える。酒好きで女好き、しかしギャンブルと煙草は吸わなかった。

 

 だから好きだった日本酒を供えた……葬儀は家族葬に近い物だった。

 

 参列者は行き着けの飲み屋のマスターに西崎さん。それと悟宗さんの携帯アドレス帳に入っていた数人に連絡し来て貰えた。

 僕の方は松尾の爺さんだけだ……あの後、タウンページで葬儀屋を見繕い遺体だけ病院から直ぐに移動して貰った。

 葬儀屋の安置所で預かって貰い翌週の月曜日をお通夜と設定。土日を含み5日間の猶予が出来た。

 葬儀屋との打合せは直ぐに済んだ。天涯孤独な彼は言い方は悪いが参列者は少ない。

 葬儀を仕切る坊主は目の前に座っている。会場の提供も最小限だから行政の手続きがメインだ。

 葬儀屋の式場を利用して納骨はせずに、悟宗さんの寺へお骨を運ぶ。後は裏庭の墓を立派に作り直して納骨して終わり。

 勿論、既に埋葬されている奥さんと息子さんと一緒にだ。彼の言った通り、私室の箪笥から土地の権利書・火災保険証書・通帳・実印、それとかなりの現金が無造作に入っていた。

 箪笥預金なんて額じゃない6000万円近くが無造作に押し込められていた。

 

 悟宗さんはお金には無頓着だったのかな?

 

 引き出しの中は札束で溢れてたよ!考えれば20年以上、この業界で働いていたし月に5〜6件の除霊を行ってたんだ。

 平均80万円としても毎月400万円以上の収入が有ったからな。年収に直せば4800万円か……

 如何に悟宗さんが霊能者として上位に居たかが分かる。箪笥預金とは逆に、銀行の預金通帳は200万円ちょっとだ。

 これは公共料金の引き落とし用の通帳だな。年に数回、纏まった金額を預金してたからな。通帳の方はカードで毎日引き出したから既に空だ。

 行政に死亡届を出して口座が凍結されても問題無いだろう。この寺については松尾の爺さんに相談した。

 身寄りの無い彼が他人の僕に譲渡する手続きは大変だろう。

 

 当人は死んでるし……

 

 ただ資産価値が殆ど無い山奥の荒れた寺だから、比較的スムーズに進むだろうって言ってた。お墓は葬儀屋の紹介で立派な物を建てる予定だ。

 石が輸入品らしく納期に三ヶ月掛かるとか。この寺の維持管理は管理会社と契約し、定期的な巡回と清掃をお願いした。

 年間100万円以上掛かるが遺産から払えば良い。これで彼の遺言通りに、家族と一緒の墓に入る事。

 寺の維持は守れるだろう。総本山への連絡はこれからだ。継ぐ者が居ない寺は維持はされても廃寺扱いとなるのかな?

 そもそも、この寺が正式に登録してるから問い合わせないと分からない。檀家も墓地も無い寺だからな……

 僕もダムに沈む実家の寺の手続きをするんだった。ゴロリと板の間に大の字に横たわる。

 両親に爺さん、兄と慕い始めた悟宗さんを殺したのは……この世に未練が有る連中、悪霊・怨霊・魑魅魍魎の類だ。

 憎い、奴らが憎い。僕から大事な人を奪い続ける奴らが……この世から居なくなれば良いんだよ!

 携帯を取り出し、アドレス帳から西崎さんの番号を呼び出して電話をかける。

 

 数回目のコールで繋がった。

 

「もしもし、西崎さんですか?榎本です。何でも良いから仕事を紹介して下さい。ええ、僕に頼めるレベルのから……」

 

 奴らを許す訳にはいかない。

 


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