榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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100話達成記念(晶編)前後編

100話達成リクエスト話(晶編)前編

 

 最近現れた筋肉の鎧を纏う年上のお坊様と、僕は友達になった。大抵のムキムキは脳筋で本能が食う・鍛える・エロで構成されている単細胞が多い中で、知的な……

 そう知的なムキムキさんだったんだ。あれだけ頭が良くて優しくてマッスルな人は、僕の知ってる限りでは中々居ないよ。

 残念な事に僕より一回り年上で、僕の事は子供扱いなんだけどさ。先週自宅に遊びに行ったけど、里子の結衣ちゃんを紹介されて仲良くなった。

 でも年頃の女子中学生と同居ってどうなのさ?本来ならマッスル育成機器を試させて貰うつもりだったのに、結果的には効率的な手順を教わっただけ。

 

 まさかの座学だよ?

 

 高校を卒業して実家の民宿を手伝って以来、久し振りに勉強した。うん、何故僕が黄昏てるかと言えば……

 

「晶ちゃん、話聞いてる?僕らさぁ……」

 

 目の前に座る男が馴れ馴れしく話掛けてくるのがウザいんです。ああ、帰りたい……高校時代の仲の良い友人に会っていたら、途中で余り知らない二人も合流してきた。

 知らない人は嫌だったけど空気を読んで一緒に遊んでたんだ。これでも僕は女友達には人気が有ったから、久し振りに会うからって話が広まったらしい。

 ウィンドウショッピングしたりファミレスでダベったり……まぁまぁ楽しかった。

 だけど途中で後から来た女が彼氏を呼んで合流。チャラチャラ男だ、大学生らしいがチャラチャラだ。

 ソイツが更に友達二人を連れて来てファミレスでダベリだした。もう帰りたい。

 

「あれ、晶。珍しいじゃん、アンタがブレスレットなんかするの。綺麗だね、水晶?」

 

 恵美子が目聡く右手に付けている数珠を見付けた。お気に入りの数珠をだ。

 

「うん、水晶だよ。貰ったんだ、凄い綺麗だろ?」

 

 あれから肌身放さず付けている数珠を袖を捲って見せる。

 

「へぇー、晶がプレゼントを受け取って身に着けるなんてね。誰なの、難攻不落のハンサムガールのお相手は?」

 

 他人の恋愛事情は年頃の女の子には格好のネタだ。他の連中まで話に首を突っ込んでくる。

 

「お世話になった人だよ。凄い筋肉ムキムキなのに頭が良い人なんだ。先週自宅に遊びに行ったけどさ、色々教えて貰って……」

 

「「「キャー自宅に連れ込んで色々教えるってー!」」」

 

 五月蝿いよ、周りのお客さんに迷惑だよ!

 

「何だよ、晶ちゃん彼氏持ちかよ!」

 

「ツマンネー、独りだって聞いてたから来たのにさ」

 

 なんだか嫌な感じだ。学生時代にも有った、僕を紹介しろってヤツ?榎本さんは尊敬する友達なんだ!

 お前らより百万倍も格好良いんだよ。

 

「恵美子、僕帰るよ。もう遅いからさ」

 

 既に腕時計の針は20時を指している。幾ら社会人だからといってフラフラして良い時間じゃないし。

 

「えー?これからドライブしようぜ。車で来てるんだよ。ボックスだから全員乗れるって」

 

「そうだよ、晶。久し振りなんだから、もう少し遊ぼうよ」

 

「そうだ!肝試ししようぜ?確か近くに幽霊屋敷が有るんだよな」

 

「良いんじゃね?けってー出ようせココをさ」

 

 僕を無視して話が進んで行く。恵美子も付き合うみたいだし、仕方無いか……仕方無くファミレスを出た。

 会計は割り勘だったから気兼ね無いけど、甲斐性ないよな。携帯の電卓機能で一円単位までキッチリ分けるなんてさ。

 僕は端数を出しても良いって言ったんだ。レジの人も大変だし、後ろに会計待ちで並んでるんだよ。

 

 これだからチャラチャラ男は嫌なんだ。

 

 苦痛だったファミレスを出ても車の中がまた不快だ。何で隣に座ってベタベタ触ろうとするの?

 15分程車を走らせると、八王子市郊外の鄙びた場所の古い民家の前に着いた。

 木造で少し壊れている様な家。庭の草木はボウボウでテレビで見る様な黄色いテープが張られている。

 えっと、keep outだっけ?

 

「此処が先日孤独死が見つかった家でーす!」

 

「うぇーい!」

 

 ふざけながらチャラチャラが踊り出した?アレかな、頭ん中が病んでるってヤツだ!

 でも確か僕も聞いた事が有る事件だった。70代のお爺さんが死んでから1ヵ月位放置されてたヤツだ。

 行政の支援を断り近所の人にも会わなかったとか……玄関周りに張られた黄色いテープが生々しい。

 

「ねぇ、ふざけ半分に良くないよ!」

 

「そうだよ、騒ぐのは良く無いって!」

 

 僕と恵美子が諫めるが、コイツ等聞いてない。黄色いテープを潜り敷地に入り込む。

 玄関をガチャガチャ開けようとするが、普通は鍵が掛かってるだろ?もう嫌だ!

 

「恵美子、帰るよ。タクシー拾って帰るんだ。アンタ等もふざけてないで帰るよ。人の死を茶化すなんて最低だよ!」

 

 そう怒鳴った時に、耳の傍で声が聞こえた気がした。

 

「ありがとう……一緒に……行くかい?」

 

「なっなに?」

 

 何か耳元でボソボソと囁く声が聞こえた……思わず右手で耳の辺りを掻き毟る。

 数珠がカチャカチャと鳴る音を聞くと落ち着いた。もう此処には居たくない。まだ騒ぐ奴らを置いて、恵美子の手を掴んで大通りまで歩いて行く。

 

「ごめん、晶。絵梨達も悪気は無かったんだ。ただ高校時代のハンサムガールの知り合いだって大学で自慢してさ。

サークルの皆に会わせるって約束したみたいでさ。私に紹介してくれって頼みに来たんだ」

 

 やっぱりだ。だからチャラチャラ達が僕を見る目はイヤらしい感じがしたんだ。

 

「恵美子には悪いけど、僕もう会いたくないよ。今日だって最低だよ。人が死んだ場所で騒げるなんてさ!」

 

「ありがとう……」

 

 まただ、また耳元で声が聞こえた。思わず周りを確かめる。夜の通りには、僕と恵美子しかいない。

 他の誰かの声なんて聞こえる筈が無いんだ。幻聴かな?大通りでタクシーを拾い、恵美子の家経由で自宅に帰る。

 久し振りに恵美子と会えたのは嬉しいけど、後半が最悪だった。

 

 夜食を食べるべく台所で冷蔵庫を漁る。白菜の漬け物が有った。冷ご飯を茶碗によそりお湯をかける時に手元の数珠を見て我に返る。

 僕がお茶漬け?殆ど食べた事がないのに、自然と準備をしていた。

 おかしい、僕は夕飯はちゃんとファミレスで食べた。夜食の習慣は無いし、お茶漬けも殆ど食べた事が無い。

 なのに何故、自然と用意してるの?それに耳元で聞こえる声は……

 もしかして、何かに憑かれたのかな?時計を見れば22時を過ぎてるけと、携帯を取り出してアドレスからエ行を呼び出す。

 

 一番上の番号を呼び出しコール。1回目……2回目……3回目……早く出て。5回目、良かった繋がった。

 

「こんばんは、晶ちゃん。どうしたの?」

 

「えっ榎本さん、あのね……あのね僕、何か変なんだ。実は……」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 礼儀正しい晶ちゃんには珍しく22時過ぎてから電話が有った。

 慌てている彼女を落ち着かせて話を聞けば、友達が事故現場で悪ふざけをしてたのを止めたそうだ。

 その時から耳元で声が聞こえて、しかも知らない内に自分がらしくない行動をしている。

 

 取り憑かれたな……しかも「一緒に行くかい?」と聞こえたそうだ。これは一刻を争うぞ!

 

「晶ちゃん、渡した数珠は持ってるね?」

 

「うん、肌身はなさず持ってるよ」

 

 よし、最低限の備えは有るから後は塩で簡単な祓いをするか。

 

「今から直ぐに行くから待ってるんだ。2時間は掛からない」

 

「もっもう遅いから明日でも大丈夫だよ」

 

「良いから話を聞け!」

 

「はっ、はい!」

 

「じゃ台所に行って塩を有るだけ持ってきて体に振り掛けるんだ。後は塩で1m位の円を書いて中で待つ。

岱明館に着いたら電話するから何が有っても塩の円から出るな。良いね?」

 

「ごめんなさい、榎本さん」

 

 心優しい彼女に怒鳴ったから悲しませてしまったかな?

 

「大丈夫、必ず何とかするから安心するんだ。何か有れば電話するんだよ」

 

 そう言って電話を切り、服を着替えて清めの塩とお札を持って車に向かう。結衣ちゃんには急ぎの仕事だからと説明し、戸締まりを確認して直ぐに出掛ける。

 佐原インターから横浜横須賀道路に乗れば、八王子市までは乗り継ぎ込みでも60分弱で行ける。愛車キューブのアクセルを普段より強く踏んで急ぐ。

 やはりもう一台、スピード優先の車を買おうかな。社用車として2台迄は登録出来るし、緊急時には10分が惜しいからな。

 だけど聞いた話を総合すると、不幸な死を遂げた老人は晶ちゃんをあの世に引っ張るつもりだろう。

 

 急がないと危険だ!

 

 畜生、ふざけた学生に取り憑きゃ良いのに、自分に同情した心優しい美人をターゲットにしやがって。直ぐに冥土に送ってやるぜ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 僕、怒られちゃった……でも直ぐに来てくれるって、嬉しい。 

 だから言われた事を確実に守らなきゃ。

 

 先ずは塩……

 

 ここは台所だから直ぐに分かる。調味料入れの棚から塩を取り出し、全身に振り掛ける。

 不思議と頭がスッキリした感じがするよ。

 

 次は部屋に行って塩の結界か……

 

 この入れ物の塩だけじゃ足りないや。確か買い置きが……コレだ。棚の下から業務用1キロの塩を取り出す。

 せめて両親には心配かけない様に、そっと部屋に行き畳の上に塩で円を書いて中に入る。

 

「もう、此処から出ない。榎本さんが来る迄出ない。大丈夫、あと少し頑張れば大丈夫」

 

 数珠を両手に握り締めて祈る。こう言う時は念仏を唱えるんだっけ?

 

「南無阿弥陀仏?何妙法蓮華経?僕ん家って宗派は何だったかな?ああ、お婆ちゃんの葬儀の時に唱えたのドッチだっけ?」

 

 軽くパニクってしまう。

 

「だっ誰?」

 

 僕しか居ない部屋で、何かの気配がする。部屋の中を見回す。僕の部屋、8畳和室に机と衣装棚・本棚・テレビしがない可愛げの無い部屋。

 隠れる所なんて何もないのに、ソレはテレビの画面に写り込んでいた……テレビの硝子部分に写る僕。

 だけど僕の後ろに立っている老人も一緒に写ってるんだ。

 

「誰だよ?」

 

 後ろを振り返っても誰も居ない。だけどテレビの硝子を確認すると、確かに写っている。

 

「一緒に……行ってくれよ……お嬢ちゃん」

 

 目に見えるソレの口はそう動き、僕の耳元で声が聞こえた。

 

「絶対に嫌!」

 

 床に座り込み耳を押さえる。大丈夫、大丈夫だ。この数珠と塩の結界で防げる。だってアイツは中に入って来れないもん!

 

「なぁお嬢ちゃん。寂しいんだよ、一緒に行ってくれよ」

 

「嫌!僕は行かないよ、独りでいってよ。僕は嫌だ!」

 

 硝子にしか写らない姿。耳元にしか聞こえない声。これが榎本さんが戦っている世界なんだ……

 でも榎本さんは必ず何とかしてくれるって言った。だから、だから僕も頑張る。相変わらず声は聞こえるが、それだけだ。

 

 でも、でも怖いから。少しでも頑張れる様に榎本さんの声が聞きたいんだ。

 

 携帯でリダイアルをする。ごめんなさい、少しだけ声を聞かせてね。3回目のコールで繋がった。

 

「晶ちゃん、どうした?」ああ、安心する。

 

「榎本さん、お爺さんが部屋まで来ちゃった。硝子に写り込み、耳元で囁くんだ。一緒に行ってくれよって。どうしたら良いかな?」

 

 涙が出そうになるけど我慢する。泣いたら負けだよ。

 

「気をしっかり持つんだ。ヤツは塩の結界には入れない。だから大丈夫だ。もう狩場インターを抜けた。空いてるから30分位で着くからね」

 

 あと30分の我慢だ。

 

「うん、僕頑張るよ」

 

 運転中に携帯で通話は駄目だから電話を切った。こんな時に道交法を気にするなんて、少し可笑しくなったよ。

 

「ふふふ……僕は負けないよ。だって直ぐに榎本さんが助けにくるんだ!」

 

 テレビの硝子に写り込む、お爺さんを睨み付ける。負けるもんか!

 

 

100話達成リクエスト話(晶編)後編

 

 高速道路を乗り継ぎ、八王子市まで到着。流石に休日深夜は道も空いており、此処まで一時間も掛かってない。

 後は一般道を15分も走れば岱明館だ。慎重にスピードを制限速度40キロの2割増で走る。

 スピード違反で捕まったらオジャンだから。だが未解決な大問題を思い付いた。彼女は部屋に居て、周りにヤツも居る。

 電話で外に呼び出す事は危険だろう。塩の結界から出たら、ヤツに取り憑かれてしまうかもしれない。

 どうする、親御さんに説明して中に入れて貰うか?いや、無理だな。

 

 時間が勿体無いし普通は夜中に押し掛けて「霊が娘さんに取り憑いて危険なんです。会わせて下さい!」って言っても怪しいだけだろう。

 

 幾ら知り合いでも信じさせるのに、どれ位の時間が掛かるか分からない。先方からの相談なら問題無いが、除霊の押し掛けなんて警察を呼ばれてお終い。

 序でに晶ちゃんも、あの世に引き込まれてしまう。

 

「すまない、胡蝶。お願いだから力を貸して欲しい。新しい贄でも何でも探すから頼む」

 

 車内で自分の左手首に話し掛ける怪しいオッサン。だが、僕の左手首には非常識な美幼女が住んでるんだ。

 グニャグニャとした液体が蝶々の痣から湧き出し、助手席で盛り上がる。

 

 この感覚にも大分馴れた……

 

「ふん、情けないぞ正明。あの娘も愛人候補なんだぞ。しっかり守らんか!」

 

 助手席に真っ裸で胡座をかいて座る美幼女。最近力を取り戻し始めているらしく、瞳が金色になってきた。

 崇める者が居るからこそのパワーアップらしいが、信仰心が力の源?

 

 いや愛人って……晶ちゃんは友達だし、霊能力も持ってないから対象外じゃないの?

 

「すまない胡蝶。力を貸して欲しい。時間が無いから民宿の前まで車をつける。中に入って彼女を助けて欲しい。その……服を着た状態で、お願いします」

 

 信号で一旦停止中なのだが、助手席に全裸の美幼女が座ってる。即通報されるレベルの変態行為です。

 

「ヤレヤレ……小娘をあの世へ引き込む爺の霊をか?大して美味くも無かろうが、我の唯一の愛しい下僕の懇願だからな。聞いてやるのも吝かで無いぞ」

 

「ありがとう、胡蝶」

 

 デレ期の胡蝶さんは、優しくて助かる。後5分位で目的地に到着だ!ハンドルを握る手に力が入る。

 

「だが、条件が有る。我に頼むのだ!それなりの見返りは有るのだろうな?」

 

 やっぱりだー!

 

 流石に無料(ただ)で頼み事を引き受けてはくれないよな。

 

「なんだ?僕に出来るか?時間が無い、もう直ぐ着くんだけど……」

 

 あの交差点を左折すれば、後は直進だけだ。ウィンカーを出して減速、信号は青だからそのまま左折する。

 この辺になると夜は車も人も殆ど居ない。着いたら携帯で連絡して胡蝶が安心だと伝えないと、晶ちゃんパニクるだろうな……

 

「正明。我を人形寺に連れて行け。呪に染まる人形はそれなりにご馳走だ。良いな?」

 

 胡蝶さん、愛してますよ!それだけで良いのなら大歓迎です。

 例え無断で供えられた人形達を食べると言う犯罪行為だけど、喜んでお手伝いさせて頂きます。

 相手だって危険な人形が減れば手間も省けるよね?管理体制が問題になりそうだけど、記録なんてつけてないよね?

 

 自分の知る限りの人形供養の寺だと……京都の宝鏡寺か千葉の長福寿だ。

 人形供養は結構な数の寺が行っているが、定期的に開催・その日にお焚き上げ供養が多い。

 保管しながら長期供養する寺となると少ない。胡蝶のお願いだから、調べてみるか……

 

「分かった!そろそろ到着する。電話で晶ちゃんに説明するから、服を着てマイルドに爺さんを何とかしてくれ。

彼女は僕と違い繊細だから、オレお前丸かじりは駄目だぞ!ちゃんと年頃の女の子として配慮してあげて下さい」

 

 話し終わると岱明館の前に着いた。車を停めてエンジンを切る。

 胡蝶はヤレヤレと両手を肩の高さまで持ち上げると、液体化をしてドアの隙間から流れる様に出て行った。

 黒い水溜まりがスルスルと移動して建物の外壁を上り、窓の隙間から中に入り込むのを確認し慌てて携帯電話を取り出す。

 晶ちゃんが驚く前に教えなきゃ!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 じっとテレビを睨み付けてお爺さんの霊と対峙していた。

 もう何分経ったかも分からない。でも僕は頑張ったんだ、頑張ってるんだ。

 その時、待望の携帯が鳴った!榎本さんからだ。慌てて通話ボタンを押す。

 

「もしもし、榎本さん?」

 

「晶ちゃん、今家の前に着いた。落ち着いて良く聞いて欲しい。今、その部屋に……その……僕の崇める霊的な存在を送った。

彼女は怪しくないから驚かないでくれ。胡蝶は味方だからね。安心して彼女に任せてくれ」

 

「崇める?胡蝶?ねぇ、榎本さん?僕、榎本さんの所に行きたいよ」

 

 助けに来てくれた榎本さんの言葉は歯切れが悪い。何故だろう?それに胡蝶って誰?

 その時、お爺さんの絶叫が耳元で聞こえた。慌ててテレビの硝子面を見ると、巫女服姿の幼女が写っていた。

 お爺さんの姿は無くなってしまったよ?振り向くと本当に巫女服姿の幼女が立っている。

 

「あの、君が胡蝶ちゃん?」

 

 僕を見上げる幼女の瞳は金色だ。凄い日本人形みたいな美少女が、綺麗な金色の瞳で僕を見ている。

 人間離れした美しさが、霊的な事なのかな?

 

「女、感謝しろよ。正明の頼みでなければ、こんな下等な霊など喰わないのだぞ。

まぁ、お前はアレの愛人候補だからな。命は守ってやるよ。外に正明が来ている。礼を言ってやれ……」

 

 かっ可愛い!この娘、凄い可愛いんだけど!おませな言動にツンデレみたいな態度だよ。

 

「胡蝶ちゃん、榎本さんは外に居るの?もう僕は安全なの?」

 

 現実離れした出来事の連続で、力が抜けてペタンと座り込んでしまう。榎本さんって、こんな可愛い子を仲間にしてるんだ。

 でも人間じゃないんだよね?兎に角、榎本さんにお礼を言わなきゃ。胡蝶ちゃんの両脇に腕を差し込み抱き上げる。

 

 この子、スッゴく軽いよ?

 

「なっ何だ?我に気安く触るな!」

 

 持ち上げるとバタバタ暴れだしたから、ギュッと抱き締める。

 

 うん、子供特有の温かさだ。この子、本当に人間じゃないのかな?

 

「榎本さんの所に行こう。話はそれからだよね」

 

 胡蝶ちゃん?を胸の前で抱き締める。

 

「ふん、外で待ちくたびれてるから早く会ってやれ。序でに子作りをしてバンバン子を孕めよ」

 

 こっ子作り?

 

 そっそっ、そんな事が出来る訳ないじゃん!僕達はそんな関係じゃないんだよ。

 でっでも、榎本さんって僕の事をそんな目で見てるのかな?男の子みたいな僕を?

 顔が熱を持ち真っ赤なのが分かるけど、お礼を言わなきゃ駄目だから……胡蝶ちゃんを胸の前に抱き締めて下に向かう。

 大人しく抱かれている彼女に聞いてみる。

 

「ねぇ、胡蝶ちゃん?」

 

「何だ?」

 

「あの、お爺さんどうなったの?」

 

 榎本さん、お坊様だから成仏させたのかな?でも部屋には胡蝶ちゃんしか居なかったし、変な悲鳴聞こえたし……

 玄関まで来たので鍵を開けて外へでる。家の前にはキューブが停まっていて、前に榎本さんが立っていた。

 今夜は皮ジャンにGパンだ……胡蝶ちゃんが僕の問に答えず、飛び降りて榎本さんの下へ走っていった。

 

「ありがとう、胡蝶。助かったよ」

 

「ふん、我への約束、忘れるでないぞ」

 

 そんな会話が終わったら、胡蝶ちゃんがバシャって水溜まりになっちゃった?

 

「あの……榎本さん。ありがとう。僕の為に迷惑掛けてごめんなさい」

 

 さっきの胡蝶ちゃんの子作り話の所為で、顔が熱くてマトモに榎本さんが見れないよ。だから頭を下げた状態で固まってしまった。

 そんな僕に榎本さんは、ワシャワシャと頭を撫でてくれた。

 

「晶ちゃんが無事なら良いんだ。もう大丈夫だけど、念の為にお札を何枚か渡すから部屋の壁にでも貼ってね。後は出歩く時は鞄に入れておくんだ」

 

 ゴソゴソと腰のポーチからお札を取り出している。どうみても世話の焼ける子供への態度だよ。

 僕を愛人にして子作りをしたい様には見えない。僕、胡蝶ちゃんにからかわれたのかな?

 

「ねぇ、榎本さん?」

 

「何だい、何処か痛いの?」

 

 心配そうな顔で僕を見る。微塵もイヤらしさを感じない。ほら、すっごく心配してくれてるけど欲望0だよ。

 

「胡蝶ちゃんに、榎本さんの愛人になって子供をバンバン産めって言われたよ。

あの子って何なの?榎本さんは僕の事を愛人にしたいの?恋人じゃなくて愛人なの?」

 

 アレ、凄い変な顔だ。もしかして僕、呆れられたのかな?

 

「胡蝶はね。天涯孤独の僕に早く家族を作れって言ってるんだよ。愛人ってのはアレだけど、多分そうだと思う。

胡蝶はね、僕の先祖が盟約を結んだ力有る存在なんだ。何かって言われても僕も分からないや。

さて、問題も解決したし、僕は帰るよ。晶ちゃんも、これに懲りて変な男に付いて行っちゃ駄目だよ」

 

 もう一回、頭をワシャワシャと撫でてくれた。完全に保護者だよ!

 何となく、そのグローブみたいな手を両手で握ってみる。ゴツゴツしてるけど温かいや。

 

「なっ何だい晶ちゃん?」

 

 漸く動揺してくれた。見上げる顔は慌てていて少し赤い。手を離し正面から抱き付いてみる。腰に手を回して固い胸板に頬を押し付ける。

 

「僕、怖かった。本当に怖かったんだから……」

 

 今になって恐ろしくなり泣きそうになってしまう。ヤバいや、本当に涙が溢れ出してきた。

 慌てていた榎本さんも、泣き出した僕を見て軽く抱き返してくれた。ポンポンと背中を軽く叩いてくれたら、少しずつ楽になってきたよ……

 

 5分程泣いたらスッキリした。

 

 体を離すと少し照れた榎本さんの顔を見る。うん、やっぱり全然欲情してない。

 あのチャラチャラなんて鼻を広げて興奮してたのに、榎本さんは困った感じしかしない。むぅ、嬉しいけど嬉しくないぞ!

 

「晶ちゃん、落ち着いたかい?じゃそろそろ帰るよ。後で今日一緒に行ったメンバーを男も含めて内緒で教えてね。念の為、霊障が無いか調べてみるから……」

 

 もう一度、頭をワシャワシャと撫でてくれて車へと歩いて行く。

 

「うん、分かった。何から何までありがとう。今度絶対にお礼するよ。何か良い?」

 

 三歩程の距離を空けて話し掛ける。

 

「また遊びにおいで」

 

 そう言って車を出す榎本さんを見て思う。今、僕に迫れば吊り橋効果で落ちたと思うのに……全然僕に対して、そんな気にはならないの?

 悔しいなぁ……でもすっごく大切にされてるのは分かった。

 来週また遊びに行こう。もっと一緒に居れば、この胸のモヤモヤの意味も分かる筈だよ。

 貰ったお札を手に部屋に戻る。そうだ、恵美子には榎本さんの事を教えてあげよう。

 きっとビックリする筈だよ。あの娘は面食いだから、榎本さんを狙う事は無いから安心だし……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 ふぅ、問題無く晶ちゃんを救う事が出来た。胡蝶には借りが出来たが、深夜に人形寺に連れて行くだけなら簡単だ。

 どうやら胡蝶は僕を中心として移動距離が限られているらしい。だから胡蝶が行きたい所には、僕も同行しなければ駄目らしい。

 助手席で流れる景色を楽しそうに見ている胡蝶に話し掛ける。

 

「なぁ胡蝶?晶ちゃんに変な事を吹き込んだだろ?愛人とか子供バンバンとか?彼女は一般人だから止めてくれよな」

 

「なら早く女の一人でも囲って孕ませろ!正明はスケベで子作りの行為は大好きな癖に結果を望まないからな」

 

 此方を見ずに投げやりに言われてしまった。でも結衣ちゃんと結ばれて子供を授かるには、未だ時間が掛かるんだよ。

 

「くっ……分かりました。善処致します。でも有難う、胡蝶。晶ちゃんを助けてくれて……」

 

「あの女、我を怖がらずあまつさえ抱き上げると言う暴挙に出たがな。気に入ったぞ。

アレも正明の愛人として囲うんだ。本命は狐憑きでも梓巫女でも良いがな」

 

 そう言うとバシャりと液体化して左手首に戻ってしまった。もしかして照れ隠しだったのかな?

 胡蝶の件は問題無いだろう。問題は晶ちゃんを連れ回して変なジジイの霊を憑く原因を作った連中だ。

 仲の良い女友達以外の連中には地獄を見せなければならない。

 

 特にチャラチャラ男だが……

 

 社会的に抹殺する地獄を見せてやる。具体的には公共の場での腹下しだ……ククックククッ……思い知るが良い僕の嫉妬と怒りと八つ当たりを!

 


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