榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第102話から第103話IFルート霞END

第102話

 

 翌朝、朝食後に皆さんバラバラと帰って言った。メリッサ様達は一番最初にタクシーを呼んで。

 亀宮さん達は一族の方が迎えに来た。黒塗りのリムジンで……彼女と除霊現場で会わない理由は客層が違うんだな。今回は小原氏だから、依頼を請けたんだろう。

 

「榎本さん、また会いましょう」

 

 声を掛けられた時に運転手さん(女性だった)にギロリと睨まれた。値踏みする様に……亀宮さんには手を振って応えた。

 僕の情報が行ってるんだな。面倒臭い事になりそうだ……

 二組を見送った後、小原氏も迎えの黒塗りのベンツで帰って行きました。僕と高野さんは居残り。

 何故ならマダム道子の店は11時オープンだから。フロントで珈琲と言う名の晶ちゃん謹製のカフェオレを飲む。

 向かいには高野さんと晶ちゃん。二人は何故か打ち解けていた……何故?

 

「暫く寂しくなるよ。ウチ、小原さんが二週間貸し切ったから他のお客さん来ないんだ」

 

 どうやら半月掛かると見込んだんだな。実際は三日しか掛からなかったけど……

 

「二週間?良いじゃない、全室分の料金貰えて」

 

 金に煩いメリッサ様化してますよ、高野さん。

 

「料理出さないから素泊まり料金なんだ。榎本さん、滞在してよ」

 

 笑顔で冗談みたいに話を振ってくる。

 

「うーん、流石に理由無く施主の負担を増やせないよ」

 

 明朗会計が売りだから、違法請求は出来ない。それに早く帰って結衣ちゃんに会いたいんだ。

 

「真面目だよね、榎本さんってさ。僕が付きっ切りでお世話するんだよ」

 

 冗談ぽく笑って言うが、高野さんがニヤリと笑うのを見て溜め息が出る。

 

「あらあらあらー?晶ちゃん、榎本さんが好きなの?」

 

 ほら、色恋沙汰にする。

 

「僕達は友達なんだ」

 

 ヒラリとかわす晶ちゃん。高野さんが面倒臭くならない内に出発しよう!

 

「そろそろ行こうか?今、タクシー呼ぶよ」

 

 携帯に登録した八王子無線タクシー配車センターに電話を……

 

「僕が送るよ。一応この民宿は送迎有りなんだ」

 

 元々送るつもりだったのか、ソファーから立ち上がってポケットから車のキーを出して見せる。彼女の善意を有り難く受け取る事にする。

 

「じゃお言葉に甘えますか……そうだ女将さん達に挨拶を」

 

 そう言うとカウンターの奥から晶ちゃんのご両親が出て来た。まるでタイミングを計ってたみたいだ。

 

「短い間でしたが、お世話になりました」

 

 そんな事はおくびにも出さずに、ご両親に頭を下げる。

 

「いえいえ、此方こそ晶がお世話になりっぱなしで……」

 

「榎本さん、何もない所ですが料理と温泉は自慢です。またいらして下さい」

 

 含み有る女将さん、善意のオヤジさんと挨拶を交わして別れた。感じとしては女将さんは多少の警戒感が有り、オヤジさんは普通に又来てくれる事を願っている。

 そんな印象を受けた。だが良い宿だったし今度、桜岡さんと結衣ちゃんを誘って来ようかな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 晶ちゃんの運転は慎重派だ。信号も黄色で止まるし、変な加速もしない。安定した運転……ただ集中してる為か、運転中は余り話さない。

 そんな晶ちゃんが鈴木ビルの前にハザードを点けて車を路駐してくれた。

 

「榎本さん、着いたよ。じゃまた連絡するね」

 

 暫く晶ちゃんともお別れだ。僅か三日間しか接しなかったが、彼女がとても親切で優しい子なのが分かった。

 友好関係を築けたのは良かった。

 

「そうだね、また連絡するよ。体に気を付けてね」

 

 にこやかに別れの挨拶をする。昔と違い携帯電話やメールで気軽に連絡が取れるから、割と軽めな挨拶だ。

 

「これが有るから平気だよ」

 

 そう言って左手首に巻いた水晶の数珠を見せてくれた。プレゼントした品をちゃんと身に着けてくれるのは嬉しい。

 

「あー、何コレ!この水晶って、何よ榎本さん。まだこんなに凄いの隠し持っててさ。こんな貴重な水晶をこんなに沢山ムガムガ……」

 

 晶ちゃんが萎縮する様な事を言い出した高野さんの口を左手で塞ぐ。ムームー煩いが少し黙れ!

 

「榎本さん、コレ本当に僕が貰って平気なの?本当はスッゴく貴重なんじゃないの?」

 

 ほら、晶ちゃんが遠慮しちゃったよ。彼女の性格からして、下手に高額だとバレると遠慮して返品されるんだ。ここは言いくるめないと駄目だ……

 

「業界人には人気なんだよ。僕の霊力を10年以上込めてるからね。

でも晶ちゃんに貰って欲しいから渡したの。宝石的な価値は悪いが低いんだ。晶ちゃん、ありがとう。またね」

 

 そう言って高野さんを車から引きずり出す。多少だが不審な顔をしていたが、にこやかに手を振ると笑顔で応えてくれた。

 

「それじゃ、またね!」

 

 彼女の車が見えなくなるまで手を振る。肩を抱く様に左手を廻して口を塞いでいた所為か、高野さんがグッタリした?ヤバい酸欠か?

 鼻は塞いでないから平気な筈だけど……手を離すとグッタリと歩道に倒れ込んだ。

 肩で息をして呼吸を整えてるみたいだ。道行く通行人が変な目で僕等を見るから恥ずかしいじゃないか!

 

「大袈裟だな。あんな事を言ったら彼女が遠慮しちゃうだろ。全く気を付けて欲しいよ。ほら、行くよ」

 

 未だにゼイゼイと息の荒い高野さんに、手を差し出して立ち上がらせる。左腕一本でも彼女……50キロ位か?なら軽く持ち上げられる。

 

「榎本さん、私は体力的には普通の女の子なの!万力みたいな腕で首を絞められたら苦しいの!」

 

 全く私を殺す気?とか文句タラタラだ……一応詫びを入れた。

 周りがね、ドメスティックバイオレンスか?とかヒソヒソ話してるのを聞いてしまったから……

 実は、あの水晶の数珠は胡蝶の力と僕の霊力が混じり合ってるらしい。普通より強力なんだって。

 胡蝶がどうでも良い風に言っていたが、実は結構問題じゃないか?

 

 薄暗い階段を登りながら三階に到着。雑多な店が入っている廊下を進むと……派手な看板の付いているマダム道子の店の前に辿り着いた。

 扉の前で二人並んで派手な看板を見る。間違い無く「マダム道子の店」と書いてある。

 

「高野さん、此処だよ。何で迷ったんだい?」

 

 絶対に迷わない自信が有る立地条件だ。いや迷い様が無いだろ?同業者除けの結界の気配も感じなかったし……

 それに結界なら高野さんの方が僕より数倍敏感な筈なのに……

 

「あれ?あれれ?昨日来た時は……何故今日は平気なのかしら?」

 

 混乱してアワアワ言ってる高野さん。周りに他の客も居るし、挙動不審は恥ずかしい。悩んでも仕方無いから、取り敢えず店内に入る。

 派手な扉を押して店内に入る。呼び出しの電子音がピロピロと鳴り響く。昨日と同じ、まぁ一日で変わる訳も無い店内には客は一人も居なくて……

 マダム道子さんが暇そうにレジカウンターの中に居た。

 

 目が合うと「あらあら今日は昨日の娘と違うのね?あー、同業者さん?」何だろう、高野さんを見てマダム道子の顔が曇ったけど。

 

 高野さんは店内に目の色を変えて突入して行った。もしかして高野さん連れて来たのはマズかったのかな?

 店内に他の客が居ないので、マダム道子に近付いて話し掛けてみる。

 

「こんにちは。もしかして他の人を連れて来ちゃ駄目だったかな?」

 

 素直に頭を下げたら柔和な顔に戻った。やはり同業者を連れて来ちゃ駄目だったんだ。

 

「うーん、金銭欲の強い人は見つけられない筈なのに……貴方、私の陣が効かないのね?」

 

 ヤレヤレって感じで見られてしまった。それに同業者とか陣とか、霊能力関係者だって事を隠す気は無いらしい……

 

「陣?」

 

 取り敢えず聞き慣れない単語の意味を聞いてみる。聞くだけなら無料だし。

 

「風水はね、陣を敷いて効力を発揮させるのよ」

 

 あっさりと答えてくれた。陣とは僕等で言う結界の事か?だけど僕が、その陣の効果を無効に出来る訳が……

 

「その左腕に宿した力が強過ぎるのよ。困った筋肉さんね。貴方にコレを売ってあげるわ。この水晶は力を漏れなくする効果が有るのよ」

 

 どうやら胡蝶の力は、一定以上の連中にはバレバレらしい。早急な対策が必要だ!

 マダム道子が取り出した物を見る。それは無色透明な玉だ。それが五個有る。

 

 彼女の手の平に乗っているソレは、何の変哲も無いビー玉みたいだが……マダム道子の所持する宝石みたいだし、僕が身に着ける前に胡蝶に危険かどうか確認して貰えば良いだろう。

 どちらにしろ左手首の封印は急務だから。

 

「ありがとう。買わせて貰います」

 

 今は触るのも危険と思うが、高野さんがアレだけ騒ぐ有名人の推薦品だから確保はする。

 

「全部で百万円よ」

 

 偉く吹っ掛けられたのか?でも僕でも、この水晶には力を感じるし高い買い物じゃない……筈だ。最初の直感を信じよう。

 

「分かりました。支払いは振り込み?カード?現金だと少し待って貰っても良いですか?」

 

 最寄りの銀行のキャッシュカードは、一日の取引上限が50万円までだから100万円は用意出来ない。一旦帰って銀行通帳を……

 

「嘘よ、嘘。全部で五万円で良いわ」

 

 してやったり的な笑顔で値下げしやがった。彼女にとって商品の質は兎も角、価格は大した意味は無いらしい。

 お金儲けが大事って訳じゃないのかな……生きがい?達成感?求める物が分からないから、やり辛い人だな。

 

「金額はどうでも良かったんですが……コレ、穴開けても平気かな?出来れば数珠に組み込みたいんだけど」

 

 手の平の水晶玉を指差しながら質問する。無垢の玉を左手首に着けるのは難しい。水晶に金具を付ける為に変な装飾も似合わないからヤダ。

 それに下手に穴を開けたりして効力が無くなるのが怖いんだ。

 

「ふーん、貴方も石の力が分かるのね。良いわ、加工してあげる。特別よ、私自らが加工するなんて。ブレスレットで良いわよね?」

 

 そう言うと左手首をメジャーで計りだした。

 

「手首太いわね。20センチ以上有るわよ……この水晶を起点に一回り小さい水晶で構成しましょうね……」

 

 メモ帳に色々と記入している。五個の水晶を均等に配し途中を一回り小さい水晶で繋ぐ。

 使用する水晶は、最初の五個の他に小さい水晶が二十二個。その外に違う石を幾つか配置して、組み替えてを繰り返している。

 基本的に無色透明な大小の水晶に、黄色の石を組み合わせているので派手じゃない!大丈夫、許容範囲内だ!

 

 ただ書き込まれた金額は……最初の値段じゃん。

 

「数珠にして下さい。余計な飾りは不要で石だけで……」

 

 再度の念押しをする。金とかプラチナとか派手に飾られたら、成金みたいで恥ずかしい。風水ってド派手なイメージが有るんだよね。

 

「色々注文が煩いわね……一式込み込みで百万円よ」

 

 どうやらデザインと予算が出来上がった様だ。

 

「現金精算でお願いします。領収書も必要です」

 

 即答する。必要経費なら確定申告で有利だしね。

 

「つまらないわね。もっと慌てなさいよ!分かったわ。一週間後に取りに来てね。

値切らなかった分だけ、しっかり作るから!それと連れの娘だけど、落ち着かせてくれない?」

 

 連れ?ああ、高野さんか……マダム道子と長話してたけど、彼女は何してたんだ?

 後ろを振り返って店内を見ると……山の様に商品を持った彼女が、目をキラキラしながら品定めしてる。アレだけでも結構な金額にならないか?

 

「申し訳無い。直ぐに落ち着かせますから……」

 

 初めてのボーイズがラブなコミケに参加した腐女子の様な高野さんを何とか宥め賺す。

 

「落ち着いて!先ずは商品をカウンターに置いて一旦精算しよう」

 

 興奮気味の彼女だが、マダムが商品をレジ打ちしだすと金額の多さに驚いている。お金は貸さないからね!

 

 

第103話

 

 漸く、漸く帰宅出来る。高野さんと別れてJR八王子駅から横浜線に乗る。

 少し走れば田園風景と言うか牧草地と言うか……まぁ自然豊かな風景だ。

 高野さんは所持金一杯まで色々な石を買った。何でも昨日勝負する為に纏まった金額を用意していたそうだ。

 マダム道子も店頭に陳列している商品ならと売っていた。僕に見せた様な特別なモノは同業者には中々売らないんだな。

 平日の昼間だけあり、車内もガラガラだ。鈍い痛みが有る右手を見る。

 結衣ちゃんや桜岡さんに言い訳が大変だ。それ以上に報告書を纏めるのが……パソコンを左手だけで操作出来るか?

 

 怪我は全治二週間。

 

 だが一週間以内には提出したいからな。暫くは仕事も請けられないし、大人しく事務仕事に精をだそう。

 町田駅を過ぎると大分お客が乗ってきた。終点の東神奈川駅まではのんびり寝て行こう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 東神奈川駅から横浜駅に乗り継ぎ、JRから京急へと乗り換える。既に1時を過ぎていたが、民宿の朝食が多かったのでお腹は空いてない。

 早く帰るのを優先する。崎陽軒で焼売弁当・三塔物語弁当・生姜焼き弁当を購入。家に到着するのは2時過ぎか。

 快速特急に乗り込み、運良く座れた。膝の上に弁当を置くと仄かに暖かい。不規則な睡眠時間の所為か、降りる手前の駅まで熟睡してしまった。

 電車を降りて途中のコンビニで飲み物と牛乳プリンを買って、忘れていたお土産の代わりにする。

 左手しか使えないのは、思った以上に不便だ。小銭入れ一つ取り出すのに難儀するよ。荷物を左手だけで持ち暫く歩くと漸く我が家に到着した!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 玄関扉には鍵が掛かっていた。財布から鍵を出すのが億劫なので呼び鈴を鳴らす。

 

「はい、榎本です。あら帰ったのですね。今開けに行きますわ」

 

 インターフォンと防犯カメラで僕を確認した桜岡さんが対応してくれた。直ぐに鍵を開けてくれる。

 

「お帰りなさいませ、榎本さん」

 

「ただいま、桜岡さん」

 

 挨拶をして玄関に入る。コンビニ袋を受け取った彼女が

 

「榎本さん、お昼未だだったんですか?今お弁当を温めますわ」

 

 パタパタとスリッパを鳴らして先にキッチンに向かう。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、大切にしなきゃ駄目なんだと思う。

 こんな見た目ヤクザな筋肉野郎に、普通に接してくれる女の子は居ないよね。桜岡さんは本当にマブダチだ!

 自室に向かい部屋着に着替えてキッチンに入って……叱られました。

 

「榎本さん、怪我をしたなら連絡してくれないと困ります」

 

 彼女は腰に手を当ててプンプンな感じで怒っている。確かに黙ってたんだが、怒らないで欲しい。いや彼女は僕の為に怒ってるのだから、逆に嬉しいのか?

 

「ごめんね。怪我自体は大した事は無いんだよ。ちょっと不自由だけどね」

 

 弁解するも自然と笑みが零れる。

 

「なっ、何をニコニコと……私、怒ってます」

 

「うん、ごめんなさい」

 

 素直に頭を下げる。三十路のオッサンが年下のお嬢様に謝る姿は、端から見ればどうかと思う。だが、叱られて嬉しいのは初めてだよ。

 

「もう良いです!罰として……はい、アーン」

 

「アーン?イヤイヤイヤ、それは恥ずかしいから駄目だって」

 

 ゴソゴソと温めたお弁当の包装紙を解いて、中のオカズ……焼売を摘んで口元に持ってきたぞ。最初は罰としてお昼抜きかと思ったんだが。

 

「恥ずかしいから罰なんです。はい、アーン」

 

「無理、無理だから……」

 

 この罰と言う羞恥プレイは焼売弁当を食べきるまで続いた。付け合わせの昆布と紅生姜まで全て食べ終わるまで……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 心もお腹も満たされて、多大に羞恥心が刺激された昼食が終わった。うむ、満腹じゃ!

 さて社会人として仕事をせねばなるまい。自室の机に向かいパソコンを起動する。エクセルで作成している報告書の雛型を読み込む。

 テンプレート化してるので内容自体は簡単だが、入力が難しい。先ずは時系列から作成し、内容を肉付けしていこう。

 左手だけだとキーボードの右側が打ち難いし、頻繁に押すエンターキーも打ち難い。文章は頭に浮かぶのに文字化するのに時間が掛かる。

 

 二時間程作業をして漸く時系列を打ち終えた……

 

 思った以上に左肩が凝るな。肩を回すとゴリゴリと音がするよ。息抜きと眠気覚ましに珈琲と言う名のカフェオレを飲もうと一階に降りる。

 時刻は4時半、そろそろ日が落ちて暗くなる時間帯だ……キッチンに行くと桜岡さんが寸胴で何かを煮込んでいた。鼻歌を歌いながら楽しそうに調理している。

 

「桜岡さん、何を作ってるの?」

 

 オタマを持って振り返った彼女は、何時着替えたのか分からない。ゆったりした透かし編みのセーターにマキシ丈のウェストバンドのフレアースカート、それにフリフリエプロンと言う若奥様スタイルだ……

 

「ポトフですわ。残りのオカズは結衣ちゃんが作るって張り切ってましたよ。今夜はご馳走ですわ」

 

 結衣ちゃんの手料理は暫く食べてないので正直嬉しい。岱明館の料理も美味しかったが、家庭の味とは何より美味しく感じるものだよね。

 

「それは楽しみだね。今夜は沢山食べるよ」

 

 ミルクパンで牛乳を温めていると、桜岡さんに自分も休憩しますから。そう言われて応接間に押し込まれた。二人分作って一緒に飲むのだろう。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「はい、熱いですよ」

 

 タップリのカフェオレが入ったマグカップを渡してくれた。向かい合わせに座ると、自然に中央に置かれたオヤツの争奪戦になる。

 今日のオヤツは文明堂のどら焼き10個だ!普通なら半分ずつだと思うが、僕達は違うのだ。仲良く一つ目のどら焼きを食べる。

 上品に食べる彼女には驚きのスピードが有る。速さでは、速さでは絶対勝てないんだ。

 

「今回の件ですが……一応終わりとの事ですが、何が有ったんですか?」

 

 彼女がまだ一つ目を食べる事を確認し、今回の件について話す。当事者の彼女が最後だけ携われなかった、廃ホテルでの除霊内容は気になるだろう。

 元々時系列を纏めていたし、その後に書く報告書の為に粗筋は出来ていた。だから客観的に全てを話す事が出来た……

 

「そうだったんですか。愛子さんが、七海ちゃんを……だから鷺沼には現れなかったんですね」

 

 漸く説明し終えて、どら焼きを食べ始める。こっちは喋り続け、向こうは聞きながら食べる。

 

 畜生、既に残りは三個。僕は二個目で彼女は五個目か?

 

「廃ホテルの主は小原邸に現れた女性だったのか、愛子さんかは不明だ。それに神泉会が絡んでたかもね。今となっては確かめ様が無い。

神泉会は関西に撤退したから余計にね。僕は最初の悪霊が居なくなったから、愛子さんが変化したと思うんだ」

 

 急いで二個目を食べて、三個目に手を伸ばす。バカな?既に一個しか無いだと?

 

「悲しい話ですわ。愛する旦那様から冷たくされた事を愛娘の所為にして、小さな命を消すなんて……」

 

 ああ、悲しいよ。僕のどら焼きを消すなんて……

 

「だが……最後は仮初めの身代わり札だとは言え、最後は親子三人になれたんだ。幸せかは分からないけど、彼女は笑って逝ったよ」

 

 見る者が凍り付く様な狂気の笑みでね。僕でも思い出すと背中が寒い。愛欲の果てに、男の寵愛に縋る為に我が子を殺す気持ちが……

 分かりそうで怖い。僕は自分の為に他人を犠牲にしてるから。利己的と言われたら弁解の余地は無い。

 

「でも鷺沼伝説や祠の石版は何だったんでしょう?不思議な神社も謎のままですわ。調査した意味が無かったですね」

 

 確かに鷺沼伝説の、お鷺の悲劇や石版の姫や領主も謎のままだ。廃仏毀釈の線で調べた神社や寺も、関係は無かったみたいだ。

 

「調べた事の全てが事件に繋がる事なんて無いんだ。十個を調べて三個が関係有れば上等だよ。地道な調査は選択の幅と推理を広げる事が出来る。

実際調べた被害者の霊も現れたよ。それ以上に色々現れたけどさ。それに佐々木夫妻とも知り合えたしね」

 

 人の良さそうな老夫婦を思い浮かべる。彼等と知り合えたのは良かった。むぅ、結局どら焼きは三個しか食べれなかったな。すっかり冷えたカフェオレを飲み干す。

 

「故人の幸せは残された者の供養による、ですか?食堂のオヤジさん……愛子さんのお父様と小原さんは関係が修復出来たのかしら?」

 

 柄じゃないが僧侶として説教したんだっけ。アレだけの悪霊になった元妻を罪を償う為には、遺族の祈りが大切だ……とね。

 間違いでは無いし、良く言われる事でも有る。

 

「殺されそうになった相手を愛してると言い切ったんだ。ちゃんと一緒に供養してるさ」

 

 桜岡さんと話した事で、報告書の内容も決まった。元々粗筋は考えたが、人に話すと余計な部分や足りない部分が分かった。この調子なら、明日中には報告書を作れる筈だ。

 

「じゃ僕は報告書の作成を続けるよ」

 

 完全敗北したどら焼き対決。次は何の勝負を挑むかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 あれから二時間後に夕食の準備が出来た。報告書も二割程度は完成したし、明日には終わる。結衣ちゃんが部屋まで迎えに来てくれた。

 

「正明さん、夕食の準備が出来ましたよ」

 

 彼女は薄い青のハイネックのセーターに白のホットパンツと軽装だが、寒くないのかな?久し振りに見るロリロリな美少女に思わず笑みが零れる……コレだよ、コレを求めてるんだ僕は!

 

「ありがとう、直ぐ行くよ」

 

 書き掛けのエクセルを保存し、パソコンの電源を落とす。僕が近付くまで扉の前で待っていた。

 

「じゃ行こうか」

 

 軽く彼女の背中を左手で押して促す。僕を見上げながら「はい」と言ってくれる。怪我を知った時も直ぐに包帯を変えて薬も塗り直してくれた。

 手当てが手慣れてるのは、多分だが自分の自傷の所為だと思う。酷い環境で多感な子供時代を過ごしたのに、こんなにも素直に優しく育った娘……

 

 うん、結衣ちゃんは僕の嫁。

 

 そんなフレーズが頭の中に鳴り響いた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 桜岡さんの宣言通り、夕食は豪華だった。

 桜岡さんの自慢のポトフ。結衣ちゃんが作ってくれたのは僕の好物ばかりだ。

 鳥の唐揚げ・出汁巻き玉子・アスパラベーコン炒め・カジキマグロの照り焼き・シザーサラダ・ロールキャベツ。

 どれも食べ易い大きさだし玉子焼きや照り焼きは、既に切り分けられている。ご飯は俵おむすびが20個程積んで有る。

 テーブルに着くと桜岡さんが、お茶を淹れてくれた。

 

「「「いただきます」」」

 

 久し振りの家族の夕食は楽しかった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 大阪某所……

 

「くっ……何故、何故なの?呪詛が悉く霧散するなんて……弾かれたり返されたりじゃない。霧散なんて呪詛を掛けてる側に配慮した行為じゃない。

あの筋肉坊主め!

私が霞の為に掛けた呪詛に気付いているのね?私の力が全く通用しないなんて……覚えてなさい、必ず霞に襲い掛かる様にしてやるわ!」

 

 薄暗い部屋の中で祭壇を前に呪詛を掛ける摩耶山のヤンキー巫女は、天井に向かって吠えた!榎本の貞操は守られた。

 しかし胡蝶さんの守りを抜くのは……無理だと思う。

 

 

 

 その頃の胡蝶さん。

 

 

 

 主人公の自室で布団の上で胡座をかいている。何時もの全裸でなく、ちゃんと服を着ているが古代中国のお姫様みたいな格好だ。

 愛しい下僕が主を放置してパソコンに向かい、何やらやっている。

 

 暇だ……暇過ぎる。

 

 何度か襲って来た呪いは、見覚えの有る霊力だ。程度の低い魅惑の呪い。

 これに掛かると、多分だがあの乳巫女を孕ます事が出来るだろう。しかし、彼女一人しか相手にしない拘束力も備えている。

 

「こやつ、変態的性癖の持ち主の癖に好み以外には身持ちが固いときてる。アレだけの力有る女子に囲まれて何故手を出さん?」

 

 我の手ほどきの為に偏った性癖にしてしまったのか?我の所為なのか?

 

「いや違う、最初からこの下僕は幼女趣味だった……我はコヤツの好みを反映させた容姿なのだ。だから我は悪く無い」

 

 急にムカムカし出したので近くに有った枕を投げつける。ボフンと後頭部に当たった。

 

「なんだよ胡蝶、大人しくしてくれ。バレると大変なんだよ」

 

 振り返ってヤレヤレこの子は、みたいな目で見るな!

 

「五月蝿い変態野郎!お前が普通だったら、バンバン子供を孕ませまくれるんだ!」

 

 手の掛かる愛しい下僕を調教するか真剣に悩んだ。

 

 

100話達成リクエスト話(IFルート霞さんご成婚おめでとう!)

 

 関西某所、高級住宅街の地下室……

 

 ご立派な祭壇を前に摩耶山のヤンキー巫女は、キッチリと巫女服を着込み護摩壇の前に座っていた。

 額に白い鉢巻きをして両側に榊を差している。口には短刀をくわえ一心不乱に祈りを捧げている。

 数々の供物の中には野菜や魚に混じり、成人男性の写真と毛髪……ムキムキなマッチョのオッサンの写真。

 

 一時間近く祈りを捧げた後、徐にくわえていた短刀を右手で掴む。

 

「霞の為、桜岡家の子孫繁栄の為にペド野郎を正常な性癖へ……娘を霞を性的に襲う様にしたまえ!」

 

 躊躇無く短刀で左手首を浅く切り、滴るその血をオッサンの写真に垂らす。

 

「ふふっふふふふ……今夜、呪いをかける事は霞には話してある。準備は万端の筈よ。ああ、これで霞にも女の幸せが訪れるのね。

くっくっく、あーっはっはぁー!義母さんが貴女を幸せにしてあげるわー」

 

 額に玉の汗を浮かべ前髪を貼り付かせ片手に短刀、片手は血だらけ。そんな妖女が狂った様に笑っていた。

 

「あっ!治療、治療しなきゃ」

 

 正気に戻り貧血で倒れそうな彼女は、辛うじて止血をして愛する旦那を呼んだ。

 

「アナター、助けてー」

 

 愛する妻の助けに颯爽と駆けつける旦那。まるで部屋の外に居た様なフットワークの良さだ!

 

「おっお前、どうしたんだ?誰かに呪われたのか?」

 

 床に倒れていた彼女を抱き上げ、思わぬ惨状に狼狽するも常に同業者に狙われている彼は思った。呪詛を返したのかと……

 しかし事実は愛娘をムキムキなオッサンが性的な意味で襲う様にけしかけたのだ。旦那さん、その嫁を叱った方が良いと思うぞ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 関東某所、普通の住宅街の一室……

 

 八王子の廃墟ホテルの一件を何とか解決した。やっと愛しの我が家に帰り、暖かい結衣ちゃんと桜岡さんの手料理を食べれた。

 少し早いが22時過ぎに布団に入る。晶ちゃんには悪いが、やはり自宅が一番!

 珍しく胡蝶も服を着た姿で人のお腹の上に乗っている。ゆったりと流れるリラックスタイム……別にこれから同衾する訳じゃないよ。

 呼吸する度に胡蝶が僅かに上下に動く。軽いから問題は無いのだが、さっきから天井の一点をずっと見ているんだ。

 良く聞く飼い猫が部屋の一点を見つめているのは、其処に霊が居るからだと……だが、そんな事なら僕でも分かるから違うのだろう。

 

「くっくっく……そう言う呪いか。だが生涯伴侶が一人は駄目だ。少し弄らせて貰うか。

正明には、バンバン子供を作って貰わねばならぬのだ。種は豊富でも畑が一つでは駄目なのだ。

これをこうして、こちらをこうすれば……うん、コレなら大丈夫だな。正明、喜べ!お前を我が調教してやろうぞ」

 

 凄い良い笑みでサムズアップしてきたぞ。しかし調教って何だよ?僕は幼女に性的な意味で調教されるつもりは無いぞ。

 

「なっ何を言ってるんだ!僕は多分Sだと思う……なっなんだ、この感覚は……

うっ頭が、頭が割れる様に痛い……胡蝶、僕はエムじゃない、どっちかと言えばソフトなエス……」

 

 金縛りに有った様に体が動かないし、頭も割れる様に痛い。

 

「ふふふ、正明安心しろ。エムじゃないぞ、お前の性癖が幅広くなるのだ。

所謂あれだ、「真・正明」に生まれ変わるんだ。

ほら、我の姿を見ろ。ロリから美少女、そして美女に変化しておるぞ」

 

 割れる様に痛い頭痛に耐えながら、何とか片目を開けて胡蝶を見る。

 涙で滲む視界には何時もの愛らしい美幼女姿から結衣ちゃんに似た美少女、それから桜岡さんに似た和風美女へと変化していった。

 

「我は正明の理想の性癖の姿へと変えられる。今のお前の理想は大和撫子で艶のあるロングヘアーでグラマーなのだ。

しかもアンダーは無毛とはマニアックよの。ふふふ、どうだ?新しき我の姿は」

 

 何時の間にか全裸になり、しかも亀宮さんに似た和風美女が僕の上に乗っている。サラサラの黒髪は腰の位置まで伸びており、顔に触れる髪は良い匂いと肌触りだ。

 あれほど嫌だったデカい乳も、今ではご馳走に感じてる。これが「真・胡蝶」なのか?

 

「うがぁー、もう辛抱溜まりません!」

 

 大和撫子の胡蝶に襲い掛かるが、簡単に返り討ちに合い布団の上で押さえ付けられる。片足で頭を踏まれているが、その淡い付け根もバッチリ鑑賞出来るぜ!

 

「落ち着け正明。我が後でタップリと相手をしてやるが、今は無駄玉を打つな。お前の相手は隣の部屋に居るだろうが?」

 

 隣の部屋?桜岡さんの事か?彼女は……うん、素晴らしいボディだ。

 前は残念だと思っていたが今は喰える、余裕で喰えるぞ。いや先ずは一階の結衣ちゃんに夜這いを……イヤイヤイヤ、それはマズいだろ?

 彼女が成人してお互いの気持ちを確認する迄は駄目だ。あの子に嫌らしい感情をぶつけちゃ駄目なんだよ。

 その場に座り込み、頭を抱える。何でどう見ても好意的に接してくれる桜岡さんに、何で手を出さなかったんだ?

 彼女の態度を見れば、バッチコイじゃないか!

 

「悩んでないで早く子作りに行かんか、ボケェ!」

 

 胡蝶さんに尻を蹴られて廊下に叩き出された。少し寒い廊下を見渡せば、まだ桜岡さんの部屋からは灯りが漏れている。

 

「ふむ、まだ起きてるのかな?起きてるなら夜這いじゃないよね」

 

 起き上がり身嗜みを整えて、彼女の部屋の扉をノックする。

 

「はい、あら榎本さん。どうしたんですか?」

 

 彼女は寝る前だったのか、可愛い系のネグリジェに薄いショールを羽織っているだけだ。

 匂い立つ色気を感じるが、微妙にお酒臭い。肩越しに見る室内には卓袱台が有り、日本酒の一升瓶が鎮座しています。

 久保田の碧寿とは知る人ぞ知る山廃仕込みの純米大吟醸だ、レアな逸品をチョイスしてるね。

 しかも摘みがアタリメとは更に渋いな。でもオッサン臭い趣味も今は魅力の一つと思ってしまう……

 

「ええ、実は桜岡さんに……いえ、霞さんに大切なお話が有りまして」

 

「まぁ!榎本さんが私を名前で呼んでくれるなんて……」

 

 気の所為か、目がウルウルしている彼女の両手をしっかりと握る。

 

「僕の子を一ダース産んで下さい」

 

 彼女の目を見てハッキリと力強く言う。

 

「はぁ?いえ、いや……あの……その、一ダースですか?」

 

「嫌ですか?」

 

目を逸らさずに再度聞く。

 

「いえ、嫌ではないのですが……その、12人は多くないでしょうか?」

 

 嫌じゃなければ人数の問題なんだな。ならば歩み寄れば良い。

 

「分かりました。出来るだけ僕の子を産んで下さい」

 

「はい、分かりましたわ」

 

 彼女の手を取り部屋の奥へと誘う。丁度布団が敷いてあるので、そこで一緒に大人のプロレスごっこをしよう。今夜は長い夜になるね……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 既成事実さえ作れば、後はとんとん拍子に結婚式まで進んで行った。元々、準備万端暗躍していた梓巫女母娘の行動は早かった。

 子作りを行った翌日、娘は母親に報告。御両親は翌日に松尾氏を伴い僕に襲撃をかけた。

 既にヤッちゃってるから反対など出来る筈も無い。そのままブライダルフェアを行っている式場に連行。

 当日に会場を決めて式の日取りも予約した。二ヶ月後の大安吉日に百人入る大会場を抑えた。もう花嫁側の暴走は止まらない。

 新郎など出席者リストさえ提出すれば、何もしなくても進むのだ。

 

 後は自分の衣装合わせに数時間程掛ければお終い。

 

 それすらチョイスは花嫁が決めているから、実際はサイズ合わせだけだ。ウェディングドレスとお色直しのドレスは、当日のお楽しみらしい。

 招待状の作成・会場の飾り付け・席割り・司会者との打合せ・主賓来賓からの祝辞・引き出物選び・結婚指輪・新婚旅行の全て新婦が取り仕切った。

 松尾の爺さんもノリノリで新郎側の主賓として活躍してくれるそうだ。

 新婦側の主賓来賓は義理の親父さんが現役の商社を経営してるので膨大な人数になりそうだ。どうやら松尾の爺さんは桜岡一家と既に話を進めていたらしいが、怒っても後の祭りだ。

 しかも費用は全額新婦側負担で、僕は指輪代だけで良いらしいので文句など言えない。新居自体は僕の持ち家に花嫁が嫁いで来るから必要なかった。

 最短二ヶ月で急いだのは、新婦のお腹が膨らむ前に結婚式を行う為だ。プロポーズの宣言通りバンバン子作りを行っていたので、第一子誕生は確実なのだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結婚式当日……

 

「正明さん、漸く結婚式ね。私、分かるわ。お腹の中に私達の愛の結晶が居るのが……」

 

 新婦には控え室が有る。式の途中で何度かお色直しの為に席を外すからだ。新郎は雛壇に座りっぱなしだけど。

 控え室の椅子に座り、優しくお腹を撫でる。まだ外見的には妊娠は分からない。だが、母親になると直感で分かるらしい……

 当日に初めて見せて貰ったウエディングドレスは素晴らしいの一言に尽きた。当然レンタルではない、オーダーメイドの逸品だ。

 流石にティアラやネックレスはレンタルだが相当な金額だろう。

 

「そうなんだ。じゃ体を大切にしなきゃ駄目だね」

 

 座る新婦の脇に立ち、肘掛けに添えられた彼女の手を優しく握る。

 

「そうよ。激しい子作りは控えて下さいね。私の勘では双子だと思うわ」

 

 彼の鍛えられた肉体は、アクロバティックな体位をも可能としていた。だがお腹に子供がいるなら自重しなければならない。

 

「幸先が良いね。頑張って育てよう。何、お姉ちゃんがしっかり者だから大丈夫だよ」

 

「結衣ちゃんを正式に養子にしたのは、子供のお世話をして貰う為じゃ無いのよ。彼女に迷惑は掛けません。

私が専業主婦になりますから、アナタが頑張って稼いでね」

 

 本当は霞の御両親と養子縁組をする予定だったが、一緒に暮らす為に自分達の娘としたのだ。彼女の意思でもあるのだが、元々里子として面倒を見ていたのだし問題無い。

 

「バリバリ稼ぐさ。さぁ時間だ、会場に行こうか?」

 

 添えていた手を握り締めて誘導する。

 

「私の頼りになる優しいクマさん。末永く宜しくお願いしますわ」

 

 極上の微笑みをムキムキなオッサンに向ける。

 

「勿論さ!君を不幸にする奴が居るなら、全力で潰すからさ」

 

 その逞しい筋肉を誇示して宣言するオッサン。それを見て微笑む彼女は、とても魅力的だった。

 まさに美女と野獣……その後、霞は四男三女を生み榎本一族は繁栄した。

 

 

 

 

 

 だがしかし、新郎が小原氏並の浮気癖を身に着けてしまった為に認知騒動は絶えなかった。

 最終的には子供だけで野球の対抗試合が出来る程の人数だったが、何故か新婦の母親が理解を示していたので離婚までには至らなかった。

 

 愛娘に詰め寄られた母親が「ごめんね霞、呪いがね少し変化してたみたいなの……やはり遠距離が駄目だったのかしら?それとも贄の鮮度かしらね?」

 

 そう謝罪したので、ああ彼の本質が浮気性じゃなくて私達がいけなかったのね。と、自己完結してしまったのは幸せだったのか?

 


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