第99話
胡蝶と少し心を通わせて外に出ると、小原さんを囲み皆が何が有ったのかを聞いていた。
結局、あの場で突撃したのは僕・亀宮さん・高野さんの三人だけだった。だが一応全員残ってくれていたみたいだ。
送迎バスも見えるから、運転手も居るのだろう。小原氏も、女性陣に取り囲まれてご満悦みたいだけどさ。
他にやる事有りますよね?僕は怪我人だから、早く救急車とかさ。色々有るよね?
「ああ、榎本さん。すまない先に行ってしまって。私も色々と経験して考えさせられたよ。有難う、君のお陰だ」
にこやかに握手を求めてきたけど、僕は怪我人です。右手は怪我してるし左手は胡蝶さんが宿ってる。仕方無く右手をヒラヒラと見せる。
「いえ、ご希望に添えて良かったです。僕は手がこんなですし、医者に行きたいのですが宜しいでしょうか?」
場の雰囲気を壊さない様に控え目に言う。胡蝶の治療で凍傷の心配は無くなったが、薄皮一枚全て剥がれてるから痛いのです。
「ああ、すまない。忘れてた。高野、榎本さんを連れて医者に。念の為、私も医者に行こうかな。右足首の付け根が妙に痛いんだよ」
グリグリと右足首を回しながら首を傾げている。アレだけ元奥様に抱かれていたのに、凍傷になってないのか?
確か服が凍り付いてた筈なのに……右足首は亀ちゃんが思いっ切り噛んでたからな。
だけど車は二台しか無いんだよね。送迎バスとトラック。マニュアル車だから右手が使えないと運転が難しいぞ。
「榎本さん、送迎バスで小原さんと医者に行きなさいな。今夜は私達が夜通しホテルを見張るわよ。民宿から夜食も用意して貰ってるのに、食べずに帰るのも気が引けるし……
明け方に送迎バスを寄越して下さいな。ちゃんと機材も積んでトラックも運転して帰るから安心なさいな」
メリッサ様がばつが悪そうに提案してくれた。最後の最後で逃げ出してしまったから、気が引けてるのかな?
何時もの勝ち気さと、自信に溢れた笑顔が無い。だが折角の善意を受けない事は無い。
「ありがとう。ラスボスは昇天したけど、他にも残っている霊が居るかも知れないね。
無理せず建物の外から見張れば良いよ。小原さんも、このホテルは解体するって言ってたし……
無理矢理集められた霊達だから、ラスボスが消えれば霧散するだろう。問題は無いと思うけど、念の為に宜しくお願いします」
元々は丹波の尾黒狐が集めた霊を小原愛子が拘束していたんだ。両方居なくなれば、自然に散るだろう……
やっと廃ホテルの霊障に関しては終わった。
残りは神泉会だけだ……
小原氏の信用は得られたと思うから、此方も何とかなるかな?マダマダ終わらない今回の騒動に溜め息が出る。
「さぁ榎本さん。バスに乗りますわよ。メリッサさん、後はシッカリとお願いしますわ。あと貴女達も彼女の言う事を聞いてね、シッカリとね?」
僕の右腕を抱え込み、メリッサ様にチクリと毒を吐く亀宮さん。物凄くご機嫌だ。
それとお供の二人も居残り決定らしい。対照的に悔しそうなメリッサ様。僕まで睨み付けられてるし……
やはり二人は仲が良くないのかな?でもお供の二人を頼む位だし、信頼してなくても信用してるのか?
確かに自分の力量を考えて無理はしない?いや2000万円なら死ぬ気で頑張るとか聞いた様な……
「ほら、榎本さんも早く乗りなよ。バスの運転手さんが、救急指定病院を知ってるって」
既に小原さんと一緒に乗り込んでいる高野さんが、タラップから身を乗り出して呼んでいる。つまり突撃組は僕と病院に同伴、先に民宿に帰る訳ですね。
んで待機組は朝まで現場待機な訳だ。
「ああ、今行くよ。メリッサ様、後を頼みますね。では!」
良い様に亀宮さんに言われ憮然としたメリッサ様にお願いして、廃ホテルを後にする。やっと医者に行けるね。
◇◇◇◇◇◇
救急指定病院は、八王子市民病院らしい。ここから20分位だそうだ。広いバスの最後尾に亀宮さんと並んで座り、一つ前の座席に高野さん。
その前に小原氏が座っている。小原氏は疲れて眠っているみたいだ。亀宮さんがウエットティッシュで右手の傷を丁寧に拭いてくれる。
一応バスには救急箱も有り、この後マキロンで消毒してくれるみたいだ。だが、ズル剥け因幡の白兎状態だから結構しみるんだ……
応急手当て状態をニヤニヤしながら見詰める高野さん。その手には、あの水晶が光っている。
「榎本さん、この水晶をどうやって手に入れたのよ?霊力との親和性が極端に高いのよね」
そう言えば数珠とかもそうだが、水晶は僕の霊力を込め易い気がする。それも商品棚に陳列されていた物に、片っ端から霊力を送って確かめたんだ。
「ん?普通に風水ショップで買ったんだよ。25000円で」
怪しいマダム道子の店で買ったんだが、そんなに凄いのか?
「何で、この水晶を選んだの?私だって色々な店を巡って自分の足で調べても、ここまでの物は中々無いのよ。しかも25000円って何よ!滅茶苦茶安いじゃない」
宝石としての価値は分からないけど、大きさや透明度はイマイチじゃないのかな?25000円以上の価値が有るかは、僕には分からないけど……
「その水晶を選んだのは晶ちゃんだよ。もう一つ紫水晶も有ったけど、彼女の好みにしたんだ。勿論、霊力のブースター目的だから自分も霊力を溜め易そうな石を選んだけど……」
紫水晶の方も感覚的には性能は同じだと思う。高野さんは驚いた顔をして、溜め息をついた?
「もう一つ?同じ位の性能の水晶をもう一つ?何故、買わないのよ!馬鹿なの?」
偉い言われようだ。僕の除霊スタイルに宝石は余り関係無いのだが、価値を知る人には大問題なの?分かる人には分かるみたいな?
「僕は使い捨てのつもりだから、一つで良かったの。店を教えるから自分で買いに行きなよ。八王子駅前通りの雑居ビルに有る、マダム道子の店だよ」
さっきよりも驚いている。マダム道子って有名人なのか?
「マダム道子!彼女は風水の高名な導師なのよ。
業界人には殆ど品物を流さないので有名な偏屈ババァなのに、何故榎本さんは売って貰えたのよ?それに何故、彼女がこんな近くに店を……」
「うわっ!しっしみます、しみてます亀宮さん」
忘れていたが、亀宮さんが自分の膝にタオルを敷いて僕の手を乗せて……マキロンをバンバン吹き付けていた。
手首をガッチリ抑えられてるので逃げられない。
「榎本さん、晶ちゃんをそんなお店に連れてったんだ?ふーん、二人きりでデートかしら?」
散々消毒されタオルを巻かれて漸く解放された。有難うとお礼を言うが、少し不機嫌そうだ。
「いや高野さんに水晶くれって言ったら断られてね。それで晶ちゃんに聞いたんだよ。近くで水晶を扱う様なお店を知らないかって?
民宿の買い出しを手伝うなら、送ってくれるからってさ。でもタウンページに載ってたぞ」
浮気者の言い訳みたいに感じるが、晶ちゃんとはその様な関係じゃないし。亀宮さんだって僕の彼女じゃないんだし。
「タウンページ?まぁ良いか。榎本さん、この水晶頂戴!」
目がね、金マークになってるんだ。多分だが同業者には高値の品物なんだろうな……
「うーん、必要経費で小原さんに請求するから。彼に了承して貰えれば良いよ」
仕事で使った物だから、所有権は小原氏に有るからね。暫くして救急指定病院で有る八王子市民病院に到着。
夜間窓口で受付をして当直の医師に見て貰う。僕は仕事に挑む時は国民健康保険証も用意してるから保険対応で安く済む。
綺麗に剥けた皮は3週間位で元に戻るらしい。労災にはせずに、医療費は全て小原氏が負担する事になった。
後遺症が残る心配も無いので了解する。だが暫くは片手が使えず不自由な生活だ。
因みに小原氏は保険証は持ってなかったが、金持ちだから全額現金払いだ。
症状として足首に大きな動物に丸かじりされた様な歯形が付いており、医者も頭を悩ませたそうだ。
◇◇◇◇◇◇
治療を終えて民宿「岱明館」に戻る。時間は午前3時。悪いとは思うが晶ちゃんの携帯に電話をする。
「うーん、榎本さん?今夜も早かったね……今鍵を開けに行くから待って」
深夜に起こしてしまい悪いとは思う。暫く待つと玄関が明るくなり扉が開いた。
「お疲れ様……って榎本さん?右手どうしたの、包帯だらけじゃん!」
アディダスの上下ジャージに褞袍(どてら)を羽織った晶ちゃんに驚かれた!年頃なんだし、上下ジャージはどうよ?
「うん、指の皮が捲れちゃってね。全治3週間かな?でも仕事は今夜で大体目星がついた。他の連中は5時過ぎ戻りだけどね」
僕等が話してる脇を抜けて小原氏達は民宿内に入って行った。一応声を掛けておく。
「小原さん、居残り組は5時過ぎ戻りだから朝食は7時です。それまでは自由ですから……」
因みに彼の部屋は僕の隣だ。男女で階層を分けたので例外は無し。片手を上げて了承し、フラフラと部屋に入って行った。
「榎本さんも早く入って!此処は寒いから。で、手は平気なの?冷やすなら氷とか有るよ」
純粋に心配してくれてるんだな。つい彼女の頭をクシャクシャと撫でてしまう。
「医者に見せたから平気だよ。お風呂に入るのにビニール袋と輪ゴムが欲しいんだ。湯船には浸からないけどシャワー位は浴びたいんだ」
目を細めて撫でられるままの彼女。最近、撫で癖がついたか?残念ながら、ナデポでもニコポでも無い。
「部屋に持ってくよ。少し待っててね」
パタパタと奥に走って行く彼女を見送りながら、一応玄関の鍵を閉める。
◇◇◇◇◇◇
片手で体を洗うのが、こんなに面倒臭いとは思わなかった。これから大変だよ。
頭を洗うのも四苦八苦だが何とか終わり、少しだけ浴槽に浸かろうと思ったら誰かが入って来た。
此処は男湯だし、小原さんか?湯煙の中から現れたのは、前をタオルで隠した50代の男性だ。
イメージは板前さん。
角刈りで割とガッシリした体系、お腹まわりに少し贅肉が……あれ、晶ちゃんのオヤジさんか?
「榎本さんですね。娘から色々聞いてます。何でも片手が使えず難儀してるからと……良ければ背中を流しますよ」
表情は優しい。
「ああ晶ちゃんのオヤジさんですね。有難う御座います。何とか洗い終わりました。軽く温まったら上がりますから大丈夫です」
そう断ると、そうですかと言ってオヤジさんも体を洗い出した。もしかしたら仕込みとかで今まで仕事だったのか?
体を洗い終わり隣に入ってくる。湯船は6畳位の広さだから男二人でも平気だ。
「ふーっ、榎本さんは凄い体をしてますな。しかも傷だらけだ。相当の修羅場を潜ってますかな?」
確かに大小・新旧の傷が全身に有るよな……
「ああ、気を悪くしたならすみません。体が資本な仕事ですから鍛えてはいますが、今回みたいに怪我も多くて……」
一般の人々には見るのが嫌な体だろうか?でも刺青とかは無いから、サウナも銭湯も平気なんですよ。
「いえいえ。羨ましい肉体ですよ。
晶がね、あんまり榎本さんの話ばかりするのでね。どんな人物かと気になりまして……
礼儀正しく真面目な人で安心しました。晶は、気難しい娘ですが宜しくお願いします」
何だろう?話が変な方向に向かってないかな?イヤイヤ、深読みし過ぎだろ。
女将さんにもちゃんと説明してるんだし大丈夫な筈だ。此処は誤解の無い様に、大人の対応で行こう!
「彼女は良い娘に育ってますよ。思いやりが有って優しいし、家業も手伝っている。
自慢の娘さんなんじゃないですか?では、お先に失礼します……」
そう言って掛け湯をして浴室を出た。
出掛けに振り返りオヤジさんに頭を下げたが、最初の通りの優しい表情だった。初めてオヤジさんと話したが、彼女はご両親に大切にされているのが分かる。
うーん、造形は綺麗だし胸は無いが化粧をして服装に気を使えば美人さんに化けると思うな。
まだ二十歳前だし、親御さんとしては心配なんだろう……苦労しながら体を拭いて寝間着に着替える。
備え付けのドライヤーで乾かすが、短髪だから乾きも早い。髭は剃れなかったが、電気ひげ剃り持参だから問題無いな。
ビニールを剥がして調べてみるが、包帯は濡れてなかった。起きたら薬を塗って包帯を交換か……
胡蝶に頼んで治して貰いたいが、彼女の存在も秘密だし怪我が直ぐ治るのも異常だ。
我慢しよう……布団に潜り込むと、直ぐに睡魔が襲って来たぞ。
◇◇◇◇◇◇
今朝はちゃんと自分で起きて身嗜みも整えた。髭も剃り髪型も整えて大広間に向かう。
どうやら僕が最初らしく何時もの指定席に座ると、廊下が騒がしくなってきた。どうやら皆さん無事に帰っていたんだな。
「おはよう、榎本さん。傷の具合はどうかしら?」
亀宮さんは浴衣の上に丹前を着ている。風呂上がりらしく髪をアップにしているな。
「大分良いよ。でも暫くは不自由するかもね」
配置は昨日と一緒みたいだ。他の皆さんも風呂上がりらしく、華やかな朝食会場になりそうだね。
因みに小原氏は朝からキッチリと背広姿です。食事の前に小原氏から話が有るそうだ。
一応解決だし、廃ホテルの解体もマダマダ先の話だろう。今回の合同除霊も一旦解散かな?
女将さんと晶ちゃんが忙しく料理を運んでる。
今朝の献立は……
塩鮭・温泉玉子・湯豆腐・湯葉刺し・厚揚げの煮物・カボチャのサラダ・切り干し大根・納豆そして蜆(しじみ)の味噌汁だ。
見事に片手では食べ辛い献立……ポロポロ零さない様に頑張らねば!
「はい、榎本さんは特別だよ。食べ易い様にしたよ」
晶ちゃんが僕の前に並べてくれるのは……おにぎり10個・切り分けられたステーキ・ゴボウのサラダ・白菜の漬け物に蜆(しじみ)の味噌汁だ。
ちゃんとコーラが有るのはご愛嬌?箸じゃなくてフォークが添えてある。
「ありがとう。これなら左手だけでも食べられるよ」
全員の朝食の用意が出来たみたいだし、小原氏の話がそろそろ始まるかな……
第100話
取り敢えず廃ホテルでの除霊は完了した。
小原氏的にも、前妻の霊が成仏したのだから成功と思って良いだろう。上座の彼は我々に言葉を掛けるみたいだ……
「えー皆さんのお陰で、私の所有するホテルでの怪異は沈静化したと思う。先ずは、ありがとう。
あのホテルは解体する予定だ。一旦収まった霊障だが、再発の恐れや噂による風評も有るだろう。
また仕事を依頼すると思うが、その時は宜しく頼む。今回の依頼は此処で終了だが、この民宿は今日まで抑えている。
夕食は盛大に行うので楽しみにして欲しい。
私は仕事で夜まで戻らないが皆さんはゆっくり静養して欲しい。以上だ」
上機嫌で労いの言葉を頂きましたよ……取り敢えず拍手をする。僕に追従して疎らな拍手が起こった。
ふむふむ、女性陣には受けが良くないのか?多分、大体の真相は皆さん気付いてるんだな。
旦那の浮気が元で自殺した前妻に祟られたんだし。でも仕事を請けたんだし、表面上は愛想良くしなよ。
気を使った、労いも兼ねての宴会か……確かに居残り組に、朝10時チェックアウトは辛いだろう。
小原氏も女癖の悪さを抜けば、案外良い人?だが僕は機材を返して愛車の修理用のレッカー車の手配と色々忙しい。
小原氏の話の後に自由解散となり、僕は一旦部屋に戻った。
伝票を持ちトラックへ行き、荷台の荷物の数量を確認する。発電機・投光器・三脚・電工ドラムと全て有る。
助手席に置いていた寸胴も無いのは民宿に返したんだろう。トラックの外観もチェックしたが傷も無い。
伝票に載っていた電話番号に連絡し引き取りの手配、午前中でお願いする。次にディーラーにレッカー車の手配を頼み修理を依頼。
右手負傷で運転出来ないので「岱明館」まで来て貰い案内をする手筈にした。到着は11時位だそうだ。
一連の手配・連絡をしてから自宅に電話する。
除霊作業完了の報告を兼ねて結衣ちゃんと話せるかなって……10回程コールしたが出ない?
仕方無いので、結衣ちゃんと桜岡さんにメールする。
「自宅に電話したけど不在だったのでメールします。八王子の廃ホテルの除霊は完了。
今日は日中休んで夜は小原氏主催の打ち上げです。明日には帰るので宜しく」
そう送信すると、直ぐに結衣ちゃんから返信が来た。
「おはようございます。今、駅まで桜岡さんのお母さんを見送りに来ています。
お仕事ご苦労様でした。明日の夜は正明さんの好物を沢山作りますね」
愛しのマイロリ結衣ちゃんから、愛情一杯のメールが来ました!これで僕は頑張れるのです。
桜岡さんのお母さんが帰るので最寄りの駅まで見送りしたらしい。てか、あの人には自宅の護衛を頼んだのに、なんで事件解決と共に帰ってるの?
もしかして監視されてるの?自宅じゃなく携帯に電話すれば結衣ちゃんの声が聞けたのにな……
携帯電話をポケットにしまい部屋に戻ろうとすると高野さんが居た。
珍しく真面目な裏の方の顔だ。きっちり私服に着替えてるし……
「大変ね、色々と手配が有って。小原さんが今後の話をしたいから部屋で待ってるわ」
「そうだな。僕達は……未だ此からが大変だからね」
二人並んで小原氏の部屋へ向かう。畳にテーブル、座布団に脇息と言う純和風な和室に小原氏と向かい合わせに座る二人。
一応唯一の女性たる高野さんがお茶を淹れてくれる。
「榎本さん、本当に有難う。
私は愛子に逢えて幸せだった……彼女の手で殺されても悔いは無かったよ。
だが、愛子が成仏する事は……今後の私と義父次第と君は言う。辛い事だが頑張るよ」
食堂のオヤジさんで通じたみたいだ。良かった、あの場で答えを聞いてなかったからね。
「死者の供養は残された者の勤めですから。僕は根無しの在家僧侶ですし正式な供養をなさった方が良いですよ」
この憎愛劇の終末に、これ以上の他人は介在しない方が良いよね。
「分かった。それと神泉会についてだが、関東から撤退はさせられそうだ。くっくっく……奴の管理会社はもう直ぐ倒産だな」
ニヤリと暗い笑みを浮かべる。方法は聞かないが、色々とやったんだろう……
「そうですか、それは一安心です。今後、あのホテルの解体に際しても色々とお手伝い出来ると思います。
既に祓った物件でも風評は残りますし。解体業者の下見に同行したり、場合によっては再度の除霊もしましょう」
小原氏とは長い付き合いになりそうな予感がする。専属は無理だけど協力は惜しまないつもりだ。
「ああ、そうだね……長い付き合いになりそうだ。高野共々お願いしますよ」
僕の存外に込めた思いは通じたみたいだ。神泉会と事を構えた今、彼の協力は僕にとっても桜岡さんにとっても必要だからね。
一応、淹れてくれたお茶を飲んだが既に冷めていた。後は簡単な事務処理の話をして、部屋を辞した。
◇◇◇◇◇◇
部屋を出て行った筋肉隆々の坊さんを見送り、専属霊能力者の高野に話を振る。この女は一見頼りないが、裏の事情に精通し油断が無い女狐だ。
「人畜無害・人当たりの良いクマさん・面倒見の良い筋肉……でも私と同じ裏の顔を持ってます。
自分と自分に近しい者以外なら、冷徹な対応が出来るでしょう。アレは無関心な者には冷たいと言うか関心が無い。
油断大敵ですね。ただ桜岡霞を大切に思ってる。神泉会と事を構えるなら、彼は私達に協力を惜しまないでしょう」
裏の顔を持つ者が、女一人の為に私と協力する、ね。信じられないな……
「ふむ……確かに私も彼に返しきれない恩が有るが、それも織り込み済みの対応か。だが、とても人殺しが出来るとは思えないぞ」
私の叫びに愛子にトドメを刺すのを躊躇したのだ。命懸けの除霊で情けをかけたんだ。非情な悪人とは思えない。
「アレは……敵対したら躊躇なくヤる目ですよ。物質化した怨霊を跡形も無く消せるのです。
人間一人位なら訳無く消せる手段を持っている。私は彼が怖いですね……」
高野が、こんなに警戒するとはな……だが、業界最強と言われた巨乳霊獣使いが懐く位だからな。
私に毒を吐いた和服巨乳美少女も彼に懐いた。民宿の貧乳一人娘も懐いたそうだ。自分の好みから外れた女性にだけ懐かれる。
どんな喜劇だ?
だが、酷いロリコンの癖に高レベルの美女・美少女を取り込む手管には注意が必要だろう。
「今は力強い味方なんだ。上手く付き合って行けば良いだろう」
幸い私と女性の好みは違うのだから、争いにはなるまい。それに恩人には報いねばなるまい。
「分かりました。その様に致します……」
少し不機嫌そうだが、彼は高野には冷たいらしい。それは私も同感だ。意外と私達は気が合うかも知れんな。
◇◇◇◇◇◇
小原氏と今後の話をして別れた。本当は寝たいが、機材と愛車の引き取りが有る。
部屋に居ても眠いだけだから、ロビーのマッサージ機に座り四肢を伸ばす。100円を入れて起動、暫し凝りが解れる快感を味わう……
「んー眠いなぁ……」
だらしなく仰け反りうたた寝を……携帯電話の呼び出し音で目が覚めた。
「はい、榎本です」
「日産八王子店の結城です。横須賀佐原店の篠原より連絡を頂きキューブの引き取りに参りました」
ああ、横須賀から来るより地元の支店に頼んだ方が早いわな。
「ああ、今行きます」
機材の引き上げは晶ちゃんに頼んでおくか……岱明館を出ると晴天だ!寝不足には辛い日差しを浴びながら、路駐しているレッカー車に向かう。
「ご苦労様です、榎本です」
助手席に乗り込み、コインパーキング迄の道のりを説明する……
◇◇◇◇◇◇
車を積み込み一旦ディーラーに向かい修理状況を確認してから、再度岱明館まで送って貰った。車を降りて送ってくれた日産の方にお礼を言って見送る。
駐車場にトラックが無いのは引き上げ済みかな。岱明館の中に入ると晶ちゃんがフロントの掃除をしていた。
セーターに七分丈のパンツ、それにエプロンをして掃除機がけをしている。数珠もしてくれてるし、ぱっと見は若奥様だね。
本当に良く家業を手伝ってるんだな。
「ただいま、晶ちゃん。お仕事お疲れ様」
「榎本さん、お帰りなさい。昼食用意してるよ。後で部屋に運ぶから」
ニカっと笑ってくれた。
昼食か……忘れてたが、既に12時を少し回ってるのね。
部屋に戻ると既に布団が敷かれてるし、新しいお茶のセットに茶菓子も用意されていた。
上着を脱いで椅子に掛けて、敷かれた布団を半分畳んで部屋の隅に。テーブルを真ん中に移動してお茶を淹れる。
お茶請けの煎餅をかじってると晶ちゃんが来た。
「お待ちどう様。蟹雑炊を作ったよ。これなら片手でも食べれるだろ?」
所謂南部鉄器の鍋をテーブルにドンと置いた。取り皿に蓮華、それに白菜の浅漬けを並べてくれる。
暗黙の了解なのか、瓶コーラを3本。雑炊をよそってくれてコーラまで注いでくれる。
うむ、余は満足じゃ!
「何から何まで有難う」
「うん、気にしないでよ。僕は仕事が有るから食べ終わったら内線で連絡してね。じゃごゆっくり」
慌ただしく部屋を出る彼女を拝んでから
「いただきます!」と言い雑炊を一口……塩味と蟹の風味が絶妙だ!
えのきがシャキシャキで食感にアクセントを付けている。普通に美味しい蟹雑炊だ!
ニ杯目をよそっていると扉がノックされた。返事をすると直ぐに扉を開けて、意外な人物が現れた。
「ああ、メリッサ様。どうしました?」
浴衣に丹前を羽織り髪型をポニーテールにした彼女は見慣れた修道服を脱ぐと……
普通の銀座とかに居るゴージャスなお姉ちゃんだな。テーブルの向かい側に座ってくる。
「ちょっとね、お詫びよ。最後に逃げちゃったし、色々押し付けちゃったしね」そう言って頭を下げてくれた。
「うん、別に気にしないよ。僕だって逃げたかったけど、手立てが有ったから挑んだんだ。引き際を弁えない連中は長生きしない業界だからね」
多分あの時来てくれても問題無かったと思うが、あの場でメリッサ様の判断は正しい。亀ちゃんや胡蝶の居る僕等とは違うんだ。
自分で危険度を計れずに、その場の雰囲気に流されたら最悪死ぬよ。
「あら、ありがとう。でも榎本さんはアレを何とか出来る手立てが有るんだ?へー、あんな化け物をねぇ?」
何かを探る目で此方をジッと見られると居心地が悪いんだよな。会話中だから雑炊も食べれないし……
「これ、私の連絡先よ。榎本さん今後お仕事を頼んでも宜しいかしら?」
差し出された名刺を見ると「セントクレア教会・シスターメリッサ」と書いてあり住所・固定電話・携帯電話・メアドが書いて有る。
しかし飲み屋のお姉様方から貰う様な可愛い変則型の名刺だね。
「わざわざ有難う御座います。仕事の依頼は調整が付けば内容次第で請けますよ。
勿論、契約を取り交わした後でですが……これ、僕の名刺です」
財布から僕の名刺を取り出し渡す。
「構わないわ。榎本さん明朗会計だし、強力な技を持ってるし。困った時はお願いね」そう言って部屋から出て行った。
やっと雑炊が食べれるぞ。少し冷めた雑炊を食べ始める。お茶碗10杯は有ろう雑炊を完食し、食後のコーラをチビチビと飲む。
シスターメリッサ……
良く分からないコスプレ集団だと思ったが、ちゃんとした教会に所属してるみたいだ。今後の付き合いも有るだろうし、後で少し調べておくか。
名刺の住所は意外な事にご近所様だった。まさか横須賀市の隣、横浜市に住んでたとは……全然知らなかったよ。
さて、食器を片付けて夕方まで仮眠するかな。
内線で連絡すると女将さんが出たので、食事が終わった事を伝えると直ぐに取りに来てくれた。漸く眠れる。
布団を直して潜り込んだ……
第101話
温泉旅館で宴会……
日本人なら一度は経験する社会人のイベントだ。勿論、社会人じゃなくても経験する場合も有るだろう。
だが、男女比率が2対7の場合は……
「榎本さん、はい」
「いえ、僕は一応病人と言うカテゴリーにですね……」
「今夜は警戒する必要は有りませんわ。榎本さん、はい」
押しの強い女子にタジタジな男子なのです。妙に絡む亀宮さんからビールを注いで貰う。
因みにこの宴会は打ち上げ的な要素が有り、費用も小原氏が追加で出している。なので豪華だ……
船盛りには伊勢海老と鯛が乗っており、鮪の兜焼きも見事だ。他からも出前を頼んだのか、握り寿司も20人前以上。
勿論、天麩羅や金目鯛の煮付け・筑前煮等の単品料理も沢山並んでいる。
「ああ、亀宮さん。有難う御座います……さぁさぁご返杯を」
「まぁ私を酔わせる作戦ですわね。頂きましょう」
注がれたビールを一気飲みし、ビール瓶を受け取りご返杯。幸いな事に僕はお酒には強い。だが1対7は辛いんだ。
「榎本さん、これ僕が作ったんだ。食べ易い様にしといたよ」
晶ちゃんは片手が使えない僕の給仕をしてくれる。香草と胡瓜それにチキンと胡麻ダレをライスペーパーでくるんだ生春巻きだ。
ピリ辛のタレに付けて食べると、胡麻ダレの甘さと相まって上手い。
「晶ちゃん、有難う。そんなに気を使わなくても平気だからね」
晶ちゃんと話すと、女将さんも強制的に構ってくる。
「榎本さん、お寿司は食べ易い様に手巻きにしましたわ」
手巻き寿司だけで10本位有りますね……女将さんも定位置、下座の僕の隣にいらっしゃいます。
「榎本さん、さぁさぁ遠慮しないで」
笑顔で勧められる料理は全て美味なんだが、何か辛いんだ。亀宮さんは亀ちゃんも半分具現化してるから、誰も近寄らないし。
しかも微妙に距離を取って威嚇してるし。
「その……もうお腹がね、一杯だから少し休ませて下さい」
主に精神的な疲れを感じて、一旦宴会場を辞する。あれ以上居たら傷にも心にも良くないと思うんだ。
宴会場を出ると暖房の効いてない廊下だが、その冷たさが逆に気持ち良い。フロントに有るマッサージ機に座り、100円入れて起動させる。
宴会場では賑やかな笑い声が、此処まで聞こえてくる……皆さん楽しんでいるのが分かるんだ。
「ふーっ、マッサージ機最高だな。ウチでも買おうかな?」
5分が経過しマッサージ機が止まる。
「あら、本当にお疲れなのね……はい、晶ちゃんが榎本さんにはコーラだって」
宴会場を抜け出したのか、亀宮さんが瓶コーラを二本持って前に立っていた。差し出されたコーラを受け取り、親指を上に突き立てる様にして蓋を開ける。
プシュッと小気味良い音を立てながら王冠が外れる。
「私のも開けて下さい」
今開けた瓶を渡して、もう一本を同じ様に開ける。此方は少し振ったのか、軽く泡が零れた。急いで一口飲む。
僕を見ながら彼女も一口飲んで……口を押さえた。けふって可愛い音がしたよ!
炭酸は苦手かな?
「亀宮さんはどうしたの?宴会疲れたのかい?」
瓶コーラを飲み干して聞いてみる。
「ちょっと榎本さんと、お話しようと思いまして……」
隣のマッサージ機に座る。瓶コーラはそれ以上は飲めないみたいなので貰った。
「で?何だい話って?」
今回は亀宮さんに大分助けられた。多少のお願いなら聞くつもりだ。
「正式なご挨拶が未だでしたので……はい、手書きですが名刺の代わりに……」
胸元から取り出した、折り畳んだ紙を受け取った。システム手帳サイズの紙に綺麗な文字で、住所・氏名・固定電話の番号・携帯電話・メアドが書いて有る。
「そう言えば僕も名刺を渡してなかったですね。はい、宜しくお願いします」
財布に入れていた名刺を渡す。
「あらあら。宴会なのに、お財布を持ち歩いているの?」
「財布と携帯電話は常に持ってるよ。何か有っても、この二つが有れば大抵は大丈夫だから」
流石に大浴場には持ち込まないけどね。そう言うと、用意と準備が良いのは相変わらずね。と、笑われた。
その後、受け取った名刺をじっと見てる亀宮さん。そんなに面白い事は書いてないけどな?
真面目な顔で此方を向くなり「榎本さんが、その子と一緒になったのは何時から?」と左手首を指差して、トンでもない事をサラリと言われた!
その子……だと?まさか胡蝶が見えているのか?いやいや、女性は虎でも熊でもその子扱いの場合も……言葉に詰まっていると、独白しだしたよ?
「私が亀ちゃんと出会ったのは……大叔母様が危篤状態になった時、一族全員が呼ばれたのよ。
亀宮の名前は亀ちゃんを宿した物が引き継ぐ世襲制の名前。私は12歳の時に亀ちゃんに懐かれて、亀宮の名前を継いだの」
12歳か……多感な少女時代に強力な霊獣を宿したら、生活が一変しただろうな。
「それからは大変でしたわ。亀ちゃんは雄(♂)だから私に近付く男の方は、例え父親でも駄目でしたし。
亀宮家に依頼される仕事をこなさなければならなかったし……昔は亀ちゃんに泣いて文句を言ったわ。何故、私じゃなきゃ駄目なのって……」
12歳から、こんな除霊の仕事をさせられてたのか?それは大変だ……だけど、僕には掛ける言葉が見付からない。
簡単に大変だったね、とは言えない。胡蝶を宿して一週間にも満たない僕には、未だ分からない苦しみだから。
だが亀ちゃんって女好きなのか?だけど危篤まで一緒って事は見た目とか若さは関係無さそうだな。何か特定の条件でも?
「ふふふ……こんなに男の人と近くで沢山話したのも、実は初めてなの。
何故か亀ちゃんは榎本さんには威嚇はするけど、排除行動はしないでしょ。
しかも、怯えているみたいだし。普通なら大変なのよ。無理に私に近付く男の人は、大抵が病院送りになるから……」
あー確かに美人で力が有る彼女は、野心家なら魅力的だろう。只でさえ、この業界は高額所得者が多い。
半分具現化した亀ちゃんは確かに鎌首を向けて威嚇してるが、それだけだ。つまり胡蝶を警戒し恐れている。
「僕は……その、未だ日が浅いし制御なんてままならないし。人に話すのも問題が有ると思ってるけど、後悔はしてないんだ。
一心同体・呉越同舟・一蓮托生・死なば諸共の関係だけどね。でも亀宮さんだって理解者が居るでしょ?お供の二人組みが」
強い力を持つと一般社会では爪弾きの対象だし、変に畏怖されたりして困る事が多い。だけど彼女達は亀宮さんに付いて来てるんだし。
「彼女達は一族から遣わされた子よ。仕事を受けると、毎回一族から適任者を付けてくれるの。今回が偶々彼女達だったのよ」
重い事実がキター!
亀宮さんは、一族が総力をあげてバックアップしてるのか。だけど現当主で有る亀宮さんも、自分の自由にならない一族の重鎮とかが居るんだろうな。
「霊能力は異能だから一般人とは相容れない場合も有るし、一族のしがらみも有るんだね……僕は天涯孤独だから、君の苦しみは分からない。
多分想像が付かないんだ!大変だとは思うけどね」
言葉を選んで話している為か、やたらと喉が渇いた。コーラを一気飲みする。
「あら、間接キスですわよ。榎本さん、私に手に負えない仕事が有れば手伝って貰えますか?」
綺麗な笑顔を向けられては嫌とは言えない。
「勿論、出来る限りの事はしますよ。今回は亀宮さんには、色々助けられたしね」
そう言うと、華が咲き誇る様な笑顔を浮かべてくれた。そんなに嬉しかったのか、此方が恐縮しちゃう程の笑顔だった。
その後、暫く世間話をして彼女は二階に上がっていった。巨大な力を持ち一族に雁字搦めな彼女にとって、胡蝶と言う反則技で対等に接している僕は……
珍しいんだろうな。
「で?盗み聞きしている君達は、何か僕に言いたいのかな?」
途中から、ずっと此方を伺っていた連中に声を掛ける。気配がバレバレなんだよな。
すると廊下の影から、亀宮さんのお供の二人が現れた。監視とサポート役の一族の者か……身元不詳の胡散臭い男が、彼女に近付くのは許さないのだろう。
話によれば亀ちゃんに選ばれた者は生涯独身らしいし……変な虫はお断りって事だな。
だが僕も彼女を自分のモノにする気なんて微塵も無い。信頼する仕事仲間、そんな関係だと思う。
亀宮さんだって、こんなオッサンと恋仲になんてなりたく無いだろ?そんな事を考えていると、険しい顔をした二人が無言で出て来た。
「榎本さん……」
僕の3m手前で止まり、厳しい顔で此方を見ている。僕はマッサージ機に座ったままだが、この距離なら対応出来る。まぁ、いきなり排除はしないと思うが……
「分かってるさ。彼女と僕じゃ釣り合わないし、そんなつもりも無い」
どうせ彼女に近付くな!とか、そんな警告だろ?亀宮さんの力になろうとは思うが、恋愛感情なんてロリの僕には無いんだ!
どうだ?出鼻を挫かれただろう?
「いえ、逆です。亀宮を継ぐ者は生涯独身が多いのです。ですが例外も有ります。霊獣亀様に気に入られるか……
亀様の力を上回る方が、過去に歴代の亀宮様と結ばれたそうです。その子供達は皆、強力な術者で有りお家の発展に貢献したとか……
榎本様の事は、本家に報告して有ります。正式にお話が有ると思いますので、宜しくお願いします」
そう言うと三つ指付いて頭を下げられたぞ。榎本様って何だよ?
「いや、無理!話分かんないし、そう言う気持ちは無いの」
「申し訳有りませんが、私達には何とも出来ません。亀宮家700年の中で、歴代当主と結ばれた方は三人しか居られませんし。
ご隠居様方に連絡した時の驚かれ様は、凄い物が有りました。しかもお嬢様も満更でも無いご様子……」
700年とか胡蝶と被る単語が有ったけどさ。何その入り婿候補見つけたぜみたいなノリは?
「榎本様、お嬢様を宜しくお願いします」
そう言って再度三つ指付いて頭を下げられた。
「人の話を聞けよ。無理って言ってるよね?」
おほほほほ、籍は入れずとも子種を頂ければ良いのです。とか、訳ワカメな事を言って去って行きやがった。
亀宮一族に目を付けられたって事か?面倒事が減らずに増える一方じゃないか……その場で深い深い溜め息をつく。
暫くすると宴会場から皆さんが出て来た。どうやら宴会は終わったみたいだ。
時計を見れば20時過ぎ、か……僕や亀宮さん一行が居なかったし、丁度良い時間かな?
「あら?未だ居たのね。てっきり部屋で休んでるかと思ったわ」
頬を少し赤くした程度の高野さんが話し掛けてきた。後ろに見えるメリッサ様達は、結構ベロベロみたいだ。小原邸での悪夢が蘇る……
「高野さんは、余り飲んでないみたいだね?」
「そうね。基本的に私は小原さんの護衛ですからね。皆さんみたいにベロベロには酔えないのよ」
流石は専属だ。ちゃんと雇い主の事を考えてるんだな。
「それと……今朝教えて貰ったマダム道子の店だけど、どうしても辿り着けないのよ。
晶さんにも電話で聞いて、雑居ビルの名前も間違ってないのに。榎本さん、明日帰りに一緒に行って欲しいのよ」
店に辿り着けないだって?
「高野さん、方向音痴?又は……」
「「同業者除けの結界かな?」」
マダム道子は偏屈らしいし、もう一度会って話すのも良いかな?僕も気になる事を言われたし……
「それは構わないけど、小原さんの護衛は?」
「彼には明日、迎えが来るから平気よ。マダム道子の扱う品は一級品なの!この機会を逃す訳には行かないのよ」
何か高野さんの後ろに燃え立つ炎が見えるよ?