榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

34 / 183
第96話から第98話

第96話

 

 夕食と言う名の宴会は盛り上がりに欠けました。多分、小原氏の両脇に侍らせた亀宮さんとメリッサ様のご機嫌が宜しく無いからだと思うんだ。

 前もそうだったらしいが、亀宮さん……本当に額に井形作ってる。

 小原氏って初めて一緒に飲むんだが、絡み酒なんだな……しかもメリッサ様達、シスターチームを見る目がイヤらしいんだ。

 アレがエロエロな視線だよな。僕も気を付けなきゃ駄目だ……

 

「はい、榎本さん」

 

 晶ちゃんが瓶コーラを傾けてくれる。勿論、僕はイヤらしくない穏やかな視線だ。

 

「ああ、ありがとう」

 

 グラスを空けて差し出す。同じ泡でもビールとじゃ全然違うよね。晶ちゃんも小原氏に近付きたくないんだな。女将さんと僕の周りに居るし。

 

「さぁ、お客さん。もっともっと食べて下さいね。まだまだ沢山有りますから……」

 

 女将さんが取り皿にスキヤキ肉を乗せてくれる。火加減は絶妙だし肉質も良い。

 普通なら美味しく頂けるのだが、晶ちゃんの笑顔と違い女将さんは……氷の微笑みだ。

 

「ははははは……もうお腹一杯ですよ。本当に、胸も苦しくなってきたんだ」

 

「霜降りは脂身も多いからね。母さん、榎本さんお腹一杯だって!少しさっぱりした野菜も食べて貰おうよ」

 

 晶ちゃん、君の輝く笑顔に比例して女将さんの笑顔が冷たくなるんだ。別に悪い事はしてないぞ。

 

「あら、晶は本当に榎本さんにベッタリね。おほほほほ、ではお野菜を少し食べて貰いましょうか……」

 

 菜箸(さいばし)で白菜や葱・椎茸・春菊・麩・しらたきと鍋に入れていく。しかも少量ずつ食べれる位を火の通りの遅い物から調理を始めるので、何時も美味しい状態で取り皿に乗せてくれる。

 待遇は物凄く良いのだが……辛いんです、精神的に。

 

「あら、晶。そのブレスレットはどうしたの?珍しいわね、貴女がそんな物を身に着けるなんて」

 

 左手首に巻かれた数珠を指差す。

 

「コレ?榎本さんが僕にくれたんだ。凄い綺麗でしょ?魔除けの数珠なんだよ」

 

 彼女は実の母親に良く見えるように袖を捲る。しかも凄い笑顔だ!一瞬だが、ハッと魅入ってしまう程に……

 

 無邪気な笑顔と行動。

 

 それは大抵の事を許容させる態度だ。だがしかし、女子供に許される態度も大人には通用しない時が多々ある。

 

「榎本さん?男除けかしら……そんな高価な物を贈るのは、ねぇ?」

 

 初めて女将さんに名前で呼ばれた。氷の微笑み付きだ。僕は全力で回避行動を取らねばならない。

 本能が僕を突き動かす。子供を思う母親とは、時に偉大で理不尽で絶対勝てない存在なんだよ。

 

「晶ちゃんには、お世話になりっぱなしなので。他意の無い純粋なお礼ですよ、はい」

 

 爆弾を投下した彼女は、お肉お代わりの呼び声に対応し高野さんの所に行った。

 

 ニヤリと笑う高野さん。つまり、そう言う事だ……

 

「余り高価な贈り物や思わせ振りな態度は困りますわ。あの子は、あんな形(なり)ですから免疫が有りません。

勿論、榎本さんの事は信じてます。普通ならお礼を言わなければならないでしょう。ですが……」

 

 めっさ女将さんに警戒されてる。僕は男装する程、男嫌いな娘についた悪い虫か?

 

「女将さんのご心配は勿論です。僕も彼女をその様な感情で接してません。

ただ、娘(みたいな二人の美少女)と同じ様な感覚で接してしまい勘違いをさせてしまいましたね。申し訳無いです」

 

 真摯な表情で女将さんを正面から見て、そう言って頭を下げる。

 

「まぁ娘さんが……それは此方も勘違いをしてしまって。やはり落ち着き方が違いますわね。おほほほほっ」

 

 妻帯者や家庭持ちと勘違いさせたかな?でも全く男女の関係になる気は無いんだ。それは分かってくれただろうか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夕食が始まり、既に90分が過ぎた。もうお開きでも良いだろう……

 既にデザートの杏仁豆腐も配られてるし、用意された献立は全て配られた。

 

「はい、注目!小原さんも宜しいですか?」

 

 その場で立ち上がりパンパンと手を叩く。お喋りを止めて、皆さん僕に注目する。

 

「ん、ああ……皆さん楽しめましたかな?」

 

 顔を赤らめてご機嫌だな、小原さん。これから貴男の前妻を祓いに行くんですよ!それなのに、美人とお酒飲んで楽しそうですよ!

 

「今夜の除霊ですが……

予定を変えてフロントで、昨夜の大物を呼び出します。小原さんも参加しますので、対応を変えます。

小原さんの護衛に高野さん。亀宮さんも出来る限り亀ちゃんで小原さんを守って下さい。

本体を取り巻く群霊の対処をメリッサ様。本体は……小原さんの要望で僕が担当します」

 

 小原氏の要望通り、七海ちゃんの身代わり札で愛子さんを成仏させる。だが彼女が小原氏の前妻とか自殺したとかの情報は、女性陣に説明は無しだ。

 秘守義務に抵触するからボカシて話す。

 

「また榎本さんが良い所取りじゃない!」

 

「私の亀ちゃんは好き嫌いが激しいから、小原さんは守ってくれないかも……」

 

 メリッサ様と亀宮さんの言い分も確かなんだよな。本体を僕が対応するなんて、初日と同じ抜け駆け行為だ。

 

「あの本体は僕の調査で身元は分かってる。彼女は先立たれた娘を探してるんだ。だから身代わり札を渡せば成仏すると思う。

でも誰かが身代わり札を使えるなら、この役目は譲るよ。でも近くまで行かないと対応出来ないから、危険度は高い」

 

 代われるなら代わって欲しい。全員を見渡すが、誰も名乗り出ない。仏教系のお札だからな。

 キリスト教や霊獣使いに結界師では無理か……

 

「勿論、僕は成功報酬は辞退するよ。群霊を祓うメリッサ様と小原さんを守る亀宮様で分けて欲しい」

 

 基本契約料金で構わない。どちらにしろ彼女達の協力が無いと、胡蝶無双しか対応出来ない。つまり喰うから成仏はしない。

 

「ふぅ、良いわ。小原さんを守れば良いのね?でも保証は出来ないわよ。亀ちゃん男の人が大嫌いだし」

 

「群霊を何とかすれば良いのね?でも榎本さんも手伝いなさいよ。良い所取りなんだから」

 

 この二人が納得すれば、後は簡単だ。お供の方々も頷いてるし。

 

「では今夜は22時30分にフロント集合で。僕は機材を積んだトラックで行きます。皆さんは送迎バスで。高野さん、手配変更宜しくね」

 

 120部屋も廻らなくて良いんだ。開始時間もズラして良いだろう……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 22時に女性陣より先にフロントに行く。大浴場は使えなかったが、仮眠は出来た。体調は悪くない。

 身代わり札も没年月日を修正した。清めた和紙で折り畳み、解けない様に接着剤で固定。

 先端に購入した水晶をセロテープで固定する。 これは霊力のブーストと、直接彼女に貼り付けずに投げて飛ばせるからだ。

 封筒に石を入れて投げると、3m位は真っ直ぐ飛ぶ。練習したから確実に飛ぶ。

 ヒラヒラなお札をバシッと飛ばせる奴なんて居ない。霊力でお札をファンネルみたいに飛ばせる事なんか出来るか?

 

 物理的に無理だ!

 

 濡れると効果も落ちるからジップロックに入れるのも忘れない。今回の除霊は、この身代わり札が肝なんだ。

 万が一の為に、小原氏の身代わり札も用意した。此方は前回の失敗を踏まえて、間違えない様に何の細工もしない。

 

「榎本さん、夜食用意したよ。お茶と珈琲、それに豚汁を作ったんだ」

 

 装備品を確認してると、大きな寸胴を運ぶ晶ちゃんが……慌てて彼女から寸胴を受け取る。

 

「無理しない。残りは僕が運ぶから、ちょっと待っててよ」

 

 一旦荷物を玄関に並べてからトラックに積み込む。助手席が夜食で埋まったが、他の連中はバスだから構わないだろう。

 

「今夜も冷えるね……でも星空が綺麗だよ。僕、夜空は大好きなんだ」

 

 手を擦り合わせて息を吐きかける。吐く息は真っ白だ。八王子市は東京都だが、周りを山々に囲まれてるし人口の灯りも少ない。

 都内より断然星空が綺麗だ……

 

「榎本さんってさ、お子さんが居るんだね。奥さんも居るんだよね?」

 

「奥さん?まだ居ないよ。子供は、里子制度でね。家族に不幸が有った娘の面倒を見てるんだ。良く出来た娘でね。僕の方が余程面倒を見て貰ってるかな?」

 

 女将さんから教えられたんだろうな。事実だし秘密にする必要も無いからね。

 

「里子?面倒?榎本さん、善人過ぎるって!一体幾つなんだよ!」

 

 善人?

 

 僕が善意で結衣ちゃんを引き取ったかって?まさか、あの美少女ロリを誰かに任せるだって?

 無理無理、ふざけるなって!勿論、善意も有るが全てはロリを愛でる喜びの為。

 

 そう!自分の為に頑張って引き取ったんだ。

 

「ふふふ、僕が善人?まさか……まだ33歳の若輩者さ」

 

「ふーん、33歳なんだ。もっと、その……年上かと思ってたよ」

 

 自分勝手な思いの報復は、晶ちゃんからの厳しい現実だった。思わず大地に跪く……

 

「オッサン……まだ青年のつもりなのにオッサン……僕はオッサンなんだ」

 

「それでねって……なっなんで跪いて泣いてるの?ねぇ僕、そんなに酷い事言った?」

 

 慌てて背中をさすって慰めてくれる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。僕は全然大丈夫だから!ねぇ元気出して、ね?」

 

 大丈夫って言葉は慰めにはならないんだ。大丈夫を連呼するのは余裕が無い慌ててる時だよ。エロい人も言っている。

 

「彼女をホテルに誘う時に、大丈夫大丈夫を連呼するのはダメダメだ。余裕が全く無い童帝(わらべのみかど)だと思われるぞ」

 

 確かに、その通りだろう。立ち上がり深呼吸を数回。夜の冷たい空気を肺に取り入れたら、少しだけ落ち着いた。

 

「うん、僕は大丈夫。まだまだ若いから大丈夫なんだ」

 

 自分を取り戻す事に成功した!

 

「えっと、ごめんなさい。それとお願いがあるんだ」

 

 ぺこりと頭を下げて謝る彼女の頭をポンポンと軽く叩く。

 

「もう平気だよ。うん、全然へ・い・き・さ!それで何だい?お願いって」

 

 10代の娘にとって30代はオッサンなのは仕方ない。そう、仕方ないんだ。

 

「あのね……僕と友達になってほしいんだ」

 

 てっきりお父さんとか言われると思ったが……まだご存命だからかな?友達か、年の離れた異性の友達ね。良いんじゃないかな?

 

「アレ?僕らって、もう友達だろ?」

 

 ふふふ、あははははっ!互いに笑い合う。

 

「うん、榎本さんって良いよね。僕はまだ子供だけど、本当に友達で良いの?」

 

 答える代わりに頭をクシャクシャと撫でる。目を細めて喜ぶ晶ちゃんは、実年齢よりずっと幼く見えた。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 男の人でも実年齢って気になるんだな。僕って男女の機微に疎いから、榎本さんを傷付けたみたいだ。

 反省、もう年齢の話はしない。でも榎本さんだって、僕に対して子供扱いだ。頭を撫でるなんて、実の父親にだって何年もされてない。

 でもグローブみたいな手の平は、凄く温かくて優しかった。異性なんだけど、全然イヤらしい感じがしなかった。

 

 つまり僕は、欲情の対象外なんだ。

 

 むぅ、友達だから当たり前だけど何か胸がモヤモヤするんだ。今度一緒に筋トレに誘おうかな!

 いや、アレだけの肉体を維持してるんだし、榎本さんの自宅はマッスル養成器具が沢山有るかも!

 今度、遊びに行かせて貰おう!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「僕っ娘が自宅に訪問フラグが立ちました!」

 

「ん?何だ?話し掛けられたのか……」

 

 キョロキョロと左右を見回すが、民宿の駐車場には誰も居ない。

 

「何だろう?電波でも受信したのだろうか……ヘックション!寒い、中に戻ろう」

 

 

第97話

 

 送迎バスに皆さんが乗り込んだのを確認し、2tonトラックに乗り込む。マニュアル車は久し振りだが、問題無いだろう。

 営業車や工事車両って、何でマニュアル車が未だ有るんだ?価格が少し安いからか?

 オートマチック限定免許なんて有るんだし、最近の若い子なんて乗れないんじゃないのかな?

 送迎バスを先行させてから後ろを付いて行く。助手席に夜食が積んで有るので車内は美味しい匂いに包まれている。

 途中、愛車の脇に停めて必要な資材をトラックに移し替える。さて、いよいよ小原愛子さんと対決か……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 廃ホテルに到着、トラックを建物の入口近くに停める。今回は小原氏も立ち会うので、送迎バスも待機して貰う。

 高野さんに簡易結界を張って貰い、運転手を安心させた。普通は深夜に廃墟となった山奥のホテル前なんかで、待機したくないだろう。

 先に昨日残していった民宿の寸胴やタッパーをトラックに積み込む。トラックの荷台から電工ドラムを下ろし発電機に繋げて、先ずは外側から建物の一階内部を照らす準備をする。

 三脚と投光器をセットしてコードを繋げてから、発電機を起動。低い音を立てて発電機が始動し、投光器の灯りが建物を照らす。

 廃ホテルは昨夜のままの姿を表した。

 

 割れたガラス、動かしたソファー……特に異常は無さそうだ。

 

「さて、初めますか……高野さん、入口付近に結界張って。亀宮さんは小原さんの護衛を。

小原さんはちゃんと亀宮さんの言う事を聞いて下さい。勝手に動くと命の保障は出来ませんよ。メリッサ様、露払いお願いします……」

 

 先ずは入口付近に橋頭堡となる結界を構築。メリッサ様に先行してもらい、雑魚霊を祓って貰う。

 多分怒った小原愛子さんが、昨日と同じ様に現れるだろう。周囲を取り巻く群霊を祓ったら、身代わり札の出番だ。

 手順は全員に教えて有る。拙い連携だが、上手く行くだろう。

 

「では始めようか……高野さん、逝くよ。僕が護衛するから」

 

 簡単に破れる結界なんて張らないでくれよ。ヤバそうなら逃げちゃうからね?そんな思いを言葉に乗せた……

 

「いくよの発音、おかしくなかったかな?榎本さん、特定の女の子にしか優しくないって最低よ。もっと労ってよ!」

 

 逆ギレされた……

 

「いや、裏で色々と僕の悪評を広めてる貴女を見捨てる事なんて……しないけど、対応はそれなりなんだよ。何だよ晶ちゃんから聞いたぞ!

僕が亀宮さんのデンジャラスな胸ばかり見てる、小原さんばりのエロエロ大魔王ってさ?」

 

 ふざけるな、僕はロリ道を貫く修験者なんだ。美女の巨乳には一切の興味が無い。濡れ衣を着せるな!

 

「わっ私は小原さんばりなんて言ってないわ!ただ、榎本さんって巨乳大好きムッツリムッソリーニって言っただけよ」

 

 言い訳する彼女を置いてホテルの入口まで進む。昨夜に張った清めた塩の結界は、綺麗サッパリ無い。

 風に飛ばされた、のか?だが窪みなどにも一切の痕跡が無い。注意して屋内も観察すると、高野さんの張った結界も無くなってる。

 

「遊んでないで仕事モードに切り替えよう。昨夜に張った結界が両方共、無効化されてる。相手は思った以上に知恵が回るか用心深い」

 

 右手に清めた塩を入れたペットボトルを持ち、左手にマグライトを持つ。割れた硝子を踏みしめながら、扉を潜りホテル内へ……内部は身を切る様な寒さだ!

 

「マズいな。初っ端から相手は全力全開かも知れない。高野さん?」

 

「なに?後ろに居るわ」

 

 声の質が違う。どうやら本気モードに切り替えたみたいだ。

 

「一番強力な結界張るのに、どれ位掛かる?」

 

 後ろを向かずに、前を見ながら尋ねる。

 

「此処に?5m四方なら最大出力で1分で張れるわ。でも持続時間は60分」

 

 どうするか、戦闘中に術者を守りながらの1分はデカい。亀宮さんの亀ちゃんと僕の胡蝶で攻めるか?

 警戒してる僕をあざ笑うかの様に、突然浮かび上がるソレ……

 

「現実は何時も非情で想定の斜め上を行くよな。ラスボス自らが入口で待ってるなんてさ」

 

 真後ろに居る高野さんに見える様に体を左にズラす。ロビーの中心にソレは居た……

 

 小原愛子、生前と変わらぬ姿で佇んでいる。

 

 俯き加減で手を前にダランと下げて……パッと見は生きてる人間と変わらない。だが足元が床に埋まってるし、周りに群霊を纏わり着かせている。

 

「うわっ……アレを中心に氷結してるわね。私の結界は断熱性なんて無いわよ」

 

 彼女は一歩踏み出し、僕の隣に並んだ。大した度胸だ、擬態の時の彼女なら逃げ出すと思ったけどね。彼女の評価を一段階上げる。

 

「僕も無理だな……でも亀宮さんの亀ちゃんには、断熱性能が有るんだよね。羨ましいぜ」

 

 睨みっこも、そうそう続かない。小原愛子がユックリと顔を上げて此方を見る。慈愛に満ちた微笑みだが、両目から血の涙を流している……

 

「昨日と感じが違うな……高野さん、一旦下がろう。イヤな予感しかしない」

 

 全てを見透かされてる、そんな感じがする。

 

「分かったわ。前面に結界張るから私の後ろに……危ないと思ったら抱いて逃げてよね」

 

 そう言って僕の前に出る。彼女の評価をもう一段階上げた。アレを防ぐ手立てが有るのか……

 逃げるだけなら後ろを向いての全力疾走も考えた。だが霊感が、それをしたらヤバいと告げている。

 なので警戒しながらジリジリと後ろ向きに下がる。扉を潜り抜ける時に目が合ってしまった。

 微笑んでいるのに背中に氷柱を突っ込まれた感じがした。凄い悪寒と冷や汗がどっと吹き出す、寒いのにだ!

 

 建物の外側に出て一息。

 

 高野さんを見れば、両の手を広げ指の間に色々な宝石を挟んでいた。宝石一つ一つに、かなりの力を感じる。コレが彼女の切り札か……

 

「何よ?私の隠し玉を見たわね」

 

 水晶だけでなく色々な宝石が有るんだな。

 

「随分とコストパフォーマンスの悪そうな術だな。宝石を操る霊能力者か……聞いた事が有るよ。それが君か……」

 

「ふん!パトロンが居ないと真価を発揮出来ないのよ。コレだけで家が建つのよ。ヤバいと感じたから使ったんだから、感謝してよね」

 

 一旦撤退して方法を考えようとした時、僕らの脇をフラフラと小原さんが歩いていった?

 

「なっ?おい、待てよ!」

 

 スルリと僕の腕をかわし、建物の中へと入ってしまう。振り向けば亀宮さんが頬を抑えてしゃがみ込んでおり、亀ちゃんが威嚇している。

 小原氏は亀宮さんを殴って建物に入ったのか?

 

「小原さん、魅入られたぞ!ちっ施主を見捨てる訳にはいかないか!」

 

 本音は嫌だが、もう一度建物の中に入る。やはり身を切る寒さだ。歯がガチガチと言う事を聞かないんだぜ!

 

 小原さんを抱き締める小原愛子さん……

 

 字面が変だが、元夫婦の抱擁としては普通の光景だ。ただ一つ、生者と死者とを抜かせばね。彼女は小原氏を抱き締めたまま、床へと沈んでいった……

 

「馬鹿な……大の大人を床抜けさせるって、ドンだけ強力なんだよ?」

 

「あらあら大変だわ」

 

 頬を抑えているが、少し赤くなってるだけで酷い怪我は負ってない。

 

「亀宮さん、大丈夫かい?全く、僕は事前準備・調査をしてから事に及ぶ慎重派なのに。仕方無いか……」

 

 此処で見捨てれば翌朝小原氏の死体が発見されるだろう。場当たり的に突撃なんて主義に反するが、施主を見捨てる訳にはいかない。

 トラックに積んでいる荷物を取りに外へ出ると、皆さんが集まっている。トラックの扉を開けて荷物を取ろうとすると、メリッサ様が騒ぎ出した。

 

「榎本さん、逃げるの?私も嫌よ、アレの相手は……物理的に不可能な床抜けしたのよ。一人で逃げないで、私達も連れて行きなさいよ!」

 

 運転席に置いてあったワンショルダーを掴む。それとランタンを四個持つと

 

「放っておけば、明日の朝には小原氏の死体が発見される。僕は彼を助けに地下室に行くよ。君達は自由意志で決めてくれ。時間が無いんだ!」

 

 そう言って走り出す。入口には亀宮さんと高野さんが居る。

 

「君達はどうする?僕はこのまま地下室に行く。行かないなら……僕が戻らなければ、明日の朝に警察に通報してくれ!」

 

「私は一緒に行くわよ。乙女の顔を殴ったんですもの。責任は取らせないと……」

 

 亀宮さん、マジで怒ってる?それとも突撃班に入る照れ隠し?

 

「私も行くわよ。専属なんだし見捨てる訳にはいかないの。護衛対象を見捨てたなんて噂が広まれば、私はお終いよ!」

 

 此方は仕事に対しての意地とプライドか。でも心強いメンバーだ。

 

「時間が無い。小原さんは地下室に連れ込まれた。このホテルの地下は設備階になってる。

エレベーターホールの脇に階段室が有り、降りられるだろう。単独行動は危険だ。一緒に行動しよう!」

 

 マグライトを点けて室内をざっと確認する。霊は居ないし、小原氏の連れ去られた場所も床に穴など開いてない。

 どうやって床抜けしたのか不思議だが、今はそんな事を考える余裕は無い。

 

「行くぞ!」

 

 僕等は走り出した!

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 エレベーターホール脇の階段室の扉を開けて、下に降りる。冷気はさほど感じないが、真っ暗闇なのが行動を制限させるだろう。

 入口・踊場・降りきった場所にランタンを置いて灯りを点ける。念の為にケミカルライトをくの字に曲げて落とす。

 

 仄かな灯りが暗闇を照らす。

 

「脱出場所は、この階段だけだ。逃げる時の目印だよ。此処からは虱潰しに見て回るしか無いんだが……」

 

「榎本さん、亀ちゃんが彼方から嫌な感じがするそうです」

 

 既に具現化した亀ちゃんは、亀宮さんの前に浮かび鎌首を前方に向けている。廊下のサインを見れば、奥は空調機械室か……

 

「流石は亀宮さんと亀ちゃんだ。急ごう!」

 

 廊下を真っ直ぐ10mも走れば、行き止まりに鉄製の両開き扉。共用部分のマスターキーで開ける事が出来た。

 近くに有った消火器で扉を固定し、最後のランタンを点しケミカルライトも使う。マグライトで機械室内を見回すと……

 

「結構広いな……それに障害物が多くて見渡せない。亀宮さん、どっちか分かる?」

 

「奥ですわね……でも榎本さん、私達は歓迎されてないわよ。周りを見て下さる?」

 

 周り?マグライトの明かりで周囲を照らすと、何体かの影が揺らめいて居る。

 

「団体さんの妨害か……亀宮さんと僕を先頭に奥へ走ろう。個別に対応してたら間に合わないぞ」

 

 左手首の数珠を外し一歩前に出る。正面で道を塞いでいる影達が、徐々に姿を現して行く。

 多分だが、周辺に漂う浮遊霊達なんだろう。しかも小原愛子が求めている女の子以外の連中だ。

 影から今は容姿・性別が分かる位に具現化した連中。見覚えのある冴えない中年の男性。

 

「最初の自殺者のアンタも捕らえられたのかい?望月宗一郎さんよ」

 

 確認出来る三人の内、真ん中の男は調書で見た顔だ。借金苦で此処で自殺した男……

 その両脇には、老婆と若い男が立っている。此方に見覚えは無い。

 

 望月宗一郎と呼ばれた男が、苦しそうに手を差し伸べて来るが……

 

「胡蝶、頼む」

 

 左腕を凪払う様に振ると、奴は霧散した。残りの若い男を触ろうとすると、亀ちゃんが頭を巨大化させて丸呑みにする。

 

 思わず一歩下がる。コイツ、僕ごと食べようとしなかったか?

 

 グチャグチャと咀嚼音をだしながら老婆も丸呑み……流石は霊獣、半端無い強力さだ!

 

「榎本さん、急いで!周りを囲まれてる気がするの。先を急ぎましょう」

 

「アンタ等凄いね。もう私、空気じゃん」

 

 女性陣の言葉に両方納得し頷く。

 

「急ごう、既に5分以上経ってる。ヤバいかも知れないぞ」

 

 小原さん、無事で居てくれよ!

 

 

第98話

 

 小原愛子の霊を確認し、娘の七海ちゃんの身代わり札を使い彼女を成仏させようと試みた。元旦那の小原氏にも、最後に立ち会って貰おうと思ったが裏目に出たらしい。

 彼女は、小原愛子は表情こそ変えてなかったが血の涙を流していた。これが意味する事は分からないが、小原氏は攫われた。

 大の大人を床抜けさせる程の強力な怨霊に変化した彼女に、どう対応出来るだろうか?

 時間が無い、小原愛子は元旦那の事を恨んでいたんだ。自殺の動機は浮気だが、娘を殺し後追い自殺をする位に彼女も病んでいたから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ホテル全部の空調を賄うんだ。デカい設備だな……」

 

「関心してないで下さい。この先が最も不吉な感じがします」

 

 冷水だとか温水と書かれた配管がウネウネ有る場所を亀ちゃんの勘を……いや感覚を頼りに進んで行く。途中、3体程胡蝶に食べさせたが問題は無さそうだ。

 

「榎本さんの左腕も大概だけどさ。亀ちゃんて何でも出来るのね。もしかしたら乗って飛べる?」

 

 高野さんの質問に軽く「出来るわよ」って言われたから本当にビックリした。人間を床抜けさせる奴も居れば飛ばせる奴も居るのか……

 

「亀ちゃんの感覚は正しかったよ。見てごらん……」

 

 マグライトの強力な光で照らす先には、座りながら小原氏を抱き締めるソレが居た。愛おしそうに彼の頭を撫でている。

 小原氏を観察すれば、軽く凍傷っぽいし服の上にも霜が下りてるけど呻き声が聞こえるから……

 

「どうやら間に合ったな」

 

 あの様子じゃ探し求めていたのは小原氏だったみたいだな。彼女の浮かべる慈愛に満ちた微笑みは、邪悪な感じがしないけど……

 

「彼女、悪い感じと悲しい感じが入り混じってるわね……榎本さん、どうします?亀ちゃんを突入させましょうか?」

 

 亀宮さんも、彼女達の様子に考えさせられたか?ただ亀ちゃんに喰わせるのも、何か釈然としない。

 

「でも、アレじゃ小原さんの寿命は10分位よ。彼女は冷気を纏ってる。

人間はね、低体温症になると20分位でも死に至る。痛みも苦しみも無いらしいけど、彼を昇天させる訳にはいかないのよ」

 

 低体温症?高野さんも難しい事を知ってるな。

 

「最初のプランで行こう。七海ちゃんの身代わり札を彼女に仕掛ける。

注意が逸れたら小原さんを引き剥がして逃げる。僕の考えだと、彼女は七海ちゃんだけじゃ満足しない。

必ず小原氏も欲しがるだろう。念の為に、小原氏の身代わり札も用意したんだが……」

 

「身代わり札を使えるのは榎本さんだけ。つまり仕掛けるのも足留めも榎本さんだけ。

誰が、小原さんを逃がすの?私達はか弱い女の子なの。大の大人を担いでなんて逃げられない」

 

 そうなんだ……

 

 僕なら小原氏を担いでも走って逃げれる。だが誰が彼女に七海ちゃんと元旦那の身代わり札を使うか……

 

「私の亀ちゃんが小原さんをくわえて逃げるわ。でもそれだと私は他に何も出来ないわよ」

 

「じゃ私が自分と亀宮さんを結界で守るわよ」

 

 ん?でもそれだと……

 

「「榎本さん、後を宜しくお願いね」」

 

 だよね、そりゃそうだけどさ。亀宮さんも高野さんも酷い気もするが、実際それが最良なんだ。

 

「分かった、僕の責任でも有るからね。じゃ七海ちゃんの身代わり札を使うから、逃げるタイミングを間違えないで!」

 

 ポケットから七海ちゃんの身代わり札を取り出す。七海ちゃんで間違いない事を表紙で確認した。ゆっくりと霊力をお札に注ぎ込んで行く。

 

「おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく。小原七海の霊よ、母親に呼び掛けろ」

 

 限界まで霊力を注ぎ込み、貼り付けた水晶にも霊力を満たしていく……ヨシ、満タンだ。

 

「小原七海の霊よ。母親に呼び掛けろ!」

 

 お札を人差し指と中指で挟み込み、フリスビーの要領で小原愛子の方へ投げる。水晶が重石となっている為に、回転しながら身代わり札は小原愛子にぶつかった。

 軽い音を立てて、小原氏の胸へと落ちた。身代わり札は力を発動し、淡い人型の影を形成する。

 上級者は生前の姿をも模すが、僕ではアレで精一杯だ。ただ、霊は本質を見るので騙される……らしい。

 一瞬、小原愛子の表情が歪み、そして柔和な笑顔になった。

 

「ああ、七海……貴女も来てくれたのね?悪い娘。貴女の所為で私は、この人から疎まれた。

貴女を身ごもってから、この人は私から遠ざかった。だから私……私達の幸せの為に……貴女を先に殺したのに……」

 

 七海ちゃんの身代わり札を両手で掴み、独白し始めた小原愛子。だが内容は寵を失った原因を自分の娘の所為にしている。

 女癖の悪い小原氏が、妻が妊娠中に浮気に走ったのは想像に難しく無い。妊娠中はブルーになるらしいし、その事を深く考えてしまったんだな。

 

 つまり、彼女は病んでいたんだ!ヤンデレさんだったのか!

 

「亀宮さん、亀ちゃんを!早く」

 

 ハッとして亀ちゃんに命令する亀宮さん。僕と同じく彼女の独白に聞き入ってしまったな?自身の体に纏わり付いていた亀ちゃんを右手でシッカリ指差す先に突撃させた!

 

「亀ちゃん、お願い」

 

 亀宮さんの命令により亀ちゃんは首を伸ばして小原さんの足首に噛み付き、そして引っ張り出した。まんま噛み付き亀じゃん!

 

「ああ、私の愛しいアノ人が……待って、私達……親子三人……今度こそ幸せに……なるの……に……」

 

 右手を伸ばし五指を開いて小原氏を掴もうとする。柔和だった表情が悲しみから怒りに変わる。

 

「私達の幸せを邪魔するなんて……お前達、殺してやるわ!」

 

 七海ちゃんのお札を左手に持った愛子さんが、のっそりと起き上がる。急いで身代わり札を……小原さんの身代わり札を用意しなければ!

 

 右手に小原さんの身代わり札を構えて……

 

「榎本さん、待ってくれ!妻に、愛子に酷い事をしないでくれ」

 

 僕は、一瞬の呼び掛けに体が固まってしまう。だが、小原愛子が僕の脇をすり抜けて行こうとするのを身代わり札を持った右手で小原愛子を掴み止める。

 彼女の顔を小原氏の身代わり札を挟んで右手で鷲掴みにした……だが!

 

「くっ、ドライアイスみたいに冷たいぞ……指が千切れそうだ。

だが……おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 愛染明王の真言を唱え、小原氏の身代わり札に霊力を注ぎ込む。満タンまで注いでから、身代わり札を発動。

 彼女の顔面を掴んでいた右手を放そうとするが、凍り付いた手は離れない。

 

「ちっ、畜生め!」

 

 汚い言葉が出てしまったが、根性で張り付いた手を強引に引き剥がす。メリメリと嫌な音を立てながら、右手が離れた。指先五本とも皮膚を持ってかれたか?

 

「あは、あははは。私達……一緒……一緒なのよ……ずっと、ずっとよ……あははは……」

 

 彼女は僕の血で汚れた顔で狂った様に笑う。二つの身代わり札を胸に抱き締めながら、小原愛子は狂った様に笑い続けた……

 暫く笑い続けると、徐々に姿が薄くなっていく。暫く見守り続けたが、遂に消えてしまい身代わり札が床に落ちた。

 

「榎本さん、彼女は成仏したのかしら?あの、狂った笑い声は暫く忘れられないわ」

 

 亀宮さんが、ハンカチで僕の右手をくるんでくれた。高級そうな花柄のハンカチが僕の血で直ぐに真っ赤になる。

 

「高野さん、悪いが身代わり札に清めの塩を振りかけて燃やしてくれないか。それで完了だ」

 

 床に落ちていたペットボトルを拾い上げて、パラパラと身代わり札に振りかける。

 

「私、ライター持ってないわ。誰か持ってる?」

 

 小原さんを見るが、首を振った。この中で喫煙者は居ないからな。

 

「コレ、使いましょうか?」

 

 亀宮さんが、発煙筒を取り出した。そう言えば初日にあげたっけ?蓋を外し発火部分を擦り付ける。

 ジュワっと言う音と共に火花が飛び散る。ちゃんと火傷しない様に水平に持ってるのは流石だ……

 僕の血で濡れていた身代わり札も、発煙筒の強力な火力で徐々に燃えていった。周囲に異臭を放ちながら直ぐに燃え尽きて灰だけとなる。

 

「あら?これって水晶ね……あの火力で燃えないなんて、凄いわね」

 

 重石として使った水晶が焦げもせずに残っていた。拾い上げる高野さん。彼女は宝石を扱う霊能力者だし、気になるのか?

 

「小原さん……色々と手違いが有りましたが、彼女は小原愛子さんは成仏した筈ですよ。さぁ戻りましょう」

 

 座り込んだ小原氏に話し掛ける。呆然としていたが、成仏と言う言葉に反応し此方を向く。その顔は、後悔と苦悩だろうか?

 

「愛子は、妻は……本当に成仏出来たのか?ああ、七海は七海はどうなんですか?私は、愛子に抱かれて……

あのまま死んでも良いとさえ思った。だが、あの最後に狂った笑い声は……本当に、愛子は……」

 

 しゃがみ込み両手で床を掴む様にして泣いている。家族の死の苦しみは良く分かるが……

 

「仏教では、人は死ぬと生前の罪を十人の裁判官に満二年かけて裁かれます。良く言われる閻魔王も含まれる十王です。

初七日の秦広王(しんこうおう)から始まり、三回忌の五道転輪王(ごどうてんりんおう)までいらっしゃいます。

彼女の罪は重い……ですが供養により減刑される事も有ります。

供物が高価だったりですね。所謂、地獄の沙汰も金次第です」

 

 左手の親指と人差し指で丸を作るジェスチャーをする。

 

「みっ身も蓋も無いわよ。榎本さん、本物のお坊様なんだから少しオブラートに包んで下さいよ」

 

 高野さんから突っ込みが入りました。はい、ココからが坊主の説経の真髄です。良く聞きなさい。

 

「ですが、それでは金持ちだけが極楽に行ってしまう。だから、本当は遺族の祈りが大切なのです。小原さん、貴方は愛子さんの罪を少しでも減らしたいと思いますか?」

 

 遺族の供養、しかしオヤジさんと元旦那の貴男しか居ないんだよな。

 

「勿論だ!私は彼女を本当に愛していたんだ。私、私は……」

 

 立ち上がり力説する所を見ると、あれだけの仕打ちをされたのに彼女を恐れなかったのか……

 

「ならば……近くの集落の食堂のオヤジさんに、今夜の事を報告し共に供養して下さい。

それが、彼女の罪を減らしますよ。さて、引き上げましょう。

僕は……右手がですね、そろそろヤバい位に痛いんだ。医者に行きたいんです」

 

 亀宮さんに止血してもらい、空気を読んで話を纏めたが……そろそろ我慢がね、限界に近いんだ。

 

「そうだわ!

早く出ましょう、皆さん心配してますわ」

 

「ああ、そうだな。亀宮さん、高野……それに榎本さん、有難う」

 

 何か吹っ切れた感じの小原さんの笑顔は、女癖の悪い感じは薄れていた。

 

「感謝の気持ちは、報酬で表して欲しいです。今回、結構宝石使って赤字なんですよ」

 

「全くですわ!私を殴ったのですよ。乙女の柔肌に傷をつけたのです。

ちゃんと責任を取って貰いますから。勿論、お金です!責任取って結婚とかほざいたら亀ちゃんに噛ませますからね!」

 

 小原氏を真ん中、左右に高野さんと亀宮さんが彼を支えながら歩いて行く。ちゃっかり報酬の話をする辺りが、二人ともしっかり者だよ。

 僕は報酬要らないって言ったからな。基本契約の賃金と、この怪我の補償だけか……

 

「やれやれ、やってられないな」

 

「全くだ。正明、手を見せろ」

 

 巫女服を着た胡蝶さんが、左手にぶら下がっていた。黙って右手を見せると、小さく真っ赤な舌でペロペロ・チュパチュパと舐めてくれる。

 少し気持ちが良いのは、僕だけの秘密だ!

 

「ああ、完治はしないでくれよ。小原さんから補償を貰うんだし、傷が直ぐに治ったら不思議がられるから……」

 

「今回は我も悪かった。あんな情欲で悪霊化するとは気付かなかった。

正明も無理するな。我の為に一族を増やすのがお前の使命なんだぞ!」

 

 上目使いで、こんなに心配されたらクラックラッとトキメキます!初めて服を着た、しかも僕オーダーの巫女服美幼女だ。

 

「彼女を喰わせる事は出来なかったけど、また手頃な悪霊を探そうな」

 

 そう言ってしまうと胡蝶はニパっと笑って左手首に入っていった。右手を見れば、凍傷っぽかった感じがなくなりスムーズに動かす事が出来る。

 皮は捲れたままだが、時間を掛ければ完治するだろう……

 

 僕は外に出る為に、ゆっくりと歩き始めた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。