榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第78話から第80話

第78話

 

 豪華な昼食だ。小原氏は洋食好きなんだろうか?普通の洋食のフルコースなのだが、僕だけメインのステーキがデカい。

 隣に座る小笠原さんのフィレステーキは150グラム位だが、僕のは1キロは有るけど……とは言え余裕で食べれる量では有る。

 レディの前だし招かれている為にマナーを重視してステーキを切り分けて食べて行く。確かに旨い肉だ。

 多分コレだけでも、お店で食べれば10万円位はすると思う。行きつけの横須賀中央の一頭屋だと100グラム2500円単位で増量出来る。

 

 でも味が段違いだ。僕がローストビーフの塊の様なステーキを食べていると、付け合わせの人参を器用に鉄板に置いていく小笠原さん。

 

「あの……何故、自分の人参を僕の皿に乗せるのかな?」

 

「私……人参嫌い。それに、こんなに食べれない」

 

 残せば良いじゃん!とは食べるの大好きな僕には言えない。

 

「すっかり懐かれたわね。でも榎本さんって彼女にコスプレを要求したのよ。

彼って変態だわ。アレに懐く静願ちゃんて趣味が悪いわよね」

 

 ニヤニヤしながら言いやがって!思わずナイフとフォークを落としてしまった。直ぐに替えを渡してくれる給仕さん。

 

「ふざけんな!アレは実現不可能な例え話をして、やんわりと断ったの。本気でコスプレさせたい訳じゃない」

 

 肉の塊にフォークをブッ刺して吠える!僕はスケベだがコスプレとかの趣味は無いんだよ。

 

「榎本さんは私を雇いたく無い?本気でコスプレ考えてたのに……」

 

 無表情で爆弾を投下するな!メリッサ様の目が輝いてるぞ。

 

「ナニナニ?榎本さんってコスプレ好き?小笠原ちゃんに何を着せるつもり?ナース?スッチー?メイド服?ま・さ・か・修道服?」

 

 自分達がコスプレシスターだから、この手の話題が好きなのか?

 

「この変態、ネコミミ和風メイド尻尾付きとか言ったのよ!引くわー、幾ら着物が似合うからってミミと尻尾よ。とんだ変態よね」

 

 高野さんは僕が嫌いらしい。とことん責めて来やがる。手に持っているナイフとフォークを全力で握ってしまった。

 メキョっと嫌な音を立てて変形するナイフとフォーク。ああ、給仕さんスミマセン。新しいのですか、申し訳ないです。

 給仕さんから新しいナイフとフォークを受け取る。流石に銀製品は脆いから気を付けないと……

 しかし女三人集まれば何とかと言うが……三人どころか、八人も居るから収集がつかないや。

 亀宮さん御一行なんて、生ゴミを見る様な目つきで僕を見てるし……呑み込むステーキ肉の味がしない。主に精神的な問題で。

 

「まぁ榎本さん……私も女遊びが酷いと言われるが、未成年を欲望の対象にしては駄目だよ。兎に角、この屋敷に滞在中は不祥事は困るよ」

 

 まさかの小原氏からの駄目出し。

 

「いや……それは……」

 

「横浜・川崎の花街で知らぬ者が居ないとか。男として素晴らしい事だよ。私もそれなりに自負は有ったが完敗だな」

 

 おまっ、それを言うか今ここで!はははっとか笑ってるなよ。

 

「誤解だ!花街は男女の欲望が渦巻いてるから仕事の依頼が多いんだ。

金と欲に塗れた世界なんだよ。そんな風俗遊びで有名みたいに言わないで下さい」

 

 もはや食欲は0だし精神値も0に近い。小原氏を甘く見ていた。僅か半日で僕の事を調べてるなんて……

 思わず俯いてしまうが、肩をポンポンと叩かれた。見れば小笠原さんが立ち上がって肩に手を乗せている。

 

「あの……」

 

「浮気は男の甲斐性だと言う。でも榎本さん独身だし性欲の発散は必要。大丈夫、私は気にしないから……」

 

 ナニその私分かってますから的なコメントは?しかも性欲処理とか女の子の言う言葉じゃないよ!

 

「榎本さんは年下に好かれるらしい。いやはや羨ましいですな。満更でも無いでしょう?」

 

 小原氏は僕の性癖まで理解して言ってるな。これは何を言っても言い訳にしかならない。

 

「もう良いです。全面的に僕がエロい人で結構です。僕は単独で動きますから、皆さんは同性のみで活動して下さい」

 

 もう好きにヤラせて貰いますから!

 

「私は榎本さんと一緒。色々と学びたいから。節度ある付き合いだから大丈夫」

 

 ああ、小笠原さんが何故か良い子に思えてきた。

 

「私達も単独で良いわ。今回は成功報酬を狙うから。基準を決めましょう。誰が成功報酬を貰えるか?除霊した数?除霊した部屋の面積?」

 

 メリッサ様は目がお金のマークになっている。でもこれと言って基準を決めるのが難しいな。本命が居ないから、数と言っても比較が出来ない。

 

「本命のボスが居れば、それを祓った者が成功報酬を独り占めだけど……霊障は多岐に渡るから、合同除霊を行い暫く経っても霊障が現れなければ成功。

で成功報酬を頭割りじゃないかな?」

 

 妥当な案を提示してみるが、頭割りだと報酬が少ないよな。

 

「暫くってどれ位待てば良いの?」

 

 亀宮さんが喰い付いた。彼女は亀が喰ったらお終いって除霊だから、アフターとかの考えは無いのだろう。

 

「僕は除霊後、一週間は様子を見て何か有ればアフターに応じてる。霊障なんて、一体祓ったら次が現れるなんて事も有るからね」

 

「それじゃ報酬が少ないわよ!仲良く割り勘なんてお断りだわ」

 

 メリッサ様はお気に召さないらしい。席から立ち上がって此方を睨んでるけど、僕の所為じゃないよね?我の強い連中だし共闘は無理か。

 

「小原さん、どうでしょう?順番と期間を決めて単独で挑んで貰う。

期間以内に終わらなければ、次の連中に譲り渡す。最終的に全てを祓った人が成功報酬を独り占め。

これなら自信が有れば最初を狙えば良い。駄目なら順番を考えれば良い。

彼女達なら初回で祓える力が有りますから、最初の順番決めで納得して貰えば良いですし……」

 

 除霊した数や面積じゃ決められないだろう。

 

「日数は何日に?流石に一晩は辛いわよ。せめて三日間は欲しいわ」

 

「三日間も有れば一番最初が有利じゃない!どうやって順番を決めるのよ?じゃんけん?くじ引き?」

 

 既に亀宮さん組とメリッサ様組で、この除霊は決まりだな。小笠原さんは可哀想だが、一人で三日間は無理だ。

 

「小笠原さん、このルールだと君は無理だ。桜岡さんと僕もサポートはするが基本的には辞退だから……

それに変則的な除霊は参考にならない。最初は簡単な案件から学ぼう」

 

 彼女一人で、あの廃墟ホテルに挑むのは無茶だ!此処まで関わってしまって突き放すのも……

 ならば今回は辞退させて、比較的簡単な物件で学ばせるしかない。

 

「それは……別件なら一緒に仕事をして教えてくれるって事?」

 

 何時の間にか席に戻り、此方を見上げている。縋る様な希望を見出している様な表情で。誰だよ、彼女が無表情なんて言ったのは?

 これは保護欲を掻き立てるな、性欲は全く無いけど。父性愛って、こんな感じなんだろうか?

 

「君が受けた仕事を僕が手伝う。ならば法的にも問題無い。依頼は君の母親から貰い契約すれば平気だ。

雇い主のお願いを聞くのは下請けとして吝かでないからね。でも今回みたいに競争は駄目だ。彼女達は自信が有るから言っているけど、君には悪いが無理」

 

 そう言って彼女の頭をポンポンと軽く叩く。

 

「それで良い。私も辞退する、榎本さん有り難う。お礼は必ず」

 

 コラ、腕にしがみ付かないで!亀宮さん達の見る目がね、まるで生ゴミ以下を見る様な目になってるんだよ。ほら、高野さんとかも視線が冷たいし。

 

「榎本さん、今回の除霊は君も辞退か?サポートとは何をするんだ?」

 

 ああ、小原さんも怒ってるみたいだ。小笠原さんを口説いている訳じゃないのに。コップの水を一気に飲んで、カラカラに渇いた喉を潤す。

 ヤレヤレ、今回は貧乏くじを引くしかないな……

 

「除霊をするのは亀宮さんとメリッサ様。僕は彼女達が除霊をする時に立ち会います。お二方なら除霊は成功するでしょう。

勿論、ヘルプが有れば応援もします。あくまでも僕は保険としてです。除霊はしないので報酬は基本だけでOKです」

 

 これなら万が一の時のサポート込みで、自分達の力だけで成功報酬を狙える。問題は順番だ。

 三日間なら先に除霊をする方が断然有利だから、順番を決めるのは難航するだろう。

 

「「それで良いわ!で?順番はどうするのよ?」」

 

 ハモったぞ、順番を決めるのは恨まれるから……小原氏に丸投げしよう。

 

「順番を決める方法は、小原さんにお願いします。オーナー決定なら彼女達も納得するし、僕が言っても駄目でしょう」

 

 僕のキラーパスを受け取り狼狽気味だ。亀宮さんとメリッサ様に睨まれたら、流石の女癖の悪い彼も躊躇するだろう。

 

「わっ私がか?いや、それは……ええ?」

 

 あの慌て振り、少しは仕返しが出来たかな?勿論、クスクス笑ってる高野さんも巻き込むよ。

 

「小原さんが難しければ、高野さんに聞けば良いんですよ。同じ霊能力者ですし選別する方法くらい出せるでしょ?」

 

 貴女への恨みも忘れてないので、キラーパス!

 

「わたっ私ですか?」

 

 小原氏と高野さんに詰め寄る亀宮さんとメリッサ様。どちらに決まっても除霊は問題無い。三日間の立ち会いで済めば、僕の費用は20万円も掛からないだろう。

少し食欲が回復したので、出された料理を完食するべくナイフとフォークを持つ。僕の責任分担は果たしたので、すっかり冷めたステーキの残りを食べ始める。

 

「榎本さん、私以上に悪どい。仕返しにしても可哀想」

 

 デザートのフルーツを食べながら、チラチラと小原氏と高野さんを見る小笠原さんも他人事だ。フルーツは苺か、とち乙女やあまおう位しか食べた事が無いが高級な苺に違いない。

 

「美味しそうな苺だね。僕も頼もうかな」

 

 ステーキを平らげ、ライスを完食してナプキンで口を拭く。終わったのを確認した給仕さんがさり気なく近付き、空の皿を下げる。

 

「苺は練乳と牛乳、どちらになさいますか?」

 

 苺本来の味を楽しむかな。

 

「苺だけで大丈夫です。大盛りでお願いします」

 

 一礼し去っていく給仕さんを見て思う。金持ちって凄いわ。殆ど待たされずに苺が運ばれた。

 ガラスの器に大きな苺が20粒位乗ってます。一応、練乳も添えてあるのがサービス・サービス?

 

「小笠原さんも、もっと食べる?」

 

 器を差し出すとハニカミながらも5粒程、自分の器に移動する。

 

「静願(しずね)って呼び捨てで良い。教えを請うのにさん付けはおかしい。改めて宜しくお願いします」

 

 ペコリとお辞儀をしてくれた。教えを請うって弟子入りを許した訳じゃないからね。

 

「僕は真言宗の僧侶だから弟子入りじゃないからね。静願ちゃんも尼さんにはならないでしょ?」

 

 本格的な師弟関係は結ばないよ。あくまでも何回か一緒に除霊するだけだから。

 

「榎本さんが尼さんコスプレが好きなら、恥ずかしいけど着ます」

 

 目がね、真面目に本気なんだ。この子に冗談は通じないかも……

 

「コスプレネタから離れろ!それ以上言うなら教えない」

 

 ペシッとデコピンをするが、加減を間違えたか頭が後ろに仰け反ったぞ!

 

「榎本さんの教え方はスパルタ?女の子の顔に傷は付けないで」

 

 真っ赤になったオデコをさすりながら、恨めしそうに涙目で睨まれてしまった。

 

「ごめんなさい」

 

 素直に謝ったよ。此方の話は纏まったが、彼方の方は未だらしい。亀宮さんとメリッサ様が掴み合いの喧嘩を始めた。

 流石に霊獣亀ちゃんは参戦してないが、亀宮さんとタメで喧嘩出来るメリッサ様って結構強いのかも知れない。

だけど大の大人が喧嘩してる所を未成年に見せる訳にはいかない。

 

「静願ちゃん、移動するよ。此処は教育に良くない環境だ……」

 

 彼女の背中をポンと叩き、取り敢えず庭にでも行こうと席を立った。

 

 

第79話

 

 亀宮さんとメリッサ様の壮絶な順位争いが、静願ちゃんの教育に良くないので食堂から連れ出した。昨夜、エム女が現れた場所を確認する。

 何故、あのエム女は何時も木の脇に立っていたのだろうか?見回しても特に怪しい物は無い。でも高野さんの結界は塀の内側に沿って張ってある。

 見事な日本式庭園だが、草木や岩の影、地面の起伏を利用して巧みに見えない様にカモフラージュしているが、手入れをされた水晶が見える。

 定期的にメンテをしてるんだな。でも最初から、あのエム女は結界の内側に現れたんだ。

 

「現場検証?」

 

「見てごらん。高野さんの水晶結界は塀の内側に沿って張ってある。水晶が等間隔に埋まって頭だけ見えてるだろ。カモフラージュしてるけど、霊力を追えば線の結界が見える」

 

 指を差しながら霊力の流れを追ってみせる。でも、あの怨霊は……この木の脇に立っていた。

 

「周辺をマイナス6℃まで下げてね。あの結界は今も生きている。つまり何かを媒体に侵入したか、あの程度の結界では拒めなかったんだ」

 

 結界を破ったなら、周辺の水晶に影響が有るし結界自体が損傷する筈。僕の簡易清めの塩結界を力ずくで破った位だ。同じと見るか、他に理由が有るか……

 

「あの結界は強い?」

 

「ああ、金を掛けて触媒に高価な水晶を使っている。僕の簡易清めの塩結界より3倍以上強く、そして持続性も高い。ああ見えて高野さんも結界に関しては中々だね」

 

 普段は悪ふざけが過ぎるけどね。小原氏の専属になれる位だから、かなりの力が有るのだろう。

 

「でも榎本さんが瞬殺した悪霊に負けた」

 

 直接的な攻撃力と持続的な防御力では比較のしようが無いだろう。

 

「いや一回でも退けたんだ。怪我を負ってもね。詳細を聞きたいが、同業者の力を聞くのはマナー違反だよ。

命を賭けてる商売だから、情報は大切なんだ。だから根掘り葉掘りは聞けない」

 

 彼女も切り札の一つは有るのだろう。エム女を一時的とは言え退ける位の……

 

「榎本さん、私に除霊方法を聞いた。これはマナー違反?」

 

「静願ちゃんも全て正直に話してないだろ?誰でも切り札や隠し玉は有るからね。

でも有る程度の力は知らないと連携も何も無い。何も期待出来ないと信用されないよ」

 

 彼女の場合、霊媒師として霊を憑依出来るだけだったら僕も教える気にはならなかった。庭を後にして警備室に向かう。

 途中、屋敷周辺の結界を確認するが塀の内側に張ってある物と基本的に同じ物だった。ただ此方は庭と違い水晶を外壁のオブジェにカモフラージュして貼り付けている。

 

「私、切り札も隠し玉も無い。やはり必殺技を習得しないと駄目?」

 

 隣を歩きながらボソリと聞いてくるが、必殺技って何だかなー……

 

「必殺技はどうかと思うが、切り札で高価なお札を持っていたり逃走用の身代わり札を仕込んでたり。それこそ他の人には内緒なんだよ」

 

「榎本さんも?」

 

 立ち止まり見上げてくるが、期待に満ちた目が嫌だな。

 

「有るよ、当然。でも内緒」

 

 取って置きの切り札が!全裸幼女召喚がね。

 

「静まれ僕の左腕?それとも邪眼、むー」

 

 彼女は見た目と違い腐の付く趣味か、又は自身に中学二年生を宿しているのかも知れない。軽く、本当に軽く両のポッペを引っ張る。

 

「ひゃ、にゃにをしゅるんでひか?」

 

 それでも何かを喋ってる。多分、何をするんですか?かな?

 

「その静まれ僕の左腕とかは禁句!厨二な能力も無いから」

 

 彼女は僕に秘められた力が有り、それを制御出来ないと思ってそうだ。警備室の前に辿り着くと、何やら騒がしい。

 作業員風の男達が忙しく出入りをしているが……丁度、警備室から出て来た警備員を捕まえて聞いてみる。

 

「何か有ったのかい?ドタバタしてるけど」

 

「ああ、榎本さんか。アンタのアイデアだったサーモカメラとデジタル温度計を各所に設置してるんだ。モニターの増設とか配線工事でバタバタさ」

 

 昨日の今日で直ぐにか?

 

「早過ぎないか?昨日の今日だろ?」

 

 サーモカメラなんて結構高価な物だし、在庫とか有るのか?僕は取り寄せだったけど3日位掛かったぞ。

 

「効果が有ったし、我々だってあんな非常識なモノの早期警戒は有り難い。後でプロット図を見せるから、配置の穴とか教えてくれよ」

 

 そう言って忙しそうに走って行った。本当に僕は小原氏を甘く見ていた様だ。

 

「警備室は忙しそうだから、他に行くか?」

 

「榎本さん、私着物以外持ってないから買いに行きたい」

 

 女性の買い出しに付き合えと?

 

「こんなオッサンがレディース売り場に居たら通報されるよ。誰か他の……ってみんな食堂で揉めてる最中か。てか、静願ちゃん一旦帰るんだろ?」

 

 むーっと頬を膨らませているが、桜岡さんに通じる拗ね方だな。

 

「新幹線の切符、今日は金曜日だから日曜日には帰らないと」

 

 仙台なら品川駅から新幹線を使えば2時間程度か。

 

「あの基本契約書には交通費も記載してるから。執事さんに頼めば、施主負担で用意してくれるよ。その分、除霊料金は5万円位か……」

 

 彼女が商売として来たなら大赤字だろう。でも着物も高級そうだし。準礼装の色留袖だが多分裏地の生地は羽二重だ。

 独特の柔らかさと光沢は光絹の特徴だし。母さんが礼装として好んで着ていたな。帯も丸帯だが控え目なデザインでセンスは良い。

 

 きっと旧家辺りのお嬢様なんだろうな。

 

 だが留袖は本来は既婚女性が着る物で、独身女性は振袖だが……礼装として留袖を着る場合も有るから判断は微妙だ。

 

「お金は貰わなくても良い。榎本さんと言う師と出会えたから、有意義だった」

 

 自然な笑顔で嬉しい事を言ってくれる。これなら学校の男子共が放っておかないだろうな。

 

「静願ちゃんの実家って結構お金持ちだろ?」

 

「何故?」

 

「着ている着物がね、母さんが着ていた物に似てるんだ。裏地に羽二重を使ってるなんて隠れたお洒落だし。何より育ちが良さそうだ」

 

 行き場が無いから応接室の方に歩いて行く。途中廊下の角にサーモカメラを取り付けている電気工事の人を見かけた。

 これだけ直ぐに守りを固めるって事は、心当たりが多いんだろうな……応接室に入りソファーに向かい合わせに座る。

 此処には既にサーモカメラが取り付けて有った。監視カメラは……あのドーム型の分かり難い奴か。

 直ぐに給仕の方が飲み物を進めてきたのでコーラを頼んだら無いと言われた。じゃアイスティーで良いよ。

 

「榎本さん、コーラが好きなの?」

 

 向かいに座り同じアイスティーを飲む彼女を見る。自惚れでなければ楽しそうかな?

 

「ん?炭酸が好きなんだ。コーラ・ジンジャーエール・サイダー何でも好きだよ」

 

 左手首の数珠を弄りながら応える。美少女と差し向かいは緊張するな……

 

「私、男の人とこんなに話すの初めて」

 

「学校は共学って言わなかったっけ?」

 

 アイスティーを飲み干し、氷をガリガリ食べる。

 

「私、私は物の怪憑きって言われてるから。周りからは浮いてる。口調も変だし協調性も無いから友達も居ない」

 

 彼女の学生生活は順風満帆では無いのか……確かに霊能力者なんて怪しい人種だ。

 それに霊媒師なんて霊を自身に降ろすんだっけ?確かにハブかれる要素は満点だ。

 

「僕が里子で面倒を見ている娘はね。狐憑きの一族なんだ。

今は力を封じているが、昔は発作とかで周りに知られてしまい大変だったそうだ。普通ならグレるだろう。

だけど必死に自分の気持ちを抑えて人との関わりを恐れ、それでも周りに溶け込もうと頑張ってるよ。

静願ちゃんに似ている。不幸な境遇だが、真っ直ぐ優しく育ってる。君の母親は優しいんだね」

 

 結衣ちゃんの母親はアバズレの最低女だった。胡蝶が喰ったが後悔はしていない。

 アレは母親としては失格だ。自分の娘が情夫に狙われてるのを放置していたんだぜ。

 

「その子は幸せ。榎本さんが守ってる」

 

「ああ、最初は苛める奴も居たが父兄として学校に呼ばれた時に脅したからね。こんなナリだし仲間も筋肉の塊達だ。

団体で押し寄せたよ。黒塗りベンツから筋肉団体が降りて来た時は、周りが騒然としたな。

さぞかし学校も対応に困ったと思うよ。それでも苛めはおさまらなかった……

だから私立の女子校に編入させたんだ。公立は先生が駄目だ。金を貰って教えている私立の方が苛めの対応が良い。

当事者双方の話し合いと保護者の話し合い。僕は僧侶、知り合いの弁護士の爺さんも呼ぶ。負ける要素は何も無い」

 

「羨ましい……私、私は……そんなにも護ってくれる人は居なかった……友達も居ない」

 

 ハラハラと涙を流す静願ちゃん。シマッタ地雷を踏んだか?

 

「なっ泣かないで!ほら、学校が嫌なら転校すれば良いんだよ。君を苛める奴が居るなら僕が呪って下痢地獄に送ってやるから、ね?」

 

 ハンカチを差し出し、肩を軽く叩く。何時になっても何歳でも、女性の涙には弱いんだ。

 ハンカチを受け取り、涙を拭いて落ち着いたのか?取り敢えず泣くのは止めてくれたみたいだ。

 フーッと息を吐いてソファーに座り込む。疲れた、悪霊を退治するより疲れた。

 

「私は高校二年生。進学は都内の短大を考えてる」

 

「……?」

 

 僕を見詰めて話し出すが、進学は東京に来たいのか。良く有る話だが、それを何故今言うんだ?

 

「不束者ですが宜しくお願いします、お父さん」

 

「いや、全然意味分かんないから!」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 小笠原家は代々霊媒師の家系。お母さんもお婆ちゃんも、そして私も霊能力を受け継いだ。

 所謂女系家族なのだが男運はトコトン悪い。お爺ちゃんは大酒飲みで賭博が大好きで早くに亡くなり、お父さんは女を作って夜逃げした。

 5歳の時に、私と母は捨てられたんだ。小笠原家を継ぐ私は、今の世で霊媒師では生活が成り立たないと考えた。

 仕事の依頼が激減してるからだ。霊能力の有る私は、小笠原家を継がねばならず他の職業選択の自由も無い。

 今から業態変更は大変。それこそ誰かに師事しないと無理。だから色々と調べた。でもヤクザな商売と言うか、マトモな人は少ない。

 それに秘密主義だし、細かい話を聞こうとしてもお金を請求されたりイヤラシイ目で見て露骨に体を要求する様なゲス野郎ばかり。

 そんな中で、霊能力者なのに契約書とか報告書とか言ってる変わり者が居ると聞いて調べた。

 

 榎本心霊調査事務所……

 

 不動産や警備会社から絶大な信用を得る筋肉の鎧を纏う男。彼が携われば、どんな霊障も嘘の様に無くなる。調べれば調べる程、信じられない人。

 でも偶然に会った彼は、かなり強い悪霊を瞬く間に祓った。しかも最初は私達を信用せず、一人で除霊するつもりだったのは明らかだ。

 先ず小原氏と除霊についての基本契約を結んだ。これで彼の責任は殆ど除霊に関してだけ。後は全て施主の責任だ。

 直ぐに警備員に話を付けて霊を探索・感知する方法を構築、一番最初に発見し他の霊能力者の目の前で瞬殺した。

 まるで私達を嘲笑うかの様に、強力な悪霊を簡単に祓ったのだ。呼ばれて半日で完璧な除霊を成し得る。

 これが業界で確かな信用を得ている男。彼を知る為に同行を求めたが、基本的に善人。

 今までに話を聞いた連中とまるで人種が違う位に普通に優しい人だった。そして誰よりも異能を授かってしまった者の悲しみを理解してくれる人。

 彼の里子の子が羨ましい程に、その子を完璧に理解し護っている。強大な力を持ち、一般社会でも確固たる地位と信用を持つ人。

 最初に除霊予算2000万円を実質600万円程度まで下げたお陰で小原さんは榎本さんの言いなりだし、明らかに彼に頼っている。

 お金に執着が有るのかと思えば、八王子のホテルはサポートに回ると言う。損な役回りなのに、周りとの調和を考えての事。

 

 そんな私も榎本さんと、もっと一緒に居たいと思い始めている。

 

 彼は皆が言うほどエロくない。私に対して全く欲情してないし、何度か触られても全然嫌じゃない。

 榎本さんにとって私はマダマダ子供なんだろう。でも男女の関係になりたいかと言えば、何か違う。

 もし、もしも恋人にと望まれれば応えても良い。けれど私は榎本さんに本当は父性を求めているのだと思う。

 

 私を捨てた父親、飲んだくれの祖父。嫌らしく私を見る他の男達と全然違う。

 しっかり者で強く優しく頼り甲斐の有る榎本さんは、私の理想の父親なんだ。

 

 

第80話

 

 久し振りに我が義娘との時間が取れた。小原さんに呼ばれた時は何か裏が有るのかと、虎穴に入らずんば何とかと思い行ってみたが……

 まさか榎本さんと霞が居るとは思わなかった。どうやら神泉会が本格的に小原さんに手を伸ばして来たみたい。

 私達の他に堕落したシスター達や亀を纏う変態女、それに無愛想な小娘も居たけど大した事は出来なかった。

 榎本さんの隠し玉と言うか、あの左腕は本当に凄いわね。若い時には無かった力だと思うけど……かなりの修行を修めたのね。

 あれだけ強力な悪霊を瞬殺出来るのだから。霞にとって性癖さえ何とかすれば、良い旦那になるわね。

 

 お買い得だったわ。

 

 小原さんの信用を得て、八王子のホテルの件も何とかさせるつもりで置いてきたけど平気かしら?あの小笠原って小娘。

 妙に色気が有ったが、榎本さんの好みから外れている。あの男はロリコンだが、ただ若ければ良い訳じゃない。

 幼い容姿にツルペタンが大好物の変態だ。大人びた彼女は守備範囲外だろう。

 だから安心なんだけど、何かが霊感に引っ掛かるのよね……小原邸からタクシーで京急線品川駅に向かい快速特急に乗り込み横須賀方面へ。

 2ドアで進行方向に2人掛け客席の電車は乗り心地が良いわ。霞と2人、並んで座るけど狭さを感じない。

 

 電車って良いわよね?

 

 暫し車窓を流れる景色を堪能する。あら、高架橋になったのね。これなら踏切が無くなり渋滞も緩和されるわ。

 ふーん、蒲田駅も随分と新しくなったわね。新婚旅行以来だから、街の変わりようが面白いわ。

 

「ねぇ義母様……榎本さん、凄かったですわね。私、彼が直接除霊するのを見るのは3回目なんですが、圧倒的な力でしたわ」

 

 周りの景色に見入っていたら、霞の事を忘れていたわね。

 

「そうね。私から見ても凄かったわよ。あの悪霊を瞬殺出来るなんて、とんだ隠し玉よね」

 

 キラキラした目で、自分の惚れた相手の凄さを再発見みたいな?今の霞は、本当に榎本さんにベタ惚れね。

 

「霞、明日は小原邸に貴女は戻るのよ。あれだけの力を見せたからには、周りの女達がどう動くか分からないわ」

 

 ロリコンだから安心なのだが、霞の不安を取り除くのと既成事実を作らないとね。常に一緒なら、周りも付き合ってると思うでしょう。

 例え彼が仲間とか友人とか思っていても、霞に対する気の使い方は端から見れば恋人を守るそれだ。

 

「そうですわね。でも榎本さんも明日の朝には一旦帰ると思いますわ。霊具不足で作らないと駄目だと言っていましたし」

 

 うーん、なら逆効果かしら?入れ違いでは無意味だし……でも清めの塩やお札が自作出来るのは良いわね。

 除霊コストが各段に違うし、霊力の消耗も抑えられるし。

 

「ならば榎本さんが小原邸に行くときに一緒に行けば良いわ。さて、結衣ちゃんの事をもっと教えてくれない?私の義娘になるのだから……」

 

 嬉しそうに話し出す霞を見ても結衣ちゃんとは良い子なのだろう。逃がさないわよ、榎本さん。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 応接室で静願ちゃんから変な挨拶をされた。彼女の中で僕はお父さん?それは彼女の母親と再婚しろ?

 いやいや静願ちゃんはファザコン?僕って父親と思われる程、オッサンだったのか……

 

「16歳の女の子にお父さんと思われた。僕はもうオッサン……まだ33歳なのに、お兄さんをすっ飛ばしてお父さん。

きっと50歳位に見えてるんだろう。欝だ、帰って布団の中で泣こう……」

 

 ソファーから立ち上がり宿直室に向かって歩き出す。

 

「ちっ違う、お父さんが嫌だったら恋人でも良いから。落ち込まないで」

 

 慌てて背中に抱き付いて来た静願ちゃんが、大変気を使ってくれた。恋人でも良いなんて、彼女の中では最大限のお詫びなんだろう。

 16歳の女の子に此処まで気を使われるとは大人として恥ずかしい。彼女の方を向いて……

 ああ、抱き合うみたいだから両肩に手を置いて体を離す。

 

「軽々しく恋人とか言っちゃ駄目だ。その、お父さんって僕はそんなにオッサン?まだまだ若いつもりだけど若作りのオッサン?」

 

 彼女は目を見開いて僕を見詰めて

 

「ごめんなさい。私の理想のお父さんだったから……嫌なら、お兄さんと呼んで良い?」と目をウルウルさせて見上げてきた。

 

 つまり父性に飢えているのか……

 

 変に色恋沙汰になりそうなお兄さんよりも、スッパリお父さんの方が静願ちゃん的には良いかな。

 お兄さんなんて、事情を知ってる連中から見れば若い娘に何言わせてるのよ!って言われかねん、高野さんとか高野さんとか。

 お父さんなら、早くに亡くした?夜逃げした?父親の影を僕に見出した。だから彼女の気持ちを考えて、お父さんと呼んで良いと言った。

 これなら対外的にも静願ちゃん的にも良い筈だ。彼女の肩に置いた手に少し力を入れる。

 ビクッと反応したが、そのまま僕を見上げている静願ちゃんは、捨て犬みたいな感じだ。やはり父親と同じ様に拒絶されるのが怖いのだろうか?

 もう、お父さんで良いと言うしかない。

 

「静願ちゃん……」

 

「はい」

 

「お父さんで良いけど、君の母親と再婚とかしないからね。それと周りに人が居るときは呼ばない。

誤解されるから。この二つを守るなら、お父さんと呼んでも良いから」

 

 ガバッと抱き付いてくる静願ちゃん……仕方なく背中をポンポンと軽く叩く。

 

「ありがとう、お父さん……大好き」

 

 大好き、か……少女特有の甘い匂いを嗅ぐと下半身に熱を帯びそうだ。ああ、最近風俗行ってないなぁ。

 明日の朝は絶対帰るから早朝営業に行こうかな。お気に入りの娘が出勤してるか、携帯サイトで調べて予約を入れよう。

 などと美少女に抱き付かれながら、最低な事を考えてしまった。静願ちゃんが落ち着いてから優しく体を離す。

 

「さて、早速二人で誤解を解きに行こうか?」

 

「誤解?誰に?」

 

 黙って監視カメラを指差す。他人に見られていた事に気付いたのか、真っ赤になって俯いている。

 音声無しで端から見れば、男女の情事以外の何物でもない。監視カメラに向かい中指を立てる教育上、大変宜しくない仕草をして彼女を伴い警備室に向かう。

 

「大丈夫、筋肉に物を言わせてもデータは消させるから。マスターも予備も有れば完全に消す」

 

 そう言って静願ちゃんを安心させるが、逆に左腕に抱き付いてくるから困る。彼女的には頼れるお父さんなのだろう。

 廊下を進み警備室のドアを一応ノックして開けようとするが……鍵を閉めやがったな。

 ガチャガチャとドアノブを回すが反応は無い。平和的な解決方法として対話での解決するべく、此方の条件を提示する。

 

「あードアを開けて欲しい。嫌なら嫌で構わない。呪詛を掛けるが、一生ナニが立たない方が良いか即下痢一週間が良いか今すぐ選べ。

猶予は5秒、選ばねば両方掛けるから。5・4・3、ああ良かった。未来有る若者を社会的に抹殺する所だったよ」

 

 慌てて鍵を開けた警備員は顔面蒼白だ。僕は昨夜、彼らに力を見せ付けた。勿論、胡蝶の力で有って僕の実力では無いが彼らには分からない。

 本物の霊能力者を怒らせたと思っただろう。

 

「さて、お話ししようか?先ずデバガメしたデータを完全に消して欲しい。誤魔化しても無駄だよ。

僕はこれでも警備会社の外部スタッフもしてるからね。内情は詳しく知ってるから……先ずは監視カメラのデータから見せてくれるかな?

静願ちゃんも入って、鍵閉めてくれる」

 

 素直に言う事を聞いて狭い警備室に入りドアの鍵を閉める。

 

「榎本さん、恫喝に慣れを感じる。もしかしてヤの付く怖い人?私、早まったのかな?」

 

 彼女の頭をクシャクシャと撫でる。目を細めて嬉しそうにする彼女を見て、やはり父親に飢えているんだなと思う。こんなのは子供が喜ぶ仕草だからね。

 

「僕らは命のやり取りをする因果な商売だからね。荒事なんて慣れっこだよ。そこ、そこから消すんだ」

 

 モニターには丁度僕らが応接室に入った場面が映されている。

 

「部分的に消すのは出来ないんですよ」

 

 警備員が怯えながら言うが騙されないぞ。

 

「削除出来なきゃ上書きするんだ。駄目ならハードディスクごと壊すよ。なに、霊現象ってライトとか消えるだろ?

アレって磁気の問題だと思うんだ。この監視装置も精密機器だし、試してみようか……」

 

 そう言って左手をモニターにかざす。

 

「消します、消せます。いや本当に手順を忘れただけで……はい、消しました!本当です」

 

 サブウィンドウに削除とかの文字も有ったし、これだけ脅したから本当なんだろう。

 

「うん、ご苦労様。さて監視カメラで見ていた内容だが、音声が無いから誤解が生じたようだ。

僕は静願ちゃんから人生相談を受けた。それで感極まって抱き付いただけだから、変な噂が広まったら……分かるよな?」

 

 当事者二人に駄目押しをするのを忘れない。爽やかな僕の笑顔に、快く頷いてくれた。顔が引きつっているのが不思議だけど?

 しかし未だに左腕に抱き付く彼女を見て、彼等が信じてくれたかは分からない。

 問題が解決した所で気が付いたんだけど、食堂のモニターでは信じられない光景が映っていた。

 

「なぁ食堂ヤバくないか?亀宮さん、本気モードになってるぞ。視認可能な程に亀ちゃんが具現化してる」

 

 アレが霊獣亀ちゃんか。凄いな、甲羅が2m以上有るし浮いてるぞ。首も長いしスッポンか噛み付き亀に似ているな。

 

「お父さん、人事だめ。止めにいかないと」

 

 静願ちゃんも慌てているのか、お父さんは人前で呼んでは駄目って言ったでしょ!

 

「「お父さん?」」

 

 警備員ハモるな!そうは言っていられない。ダッシュで食堂に向かう。

 

「おい、胡蝶!最悪喰っても良いが、出来れば避けたい。どうすれば良い?っておい、胡蝶さん?」

 

 ペシペシと左手首を叩くが無反応だ。もう食堂に到着するし出た所勝負で行くしかないのか?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食堂に辿り着くと亀宮さんとメリッサ様が睨み合っている。双方髪はボサボサ、顔中引っ掻き傷だらけ。

 リアルにキャットファイトをやったんだ。肩で息をしながら、片や亀ちゃんを呼び出し方や聖書を開いて十字架を構えている。完全にやる気満々だ。

 

 だけど……

 

 裏拳で思いっきり食堂の壁をブッ叩く!バコッ、と大きな音を立てて凹む壁。此方に顔を向ける二人。

 

「施主の前で何やってんだ!お前らプロだろ?恥ずかしくないのか、ああ?」

 

 ヤクザ顔で恫喝する。

 

「なっ、でもでも榎本さん。この亀頭野郎が私に」

 

「エロ修道女の癖に何言ってるのよ!ナニよ亀頭って」

 

 それはナニだよ。

 

「もう良い。お前ら帰れ!八王子のホテルの除霊は僕がやるから、もう帰れ」

 

 左手首の数珠を弄くりながら、彼女達を叱る。仕事を貰う立場の者が、施主の前で喧嘩とか有り得ない。仕事を舐めるな!

 

「まぁまぁ榎本さん。彼女達も悪いが頭ごなしに叱っては駄目だ。元はと言えば君が私に順番を決めろと投げた所為だよ」

 

 お前が言うなと言いたいが、その通りなので言えない。もう一度、彼女達を見回せば大分落ち着いた様だが……

 

「分かりました。小原さん、八王子の廃ホテルの除霊料金ですが幾らを考えてますか?」

 

「そうだな、同額の500万円を成功報酬だな」

 

 500万円で二組六人が三日間……諸々諸経費を入れれば700万円位かな。

 

「では成功報酬500万円の他に彼女達六人の経費を込みで総額700万円で。亀宮さん、メリッサ様。

君達は施主の前で失態を犯した。だから全員で一斉に除霊するんだ。料金は折半。

でもプロなら相手よりも、より多く除霊し喧嘩のケリをつけるんだ。除霊は明後日の夜から……小原さん、宜しいですか?」

 

 これしか解決策は無いだろう。

 




この作品はコレで今年最後の投稿となります。

来年は1月1日に掲載予定です、今年一年有難う御座いました。

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