榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第291話

 亀宮さんの瞳のハイライトが職務放棄し関係者を恐怖のドン底に叩き込んだが、コンビニで色々な商品について語り合った事で何とか職場復帰させた。

 方丈さんや御手洗、滝沢さんが安堵の息を吐いた。だが一番安心したのは亀ちゃんだった、グリグリと頭を頬に擦り付けてくれたが基本的に痛い。親愛と信頼の情が痛いです。

 滝沢さんが目元をハンカチで押えているのは、恐怖から開放されたから?御手洗、男泣きは止めろ。亀宮さんが不審がっている、例え彼女が原因でも一族の当主なんだから敬え。

 

「榎本さん、何故彼等は泣いているのでしょうか?」

 

「亀宮さんが現代人のオアシスである便利なコンビニにも気軽に行けない事を悲しんでいるんだよ。また来よう、飲み物だけじゃなく御菓子や惣菜パンとかも色々有って楽しいよ」

 

「そうだったんですか?それにしては安心感が滲み出ていないでしょうか?」

 

 肩をポンポンと叩いて愛車キューブに押し込む。方丈さん達の復活には暫く時間が掛かるが亀宮本家に着く前には復活するだろう。グッと親指を突き立てているので、同じく親指を突き立てる。

 あと亀ちゃん、車外に出ては駄目だから。店員さんが目を擦って二度見したけど、勘違いか見間違いで自己完結しそうだな。頭振ってるし、精神の安定の為に良い方法だよ。

 その後は車内で時事ネタを交えた会話を行い問題無く亀宮本家に到着、僕専用の駐車スペースに愛車を停める。亀ちゃんが器用にコンビニ袋を銜えて建物の方に飛んで行く、実は宅飲み楽しみにしていた?あと僕以外にも皆さんも買い物してたのね。

 

「さて行きましょうか?持ち込みで宴会なんて久し振りですよ」

 

「持ち込み宴会じゃないです!宅飲みです、お洒落じゃないので間違わないで下さい」

 

 ナチュラルに腕を組まれても気にしなくなってしまったが、当主の奇行をスルーする配下の連中って?立ち止まっていたら、亀ちゃんが器用に頭を押し付けて歩けと促された。押さなくても行きますって、大丈夫だから。

 亀ちゃんとも意志の疎通が出きる様になったが、霊体しか食べないと聞いていたがコンビニの摘みに興味津々みたいだ。もしかしたら、胡蝶みたいに悪食って言うか何でも食べれるんじゃないかな?

 栄養吸収に効率が良いのが霊体なだけで、何でも食べれるんじゃないかな?カミツキガメって悪食らしいから、基本的に何でも食べれそうなんだよ。今夜色々と試してみよう、調理師免状を持つ御手洗に何か作らせるのも良いな。

 

「はいはい、宅飲みですね?亀宮さんさ、亀ちゃんって人の食べ物って食べさせて大丈夫かな?八王子の時は霊体しか食べないって言ってたけど、なんか食べたそうだよ」

 

「さぁどうでしょうか?亀ちゃん、普通の料理も食べたい?」

 

 コクコクと頷いているので食べれるみたいだな。食べなくても大丈夫だけど嗜好品として食べたいのか?まぁ若宮の婆さんにも確認した方が良いだろう。旧家とは一般人では理解出来ない決まりが有るから、迂闊な事は出来ない。

 もしかしたら、力を振るう条件に精進潔斎中とか、不要な物を食べさしたら駄目だったとか。霊獣亀ちゃんが昇天してしまったら、700年続いた亀宮一族が途絶えてしまうし……

 いくらなんでも、そこまでは考え過ぎかな?亀宮さんもそうだが、旧家の御嬢様とか上流階級だから下々の食べ物は与えません食べませんとか?亀宮さんを大人の駄菓子屋に連れて行って合成着色料や添加物塗れの駄菓子を食べさせたら……

 

「うーん、食べられそうだね。でも確認の為に、若宮の婆さんに聞いておくか。無用なトラブルは嫌だからね」

 

「榎本さん、亀ちゃんの保護者みたいですよ。なにか面白いですわ」

 

 保護者?僕としては、700年も付き合っている君達が知らない事の方が驚きだぞ。いくらでも知る機会は有っただろうし、崇める霊獣の事は良く調べるんじゃないの?

 亀ちゃんが嬉しそうに頭をグリグリと、僕の腰に擦り付けるのは人と同じ物が食べられそうなので嬉しいんだと思うんだ。霊獣だって700年以上生きていたって人と違っていたって、美味しい物を食べたい気持ちは一緒だよ。

 滝沢さんや御手洗達が信じられないモノを見る様な表情をしているのは、霊獣亀ちゃんを神聖視し過ぎていたのかもしれない。亀宮当主にしか懐かない特別で不可侵な存在、そんな存在に気安く接する僕に驚いたんだろうな。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結果的に亀ちゃんに霊体以外の食べ物を食べさせる事は容認された。過去の当主達も食べさせていた記録が有ったそうだが、基本的に相当懐くか心休まる環境じゃないと飲食はしないらしい。なんとも不思議な霊獣様だ。

 男性陣は、僕と御手洗に方丈さんの三人だ。そう言えば亀宮一族で同性の知り合いって、御手洗達筋肉同盟の他は赤目達の事でお世話になっている湊川さん位しか居ない。他は敵対か中立、いや無関心か?

 宅飲み会場は亀宮さんの私室で行う事になった。あの池の中に建つ金閣寺みたいな豪華な建物は、過去の当主の趣味らしいが金ピカって成金趣味丸出しというか自己主張が凄いと言うか……

 

 備え付けのキッチンが有り、買って来た惣菜系の摘みを御手洗が温めてくれる。温めだけだが参加している女性陣には若干の不安要素が有る。要は料理関係に不安要素しかないから手は出させない。それが双方にとって幸せなんだ。

 参加者は女性陣が宅飲み主催者の亀宮さん。滝沢さんと強制連行された薄幸な五十嵐さんに元気一杯な風巻姉妹。五十嵐さんは急な呼び出しでの参加の為に挙動不審だが、風巻姉妹は日本酒持参で張り切っている。

 持ち込み酒OKにした為か、五十嵐さんも用意してきた様だが流石は御嬢様。1965年DRCロマネ・コンティを持ってきたよ、もう一本はボトル保護カバーから出した時に1971年製ってラベルが見えた。

 

 ロマネ・コンティの1970年代は素人でも知っている当たり年で、1971年1975年1976年は特に入手困難で高額なんだ。その中でも1971年は1本300万円以上もするプレミアワインだ。1965年だって150万円前後はする。流石は生粋の御嬢様、金銭感覚が庶民とは違って異次元レベルだ。

 

「五十嵐さん、そのワインは宅飲みには不適当だよ。多分だけどコンビニで買ったウズラの燻製やビーフジャーキーを摘みにガバガバ飲んだら、ワイン通達が発狂するよ。この澪スパークリングで十分だよ、一応ライスワインかな?」

 

 一杯当たり30万円とか笑えない、一気に酔いが醒めるぞ。これが生粋の金持ちの感覚か?僕は庶民派代表で最近漸くプチ金持ちになったが、庶民派根性が抜けてないから受け入れられないんだ。方丈さんは気にしていない様だが、滝沢さんや御手洗は同じ気持ちだな。

 ワイン一杯が手取り月収に近いとかさ、未だ素面だから手が震えてるよ。これが酔っていたら分からない、所謂酒の上の過ちってやつだ。酔っ払うと気が大きくなったり判断力が低下するから、結構な大きな間違いを起こしやすい。

 

「そうですか?折角御当主様に誘われたのですから、所有する一番良いワインを持って来たのですが……駄目出しされてしまいました、これが世間知らずって事ですね?」

 

 うわっ、五十嵐さんが涙を浮かべてしまった。一子様と違い自由に涙を出せないから本気で悲しませてしまった。女性陣の視線が絶対零度の冷凍ビームみたいに突き刺さる。

 

「駄目ですよ、榎本さん。女の子を泣かしたら。ごめんなさいしなさい」

 

「えっと、ごめんなさい?」

 

 凄く悲しそうな顔をさせたうえ泣かせてしまったので謝罪したが、流石に宅飲みで2本合わせて500万円のワインなんて飲めないよ。それは然るべき時と場所で飲みましょう、貴女の就任式で振舞うレベルですよ。

 この空気をぶち壊す様に、御手洗が手際良く購入した摘みを皿に盛っている。どうやら買い置きの摘みも持ち込んでくれたらしく、ファミ横商店街お母さん食堂の惣菜……中華三種盛り合わせにシャキシャキ明太蓮根サラダ、小松菜にキノコの白和え。

 お、高野豆腐の煮物盛り合わせまで有る。滝沢さんが真っ赤になってアウアウしているけど、このオッサン臭い摘みって、もしかしなくても彼女の買い置きだな。御手洗をポカポカ叩いているから間違い無いだろう。

 

 滝沢さんも風巻姉妹もだが、基本的に自炊せずに食事は出前かコンビニで済ますらしい。前時代的で悪いが、料理の出来ない女性は婚期を逃すぞ。その点で言えば、結衣ちゃんは完璧だ。和洋中何でもOK、掃除・洗濯・裁縫も問題無い。

 完璧美少女の結衣ちゃんと残念気遣い美女の滝沢さんを比べるのは可哀想だよな、そこは反省しよう。宅飲みだから気楽にストロング系缶チュウハイもグラスに注がずにそのままで飲む事にする。アルコール度数が高いけど大丈夫かな?

 女性陣はチュウハイ系、男性陣はビールで滝沢さんは梅ッシュか。風巻姉妹は最初から日本酒かよ。しかも持ち込みの……初亀?亀宮だけに亀の名を冠した日本酒か、縁起物だし丁度良いのか?

 

「そうだ、亀ちゃんも飲むだろ?何が良い?持ち込まれた日本酒だと、初亀に鶴亀に笑亀(しょうき)に……皆さん亀好きなんだな、確かに亀は永代続いて繁栄する様にって縁起物だから?ん、笑亀が良いのかい?」

 

 首を伸ばして器用に一升瓶を咥えた。亀ちゃんは豪快に一升瓶のまま飲むのだろう。胡蝶も前に日本酒を一升瓶のまま飲んでいたから大丈夫だろう、縁起物だし御神酒的な意味でも霊獣様に捧げます的な?

 

「全員に酒は渡ったかな?」

 

「今回の乾杯の音頭は、榎本さんですよ。私達は何もしていませんから」

 

 む?少し拗ねているのか?何時の間にか隣に座り袖を掴んでいる、亀宮さんが見上げながら乾杯の音頭を取れと言って来た。確かに今回は亀宮一族は本拠地で留守番だったし応援は断ったからな。

 しかも敵対している他の御三家、加茂宮一子様に協力して、一族の当主の座を賭けた戦いに協力したとあっては面白くもないか。一時的には弱体化するが、加茂宮一族は一子様を頭に直ぐに勢力を取り戻すだろう。

 そう考えれば余計な事をしたと思われるな。特に亀宮一族で僕に敵意を持つ連中は、敵に協力して塩を送った位に考えているだろうな。強ち間違いじゃない、一子様が狂わない限り、九子の宿した力を食べた彼女は強大になった。まぁ今は良いだろう。

 

「それじゃ乾杯しようか。今回の依頼も無事に達成出来た事に感謝して……乾杯!」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

 何となく分かってはいたが、名古屋での打ち上げと同じ様な感じになった。要は酒乱の集まりだ、今回の一応の主役の僕に酒を持って一斉に集まって来たよ。宅飲みだろ、打ち上げ違うよね?

 宅飲みを始めて二時間、そろそろお開きにしたいので周囲を見回す。五十嵐さんは早々に酔っ払い、ソファーを独占して寝てしまった。規則正しい寝息が悪酔いしていないと分かるから安心だ。寝言で初音様の馬鹿って連呼しているが誰だ?

 滝沢さんは例の如く早々に酔っ払い絡み酒となり、僕に抱き付いて梅酒を瓶ごとラッパ飲みしたのち渡り廊下に吐きに行ったきり戻って来ない。風巻姉妹はお互いに差しで日本酒を注ぎ合って轟沈し、呆れた母親に回収されて退場。

 方丈さんと御手洗は、気付いたら居なかった。つまり逃げ出した、数少ない同性の連中は僕に気付かれずに居なくなりやがった。理由は分かる、その存在が僕の両隣に居て現在進行形で絡んでいるから。まさか亀ちゃんが亀宮さんと同じく酒乱だったとは!

 

「そんなに頭を擦り付けられると痛いから、もう少し優しくしてくれるかな?いや、甘噛みしろとは言ってないからね」

 

 亀ちゃんは全体的に薄いピンク色に発光している、まるでオーラを纏っているみたいだが完全な酔っ払いだな。だが飲んだ酒の量が凄い。樽酒って個人だと中々お目に掛かれないし、個人用だと精精小さい1升や2升のミニ鏡開き用の樽だけど……

 まさかの4斗樽(72リットル)だよ。鏡開きイベント用だと上げ底で半分位しか入っていないけど、これは日本酒が満載。本当に4斗(72リットル)入っていた。それを亀ちゃんは頭ごと突っ込んで飲み干した。

 ウワバミって言葉を思い出すが、実は大蛇の事で大きいから酒も沢山飲むんじゃない?的な事らしく、どちらかと言えばヤマタノオロチの伝承の方が大酒飲みに合っていると思う。

 

「榎本さぁん?飲んでぇますかぁ?」

 

「ええ、飲んでますよ」

 

「ほんとぅ?まだ飲めるんじゃないのぉ?」

 

 呂律が変な亀宮さんが身体を左右に揺らしながら迫ってくるが、頭も前後に揺らし始めたぞ。これは相当酩酊してる、もしかしなくてもヤバイ領域まで逝った?守護獣と宿し主が両方酩酊って大丈夫なのか?

 両手に空の日本酒の一升瓶を持っている、亀ちゃんもそうだが二人は日本酒党だった?そろそろお開きにして休ませないと駄目だな。自分は酒量は控えたが、それでもスーパードライ500mlの缶を六本飲んでいる。トイレが近くなるのが問題だ。

 

「えぃ」

 

「え?」

 

 ポスンって感じで僕の膝の上に頭を乗せて来た、所謂(いわゆる)膝枕だな。オッサンの膝に需要が有ったとは驚いたが、限界に達したのか可愛い寝顔を見せて寝てしまったよ。僕以外全滅、幾ら亀宮本家の中とは言え少し無用心では?

 亀ちゃんまで後ろから僕の右肩に頭を乗せて寝始めた、霊獣が酒に酔ってイビキをかきながら熟睡?困ったな、動けない。大した重さじゃないが、動けば折角気持ち良く寝ている二人が起きてしまう。

 なるべく身体を動かさない様にしながら、亀宮さんを見ると酔って熱くなったのかブラウスのボタンが上から三つも外されて胸の谷間が丸見えだ。高級なブラジャーに包まれた肉塊の間に……何か挟まっている?

 

 「白地にピンクの文字、これは婚姻届だ。何故に胸の谷間に隠している?峰不○子か?確かにプロポーションなら引けを取らないが悪女的な意味で言ったら真逆だろ?」

 

 千載一遇のチャンスだ。周囲は酒に酔って全滅している、今なら誰にも邪魔されずに署名捺印済みの婚姻届を回収出来る。やるしかない、端から見たら酔った女性の胸を揉もうとしている変態か屑だな。だがやるしかないんだ。

 そっと右手を伸ばし親指と人差し指で折り畳まれ胸の谷間に挟まれた婚姻届の端を掴む、成功したが大変危険な体勢だな。ゆっくりと引っ張るが汗で湿ったのか?引っ張ると胸の肉も一緒に持ち上がる、餅みたいに弾力が有り柔らかいな。

 

「落ち着け正明。思考が変態だぞ、僕はツルペタはにゃーん派だ。巨乳とは相容れない紳士だろ、落ち着け大丈夫だ」

 

 更に慎重にゆっくりと引っ張ると胸の肉も引っ張られる、何処まで延びるんだ?婚姻届がスポッと抜けたら反動で胸の肉がバウンドした、迷信では胸の肉の中には男の夢と希望が詰まっているらしいが少し理解したぞ。

 

「あんっ!」

 

「ちょ、何て声を出すんだよ?もしかして起きた?」

 

 紳士諸君、あれは悪魔の肉塊だな。堕落する、アレは駄目な肉塊だ。何故か分からないが心臓がバクバクしている、緊張してるからで他意は無い。巨乳に踊らされてなどいない、僕は冷静だ冷静な紳士だ。

 

「ミッションコンプリート、婚姻届は頂いた。コレは処分する」

 

 残しておくには危険過ぎるブツだから可及的速やかに処分する。具体的には丸めて口の中に放り込み咀嚼する、気の所為かも知れないが仄かに甘かった。紙って甘いんだな、彼女から出される何かの影響か?いやいや、紙は甘い、だから山羊も食べるんだ。

 

僕には達成せねばばらない事が有る、亀宮さんには悪いが待てない。時間が過ぎると危険な事は理解した、もう待てないんだ!

 




次話で本編完結です。その後は各IFルートエンドの予定ですが、もしかしたら次話は遅れるかもしれません。

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