榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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長らくお待たせしましたが連載を再開します。三日間連続投稿し、次話は7日から毎週月曜日に投稿します。本編完結まで9話、それ以降はIF END で何話か考えています。
完結までお付き合い、宜しくお願いします。


第283話

 八郎を追い詰めたと思ったが、逆に東京湾唯一の無人島に誘き寄せられて追い詰められた。

 妨害電波なのかスマホは使えない、逃げ込んだ売店の事務所の電話も使えない。唯一の移動手段であるフェリーも八郎の管理下に置かれている。

 奴は逃げ回っていたんじゃなくて、僕の本拠地で罠を張って待っていたんだ。

 地元なら負けない、自分の方が詳しいと油断を誘ったんだ、僕等はまんまと八郎の罠に嵌った。

 

『ねぇ、胡蝶さん。霊体ってさ、ライフルとか扱えるんだ?』

 

 売店の窓際に移動し、カーテンの隙間から外を伺うが敵は見えないし感知範囲内にも居ないみたいだ。

 

『可能だろ、前に日本刀に取りついた悪霊とチャンバラ擬きの事をしたじゃないか。だが今回の奴は撃たれた銃弾も霊体だ、故に弾切れはなさそうだな』

 

 日本刀を持った悪霊?僕が狂犬と呼ばれていた時代に、夜な夜な古戦場に現れた戦国時代の悪霊の事か?でもあの日本刀は実体が有った、錆びだらけだったけど……

 たしか落ち武者狩りに有った連中の刀剣類が刀塚に纏めて納められていて、その供養をしていた家族の相続問題で放置されて御霊が悪霊化したんだ。

 強い怨念を宿した一本の日本刀が落ち武者狩で無念の死を遂げた持ち主の霊を呼び込んだんだ。確かにボロボロの日本刀を使い襲ってきたが祓ったら更にボロボロになり朽ちた。

 

『付喪神みたいな存在か……物に宿る霊体を操るとなると、犬飼一族の犬の使役霊より強力だぞ』

 

 プロの狙撃手でなく生前ライフルを使っていた死者の霊を使役している、だから狙撃の腕は生前の技量に準ずるんだな。

 これって職業軍人や暗殺者、競技ライフルの上位者やプロのハンターとかの連中だったらヤバかった。

 理屈で言えばもっと強力な武器でも可能なのか?例えば対戦車ライフルとかバズーカ(携帯式ロケット弾発射器)や最悪の場合は戦車とか……

 

『バイクや車に宿る悪霊も居る、戦車だろうが戦闘機だろうが理屈的には可能だろうな』

 

『八郎の能力は対人戦としては最悪な部類だな、今狙撃している連中以外にも居ると思った方が良いだろう』

 

 何故、これだけの力を持ちながら三人に減るまで当主争いに参加しなかったんだ?三郎や六郎なら十分に勝てるぞ。

 

「榎本さん、どうするの?別行動は嫌よ、私も一緒に行きますからね」

 

 外の様子を伺いながら胡蝶さんと脳内会話をしていたら、不安そうな一子様が腕に抱き着いて来た。彼女を守りながらライフルを扱う悪霊を祓う。

 祓う為には存在を確認し、接近戦を仕掛けるしかない。雷撃の有効射程範囲は精々15mから20m、ライフルの有効射程距離は30口径で300m位だっけ?

 だけどライフル弾の最大到達距離は3000m位は有る、島の高台からなら何処でも狙撃できる。いや障害物が多いから無理か?

 

 最高標高は40m程度だが島の殆どは森林と岩場、僅かな浜辺は有るが森の中に逃げ込めば狙撃から逃れる事は可能だ。

 先程の猟犬達の提案を考え直す、井上が死んで残りは三人。一人は対岸まで泳いで増援を呼んで来る、囮は二人で僕が一子様を抱えて敵の凶弾から守る。

 猟犬の三人を見る、全員が死をも決意してる。これがカリスマ女帝の腹心か、全員が美形で一人はハーフっぽい美形か。美形は悉く滅べとか言える雰囲気じゃない。

 

「一子様、確かにこのままではジリ貧だ。敵の総戦力が分からないから、ここで籠城しても押し切られる可能性が有る」

 

「そうね、バリケードも心許ないし突入されて乱射されたら負ける可能性が高いわ。時間を稼いでも応援が来ても銃撃されたら負けるから意味が無い。連絡手段を絶たれたのは痛いわ」

 

 囮として式神犬の札が三十枚有る。だが中型犬サイズだと僕等の身体を狙撃から隠す事が出来ないんだ、赤目と灰髪の戦闘体型なら可能かも知れないが切り札だし簡単には切れない。

 流石に鍋やフライパンでは銃撃は防げない、素早く動いて狙われない様にするのが一番だ。最悪の場合は即死級の致命傷にならなければ二発や三発なら当たっても僕は死なない。

 方針は決めた、素早くハイキングコースに逃げ込む。後は障害物を生かして逃げ回り敵を見つけて倒すしかない。

 八郎は一子様を食うから絶対に何処かに隠れている筈だ。問題は此処は戦争遺構でも元海軍基地だから隠れ場所は多い事か……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 嫌な流れを仕切り直す為に脱出方法を話し合う。時間も無いから迅速に、だが独り善がりな作戦では皆が納得しないだろう。

 猟犬達は一子様の安全が最優先で、自分達は死ぬ気だが無駄死には納得しないし認めないだろう。

 何故か一子様が僕の膝の上に座り、猟犬達は僕達と向かい合う様に座っている。姿勢を低くしているのは狙撃に対する安全の為だ。

 

「やはりハイキングコースに逃げ込むしか生き残る手段は無い、だが君達を囮にしても見晴らしの良い此処じゃ各個撃破で撃たれて終わりだ。だから一子様を中心にして全員で逃げる」

 

 先程の銃声から考えて敵は複数居る、二人か多くても三人。狙撃者が三人は危険だ、命中率は低そうだが既に井上が殺されている。下手な鉄砲も数撃てば、だな。

 

「消火器で煙幕を張ろう、視界が悪ければ一子様が狙われる確率が下がる」

 

「応援要請はどうする?やはり一人は泳いで対岸に向かうべきじゃないか?」

 

「島内マップによれば崖に面している場所も有る。一子様を守ってハイキングコースに逃げ込んでから泳いで行けば良くないか?」

 

 む、的確な判断だな。だが海面は障害物が何もない、良い狙撃の的になってしまうぞ。それに増援が戦力になるかと思えば微妙なんだよな、敢えて人員を割く必要が有るかな?

 

「増援は心強いが戦力としてカウント出来る人材を直ぐに呼べるか?見晴らしの良い島だし船で来る応援は直ぐに分かるぞ、下手に人員を割くより全員で八郎を倒した方が良くないか?」

 

 遅かれ早かれ定時連絡が無ければ不審に思って捜索するだろう、僕等の行動は猟犬が何処か他の協力者達に連絡していた筈だ。

 呑気に船に乗って応援に来ても良い狙撃の的だ、FRP製の船では隠れても銃弾は防げない。スチール製でも同じ、軍艦クラスの装甲を持つ小型民間船なんて無い。

 前に乗せて貰った国産の特注品高級クルーザー、イグザルド45コンバーチブルのフルカスタムでも無理じゃないかな?

 

「む、榎本殿より強力な術者が居るかと言われれば二線級の連中ですが……」

 

「僅か四人で一子様を守れるかとは思えません、増援は必要です」

 

「だが定時連絡が無ければ捜索するだろう、四十分前に連絡したから次は二時間二十分後。少なくとも三時間連絡が無ければ捜索を始めるぞ」

 

 三時間毎に定時連絡か、組織って大変だよな。此処を脱出して増員を呼ぶにしても一時間は掛かる、誤差は二時間程度だと悩むな。

 少ない戦力を更に割いて増援を呼ぶか、時間が経てば確実に来る増援を待つか?誤差二時間を長いと取れば増援は必須、後は自分達で大切な一子様を守れる自信が無いか……

 

「危険を犯して増援を呼びに行っても約2kmは泳ぐ事になるぞ、50mを四十秒として約2kmなら二十七分か。結構速いな、水泳が得意ならもっと早いか?」

 

 そもそも狙撃を避ける為に細かく左右にジグザグ動けない水泳は、格好の的にならないか?潜水?何秒潜れるんだよ、息継ぎで水面に上がった時に撃たれるぞ。

 

「最優先は一子様の安全確保だ、我々では心許ない。やはり増援を呼びに行きましょう」

 

「自分は学生時代に水泳部でした、25mで十五秒を切ります。此処からなら二十分で向う岸まで行けますし、もしかしたら途中で携帯電話が使えるかも知れません」

 

「だが今の守りを薄くしてどうする?確実に来る増援を待ちつつ、一子様を守る事の方が大切じゃないか?」

 

 ふむ、猟犬内でも意見が分かれたな。増援二票に現状維持一票、僕は現状維持に一票。つまり同数票か?ならば決定権を持つのは一子様だな。

 彼女の決定には猟犬達は従う、だが僕の意見をゴリ押しすれば何時か不満が溜まり爆発する。こんな極限環境で仲間内で反発とかは控えたい。手堅く彼女に決めて貰おう。

 どちらにしても僕には猟犬達に命令する事は出来ない、一子様を通してなら可能だが仲間内で不満を溜めてどうする?彼等は彼女が最優先で彼女の安全を中心に動く、出来れば目的達成も考慮に入れて欲しい。

 いや、危険度が上がる提案はしないな。それに目的達成の担当は自分なんだ、やはり彼等は一子様の安全のみ考えて動いて貰った方が効率的かな……

 

「応援を出す、賛成二票に反対二票か……同数だし、一子様に決めて貰おう。その方が皆が納得するだろ?」

 

「あら?ズルイわね、女に決めさせるなんて酷い男だわ。でも、そうね……現状の戦力を減らして迄、時間が経てば来る増援を急いで呼ぶ必要は無いわ。今は安全を確保し時間を稼ぐ、そして八郎の捕獲は榎本さんに任せるわ」

 

 チラリと睨まれたのは決定権を委ねた事に対する意趣返しか?だが彼女が力強く言い切った事で猟犬三人には不満は無いみたいだな、僕の責任は重く圧し掛かるが当初の通りだから関係無い。

 今は守り易くする為にも此処からの脱出が重要だ、島内MAPを見て避難先に考えたのがトンネル。此処はレンガ積みのトンネルで中央付近に幾つかの小部屋が有る、弾薬倉庫や兵舎として使っていたらしい。

 利点はトンネル故に出入り口は二箇所しかなく監視がし易いし守りも堅い、まさかトンネルを崩す攻撃など出来ないだろう。敵も僕等を倒す為にはトンネル内に進入するしかない、時間が経てば増援が来て不利になるのだから。

 

 欠点も有る、敵は複数だからトンネルの二箇所の出入り口は見張られる。ノコノコ出て行ったら狙撃されて終わり、つまり完全に袋のネズミ状態だ。数で押し込まれたら厳しいが一子様を守るには最適だろう。

 残りの防御地点は戦前から使用し今も現役な発電機棟、資料館に高射砲陣地跡の建物くらいかな?だが建物に逃げ込んでも此処と大差無い、だから却下だ。武器が有る訳でもないし、選ぶ意味は無いだろう。

 後は避難壕や自然の洞窟も有るが奥行きが短いので簡単に押し込まれる、後は島内MAPでは分からない。森に逃げ込んでも樹木は完全に狙撃から守ってくれない。僕の単独行動なら有りだが一子様を守りながらは無理だ。彼女も山歩きは苦手だろうし……

 

 目的地が決まればルートだが……売店からハイキングコース迄の移動だが机や椅子、パラソルしか障害物の無いウッドデッキ上を20mほど走らなければならない。普段は売店で買った物を食べるスペースだな。

 ハイキングコース入り口は森の入り口だ。左右に樹木が生い茂っているので入り込めれば身を隠す障害物は多い。最初の銃撃の弾道を考えればハイキングコースまで逃げ込めば死角になっている、敵は移動するしかない。

 デフォルメした島内MAPでは正確な距離は分からないが、トンネル迄は200m位だと思う。緩やかな坂道になっており途中から明治時代のレンガ造りによる要塞エリアで目玉観光スポットだ、某天空の城の雰囲気と似ているらしい。

 

 レンガ積みの要塞部分は道が折れ曲がっている、これは侵入者対策だろう。直線だと直ぐに重要地点に到達されるから時間を稼ぐ為と、見通しを悪くして警戒させて進軍速度を落とす為かな?僕等にとっては厄介だ、敵が潜んでいる可能性が有る。

 途中に明治時代に建てられた煙筒(えんとつ)の有る発電機棟が有る、当時は石炭を燃やして発電していたが今は軽油かな?流石にコストが掛かるから海底ケーブルで電気は引いていない。

 その先に資料館が有るが、コレは昭和の大整備で作った物で観光コースの休憩所としての役割も有る。島の文化財的な遺構や歴史的資料を見て下さいって配置だな。だけどトイレが無いのは失敗だと思うんだ。

 

 公衆トイレは船着場の売店にしかない、他は我慢しろっていうのか?いくら自然を守る為とはいえ、野外で済ませちゃう連中は多いと思うぞ。特に男の場合は大人も子供も小さい方は野外でも楽に出来るから……

 トンネルを抜けると断崖絶壁を階段で降りて岩場に出れる、海鳥の繁殖地になっているので上手くすれば可愛い海鳥の雛が見られる。あとは鎌倉時代に日蓮聖人が修行した洞窟だ、現在の千葉県から鎌倉に布教に行く際に嵐となり白い猿が猿島に誘導し難を逃れた。

 猿島の名前の由来となる出来事らしい、更に嵐が収まる迄の間に滞在し修行した洞窟が見学出来る。日蓮聖人は安房の国、房州(ぼうしゅう)だから今の千葉県鴨川市の小湊(こみなと)の出身。

 

 千葉県鴨川市にある日蓮宗の大本山、清澄寺(せいちょうじ)から鎌倉に布教に行ったのか……僕も僧籍に身を置く者だから知識は有る、他宗派関係者から結構な回数の襲撃を受けたんだよな。松葉ヶ谷法難や小松原法難は有名だ。

 結局の所、時の幕府に他宗派との公場対決を願ったが結果は負けた。死罪は免れたが佐渡へ流罪となるんだ、この三年間の流罪中に『開目妙』や『観心本尊妙』を著述し『法華曼荼羅』を完成させた、人生の契機だったのだろう。

 

「思考が逸れた、準備をして売店を出るぞ。行き先はトンネル内に有る弾薬倉庫と兵舎だ、堅牢で出入り口は限られるから敵も攻め込むには姿を晒す事になる。反面僕等も袋のネズミだが増援を待つには最適だ」

 

「消火器を撒いて視界を悪くしましょう。一子様を中心に先頭を榎本さん、左右と後ろは僕等が守ります。最悪は榎本さんが一子様を抱えて逃げて下さい、僕等で肉の盾になります」

 

「そうだな、悔しいが戦力の要は榎本さんだ。僕等は一子様を守る事に専念するだけだ」

 

 逃げる際は後ろが一番狙われ易い、それを自分達で担い身体を張って盾になるか……イケメンは悉く滅ぶべきだと考えていたが、彼等の忠誠心は本物だな。命を賭けられるのなら信じるしかないだろう。

 僕に向ける嫉妬の視線は気にしない、イケメンに熱い視線を送られても困惑しか無いよ。全く勘弁して欲しい。一子様も感動した様子で彼等を見ている……あれ?視線が三角関係じゃないか?

 猟犬→僕→一子様→猟犬だ、嫌な関係図だな。うん、この件は忘れよう。そっと視線を逸らして窓の外を伺う、今は攻めて来る感じはしないが残された時間は少ない。

 

「念の為に背中に雑誌とかまな板とか仕込んでおくんだ、気休めだが……ん?銃弾も霊体、防御札って利くかな?念の為に仕込んでおいてくれ」

 

 気休めかもしれないが自作の防御札を全員に渡す、上手くすれば利くかもしれないし精神安定剤位にはなるかな?

 


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