榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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お待たせしました、難産でしたがなんとか掲載出来ました。次回は未定です、年内には何とか……年度内には完結を目指します。


第282話

 今まで逃亡を続けていた八郎が神奈川県に現れたと思ったら、僕のホームである横須賀市で発見された。

 どう見ても罠だ、罠なのだが後が無い一子様としては追いかけるしか選択肢は無い。

 既に後継者候補は三人しか残って無く、一子様は一人も食べて居ない。その分は僕が四人も食べたからだ、反省はしてないが後悔もしていない。

 

 場所は三笠公園、日本の都市公園百選と日本の歴史公園に選ばれた横須賀市有数の観光地だ。その中で記念艦三笠は目玉の観光スポット。

 日露戦争で活躍した連合艦隊の旗艦だ、東郷平八郎大将が座乗し日本海海戦にてロシア海軍バルチック艦隊と戦い勝利し記念艦として今日まで保存されている。

 栄光ある戦艦だが、その晩年には色々と問題が有る事は有名だ。日露戦争が終結し修理の為に佐世保港に寄港したが……

 

 水兵が弾薬庫の前で信号用アルコールに火を付けて匂いを飛ばして飲むという悪戯の最中に弾薬庫に引火し大爆発、死者339人をだして沈没した。

 戦争では旗艦として活躍し敵を倒して日本を守った戦艦も、水兵の悪戯が原因で沈没するという悲劇。

 海軍凱旋式には戦艦敷島が代わりに旗艦となった、修理には三年掛かり1908年4月24日に連合艦隊旗艦に復帰。

 

 第一次世界大戦では目立つ活躍も無くワシントン軍縮条約により廃艦が決定、1923年9月20日に帝国海軍から除籍された。

 だが日本国民に愛されてた戦艦三笠は国民の嘆願により解体を免れて記念艦として横須賀にて保存が決定した、世界で唯一現存する前弩級戦艦である。

 

『くどいぞ、その観光豆知識は要らぬと言っただろうが!』

 

『いや、日本人として言わねばならない情報なんだよ!ちゃんとタクシーに乗って現地に向かってる最中だから良いじゃんか』

 

 現在は事務所から飛び出して流しのタクシーを捕まえて三笠公園に向かっている、駅前を通過し134号線に合流。三笠公園入口の交差点に入り神奈川歯科大学の前を通り抜ければ到着だ。

 

「運転手さん、お釣りは要らないよ」

 

 公園入口の手前でタクシーを停める、720円の基本料金に対して千円札を渡してタクシーを降りる。お釣りも領収書も受け取らずにタクシーから降りると正面に東郷平八郎の銅像が見える。

 その先には広場となり右手側に売店が有り、その先に接舷された戦艦三笠が見える。 更にその先には東京湾唯一の猿島に渡る観光船の船着き場が見えるが……

 

「八郎の気配は無い、この付近に霊能力者は居ないよ。また逃がしたかな?」

 

 感知範囲には八郎どころか霊能力者すら居ない、また攪乱する作戦か?焦りは隙を生みやすい、八郎は一子様を焦らせて最悪の隙を突く作戦か?

 目の前には走りながら近付いてくる『猟犬』のイケメン四人しかいない、彼等が奴を発見し通報してきたのだろう。

 周囲を警戒するが敵意も感じない、此方を散々引っ掻き回してくれるな。自分でも焦りを感じる、これだけ挑発されても相手は尻尾も掴ませない。これは不味い流れだ……

 

「一子様!」

 

 猟犬が整列する、悔しいがイケメンは息が乱れてもイケメンだ。イケメンは悉(ことごと)く滅べば良いんだよ。

 

「それで、八郎は何処に行ったのかしら?」

 

 それなりに周囲に一般人が居る中でイケメン四人組が揃って頭を下げる相手は絶世の美女と筋肉ダルマの野獣だ、当然だが視線が集まるので周囲を見回す事で視線を逸らせる。

 

「それが猿島に向かうフェリーに乗っているのを確認しました」

 

「奴は一人だけの単独行動でした」

 

 猿島だと?一人で逃げ場のない無人島に行ったのか?

 

 猿島は東京湾に浮かぶ大腿骨に似た形をした自然島だ、僕も何度か結衣ちゃんと観光に行った事が有る。

 周囲約1.6km、三笠公園からは2kmも離れていない。フェリーなら約10分で到着する、狭いとはいえ自然豊かな場所だから隠れる場所も豊富だ。

 日蓮にまつわる逸話も多く、過去には霊場としても有名な島だった。我々霊能力者にとっては色々と仕込める場所であり、先行されたならば罠を張っている可能性が高い。

 

「一子様、どうする?罠の可能性が高いぞ、てか確実に罠だな」

 

「罠でも飛び込まないと目的は果たせないわ、行きましょう!お前達も同行しなさい」

 

 イケメン猟犬四人と僕と一子様だけでか?猟犬は霊能力者ではない、一子様と僕の六人だけだが大丈夫か?本当に不味い流れだぞ、一子様の焦りがヒシヒシと伝わってくる。

 

『正明よ、誘われているなら乗るべきだ。罠など食い破れば良いのだ、八郎は九子と違いパワーアップはしていない。我々だけで十分に対応可能だぞ』

 

『胡蝶が言うなら乗り込むけど、猟犬達四人は大丈夫かな?』

 

 彼等は鍛えてはいるが一般人枠だ、霊能力者と渡り合えるかは疑問なのだが……八郎の能力も解明されてないし不安が募る。

 自分の装備を確認する、特殊警棒二本と背中に仕込んだ大振りのナイフ。陰陽道の防御札と式神札、それと清めた塩だけだ。胡蝶に悪食、それに式神犬である赤目と灰髪だけか。

 

「ちょ、一子様!慌てないで」

 

 目を離した隙に観光フェリーの舟券窓口に猟犬を並ばせて、自分は売店で何かを買っている。手に持った品物はミネラルウォーターの500mlペットボトルとタオルか、確かに無人島だし必要かな。

 買い物を済ませて猟犬の一人に荷物を渡した、この辺は女王様だな。全員分の舟券を買って貰いフェリーに乗り込む。

 

 乗客は我々六人だけで直ぐに出発した、往復1300円で片道15分の船旅だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 往路の船旅、乗客は我々だけだ、30人乗りほどのフェリーは屋根しか無く窓は硝子が入っていない枠だけだ。潮風を感じて外の景色を見ろって事だろうか?

 途中で復路のフェリーとすれ違うが乗客が誰も乗っていない、つまり八郎は未だ猿島内に居る訳だな。何処かに隠れて罠を張っている可能性が高い、探すにしても手付かずの自然島だ。

 原生林に隠れられたら見付けだすのは無理だな、感知は出来ても逃げられたら追いつけるか分からない。僕は都会派の霊能力者だからサバイバル術は学んでいない。

 

「あと五分で猿島に到着します。忘れ物の無い様に注意して下船して下さい」

 

 船内アナウンスに従い乗り降り場所の船尾に移動する、近付く桟橋とその先に見えるには島内唯一の売店と食堂。それに海水浴場として整備された砂浜、あとはハイキングコースの入口か……

 船が桟橋に横付けされてロープで固定される、僕が警戒しながら最初に降りる。まぁ人目の有る場所で襲って来るとは思わないが注意が必要だ、木製の板を並べた簡素な桟橋は陸地まで30m程伸びている。

 僕が先頭を歩き次に猟犬二名、一子様が続いて最後尾にも猟犬二名の一列で歩く。

 

「あれ?復路の客を乗せずにフェリーが出航したぞ」

 

 おかしい、フェリーは到着すると復路の客を乗せる為に30分は停泊する筈だ。乗客が居なくても出航の時間を変える事は無い。

 気になって周囲を確認すれば、売店も食堂もシャッターが閉まっているし周囲に誰も観光客が居ない。フェリーが運行している限り売店や食堂が休む事は無い。

 今更違和感に気付いた、フェリーの1時間に一往復しかしない運航時間の違い。直ぐにフェリーが出航して後を追える事の異常さに気付けないなんて……

 

「不味いぞ、罠だ!僕等はこの島に隔離されたぞ」

 

 追い込んだんじゃない、追い込まれたんだ。

 

 不意に後ろを歩く猟犬の一人が倒れた、見れば胸から血が滲んでいる。発砲音は聞こえなかったが、ライフルによる狙撃か?

 

 一瞬だけ体が硬直し背中に嫌な汗が浮き上がる、此処で立ち止まれば何もせずに殺される。直ぐに気持ちを戦闘用に切り替える、先ずは身を隠す事が最重要だ。

 

「銃撃だ、売店まで逃げるぞ!」

 

 猟犬の三人が取り囲んで守る一子様を強引に抱きかかえる、ここで動かずに警戒しても無駄だ。

 

 一子様を抱きかかえて売店に走り出す、桟橋は身を隠す障害物がなにも無い。素早く周囲を見回すが狙撃が出来るポイントは向かい側の山の中しかない。

 先ずは身を隠す事が重要、撃たれた猟犬は残りの三人が担ぎあげていた。何か所か桟橋の木板が弾け飛ぶ、やはり狙撃だ。僕等は霊能者として戦っているのに近代兵器を使うな!

 

「オラァ!」

 

 鍵の掛かっていた扉をヤクザキックをかまして破壊し、そのまま中に転がり込む。店の奥のレジ台の後ろに回り込み入口を警戒し、抱きかかえていた一子様を下す。

 応援を呼ぶ為に電話しようと携帯電話を開けば、圏外だと?ジャミングされているのか、相当準備をして誘い込んだのか?

 

 数秒遅れて猟犬が売店に転がり込んでくる、狙撃された男を近くの床に寝かせて傷の確認するが……

 

 レジ脇に置いてあったLEDライトを取り出す、小型のキーホルダータイプで猿島のロゴが書かれている安っぽい物だが使えるかな。

 口に手を当てるが、既に呼吸をしていない。親指と人差し指で瞼を開き眼球を照らす、睫毛反射・対光反射(直接反射、間接反射)が無い。

 胸に直接耳を当てて心音を聞こうにも音がしない、多分だが即死に近かったみたいだな。狙撃された傷跡を見れば左胸から銃弾が入り背中に抜けたのか。

 

「即死に近いから苦しまなかったと思う、気休めだけどさ。それと携帯電話が使えない、電波妨害までしてくるとは相当準備していたな」

 

 開いた瞼を閉じる、名前も知らない男だったが死に顔は穏やかだ。多分だが何も分からない内に亡くなったのだろう。

 

「井上、仇(かたき)は取るわ。必ずね、だから先に地獄で待っていなさい。直ぐに八郎達を叩き落とすから」

 

 一子様が井上と呼ばれた男の額に手を当てて、彼の死を悼んでいる。だが襲撃は終わらない、僕等は敵の罠に入り込んだ獲物だ。生き残る為に八郎を殺すしかない。

 売店はガラス貼りで敵が侵入してきたら防ぎ様が無い、気休めに商品棚やテーブルを窓際に並べる。中の様子が分からないだけでも効果は有る。

 後は使える物を物色する、玩具のLEDライトだと心細いので海上自衛隊仕様のマグライトが有ったので全員に配る。猿島は旧日本海軍が基地として使用していた戦争遺構だ。

 防空壕や地下通路、閉鎖されているが旧発電所や兵舎も残っているので照明器具は必要だ。

 

「観光地だからな、武器になりそうな物は少ない。怪我した場合を考えてタオルやウエットテッシュ、ミネラルウォーターとか鞄に詰めて持ち出すよ」

 

 僕が外を警戒している間に猟犬が売り物の鞄に必要な物を詰め込んでいく、それと事務所スペースに簡易キッチンが有り包丁を持ち出してきた。

 タオル・ウエットテッシュ・ミネラルウォーター・マグライト・ライター・ガムテープにチョコレートとかの菓子類、それに武器が包丁か。対人なら包丁でも戦えるか?

 

「室内では消火器も十分な武器になる、煙幕や目潰しだね。売店に立て籠もるのは心許ないな」

 

「榎本さん、こんな物が有ったけど使えるかしら?」

 

 む?防犯用カラーボール発射装置だと?

 

「コンビニとかで置いてある防犯用カラーボールをガス圧で打ち出すのか、異臭と特殊塗料を付着させるのか。装填は二発で飛距離は15mか、コレは使えるね」

 

 この手のカラーボールは直接犯人に当てても割れないから地面に叩き付けて飛沫を付けるか、逃走する車に当てるのが普通だがコレは直接犯人に当てられる。

 しかし売店で武器を探すとか、何処のパニック映画だよ。ゾンビ相手なら祓う事も出来るけど、相手は銃を持った人間だぞ。

 何故か軍手が置いてあったのはバーベキューとかで使うからかな?一応着火剤も持って行く事にする、流石に放火はしないが何かに使えるかも知れない。

 

 各々が黙々と準備をしている、簡易バリゲードの隙間から外部を伺うも敵は近付いてこない。無警戒に接近してくれば、雷撃を喰らわせて倒す予定だが上手くは行かないか……

 

「榎本さん、このまま籠城してもジリ貧じゃないかしら?」

 

「そうだね、ジリ貧だけど迂闊に外に出れば狙撃されるよ。消火器を使って煙幕を張っても難しい、ハイキングコースに逃げ込んで身を隠すか敵を探すか迷うな」

 

 売店から食堂に抜けて、その後方のハイキングコースの入口までは15mは有る。幾ら消火器で煙幕を張っても煙幕ごと撃たれたら当たる確率は高い。

 だが夜陰に紛れるにしても未だ昼間だ、そんなに此処に居座るのも難しい。銃器で武装している相手に、一子様を守りながら勝つのは難しい。

 

「我々が陽動しますので、榎本さんは一子様とハイキングコースに逃げ込むのはどうでしょうか?」

 

「2km程度なら泳いで渡れます、いくら妨害電波を出しているとしても島から離れれば大丈夫でしょう」

 

「此処にいても時間ばかりが過ぎてしまいます、敵が近付いて来ないのは榎本さんを恐れているからでしょう。なので積極的に接近すべきです」

 

 流石は忠犬、いや猟犬か。確かに居座っても時間が経つだけで意味は無い。だが猟犬三人を囮としてハイキングコースに逃げ込んでも状況は好転しないぞ。

 身を隠す場所が無いし土地勘も無い、一応だが猿島MAPは見つけたがデフォルトしてるから大まかな位置しか分からない。

 

「どっちも分が悪い賭けだよ、出来れば此処で一子様を守って貰い僕だけが攻め入る方が効率的だが……」

 

「嫌よ、私も榎本さんと一緒に行くわ」

 

 そうだよな、八郎を食わないと駄目な一子様が僕と別行動など受け入れないよな。また九子が現れて折角倒した八郎を奪われるのが嫌なんだ。困った、進退窮まったって奴だな。

 

『待て正明、お前のサバイバル技術は凄いが敵は生きた人間じゃないぞ』

 

『生きた人間じゃない?だが銃撃だぞ、霊体が銃器を使うとか聞いた事が無い』

 

 しかも一人じゃない、桟橋で撃たれた時は少なくとも二人は居たと思う。連続で射撃は可能かも知れないが1秒未満で桟橋の床板に穴が開いた。

 機関銃とかなら可能だが、単発の狙撃ライフル銃では1秒未満で連射は不可能だと思うんだ。それに狙撃の腕は未熟だった、プロの暗殺者じゃないとは思ったが霊体?

 

『八郎はライフルで武装した霊体を操れる?そんな事が出来るのか?』

 

 不味いな、一子様を守りながら霊体スナイパーを探して倒す。人間と想定して動く事が出来ない、霊体など神出鬼没だから此処に籠っても防げないじゃないか!

 

 


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