榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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 ご無沙汰しております、丁度一年振りの復活です。お待たせして大変申し訳有りませんでした。
 今回は久し振りなので状況確認の部分が多いです、投稿ペースとしては月一回か二回程度だと思います。完結まで十話前後を予定しています、その後に後日談的なIFエンドの予定です。



第281話

 一子様を横須賀中央の事務所に招き今後の方針を話し合った、残りは八郎と九子のみだが九子は四子と六郎を喰って力を付けている。

 当初の予定だと加茂宮の当主九人の内、二人食べたら互角で三人食べたら勝てないと考えていたが、胡蝶も四人(二子・三郎・五郎・七郎)食べた事で計算が合わなくなっている。

 油断した事により六郎は喰われた、良い所まで追い込んで最後の詰めが甘く脇から掻っ攫われたんだ。

 

 そして二回九子と対面したが1回目は逃げられて2回目は引き分けた、出し惜しみも油断もしなかったが胡蝶と雷撃の切り札二枚をもってしても勝てなかった。

 影を使った移動術も脅威だ、追い込んでも隙を見せれば逃げられる。幸い右腕は切り離したが、再生している可能性もあるんだよな……

 

 一子様のパワーアップも必要だ、八郎は生きたまま捕まえて食べさせる必要が有る。

 九子を食べさせるのは難易度が高い。強敵だし胡蝶に食べさせる事を前提として戦う方が楽だ。楽というか九子相手に生け捕りなんて余裕は無い。

 

 最近の八郎は逃げているだけじゃなくて痕跡を残して此方を誘導している、しかも亀宮の勢力圏内で僕と九子の因縁の場所にだ。

 

「ねぇ一子様。八郎ってさ、岐阜の白山(はくさん)が本拠地の土着信仰の一族だよね?霊峰白山と白山神社と関係有る?」

 

 白山神社の祭神は菊理媛神(白山比咩神、ククリヒメのカミ)・伊弉諾尊(イザナミ)・伊弉冉尊(イザナギ)の三柱を崇めている。

 全国に点在する系列の神社は、東北地方で17社・関東甲信越で16社と亀宮一族の支配地域では合計33社と少ないのだが、加茂宮一族の支配地域・岐阜県だけで21社・愛知県では60社と近畿地方82社の殆どを占めている。

 その利を捨ててまで神奈川に進出したきたんだ、罠なのは分かっているが八郎の力の根拠が知りたい。

 

「有るわ、白山神社というか白山信仰ね。八郎は山岳信仰の修験者だったのよ、本名は若王子(にゃくおうじ)実篤(さねあつ)と言いカラス天狗の異名を持っていたわ」

 

 白山信仰、加賀国・越前国・美濃国(現石川県・福井県・岐阜県)に跨る霊峰白山連峰は山岳信仰で有名だ。

 原始的な山岳信仰、「命を繋ぐ親神様」とも言われ水神や農業神として崇められている白山から齎される神水も信仰の対象。

 白山も水源とする川は九頭竜川に手取川・長良川流域を中心にしている。

 山岳信仰は修験者によって全国に広められて行き、白山は修験道として体系化して行った、俗に言う熊野修験と並ぶ白山修験だ。

 

「八郎の配下には山伏(やまぶし)が多いって言ってたよね、カラス天狗と言われたからには意味が有る筈だ。剣術が得意とか?」

 

「牛若丸伝説ね、幼少時代の牛若丸に剣を教えたのはカラス天狗だと伝えられているわね。でも八郎の場合は迦楼羅(カルラ)天の方らしいわ」

 

 迦楼羅天だと?京都三十三間堂の二十八部衆の迦楼羅天は猛禽類の顔に山伏の衣裳で背中に羽根が生えている、まさにカラス天狗と同じ容姿だ。

 だが奈良の興福寺の八部衆の迦楼羅天に羽根は無い。そもそも天狗はインドの神様である神鳥ガルダが仏教の守護神となり、八部衆から二十八部衆に変化していった。

 「かるら」はパール語に由来し漢訳では食吐悲苦鳥(じきとひくちょう)と書くが、八郎との関連は何だろう?

 

「私も加茂宮の当主争いに参加する迄は知らなかったのよね、地味な男だったし興味も薄かったから。掴んだ情報では毒蛇を扱うらしいのよ」

 

 毒蛇?蛇使い?困った様に一子様の様子を見ると、本当に八郎の情報は少ない。故意に力の源を隠していると見た方が良いな。当主候補になる位だから能力は高い筈だ。

 

「毒蛇か、文字通りならマムシとかコブラとか毒を持つ蛇だけど仏教では違う捉え方が有る。仏教での毒蛇は、雨風を起こす悪龍で煩悩の象徴なんだ。迦楼羅天は毒蛇(悪龍)を食べて民を守る神なんだ」

 

「博識ね、流石は現役在家僧侶だわ。でも八郎と迦楼羅天のイメージは繋がらないのよ、そんな大層な神の加護を持ってるとは思えないわ」

 

『迦楼羅天の加護持ちってどんな力を持っているのかな、胡蝶は分かるかい?』

 

『神の加護か?迦楼羅天の加護持ちとは過去に戦った事が有るぞ。たしか口から『迦楼羅焔』と呼ばれる粘つく炎を吐いたんだ』

 

『粘つく?纏わり付く炎だと現代のナパーム弾みたいな物かな。あれは主燃材料のナフサと増粘剤のパーム剤を1対50の比率で混ぜた物だったかな?それでナフサとパームを混ぜてナパーム弾って呼ばれた殺戮兵器だ』

 

『九子の『灼熱吐息(しゃくねつといき』とか言う緑色の火炎と同じだな、加茂宮に憑いている奴は同じ様な炎を扱えたぞ』

 

 九子のアレか、往年のアイドルみたいな名前だったな。本人は48人グループアイドルみたいな恰好だし、アイドル好きなのか?

 

「先代当主の加茂宮の力を兄弟姉妹で分けたんだろ?先代当主ってどんな奴だったのかな?」

 

 力の源が特定出来れば対処はし易い、だが三郎は植物を操り六郎は術具を多用した。五郎や七郎は身体強化と多種多様だ。

 少し話し込んだので脳がカロリーを要求している、お茶請けで出した『函館スナッフルス』のチーズオムレットは完食していた。残りは『津山ロール』の抹茶クリームか……

 

 キッチンに向かい冷蔵庫から『津山ロール』を取り出す。包装紙を取り除き4cm幅で切り分け一切れは一子様、残りは僕が食べる。糖分は頭脳労働には必須なのだ。

 

「はい、津山ロールの抹茶クリームだよ」

 

「半分で良いわ、もう私の一日のカロリー摂取量を超えてるの。榎本さんと結婚すると確実に太るわ」

 

 人工的に作られた現代最高の美人である一子様には、色々と制約が有りそうだ。細かく聞くのは無粋なので、今度は低カロリーのスィーツを用意しておこう。

 豆乳マフィンとか、おからクッキーも良いかな?だけどヘルシーなスィーツって微妙に物足りないんだよな、やはり身体に悪い物の方が美味しいんだよな。

 

 スプーンで三分の一を掬って口に入れる、抹茶って日本人好みの味だよな。一切れを三口で完食する、甘さ控え目だが生クリームは高カロリーなので一子様は微妙な顔だ。

 

「美味しそうにバクバク食べられると、私の鋼の自制心にも罅が入りそうだわ。先代の加茂宮保(たもつ)はね、一言で言えば合理主義者だったわ」

 

「合理主義者か……物事の結果に無駄が無い様に事前に進め方を検討し最短で最高の結果を求めるのか。だが今回の件は博打に近くないかな?誰が生き残るか未知数だったはずだよ」

 

 御三家当主としては正しい姿だとは思う、当主が正しい道程で導いてくれるなら配下は安心だ。反面分の悪い事はしない。つまり冒険しないから面白みが無い、情よりも能力を優先する。

 遊び心が全く無いから人としての付き合いは浅くなる、深い人間関係は結べないだろう。だから子供が沢山いるんだな、恋人や妻への愛情は少なく自分の有能な後継者を作る為に蠱毒を仕込んだ。

 

「私も最初は榎本さんも合理主義者だと思ったわ、除霊の方法に無駄がなくて最短で効率良く対処するし。名古屋の件もそう、結局自分で全て計画して行動して結果をだした。御三家当主の私達なんて本当は要らなかったでしょ?」

 

「いや誤解だぞ、僕はだな……」

 

 人差し指で口元を押さえて黙らされた、指に付いたクリームをペロリと舐めるのは恥ずかしくなるから止めて下さい!

 

「今は思ってないわよ、情に厚い榎本さんは合理主義者とは真逆よ。貴方は自分の大切な人を守る為には非情になれる、隠した獣性を剥き出しにして邪魔者を排除するわ」

 

「躾の行き届いた熊さんだからね、だが最終手段に出る前には幾つかの手順は踏むよ。今回の件は特別さ、残り二人は確実に殺す。八郎と九子、数字が一番低い奴等が一子様と当主の座を争う。本当に加茂宮保は予想していたのか?」

 

 生前は合理主義者と言われた、確かに巨大組織のTOPとしては正しい姿だ。経歴も合理主義者その物で、効率的に配下を使い除霊を達成していた。

 一子様も認める程にだ、その加茂宮保が仕掛けた一世一代の後継者選抜試練で既に六人の我が子達が喰われている。僕は八郎や九子を脅威と感じていたが、本当は加茂宮保の思惑を知らないと駄目なんじゃないか?

 

「加茂宮保が今際の際に私達兄弟姉妹を枕元に呼んだ時、殆ど親の愛情など掛けて貰えなかった私達に最後に言った言葉はね……『全てを奪え、それで意味が分かる』だったわ」

 

「兄弟姉妹全員の魂を喰えば全ての意味が分かるって事かい?分散した能力を全て手に入れなければ分からないのか……」

 

 不味い、最初から破綻してるぞ。既に僕が四人も食べちゃってるから全員の魂なんて無理だ。残り二人の内、八郎は一子様に食べさせるが九子は胡蝶に食べさせる。

 

『つまり謎は永遠に謎な訳だな……正明よ、心に刻んでおけ。この女は狂う可能性が有る、全員喰って終了の生き残りゲームが既に破綻した。終わりの無いゲームの参加者は果たして正常でいられるか?』

 

『強制的に蠱毒と言う呪いを掛けられたが不完全な結果になった訳だな、古代中国の医学網目25巻によれば蠱毒を用いた者は一定期間の内に殆どが死ぬと書かれてたな。一子様は僕と胡蝶の中の二子達の存在には気付いていない』

 

 未だ誰も食っていないから普通だが、八郎を食わせた後に九子みたいに狂ってしまったらどうする?僕以外で誰かを食ったのは九子だけ、僕は胡蝶のお蔭で単純なパワーアップだけだが九子は四子を食ったからか狂った。

 もし一子様が狂ったら?瞳術で他人を思い通りに動かせる彼女の枷が外れたら?僕の中に有る他の存在に気付いたら、僕を食おうとするだろうか?

 彼女は国家乗っ取り位は簡単に出来る能力だぞ、僕は最悪の場合は自分の幸せの為に彼女も食わねば駄目なのか?

 

「どうしたの?そんな怖い顔で黙り込んで……安心なさいな、私達は絶対に勝ち残れるわ」

 

「そうだね、僕等は勝ち残れる。残り二人、油断しなければ絶対に勝てるさ」

 

 僕は一子様を好ましく思い始めている、問題の多いお嬢様だが悲劇で終わる終幕なんてお断りだ。残り二人は確実に倒す、その後で蠱毒の呪いを解けるか調べなければならない。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局八郎の力の源は分からなかった、幾つかヒントは有ったが決定的な物じゃない。修験者であり若王子(にゃくおうじ)実篤(さねあつ)と偽名みたいな本名、それとカラス天狗の異名を持つ。

 毒蛇を扱うらしいが、この時代で毒蛇って微妙だよな。一応解毒薬?いや、それはゲームの中の単語で実際は抗毒血清だっけ?でも噛まれた蛇の毒性により種類が違うから万能の抗毒血清は無いんだよな。

 

「毒蛇?あれ、知り合いに居たぞ。凄い毒蛇通が、いや毒蛇本人か。伊集院阿狐ちゃんに聞けば毒蛇関連は分かるけど、接触は難しいよな」

 

「榎本さん?他の女の事を私の前で言うとは勇気が有るわね?」

 

 しまった、彼女も敵対する御三家の当主だ、迂闊だったな反省……

 

「ゴメン、悪かった。でも毒蛇と言えば阿狐ちゃんだろ、八郎の扱う毒蛇は種類が分からないと抗毒血清が用意出来ないんだ。まぁ大きな病院に行けば大抵揃っているから大丈夫かな」

 

 即効性の有る毒でもメディカル胡蝶なら大丈夫だろう、だが他の連中は違う。もしも一子様とか高槻さんが噛まれたら、胡蝶で治せるだろうか?

 考え事をしていたら一子様の携帯電話が鳴りだした、着信音が黒電話とは女性として珍しい。僕は除霊中は無音のバイブレーター機能で、その他は黒電話にしている。

 短い言葉を交わしている、相手はイケメン四人組の猟犬だっけ?

 

「榎本さん、八郎が現れたわ。場所は三笠公園内、記念艦三笠の前よ」

 

「何だって?此処から1km圏内だぞ、見付かったのも確信犯的な行動じゃないのか?」

 

 三笠公園は日本の都市公園百選と日本の歴史公園に選ばれた横須賀市有数の観光地だ、その中で記念艦三笠は目玉の観光スポット。

 日露戦争で活躍した連合艦隊の旗艦だ、東郷平八郎大将が座乗した……

 

『そんな観光豆知識など要らん、早く行くぞ!』

 

「一子様、行きましょう。ここは僕のホームグランドだ、ノコノコと出て来て無事で居られると思うなよ」

 

「そうね、罠を疑って尻込みをしても意味は無いわ。行きましょう!」

 

 ここからタクシーを捕まえて行けば五分で行ける、猟犬達も貼り付いて監視しているから上手く行けば接触出来る。罠でも食い破るしかない。

 


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