榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第280話

 

 最終決戦前に自宅で結衣ちゃんの心温まる家庭料理を食べて風呂に入り気分転換が出来た、これから先は八郎と九子との死闘だ。

 現状では八郎は神奈川県に潜伏しているらしい、一子様も今まではファンクラブを使っていたが四人のイケメンで構成された『猟犬』を投入。

 目標である八郎を追い詰める為に動き出した。

 

 一子様的には今の僕は不安定らしい、だから最後の息抜きの為に自宅へと強襲し強引に泊まる事になったのだが……

 

 「もう朝か……確かに慣れ親しんだ自分の布団は良く寝れるな。肉体的にも精神的にも休めたか」

 

 枕の脇に置いてある電子音を鳴り続ける携帯電話の目覚まし機能を止める。時刻は朝の七時丁度、布団から起き上がる、羽毛布団は軽くて快適だ。

 寝間着用のスエットから白色のポロシャツにカーキ色のチノパンに着替える、流石に一子様が居るのに寝間着姿で会うのは不味いだろう。

 

 部屋から出ると良い匂いが漂ってくる、キッチンでは女性陣の賑やかな声も聞こえるが三人で調理してるのかな?

 階段を下りて先ずは洗面所に向かい顔を洗い歯を磨く、タオル掛けには自分用の他に三枚のタオルが掛けられている。

 

「これは最近の結衣ちゃんのお気に入りの制菌防臭加工のホテルスタイルタオルだな、一子様の事を相当気に入ってるな」

 

 お米や日本茶が大好きな結衣ちゃんは特定の物に拘りが有る、最近のお気に入りが南青山の今治タオルで色々と揃えている。

 電気カミソリで髭を剃り櫛で髪型を整える、鏡の前でチェックするとニヤけたオッサンが鏡の中から見詰めている。

 

「身嗜みはOKだな」

 

 最終チェックをクリアーしたのでキッチンへと向かう、どうやら結衣ちゃんが一子様に料理を教えているみたいだな。

 

『薄くスライスした玉ねぎの上に焼いたメカジキを乗せて、最後に甘酢タレを掛けるとですね、十分位で味が馴染むのです』

 

『なる程ね、この人参の味噌金平(みそきんぴら)も美味しそう。僅か三十分で調理できるなんて結衣ちゃんは凄いわね』

 

『私だって結衣ちゃんに習ってますから、この牛肉と豆腐のすき煮は榎本さんの大好物なんですよ』

 

 一子様、結衣ちゃんから絶大な信頼と言うか憧れと言うか、瞳術を使ってないのに凄い人心掌握術で桜岡さんが劣勢な気がする。

 

「おはようございます、良い匂いですね?」

 

「あら、おはよう榎本さん。ゆっくり休めましたか?」

 

 三人お揃いのエプロンをしているが、結衣ちゃんは制服で一子様はデニムのシャツワンピを着て腕を捲っている。桜岡さんはFOXEY(フォクシー)の新作ワンピだ。

 何も朝食の支度で気合を入れたファッションをしなくても良いだろうに……

 

「はい、やはり自宅は心休まりますね。旅先ではどこか気を張っているのでしょう」

 

 食卓のテーブルに付く、四人掛けのテーブルが全て埋るのは久し振りだろう。

 

「本日のメニューはメカジキの煮ひたしに牛肉と豆腐のすき煮、それに味噌金平です」

 

「朝から豪華だね、凄く美味しそうだ」

 

 桜岡さんがご飯を大盛りにした丼を渡してくれた、汁物は昨日の残りのジャガイモと油揚げとモヤシの味噌汁だな。

 僕の隣に結衣ちゃん、向かい側に一子様、その隣が桜岡さんだ。流石に関西巫女連合の上位組織の長の一子様には逆らえないみたいだな。

 

 こんな日常の幸せを続ける為にも……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 朝食後、自宅だと桜岡さん達に重たい話を聞かれる可能性があるので横須賀中央の事務所に一子様と移動する。

 まさか電車で行く訳にもいかずタクシーを呼んでの移動だ、一子様は電車でも構わないと言ったが霊能業界の御三家の一角の当主様を通勤ラッシュの京浜急行に乗せられない。

 

「自分の事務所なのに久し振りに来たな……」

 

「ねぇ?表札の(有)E・P・Rって何かしら?」

 

 引っ越し先に初めて入った猫みたいに色々と調べている一子様の最初の質問は表札か。

 

「Enomoto Psychic Research (エノモト サイキック リサーチ)略してE・P・Rだよ、郵便局への登録も同様の名前で申し込んでいるので普通に郵便も届く。

心霊調査事務所なんて胡散臭い看板を正直に掲げるのは色々と問題になるからね、世間体を慮ったんだ」

 

 一応有限会社の体を成している、資本金は300万円で社員は自分一人でも大丈夫。所轄の労働基準監督署にも届出を出している零細企業の社長なのだ。

 ポストに入っていたのは公共料金のお知らせとDMに宅配ピザのチラシ、それにマンションの管理人からエレベーターの定期点検のお知らせか……

 

「ふーん、社会に溶け込んでいるのね。本当にこんな人材が在野に埋もれていたなんて驚いたわ。亀宮は上手くやったわね」

 

 FAXは何も受信していないな、あとは留守電とメールのチェックだけど一子様を放置は駄目だな。

 

「珈琲と紅茶、日本茶に缶ジュースが有るけど何が良い?全部安物だけどね」

 

「そうね、缶ジュースって何かしら?」

 

 書棚に収められたファイルの背表紙を見ていた一子様が缶ジュースに食付いたぞ、もしかしてお嬢様だから下々の飲み物に興味深々か?

 冷蔵庫に入っている銘柄を確認するが適当にコンビニで買って来たからな……

 

「えっとね、コカコーラに午後の紅茶レモンティー、黄金鉄観に日本冠茶、それと生姜炭酸だね」

 

 キリンの別格シリーズの三種類を買ってたの忘れてた、でもこれを一子様に出すのは不味いのかな?不味いよな?

 

「面白そうね、生姜炭酸を貰うわ」

 

「え?平気かい?自分で言って何だけどチャレンジャー過ぎない?」

 

 この生姜炭酸だが普通のジンジャーエールと思っていると大怪我をする、キリンの別格シリーズは産地や製法に拘りがある。

 これは国産の生姜をすり潰した物が贅沢に入っているので、正直キツイ生姜味で和風テイストを醸し出している逸品だ、何故か飲む前に一回転させるって書いてある。

 

「変わった物が飲みたいのよ、普段だったら絶対飲ませて貰えないから」

 

 そう寂しそうに笑うのを見ると何故かドキドキする、彼女の人心掌握術や異性を籠絡する術は強力だな。気を付けていても引き込まれる。

 取り敢えず包装紙を取ってゆっくりと缶を一回転させてテーブルに乗せる、キャップも外した方が良いかな?

 

「なんで炭酸飲料を一回転させるの?」

 

「いや、取扱い説明書に書いてあったんだ。飲む前に一回転させると美味しいってさ、何でだろうね?」

 

 アルミキャップをゆっくりと回して開けるとプシュっと炭酸ガスが出たが泡が漏れる事は無かったので差し出す。

 

「有難う、初めてだわ」

 

 珍しそうに一口飲んで……アレ?変な顔をしたぞ、初めて見た一子様の変顔だぞ。

 

「その、ごめんなさい。日本茶を貰えるかしら?」

 

 どうやらお気に召さなかったみたいだが、彼女の知らない一面を見れたので良かったのかな?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 パソコンを使わせて欲しいと言われたので予備のノートパソコンをソファーセットに持って行く、無線式だから本体だけ持っていけば使える。

 パソコンを操作しながら携帯電話でなにか指示をだして居るのだが、どうやら民間に設置してある監視カメラのデータを流用しているっぽい。

 昔は監視カメラは名前通り監視や防犯の為の意識が強かったが、現在は高感度監視カメラの画像を専用ソフトに取り込む事で人の通行パターンや消費行動を調査する事が出来る。

 

 そしてマーケティング向けの需要が増えた事により民間の監視カメラの映像データをリアルタイムで転送し解析する会社の幾つかを一子様は抑えているみたいだ。

 ネットワークに接続しサーバーに蓄積してある過去のデータも同時に検索させている。

 特に駅前に多いコンビニと喫茶店チェーン店からのデータは有効らしく、画像解析ソフトに八郎のデータを取り込んで検索させる事で出没場所を特定する。

 そしてファンクラブの人海戦術による索敵は意外に効果が高い。今回の出現場所から神奈川県の川崎から横浜地区に重点を置いて捜索させている。

 

 一時間程電話とパソコンで指示をしていたが、どうやら最新情報を手に入れたみたいだな。

 

「榎本さん、見て。八郎の姿を捉えたわ、この場所はJR横須賀線田浦駅構内よ。次が国道16号線のコンビニ、その後が横須賀港湾合同庁舎ね」

 

 やはり一子様の信者はJR東海にも食い込んでいるな……いや、ヤバい情報だから指摘するのは止めよう、藪蛇になりそうで怖い。

 

「確実に誘っている、僕のホームに態々(わざわざ)現れたって事は色々調べられてるな。しかも田浦駅近くの倉庫街は最初に九子と戦った場所だ」

 

 鬼道衆の穿(うがつ)斬(ざん)と薙(なぎ)の三人を倒したのも田浦港の近い倉庫群だった、偶然じゃないだろう。つまり最初に戦った場所を最後の戦場にしたい、これなら九子も誘われて来るだろう。

 

「つまり私達と九子を戦わせて漁夫の利を得たい、又は同士討ち目的?全く嫌らしい奴だわ」

 

 凄い嫌そうな顔だな、しかし八郎の誘いを受ければ九子と確実に戦える。事前に仕込みが出来るホームグラウンドでだ。

 これは一見僕が有利に思えるが、八郎より先に九子と戦う事を選ぶ様に思考を誘導されてないか?奴は僕らと九子を戦わせて弱らせる作戦か?

 

「でも少し変だ、八郎は僕等と九子を先に戦わせたいのだろう。確かに戦う場所が特定出来れば色々と準備が出来るから有利だ」

 

 自分の執務机に座っていたが一子様の前のソファーに移動する。

 

「思考誘導ね、でも私達の有利は変わらないわ。万全の態勢で九子と戦える、仮に八郎が干渉しても負ける事は無いでしょ?」

 

 人外対決となる僕と胡蝶対九子の戦いに八郎が干渉してきても瀕死の状態でも負けないと思う、少なくとも一子様は戦いに参加させないから無傷で対応出来る。

 

「そうだ、幾ら九子と潰し合っても弱体化しても八郎が確実に生き残りに勝てる保証は無い。逆に九子を食べれば一子様は更に強くなる、八郎は詰みだよ」

 

 一子様が腕を組んで考え始めた、思考誘導されてると分かっていても敢えて罠に乗ったと言う事は出来るが、それでも八郎のメリットが無いのが気になる。

 生き残り三人はもう後が無いんだ、勝てばパワーアップで負ければ喰われる。なのに八郎は勝負を最後にしたがっている。

 

「罠だけど単純じゃない、二重の罠の可能性が有ると榎本さんは考えているのね?」

 

「そうだ、生き残りを掛けた戦いで逃げ回ってる八郎にしてはお粗末過ぎる作戦だ、当然裏が有る筈だよね。もう失敗は出来ないから最悪を考えるべきだ」

 

 二人して向き合って考えても中々良いアイデアは生まれない、気分転換に買い置きの銘菓を取りにキッチンに向かう。

 冷蔵庫には『津山ロール』の抹茶クリームと『函館スナッフルス』のチーズオムレットの二種類で、スプーンを使わないで食べれるチーズオムレットを選ぶ。

 

「お茶請けに『函館スナッフルス』のチーズオムレットだよ、2000年に函館で地元の食材を使ったチーズケーキを売り出したけど名前を変えたんだ。航空会社の客室乗務員から口コミで広まって今では全国区の銘菓だね」

 

 一箱八個入りだが二個が一子様で残りが僕の分だ、そしてチーズオムレットに合うのは午後の紅茶レモンティーは譲れない。

 

「ふぅ……食に拘りが有るのは分かりますが、榎本さんと居ると体重管理が甘くなるので心配だわ」

 

 ふむ、確かに桜岡さん基準で他の女性の事を考えるのは駄目らしい。でも八郎対策で頭を使うので糖分は必要なんだ。

 包装紙を剥いて一口で食べる。美味い、この滑らかな舌触りと甘すぎない上品さが人気の秘密だろう。

 

「敢えて八郎の誘導に乗るとしたら戦いの場所は倉庫群だよな、人目を避けられるので動き易い。九子も同じ考えだと思う、因縁の場所だから……」

 

「始まりの場所って事ね、私も分かる気がするわ」

 

 当然だが八郎もそう考える、ならば仕込みをするか既に終えているかだな。田浦倉庫群は倒産した倉庫も多いが海上自衛隊関連の施設も多い、港も近いし移動ルートは多岐にわたるな。

 国道・電車・船舶と豊富な移動ルートが有り攻め易く守り難い、先に待ち構えるか後から攻めるかも問題だ。

 

「先ずは八郎の動きを探っている連中を田浦倉庫群周辺に集中させよう、どうせ他に出没しても搖動だろ?」

 

「本命の場所に集中するのね、上手くすれば何か仕掛けているのを探れる訳ね。分かったわ」

 

 最終決戦場所が決まった、敢えて八郎の罠に乗ってやろう。

 


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