榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

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第45話から第47話

第45話

 

 あと30分もすれば榎本さんが来てくれる。私だって正規の修行を修めた梓巫女。30分くらい頑張れる。

 でも自宅の守りが甘いなんて恥ずかしい。今度、榎本さんに色々教わって強化しましょう。

 

 本当に教えて貰いっぱなしだわ……

 

 気持ちを切り替えてリビングの気配を探る。最初は小さな音だった。机を箸で叩く様な……でも今は絨毯を擦る様な音に変わったわ。

 

「私は桜岡霞。梓巫女の桜岡霞よ。こんな事には負けないわ」

 

 寝室には二重の結界を張った。部屋の四隅には盛り塩を。出入り口にはお札を。そして部屋の中央部分の床に、清めた塩で円形の結界を施した。

 部屋に侵入されたら一度攻撃を仕掛けて、駄目なら塩の結界の中で耐える。

 

「大丈夫、私はやれるわ」

 

 乾いた唇を舐める……リビングの音は次第に寝室の扉に近付いてくるわ。扉の下の隙間から差し込む光に影が!

 どうやら扉の前に居るのね。ちらりと時計を見れば、あと10分位で榎本さんが着てくれる。もう少し、もう少しよ。

 

 コンコン……

 

「なっ?ドアをノックするなんて……」

 

 コンコン……

 

 音で判断すると叩いている位置は扉の上部。床を這っていたのに次は上?

 

 コンコン……

 

「くっ……返事をしたら侵入されるとかパターンじゃないですわよね?」

 

 コンコン……

 

 コンコン……

 

 コンコン……

 

 一定の間隔でノックが続く。

 

「そうだ!祝詞を……」

 

 私ったら自分が梓巫女なのを忘れていたわ。私には立ち向かう力が有るじゃない。

 

 バン!

 

 突然、扉が強く叩かれた。四隅に貼ったお札が揺らいだわ。物理的にお札を切ろうとしてるの?落ち着いて祝詞を唱え始める。

 

「天の高原に神が留り座す……」

 

 梓弓に霊力を注ぎ込み、弦を弾いて周囲に神気を広めていく。先ずは寝室全体に行き渡る様に、次に扉の周辺に密度を高めていく。

 

 バンバンバン!

 

 なっ?祝詞が効かないの?

 

「我が皇の御孫命は、豊き芦原の瑞穂の国を……」

 

 梓弓の弦に乗せた霊力を直接扉にぶつける。

 

 バン!

 

 扉の左上に貼り付けたお札が捲れてしまったわ。

 

「くっ……祝詞が効かなければ」

 

 私の力が及ばなければ清めの塩を!それでも駄目なら結界に入って耐えてみせるわ!

 

 バン!

 

 二度目に強く叩かれた時、四隅に貼ったお札の全てが剥がれて、はらりと床に落ちた……後は物理的な施錠しか、あの扉を守るものは無い。

 暫く音が鳴り止む、緊張の為に乾いた唇を舐めて湿らせる。清めの塩を構えて待つが、中々入って来ないわ。

 

「そうだわ!榎本さんが清めた塩を扉や窓の内側に線で引けば、結界になるって……」

 

 彼から貰った清めの塩の大盤振る舞いね!お札が剥がれた扉の内側に、清めた塩で線を引く。一旦扉から離れて、部屋の中央の結界に入る。

 5分くらいかしら?それとも10分?扉を凝縮しているが、何も変化が無いわ。緊張で額に汗が滲んで来たが、頬を撫でる風が心地よいわね。

 

 夜風……風?

 

 急いで後ろを振り向くと、ベランダの窓が開いていてカーテンが揺らいでいる。部屋の中が明るいのでカーテンが透けて見えないが、不自然な膨らみが有るわね……

 

「くっ……油断しましたわ。まさかリビングが陽動でベランダが本命なんて……」

 

 それとも二手に別れてるのかしら?カーテンは不自然に蠢くのに、室内に入って来ないのは何故なの?張り詰めていた緊張を解いてくれたのは携帯の電子音。

 勿論、榎本さんのだ。

 通話ボタンを押す「もしもし、無事か?桜岡さん何号室だ!」少し慌てた彼の声が聞こえた。

 ああ、玄関の鍵は開けてあるのに、肝心な部屋番号を教えてないなんて……危機的状況なのに笑みが零れる。

 

「511号室よ。玄関は開いていますわ。今、寝室で籠城してますがリビングとベランダに何か居ますの。でも結界が効いてるのか中には入ってこないわ……」

 

 番クマの声を聞くだけで、こんなに安心するなんてね。

 

「分かった!僕がリビングの奴を何とかするまで寝室から出るなよ。これからお邪魔するから」

 

 そう言って電話が切れて直ぐに、玄関扉を開ける音がした。

 

「お邪魔するよ!桜岡さん、無事かい?」

 

 何故?涙が止まらないわ。本当に来てくれた。気持ちが緩んだ瞬間、ベランダから入ってくる風が強くなり足元の清めた塩の結界がサラサラと飛ばされていく。

 

 しまったわ。

 

 フローリングだから簡単に風で塩が!僅かながらに形を残している結界。そして風で捲れ上がったカーテンからヤツが現れた……

 

「何て事……なの……」

 

 ベランダの窓に手を掛けて、中に入ろうとするが塩の結界に阻まれる。モノクロ写真の様な、モノトーンの色をした無表情の少女がニヤリと笑う。

 舌をダランと出して、皮膚の所々が腐乱している。お腹も妙に膨らんで……

 

 そうだわ!

 

 溺死したら、丁度あんな感じでふやける様な……開いた窓から風が流れ込み、窓に張った結界の塩が飛ばされてしまった。

 

「ガボッ……アガッ……ゲバラッ……」

 

 ソレは白く濁った目で私を見ながら、何かを呟きながら這いずってきた……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 それは偶然だった。普段は11時には布団に入るのだが、昼間調べた事をパソコンに打ち込む作業をしていたので直ぐに彼女のメールに気が付いた。

 

「部屋に張った結界に異常が、寝室の結界を強化して籠もります」

 

 迂闊だった!「箱」も何かが彼女に憑いていると言ったのに、一晩過ごしただけで安心してしまった。

 直ぐに仕事道具をかき集め「箱」をポケットに押し込みガレージに向かう。途中、ガタガタ音がしたからか結衣ちゃんが部屋から出てきた。

 既に寝ていたのだろうか?タブダフのスエット上下を着ている。

 

「その格好?急なお仕事ですか?」

 

 不安そうに見上げてくる彼女の頭を軽くポンポンと叩く。

 

「桜岡さんが自宅に異変が有るって連絡が有った。心配だから様子を見てくるよ。心配しなくても大丈夫だからね」

 

 結衣ちゃんに説明しながら、車かバイクか悩む。最悪、彼女を連れ出すから車だな。

 キューブのキーを掴むと「戸締まり頼んだよ」と言って車を出す。

 暫く走ってから信号待ちの時にメールの返信をする。彼女の自宅は結界が無かったから、簡易結界を教えたばかりだ。

 だから守りは弱い……一般道は安全速度ちょい上で走っていたが、高速にのってからアクセルをベタ踏みだ!

 エンジンが唸りを上げて暴力的な加速が……する訳が無いファミリーカーだが、110キロの速度で走行車線を走る。

 それでも脇から他の車に抜かされる!

 

「チクショウ!緊急用にスポーツカーが必要かな?」

 

 それでもアクセルはベタ踏みだから、120キロ位のスピードが出てきた。

 

「ヨシ!次のインターで降りれば、後は10分位だ。間に合ってくれよ……」

 

 料金所が見えてきたので減速し、一般道を60キロを切る位で走る。法廷速度は50キロだが無駄にスピードを出して捕まったら、それこそ間に合わないから……

 言い訳出来るか分からないギリギリのスピードで、彼女のマンションの駐車場に到着した。

 

 急いで部屋に……「ヤベェ!彼女の部屋がどこだか分からん」何となく違和感を感じる5階へ、階段をダッシュで登る。

 

 5階へ来たが、気配を探るが……「一番奥が嫌な感じだ……」慎重に近付きながら携帯で彼女に電話をする。

 

 数コールで繋がった。

 

「もしもし、無事か?桜岡さん何号室だ!」

 

「511号室よ。玄関は開いていますわ。今、寝室で籠城してますがリビングとベランダに何か居ますの。でも結界が効いてるのか中には入ってこないわ……」

 

 良かった、無事だ。怪奇現象は続いているみたいだが、彼女は落ち着いているな。

 

「分かった!僕がリビングの奴を何とかするまで寝室から出るなよ。これからお邪魔するから」

 

 嫌な気配のした部屋の前に立てば、511号室と「桜岡」と女性らしい筆書きの表札が……間違いなく、この部屋だ!

 周囲を確認するが、外の廊下には異変は感じない。やはり部屋の中、リビングと言っていたな。

 右手に清めた塩を入れた缶を持ち、数珠を巻いた左手で玄関扉を開ける。

 

「お邪魔するよ!桜岡さん、無事かい?」

 

 灯りの点いた室内。見える範囲は綺麗に整理整頓され、仄かに良い匂いがする。失礼を承知で土足で室内に入る。

 問題はリビングと寝室の外側の窓。玄関側からは窓は確認出来なかったのは失敗だ。反対側に廻って確認するべきだったか?

 玄関から廊下を通り突き当たりの部屋に入る。此処がリビングだろう……ソファーセットの上に有った焼酎の空き瓶とかは、思考の外側に追いやる。

 リビングを確認するが、怪奇は認められないな。

 しかし部屋の右側の扉の上部には、何かベチャベチャした物がこびり付き床が汚れている。部屋の中から、何か彼女が呟く声が……意を決して扉を開けるが?

 

「チクショウ、鍵が……桜岡さん、扉の近くから離れて。蹴破るから!」

 

 渾身の力で取っ手の下側をヤクザキックする。しっかりした建付の扉だが、所詮は木製。筋肉ヤクザキックにより蝶番から外れて、扉は倒れた……

 ……後で弁償かな?

 

「桜岡さん、無事か?なっ?コイツは……」

 

 窓から這いずりながら入って来るヤツは、まるで溺死した様にふやけて腐った感じの少女だ。窓から入る風によってザリガニが腐った様な異臭もするぞ……

 

「榎本さん!風で塩の結界が……それに祝詞が効かないの」

 

 彼女を見れば床に円状に撒いた塩が飛ばされて、そろそろヤバい状況だ。ヤツは起き上がりニタニタと笑っている……

 キャラクターのプリントされたTシャツにチェック柄のスカート。彼女が池で浮かんでいた少女か?プリントされたキャラクターは最近ブームの物だ。

 なんだっけ?プリプリキュア?いや今の問題はソコじゃない。

 僕は愛染明王の真言を唱えながら、手に持っていた清めた塩を少女にブチマケタ!

 

「ミギャァァァー」

 

 顔面に直撃した清めた塩は、腐敗していた皮膚を更に焼いた様に爛れさせた。正直残酷だと思うが追撃する。更に真言を唱え自分の霊力を乗せながら剣印を切る!

 

「ギュワワァァァ!たっだすげでぇ……」

 

 窓の外に這いずりながら出て行こうとするヤツにトドメの清めた塩をブチマケル。後ろ向きで這いずっていた為に背中一面が清めた塩により焼き爛れる。

 

「今だ!桜岡さん、一緒にヤツを成仏させるぞ」

 

 一瞬の出来事に固まっていた彼女が、僕の言葉で再起動する。

 

「わっ分かりましたわ!……天の高原に神が留り座す……」

 

 彼女は祝詞を唱え始めた。併せる様に僕も真言を唱える。

 

「おん まからぎゃ ばぞろ しゅにしゃ ばざら さとば じゃく うん ばん こく」

 

 各々の霊力を乗せた神道と仏教の力がヤツに襲い掛かる。

 

「ぐわっ……がががっ……これっ……これで、自由に……お姉ちゃん……たち……あっあり……が……と……」

 

 二人分の霊力を受けた少女は辛そうに、しかし確かにお礼を言って消えてしまった。辺りは今までの惨劇が無かった様に静かだ……開け放った窓からは、ただ風が入ってくるだけ。

 

「使役霊だったのか?彼女は自由になれたと言った……つまり黒幕が居やがる」

 

 呟く僕の腕をそっと抱きかかえる彼女。

 

「あの子、苦しんでいたわ……最後は成仏出来たのかしら?」

 

 優しい桜岡さんには耐えられないだろうな。年端もいかない少女を祓うなんて……

 

「真言と祝詞で祓ったんだ。まだ幼い感じの子だったが、ちゃんと極楽か天国に行ったさ」

 

 少女の霊を使役出来るなんて……黒幕は同業者の可能性が出てきたな。それに桜岡さんの力は発動していたのに、効果が薄かったような?

 僕の力でも払える少女霊だったが、何故彼女の霊力には抵抗出来たのかな?詮索は程々にして。これからの対策だな。

 この家に彼女を一人で居させるのは危険だ。ピンポイントで彼女を攻めてきている。絶対何か理由が有る筈だが……

 

「桜岡さん。暫くはウチに来ると良い。此処は防御力に不安が有るからね。処置を施したら移動しよう」

 

 再結界は当然だが、貴重品を持ち出したりガスや水道は元栓から締める。これは霊障で火災や漏水を防ぐ為だ。

 あとは長期旅行に行く手順と同じで管理人に挨拶や、新聞を取っているなら止めて貰う。

 固定電話の転送とか……色々有るけど、出来る事から始めるしかないか。

 

「ええ、分かりましたわ。このマンションは引き払いますわ」

 

 この一言が僕の未来を決めてしまう事を今の僕には分からなかった。まさか彼女が、あんな行動に出るなんて……

 

 

第46話

 

 「箱」は桜岡さんに憑いていると言った。アレだけ警戒し注意し対応したにも関わらず、彼女の自宅に少女の霊を送って来た。

 しかもアノ子は開放されたと言った。つまり使役霊だったんだ。

 力有る霊が、周囲に漂う浮遊霊などを取り込んだり使役したりする事は有る。大抵は取り込まれるかするのだが、稀に手足の様に操る存在も居る。

 因みに「箱」は前者であり、同類は全て食している。本来なら直ぐに撤収した方が良いのは分かっているが……

 常識に囚われる現代人には、周辺に対する配慮が必要なんだ。唯でさえ深夜に大きな音を出してしまったし。

 その後で深夜に大きな荷物を持って暫く戻りません!なんて意ったら、夜逃げか事件性がバリバリだろ?

 彼女は有名人なんだし、暫く避難するにしても左右の家と管理人には話さなければならない。東京ガスや東京電力の休止届やNTTの転送申込みだって、この家の固定電話から昼間の時間帯で話した方が良い。

 携帯電話は他の固定電話からかけるのも微妙だ。登録電話番号以外からだと、本人確認が出来ないからね……色々と悩ましいが、これが世間体ってヤツ?

 

 自分が壊した寝室の扉を片付けて、アノ子が汚した室内と窓を拭き清める。お札を貼り直し、清めた塩で結界を補強する。

 一息ついた所でソファーに座ると、桜岡さんが飲み物をだしてくれた。湯呑みから湯気が立ち上っている。

 

 日本茶かな?茶請けも浅漬けだし。

 

「お疲れ様でした。本当に助かりましたわ。でも……アノ子は何故、私を襲ったんでしょう?」

 

 向かい側に座り曇った表情でコップの中の何かを呑む。何故って恨み辛みかな?音声君の録音された怪異な声は、まさに怨み事だったからな。

 桜岡さんの何かが、ヤツ等のナニかに抵触したんだろう。血筋・見た目・職業・性別等、何だか分からないけどね。

 あの場所に行っただけなら、僕や他の連中だって沢山居たから。何を話すにしても、彼女を傷付けてしまいそうだから言葉が出ない。

 

 沈黙に耐えられず、僕もコップの中身を飲もうと……鼻腔を擽る芳醇な香りは?

 

「アレ?コレ、オ酒ダヨネ?」

 

 仄かに芋焼酎の匂いが!

 

「ええ、焼酎のお湯割りですわ。奮発して秘蔵の芋焼酎「初代黒瀬杜氏 黒瀬金次郎」なんですよ。それとも有名どころの「魔王」か「森伊蔵」、それとも「宇佐美」が良いかしら?」

 

 目線を送る棚には、色々なお酒が所狭しと並んでいるね。しかも飾る酒瓶の定番、洋酒系が全くない。全て一升瓶だぞ……

 オヤジなら夢のコレクションだな。久保田の万寿・越乃寒梅等、日本酒も有るし。確かにお酒が飲みたくなるのは分かる。

 危機を脱した後だし、危険を乗り越えて飲む酒は格別だろう。飲まなきゃ、やってられないかも知れない。

 しかも地味に高級で、中々手に入らないブランド焼酎なんだが……

 

「エイッ」

 

 オデコに割りと本気のデコピンを撃つ。パシッと乾いた打撃音が鳴り響く。ヒットした瞬間、仰け反る桜岡さん。

 

「いっ痛いわ、酷いです……」

 

 涙目でオデコを押さえながら、此方を睨む彼女。

 

「僕は車の運転が有るんだよ。今飲んだら直ぐに運転出来ないし、桜岡さんは既に飲んじゃってるから無理だし……」

 

 むー、とか言いながら頬を膨らましてるけど。

 

「疲れた時にはお酒が一番!折角の秘蔵のお酒なんですよ?」

 

 超状況を考えて欲しいです。ソファーに深く座り直してコメカミを揉む。この見た目お嬢様は、肝が据わってるし中身はオヤジだ。

 落ち込んだり恐怖により保身に走るかと思えば、余り気落ちもしてなさそうだし……

 

「ごめん、お茶か珈琲を濃い目で貰えるかな?」

 

 美味しそうに、しかも上品に焼酎のお湯割りを飲む彼女にお願いする。何となくポリポリとキュウリの浅漬けを食べてる。

 

「ん?この浅漬けは旨いね!何だろう?市販品とは思えないけど……」

 

 味は絶品。でも野菜の切り方等の見た目が家庭的なんだが……例えば千切りの大根や人参は大きさ・太さがバラバラだし。

 

「それは私のお母様が作ったんですの。昼間来ていたのですわ」

 

 ん?母親?

 

「桜岡さん、ご両親って確か関西在住じゃなかった?」

 

 関西方面で会社を経営してるとか何とか……

 

「たまに様子を見に来てくれるんです。今日は朝帰りがバレてしまいまして……」

 

 舌をチョンと出して、エヘヘっとか照れてる場合じゃないよね?

 

「朝帰りって……仕事ででしょ!ちゃんと説明したの?」

 

 何だ?無言でニコニコしてるのは……

 

「あの……桜岡さん?ちゃんと説明した、よね?」

 

「勿論ですわ」

 

 凄い笑顔だ……この話題は止めよう。何か危険な気持ちになるから……気分と雰囲気を変える為に、ソファーから立ち上がって窓のカーテンを開ける。

 分厚い遮光カーテンを開くと、闇が見えた。冬の朝は遅い。外は未だ真っ暗だし、時刻は4時を回ったばかり……少なくとも9時以降だろう、各所への連絡は。

 後5時間近く有るのだが、警戒する事を考えれば外には出たくない。

 

「私の車では引っ越しには不向きですからね?」

 

 外をジッと見ている僕に桜岡さんが話し掛ける。なる程、飲酒は確信犯的な訳か……確かに2シーターのスポーツカーなんて、実用性は限りなく低い。

 でも僕のcubeも、それ程のトランクスペースは無いけどさ。

 

「桜岡さん、当座の荷物をまとめてよ。暫くはウチに居て貰って対策を練ろう。

テレビ局には……残念だけど、この企画は危険過ぎるから断念だ。これからは実費で対応するしかない。下手にスポンサーが付くと自由度が無くなるから危険でしかない」

 

 最悪の場合、他のタレントや霊能力者を連れた撮影スタッフが来ても構わない。出来れば管理者にも費用負担を求めようと思ったが、管理者自体が怪しい。

 

「難しい顔をしてるわ。大変ですわよね?榎本さんは……直接な被害を受けてないから、此処で手を引いても……」

 

「この件から手を引くつもりは無い!」

 

 思わず怒鳴る様に言ってしまった。僕は「箱」からも、この件について携わる様に言われてるんだ。手を引くなんて有り得ない。

 

「最後まで携わるよって……なっ何故泣くの?ボンボン痛いの?お腹空いたの?それとも僕が怒鳴ったから怖かった?」

 

 焼酎の湯呑みを持ちながら、両の目から涙を流している彼女を見て慌てる。女性の涙には弱いんだよ。彼女は幾ら話し掛けても下を向いて泣き止まない。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 やはり榎本さんの気持ちは本物なんだわ。こんな大変な目に遭っても。見通しの立たない除霊を自腹を切ってでも。

 一緒に行ってくれるって……あんなに力強く言ってくれるんだもん。

 変ですね……嬉しくて涙が止まりませんよ。何か、何か言わないといけないのに……慌てて謝る榎本さんに、何か言わなくてはいけないのに……

 私はこんなにも弱い女じゃなかった筈なのに……頭をボンボンと軽く叩いてくれた榎本さんの、大きな胸にしがみつく。

 厚いゴムみたいな胸板だけど、こんなに安心して落ち着けるなんて……何か、何か言わなきゃ……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 色々有って疲れたんだろう。大泣きして僕にしがみ付き、最後は寝てしまった。そんな彼女を腫れ物を扱う様に、ゆっくりと掴んでいる手を解く。

 やはり怖かったんだな。我慢の限界ってヤツだったんだろう。生霊専門の彼女が、あんな腐乱した少女の霊に襲われたんだ。

 僕だって本音なら遠慮したい位だからね。

 

 お姫様抱っこをして寝室……は、マズいからソファーに横にして布団だけ掛ける。

 

 少しでも寝易い様に電気を消して、エアコンを28℃設定する。自分は隣に座り、一応周りの警戒だ。同じ日に、他の使役霊が来ないとも限らないからな……窓の外は、相変わらず真っ暗だ。

 あと2時間は日が昇らないだろう……さて、どうするかな?

 此処まで積極的に襲ってくるのは、桜岡さん個人に何かが有る筈だ。プールに浮かんでいた女性。近くの池に浮かんでいた女の子。共通点は溺死・女位しかない。

 だが首吊り自殺の男性も居る。彼らの共通点を見付けるには、興信所に頼むしかないだろ。

 個人で故人の過去を調べるのは難しい。それに管理人についても調べたい。宗教団体を引き込んでいるなら、彼も関係者と考えるべきだ。

 

 ん?関係者……宗教団体の関係者がヌレヌレ梓巫女の番組に依頼……

 

 現場に桜岡さんが来るのは、AD君が連絡しちゃったから分かってる。入念に痕跡を消して来たが、桜岡さんが狙いなら住居を調べるのは簡単だ。

 個人的な怨みを晴らす為に、彼女を呼び寄せ罠に嵌めた。すると殺された連中も宗教団体絡みの可能性が高い。時計を見れば、まだ5時過ぎ。

 でも早い方が良い。対霊の防御結界は張ったけど、対人は無理だ。早く調べないと危険だ。

 携帯の短縮から馴染みの興信所の所長に電話をする。時間が時間だからか、10回目のコールで漸く繋がった。

 

「……はい、高田だ。榎本か?時間を考えろ」

 

 眠そうで不機嫌な声。探偵なんて24時間働くんだろ?

 

「朝早くから悪い。ちょっと厄介な連中に絡まれそうなんだ。調べて欲しい連中が居る」

 

「お前が慌てるなんて余程の事だな。ちょっとメモを用意するから待ってくれ」

 

 ゴソゴソと音がするのは、布団からデスクに移動してるからか……暫くして準備が出来たみたいだ。

 

「良いぞ。説明してくれ」

 

「八王子市内に有る廃業したホテルなんだが……」

 

 今までの事を詳細に説明する。特に、その出入りしている宗教団体と管理人・亡くなった人達との関係。桜岡さんが怨まれる理由。

 僕の推理だから、全く見当違いかも知れないが可能性を潰していかないと駄目だから……

 

「分かった。それで、どれだけ費用を掛けて良いんだ?それぞれを調べるなら、最低でも3人は必要だぞ」

 

 管理人・宗教団体・亡くなった人達、確かに分散して調べた方が早いな。

 

「構わない。それと悪いが結衣ちゃんの護衛を頼めるか?事が宗教団体なら、拉致・洗脳位やりそうで怖い。出来れば2人体制で24時間陰ながら張り付いて欲しい」

 

 桜岡さんとは同行して調べるから何とかするが、結衣ちゃんはフリーだ。まさか予測の段階で学校を休ませる訳にはいかない。

 

「ちょ、おま……相変わらず過保護だな。溺愛し過ぎだぞロリコン」

 

「はっ、イメクラ好きに言われたくないぜ。あれか?最近は魔法使いのお姉様コスの娘とイタすのが大好きなんだろ?聞いてるぜ、横浜で遊ぶなら気を付けるんだな」

 

「ばっ馬鹿野郎!違うぞ、俺は別に魔女っ子好きな訳では……」

 

 慌てているヤツに笑ってやる。横浜の風俗店の噂を知る事は簡単だ。何たって横浜・川崎の風俗店で神様みたいに言われている山崎さんの弟子だからな。

 

「そっそうだ。そう言えば昨夜だけど、お前の贔屓の娘とプレイしたヤツがお前の事を調べてるみたいだぞ。どうも同業者っぽいんだ、関西系の……」

 

「僕の?何だろう、分かった。そっちは僕の方で調べるよ。女の子に名刺を渡したり、お店の会員になってれば簡単なんだけど。

防犯カメラの映像を見せて貰えれば良いか。関西か……最近聞いたキーワードだな」

 

 昨日の今日でか?対応が早過ぎる気がするんだが、関西系……桜岡さんの実家が関西だが、流石にソッチの線は関係無いよな。

 だが、相手を調べるのは難しく無いだろう。常連だし、除霊絡みで経営者ともコネが有る。意外と風俗店って怪奇現象が多いんだ。

 情と欲に塗れた世界だし。後は簡単な取り決めをしてから電話を切った。

 

 しかし……僕の方にまで調査の手が伸びてるとは、侮れないかも知れないな。

 

 

第47話

 

 興信所には依頼した。結衣ちゃんのガードも本職に頼んだので安心出来るだろう。しかし桜岡さんだけでなく、僕にまで調査の手が伸びてるとは……

 一度、情報収集の為に彼女達に会わねばなるまい。すると夜は単独行動か、昼のシフトを調べて抜け出して行くか……

 一度、師匠に相談してみるかな。さて次の手配だが、先ずはテレビ局の流れとは別の調査が必要だ。

 心霊だけでなく人間も調べなくてはならない。所謂宗教団体が霊を操っているならば、同業者との争いだ。興信所の調査待ちで出来る事は……

 廃れた神社と稲荷神社だが、稲荷神社については桜岡さんのコネが有る。

 廃れた神社については、元々寺が有ったと仮定しての調査だが……古地図が有れば分かるんだよね。

 郷土史研究家を当たるか。又は日本古地図学会とかも良いかもな。会員になれば全国の古地図を閲覧出来る。

 但し17〜18世紀の手書き地図がメインだから、それ以降に建立された寺なら難しいかも知れない。明治以降となると限定されるし、城下町なら結構有るが山村地帯だから難しい。

 

 やはり郷土史研究家を当たろう。

 

 考え事をしてたら漸く辺りが明るくなってきた。窓から差し込む光は、今日は良い天気だと分かる暖かさだ。朝日を遮る雲が殆ど無いからね。

 こうして明かりが差した部屋を見回すと、何て言うかブルジョア?大型プラズマTV・何かモダンなソファーセット・ペルシャっぽい絨毯・異彩を放つ焼酎の棚。

 全体的に女性らしい感じが有り、シックで高級感に溢れている。そして何故か自分の写真……いや自分って桜岡さん自身の写真ね。

 フォトスタンドに幾つかお洒落に決めた彼女がポーズをとって此方を見詰めていた……ナルシーだったのか?

 てっきり中身オヤジと思っていたが、確かにお洒落には気を配ってたし……まぁ誰だって触れられたくない事も有るよね?

 此処はスルーしよう……さて、先ずはコンビニに買い出しだな。桜岡さんを起こして出掛けるか。

 美女と二人きりで夜を過ごしているのに、変な気持ちにならない事に己の性癖が揺らぎ無い事を確認した!

 普通なら桜岡さん程の美女なら、気持ちが揺らぐかも知れないが……まぁ気が合うし、友達としてなら良い部類だろう。

 やっぱりと言うか、布団にくるまり品良く寝ている彼女は育ちが良い。僕なら寝相が悪いしイビキもかいてそうだ。

 気を取り直し、気持ち良さそうにソファーで寝ている彼女のほっぺを突っついてみる。

 

「うにゅ、うにゅにゅ……」

 

 何だろう?結衣ちゃんと同じ寝言だ。もう一度突っつく。

 

「うにゅ……ぷぅ……」

 

 ぷぅ?寝言でぷぅ?

 

「桜岡さん、起きてくれるかな?そろそろ準備するよ」

 

 声を掛けると、ウニャウニャ言いながらソファーから起き上がる。そう言えば巫女服のままだったな。猫耳を付けたら先程の行動と良い、猫キャラとして人気が出そうだが?

 何て馬鹿な事を考えていたら覚醒したみたいだ。

 

「お早う御座いますわ。榎本さん」

 

 きっちり身嗜みを整え、ソファーに座りながらだが両手を膝の上に置いて軽く頭を下げてくれた。

 

「ああ、お早う桜岡さん。少し早いけど出掛けるよ」

 

 若干あわて気味に挨拶を返す。そして愛車のキーを指で回しながら急ぐ様に催促する。

 目を擦りながら覚醒しようとしている彼女は、実年齢より大分幼く見える。まぁ僕の守備範囲は余裕で越えているが。

 

「お出掛けですか?まだ支度も何も……」

 

 両足を揃えて行儀良く座っている桜岡さんは不審気だ。

 

「買い出しだよ。近隣挨拶のクッキー位なら、コンビニでも売ってるし朝飯も有るでしょ!荷造りはその後だし、新聞屋やガス・水道・電気も休止しなきゃ駄目だし……」

 

 やる事は沢山有るよね。目を擦りながら覚醒しようとしている彼女に、顔を洗ってスッキリしろと洗面所に送り出す。その間に結衣ちゃんにメールで報告をしておく。

 

「結衣ちゃんへ。桜岡さんは無事だが、大事をとってウチで暫く預かろうと思う。

今日は入れ替わりになるかも知れないけど、昼前には帰る予定だ。だから安心して欲しい。 榎本」

 

 これで良いだろう。不安なままで独りきりで留守番中だからね。少しは安心してくれたかな?

 そう思ってたら、直ぐに返信が来た。まさか結衣ちゃん、起きてたのかな?携帯を操作しメールの文面を読む。

 

「正明さん、安心しました。今日の夕飯は頑張りますね。帰りに買い物をしてから帰りますので、少し遅くなります。

霞さんに宜しく伝えて下さい。 ゆい」

 

 心優しい彼女らしい文面だ。

 

しかし、結衣ちゅんの手料理となると又争いになりそうだな。先に知らせておくか……

 

「結衣ちゃんへ。

桜岡さんは僕よりも大食いだから10人前位は食べるからね。カレーとか嵩まし出来る料理が良いかも。

勿論、僕も結衣ちゃんの手料理は沢山食べるから。 榎本」

 

 これで安心だ。家には寸胴も有るから20人前位なら作れる筈。心配なのは食費と結衣ちゃんの負担だけだが……

 出前や外食も考えておくか。

 

「お待たせしましたわ。はい、榎本さんも顔をお拭きになって下さいな」

 

 身支度を整えた桜岡さんが、アツアツの蒸しタオルを渡してくれた。眠気覚ましに正直嬉しい。

 先ずは両目に当てて揉み解してから顔全体を拭く。耳の後ろと首の後ろは要チェックだ。終わってから綺麗に畳み直すと、彼女が嫌がらずに受け取ってくれた。

 大丈夫、まだ加齢臭はしてないぞ!

 

「では出掛けますか……」

 

 何時の間にかTVがついており、画面で確認した時刻は丁度6時か。さてローソンにするかファミマにするか迷うな。ピザまんが無性に食べたくなってきたよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局ローソンで、それなりの値段の缶入りクッキーを近隣と管理人挨拶用に購入。普通のお弁当を幾つかと、結構な数のオデンを購入。

 キッチンで向かい合って食べてます。

 

「榎本さん。この後ですが、どうしましょうか?」

 

 唐揚げ弁当を行儀良く食べながら桜岡さんが聞いてくる。僕はチキンカツ弁当だ。彼女が僕のチキンカツに手を伸ばしたので、変わりに唐揚げを摘む。

 

「先ずは両隣と管理人に挨拶。ガス・水道・電気・新聞屋に休止の連絡。NTTに電話の転送依頼。

後は当座の荷物と貴重品を纏める事かな。全て家主たる桜岡さんの仕事だよ」

 

 一時預かりとは言え、家を留守にするのだから。それに下手に霊を送られて火災とか洒落にならない。厳重な結界を張るのは僕の仕事だが、そもそもガスの元栓は閉める。

 電気も休止、水道だって下階に漏水被害とか困るから元栓で閉める。これで大分違う筈だ。ポルターガイストって二次災害の方が怖いから。

 実はポルターガイストって子供のESP能力の暴走とかって説も有るけどね。

 

「わっ私だけでですよね?分かりましたわ。ちゃんと関係者に引き払う報告を致しますわ」

 

 ん?引き払う?確かに引っ越し手順を全てヤレって大変だけど、これは家主以外は出来ない事だ。今日の今日で委任状とか用意出来ないし……

 

「僕は結界の強化。それと荷物運びかな」

 

 お互いの弁当を平らげ、購入したオデンを移し替えた鍋をテーブルに置く。温め直したせいか、良い匂いが漂う……

 玉子・大根・竹輪・チクワブ・ガンモ・ハンペン・ウィンナー・シラタキ・結び昆布。殆ど買い占めた具材が山のようだ。

 桜岡さんが深めの取り皿を渡してくれた。一瞬見つめ合い、勝負が始まった。

 

「玉子・玉子・玉子!玉子は譲れない」

 

「あっその団子三兄弟みたいな玉子串は卑怯ですわ!ならば、大根を根こそぎ頂くわ」

 

「ちょオデンに玉子・大根・竹輪は外せないんだ!駄目だろ、独り占めは」

 

「あら?その串に刺した玉子は何かしら?貴方の敗因は箸が玉子で封じられた事。大根の次はガンモですわー」

 

「分かった!分かりましたから僕にも残しておいて……」

 

 オデンバトルは完敗だった。何で小さな口にあんなに詰め込めるんだ?

 

「初めて榎本さんに勝ちましたわー!」

 

 最後のウィンナーを箸に刺して、高々と天に突き出す桜岡さん。チクショウ、負けた。敗因は二本の箸に6個もの玉子を刺してしまった事。

 欲張ったのが敗因か……しかし桜岡さんは猫舌じゃないんだな。結構アツアツの具材を躊躇なく口に放り込んでたし。

 

 さて午前中には出発したいから、そろそろ支度を始めるかな……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 クッキーを持って先ずは管理人さんの家へ。このマンションには、オーナーさんの娘さんが管理人として住んでいます。呼び鈴を鳴らすと、直ぐに管理人さんが顔を出してくれたわ。

 

「はーい、あら?桜岡さん。どうしました、こんな朝早くから?」

 

 同世代の彼女は、ヒヨコのプリントされたエプロンにオタマを持って現れた。独身なのに若奥様ルックが異様に似合う、家庭的な感じの美人さんですわ。

 

「実は……このマンションから引っ越しを計画してまして。先ずは暫く家を空けますので御挨拶に」

 

 そう言ってクッキーを差し出す。

 

「あら?お引っ越しですか?ご実家に戻られるんですか?」

 

 えっ……と、同棲しに彼氏の家へ。何て言えないわよね。

 

「まぁ!結婚の予定が有るんですか?彼氏さんの家へ……此方のマンションで同棲されても規約には引っ掛かりませんよ」

 

「えっ?いや……その……声に出てましたか?」

 

 心の声のつもりが駄々漏れでしたわ。

 

「ええ、嬉しそうに。あの先日来られた逞しい方ですか?」

 

 朝帰りの時に見られてしまったのかしら?まぁ榎本さんの家に来いって言われたのは嘘ではないかですら……

 

「ええ……ウチに来いと……申し訳有りませんが、多分このマンションは引き払う事になると思いますわ」

 

 その後、一言二言挨拶を交わし管理人さんと別れましたわ。両隣のお宅も大体同じ遣り取りが有りましたわ。

 つまり私と榎本さんは朝帰りの時点で噂になっていたんです。それを私が挨拶廻りで肯定してしまった……

 

「不可抗力……そう私は悪く有りませんわ。全ては状況が決めてしまう。それは恐ろしい事ですわね」

 

 荷造りした荷物を車に運ぶ榎本さんに、周りの方々が妙に挨拶をしたりするのも噂の確認なのですね。朝帰り→深夜に訪問→翌日引っ越し。

 一波乱有りましたが、覚悟を決めて同棲の流れ。

 

「うふ……うふふふふ……」

 

「何だい、薄ら笑いを浮かべて?荷物も積んだし、そろそろ出発するよ」

 

「はい、分かりましたわ。では榎本さんのウチに行きましょう」

 

 私達の後ろで何気なく廊下の掃き掃除をしているお隣の奥様。耳がダンボですわ。噂は真実として確定ですわね。

 トドメに軽く榎本さんの腕を組みながら歩けば……これで週刊誌の噂になれば、榎本さんの言われた人間の方の敵に対して牽制になる筈ね。

 周りの注目を集めている中では、中々チョッカイは出せないですわよね?私達自身の行動も制約されてしまうけど、テレビ局からの仕事として廃ホテルを調べてるとなれば不自然では無いですし。

 これでテレビ局側の交渉材料も出来たわ。取り敢えず無償でも良いから、私達だけで本当に危険かを調べます。

 だから暫くは様子を見て下さい。そう言えば建て前的にはOK。

 後は、このプランの穴を榎本さんや松尾のお祖父様と相談すれば良いわね。オッチョコチョイの私だから、実は穴だらけ・不確実なプランかも知れませんが動き出してしまったから……

 

 腹黒いお嬢様は微妙ながら謀略系の素養も有ったのか?我らがロリコンは籠絡されてしまうのか?

 

 オッサンの貞操の危機だ!

 


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