榎本心霊調査事務所(修正版)   作:Amber bird

169 / 183
第279話

第279話

 

 久し振りの我が家、戦友(フードファイター)の桜岡さんに愛娘(嫁候補)の結衣ちゃん、そして日本霊能界の御三家の一角、西日本を牛耳る加茂宮一族の当主一子様。

 この異常なメンバーが自宅の食卓で同じテーブルに座っている、向かい側に桜岡さんと一子様で僕の隣に結衣ちゃん。

 

「美味しそうな家庭料理だけど、どう見ても二十人前よね?榎本さんって大体十人前でしょ?」

 

 湯呑で日本茶を啜るゴージャス美人が不思議そうな顔をしている、実は桜岡さんも大食いなのを知らないのか?

 電話してから一時間位で用意してくれた料理は素晴らしいの一言だ、生姜と大蒜に付け込んだ唐揚げが1kg以上あるが付け込むだけでも30分はかかる。

 その他の料理としては鶏肉と青梗菜の治部煮風、鯛と大根の梅肉和え、キャベツの粒マスタードサラダ、千切り野菜と干し椎茸のスープだ。

 どれも以前作ってくれた20分以内の簡単レシピだと思ったが味は確かだ。

 

「僕と桜岡さんは互角の戦いが出来るフードファイターだ、これ位なら普通だよ」

 

「それは凄いわね、それが桜岡さんが榎本さんの琴線に触れた理由かしら?」

 

 なにやら呟く一子様の脇目に結衣ちゃんから大盛りの茶碗を受け取る、久し振りのマイ茶碗に気持ちが高揚する。

 家族団欒、そこに二人程混じっているが久し振りに味わう幸せなひと時を味わう。

 

 最後の一人である八郎を巡る争いは三つ巴の総力戦になるかも知れない、奴は微妙に僕と九子を誘導している感じがする。漁夫の利を狙うつもりか?

 

「いただきます」

 

 先ずは大振りに切り分けた鶏の唐揚げを一口で食べる、生姜と大蒜の風味が効いて美味い、そのままご飯を口一杯に頬張る。

 次は千切り野菜と干し椎茸のスープだ、好き嫌いの分かれる椎茸だが僕は好きだ。熱々なので息を吹きかけかながら啜る、こちらも美味い。

 

「気持ちの良い食べっぷりよね、私は料理は作らないから何となくしか分からないけど結衣ちゃんは嬉しいでしょ?」

 

「はい、榎本さんには私の手料理を沢山食べて欲しいんです」

 

 一子様のパスを受けて結衣ちゃんが僕の心のゴールにシュートを決めた……ヤバいな、一子様は僕が彼女に寄せる秘めた思いに気付いているな。

 輝く笑顔で配膳してくれる家庭的な女の子は人気なのが分かる、これを美少女がやっては威力倍増しだ。

 ニヤニヤ笑う一子様と不機嫌そうな桜岡さん、カオスな食卓だが構わずキャベツの粒マスタードサラダを食べる。

 

「ふむ、これは初めてだけど独特な辛みが有って美味しいね。ドイツ風料理かな?」

 

「いえ、簡単10分レシピで見付けたんです、ボイルしたキャベツは繊維を沢山含みますしボイルする事で野菜を沢山食べれますから」

 

 オッサンの健康を心配してくれるのが嬉しい、放っておくと好きな物を大量に食べるから栄養バランスとか考えてないからな。

 

「結衣ちゃんは幼な妻みたいね、甲斐甲斐しくて見ていても微笑ましいわ」

 

「そ、そんな事は……その……」

 

 一子様が爆弾を放り込んだ、一瞬で結衣ちゃんは真っ赤になってしまった。この話術は凄いが彼女は僕と結衣ちゃんをどうしたいんだ?

 

「一子様、もうその辺で。あと結衣ちゃんご飯お代わりね」

 

 このまま放置すると色々とヤバい状況になりそうなので会話を断ち切る為にご飯をお代わりする、久し振りの手料理は本当に美味いな。

 その後は出された料理を完食するまでニコニコと微笑むだけだったが、結衣ちゃんが完全に心を許しているのが分かる、古風なお嬢様の桜岡さんとは違う気さくな現代風美女か?

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 食後、女性陣はそのままガールズトークに突入し僕は風呂場に押し込まれた、浴室とキッチンは壁一つしか隔ててないので会話は無理でも笑い声位は聞こえる。

 自然な笑い声だ……特に一子様の話術ならば問題無いのだろう、完全に結衣ちゃんを味方に付けたな。

 丁寧に身体を洗い浴槽に身を浸す、僕サイズでもユッタリ出来る特注品だ。

 

「正明よ、もう良いから養い子を喰ってしまえ。相性的には亀女か梓巫女だが、狐に獣化出来る子供達も榎本一族の繁栄には面白いだろう」

 

 自分の腹から美幼女の上半身が生えれば誰だって驚くだろう、思わず仰け反ってしまい湯の中に頭を突っ込んでしまった。

 

「ケホッ、何を言い出すんだよ。確かに望みはソレだけど子供達が獣化出来るかは分からないだろ、それに現代社会では生き難いだろう」

 

 僕は自分の子供達に同じ様な退魔師にはしたくない、この世界の不条理さと危険さを理解しているから。出来れば普通の生活と幸せを……

 

「それは無理だ、お前やお前の子孫達に安寧な生活は出来まい。今の自分の立場を考えろ」

 

「僕の立場か……」

 

 東日本を牛耳る霊能御三家の一つ亀宮一族の第十二席、御三家全ての当主と面識が有り武闘派として知られている。現在は加茂宮一族の後継者争いに加担中。

 そんな僕の子供達が、この世界と無縁で安全に安心して暮らせるか?無理だな、相応の力を持たないと守られるだけの存在となり自由が無くなる。

 世の中の重要人物の親族だって同じだと割り切る事も出来るが、守るのが自分と胡蝶だけでは何時かは破綻する。

 

「如何すれば良い?」

 

「我の存在意義を忘れたか?我は榎本一族の繁栄の為に生み出された人神で『諏訪の和邇(わに)』と呼ばれた存在だぞ」

 

 そうだった、胡蝶は僕の遠い祖先が生み出した人神だった。そして信仰を集め崇める事で力を増す存在だ。

 

「つまり榎本一族を増やせば自動的に胡蝶の力は強まり子供達にも加護を与える事が出来ると?」

 

「そうだ、産めよ増やせよとはそういう事だ。我の力も制約により制限があるのだ、一族が増えれば力も増す。今は正明と生贄だけで遣り繰りしてるのだぞ」

 

 まるで家計を支える奥さんみたいな発言で一気に微妙な雰囲気になったが、子を孕ませろ発言の本当の意味を知った。

 胡蝶に科せられた制約と制限か、700年前だと鎌倉時代末期で衰退し始めた陰陽道だが未だ強い力を持っていたんだな。その最高傑作が彼女だ。

 

 僕も陰陽道を学び始めたから触りの歴史は調べた、最初は聖徳太子が「陰陽五行思想」の凄さを知って朝廷内の陰陽寮を設けたのが始まり。

 その後、奈良時代には国家の機密機関として国政を左右する占いや地相を読み活躍した。

 そして平安時代には国家機密集団から民間へと広まり有名な「安倍晴明(あべのせいめい)」が登場、安倍家と加茂家の二家が陰陽寮を掌握する。

 民間に広がった陰陽道は多種多様な変化を生みだし流行り始めた「御霊信仰」が後押しをする、魑魅魍魎を祓うのは陰陽師しか出来ない事だったから……

 

 そして鎌倉時代には大分衰退してきたが足利将軍家が重用した事により、その勢力は維持されていた。この時代が胡蝶が生まれた時代だ。

 陰陽道の緩やかな衰退に歯止めを掛けたかった御先祖様が、自分達陰陽師が子々孫々まで繁栄するのを願い榎本一族の為に制約を設けて縛り付けたんだ。

 まぁそれを忘れた御先祖様の所為で、両親と爺さんが殺されたのだか自分なりに飲み込んだので今は良い。

 

 その後、戦国時代に突入するが他国を攻めたり攻められたりするのに陰陽道の占いは合わなかったのだろう。

 そして戦国時代の覇者で有る豊臣秀吉は陰陽師に興味が薄く、宮廷内陰陽道も庇護を無くし廃れてしまった。

 その後、権力を握った徳川家康は陰陽道に興味が薄い所か取り締まりまで始めて統制していった、土御門家を新たな陰陽道の宗家として勢力を縮小しつつも生き延びたんだ。

 もはや政治には影響を与える事が殆ど無くなった陰陽道だが民間では相変わらず盛んに活動していた。

 ついに終焉の時を迎えるのが明治時代だ、中国から伝わった陰陽道は迷信として扱われ代わりに西洋文化が広まる事となる。

 

 だが、それは表向きな時代の流れで実際は「亀宮家」と「加茂宮家」は連綿と政治の中枢と複雑に絡んで生き延びていたんだ。

 未だに強い勢力と発言権を持つニ家に最近「伊集院家」が台頭し御三家として日本を三分割し霊能分野で活躍している。

 

 だが昨今の陰陽師のイメージである呪術だが、実は陰陽寮に所属する陰陽師達ではなく同じく朝廷内に存在していたと思われる呪禁師の事らしい。

 彼らが陰陽寮に統合されて今の呪術を扱うイメージが確定した、本来の陰陽師は占いや地相を読んだり天文や暦を管理するエリート集団だった。

 

 そして現在僕が練習している式神はカリスマ陰陽師である安部晴明の流れを組む神陽(しんよう)流派、陽香(ようか)家の東海林さんに師事している。

 

 「ヤバい、のぼせそうだ。来客が居るのにホストが長湯じゃ駄目だよな、気を付けないと……」

 

 浴槽内で考え事をしてしまった、壁に付けた防水式のデジタル時計は風呂に入ってから既に30分以上が経った事を示している。唯でさえ一番風呂に入っているのに男の長湯は微妙だよな。

 掛け湯をしてからタオルで体に付いた水滴を拭き取る、最近少し下腹に贅肉が付いてる気がするので鍛錬するか。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「お待たせしてしまい申し訳ない」

 

 着替えて髪を乾かす前にキッチンに顔を出す、余り待たせるのは悪いので急いだのだかテーブルを囲みお茶を飲む見目麗しい女性陣は微妙な雰囲気だ。

 後ろを向いている一子様の表情は見えないが、結衣ちゃんはご機嫌で桜岡さんは固い笑顔だぞ。

 

「あら意外に長湯なのね、一緒に居た時は烏の行水だったじゃない?」

 

 その言葉に結衣ちゃんと桜岡さんが反応した、まるで一緒の部屋に泊まったみたいな言い回しだぞ。

 

「正明さんはお風呂好きなんです、一緒に温泉旅行に行くと必ず三回は大浴場に行きますよ。風呂上りにマッサージするのが私の楽しみなんです」

 

 一子様の牽制も純粋な結衣ちゃんには通用しない、逆に僕と結衣ちゃんが何度も温泉旅行に行って風呂上りにマッサージをしていると切り返してきた。

 

「あら、そうなの?凄い筋肉の彼にマッサージなんて大変じゃない?」

 

「いや、仕事で行くときは警戒してるから呑気に長湯をしないだけだよ」

 

 一子様と言葉が被ったが両方に打ちのめされた桜岡さんが落ち込んでいる、そんなに一緒にお風呂に入りましょうオーラを送らないで下さい。

 しかし結衣ちゃんは完全に一子様に好意的だな、大人しく人見知りのこの娘がこんなに直ぐに心を開くとは驚きだが瞳術での魅了じゃない。

 

「そ、それは……でも私も温泉旅行に一緒に行きたいです。今度計画しますわ」

 

「そうですね、皆で一緒に行きましょう。箱根や奥湯河原は行ったので、今度は熱海とか行ってみたいです」

 

「ふふふ、関西にも良い温泉が沢山あるわ。そうね、今の仕事が一段落したら皆で行きましょうか?そうね、日本三古湯の有馬温泉なら私の経営する旅館が有るのよ」

 

 桜岡さんの言葉に善意のみの結衣ちゃんが止めを刺す、そして一子様が追撃し完膚なきまでに二人で温泉旅行は流れたので安心した。

 個人で老舗温泉街に旅館を持つとか流石は日本霊能業界の御三家TOPだな、財力が半端無いぞ。だが此処で参戦すると色々と約束を結ばされそうでヤバい、撤退だ!

 

「じゃ僕は疲れたから部屋で休むね。結衣ちゃん、桜岡さん、一子様をお願いします」

 

 不甲斐ないとは思うが、すごすごと私室に戻る事にする。幸い小型冷蔵庫も有るので風呂上りのコーラは確保している。

 女性陣の楽しそうな旅行プランを聞きながら二階に上がる、危険そうになったら小笠原母娘や晶ちゃんとかも誘えば良いや。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。